
さて、前回ぼくは、AYOPS NEWSライブドアのブログに、オリジナルプリント販売Blogを作ったと書いた。
これは、実験だ。
このことについて、皆さんからの意見が欲しい。
プロの方も、アマチュアの方も、本名でも、ペンネームでもかまわない。皆どう思っているのだろうか。
これまで、僕は僕のホームページに載ってる写真を、希望者には売ったことが何度もある。
決して多いわけではないが、希望者はいる。
さて、写真を売るということはどういうことだろう。いくつかのサイトでも写真を売っている。
先日、ロベール・ドアノーの「市役所前のキス」のビンテージ写真?がオークションで2130万円で落札された。
写真がそういう値打ちがあるものだといいたいのではない。それは、希少価値としての値段で、
写真の適正な価格ではない。物の値段は、需要と供給のバランスであるが、アート作品の場合実際は、
絵画なども含めて、画廊やその組織が、流通する価格設定を保障しているともいえる。
それは言ってみれば、昔の切手ブームと同じで、なぜあれほどブームになったかといえば、切手商が
買取価格を保障していたからだ。いまやそれは完全に崩れ、1960年以降の切手は、額面とさほどかわらない。
そんなことが、日本で流通しているリトグラフのほとんどの作品がそうだ。数十万で買ったものが、いざ売ろうとすると額の値段ぐらいにしかならない。自分の好みで買うのではなく、まずこれが値上がりするかどうかで、買わなければならない。なんと不健康なことだろうか。かったら一生、代々持ち続けることだ。
そういうことをさけるために、海外の画廊と契約しているアーティストのものでなければならない。日本での値段はあってないようなものだ。写真はさらに、売買の価値は、今のところ日本ではない。やはり海外の画廊が保障しているものが、やはりリトグラフと同じく、まだ安心だろう。
投機としてみるには、写真の質より、その写真がどのように、戦略的に価格付けをして、また保障しているかどうかだろう。
マイケル・ケンナというコンテンポラリー写真家がいる。モノクロで叙情的な写真を撮る写真家だ。彼の価格の戦略は興味深い。
まず、最初のロットが一番安い。安く手に入る。そしてある程度売れたものは、次から価格が上がってゆく。
最初に手に入れた人は、売るときにより高く売れることになり、売らないまでも、自分の買った作品が値上がりしてゆく楽しみも味わえる。これは現代の作家のリミテッドエディションの場合のポピュラーなやりかたらしい。そのほかに、限定販売ではないオープンエディションがある。
しかしそれには、一度買った写真を、適正な値段で買い取る仕組みがいるはずだ。きっとそこは、保障しているのだろう。
ところで、僕は、そういう意味で、オリジナルプリントを売ろうと言っているのではない。
現在の写真の適正な価格はなんなのだろうか、という問いかけでもある。
今回、僕が設定したデジタルプリントの値段が、高いか安いかはわからない。さまざまな意見があるだろう。
この値段は、今までサイトから、僕の写真を注文した人に、設定した値段をつけてみた。
自分が気に入った写真を見つけたとき、いったいいくらだったら買うのだろうか。
特に、デジタルプリントになったとき、オリジナルのデーターをきちんと設計すれば、無限にプリントすることも
可能だ。当然限定xx部とかやるのだろう。それだけ売れたら立派なものだが。
オリジナルプリントといえば、通常、モノクロームのほうが
多いし人気がある。かつてニコンサロンで開催した写真展の写真はモノクロだったので、何枚か売ったことが
ある。その頃は強気で、(無知だったからかもしれないが)ずいぶん高い値段をつけた。まあ、それが飛ぶように
売れたら、ビジネスになるかもしれないが、まあ一点でも売れたらラッキーというところだろう。
さて、何が言いたいのかというと、僕が今回ライブドアのブログに作ったような、
オリジナルプリント売買のサイトを皆が参加してはどうかという提案だ。
自分でBlogをたちあがるわけだ。
ライブドアが今一番大きなサイトだからということと、無料もあるし、有料も安い。
レイアウトも写真向きにシンプルなものもある。
自分の写真が売れるか、売れないかは、試す価値がある。たぶんほとんど売れないだろう。
なぜなら、世間のひとはそういうジャンルがあることを知らない。
あっても、画廊から買うなんて、敷居がたかい。だから印刷物を額に入れているひとさえいる。
しかし、そういうジャンルがあることを、世の中に知らせることが重要だと、僕は思っている。
市場がないのではない。日本の室内も壁が増えてきた。花のしゃしんばかりではなく、
刺激的な写真を壁にかざる、文化も芽生えるだろうか。
今、ブログをつくっても、きっと売れないだろう。なぜなら、今ブログを読んだり、
制作しているひとが、写真を買う層ではないと思うからだ。きっと本当は、こんな写真が
欲しいなと思っている人は世界中いると思う。写真は世界が市場だ。
それは特別有名な写真家のものである必要はない。
適正な価格(それがいくらかは議論がある)だったら、欲しい人はかならずいるはずだ。
僕がここでいいたいことは、そういうジャンルをBlogという新しいメディアに存在させることだ。
もちろん、売れ筋というのもあるだろう。そういうものの発見にも、写真売買のサイトが認知されるまで
皆でもりあげられないだろうか。
皆様実験だとして、ライブドアのBlogに、自分の写真に値段をつけて、発表してほしい。
それには、ジャンルの統一が必要だと思う。
モノクロ、カラーなど、どんなものでもよいと思う。
Blogとは不思議なもので、画廊をとおさなくても、恒常的な売買ができる。
しかも、作家個人から買うことができことが、なんと言っても醍醐味だ。
なぜなら、ある作家のものを買った人は、ファンではなく、その作家のパトロンになるということだからだ。
自分の購入した写真の、その作家と間接的にでも、コミュニケーションできるということだろう。
これこそが、インターネット時代の、双方向性かもしれない。
ここの部分が、発展することによって、現在進行形の写真のオークションなどが、盛んになるかもしれない。
これが、ある意味力になれば、例えば肖像権のある写真のオリジナルプリントの流通も議論されることに
なるだろう。写真集ではない、生写真と言った、アマチュアリズムではなく、プロの写真家が撮り、きちんと
管理したプリントによる肖像権つきの作品が流通する可能性もある。
だらだらと長い提言になったが、Blogというメディアを使って、いかに過去の骨董的価値の写真ではなく、
出版のように、現在進行形の、今に生きている写真がいかにしたら、流通できるのか、皆様の意見が欲しい。
そして、なにより 、Blogを作って欲しい。
カテゴリー名だけ、統一させたい。カテゴリー名も募集したい。
続く アート・フォト オリジナルプリント販売 その2