本日より、ShINC PRIZE

「ShINC.¥3000で写真売りましょ買いましょ展」の参加者161名の中から
「ShINC. PRIZE 2009」実行委員会によって選出された
22名の作家をノミネート作品展示を行います。
ShINC. PRIZE は来場者の投票によって決まります。
是非、投票にご来場下さい。
ShINC

「ShINC.¥3000で写真売りましょ買いましょ展」の参加者161名の中から
「ShINC. PRIZE 2009」実行委員会によって選出された
22名の作家をノミネート作品展示を行います。
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是非、投票にご来場下さい。
ShINC

Vladivostok 2009 ケーブルカー RICOH GXR
篠山紀信氏ワイセツ取り締まり、この件どうやら、写真界は無視するようだ。あまりに内容がくだらなく、権力側の挑発にのらな方針らしい。もちろん検察のでかたにもよるが、単なる警察の遠吼えになる可能性もある。これは警察のがんばりにかかっている。がんばれ警察!なんてね。
もちろんワイセツに関しては、こんなアナクロな法律早くなくなってほしいと思っている。
関連 BLOG d’Epimeghee
●以前、小説家の矢作俊彦と、新潮のフォトミュゼで「火を吹く女」という本を作ったことがある。
前編、ゲリラ。銀座でも、新宿都庁前でも、迎賓館のまえでも、実は皇居内でも、ひたすら裸で火をふくという、内容の写真集だ。
当然いろんな人に目撃された。こんなふうに昔の写真も、問題だろうか。気をつけなければ。くわばら、くわばら。
●さて、日本の法律について、これは駐車違反についてだが以前書いたTEXTと今でも考え方は一緒だ。
いや、それどころから、図星、予想どうりだったなさけなさ。
守ることの不可能な法律を、運用でコントロールするのは、危険だという内容だった。
なぜなら、権力のラインが見えなくなるからだ。
これは権力、とくに日本警察の常套手段だ。
その2006年6月に書いたTEXT。
国家権力の日本的な罠「駐車違反民間委託、これは巧妙な罠だ!」
「この警察のイライラはなんなのだ!」 篠山紀信氏、家宅捜索
(長文、論理破綻は、ご勘弁を!これは、論理ではなく、叫びである)
この件、写真家として避けて通れないので書く。
篠山氏の写真がワイセツかどうかなんて問題ではない。
ゲリラで撮ったということも、アートとしては当然だろう。
日本でNUDE撮影をしたいといって、許可がでることはまれだ。
まして、JRの構内など、許可は100%と無理だろう。
写真は、許可なくては撮ってはいけないのだろうか。
これは、公道で被写体に気づかれずスナップするのと同じ問題だ。
黙って写真をとってはいけないのだろうか。
当然いけない。
当然無許可で写真を撮ってはいけないのだ。
絶対にいけない!
でも、表現のためには、法律やルール、慣習、おきてを破ることがままある。
それが、可能なのがアートである。
現代アートは、過去のアートを含めた、
あらゆるものへの批評だからだ。
人間にとって何が大切か。
管理ではなく、表現する自由!
憲法にも、燦然と「表現の自由」として保障されている。
現代の民主主義の法律では、この「表現の自由」こそが、最大の活力だ。
法律とは、元来、為政者が人民、個人を束縛するためものである。
芸術とは、さまざまな慣習、法律から、タブーなどがんじがらめから、真に人間を解放する手段だ。
現在のように、高度な文明社会は、さまざまなルールなどで、人間をしばりあげ、窒息させる。
こんな時代、もはや原始に戻ることはできないのだから、
なにしろ携帯もパソコンもなくならないだろう、
それが肥大した経済学の結果であり、
時間にも、金にも、すべてに現代人はがんじがらめになっている。
人間は、そして個人は、自分たちがまねいた生きるのに過酷な時代、
どうしたら自由になり、心を解放できるか。
それを考えるのが、現代芸術の最大のテーマだといっても、さしつかえない。
さて、誰が許可する。誰かが許可する。
許可は力があるもの(既得権者)が、ないものへの管理といえる。
権力者、既得権者にとって、法律とはまことに都合がいい。
法律とは彼らに圧倒的に有利だ。
民主主義の時代となり、主権が国民になったとしても、
そのなかで実際に物理的権力を行使できるのが、警察だ。
治安維持。それは誰のためだろう。
その警察が、なんだか変だ。
草なぎつよしの件にしても、一晩説教ですんだろう、かつてだったら。
今、警察は、なにかあせっている。
だいたい、撮影中の現行犯逮捕ならわかるが、1年もまえの写真集をみて、
公道である、ここではとってはいけない、ワイセツだと、
と騒ぐのは、ヒステリーとしかいえない。
通報があったのなら、そのとき捕まえろ。
ストリップの取締りだって、現行犯逮捕が常識だろう。
いらいらの、原因は、凶悪犯罪の検挙率が下がり、権威失墜。
失墜した権威を、はったりでごまかす。
ベクトルは違うが、道路交通法をたてに、不要な取り締まり、が続いている。
たとえば渋谷駅、246ガードの先、構内左折と、青山、六本木方面、直進の取り締まり、
六本木、旧テレ朝通りからの六本木通りに出るさいの、非常に見にくい一時停止標識での取り締まり、
そんなインチキなことを、いつまでもやっているのが、同じ警察だ。
(どちらも警察署に近い、便利さ、日課なのだろう)
まあ昔から、取り締まりとは簡便である。
いやそれでも最近とみにおかしい。
あれほど駐車禁止を叫びなら、取り締まりすぎると、「反則金」収入がへったからだろうか、
今やまた野放しになった。
そのくせパーキングメーターは増やさず、100円パークばかりふえ、それが100円ではなく、10分300円なんてところも、渋谷にはある。帝国ホテル駐車場だって、1時間700円なのに。何かおかしい。なぜ、パーキングメーターをふやさない。それに地域に限らず、パーキングメーター、一律1時間¥300円もおかしい。
腹が立ち、さまざまな警察の悪事に腹が立つ。
さて、篠山氏の撮影の話に戻る。
日本は、NUDE(裸の写真)とポルノ(商業的性行為描写)に線引のない未開国家だ。
NUDEは、裸、ネイキッドは、人間の自然の姿だ。生まれながらにして、人間は裸だ。
服を着る行為こそ、文化的であり、服は単なるバリアーでしかない。
人間の裸は、それじたい、美しくも、醜くも、どちらでもない、人間とは元来裸なのだ。
ギリシャ、ローマは、人間讃歌、人間が人間でありたいと願い、裸は神聖なものだった。
その後、抑圧された、長い宗教による人間管理の時代をへて、人間はやはり人間でありたいと、
ルネサンスが起こり、ここでもNUDE、人間の裸体は、賛美される。
それは、西洋文化のことだ!
「日本人にとって裸はワイセツなのだ」
なんて、言っているのは、変態的国家権力、警察だけだ。
日本人は、裸をみただけでワイセツだなんて思ったりしない。
海女を見て、混浴に入って、欲情するようになったのは、最近だろう。
それに自分の裸をみて、欲情するやつはそんなにいないだろう。
欲情するには、それなりの仕組みや儀式がいる。
真実は、彼ら、国家警察権力は、
彼らの権力だった、「ワイセツを取り締まる、既得権」を手放したくないのだ。
警察にとって、表現、芸術、アートは昔から敵だ。
なにしろ、現代芸術とは、既成概念の「批評」でもあるからだ。
いやいや、取り締まりこそが、権力最大のカタルシス。
人間管理に喜びをおぼえる輩。
他人を管理したいと、常に思っている変態。
ところが、それなのに、「ワイセツ」は、今や風前の灯だからだ。
ネットを見てみよう。無料でいくらでも、NUDEどころか、国家権力が忌みきらう、
本物のポルノがあふれている。
しかも世界のなかで、日本発信のポルノのなんと多いことか。
今や日本は、ポルノ制作を、そして誰もが気軽にポルノをみることができる、天国である。
今や、ポルノは解禁されたのである。
それは、事実だ!
それなのに、紙媒体は、管理しやすいと警察は思っているのだろうか、
管理することに未練たらたらのアナクロ警察だ。
ネットは実は、ポルノにとっても革命だった。
欧米が、作り上げてきた、ポルノショプと美術館ではなんでもOKというコンセンサンスを吹き飛ばし、
パソコンというプライベート空間には、
今は本物のポルノが、あふれている。
美術館やポルノショップに行かなくても、手がるに見ることができる。
人類は、核兵器を知ったように、ネット社会によって、
闇と光、陰と陽、ホンネとタテマエ、などなどボーダがすべてなくなってしまった。
それでも見なければいい、と思っている楽天的な人は、
自分のパソコンに知らないうちにダウンロードされているポルノ画像を知ってるのだろうか。
立派にワイセツ画像所持だ。
今や、世界は、ネットがあるかぎり、
ポルノは完全解禁されているだ。
かつて、NUDEが茶の間に日常的に入ってきたように、
今ではポルノも、非日常ではなく、日常になった。
断わっておくが、性行為は、非日常ではない。人間だったらだれでもができる、日常だ。
それをビジネスとすること、それこそがポルノなのだが、
ネットではこの商業的性行為販売が、日常になってしまった。
これは食い止めることができない。食い止めるのなら、
「見ること」、「世界を見ること」
どこかの国のように、権力者が規制することになる。
「世界を見る。そして記録する」
それこそが、写真の構造であり、使命だ。
NUDEだろうが、なんだろうが、目で見えるものなら、
それを記録し、表現することが、写真としての芸術だ。
さて、芸術と、ポルノビジネスの違いは、
芸術家は、自分がだれなのか、名乗っている。
顔をさらし、理念を語り、どうどうとしている。
たとえばかなり、ポルノチックなものを表現しても、逃げも隠れもしない。
もし、公道でNude撮影をして現行犯逮捕されたとしたら、と当然、はなから受けいれる覚悟がある。
なぜなら、自分が表現者である自覚があるからだ。
単なるビジネスNUDEやビジネスART、ポルノとはそこが違う。
今回のこの事件、篠山氏は逃げも隠れもしないだろう。
倫理的な部分は、警察がワイセツなどという、前近代的な理屈をかざすのではなく
、あおやま墓地、JRが、その他が、どうどうと、名誉棄損、営業妨害などで、訴えればいいのである。
国家権力がのこのこでる幕ではない。
(法律用語の間違いなどで足をすくわないように、
僕は、芸術家個人は、法律より、芸術活動に優先することがある、と信じているので、芸術とはレジスタンスでもある)
話があっちこっちばらばらだ、なにしろこれは、数回にわたって書いているので、
その時の気分が反映してしまっている。ご勘弁を。
「警察のいらいら」とは、ちっぽけな日本警察の既得権が奪われようとしているからだろうか。
そのまえに、脱線!
欧米では、1960年代後半には、ポルノが解禁された。
ポルノはポルノショップに行けば、成人だったらだれだって、他人の性行為を自由に見ることができる。
商業的性行為描写販売は、おとなにとってはなんの不利益もないからだ。
なにしろ、裸と同じように、性行為は人類にとって、ごくごく正常な行為だから。
風呂では裸になることが、当然のように、寝室での性行為は日常のことだろう。
ただそれを、ビジネスにするなら、
先に書いたようにポルノショップに行きなさいというのが、
欧米の考え方だ。
日本のような、印象、感情としての「ワイセツ」ではなく、
すべてTPOでシンプルにかたずけていた。
プライベートの、性交は日常で、
パブリックでの性交は非日常という。
非日常の性交は、ポルノショップで扱いなさい、という。
何がワイセツで、何がワイセツじゃない、ではなく、、
性交描写が、表現が、
許される場所と、許されない場所があるだけだの問題だ。
決してワイセツという、感覚の印象ではない。
かつて、1960、70年代の、アメリカ、ヨーロッパのPLAYBOY PENTHOUSE、ルイ、ハスラー
などは、女性、男性性器を、どうどうと露出していた。
性器つきNUDEの氾濫だ。
ただ、それはけっしてポルノではなく、あくまでNUDEなのだ。
男も女も、人類だったら性器は自然についているのだから。
それを取ったら、人間ではない。
一方、ポルノとは、あくまで商業的性行為のことである。
だから、性器が写ったNUDEはアメリカ、ヨーロッパでは堂々とコンビニでも売られていたのだ。
もっとも後には、子供たちが見るという理由で、コンビニでは排除されたが、
書店では今でもどうどうと、性器つきNUDE雑誌が売られている。
まだ、20代だった僕は、アメリカに行ったら、そういう雑誌を買った。
ヘアどころか、内臓まるだしのヌードだ。
でもあくまでもそれはポルノではなかったのだ。
もちろん勉強のために、ポルノショップにもいってみた。そこには、あらゆる性行為、ホモセクシャル、
両性具有のオンパレードだった。もちろんショックを受けたが、すぐに慣れた。
ポルノとはそんなものだ。
ポルノが公認されている国では、ポルノなんて皆あきあきしている。
ワイセツなどとう、概念を振り回すから、ますます、
ワイセツな妄想がわきあがってくる。
その、20年後、日本ではヘア論争なるものが起きた。
性器ではない、ただのアンダーヘアがOKかどうか、問題にされた。
少しずつ国家権力にお伺いをたてつつ、雑誌などにヘアが露出された。
そこには笑い話として、ヘアをそってしまえばいいのか、なんて論争もあった。
おかみ、日本の警察はそういうことに、変態的にこだわりがある。
性器ではない。ただのヘアが写っているだけでも、ワイセツだと権力をふりまわしてきた。
あまりにも、世界の現実をかけはなれているせいか、
きちんとした美術書でさえ、やすりがかけられ、シンナーでこすられ、
その指令、その行為こそが本気のワイセツだ。
そのばかばかしさに、ようやく気づいたのかと思えば、
ごく最近まで、メイプルソープの写真集を、検閲していたのだから、笑える。
警察のワイセツ取り締まり、部門の頭は、本当にワイセツ心でいっぱいなのだろう。
まあ、平和国家日本は、おかげでヘアはよろしくなったのだ。
そんなこと誰が決めたのだろう。
もっとも、ポルノもNUDEも芸術も、
長崎チャンポンのようにごった煮にしている日本文化のこと、
これは日本の「近代文化」なのだけれど、
ハイブローな芸術も、ローなワイセツ雑誌も、
みそもくそも、同じ土俵で勝負させるという現実が日本にあることはたしかだが、
大手出版社が、高級な本もだすが、かなり低能な雑誌も出版している現実。
それこそが、極東アジア、日本の文化なのだとしても、
それを国家権力との綱引きでバランスを取ってきたつけが、ここで払わされるのだとしたら喜劇だ。
日本の出版不況の最大の理由は、ネット社会だ。
日本の出版社は、情報を、売ってきた。ほとんどすべての雑誌は情報誌だった。
紙でしか表現できない、本や雑誌を、メインにすることなく、
膨大な情報を紙につめこんできた。編集は情報をつめこむことに、
できるだけコストを抑えて詰め込みながら、あとは広告収入に頼る。
もしくは、ポルノとNUDEとのボーダーを限りなく曖昧にして、売る。
ネット時代になり、そのふたつが、破壊したのだ。
ポルノちっくなものは、ネットに駆逐された。
何しろ、ネットは、本物のポルノが見られるからだ。
しかもかなりが、「無料」だときてる。
同じように情報も、それこそ、「無料」になった。
日本の出版社は、その2つの既得権を奪われた。
今や、守れるのは、作家の牙城だろう。大切にしたほうがいい。
そして、海外では主流の、ビジュアル雑誌や、写真集、などなどは、
価格は高いが、利益率がよく少部数の本が、なぜ日本で売れないのか、
それは販売と流通の仕組みせいだろう。
海外の書店にゆけば、買いたい立派な本は安価で種類も無限にある。
さて、またまた脱線したが、
証拠となる作家の写真をさしおさえて、どうするのだろう。
作家が撮った写真が、警察の証拠物件になるのだろうか。
写真は、たくさん撮る。
しかし、作家にとって、発表した写真が、表現であって、
そこから落とした写真は、外に見せるものではない、
表現上の、プライバシーだ。
プロの写真家、芸術家が撮ったものでも、
発表していないものを、
押収したら、それはどうなるのだろう。
作家にとって、表現上のメモ、妄想などを証拠にされたら、
それこそ、人権侵害なのではないんだろうか。
膨大な、未発表の写真を、警察は押収するのだろうか。
いままで、このことを、正面からぶつかることはあまりなかった。
わいせつでいえば、四畳半ふすまのしたばり・・と愛のコリーダぐらいかな、僕が知ってるのは。
本気で無断で写真を撮ったらいけないなんて、
国家権力が考えているのなら、
僕らは写真家、芸術家は徹底抗戦しなければならない。
これは、表現への弾圧だ。
国家権力による、個人の権利の剥奪の予兆だ。
権力による弾圧だ。
これに、反逆することこそが、芸術家である。
でも、面白くなってきたことは、確かだ。
敵が見えてきたからだ。
国家が、がたがたであるように、僕は民主党が好きなので、支持はしてるが、
ぜんぜん楽観的ではない。
そんなわけだか、わからないが、
警察がそんなふうにヒステリックになるのなら、
今や芸術家は戦うしかない。
それができないのなら、
日本人はアート「芸術」をやる必要も、論じる必要もない。
ただの国家に管理される、やさしい日本人になればいい。
おまけ、(内容に重複あり)
前段で書いたが、ポルノを表現していい場所が、もうひとつあるという話。
それこそ、日本の民度がわかるけど、欧米じゃあたりまえの場所、それが美術館だ。
美術館のなかのポルノは本来、国家権力から干渉されないのが、欧米的論理である。
まあ、未開な日本の国家権力は、美術館でさえ乗り込むことは、当然だと思っている。
何の権利があって。誰がワイセツを決めるんだ。
ワイセツという概念が、前近代的、アナクロな思想。
芸術、芸術と偉そうに、芸術だったらなにをやってもいいのかという議論がある。
答えは「そうだ」。法律に触れたなら、戦い、負ければ、損害賠償でも、
実刑でも罰金でも、なんでも受け入れればいいのだ。
芸術をつくるには、そのぐらいの覚悟がいる。
何しろ、芸術とは、国家の価値観、民衆の慣習、などなど、に
その価値観は、正しいのかかとつきつけることが、本来大きな役目なのである。
だから芸術とは、宗教と同じぐらいの力がある。
たいてい国家権力は芸術や宗教を結託する。
国家お墨付き芸術。
でも芸術家は信念さえあれば、法律で罰せられても、
法律が間違っていると叫び続けることができる。
それこそが現代の民主国家の思想だ。
その点が、日本は国家権力の下に、
芸術があると思われている前近代社会なのだろうか。
舞台の上の殺人。映画のなかの殺人が、なぜOKなのか。それは芸術だからだ。
それこそが、表現の自由であり、芸術の神髄だ。
警察の意図はなにか。
このウエッブポルノ時代の、やつあたりなのだろうか。
別件なのかな。それとも篠山紀信の生写真が見たい。
蛇足
さて、僕はiphoneを使っているが、そのなかでサンケイ新聞を無料で見ることができる。
その面白さ、それは完全右寄り自民党べったりの新聞が、
なんと今や反体制新聞になっているというパラドックス。
まるで赤旗かと思うぐらい、現政権は左翼かというぐらい、たたいている。
まあ、そんなことはどうでもいいが、話を戻せば、
いや、
黙ってJRの線路で撮ったとか、墓の上で撮ったとか、
基本的写真は、ゲリラで撮影することは、
まるで映画のようにセットしたら写真のおもしろさが、半減するからだ。
それに芸術に理解のない、団体にお伺いを立てるほど、バカバカしいものはない。
だいたい、ことなかれ主義でのNOだから、写真なら黙って、現実を借りて撮るのが自然だ。
唯一、占有空間に潜入したのなら、それはその団体が訴えることで、
警察がこんなふうに
ワイセツだと気が狂ったように、介入することではないだろう。
こんなこと書くと、またまた法律を知らないなどと言われそうだが、
芸術家にとって、法律とは、それの価値観を、疑うことも大きな役割であり、仕事なのだ。
法律とぶつかる芸術はいくらでもある。
法律は、人間を管理するためのものであり、
芸術は人間を解放させるためのものだ。
どちらが、個人にとって、大切なことなのか、誰でもわかるだろう。

路面電車の運転席 ひとつしかない。7ルーブル、20円ぐらいか。
今朝のBlogに、雪が降った、、でもどうやら霜のようだと書いたがやはり、夜の間にうっすらと雪が降ったようだ。気温が低く、風も強いので、粉雪はふきだまりに吹き飛ばされたようだ。屋根や道路の隅、そして枯れ草の上だけが白くなっていたので、てっきりそう思い込んだが、雪というのが真相のようだ。
10年まえにここウラジオストクに来た時と何が変わったかといえば、ロシアの景気がよくなったことと、劇的にだそれも、生活物資がふんだんにあり、そのへんは日本と少しも変わらないが、なによりクルマが多くなった。だから慢性的に渋滞だ。そのためか、路面電車の本数はへり、たしか路面電車は無料だったような、トロリーバスもほとんど走っていない。その両方にのったことがあるが、トロリーバスはガソリン車にくらべてもモーターの音が大きく、乗り心地も悪かった。きっと今のってもそうだろう。路面電車の方は、中心街からは、まだ線路も架線もあるのにほとんど走っていない。町はずれの専用線は活発に走っている。
きっと日本と同じように、この線ぐらいが残り、あとはなくなってしまうのだと思う。
俊も過渡的なときは、路面電車はじゃまだ。でも、長い目で見れば路面電車は、環境にいいし、それに便利だ。

ここには、三本の煙突がある。下の写真の遠くにうつっている煙突だ。重なり具合、距離によって、この場所がどこにあるのかわかるだろう。

さて、
路面電車の面白いところは、運転席がひとつしかないことだ。バックができないということだ。車両後部は上野写真のように、まるで展望車のようになっている。そのため、終点はちょっと面白いことになっている。それはぐるりとる線路がループになっているのだ。そのことで運転席はそのままで、走ることができる。
10年前、当時はにぎやかだった、第3労働者駅が不思議な空間だったのは、このループになった線路のせいだったのだ。下の写真は昨年、すでに路面電車は廃止になり、ウラジオストクで一番の路面電車ターミナルはすっかりさびれていた。今回は見る影もなく、撮るのを忘れた。明日撮りに行こう。

2009年6月 第3労働者駅あと
10年まえのおなじ場所は、ここをクリック。ずいぶん古いブログなので、10年前のブログだ。写真も鮮明ではなくみずらいが、このときは路面電車もかつやくしていて、賑わっていた。でも運転席がひとつだとうことは気付かなかった。
去年のBlog
1999年の、Vladivostokについての僕のサイト
なぜか、極東アジア、ロシアの都市、ウラジオストクにいる。
12月1月は、マイナス20度にもなるという、極寒の地でもある。
今はまだ、日本の冬程度。0度からマイナス数度といったところだ。
僕は、1999年の9月、2008年6月と9月に訪れている。
1999年のTEXT
2008年のTEXT
ウラジオストクの6月から10月はじめは、美しい最高の季節だ。
それが、11月なかばともなれば、冷たい風が吹き、木々は丸裸、さびしい極東の都市になる。
このところ、TV ASAHIの番組「世界の街道をゆく」が、海外にいることが多いが、
今回はそれには関係なく来ている。
今回撮影した写真の一部は、アサヒカメラ新年号で紹介する。


たしか、2012年にウラジオストクでAPECが開催される。
そのため、この湾に橋をかけようとしている。その工事を見ていると、いくら地震のない国だとしても、
こんな華奢な橋脚でいいのだろうか、と心配になる。
ウラジオストクの町はどこも工事中だ。クルマが増え、トロリーバスはほとんど走っていないし、たまに見かける、路面電車も廃止の方向だという。
町のなかは、慢性的な交通渋滞。
スムーズになるのはいったいいつだろう。
ウラジオストクの記事は以前のでたいしてかわっていないと思う。
ロシアと日本の関係が良好になれば、劇的にかわるかもしれない。
ウラジオストクの人間は、十分親日だ。
クルマはほとんど、日本車だ。
最近クルマの税金がかなりあがった。もともと税金が高いので、エンジンをばらして輸入したり、あの手この手をつくしているが、高級車を乗り回せるのは、ロシア式ビジネスマン、まるでマフィアとまで言われている、彼らしか乗れない。あんまり書く時間がないので、以前の記事を読んでください。
パリ、リオン駅近くの二つ星ホテルの朝食レストランにいる。
日本でいえばビジネスホテルのようなものだろう。
ずっとおしゃれで、部屋も天井が高く、広い。まあ、狭いともいえるが、日本の基準で考えれば十分広い。
秋といっても10月のパリは、まだまだ活気がある。先日夏時間から冬時間になったので、朝も7時ぐらいには明るくなって気分もいい。
パリには最近は、さっぱりきていなかった。80年代はたびたびきた。90年代もよくきた。
でも正直あまりパリは好きではなかった。町全体が美術館みたいで、重苦しくて、つい郊外に行きたくなってしまう。でも、ひさしぶりに来たパリはあまり重苦しくなった。新しいものとが、ちょうどよくミックされて少し軽快になったのだろう。どちらかといえば僕はニューヨークのほうが好きだ。写真を撮るにはアメリカのちょっと殺伐とした雰囲気が好きだからだろう。でも、なぜかムービーに撮るにはパリもヨーロッパも気持ちがいい。なぜだろうか。
夜は、有名なRobrt et Louiseで、巨大なステーキを食べた。二人分でたぶん1キロ以上もあるだろう。マキで熱した鉄板の上で焼く。コートドデュフ(リブステーキ)。

日本人はなんでもやわらかいものが好きだ。パンもふわふわ、肉も特別やわらかいことが、強調される。
でも、肉食の彼らヨーロッパ人は、柔らかい肉なんて、肉だと思っていない。
日本のステーキは、ケーキだというのをきいたことがある。
ヨーロッパ人にとって、味覚とは日本人のように舌先だけで味わうものではなく、顎で、歯で、歯茎で、顎で、のどで、そして胃袋で味わうものだからだ。
コーディネーターのエリックは、日本で撮影したとき、スタッフとステーキを食いにいったら、その店でシェフが自慢げに皿にのった肉のかたまりを見せた時、びっくりした。その肉の塊は、まるでプリンのようにブルブル震えていたからだ。そんな油だらけの肉を食いにきたのじゃない。皆であわてて店から飛びだしたという笑い話を聞かせてくれた。
僕は、パンに関して言えば、いやソーセージやハム、乳製品は、ヨーロッパはさすがに本場で、絶対に的にうまい。どんな田舎にいったって、うまい。そして安い。
同じようにパンも全然違う。表面はかたくても中はしめりけがあり、美味だ。
それに引きかえ、日本のパンはなんであんなにふわふわなのだろう。不思議だ。
僕は千葉の市川で生まれた。そこには山崎パンの工場があった。市川には当時いくつのパンやがあり、山崎パンは一番うまかった。僕の小学校のパンやアトウパンで、全然うまくなく、どうして山崎パンじゃないのかと思ったほほどだ。たぶん一番うまかったので、山崎パンは今のように大きくなったのだろう。でもそこで失われたものがある。実はパンは生鮮食品といっしょなのだ。焼き立てか、数時間以内がぜったいにおいしい。それが巨大な産業となれば、数時間以内で消費されることはなくなる。時間がたってもおいしくて、やわらかいパン。だから空気でふくらましたパンが主流になってしまう。なんでも巨大ビジネスになれば、失うものがあるといとだ。
今回は半月以上のロケだった。ドイツとフランス。
世界でもしかしたら一番豊かで文化的な場所かもしれない。だからとても快適な旅だった。
コーディナネーターは、5カ国語をあやつる。エリック。彼はラリードライバーでもある。だから運転はうまい。とても安全にとばす。ディレクターの狩野、そして今回はテレコムスタッフの撮影部の若干23歳のHさんが助手だった。彼女は外国にゆくのも初めて、当然ロケ足も初めて、それがこのすばらしい、地域をロケしてどんなことを感じているのだろうかと、興味があった。彼女はロケ中誕生日になり24歳になった。
10月14日から、ドイツ、そこをへて、ニース空港におりたのが21日。フランス、プロバンス地方を昨日まで撮影、昨夜はアルプスのふもとGAPというで泊った。
ドイツは、12月に放映される、「世界の街道をゆく」のVOL.3 童話の旅、グリム兄弟を取り上げる。
そのたびが終わって、今、フランスでは●●●●●の旅を撮影している。(なぜふせているかといえば、まだ放映月が決まってないからだ)
この番組は現在TV ASAHI 夜8時50分台で月曜から金曜まで放映中。
たった、1分15秒の(CMふくむ)の短い番組だ。
ちなみに現在は、ゲーテの旅を放映中だ。
次、11月はインド、ネパールにて、「仏陀の旅」が放映される。
この番組は、映像と写真の両方を僕が撮っている。
カメラは、EOS5DM2と、今回から7Dも使ってる。
ディレクターの狩野氏の写真もときどき、使用されている。
というのも、ムービーを回しながら、スチールを撮るのは困難だからだ。
といっても、実は、一脚や三脚をムービーにして、スチールを一緒にとることは、たびたびだけれど。
今回の紹介する写真は、番組のなかで、ときどき出てくる、移動中のムービー。そのたねあかしだ。
5Dは、軽い。そたのため、これまではかんがえられないぐらい、簡単にカメラをクルマに取りつけている。
外のカメラは7Dだ。18-55mmf2.8を使用している。30フレームと60フレームはテスト中。ブレ防止はONにしている。
車内のカメラは5DM2、基本的にレンズは50mmF1.2を使っている。
車外のカメラをコントロールしているパソコンは、MAC PRO の新しい、ハードディスクではなくシリコンタイプだ。
●ShINCプロジェクト「3000円で写真、売りましょ、買いましょ!2」展が、
現在、目黒のギャラリーコスモスで開催中です。
それに関して、デジタルWHATCHで記事が載っています。http://dc.watch.impress.co.jp/docs/culture/exib/20091013_321343.html
●水谷充 & APC 記事 動画あり
第2回目の売りましょ、買いましょ、この意味はなんだろう。価格破壊?そんなことではなく、
アート市場が確立していない、現状で、多くの人に写真を売り買いすることができることを、
知ってほしい。たとえ3000円でも、写真を買った人は、それまで買ったことのない人とは何かが違う。
そんな草の根な、イベントです。
よく、デパートの額コーナーに、便宜的にいれるための印刷された写真があります。
それでも、満足することあるけれど、たとえたったの3000円でも、オリジナルプリントは
作家のパワーが込められています
気にいった作品を壁に飾り、そのパワーを毎日もらう。
こんな贅沢なことはありません。
世界中でこんなふうに写真を見て、触れる機会、それもまるでユニクロのようにリーズナブル。
それは、安ければいいのではなく、良いもの、心のこもったものの価値。
3000円は決して安くはない。3000円で買えるものはたくさんある。
その価値以上があると感じたら買うべきでしょう。
心が動けばの話ですが。
是非一度、ギャラリーに訪れてごらんください。
●今、僕はドイツフランクフルト近郊のHANAUという町にいます。
これは、月曜から金曜毎晩、TV asahi で放送されているミニ番組、
「世界の街道をゆく」の撮影の取材です。(すみません首都圏だけの放送です)
制作は、「世界の車窓からの」テレコムスタッフ/TVasahiなので、いってみれば兄弟番組でもあります。
このディレクターは、世界の車窓の初期から方法論を組み立てた狩野喜彦氏なので、当然でありますが。
でも、車窓は2分、今回はたった55秒、CM15秒、予告5秒の1分番組、写真を取り入れて、
つくりあげています。将来的には、2分番組になることを目標としています。
撮影は、CanonEOS5DM2、今回は新しいEOS7Dも使ってみようと思ってます。
提供はCanon、僕はMOVIEの撮影と、ほとんどの写真を撮っています。
時々、狩野氏の写真もはさまれますが。なにしろ、動画とスチールを同時に撮ることはできないので。
といいながら、一台を1脚につけ、一台を片手で同時画面を撮ることは、実は、たびたびあります。
撮影の基本は、動画は、50mmf1.2と24mmf1.4 スチールは50mm1.4 とやはり24mmf1.4
そのほか、70-200mmのf2.8のズーム、16-35mmのズーム、他にいくつかのレンズをつかってますが、
ほとんどは50mmと24mmで撮っています。
高倍率のズームで撮られている、これまでのテレビ番組とはちょっと違う絵になっています。
そのちがいは、是非、デジタルハイビジョンテレビで見てほしいなって思います。

10月1日、夜、キヤノン提供の新番組「世界の街道をゆく」がはじまる。
月曜から金曜日までの毎日、1分少々のミニ番組だ。
TV Asahi
放送時間(番組改編期間なので放映時間が変則的です。)
申し訳ありませんが、首都圏でしか放映していません。
■10月
1日、2日、
5日〜9日
12日〜15日
21:48
(報道ステーションの直前です)
■10月16日以降、毎週月曜〜金曜
20:54
(実際には前番組が20:54開始で、
「世界の街道をゆく」は20:56頃の放送です)
10月1日 旅のはじまり VOL.1
10月2日 ゲーテのイタリア旅行 VOL.2-22
ナレーション 板東三津五郎
テーマ音楽 篠原信彦
撮影 横木安良夫
演出 狩野喜彦
制作 テレビアサヒ/テレコムスタッフ
提供 Canon
この番組は、EOS5Dマーク2ですべて撮影しています。
●EOS5DM2の動画は、ライブビュー撮影機能から、おまけ的な存在だったが、
35mmフルサイズ、フルハイビジョンという、その映像の美しさから、ムービー業界にショックを
与えたカメラだ。ファームアップで、初期はフルオート撮影しかできなかったものが、
マニュアル撮影できるようになり、本格的な仕事ムービーカメラとなった。
●たしかに仕事で映像を撮るにはまだまだ不便なところがあるが、(ほとんどはじき解決されると思う)
なんといっても、24mmx36mmの撮像素子。映画カメラのスタンダードは、この半分しかない。
これまでの放送ようのハイビジョンカメラの撮像素子は、3分の2インチ、コンパクトカメラと同じぐらいの
大きさだ。
●その大きなイメージセンサーの映像は、浅い被写界深度は、もちろんだが、そんなことより映像のイメージが全然違う。しかも一眼レフカメラのレンズ、特に単焦点レンズの性能は、特別な進化をしたレンズだ。それは業務用機器ではない。一般消費者が買うことのできる、機材だ。なにしろ値段が全く違う。そのカメラ、レンズは業務用の機器より美しい映像を生み出すことができる。ある意味、映像業界の革命といえるだろう。
●是非、ハイビジョンンテレビで見てほしい。
■僕はスチールカメラマンだ。動画を撮ることに、問題がないのかと問われる。
実は、僕はフリーになったころ、CMのムービーカメラマンを何度も経験している。
コーセー化粧品のキャンペーン、カメリアダイヤモンドCM、西武劇場「サロメ」のCM、その他、矢作俊彦が監督した日活映画アンソロジー「アゲイン」の、カメラも担当している。
■実は僕はもともと映像好きだけれど、大きな問題があった。それは大勢のスタッフと仕事することが息苦しいという、ムービーカメラマンとしては決定的な弱点があるからだ。そのため80年代なかばからは、まったくやらなくなった。というより、依頼されなくなったのだろう。
■唯一例外は、今回の狩野喜彦と、かつて12チャンネルで実験的な映像番組「サウンドブレイク」で、いくつかカメラを担当した。その番組がなくなってからは、映像を撮ることはなくなっていた。
それが、5DM2を手にした時、写真と同じように、少ないスタッフで撮影できることに気づいた。
今僕は、映像に魅かれている。
●今回の撮影は、僕とディレクターの狩野氏、撮影システム件、アドバイザー件、僕の助手件、映像の師匠であるテレコムスタッフのカメラマン宮内氏と3人、それにロケーションコーディネーターのエリックのチームだ。旅をしながら撮影するにはちょうどいい人数だ。
ほぼ1分の番組は、本当に短い。撮影は約30時間分。600ギガ。
デイレクターの狩野氏は、ドキュメンタリーのベテラン、演出、編集、音楽、ナレーション書きの全てをこなす。
全22本を、天才的にまとめる。彼は「世界の車窓から」の最初からのディレクターだ。それでも1分の番組には難航したそうだ。(車窓は2分ある)
●番組には、番組と連動したCMがついている。
さて、どのような番組になるか。超短いけれど、新しいスタイルの番組になるだろう。

昨年、好評のなか開催されて、3000円で写真、売りましょう、買いましょ展をことしもまた、目黒のギャラリーコスモスで開催します。
詳しくはShINCで。
●3000円で売りましょう、買いましょ! 展 サイト (参加希望者はこちらへ)
写真を売る! 写真を買う!」
この言葉にどれくらいのリアリティがあるでしょう。
日本では、海外では、と話はよく耳にするかもしれません。
それはあなたにとって、リアリティのあるものだといえますか?
参加者140名、作品販売枚数400枚。
これは、昨年の「\3000で写真売りましょ!買いま
しょ!展」の実績です。
この場に飛び込んだ有名無名の作家たちと、
作品の購入者は3,000円という値段を介して
オリジナルプリントの流通に触れました。
目の前で自分の写真が売れていく、その感覚。
買う、という目線で写真を見つめる経験。
そのどちらもが、参加者にとってリアルな、
そして貴重な体験となったのではないでしょうか。
3000円という値段で作品を売り買いするという方法に
疑問を持つ方も多いでしょう。
もちろんそれが本来の姿であるとは、私たちも考えてはいません。
これは実験。体験型シミュレーションだといえるでしょう。
「写真は芸術としてどのように扱われるべきか」を議論するよりも、
まず写真をコレクションする喜びや楽しみを知るべきである。
そう私たちは考えています。
今年もその実験への参加者を募集します。
「売る」「買う」。それがどのようなことなのか。
その言葉があなたにとって、
リアリティを持つようになる機会かもしれません。
ShINCは、写真文化と写真家の次代を目指します。
shinc.jp
■第二回 *¥3000で写真売りましょ買いましょ展*
10月6日~18日ギャラリーコスモスにて第二回*¥3000で写真売りましょ買いましょ展*を開催します。
今回はギャラリーの壁面全部に出展作品をランダムに展示する展示方法にし作品を見やすく買いやすくします。
参加費は¥5000、売れた場合1点につき¥2500を作家の売り上げとします。
1_参加資格 : プロ アマ年齢性別は問いません。
2_出展作品 : A4 以下の作品 デジタルプリント,銀塩写真は問いません。
3_作品点数 : 1口10点(参加費¥5000)絵柄に関しては10点同一作品でも構いません。
(注)締め切りは9月30日です。
お問い合わせshincproject@gmail.comまで
ShINC.¥3000で売りましょ買いましょ展The2nd 運営委員
関連BLOG
9/17から9/30までのおよそ2週間銀座キヤノンギャラリーで
TV朝日の番組「世界の車窓から」の演出家
狩野喜彦(かのう・よしひこ)さんの写真展が開催されます。
(期間中休日は、 20日-23日 と27日は休館日なのでご注意を)
何かを追いかけているでもなく
何かに追われているのでもなく
ただ異国の道端に佇み ファインダーを覗く
1/30 1/60 1/125 …1/1000
シャッターに刻まれた 一秒にも満たない時間の断片
幾つもの光景が情景となり 記憶の底に堆積してゆく…
1979年、80日間世界一周の旅に出かけて以来、私にとって旅は
日常の一部になった。たゆたうように流れ去る『漂泊の時間』の中で、
いつしかカメラを手に、その断片を写真におさめるようになっていた。
それらの一枚一枚は、私にとって『記憶の中の異郷』であり、
また私自身の人生の記録でもある。
今回は、1999年から2006年までに訪れたおよそ30の国と地域で撮った
プリントの中からおよそ50枚を抽出してみた。
人は生まれる場所を選べない。国(ネイション)があってこそ
インターナショナルという言葉がある。写真から、私が異国で感じた情感を
汲み取っていただければ幸いである。
狩野喜彦とは、もう30年らいの友人である。
彼がまだテレコムジャパンのADだったときからのつきあいだ。
その後、矢作俊彦のアゲインという映画や(僕はそのときムービーのカメラをやった)
12チャンネルの幻の番組、サウンドブレイクを一緒にやったり、
2000年になってNHKの地球に乾杯でベトナム「アオザイルネサンス」を僕が出演して一緒に作ったりした。
飲み友達でもあり、いってみれば親友でもある。
彼は今でも現役のドキュメンタリー番組のディレクターだ。現在の多くのテレビ番組ではディレクターと
いえば、番組の一セクションということが多いが、狩野は自分で現場に行き、ナレーションを書き、
構成、ときにはナレーションをして、音楽まで自分でつくってしまうということもある 、
多彩で異才なテレビディレクターでもある。
そのうえライカを持って、世界中を飛び回っている。最近はEOSのデジタルカメラももって世界を飛び回る。
基本はモノクロ好き、写真集もだしたころもある、ディラクターでもありながら写真家でもある。
今回は、つれずれなるがまま世界中を飛び回ったなかから選んだ、彼お気に入りの写真だ。
それをデジタルプリントにしている。
プリンターは、Hotsumi Ihara 氏
その狩野喜彦と組んで、10月1日から、月―金で、「世界の街道をゆく」という毎日約1分の帯番組を少なくとも1年間はやる予定だ。提供はCanon。
時間は8時台後半、ただ番組改編の時期なのでまだ未定のようだ。
撮影はすべてCanonEos5DMark2 ムービーと写真の撮影は基本的に僕だ。
この情報は、もう少したてば詳しく書ける予定。
どんな番組になるのか楽しみにしていてほしい。
今、ネパールのカトマンズ
最後のロケ地。
明日帰国予定。
35年まえも、カトマンズからもっと奥のポカラに行くため、来たことがある。
クルマが少なく、町の中心街以外はのんびりと静かだった記憶がある。
今回、空港から町の中心まで、僕の知る限り、
世界で一番、道路状態、凸凹、ホコリだらけ、排気ガス、と最低の首都だった。
インドほどじゃないが、クルマ、バイクがすごい。
いや、なにより道路を拡幅しているからか、町中工事中だからか、
排気ガスと、土ホコリと、凸凹道の都市。
これが改善されるのは、5年後、10年後。
ホテルはシャングリアという高級ホテル。
ネット回線も、食事も、快適。
インドの疲れをとっている。 というわけだ。
昨日の朝は、ヒマラヤの夜明けを撮りに行く。この時期、
世界異常気象で、本来なら、乾季になっているのに、まだ雨期。
地元のガイドは、見るは難しいと言われた。
それなのに、朝4時に出発して、
暗闇のなか、展望できる山頂を目指した。
なんという強運か。カトマンズは曇っていたが、
展望台からは、素晴らしいヒマラヤの夜明けが見えた。
すでに書いたように、
街に着いたとき、渋滞と、ホコリと、都市とは思えない悪路に、
なによりインドから来て、インドより百倍ひどい悪路なので、
悪印象だったのだが。
それが、カトマンズの周辺にある、
バクタプルとう街を訪れて、印象が激変した。
世界遺産でもあり、リトルブッダでもロケ地して使われた、町。
王宮の町、城壁のなかの町、そこには多くの人が暮らし、
旧市街が、まるで映画のロケセットのように、
絶妙に道路はカーブし、坂があり、路地があり、
生活がある。その奥行き、どこまでも続いている。
このなかは、観光客は入場料を払ってはいるのだが、
クルマはなく、ひとひと。
こんな場所、世界にない。興奮して、写真を撮りまくった。
いつまでも、いつまでも撮り続けたかった。
なにより、人を撮るのが楽しい。
もちろん仕事の、5DのMOVIEがメインだけれど。
翌日、カトマンズの中心街、
旧市街地区にいったが、そこは観光客が多いけれど、
やはり、素晴らしい。
カトマンズ見る価値がある。だ。
まあ、空港からの悪路、超絶、雨降ったらどうなるんだろう。
聞くこと頃によれば、どろだらけになるらしい。
それでも、カトマンズはまた来たいと思った。
今、インドのラージギルにいる。朝4時。4時半に近くの山に登り、日の出を撮影する。その後ホテルで朝食、クルマでブッダガヤに向かう。インドは35年ぶりだ。まだアシスタントの時代、篠山さん、横尾さん、青画廊の青木さんの3人プラス、ガイドのサニーさんと1973年の年末から新年にかけて約3週間、インド全土そしてネパールまで回った。まだ若かったその時の印象は、スペクタクルで、最貧から、最富裕なものまで、ないものはないといった、誕生から死までがあからさまで、動物と人間が一体化した、現代と過去、時間という悠久の流れまでが混然とした、宗教、欲望、などなどあらゆるものが現出している場所だった。アンバサダーというぼろぼろのクルマ(今でも走っているが、35年前もじゅうぶんボロだった)に乗り、興奮はしだいに沈静に向かい、路傍の死体をみても、驚くことなく、あ、人が死んでるな、ときっと香辛料には、沈静作用があるのかなと思ったほどだ。篠山さんに、20代でインドを経験すること、見ることはとても意味があると言われた。たしかにあのとき、僕20代半ばだった。そして今僕は60歳だ。人生も、最終コーナー、まだまだ元気だけれど、いつ「終わる」かは、わからない。人生をへて、さまざまな経験をして、デリーの朝をパトナに向かうため、空港に向かって走っているとき、かつての、若かったころの、興奮はなかった。あの頃、外国と言えば、ハワイやアメリカやヨーロッパしか知らず、アジアといっても香港ぐらい、日本にいて、十分想像の域だったので、インドを目にしたとき、体験したとき、世界はなんでもありなんだと思った。インドの町、デリー、アグラ、アジャンタ、ゴア、ボンベイ、ジャイプール、ベナレス、カルカッタ、まだまだいろいろ訪れたが、移動して町をみるたび、インドの印象は違った。そこで僕が感じたことは、日本人の偏狭な視野で、ものごとを決めつけないことだと知ったことだ。頭を空っぽにして、そのあるがままを、受け入れる、感じることで、デリーはこうだ、ゴアはこうだ、と感想をあわてて、言うより、その存在を、そのまま感じることが大切だと、20代なかばで僕は知った。それはそれから、僕の写真を撮ることのKeywordで、世界中いろいろ回って、ひたすら、僕なりに感じ、受け入れる旅だった。今回35年ぶりにインドをみて、かつてのような興奮はない。インドさえすでに、知っている世界だからだ。それは、かつてインドに来たことがあるということではない。インドはアジアにあり、その後僕は、多くのアジアの国を見て、経験して、そこにはインド的なものがあふれていて、今思うに、この興奮はインド的だったのだと思ったことだ。1994年、初めてベトナムを訪れた時、その喧噪、混沌は、その根本がインド的なものだったのだと、今回来て気づいた。35年前、きたときは12月から1月にかけてだったので、さほどインドが暑いと思わなったが、今回のインドは猛烈に暑い。ただ暑いだけなら、ベトナム、ハノイの6月の、不快暑さは、僕の最悪だけれど、その暑さとは違う、じりじりと、日差しの強い暑さだった。今日は、仏教の聖地、ブッダガヤだ。仏陀が、悟った土地、お寺はたくさんあるけれど、住民はいまや全員ヒンズー教徒だ。そのなかにある、仏教の聖地。スジャータという村があり、修行中の仏陀が、断食中、村の美しい娘、スジャータに、もてなされたミルク(?)のようなもの。断って、彼女を気づつけるのではなく、彼女たのためにそれを受け入れる。
極端に修行、より、もっと違うもの、もっと中道的なもの、仏陀はそれに気づいたといわれいてる。そのスジャータ村に行った。なんでもない平和な、小さな村。子供達はカメラを向けるとよろこんで被写体になる。……明日は6時起き。そろそろ部屋に帰って寝よう。
この仕事はテレ朝で、10月1日からはじまる、番組。そのうち詳しく発表できると思う。
●第二回、本日pm7時半より、BSジャパンにて放映! 前回の再放送は、pm2時~
2週間のヨーロッパロケから帰ってきて、飛行機のなかで爆睡できたのと、帰国した日は深夜までやることがあって頑張ったので、時差らしいものを感じないと思っていた。昨日の朝は、いつものように8時ぐらいに目が覚めた。ぱっちりと目が覚めたのに、眠い。夜は1時過ぎに寝た。8時に目が覚め、おきるつもりだったら、また寝て11時になってしまった。つらい時差ではなく、カンファタブルな時差。
●ロケ中、「写真家たちの日本紀行」の一回目の放映が8日にあり、当然見てなかったが、その分のDVDが送られてきて見た。自分が映っている番組はきはずかしい。えらそうなこと言ってるなとか。それでもうまくまとめてあったので、ディレクターの力量を感じた。

そのなかで、最後に僕が、「未来に残した日本の情景」に選んだのは、ばんりゅう湖の写真だ。
益田市のなかにある、市民のいこいの場所?カップルでボートに乗ると絶対にわかれるといわれている、神秘的な湖。実際はとても美しい湖で、まるでディズニーのジャングルクルーズ、奥ふかくはいれば、360度みわたすかぎりの自然にかこまれる。ボートの話は、きっと手漕ぎボートに問題があるのだと思う。じょうずに漕げるかで、たとえば友達たちと遊びにきて、自分のボーイフレンドがへたくそだったら幻滅するなって。
さて、僕のこの写真、これを未来に残したいって、悪趣味って思う人もいるだろう。
この湖は、こんなボート乗り場なんてなくて、自然のままだったらずっといいのに。と。
僕は、時代はその時代に生きている人のもので、もちろん何百年前のこの場所は、何もなくて、自然でずっとよかったかもしれない。でも、誰も寄りつかない不気味な湖だったろう。
今に生きる人は、今のこの風景を見る。この風景を見て育つ。それは記憶のなかで、そのひとのものになる。
近代的なショッピングセンターは、僕のような長く生きている人間にとっては、新しいものに見える。
でも今、幼い子には、現実として、未来には記憶のなかの懐かしい風景になるのだと思う。
人間の手垢のついていない、自然な風景を讃歌することは、今の時代ただしいのだろう。
例えば日本の海岸線は、護岸工事によってコンクリートで固められている。自然破壊だ。
でもその風景も50年、100年たつと風化し、自然にとりこまれてゆく。
僕は、自然と人工物が同化した風景がすきだ。
だから、ばんりゅう湖のこの写真、ちょっと趣味がよくないかもしれないが、懐かしい、昭和のにおいのあるふうけいとして、僕は、残したいと思った。
■この再放送は、BSジャパン本日PM2時から2時半まで放映されます。
さて、
●第二回の今日の夜7時半から30分のテーマは、
益田の人々。前回が風景を主体に見てきたが、今回は自分を通して、益田をみてみます。
益田のなかで一番オシャレナスポット、
モヌッカ。外国でケーキの勉強をしたカエさん、今はパンを毎日焼いている。コンフィ(ジャム)も有名な店。東京にあったらどんなにステキかと思っても、こんなゆったりとした時間が流れている店なんて、東京には無理だと思った。実家はぶどう園をもっていて、そのブドウも有名だ。そしてそこにコーヒー豆を届にきた、クリクリコーヒーのクリモトさん。彼の店も駅前にあり、特別オシャレな店だ。
地方都市のこういう空間は、東京にないほんとうの優雅な時間がながれている。
ガイドブックには載っていないけど、益田を通過するひとは、絶対に立ち寄るといい、
優雅なスポットだ。パンも、コヒーも、東京で味わえない、本物の何かがある。
●明日から、約2週間、ドイツ、イタリアにロケ。内容はまだ明かすことができないけれど、とても興味深い仕事。
でも、なんの準備もしていない。昼間は、打ち合わせなどがあるし、明日は朝8時半ここを出発。夜寝る時間があるのだろうか。まあ、飛行機のなかで寝ればいいわけだから、なんて余裕こいているけど。
●さて、来月、8月8日と15日、二日に渡って、Canonが提供している、「写真家たちの日本紀行」に出演している。BSジャパンだから、誰でもが見れるわけじゃないのだろう。日本の写真家が、未来に残したい情景を求めて、全国で写真を撮るといった、とても興味深い内容の番組だ。これまでもそうそうたる写真家が日本の情景を撮っている。
放送スケジュール→ ON AIR INFORMATION
●横木安良夫 島根県益田市の旅

明誠高校前の土手

高津川河口

益田駅周辺

IZUMI地区
●この番組は、日本の美しい情景を未来に残すといったコンセプトだ。
ただ、僕は美しい風景とは、現代的な人工物を排除したものばかりだとは、思っていない。
今新しいものも、10年、20年たてば確実に古くなり、50年もたてば、それは風景のなかになじんでしまう。
今のおさない子供たちは、大人になったとき、確実に今、できたばかりの新しいものが、記憶になり、自分にとってのかけがえのない情景になるはずだからだ。
例えば、江戸時代、いや明治時代でもいいだろ。たとえば湘南海岸にたち、まだ海岸の国道もない時代のことを想像すれば、自然な美しい砂浜、松林があったはずだ。でも、それは今に生きる僕たちには、見ることができない。残念ながら写真もほとんどない。でも、国道ができ、砂防林ができ、今や防波堤まであるその風景は、なんだかんだいっても、僕らの風景として受け入れざるをえない。そうしなければ、人間が存在しない、原始の風景がだけが美しいことになってしまうからだ。
●人工物 たしかに、無意味な日本全国、島々までの護岸工事。国家とゼネコンの一大プロジェクト。それが日本の海岸線を破壊したことはたしかだ。僕はそれを肯定するきは、さらさらない。でも、現実としてその風景を、写真家としては、受け入れざるをえない。そこにある種の「美」をみつけることも、写真家の仕事、いやそうではなく、現実世界を肯定するといった、今に生きる人間の役割かもしれないと思っている。
最近の僕のテーマは「なぜか心に残る、ありふれた光景」だ。
●さて、なぜ僕が、島根県の益田市を選んだか?それは、1月にRICOHのワークショップで出会った、女優さんとしりあったことによる。RICOHのワークショップの後、どういうわけか、AYPCという僕のWORKSHOPが、毎月、行われている。まだ、OPENになってないが、今のところ30人ぐらいて、常時15人から20人が参加している。そのワークショップに続けて、その女優、七咲友梨さんも参加している。
彼女の所属している事務所は、かつて懇意にしていて、そこの社長やマネージャーを知っていたので、親近感を持ったこともある。その彼女の出身が島根県益田市だった。
●島根県といえば、どこにあるのだろう。全国を巡った僕にとっても、そのなかの益田市はぽっかりと空白の場所だった。まあ、島根といえば、鳥取砂丘だよね、なんて冗談もあるけど、やはり宍道湖、出雲大社だろう。それでおしまい、といったところだ。
●僕はかつて、30年以上もまえ、フリーになりたてのころ、中古のスカイラインGTで関西から山陰をひたすらドライブしたことがある。写真も撮らず、ひたすら走った。そのルートからいえば益田市も通ったはずだ。でもまったくおぼえていない。ただそのとき、それは山陰のどのあたりか覚えていないが、そこになぜかアメリカを感じていた。
●というのは、いまでこそ日本のありふれた風景、広い駐車場とコンビニといった、日本全国にありふれているけど、ほんの3,40年まえまでは、広い駐車場をもった商店なんて、国道の長距離トラックのためのドライブインぐらいしかなかった。
それが、山陰のどこかない、アメリカの田舎町にあるような、そんな風景があったのだ。すでに僕はそのとき、何度もアメリカに行っていたので、その風景を見て、ふうんと思っただけで、特別写真に撮りたいと思ったわけじゃない。鉄道の発達していない、山陰地方は、なにしろ益田は今でも単線だ。しかも1時間に一本といったぐあい。JRではなく、国鉄時代ならいざしらず、それでもこのあたりは、車がなくては不便だったのだろう。すでに30年以上まえから、クルマ社会だったのかもしれない。商店のまえの広々とした駐車場。・・・・。
あの頃、コンビニがなかった。ファミレスもなかった。東京から白馬にスキーにクルマで行くとき、夜中走るのだけれど、店はどこもあいていない。空いていたとしてもスナックでバカ高いカレーやピラフがあるぐらいだった。コンビニのない生活を想像してみると、それがかつての日本の情景だ。不便だった。
●何を書いているのか、わからなくなったが、とにかく、
想像することのできない、町、益田に興味を持ち、調べた。すると、昔読んだ、梅原猛の「水底の歌」という柿本人麻呂の、死んだ場所ではないか。それに雪舟が住んだ町。日本に誇る美しい水質の高津川、などなど、あれ、この町って、歴史のある素晴らしいところなんだ、とさらに興味がわき、この番組に出演するにあたって、益田市で撮りたいと提案すると、そこで、20分の番組を2つ作るのは難しいのではないかと、まず言われた。それを強引に説得して、撮ることにした。
●その成果は、番組を見てもらうとして、他の写真家たちとはちょっと違った内容になったと思う。8月8日は、僕はロケ中で見ることができないが、是非ごらんください。
●実は、二か所ほど、撮影シーンがカットになってしまった。
それは、益田駅から数駅のひなびた無人駅で、ちゃんと撮影許可は撮っていたものの、一両のディーゼルカーが駅を出発したあと、僕はが突然ホームからおりて写真を撮ったことが問題になった。
指摘されたわけではなく、その旨を、撮影後、申告したらJRは、そんな許可はだしていないと硬化して、いっさいJRのシーンを不使用にとの通達があり、残念ながら他の駅のシーンも使えず涙をのんだ。
たしかに、公共の電波に線路からのシーンは不適切かもしれないので、使えないのはしょうがないとしても、僕もテレビでは不適切だなとは思っていた。
だからといって全てのJRのシーンを使わせないとは、ちょっとふに落ちない。
問題はもっと違うところにあるのかもしれないが、まあ、映像という、写真に比べれば公共性の高いメディアは、写真という、個人のレベルの表現として動いているものとは、比較できないぐらい、きちんとしてなくてはならないのだと痛感した。
でも、誰もいない無人駅のホームから何度も線路に降りたことのある僕は、反射的なもので、軽率とはいえ、「サガ」かもしれないと、居直ってみた。
●まあ、でも、ちゃんとした素晴らしい番組なので、是非、ご覧ください。僕のおちつきのない、撮影風景が満載だとおもいます。
毎週土曜日、夜7時半から8時 BSジャパン
●
●7月4日(土) pm2-4時 横木安良夫 在廊
4-7時 ワークショップ
●7月5日(日) pm1-4 ワークショップ
7月25日まで、仙台Kalos Galleryで、「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」写真展を開催しています。
今週の土日、ワークショップを開催します。
●この写真は僕が大学1年から卒業して、篠山紀信氏のアシスタントをへて、独立した1975年、18歳から26歳までの個人的なモノクロ写真で構成されています。仕事とは関係ない、目的のない、ある意味無為の写真です。
これは、モノクロネガをスキャニングしてすべてデジタルモノクロプリントしたものです。オリジナルの銀塩写真も展示していますが、デジタルプリントの、銀塩とは遜色のない写真をご覧ください。
●ワークショップでは、今の時代に写真はどんな力を持っているのか、
それにかけて、スナップショットの現状などもお話ます。
そして、今や写真はアートの部分が一番元気、写真を売ること、買うことなどを離したいと思います。
●また、フィルムや印画紙をスキャナーしたり、デジタルモノクロの明室作法なども具体的に紹介します。
それは、明室クリコのことですが、デジタル時代の実践レタッチでもあります。誰にでもできる、レタッチ法です。仕上がりにノイズを入れたり、今やレタッチでは常識になりつつありますが、僕が数年まえから提案していることでもあります。簡単なレタッチでも印刷原稿や、1mx1.5mといった大判プリントも可能です。そのほか、雑談的なことを楽しくやりましょう。
4日(土)pm4-7 終わったあと懇親会があります。
5日(日)pm1-4 6時過ぎの新幹線で帰っていまいます。
予約制 参加費 ¥3000
申込はこちらから
7月25日まで、仙台Kalos Galleryで、「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」写真展を開催しています。
今週の土日、ワークショップを開催します。
●この写真は僕が大学1年から卒業して、篠山紀信氏のアシスタントをへて、独立した1975年、18歳から26歳までの個人的なモノクロ写真で構成されています。仕事とは関係ない、目的のない、ある意味無為の写真です。
これは、モノクロネガをスキャニングしてすべてデジタルモノクロプリントしたものです。オリジナルの銀塩写真も展示していますが、デジタルプリントの、銀塩とは遜色のない写真をご覧ください。
●ワークショップでは、今の時代に写真はどんな力を持っているのか、
それにかけて、スナップショットの現状などもお話ます。
そして、今や写真はアートの部分が一番元気、写真を売ること、買うことなどを離したいと思います。
●また、フィルムや印画紙をスキャナーしたり、デジタルモノクロの明室作法なども具体的に紹介します。
それは、明室クリコのことですが、デジタル時代の実践レタッチでもあります。誰にでもできる、レタッチ法です。仕上がりにノイズを入れたり、今やレタッチでは常識になりつつありますが、僕が数年まえから提案していることでもあります。簡単なレタッチでも印刷原稿や、1mx1.5mといった大判プリントも可能です。そのほか、雑談的なことを楽しくやりましょう。
4日(土)pm4-7 終わったあと懇親会があります。
5日(日)pm1-4 6時過ぎの新幹線で帰っていまいます。
予約制 参加費 ¥3000
申込はこちらから
現在仙台のKalosGalleryで、「あの日の彼、あの日の彼女」Teach Your Children 1967-1975の写真展を開催しています。来る7月4日5日は、ギャラリーでワークショップを開催します。
その2日間は、4日の昼から、5日の夕方まで在廊します。
4日の夜には、懇親会などやろうと思ってます。
ワークショップ4日、5日、日曜日はまだ余裕があります。
ただ5日は、1-4時のワークショップが終わってから、すぐに新幹線で東京にもどらなくてはなりません。
僕と話をしたいかたは、土曜日のワークショップの前か、懇親会に参加してください。
東京から、AYPCというワークショップのメンバーも10人ほど駆けつけるようです。
僕は、6日から1週間国内ロケなのであわただしい7月になりそうです。
ワークショップの内容は、この写真展、写真についてと、明室クリコについて、実演してみたいと思ってます。
世界で一番やさしい、レタッチ法です。
5月19日(火)~7月25日(土)まで、
新しくできた仙台のKalos GalleryのオープニングExhibitionで、
3年まえに開催した写真展
「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」Teach your Childrenをふたたび展示します。
Kalos Gallery
●期間中 ワークショップを開催します。
7月4日(土) pm4-7
7月5日(日) pm1-4
定員 50名 予約制 参加費 ¥3000
申込はこちらから
写真展 " Family Plots "
「五味彬とその弟子、孫弟子、ひ孫弟子」展
2009年6月2日(火)~14日(日)
ギャラリーコスモス
出展者
五味彬、中川昌彦、田島一成、藤代冥砂、
内藤啓介、TAKAKI_KUMADA、大和田良
今年でプロのカメラマンとして活動を初めて25年になります。
この間、僕のアシスタントをしてくれた中川昌彦、田島一成、藤代冥砂、
僕の厳しいWokShopに参加し続けた 大和田良、
田島一成のアシスタントとして働いた内藤啓介、TAKAKI_KUMADAで
写真展を開催する事になりました。
今では僕の息子4人と孫2人は親,お祖父ちゃんを上回る腕前を持ち
各ジャンルで活躍しています。
新型インフルエンザ の感染拡大が心配されますが
是非ご来場下さるようお願いします。 五味彬
ShINCの相棒、五味彬が、彼のそうそうたる弟子たちと一緒の写真展を開催する。
今活躍する写真家に、大きな影響を与えた五味彬。その理由などがこの写真展でわかるかもしれない。
● オープニングパーティー&ギャラリートーク● があります。
◎6月2日(火)18時よりオープニングパーティー
を開催しますので御気楽にご参加下さい。
◎6月5日(金)18時よりギャラリートークを行います。
★特にギャラリートークは、弟子たちとのさまざまなエピソードが聞けそうです。
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