ロバート・キャパ最期の日
今年9月東京書籍より、「ロバート・キャパ最期の日」が出版された。1998年に初めて、ロバート・キャパ最期の土地を探して、キャパ没50年にあたる、今年ようやくキャパ最期の土地を探し当てた。本はできあがったが、ロバート・キャパの旅は終わったわけではない。ロバート・キャパについてはまだいろいろ書きたいこともある。また、本で詳しくかけなかったことなどのエピソードも紹介したい。
今までのロバート・キャパについては、僕のHomePageのRobertCapaのサイトに紹介してある。そこに紹介したテキストと重複する部分があるかもしれないが、ロバート・キャパについて、エピソードや意見を書いてゆく。
さて、ひとつロバート・キャパ最期の日についてのミステリーを書きたいと思う。
それは、本でも書いたが、キャパは最期の日、二台のカメラを使用していた。
レンジファインダーのカメラニコンSとコンタックス2だ。伝記によると、ニコンにはカラー、コンタックスにモノクロが入っていたことになっている。
キャパの最後に撮った写真は、モノクロとカラーがある。それは、残された写真、右側の堤防がしだいに左に曲がる荒地、そのはるか先には、戦車、そして10名以上の兵士が前進している写真だ。
兵士の動きを克明に検証すると、モノクロよりあとにカラーが撮られていることがわかる。
その写真を見ればカラーはワイドレンズで撮られていることもわかる。
モノクロは標準レンズだ。カラーはニコンに装填されているとすると、ニコンにはワイドレンズがついていたことになる。
ところが、不思議なことに、現在、東京富士美術館に納められている、ニコンSには、標準レンズ50mmf1.4が泥のついたまま存在している。
最後に撮ったカラーがニコンだとすると、キャパはニコンについていた、35mmf2.5を、歩きながら50mmレンズにつけかえたことになる。
それは特別不思議なことではない。現にキャパの最後の日のコンタクトプリントを見ると、レンズ交換をして撮っているカットがある。
ただ、伝記作家リチャードウイーランが、ニコンはカラー、モノクロはコンタックスといっている、根拠はなんだろう。
僕は、「ロバート・キャパ最期の日」では、ウイーランのいう、その説を尊重して、キャパは最後にレンズ交換したと書いた。しかし、伝記作家ウイーランは、あまり写真に詳しいとはいえない。
キャパは、インドシナで多くの写真を、そしてコンタクトプリントを残している。
僕はそれを見る機会があったが、そこには写真家キャパのさまざまなことが写っているのに、ウイーランの伝記にはそのことが反映されていない。
不思議だった。もしかしたら、実は、単純にキャパは、50mmのついたニコンをメインモノクロを装填し、コンタックスにカラーをいれ、35mmのワイドレンズだったという可能性は十分考えられる。
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Comments
はじめまして。
私 キャパ好きです。
すごい、観てて痛く悲しくなったり・・・言葉では表せない事を、それ全てに表しているスゴサ。
細かいこと全て までもがすごい勢いと静けさで。
とにかく、すごいから好きです。
このココログ楽しみです。
Posted by: 美智子 | November 11, 2004 at 07:42 PM
Nice resource, very interesting reading...:
Posted by: ahmed | July 10, 2007 at 01:46 AM
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Posted by: bing | August 04, 2007 at 07:05 AM