写真は真実を写すのか
合成写真から発した、写真についての考察―――写真は真実を写すか
北朝鮮の合成画像について、前回に書いたが、そこで指摘したとおり、写真は真実や事実を写しているわけではないということを書く。
写真は英語でPHOTOGRPHだ。直訳すれば、光の画だ。かつて写真を「光画」と読んでいたグループもあった。それがなぜ、写真、真を写すという言葉になったのか、勉強不足の僕は知らない。ところが写真については、日本語に「撮影」という言葉がある。これこそ、写真の本質をついている言葉だ。影を撮る。影を写す。例えばよく晴れた冬の日中、外にでて、足元を見れば、自分の影が地面に伸びている。さて、その影を見て、自分の事実が映っているなんて思うだろうか。あくまで自分の影が地面に映っているだけで、自分ではない。手を使えば、影絵で、狐にも、犬にも、鳥にもなれる。それはしょせん影なのである。写真は現実に存在するもの(そこのところは疑わない前提で)が、なんらかの光によって、照らされて反射されたものが、最終的にフィルムや印画紙に定着したものだ。例えば、地面に感度の低い大きな印画紙を広げ、自分の影をその印画紙に落とす。
そしてじっとすること数分、太陽の影以外の部分は、強く感光して色が変わる。いってみれば日光写真だ。そこには、影の部分は白く、そのまわりが変色している。それが写真の原理なのだ。その影をみて、自分が映っていると思う人はいないと思う。あくまでそれは「自分の影が定着している」にすぎない。写真の原理は影を感光させることにある。
さて、もう一つの写真の原理、カメラオブスキュラ、暗箱、ピンホールカメラがある。ピンホールカメラはご存知のように、レンズを使わず、針で開けた穴が結ぶ画像を、フィムルや印画紙に定着させたものだ。この原理を人類はかなり昔から知っていたと思う。なぜならぼくは、幼児のとき、誰にも教えてもらっていなのにすでに知っていたからだ。
かつて、戦後、我が家は安普請の県営住宅だった。6畳、4畳半、一坪の台所、半畳の便所、一坪の玄関しかない小さな木造住宅だった。土地は50坪あり、今の東京の住環境からはずっとよかった。(後に増築)。ある日の朝、日曜日だったかもしれない、家のものはまだ誰も起きていない。そとは天気がよかったのだろう。雨戸の隙間から光が漏れていた。ふと窓を見ると、僕はそのとき大発見をしていたのだ。
当時、間伐材を使っていたからだろうか、物資の少ない時代、家屋の材料である木材は節穴だらけだった。寝るとき天井を見ると、その節穴がさまざまなものに見えて、怖かった記憶がある。雨戸には無数の小さな穴があった。
その朝、真っ暗な部屋から、引き戸のすりガラスを見ると、そこに何かぼんやり写っている。それもひとつや二つではない。なかにはかなりはっきりと映っているものもあった。よく見るとそれは、さかさになった自分の家の庭ではないか。垣根のさきに、なにやら動いているものもある。それはフルカラーでとても美しいものだった。僕はその後、それを朝みるのが大好きだった。
しかしたいていは、母親のほうが早く起きてしまうので、見ることはできない。
僕は小学校2年生からカメラを持っていたが、その暗箱の原理を、写真と結びつけることはなかった。使っているカメラはブラックボックスで、同じものだとは思えなかった。だいたい写真もモノクロしかもたことがなく、その現象が写真そのものだと思ったのは、高学年になり、二軒隣の写真屋さんが持っていた、二眼レフカメラのファインダーをのぞいたとき、その像が同じものだと知ったのだ。(たぶん成長して科学的に考えられるようになっていた)。暗箱の、ピンホールの描く像の発見は、自慢ではなく、きっと太古から、人間はとっくに知っていたのだろう。条件さえあえば、どこでも再現される自然現象だからだ。僕の家にしても、生まれたときからそんなふうに天気がよければ毎日見えていたことになる。
さて、暗箱(暗室)カメラオブスキュラは、昔からあったとしても、やはり科学技術が発達した19世紀になってはじめて、写真は生まれた。感光剤の発明、発見だ。それまでの像が、感光剤を塗った、ガラスや紙に定着して初めて写真となったわけだ。しかし最初はモノクロだった。光の濃淡が定着できただけだ。その像は陰影だ。明るさ、暗さのグラデーションが定着した。
それがしだいに、鮮明にそして、カラーになり、現代の写真になった。しかし、根本は存在するもののから反射した光と影を、定着したものにすぎない。それはやはり「影」なのである。「影」は、決して現実とは違う。写真が現実を映しているわけではない、「現実の影を写している」のだといつも意識していなければならない。そうすれば、安易に、写真を信じすぎることも、信じないといった極端なこともないだろう。
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