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2005.01.30

デジタルと「僕のコダクローム その13」

カラーフィルムが発明されて60年、そのコダクロームで撮った、ロバート・キャパの写真展が2月15日開催される。コダクロームとはどんなフィルムだったのだろうか。それは決して幻ではなく、ほんの少し前まで、プロカメラマンにとって特別なフィルムだった。そのフィルムについてのブログだ。
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CanonKissDigital EF50mmf1.4 Jpeg Natsuki Okamoto

コダクロームについて、連日書いてきたが、コダクロームに限らず、カラーポジはアマチュアカメラマンにとっては、敷居が高いフィルムだと思う。僕の昔のことを話すと笑われるけれど、なにしろもう30年以上も昔のことだから、学生時代のころ、日大の写真学生だったときのことだ。
僕はカラー写真はほとんど全くというほどやらなかった。ちょうど2年生の時に学園紛争があり、その1年間は授業がなかったせいもあるけれど、カラーの実習は、一度撮影と、現像を、しかもフィルターを変えた、テストプリントをして、フィルターを選び、露光して、すると8x10のプリントが上がったという、何にもディテールを覚えていない授業だった。
それから、卒製を作っているとき、エクタクロームを一本買い、撮影して、堀内カラーでスリーブで現像した。その2本が、いわゆる記念写真以外、僕がアシスタントをするまえに撮った、すべてのカラー写真だった。僕はまったくカラー撮影についてのノウハウは持ち合わせていなかった。興味もなかった。だからモノクロばかり撮っていた。何より、数本のカラーを撮ったからといって何になるのだろう。そんなもの撮るなら、モノクロを満足するまで撮りたかった。現像して、プリントする。Tri-xの100フィートカンを、自分でつめて、しかも最初の頃は、暗闇で両手を広げ、約180cmに切っていた。Tri-Xを買う金がなければ、FUJI ssや映画用のフィルムをつめた。印画紙は、当時まだ、小さな問屋だったヨドバシカメラで買った。たくさん撮らなければ上達しないことは、わかっていた。
コダクロームに出会ったのは、助手になってからだ。カラーフィルムを湯水のように撮影することに驚いた。しかしカラーの撮影は好きだった。どんなに撮影がたいへんでも、フィルムを現像所にだせば終わりだったからだ。あとは、セレクトに立会い、ファイル。モノクロはそうはいかない。現像して、べた焼きを取り、乾燥し、チェックしてもらい、セレクトされた写真をすべてプリントする。モノクロの撮影は、後の処理が多く、徹夜になることもたびたびだった。
コダクロームをじっくりみたとき、そしてライトテーブルに並べて、ルーペで眺めたとき、こんなに美しいフィルムがあることをしらなかった。難しいといわれていた、難しい露出。でも基本を知れば、それほど難しいものではなかった。モノクロのほうが、多くの小さな失敗があり、緊張した。特に、フィルム現像という取り返しのつかないものにかんしては、皆悩みの種だった。それは120ブロニーフィルム現像のときの、ピーキングという、現像ムラだ。手の温度が高いやつはむいていない、攪拌が悪い、等々、悩みは続いた。
それから比べれば、カラーの、しかもコダクロームの撮影の一番のポイントは、正確な露出だけだった。それさえ間違えなければ、あとはオートマチックだった。そして、現像があがり、一本一本チェックして、安心した。そしてその美しい発色は、これから自分がプロとしてやろうとしていることの妄想が広がった。こんなフィルムがあれば、いろいろなものが撮れる、と。
デジタルになった今の時代、カラーの撮影はかつてのモノクロ以上に楽しい。仕事でも、仕事でなくてもいくらでも撮れる。プロは湯水のごとくフィルムを消費するが、それはあくまで、仕事だからだ。直接仕事に結びついていないものに、投資のように、無限のフィルムを消費することはない。
デジタルは、まるで学生時代の、モノクロ写真を撮るような気分になれる。しかもカラーを撮る、ノウハウは、カラーポジを使っているときと全く同じだ。そして撮影後、ポラで確認していたことと同じように、撮ったものはすぐに見られる。
何度も書いているし、紹介もしているが、スナップ写真としては、最高のカメラだ。デジタル時代に生まれて、写真を楽のしめることに感謝しなければ、と思う。
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NikonD70 Tamron28-75mmF2.8 Jpeg Natsuki Okamoto
デジタル時代になり、一番大切なことは、いったい自分が何を撮りたいのかだと思う。テクニックも自分で編み出すしかない。それができるメディアだ。写真はある程度テクニックがあれば、簡単にまねすることができる。見本があれば、再現はなんでも可能だ。まして、デジタル時代である。誰かみたいな、写真、今はやりの写真を撮ることは、趣味としてはよいかもしれないが、あまり意味があることではない。自分の写真は何かって、無理やり作るものではないかもしれないが。それより、撮って、撮って、撮りまくることが重要だ。闇雲にとることは、はじめはよいとして、やはり、何でもいいからテーマを自分で決め、ある時間その方法論で撮ることだと思う。
カラーポジは、ますますアマチュアには遠い存在になるだろう。でも、写真をカラーで表現することは、フィルムだろうかデジタルであろうが、すこしも変わることはない。
モデル 岡本奈月 女優 14歳(撮影時) 「デジで本」より。
岡本奈月記事つづき

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