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2005.01.27

山口小夜子「僕のコダクローム その6」

●山口小夜子の京朋カレンダーの写真とTEXTは、こちらをお読みください。
●2007.8.21BLOG「山口小夜子さんが亡くなった」

「僕のコダクローム その1」は、ここをクリック

素晴らしいポートレイトを撮っている、湯沢毅氏から、コダクロームPKLについて、コメントをいただいた。
個性的なフィルムは、ある条件のもとでは、特別なフィルムになるという、目からうろこのコメントだった。
フィルムには、それぞれ色の傾向がある。ちょうと僕がフリーになる直前に、コダクロームⅡからKR,KMに変わった。それまでのKⅡ(イエロー傾向)とは違い、マゼンタ傾向になり、軽薄になったような気がした。それに乳剤が安定せず苦労した。
僕は海外や、どうしても35mmで撮るもの以外は、当時ほとんどハッセルブラッドにEPRの組み合わせで撮っていた。それとタングステンタイプのフィルムだ。スタジオでストロボで撮ると、色温度が違うのでブルーぽくなり多用した。
35mmはKRだった。KMはもっと乳剤が安定してなくて、数回使ったがKRになってしまった。KMの綺麗なフィルムはKⅡと同じぐらい綺麗だったが、ほとんどそんなフィルムなかった。船便で運ばれ、同一乳剤のロットも少なかったからだ。
さっき、当時KRで撮影したポジを見た。どれも、昔と少しも変わらず、決して地味な発色ではないことに驚く。
山口小夜子 京朋着物カレンダー 1976年山口小夜子着物カレンダーsayoko76-2
1977年に撮影した、山口小夜子の着物の写真のポジを見てみたが、以前は35mm専用でスキャニングした大き目のデータがあったが、探したけれど見つからず、しかたがなく小さいままをアップした。驚いたことに、スキャニングしたデータと、オリジナルをライトテーブルに置いてくらべたら、全く別物だった。何しろ、着物の赤が違う。ポジの赤は緋色、いうなればフェラーリーのレッドだった。WEB上の写真はオレンジがかっていて、(補正したのでそうでもないかな)アルファロメオの赤、なんて書いても今の人にはわからないし、この写真の赤よりずっとさえがあるはずだが‥‥。しかし、このポジの赤は印刷でもなかなか再現できないだろう。最近ソニーでだしたハイビジョンのなんたらかんたら、の画面で再生するビビットな色のようだ。だれだかが、最終的鑑賞は、ライトテーブルに置いたポジを、ルーペで鑑賞するといっていたが、その気持がよくわかる。
コダクロームを単純に色が地味だというのは間違っている。
他の写真もみたが、後にベルビアで撮ったものと比べても、遜色ないし、負けていない。その撮影のEPISODE
ぼくがKRからベルビアに変えたのは、なんといっても、ひとつにはブロニーで撮り、同じフィルムが35mmでも使えるということだろう。そして何より、増減感が効くからだったし、当時のベルビアの感度公称ISO50、実行感度25だったけれど、僕は増感現像して、+1、+1と2分の1ぐらいしたこともあった。
僕が撮った、サイゴンの昼下がりの、白いアオザイの写真はベルビアを1と3分の2も増感している。しかもLBA2というアンバーフィルターまで入れている。フィルムのきちんとした性能を発揮させるつもりが全くない、僕の根性曲がりの撮影テクニックだ。
KRに不満があったわけではない。いや、もしかしたら、KRの写り方に飽きていたのかもしれない。完成していたと思う。そこにおかしなベルビアというフィルムが出現した。
最初テストしたとき、その頃はマミヤRZ6x7がメインカメラだったので、発色の派手さ、うそっぽさが気に入り撮った。ブロニーはそこそこだったが、その後35mmで撮ったものを印刷して驚いた。ぜんぜんだめだったのだ。ハイライトがとんでしまう。
ところが、ベルビアがよくなったのか、それとも印刷所の対応が変わったのか、あるときからベルビアで撮った35mmの写真がとても綺麗に印刷できるようになった。そのころにはプロビアもあったろうか。
数年たって、他のカメラマンの女性の肌の色にさえがないものを見つけた。その色調から言って、もしかしてコダクロームではと思い、編集に聞くとそうだという。最近コダクロームで撮影すると、印刷が良くないと言う。
そうか、と思った。印刷所は、特に男性誌のグラビアの印刷は、完全にフジのフィルムにシフトしていたのだ。その頃には、グラビアカメラマンたちの多くがフジのフィルムを使用していた。
印刷所は、データの蓄積が一番だ。特に雑誌のような、印刷コントロールが細かくできないものの場合、そのときの主流のフィルムで撮るのが、正解ということになるのだろう。男性誌の女性の肌の描写、色は微妙なのだ。
さて、そう思うと、今のデジタル時代、当初はデジタルで撮った写真、今でもまだそうだが、なかなか思ったように印刷があがらない。特に雑誌の場合がそうだ。
しかし、デジタルの原稿が増えて、ある時点から、印刷会社は、デジタルのデータが豊富になり、銀塩のデータは少ししかないということにならないだろうか。
いや、近い将来、銀塩で撮ったものの印刷が今よりコーリティが落ちる可能性は十分ある。
コダクロームの印刷がうまくゆかないこと聞くと、もうそれは目の前のことなのかもしれないと思った。
●コダクロームについて、個人的なエピソードでもよいので、コメントもしくは、トラックバックお願いします。もちろんアマチュアの方でも。
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