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2005.01.28

キャパ「僕のコダクローム その8」

カラーフィルムが発明されて60年、そのコダクロームで撮った、ロバート・キャパの写真展が2月15日開催される。コダクロームとはどんなフィルムだったのだろうか。それは決して幻ではなく、ほんの少し前まで、プロカメラマンにとって特別なフィルムだった。そのフィルムについてのブログだ。
「僕のコダクローム その1」は、ここをクリック

連日頑張って、UPすると、とても多く人がこのサイトを訪れてくれる。今日は夜10時に戻りブログをチェックすると、このところ通常の3倍ぐらいの人が訪れている。
コダクロームというテーマがよいのか、それとも、連日UPしているからだろうか。
そうなると次のTEXTをUPしなければと思う。
文章を書くのは、さほど大変なことではない。僕は書くのが早いし、まあ、誤字脱字は勘弁してもらうとして、難しいことを書いているわけではないから書きなぐっている。それに昔の写真の説明って、罪がなくていい。現在進行形のことは、なかなか言葉にならないし、照れくさい。写真を撮るって、その時思っていることは、ことばにすると陳腐になるからだ。
ロバート・キャパが残した、50年以上前のコダクロームの展覧会があることは、お知らせした。その展覧会に僕もほんのちょっとだけかかわっている(ベトナムで撮ったカラーのキャプションを書いた)だから皆、キャパの撮ったカラー写真を見てもらいたい。
キャパの写真がうまいかへたかなんてどうでもいい。そんなことより、モノクロばかりで撮っていたキャパがいったいどういう気持ちでカラーを撮っていたのか想像して欲しい。もちろんカラーのグラビアページがあるから撮ったのだ。依頼があったのだろう。そんなことより、キャパはカラーとモノクロをどう使いわけたのだろう。
後にキャパは、写真の時代は終わった。これからはテレビだ。だからカメラマンも、ムービーを回さなければと言ったそうだ。テレ朝で世界の車窓をという長寿番組がある。それとおなじアイデアをキャパは提案したという記録もある。キャパはアイデアマンであり、時代に素直も反応している。
そんなキャパの撮った、コダクロームはどんななのだろう。とても期待している。
そんなわけで、コダクロームにこだわったら、いろいろなことを知った。
なにより、世界で最初のカラーフィルムがコダクロームだということを初めて知ったのだ。そしてそのカラーフィルムを開発したのが、音楽家だということを。
映画の世界ではカラーフィルムが実用化する以前から、カラーがあった。
不思議だ。そんなことも、写真をやっていながら僕は知らなかった。
さて、僕がコダクロームを多く使っていたのは、1975年から80年代末までだろうか。86年にトワイライトツイストを思いついたとき、35mmは、コダクロームだったからそのあたりまでのことだろう。そう思うと、約15年はコダクロームを使ったことになる。
前にも述べたが、アシスタント時代はコダクロームⅡだった。僕が使っていたのはKRだ。それもいつしか、フジのフィルムになり、すっかりコダクロームを忘れ去っていた。ポールサイモンのコダクロームという曲があることも忘れていたのだ。聞いてやっと思い出したが、当時はコダクロームはあまりに日常的すぎて、特別覚えていなかった。でもそこで、ニコンを、ナイコンと歌っているところで突然思い出した。さびの部分もタイムマシンで30年以上前に戻った気分だ。
さて、さて、あまりコダクロームについて、意見を書いてくれる人がいない。もっと気楽に個人的なコダクロームについて書いて欲しい。これをアップしたら、もうひとテーマ書こうと思っている。
それと、僕の写真はblog以外にもあるのでご覧ください。

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