2008.07.20

DP1xGRD2勝鬨橋の決闘

Tsuchiyakachidoki
DP1 Twilight Twist GRD2を持つ、土屋君
●月刊Capaの表紙を担当している、写真家 土屋勝義と、東京、勝鬨橋で接近遭遇した。その夜、彼はGRD2を持っていた。
僕は、来月末に発売される、DP1の本を作るため、日夜、撮影励んでいて、この日、深夜、勝鬨橋の上で、NIGHT PHOTO を撮っていた。もちろん偶然、彼と遭遇したわけでない。
昨日は夕方渋谷スクランブル交差点で撮影して、そのまま帰ろうとかと思ったが、まだこのシリーズの夜の撮影が残っていて、本来は今日、日曜の夜にクルマで走り回って撮るつもりだったが、撮影の興奮さめやらぬところ、恵比寿にある写真家HARUKIのオフィスに寄り、ビールと焼酎を飲み、腹がへったので飯を食いにいかないかと言うと、恋わずらいのHarukiはつめたくまだ食べたくないと言う。mmm
・・・実は夕方の撮影には、わが自転車、1995年阪神大震災取材のときに取材のために購入した、年代物のマウンテンバイクに、渋谷まで三脚、一脚、懐中電灯を積み込んでいた、撮影フル装備なのだ。・・・・しかたがなく、一人で食べようかと思った。なにしろ今日は家内と娘は実家に帰っていて、僕はひとりだ。よれよれと帰りながら、こんなふうに撮影準備万端なのがおしくなり、、よし、今日の夜は徹夜で、夜の東京を撮ろうと決意したのであります。撮影場所は、築地から晴海近辺ともともと決めてあったので・・・・・夜風が爽快。恵比寿からなるべく平坦な道を選ぶと、自然と芝浦から新橋のルートを取ることになったのであります。時々自転車を止め、小型のジッツオの三脚にDP1を据えて、長時間露光。こういう撮り方を、ナイトフォトというが、昼間見るとなんてことない場所が実に不思議に写る。
11時半頃に築地につき、ふと、そこで土屋君のことを思い出した。土屋君も僕も、師匠は同じだ。世代が違うので数年前に知り合ったのだが、社交的で、人付き合いがよく、最近は懇意にさせてもらっている。彼はお酒を飲まないので、夜は近くにいれば、気軽にやってくるとこを、僕は知っている。ので、電話すると明日は撮影だと・・・・僕は、かなり撮っていたので、休憩がしたく、無理やり、勝鬨橋のデニーズで会うことを要求した。そんな先輩の勝手を、こころよく土屋君は聞いてくれる。そこで、なんやかんやとこ一時間。
さて、ぼくは撮影に行くぞと、二人で勝鬨橋を渡り、途中僕が撮影を始めると、彼は撮影中の僕を撮影始めた。土屋君といえば、月刊Capaの写しやの肖像の撮り手。彼は日本で一番、写真家をかっこよく撮るカメラマンだ。僕は緊張する。わけないけど、ちょっと嬉しくなった。もっとも、今日のいでたちは、あまりかっこよくないので、まあ、文句はいえない。
それで、僕はお礼に彼のことを、トワイライトツイスト(懐中電灯撮影)で、撮った。といったフォトセッションでしたのであります。
そのときの様子が彼のBLOGにアップしてある。
土屋勝義BLOG
MIXIにもUPしてあり、そちらに写真が3点あったので、ここで紹介。橋に乗っている撮っている写真と、土屋君の写真を紹介。
Kachidoki
DP1 by ALAO YOKOGI
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GRD2 photo by Tsuchiya

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GRD2 photo by Tsuchiya
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GRD2 photo by Tsuchiya
これは、Topのしゃしんとは違うカットで、僕がシャッターを押し、これから懐中電灯でライティングしようかという瞬間を撮ったもの。僕の左手に大型のライトが・・・・・。自転車は例のマウンテンバイク。先日前のブレーキのワイヤーが切れてしまい、ブレーキを壊してしまった。


結局、そこで別れて、僕は朝5時まで撮影をしていた。
その間パトロール中の警察官の尋問三回。橋などを撮影しているときはいいけど、薄暗い駐車場を撮っているとそうと怪しむ。まあそこはデジタル時代、写真を見せると感心される。そして一度は、またかと思ったら、無灯火で走っていた。つけ忘れ。やれやれ。
DP1の本は、8月末に、インプレス デジタルカメラマガジンより、発売される予定!
さまざまな、撮りかたで、作品を作ってます!

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2008.07.16

SIGMA DP1の本

Dp102
SIGMA DP1
Dp101
SIGMA DP1
DP1発売直後の僕のBLOG2008年3月12日
●実は、今 SIGMA DP1の本を作っている。今はその撮影の佳境だ。出版社からきちんと告知されてから正式に発表するとして、この手ごわいコンパクトカメラを、使いこなすのがテーマだ。8月末ぐらいに発売される。ご期待を。
●ところで、どういうわけか、ココログのココセレブになってしまった。別段このBLOGの内容がかわるわけではないし・・・。芸能人でもないので、地道にやってゆこうと思います。今後ともよろしくお願いします。

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2008.07.10

REAL Nikkei Style 2号発売 横木安良夫 写真小説

Realcoversummer
●日本経済新聞出版社より、発行されている、「REAL Nikkei Style」の2号が本日、7月10日発売されます。
もっとも、発行部数的にどこにでもおいてあるわけではないのでしょう。
大きな書店にしかないと思います。

●そこで、6月のはじめに訪れた、ウラジオストクの写真と、小説が掲載されています。
もし書店で見かけたら、パラパラと立ち読みでもしてみてください。一番最後に載ってます。

●タイトルは「あの軍艦の墓場へ」です。もちろん、フィクションですが、まあ、いろいろあります。主人公は41歳のカメラマン……。


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2008.07.08

SNAPSHOT 朝日新聞首都圏版

今日の朝日新聞、首都圏版に、僕のSNAPSHOTについての記事が載っている。先日インタビューを受けたことが記事になった。撮影者は、責任の所在をはっきりさせるべきという、僕の意見が載っている。この問題は、もっと皆で語り合ってもらいたいと思っている。内容は後日、書評の欄で紹介します。
Coversnapshot300s1_2

SNAPSHOT詳細

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2008.07.05

五味彬写真展 キヤノンギャラリー

Gomip
銀座 キヤノンギャラリーで、7月3日から9日まで 五味彬 写真展「YELLOWS Return to Classic」を開催している。
YELLOWS Return To Classic
Gomicanon01

キャノンギャラリー銀座2008年07月03日~09日
キャノンギャラリー名古屋2008年07月24日~08月06日
キャノンギャラリー梅田2008年09月25日~10月01日

 
作品内容:
Yellows1.0,2.0,20x20の中からUpのカットのみをAlternative Processでプリントした作品8x10 30点、4x5 20点

●さて、五味彬といえば、日本女性を人体標本のように、ストレートに記録した「YELLOWS」で有名な写真家だ。
Yellowsは、日本の女性の記録の面もあるが、撮影手法はそれぞれ違っている。最初のシリーズは、ポラロイドのネガつき4x5ポラロイドフィルムTYPE55で、その後、当時最先端のデジタルカメラ、コダックの120万画素のカメラ、そして、2000年代になって、CanonD60、そしてデジタルパックのリーフを使っている。それぞれ撮影した時期の、特徴的なカメラを使っている、裏カメラ史でもある。彼の、ワークショップでは、写真の歴史が語られ、なぜプラチナプリントなどが生まれたかが、レクチャーされた。
●デジタル時代になり、銀塩写真の今後が問題になっているが、実は、銀塩写真は、その気になれば、入手可能な薬品を使い、フィルムや印画紙だって制作することが可能なメディアなのだ。デジタルの時代に、最新のカメラを使い、出力(プリント)を、100年以上もまえに完成したプラチナプリントというアーカイバルプリントで制作する意味は、デジタルと銀塩の連続性を意味しているのだろう。

(追記したため、文章の重複がありますが、ご容赦ください)
●五味は、大学を卒業して、アシスタンを経て、パリに渡り、日本に帰ってきてからはファッション写真家として売れっ子だった。そんな彼のプロジェクト「YELLOWS」その写真のなかから顔のUPの写真をプラチナプリントに焼いたのが今回の写真だ。不思議と美しい小さなフレームにおさまり、端正にならんでいる。こういう写真を、キヤノンギャラリーで取り上げるのは素晴らしい。今やメーカーのギャラリーも、販促のためではなく、写真文化に寄与することに気づいているからだろう。今日はワークショップがあるらしいが、定員制で参加できるかは、不明。僕は夜の回には行ってみるつもり。
実は、五味君とはもう30年以上まえからのつきあいだ。僕がフリーになったとき、まだ日大の学生だったら五味君をアシスタントとして使っていた。彼は東京原宿出身だったので、あの頃僕も表参道の近くに、自宅件事務所があり、原宿は遊び場みたなところだったが、それまでの静かな原宿が、突然にぎやかになってきた時代だった。その写真を撮るためぼくはアサヒグラフに売り込み、原宿をドキュメンタリーした。そのとき、文章を五味君とその当時のガールフレンドが書いてくれた。楽しい思い出だ。
卒業後は、五味君は吉村則人さんのアシスタントになった。その後、パリに行く。僕がパリのロケに行ったときは、集まってワイワイ酒を飲んだ。あの頃は、何度もパリに行った。
ひとつあることを思い出した。それは、ある事件に遭遇したときのことだ。
パリの何処だか忘れたが、五味君を含めて10人ぐらい、当時付き合っていたガールフレンドと、中華料理屋に行った。大きな店だった。一番奥の席に陣取るフランス人の団体と向かい合うように、陣取った。料理を注文して、待っている時だった。
●突然パンパンと、耳をつんざく花火のような音がした。若い男が大声を上げて店の中をテーブルを掻き分け、突っ走ってくる。誰かに追いかけられているようだ。入り口に背を向けていた僕は振り返った。追いかけるてくる男は拳銃を持っている。僕はとなりに座っていたガールフレンドと一緒に、テーブルの下にもぐりこんだ。皆、同じようにもぐりこむ。逃げてきた男は、料理が一杯にならんだ、奥の団体のテーブルに駆け上がった。皿の割れる音、料理はめちゃくちゃ、男は料理の上で大声を張り上げながら、わめいている。そして再び銃声。(正確には伏せていたので僕には音しか聞こえない)やばい。テロかな、それとも喧嘩かなと、生きた心地がしなかった。すると、あっという間に二人は店からでていってしまった。唖然とする僕たち一同。呆然とした奥の団体は、服がぐしょぐしょに汚れている人もいる。日本だったら大変なことだ。警察だ。事件だ。
ところが、経営している中国人はたいしておどろいた様子もなく、服が汚れた客と冷静に話しているだけで、そして何事もなかったかのように料理を片付けている。客は怒った態度もせず、たんたんとしている。
騒ぎが収まったが、店主は僕らに謝ることもなかった。
席にもどって、僕らは今おきたことを、興奮して話し合った。まるで映画のワンシーンのようだった。この店へのいやがらせじゃないのかと誰かが言った。僕には銃声に聞こえたが、いやたしかに一人は銃を持っているように見えたが、あやふやだ。でもたしかに銃の音はした。ただの火薬の音だろうか。
店の実害は、服が汚れた客と、料理だけだ。いや僕らのワインも被害にあった。でも、そんなことたいしたことはないのだろう。こんなことに慣れていない僕はからだがぶるぶる震えてきそうだった。本当に思い出すと恐怖だった。
そのあと、何ごともなかったかのように、僕らは食事した。
さては、何かのイベントだったのか。まさか。
食べながら、あのテーブルにもぐりこんだ瞬間、ガールフレンドをかばうこともなく、さっさと下にもぐりこんだという物もいて、小さなウイットのあるののしりあいがあった。五味君は恐怖のあまり椅子から動けず一部始終をみていたとう。実はカップルのなかの一人、五味君の友達のある男はガールフレンドを置いて、席から逃げ出した。その行為ばかりは、冗談で済まず、それが原因かどうかわからないが、しばらくして別れたという。僕は、運よくガールフレンドをかばうようにもぐりこんだので、皆にいじめられることはなかった。……。そんなことを、五味君のことを書いていて急に思い出した。たしか1980年ぐらいのことだったと思う。

さて、五味君とはこの5年ぐらい会っていなかった。実は1999年に僕のウエッブサイトを作ったとき、僕のホームページのTOP「ALAO YOKOGI PHOTOGRAPHS」のフラッシュは、五味君に作ってもらったものだ。なにしろ、10年ぐらいまえにすでにフラッシュを使いこなしていた写真家なんて彼ぐらいしかいなかった。
その頃から、バンタンデザイン研究所で写真を教えて、今でも続いている。来年からバンタンで新しいプロジェクトを始めると言っていた。
そして、2011年には「YELLOWS」を又撮ると言った。
Gomicanon02
昨晩は、パーティだった。そのご、銀座の高級?焼き鳥チェーン店で12時ぐらいまで二次会。
●つづき
土曜日、夜はふたたび五味君と一緒だった。彼のワークショップのあと、近くの居酒屋で、田島一成君ほかバンタンと工芸大の学生と飲む。そこに、宮下マキさんが合流。五味君と宮下さんと一緒に新宿のBarに行く。
そのBarで五味君が作った、一年間しか発行されなかった 幻の雑誌「Sh・I・N・C」のことをインタビュー。「YELLOWS」の写真を表紙につかったその写真雑誌はかなり先鋭的だった。今の40代前後の活躍する、写真家の多くが通過している。
ネットで調べても、あまり検索にかかってこないが、実は日本の現代写真史上、そのうち再評価されることになるだろう。


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2008.07.03

RICOH GX200 135mm(相当)テレコン

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GX200 135mm相当テレコンを装着。この写真はGX200 でズームし72mm相当で撮る

●GX200にこのテレコンをつけると、かなり立派になる。でも実際は、軽量コンパクトだ。冬のコートの大きなポケットなら入るだろう。フォーカススピードは残念ながら、現代のデジタル一眼の望遠とは比べ物にならない。次世代コンパクトデジカメの課題だろう。でも、デジ一なみになったら、空恐ろしいが。

●明日、7月4日、RICOH GX200が発売される。予想通り、自動開閉キャップの予約がすごいらしい。さて、新しいテレコン、、1,88倍のTC1、35mmフルサイズ、焦点距離135mm相当で接写を試してみた。
●135mmレンズというと立派に望遠レンズだ。一般に望遠レンズは遠くのものを撮るレンズだと思われがちだ
。かつて僕が写真を始めたころは、135mm望遠は大人気だった。なにしろ、レンジファインダーからパララックスのない、一眼レフ時代(時代を感じる、僕はそんな時代に写真を本格的にはじめた)になり、望遠レンズが誰でも自在に使えるようなったのだ。
●当時、200mmレンズはかなり大きく、135mm望遠はポートレートレンズとしても使え、万能望遠レンズとして人気だった。もっとも僕はアサヒペンタックスSPで、55mmf1.8の次には105mmを買ったが……僕の周りは、望遠効果の感じられる、135mmレンズが多かったような気がする。
●さて、望遠レンズは遠くにあるものを撮ることと、背景をボカすときに使われるが、実は望遠レンズの使い方には、もうひとつ重要な使い方がある。
それはパースペクティブを自然に見せるということだ。特にクローズアップのときには、被写体に近づくので、パースペクティブが強調されてしまう。標準レンズで、人物の顔を縦位置でいっぱいにいれると、レンズに近い鼻が大きく写り、耳が小さくなる。中望遠は、クローズアップになっても、離れて撮るので、そのパースペクティブが自然に見え、そのためポートレートレンズと言われる。
望遠レンズで撮ると、被写体のボリュームがでるともいえる。望遠レンズの圧縮効果ともいう。女性を超望遠で撮ると、肉感的に写る。水着やヌードの女性を肉の塊のように撮るなら、超望遠だ。かつてそんな理由でグラビア写真は望遠の写真が多かった。逆を言えば、スレンダーに撮るなら、標準からワイドで撮るといい。

●望遠効果、実はこれは、レンズの特性とは言い切れない。
パースペクティブという、なんというか自然の摂理と言うか、
手前にあるものが大きく見え、遠くのものは小さくなるという、ごく当たり前の原理だ。

それは、肉眼で簡単に確認できることだ。目の前に手をかざすと、その手はビルディングより大きい。
日常あたりまえに思っていることも、良く考えてみると不思議だ。

望遠効果というのは、遠くの景色を望遠レンズ(鏡)により、切り取っているにすぎない。
肉眼で、遠くを見れば、ビルなどは重なって見えるだろう。
標準レンズで、奥行きのある街を撮り、遠くの景色の一部をトリミングすると、それは望遠レンズで撮ることと同じだ。肉眼だって確認できる。遠くの景色は重なっている。

●それは目のまえの1mの奥行きと、100mさきの1mの奥行き感は全く違うからだ。100mさきの、奥行き感は、ほとんど0ともいえる。だから圧縮して物が見える。

●ある物体を見るとき、それは距離に寄って見え方が変る。これはとても大切なことだ。
人間は、脳で視覚情報をコントロールしているからそんなことはあまりわからないが、
カメラはそれをあからさまにしてくれる。カメラが人間の視覚と違うのは、ただの物理作用だからだ。

●写真を撮るには、被写体のとの距離による、心理的な作用も大切だが、
被写体との距離による、物理的なものの見え方が変ることも重要だといえる。

★どの距離で見るか。どの距離で撮るのか。

●ワイドレンズと望遠の違いを、ワイドレンズは広く撮るとか、望遠は遠くを撮るのではなく、被写体の近くで撮りたいときはワイド、被写体と距離を持って撮りたいときは望遠レンズだともいいえる。


●これまで、僕は、GRDやGX100をこのサイトにUPするとき、いつもGX100を、72mm相当にして撮っていた。これまではそれが一番望遠だからだ。しかし72mmで寄りすぎるとパースペクティブが強調される。
それに、マクロレンズでよく問題になることだが、望遠マクロが使いやすいというのは、小さな被写体との距離をとることができるし、その分ライティングもしやすい。

●とにかく、GX200ように135mmテレコンは、立派に望遠マクロレンズで、最大なんと3センチぐらいまで寄れる。一番クローズアップで撮った、GX200のレンズの銅鏡(?)は、直径が3センチ。これはすごいことだ。
今回、あまり明るくない、蛍光灯の入った、ライトテーブルに置いて撮ったお手軽撮影のこの写真は、絞りがf8ぐらい、小さなCCDの特徴である、ピントの深さによって、いとも簡単にクローズアップ撮影をものにしている。
試しに、35mmのマクロを持っている人がいれば、これだけUPにして、ピントを深くすることがどんなに困難なことかわかるだろう。
●かつて、銀塩時代、大型カメラでアオリを使い、大光量のストロボを照射して、撮った時代……、こんなに簡単に、クローズアップが撮れるなんて夢のようだ。しかも望遠だから被写体とは距離をもてるので、(パースペクティブ)が少ない。驚きのレンズだ。
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テレコンで正面から撮った。さすがに135mmのパースぺクティブは自然だ。写真をクリックすると拡大する。
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ここまで寄ってこのピント。かつての僕の頭では、信じられない世界だ。
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ロシア、ウラジオストクの街のすぐ沖にある、ロシア島を観光して、帰りのフェリーで。135mmテレコン。右に端にボケているのは、カモメ。写真をクリックすると拡大する。かなりシャープな描写だ。

ウラジオストクのTEXTは、6月6日のBlogを読んでください。

デジカメWatch GX200NEWS
デジカメWatch GX200発表会 ニュース

●今回の写真は、7月10日発売の、ニッケイスタイル「REAL」誌で紹介します。それには、僕が書いた小説「軍艦の墓場へ」という、恋愛小説がついてます。


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2008.06.25

RICOH GX200 新発売&ウラジオストク

6月24日、RICOH GX200が発表された。人気だったCaplio GX100の後継機だ。ユーザーの要望どおりCaplionが取れ、RICOH ブランドのみになった。GX100発売から14ヶ月で新型だ。コンパクトカメラとしては、GRデジタルについで、モデルチェンジのサイクルが長い。それだけ前機が評価されていたということだろう。プロの間でも人気だったからだ。GX200は、表面的にはなにもかわっていない。外観上は、RICOHの文字と、GX200がそれとわかるぐらいだ。他にパッシブフォーカス?の窓がなくなった。内容的に大きな違いは、1200万画素になり、液晶モニターが46万画素になり、水準器がつき、ディストーション補正が加えられた。さまざまなユーザーの意見を取り入れた正常進化だ。実はなにより、驚いたのは、別売りの、自動開閉式キャップだ。はじめてみたとき、笑ってしまった。ファニーだからだ。でも、この簡単な仕組みで、GX100の不満がふきとんでしまった。やればできるじゃないか。これはGX100にもつく。一度使い始めると便利で、離せなくなる。デザインがまだ、つきつめられてはいないがガンダム?ぽくて、実はとても成功している。飛び出すときの様子は、ちょっとエッチぽくていい。たしか1000円台後半の値段だったとおもうけど、GX100ユーザーは絶対に手に入れるべきだ。今回は、135mm相当テレコンも発表された。テレコンズームにはならず、装着すると135mm相当固定焦点になる。でも、この画角は強力で、スナップしているときなど、被写体と距離もとれるし、人物もアップにすれば、背景がボケる。
Ricoh_gx200
RICOH GX200 ウラジオストク撮影機 パーマセルで文字をかくしている。といっても、僕は普段からカメラの文字を隠すのは普通だ。

●さて、先日ロシアのウラジオストクに行ったと書いたが、今回はそのほとんどの写真をGX200で撮った。実際はバックアップに一眼を持っていたが、わずかしか使わなかった。2台のGX200は、ぞんぶんその性能と機動性をはっきした。二台を首と肩にかけても、なんと楽なことか。しかもおおげさじゃない。カメラを持っていることなんで全然気づかれない。
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早朝ウラジオストクの港から、フェリーボートでルスキー島(ロシア島)に向かった。どの写真も、クリックすると拡大します。

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フェリーボーの上で、老人が何かを聞いている。135mm相当、テレコンをつけて撮影。

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ウラジオストクは、かつてソ連太平洋艦隊の軍港だった。そのため1991年まで外国人ばかりか、ロシア人も許可がなければ入れなかった。100年ぐらいまえには、日本街があり5000人ぐらいの日本人が住んでいた。かつては浦塩と呼ばれ、人とはとても近い国だった。なにしろ新潟からジェット機でたった一時間半の距離だ。
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9年ぶりに訪れたウラジオストクは、さまがわりしていた。前回の99年は、その前年、市場経済になったロシア経済は破綻し、商店にはなにもなく、最悪のころだった。それは今は、石油産出国として景気はいい。食べ物も劇的にうまくなった。これはただ野菜を焼いただけで、朝食にだたものだけれど、センスとサービスを感じた。

ウラジオストクのTEXTは、6月6日のBlogを読んでください。

デジカメWatch GX200NEWS
デジカメWatch GX200発表会 ニュース

●今回の写真は、7月10日発売の、ニッケイスタイル「REAL」誌で紹介します。それには、僕が書いた小説「軍艦の墓場へ」という、恋愛小説がついてます。

★AWBは、撮影においてG傾向にころばせています。


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2008.06.06

日本から90分、ロシア、ウラジオストクはブームになるか!

ウラジオストク最新情報 2008年6月
ロシア沿海地方、の都市、ウラジオストクは、この5年以内に観光としてブームになると思う。
1999年、僕はウラジオストクを訪れた。理由は、新潟からたった90分で行くことができる、最果てのヨーロッパだからだ。
GoogleMap Vladivostok
当時僕は、極東の町、ウラジオストクを全く、イメージすることができなかった。それはウラジオストクがソビエト連邦の軍事拠点、90年代になるまで外国人が入ることができない秘密の都市、軍港だったからだ。日本のすぐ隣にある都会なのに、日本人にとって、その存在を打ち消された街だった。
9年まえ、僕ははじめてそこを訪れ衝撃を受けた。
そこは、アジアでありながら、アジアではない、たった90分で行ける、最果てのヨーロッパだった。

●その時の、レポートがここにあるので、読んでください。。「Farthest Europe Vladivostok」

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1999年9月 市内中心部にある韓国資本のヒュンダイホテルの部屋から望む。
朝の景色だ。写真だ。東京とは、時差は一時間、夏時間があるので2時間違う。夏の東京の朝は早いけれど、ウラジオの朝は6時半ごろやっと夜明けになる。緯度は札幌のちょっと上。朝が遅い代わり、6月の夜は9時半ごろにやっと暗くなる。夕食をレストランで取り外にでるとまだ明るい。

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2008年6月 今回、同じヒュンダイホテルの客室から撮る。(写真をクリックすると拡大します)
前回泊まったときより、下の階でなおかつ、風景を見ると、左側だ。良く見ると右端に上の左の端部分が写っている。当時は、最新のホテルだった。今もかわらず、インターナショナルな近代的なホテルだ。9年まえとは違い、朝食のビッフェはかなり充実していた。ビッフェが美味しくなったということは、ウラジオ全体の食のレベルがアップしたということだ。

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2008年6月 金角湾を、鷲巣展望台から望む。(写真をクリックすると大きくなる)
1999年に撮った下の写真と較べても、さして変っていない。もともとヨーロッパの都市のように、コンクリートのビルが多い街。実際はかなり変化しているが、こうやって俯瞰し見るとさして変っていないように見える。もともとウラジオストクの街なみは、完成した都会だからだろう。仔細を見ると、劇的に変っている。建物と言うより、交通量や商店の品揃えなど、もはや東京と変らない。なにより人々の表情の明るさが印象的だ。

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1999年9月 この頃は、鷲巣展望台とは呼ばれていなかったと思う。初めてこの場所を訪れたとき、この街が極東のサンフランシスコと呼ばれていることが、まんざら誇張でもないと思った。海と坂の町だ。
この高台に大学がある。したからケーブルカー(フニクリョール)で上がってくる。夕方になると、学生達が、この風景をながめながら、ビールを飲んでいる。

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1999年 ケーブルカーの上の駅 このころは、公共交通しか多くの人は足がなかった。街は閑散としていた。

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2008年 ケーブルカーは今でも重要な足だ。丘の上の大学まで、学生を運ぶ。街のなかにケーブルカーがあることが、ちょっとロマンチックでもある。(写真をクリックすると拡大する) 

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2008年6月 展望台から湾の奥方向を見たところ。このあたりは、以前はもっと殺風景だったよな気がする。
(写真をクリックすると拡大する) 

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1999年9月 第三労働者駅という路面電車の終着点。
前回、この場所の名前に惹かれた。もっとも第一も、第二もない。この場所はすりばち状になっていて、周囲をぐるりとアパート群が取り巻いている。ここも1999年当時とさしてかわっていない。

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2008年6月2008年6月 第三労働者駅という路面電車の終着点。(写真をクリックすると拡大する) 

●こうやって、ウラジオストクの都市の外観を見る限り、9年前とさして変っていないようにみえる。しかし実際は、劇的に変っている。一番の違いは、クルマの量だ。ウラジオストクは細い半島に栄えた町だ。道路の幅がさして広いわけではない。中心部や、朝夕の通勤時間はラッシュになる。9年まえは、路面電車やトロリーバスがかなり走っていたが、今はクルマ中心、バスや路面電車の本数は減っている。
9年の変化は想像以上だった。あの頃は、ソ連が崩壊して、市場経済になり経済的に破綻しそうだった。はぶりがいいのは、クルマの売買をしているビジネスマン(当時はマフィア?と呼ばれいた)だけだった。庶民はごくささやかに、そして苦しげに暮らしているように思えた。9年後の今回、ロシア経済は、石油バブルで持ち直し、発展している。もはや東京とすこしも変らない。もちろんヨーロッパの都市と同じように、人が溢れているわけじゃない。人工は80万人ぐらいの都市だ。でも、明らかに明るい。すでに学生たちは夏休み。もっとも遊んでいるわけじゃなく、さまざまな講座が開かれている。
劇的な変化は、食事に現われている。
前回はボルシチばかり食べていたが、今回はさまざまなロシア料理を食べた。洒落たレストランも多い。そしてどこも美味だった。もうこれだけで、観光地になると思える。日本人がこないのが不思議だ。
風景もいい。ただ、極東のサンフランシスコと呼ばれるのもまんざら誇張とは思えなかったものの、男性旅行者はそれなりに、楽しめても、女性旅行者には難しいと思っていた。
今回再訪して、この5年以内にぜったに、女性誌でもブームになると思えた。
前回、絶対に日本女性はダメだと思っていたトイレ事情も劇的に改善されている。
★難点は、エア代やホテル代がまだ圧倒的に高い。もっとも日本人が多く来るようになれば、安くなるだろう。
日本の旅行会社もさらなる、努力で低価格を実現する必要があるだろう。やはりどこか、女性誌が徹底取材をしないと、掘り起こされない。中心部からクルマで30分のシャモラビーチにあるホテルは、50ドルぐらいだった。
もうひとつ難点は、7月8月は、ロシア人にとっても、バカンスシーズンで、ただでさえホテルはいっぱいになる。そのシーズン、海岸はロシア人でいっぱいになると聞いている。こんどは、そんなシーズンに行こうと思っている。
★観光シーズンは5月から9月だ。気候は北海道と考えればよいだろう。冬はマイナス10度から20度になる。
ウラジオストクの天気
そして何より、ウラジオのロシア人は、いまや余裕があるのだろうか、概してフレンドリーだ。特に若い子が明るい。よっぽど日本の若者のほうが、苦しそうだ。カメラを向けても、若者には余裕がある。

●今回は、7月10日に発売される、NIKKEI STYLE 「REAL」リアル、 VOL.2(日本経済新聞出版社)のための撮影だ。そのため、ここで多くの写真を紹介することは、まだできない。本がでるころに、もう一度写真をUPします。
それにサプライズもある。まだ発表できないが、ちょっとしかけもあります。

実は、この9年間、僕はいつもウラジオストクが気になっていた。編集者に会うたびに、ウラジオに行きたいと言った。もちろんひとりで、行くことも可能だ。そのぐらい近い。でも僕の仕事のスタイルは、やはりメディアに載ることが前提だ。今回それがやっと実現した。
9年ぶりに訪れて、その劇的な変化に僕は心が躍った。何人ものロシア人と話をした。ロシア極東大学の日本語専攻の学生たちの授業に参加し、即席講義までしてしまった。

極東国立総合大学のキャパスには、
与謝野晶子の記念碑もある。
Kyokutodaigakusoto
日本語科の学生たち。今は夏休みなので、特別講座が開かれている。この日は、Anna先生が、僕に息子をみせるため、連れてきた。
Kyokutodaigaku

そして知ったことは、今やロシアはソ連ではないといことだ。国家体制としては、いまだ社会主義的かもしれないが、ビジネス面では完全に市場経済であり、ほとんど日本人と同じような価値観で物をかんがえている。かつてのように大学を卒業すれば、国家によって仕事先が決まっていた時代ではない。今は、全て自分で選択しなければならない。それは自由なようで、実は競争社会であり、大学をでても失業してしまう社会だ。日本からみたらあたりまえのようでも、それは価値観の喪失だろう。でも僕が知りえるような、若い人たちは質素ながら確実に未来を開いている。もしかしたら彼らはエリートなのかもしれない。まだそのあたりはの見極めはこれからの、僕の課題だ。
実際にこうやって9年ぶりに訪れ自分の目で確かめると、前回よりロシア全体にたいしても全く印象が変った。僕はロシア語まで覚えたくなってしまった。少なくとも、あのキリル文字のアルファベットを理解するだけでも違うと思う。なにしろ、ロシア人の印象は、考えてみれば、アメリカ人が作り上げたイメージに、僕はかなり毒されていたからだ。
極東ロシアは、アジアとの結びつきが長い。100年ぐらい前は、日本人町があり、ウラジオ本願寺もあった。かれらは、見かけはヨーロッパ人でも、心はシャイでアジア的だ。だから日本人にとってはとてもコミュニケーションしやすい。
●そうそう、蛇足ながらウラジオストクには、ちゃんとした中華料理屋がない。それはやはり社会主義の国、キューバと同じだ。なぜだろうか、と思えば、華僑とは、清朝から逃れた中国人であり、近くは共産中国から逃げてきた中国人が作り上げた世界だからだろうか。世界中、中華料理はあるはずなのに、なにしろイギリスの地方都市にだって、ちゃんとしたレストランがあるというのに、ウラジオストクにない。キューバと違い、すぐ隣が中国だというのにだ。韓国料理はちゃんとあるのにだ。韓国はウラジオストク進出に積極的だ。また日本食もある。9年前よりは全然美味だった。特にいくらや、うには絶品だった。カフェやBarも充実している。
この街を、日本の若い女性達が、興味を持ったらすごいことになるだろう。今は女性誌で取り上げたら、最高に面白いと思う。
●足は、新潟と関空、北九州、昨年はチャーター便が羽田からも飛んだらしい。
関空 月、金 新潟 木、日 北九州 水、土 富山 月、水、金  (4月~10月)

富山と新潟から船でも行けるようです

●ウラジオストクへの旅行の手配は下記へ
(株)ロシア・トラベル・ビューロー
Russina Travel Bureau Inc.
営業時間:平日月曜~金曜9:00~18:00
〒105-0001 東京都港区虎ノ門3-3-3 虎ノ門南ビル4F
TEL : 03-5408-5550
FAX : 03-5408-5551
URL : http://www.rtb.co.jp

●エイ出版社より、
「横木安良夫流スナップショット」発売中。詳細
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2008.05.28

写真展終了そして....VLADIVOSTOK

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●横木安良夫写真展「Glance of Lens~レンズの一瞥~」が終了しました。
ご来場してくださった多くの方々、ありがとうございます。写真展はいくらやっても、意義があるものです。自分の写真を広い場所で一望し、色々と考えることができるからです。今回も、色んなアイデアが沸きました。

●さて、上の写真、1999年9月に撮影した、ロシアウラジオストクからボートで行った島で撮った写真です。
6月1日から、ちょっと短いのですが、9年ぶりにまた訪れることになりました。ある雑誌のための撮影です。掲載されるころに、またお知らせします。
ところで、ウラジオストクのことを多くの人はほとんどご存知ないでしょう。新潟から飛行機で、90分で行くことができる、隣国の都会です。以前、僕のWEBサイトで紹介したので、それをリンクしておきます。
9年ぶりのウラジオストク、どんなふうか、すぐには発表できませんが、お楽しみに。
1999年のウラジオストク、ナホトカ
ウラジオストクのことを紹介したサイトとしては、世界で一番情報に溢れているかもしれません。こんな場所が、すぐそばにあるなんて、不思議です。まだ人気はないけど、きっとそのうちブームになると思います。

●エイ出版社より、発売中!
「横木安良夫流スナップショット」を発売しました。詳細
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2008.05.25

横木安良夫写真展開催中

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●横木安良夫写真展「GLANCE OF LENS ~レンズの一瞥~」
5月22日(木)~5月28日(水) AM10:00-最終日PM2時まで

横木安良夫の在廊予定

28日(水) pm12-pm2
を予定しています。

会場では、「横木安良夫流スナップショット」を販売しています。サインをしますので声をかけてください。
そのほか、僕の著作物も販売しています。
会場で、オリジナルプリントの販売の予約もしています。

ポートレートギャラリー 順路
ギャラリーの場所は特別わかりずらいところではありませんが、良く皆さん迷うようです。
まず、外堀どおりと新宿通りの交差点、四谷見附を基点とします。
地下鉄四谷駅から001
これは、地下鉄四谷駅を出て、四谷見付の交差点を見たところです。
002
新宿方面に向かって横断歩道を渡って、外堀どおり市ヶ谷方面を見たところ。
003
地下鉄南北線2番出口から、外堀どおり市ヶ谷方面を見たところ。外堀どおりを市ヶ谷方面に進む。
一本目の細い道が、しんみち通り。それを越える。
005w
信号機があり、一方通行の出口になっている。それが三栄通り。角にSUBWAYがある。曲がった右側にコージーコーナーが見える。この道を左に入り進むと、左側に本屋さんが見える。その4F

JR四谷駅、四谷口から010
JR四ッ谷駅、四谷口から望む。横断歩道を渡ると、ギャラリーのある三栄通り。
006
正面に左側に赤い「本」という看板が見える。持田製薬がある。
007a_2

007b
「本」の上を見ると、「ポートレートギャラリー」の看板が見える。本屋の5階だ。
011
入り口に案内の看板がある。
008
エレベーター入り口に、写真展のチラシが張ってある。このビルの5階。このビルは、日本写真文化協会といって、もともとは営業写真館の団体の建物だ。いまは協会員以外のさまざま写真展も開催される。
009
5階の、写真展会場を入ったところ。
012
お待ちしています。
横木安良夫

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写真をクリックすると拡大します。

●5月10日に、エイ出版社より、
「横木安良夫流スナップショット」を発売しました。詳細
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2008.05.23

24日、PM6時、横木安良夫写真展ギャラリートーク

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5月24日(土曜日)pm6時より8時ごろまで、写真編集者のタカザワケンジ氏とトークショーをします。
内容はスナップショットについてです。無料、予約は不要です。どなたでも参加できます。
なお、展示会場で、開催するため、
写真展をゆっくりと、ご覧になりたいかたはPM5時ぐらいまでに来場することをお勧めします。

●横木安良夫写真展「GLANCE OF LENS ~レンズの一瞥~」
5月22日(木)~5月28日(水) AM10:00-PM6:00 (最終日PM2時まで)

横木安良夫の在廊予定

24日(土) am11:30-pm8 ★pm6-8 ギャラリートークをします。 無料 予約不要

25日(日) am11-pm6
26日(月) pm11-pm6
27日(火) pm12-pm6
28日(水) pm12-pm2
を予定しています。

会場では、「横木安良夫流スナップショット」を販売しています。サインをしますので声をかけてください。
そのほか、僕の著作物も販売しています。
会場で、オリジナルプリントの販売の予約もしています。

ポートレートギャラリー 順路
ギャラリーの場所は特別わかりずらいところではありませんが、良く皆さん迷うようです。
まず、外堀どおりと新宿通りの交差点、四谷見附を基点とします。
001
これは、地下鉄四谷駅を出て、四谷見付の交差点を見たところです。
002
新宿方面に向かって横断歩道を渡って、外堀どおり市ヶ谷方面を見たところ。
003
地下鉄南北線2番出口から、外堀どおり市ヶ谷方面を見たところ。外堀どおりを市ヶ谷方面に進む。
一本目の細い道が、しんみち通り。それを越える。
005w
信号機があり、一方通行の出口になっている。それが三栄通り。角にSUBWAYがある。曲がった右側にコージーコーナーが見える。この道を左に入り進む。
010
JR四ッ谷駅、四谷口から望む。横断歩道を渡ると、ギャラリーのある三栄通り。
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正面に左側に赤い「本」という看板が見える。持田製薬がある。
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「本」の上を見ると、「ポートレートギャラリー」の看板が見える。本屋の5階だ。
011
入り口に案内の看板がある。
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エレベーター入り口に、写真展のチラシが張ってある。このビルの5階。このビルは、日本写真文化協会といって、もともとは営業写真館の団体の建物だ。いまは協会員以外のさまざま写真展も開催される。
009
5階の、写真展会場を入ったところ。
012
お待ちしています。
横木安良夫

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●5月10日に、エイ出版社より、
「横木安良夫流スナップショット」を発売しました。詳細
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2008.05.21

横木安良夫写真展 開催中

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5月22日(木)より28日(水)までの一週間、
東京四谷にある
ポートレートギャラリーにて、
写真展「Glance of Lens~レンズの一瞥~」を開催しています。
am10:00-pm6:00まで、最終日は、pm2:00までです。

横木安良夫の在廊予定

23日(金) pm12-pm6
24日(土) am11-pm6 ★pm6-8 タカザワケンジ氏とギャラリートークをします。 無料 予約不要
25日(日) am11-pm6
26日(月) pm12-pm6
27日(火) pm12-pm6
28日(水) pm12-pm2
を予定しています。

会場では、「横木安良夫流スナップショット」を販売しています。サインをしますので声をかけてください。
そのほか、僕の著作物も販売しています。
会場で、オリジナルプリントの販売の予約もしています。

ポートレートギャラリー 順路
ギャラリーの場所は特別わかりずらいところではありませんが、良く皆さん迷うようです。
まず、外堀どおりと新宿通りの交差点、四谷見附を基点とします。
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これは、地下鉄四谷駅を出て、四谷見付の交差点を見たところです。
002
新宿方面に向かって横断歩道を渡って、外堀どおり市ヶ谷方面を見たところ。
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地下鉄南北線2番出口から、外堀どおり市ヶ谷方面を見たところ。外堀どおりを市ヶ谷方面に進む。
一本目の細い道が、しんみち通り。それを越える。
005w
信号機があり、一方通行の出口になっている。それが三栄通り。角にSUBWAYがある。曲がった右側にコージーコーナーが見える。この道を左に入り進む。
010
JR四ッ谷駅、四谷口から望む。横断歩道を渡ると、ギャラリーのある三栄通り。
006
正面に左側に赤い「本」という看板が見える。持田製薬がある。
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「本」の上を見ると、「ポートレートギャラリー」の看板が見える。本屋の5階だ。
011
入り口に案内の看板がある。
008
エレベーター入り口に、写真展のチラシが張ってある。このビルの5階。このビルは、日本写真文化協会といって、もともとは営業写真館の団体の建物だ。いまは協会員以外のさまざま写真展も開催される。
009
5階の、写真展会場を入ったところ。
012
お待ちしています。
横木安良夫

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写真をクリックすると拡大します。

●5月22日(木)~28日(水)まで、四谷にある、ポートレートギャラリーにて、
横木安良夫写真展「Glance of Lens~レンズの一瞥~」を開催します。詳細

am10時からpm6時まで。会期中は無休です。最終日はpm2時まで。
5月24日(土) pm6時~8時まで、タカザワケンジ氏とスナップショットについて、ギャラリートークをします。
入場は無料です。申し込みの必要はありません。ただ、椅子が限られているため、混雑の場合、立つか床に座るかになるかもしれませんが、ご了承ください。

●5月10日に、エイ出版社より、
「横木安良夫流スナップショット」を発売しました。詳細
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2008.05.19

アマチュアは、街でスナップを撮ったらいけないのか?

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●5月10日に、エイ出版社より、
「横木安良夫流スナップショット」を発売しました。詳細
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●さて、Blogに福岡に住むトモアキーニさんから、こんな質問をいただいた。

初めまして。福岡に住むトモアキーニといいます。(横木さんが管理人のミクシィのコミュにも参加しています)
僕も発売日と同時に横木さんの本を買いました。

僕は15年ほど前から写真を始めたんですが、ここ数年はスナップ写真をあまり撮らなくなりました。
それは正に肖像権が絡んでくるからです。

ですから今回の文庫本の肖像権に関する文章は特に興味深く拝読しましたが、一つだけ疑問に思ったことがあります。

「表現の自由がある、民主主義社会では、芸術やジャーナリズムは、法律に対して、戦う権利もあるということです。もし負けたとしても、ジャーナリスト、アーティストは、恐れることではないのです。」

と、↑のブログにおいても書かれていますが、僕のようなアマチュアが撮影している場合、それらの写真を「芸術やジャーナリズム」であると言い切れるのかな、ということです。
ましてや、自分をアーティストとは言い切れません。
(「アーティスト」は自己申告だと思っていますし。)

僕も横木さんが表紙で使われているような女性の身体の一部をノーファインダーで撮影したことがあります。
ですが、もし僕が表紙の写真とまったく同じような写真を撮ったとして、プロの写真家による写真と、僕のようなアマチュアが撮影したそれとでは、社会の見る目が違うのではないかなと思いました。

結局、アマチュアが撮った写真である以上は、それを「アート」であると説得する力は無いのではないかと思ったのです。

でもアマチュアにだって、表現の自由はあるはずなんですが。

横木安良夫の返事

僕は表現に関しては、プロもアマチュアも関係ないと思っています。
プロとは主に写真で食べている人で、意識的に表現として撮っている人はごくわずかです。僕としても、表現なんていわれると、こそばゆくなってしまう、プロとしての仕事は沢山あります。実際、写真を撮ることで生計を立てていることと、写真で表現を自覚的にしようとすることは、全く違うことです。

僕は、自分の表現としての写真(アートとしての写真)は、肖像権で訴えられて、もし裁判で負けて損害賠償を受け入れたとしても、自分が正しいと思うなら、また同じように撮り、発表することに、何の恐れもありません。それこそがアート(芸術)だからです。
(芸術とは何かをここで、語りませんが、自分が芸術だとおもえばいいし、芸術家は自称すれば、誰でもなれます。それを他者、社会が認めるかどうかだけです)

僕にしても、なんの意識をもたずに、撮ることだってたくさんあります。表現の意識はもたなくても、プロ写真家としてのプライドはあります。
それは表現者と言う意味ではありません。プロとは、僕は職人だと思っています。それは他の職種と同じだと思います。
表現としての写真のみで、生きている写真家もいます。学校の先生をしたり、もともと実家や配偶者が資産家であったり、もしくは赤貧をものともしない配偶者に恵まれていたり。
僕は残念ながら、そんな根性も、ラッキーにも恵まれていません。
しかも表現とはなにかと、意識的になったのは、この10年ぐらいです。
それに僕の場合、きわめてかってな言い分ですが、自分が積極的にコンセプトから関わった写真については、例えばコマーシャルでも、これは僕の表現だとおもったりもしているのです。このへんの境界線はかなりファジーです。
今の時代、プロのカメラマンとして生活することは、かつてよりずっと大変な時代です。こんな割の合わない仕事をせず、違う仕事で生計を立て、純粋に表現として写真を撮る方が合理的で、そんな写真家は世界を見ればたくさんいます。

話を戻しますが、プロとアマの違いがあるとするならば、プロ写真家の僕は、表現のためには、裁判だろうが、警察に突き出されようが、筋を通すことで、写真家として、社会生活者として、評価が下がるとはないと知っているからです。(意識的になりすぎると、仕事を狭めるというデメリットはあります)

アマチュアの場合、最悪の場合、そこまで戦う気持ちが持てるかでしょうか。

僕は、スナップをするならば、持つべきだとおもいます。
アマチュアだとしても、写真展を開き、写真集を作り、例えば常日頃、WEBで、少しずつでも自分の表現を認知されるように実戦すればよいことじゃないでしょうか。
今日初めて一眼レフを買った人が、僕の本の表紙と同じようなものを撮ったとしても、それはただ、興味本位としか思われないでしょう。運が悪ければ、警察につきだされ、チカン扱いされるかもしれません。

かつて戦前のことですが、いやそのもっと前から、
表現としての写真は、プロのものなんかじゃなかったのです。
プロは表現としての写真より、その新しい技術で、ビジネスにいそしんでいました。

すくなくとも、写真が発明されて100年間は、アマチュア写真家こそが世界の写真をリードしていたのです。
コダクロームという、からフィルムを発明したのも、アマチュアです。

アマチュアだから、趣味として撮ればよいのではなく、
アマチュアこそ、もっと自由に表現に関わるべきです。
芸術にプロもアマもありません。

趣味と言っている限り、アマチュアカメラマンであって社会的な評価はされないでしょう。
かっこつければ、アマチュアだって、いやまじめに、「写真家」Photographer と名のればよいのです。
写真で飯をくうだけが、写真家じゃありません。
自分に表現したいものがあるのなら、芸術家であり、
プロとかアマとかつけることなく、フォトグラファーでいいじゃないですか。
何を撮り、何を表現するかです。

そういう意味で、意識的なアマチュアの団体ができたらいいなと思います。
自由に写真を撮ることを、「表現の自由」をプロ写真家から奪還してください。
それには、ただ徒党を組むという意味ではなく、この困難な時代、
意識的な写真家として団結すればいいことではないでしょうか。

★もちろん、趣味として徹することも大切です。そんな場合は、楽しめる範囲で撮るにかぎります。表現することは楽しみから逸脱することもあります。

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2008.05.18

アマゾンレビューに又やられた。

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●5月22日(木)~28日(水)まで、四谷にある、ポートレートギャラリーにて、
横木安良夫写真展「Glance of Lens~レンズの一瞥~」を開催します。詳細
am10時からpm6時まで。会期中は無休です。最終日はpm2時まで。
★5月24日(土) pm6時~8時まで、タカザワケンジ氏とスナップショットについて、ギャラリートークをします。
●5月10日に、エイ出版社より、
「横木安良夫流スナップショット」を発売しました。詳細
★「横木安良夫流スナップショット」は、写真展会場でも販売しています。横木は会期中基本的に会場に詰めています。サインをしますので、気軽に声をかけてください。
*******************************

★アマゾンレビューに、またやられた。

アマゾンのレビューっていつも、困惑する。ペンネームは問題ないとして、その名前で多くのレビューがあればその評者の価値観や人格が分かるが、匿名としかいいようのないペンネームで、極端に批判するレビューは卑怯だと思う。特に全否定するような場合には、書き方があると思う。そういう否定的な内容は、自分のBlogなどでどうどうと書くことだと思う。

さて、僕の「横木安良夫流スナップショット」について、こんなレビューが載った。

読むところがない, 2008/5/17
By siro - レビューをすべて見る

著者の過去の作品と、スナップショットについて思うところをまとめた本です。
肖像権等の法律論にかなり紙幅を割いていますが、用語も論理構成もかなり粗雑です。(著者は、民事と刑事の区別もついていないのでは?)また、撮影技術についての記述も、ズームレンズ普及以前から写真を撮っている者には当たり前の内容と思われます。ある程度若い世代の方ならそうでないのかもしれません。少なくとも法律論の部分については、編集者が助言すべきだったと思います。

●反論
民事、刑事の区別を知らないわけはないでしょう。マア法律用語に関してファジーなことは認めるけど。
のぞきのようなわいせつ的な盗撮は刑事事件。でもいわゆる街でのスナップ的な盗み撮りは、のぞきのような猥褻性がなければ、警察は介入できません。
被写体は肖像権侵害を主張することは当然です。ただ親告罪なので民事訴訟するしかありません。
実際は撮影時より、発表するときが問題ですが。

さて、僕がこの本のなかで書いたことは、警察が介入しないストリートスナップの肖像権の問題を、弁護士に聞けば、公道上においても他人を黙って撮ることは、立派に肖像権侵害だと、ほとんどの弁護士が答えるからです。
街で、他人を撮るには、承諾を得ることが必要、当然発表も承諾が必要だと結論されます。
きっと法律的にはそうなのでしょう。
たしかに日本写真家協会の肖像権ハンドブックにもそう書かれています。
それでは、スナップショットの死です。
では、スナップショットは撮ってはいけないのか。
それがテーマで書いた本です。

●僕はここで、厳密に法律的なことにこだわってません。
大きく言えば、憲法上の権利を書いたのです。

表現の自由についてです。スナップショットについて、僕個人のガイドラインを書いたのです。

★なぜスナップをしてよいのか、それは偉大な先人達が作り上げた写真の歴史、多くのスナップ写真を撮った歴史があるからです。今、僕たちがスナップを撮ることができるのは、その築き上げられた写真文化のおかげなのです。だからスナップ写真を撮るなら、現代に繋がるスナップ写真の歴史の概要ぐらいは知ってほしいというので、写真の歴史のダイジェストまでしています。

★さて、公道で「盗撮だ」と警察に突き出されても、撮った写真に犯罪性がなければ、警察は介入できませんと書きました。問題になるのは、ほとんどが覗き行為だと。
本では書きませんでしたが、当然僕は、ノーファインダースナップ(盗み撮り)をしていて警察に突き出された経験もあります。
そこで、刑事とその点を話し合ったこともあります。
いまや幸いデジタル時代、撮った写真をすぐに確認することができます。何を撮ったか証拠が残るのです。
自分が撮った写真をどうどうと警察で見せればよいことなのです。
問題なければ、国家権力によって守られることさえあるのです。
なにより、なぜ撮っているのか、きちんと主張することが必要なのです。

同じことを何度も書きますが、警察が介入できなくても、もちろん被写体は民事訴訟ができます。
僕の論旨は、そういうことを分かった上で、現実的なことを、書いています。

表現の自由がある、民主主義社会では、芸術やジャーナリズムは、法律に対して、戦う権利があります。
もし負けたとしても、ジャーナリスト、アーティストは、恐れることではないのです。
負けたとしても、それはあくまで個別的な敗北でしかありません。
自分の信じる芸術的、ジャーナリスティック的な表現があるならば、
それは再び表現の自由に