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28 posts from September 2005

2005.09.30

肖像権 未承諾写真 その4

senkyoginza741mishodaku
1974年参院選挙
こういう写真は、かなり昔の写真だとしても、作品や記録としてはつかえても、広告に使うことはできない。
広告(商業目的)と、ジャーナリズム、アートとは、一線がある。
takagikitabatake1misyodaku
アサヒカメラ10月号に載っている、35年まえの写真。ふたりとも僕の友人である。もちろん撮ったときには、合意のもとだ。しかし、これを発表する承諾はとっていない。歳月は、かつての友人だとしても、今は他人かもしれない。

よく、タレントがまだ素人時代の写真を、たとえば昔のボーイフレンドがマスコミに出すことがある。マスコミはそれをいくらで買おうが、社会に影響のある、有名人だから、報道の自由として、無断で載せることがある。いや、いまは一応、事務所にOKがもらえようが、もらえまいが連絡はするようだ。しかし理由をつけ、掲載する。特別プライバシーを暴くようなものでなければ、たいして問題にはならないだろう。まあ、それでも裁判で負けることもある。
写真は、決して正義なんかじゃない。危ういメディアを、使っているという認識は必要だろう。決して、写真に真実が写っているわけではないのだから。
28日のSatobo氏のトラックバックに写真のうそについて書かれている。くだんの、SEX、Tシャツの女性が、あらわに両肩をだしているのは、一瞬の出来事だったのではないか、ということだ。その瞬間を、何百分の1秒かで写真は捉える。人間の目では見えなかった世界かもしれない。写真は真実なんて写してはいない。それに彼は、その女性をタイプだという。その一言が、大切だと思った。
2チャンネルでは、彼女のことをぼろくそに言っている。匿名のざれごとは、便所の落書きと一緒だ。
ただ、ツルる意味でも、「おれはタイプだ」というやつが、誰もいないが不思議だ。
服のコーディネイトのセンスは、?かもしれない。しかし持っているジージャンを羽織れば、スニーカーはスポーティで悪くはないかもしれない。・・・・・僕がいいたいのは、写真は真実は語ってないということと、ことばに左右されるということだ。例えば彼女が、有名な女優だとしよう。その記号のようなものだけで、絶対に擁護する人間はでてくるはずだ。「おれはこの女性タイプだな」という、ことばが発せられた瞬間、スタイルも悪くないな、とか写真ではなく実際は魅力的なのかもしれないと思う。
かつて、雑誌や新聞社のカメラマンは、インタビューのときに、表情に動きがあれば、それでよいとしていることがあった。いや、いまでもそうかもしれない。だから笑った瞬間や、口を曲げたり、変な顔を使う。もちろん何コマも取れば目が半開きもあるだろう。そして、そんな仕事の場合、撮影者に選択権がない。個人の著作物ではない。写真をよく知らない人間が選ぶこともある。カメラマンは基本的に被写体と向かいあう。それなのに、撮られた人間が、いやだと思うものをわざわざ選ぶこともある。よほどじゃなければ、カメラマンは被写体に悪意はもたない。特に向かい合って撮る、ポートレイト撮影は、悪意はもたない。相手がふてくされていても、受け止めなければならない。
さてさて、話は横道にそれてしまったが、一瞬の表情で真実が写るなんて嘘だ。
前にも書いたが、
「写真は世界の99.9999%を切り捨てる作業」
だからだ。
針の穴から見る、カメラという機械が2次元に記録した静止した世界だ。前後の時間も存在していない。
人間の目には静止した現実を見ることはできない。
言い換えれば、人間には見えないことをカメラは撮る。
そして、写真は現実に存在している、ものの光の陰影を記録している。
現実とは、時間も、光も、音も、匂いも、そしてなにより、存在していることだ。
決して現実そのものを記録しているのではない。
写真とは現実の「影」を記録しているのだ。

肖像権侵害 その1

その5

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2005.09.29

肖像権 未承諾写真 その3

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1967年 未承諾写真

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1994年 ベトナム フエ 未承諾

1998mishonin
1998年 渋谷 盗み撮り 未承諾

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2005年 地下鉄 盗み撮り 未承諾

その4

肖像権侵害 その2


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街頭スナップ肖像権侵害 その2

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肖像権侵害 その1
肖像権侵害の判決がでて、再び2チャンネルでもりあがっている。なんとも、世界は何かが変わった。
被害者は、たった35万の損害賠償で、再びさらし者になってしまった。
と、それなのに2チャンネルのスレを紹介する、ぼくも同じ穴のむじな。
いや、ことはそんな気楽なものではない。2チャンネルの意見は錯綜しいるが、写真家の目から見ると、とても恐ろしく感じることがある。
問題点は
●SEXとプリントされた、ドルチェ&ガッバーナの服を、その女性は買い、お世辞にもよろしくない着こなしで街を歩いていた。ブランド物だから、洒落のつもりでも、(お洒落ってここからきてんだ)、SEXという文字は強烈だ。若くて綺麗な子だったらともかく、差別ではなく、区別だ、本人はどういうつもりで着ているのだろう。街を歩く人の視線はどのように感じていたのだろう。かつてだったら、仲間同士、今日の笑い話ですんだことだ。しかし今はネットの時代だ。マスメディアより、ずっと早く、辛らつに伝播する。
●日本ファッション協会は、日本のストリートファッションを紹介する意味で、街行く人をカメラマンに撮らせている。なぜか、カメラマンは、名前をだしていない。匿名の写真だ。これはカメラマンの責任ではなく、日本ファッション協会の、意識の低さだろう。この写真の著作権はカメラマンにあるはずだ。カメラマンは著作権を放棄しているのだろうか。まるCは、協会にあると歌っている。
●今の、日本ファッション協会のサイトでは、スナップ写真の方法はやめたようだ。きっとこの訴訟問題から改めたのだろう。被写体にサイトに掲載する許可を取っているという。以前はかってに撮り、掲載していたということだろう。写真家の著作物として認めていない写真とは、いったいなんのだろうか。それは撮りかたが変わった現在でも写真家は、写真家として認められていない。写真は以前より格段によくなっている。それなのになぜ、写真家の名前を書いてないのだろうか。どこかに小さく纏めても必要なのに。いい写真をとっても著作権を放棄するとは。今の時代、考えられない。
●このお粗末な事件によって、写真家の町でスナップする、権利!!は大きく後退した。
●ファッション協会が、この女性の写真を載せるとき、当然カメラマンには断りなく、どこかに晒す意味もあるはずだ、もちろん第三者の目、中立的なポジションに立ったふりをしながら、悪い見本として載せたのではないのだろうか。海外にも発信するということは、この国辱的なこんな着方を、平気で紹介したいと思ったのだろうか。
●ここには、撮った人間(カメラマン)と、撮られた女性の関係性はなにもない。だからこれは作品ではない。
言われたから撮ったのだろうし、撮ったカメラマンの感想は、やれやれ、って思っていたかもしれない。
●基本的に商業誌だったら、街頭スナップの場合でも本人の許可をもらう。男性誌のキャッチのような写真でも、いちおうとおりいっぺんでも、許可を取っている。広告では絶対に使えない。
●許可を取らないで撮るのは、事件や、風俗の描写、など、ジャーナリスティックなとき、報道としてだろう。
特にテレビでは頻繁に無許可で、多くの人間を撮っている。アップさえある。しかしこれは、報道の自由、表現の自由、公共性といった、大義名分で撮っている。それでも昔から比べたらずいぶん気をつかっている。
しかし考えてもらいたい。今はだれだってカメラを持っている時代、携帯にだってカメラがついている時代だ。どこにいても写真は撮られるのだ。盗撮のような、プライバシー侵害の写真と、公道を歩いているときの写真は違う。野球場に来た人間に肖像権はないのだろうか。そして、監視カメラは。
●さて。なにより問題は写真家だ。
街頭スナップは、黙って撮ってはいけないのか。そしてそれを無断で発表していはいけないのか。
このことについては、もう何度も書いた。僕はぶれていない。(過去Blogの盗撮、スナップを読んで欲しい)
●ある写真家は、絶対に相手に声をかけ、了解をとってからしか、撮らないという。それはポリシー、コンセプトとしてはよいが、表現の自由としては、あまりせますぎる。こういう風にしか撮らないというのは、その作家にとってだけ有効なのであり、ほかの作家に言うことは創作の死だ。
●ブレッソンもキャパも、木村伊兵衛も盗み撮りの達人だった。そして多くの素晴らしい写真は、撮影者に許可を受けたものではなく、無許可だ。このジャンルを写真は捨てるのだろうか。
●問題は意識なく、載せた日本ファッション協会にある。しかもカメラマンの著作権も認めていない、今も変わらぬ体質だ。このことによって、写真のひとつのジャンルが抹殺されるかもしれない。
といっても、アートとジャーナリズムは、価値観の創造と批評が仕事だ。
どんなにひどい法律でも、全体国家でなければ、戦うこともできる。
あんまりこの重大な問題が、マスコミのなかで問題になっていないのが不思議だ。
やぶへびといい、たとえば再販制度もそうだが、騒ぐともっと悪い方向に行ってしまうという、日本のマスコミの自己規制といった悪い方向にむかってしまうことも問題だ。
●そして、なによりもネット社会の怖さ。この女性は事件となり、35万円の賠償金をもらって、さらに数倍になって晒される現実。本当は、匿名の誹謗者こそが弾劾されるべきなのだろう。
いや、まずは、日本ファッション協会の意識の低さが問題だ。
そして、世界はほんの10年まえとすっかり変わったことを意識しなければならない。
ネットだからOKという時代は、やがてなくなるだろう。
●国際的なネット警察、ネット弁護士、ネット裁判所が近未来にできるだろう。
なんて、SF話になってしまったが。
それでも僕はスナップはするし、発表する。もちろんリスクはあるだろう。それを受けて立つ根性がなければ、スナップはできなくなるかもしれない。

その3 未承諾写真


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肖像権侵害 路上スナップ35万の支払い命令

ファッション紹介サイト「無断掲載は肖像権の侵害」

 無断で撮影された写真をインターネット上のサイトで掲載されたとして、東京都内の30歳代の女性が、サイトを開設している財団法人「日本ファッション協会」(東京都江東区)などに330万円の賠償を求めた訴訟の判決が27日、東京地裁であった。
石井浩裁判長は「無断掲載は肖像権の侵害」と述べ、慰謝料など35万円の支払いを被告側に命じた。

判決によると、問題のサイトは、街を歩く人のファッションを写真で紹介しており、女性は2003年7月、銀座で歩いているところを無断で撮影された。その後、別の掲示板サイトで、この写真をもとに女性を中傷する書き込みが行われた。

 判決は、「ファッションを紹介する公益性は認められるが、本人が特定できる全身写真を掲載する必要はない」と述べた。
(読売新聞) - 9月28日3時10分更新
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/personal_information/?1127869063

参考●スキャナーBlog
   ●TokyoStreetStyle   
●肖像権とは

現在のTokyoStreetStyleでは、Webに掲載するにあたって、本人の了承を取っているとのことだ。

さて、街でスナップした写真を、発表できるのだろうかという問題だ。短絡的に、街でスナップ写真を撮られたら訴えられるというふうに、今回の判決で誰も思うことではないだろうか。もう、路上スナップはできないのか。

問題になった写真を、ここで提示することはできない。
それはその写真が今のTokyoSteetStyleの写真とは全く違うのものだからだ。ある女性が、SEXと書いたTシャツを着て歩いている姿だ。しかもよれたようなえりぐりが胸元まで開いている。その写真を見て、つっこみたくなる人間がいることはしかたがないだろう。
なにしろ、昔だったら、知り合いどうしのネタですんだものだ。それが、このNET時代だ。個人的なネタは、公共放送より力を持ち、匿名で蔓延する。
TokyoStreetStyleは、あくまでジャーナリズム的な扱いで、現代の東京のファッションをドキュメントしているつもりだ。
しかし、撮影者の名前もないその写真は、僕が見る限り、Xの見本のように思える。ネガティブなものを、団体のもとで、公開したときに、そんな反応があると想定していなかった、というのはいいわけだろう。
肖像権のなかでもこの場合、人格権が傷つけられたということだろう。

●断片的だが僕の意見 (クローズしたサイトに載せたもの)
詳しい内容を見なければならないが、とても大きな問題。これは裁判で受けて立つしかない。絶対に控訴しなければならない。うやむやにすることではない。
商業目的の場合は、確かに肖像権はあるだろう。
表現の自由にしても、時代とともに変わるものだ。
公道を歩いている人間に肖像権はあるのだろうか。
もちろん人格権はある。誹謗中傷される理由はない。
しかし表現とは、既存体制と戦うものであり、だからこそ尊いのだ。
そういう意識なしに、写真を漫然とメディアに載せることは反撃を受けてもしかたがない。
今まででも、これからでも、写真を撮るには最初から覚悟が必要だ。それでも発表したいから、するのであり、意識的であることが大切だろう。訴えられたからって、驚くのではなく、訴えられてあたりまえで、議論をし、戦うことがもっと大切だ。
最高裁までいって、もし負けたら、革命だ!!?
●盗撮のような、プライバシーの侵害、そして財産権の侵害はともかくとして、公道の場合、今までは人格権で、問題にされたことがあったが。うやむやでにしての、自己規制が一番怖い。
表現の自由とは、国家権力による、こういう規制に対して戦うためにある。それはジャーナリズムとアートの仕事だ。
●表現は、あくまで個人が発信するもので、団体、匿名で語るに時代ではなくなっているのだろう。無署名の写真は、責任の所在がなく、表現ではない。コマーシャリズムと思われてもしかたがないのだろうろう。個人が発信したものは、個人がその信条、コンセプトに従い、プラスもマイナスも受けて立てばいいだけだ。もう、いまさら公共のためなどという、主張は、真実の報道などというまやかしは通用しない時代になった。個人が、世界をどう解釈するか、戦えばいいのだ。
●うーむ。SEX、Tシャツの写真。・・・。言葉を失う。写真を見ると、突っ込みたくなる可能性あり。これを、ファッションとして漫然と、平和ぼけ感覚で紹介するのは、少し配慮がなかったともいえる。なぜならば、このファッションを選んだ側に、彼女の人格権を傷つける可能性が含まれていることを、わかっていたのではないかとおもわれるからだ。
これは、○、X どっちの紹介なの?
昔、MCシスターで毎号、路上の(Gals)をスナップして批評したページがあった。僕のガールフレンドも載ったことがあった。それは誇らしいことで、そこには選別された、○の意識あったからだ。もしそんなページでXの意味で載せられた、反発もあるだろう。
このSexTシャツの女性、本当はジャケットを羽織っていたようだ。それが暑いのか、理由はわからないが、このなんとも、非完成の姿で、路上を闊歩してしまった。彼女の隙だ。
彼女の非は、公道でこのような格好で歩くことの、リスクを考えていないことだろう。
外人がひらがなで「おまんこ」と書いたTシャツを着ていたとする。意味を知らないだろうな、と思うが、いや知っているのかもしれない。どちらにしても、ある種のファッションは、公道を歩いている限り、批評の対象になる可能性がある。なぜなら、ファッションも表現の一つだから。このようなファッションで歩くならば、批評されることも覚悟が必要だろう。なにしろ、しゃれは、表現だからだ。
撮るほうも、撮られるほうも、漫然としてはいけない時代なのだ。意識的であれ。
この裁判に注目する。

その2に続く

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2005.09.27

週刊スパ、大城美和とJT

ちょっと痛快というか、今週の週刊SPAに僕の撮ったグラビア大城美和の写真が載っている。
それが特別痛快というわけではなく、表2という、表紙の裏の広告が、僕の撮ったJTのたばこの広告だったからだ。長くカメラマンをやっているけど、グラビアと広告が一緒に載ることはめったにない。
広告は、セブンスターレボとルーシア1。
僕はたばこ飲みでも、そうでないといえる。この一ヶ月にすったタバコは5本にもならないだろうか。でもすうときは一日1箱ぐらいすうときもある。がしかし、通常はあまりすわない。さけを飲んだとき、タバコのみに囲まれて気分のいいときに吸う。タバコが世の中からなくなっても、だいじょうぶなくちだ。酒はこまる。世界から酒がなくなったら、世の中の少なくとも10分の1の楽しみはなくなるだろう。酒がなくなることはこまるが、タバコは、昔から特別肉体が求めているわけじゃない。もっと精神的なものだ。気分を変えれば、なくてもよい。精神的な楽しみは無限にある。
タバコも、グラビア写真も世の中からなくなってもだいじょうぶだろう。でも、この無駄、この反時代的なものは、もしかして、人間本来の、欲望やなにかだと思う。
もし書店で、SPA10月4日号をみかけたら、ぱらぱらとごらんなになってください。

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2005.09.26

水族館

hakkeijima03
CanonEosKISSN Tamron18-200mm ISO800 AWB Jpeg-large クリックすると拡大
台風が関東をかすめた日、鎌倉に墓参りにゆき、帰りに八景島シーパラダイスに行った。10年以上前、いやそれいじょうだろうか、まだできたばかりのころ行ったことがあった。よく覚えていない。駐車場だけを覚えていた。ガラス越しの魚たち、なかなか楽しかった。感度をあげて撮影する。
hakkeijima

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銀塩式デジタルレタッチのやりかた!その1

デジタル写真、直感レタッチ!!

日本カメラ11月号で、チョーやさしいデジタル写真、レタッチの紹介をする。
デジタルカメラが普及してから、デジタルプリントが誰にでもできるようになった。
ところが皆写真のレタッチについて、腰が引けている。難しいという。
確かにやり方を読むと、なにやら難しい。
僕もほとんど読まない。
さて、どうしたら誰でもやさしく、レタッチができるだろうか。

すると料理に似ているなと思った。
塩小さじ、3分の2、砂糖大匙1パイ。しょうゆカップ1杯、等々等々。
料理もそうやってやると、教えやすいが、面倒だ。数値化するのは、教える側の論理だ。
そんなことやりながら、料理をする人に、料理ずきはいない。皆感覚でやっているのだ。

デジタル写真のレタッチもそうだ。難しく考えすぎる。
くわしいことは、日本カメラで書くが、
まず、Rawは使わず、Jpeg-Fineで撮ることから始まる。

そして、最低、PhotoShopElement

は必要だ。たいてい最初からバンドルされているが、なかったらどうにか手に入れよう。なんとしても。

皆勘違いしているが、Jpegで撮ったら、レタッチができないと思い込んでいる人がいる。Jpegでまったく問題ない。Jpegだって、露出や、コントラス、色調など変えられる。ただ、ほんの少しでもレタッチしたら、保存はTIFFが鉄則だ。
僕はさんざんレタッチして、1mx1.4mの大伸ばしをしたこともある。どってことないし、銀塩ではできないわざだ。
それには、「再サンプル」リサイズしなければならないが、(再サンプルという言葉は、ただ覚えておけばいい、そのうち普通に使うことばだ)

どうしたらやさしく、感覚的にレタッチができるか。それは、銀塩モノクロプリントにヒントがある。

銀塩プリントでやること。
フィルムの現像。増減感。→これは、デジタルではスイッチひとつ誰でもできる。
そして、暗室でのモノクロプリントだ。
そこにおいてのテクニックとは、とてもシンプルだ。

現像液を選ぶ。→さまざまなものがあるが、たいてい気に入ったひとつに決まってしまう。それでよいのだ。
停止、定着。なんでもよい。ただ、定着はなかなかむずかしい。黒のしまり、トーンが影響する。が、早いタイプの定着で時間を守るのが正解だ。

引伸ばし機、いろいろあるが、とりあえずなんでもよい。レンズだってなんでもいい。きわめていいかげんだが、実際は好みの問題なので、ネバならないことはない。

暗室で、現像液、停止、定着液をならべる、引伸ばしの始まりだ。もちろんセーフライトをつけた、オレンジ色の世界での作業だ。

さて、ここからが、レタッチと同じ作業が始まる。
まず、印画紙を決める。メーカーはだいたい好きなのに決まっているので、たいていいつも一緒だ。
そして、印画紙のコントラスト、号数を決める。ポリコントラストという、フィルターで号数を変えるのが今の主流だ。
これは、Photoshopの、コントラト調整と一緒だ。
そして、露光する。一番適正はなにかとテストする。
デジタルでは、撮影された写真をフォトショップで明るさ調整することになる。

さて、ここからが重要だが、BWプリントするとき、コントラス調整しただけでプリントするプロ写真家はいない。
8x10のような大きなものや、あえて、ストレートプリントをするとき以外写真家はここで、デジタルでいうレタッチと同じようなことをする。
それは、「覆い焼き」と「焼きこみ」だ。白くとんでいるところは、焼きこみ、つぶれ気味のところは覆い焼きをする。これが、写真プリント(カラープリントでもやる)の最大の、「キモ」だ。コントラスト調整でだけでプリントするなんて、素人のやることだ。

このテクニックが、デジタルレタッチに使える。
Jpegで撮り、まずノーマルの写真を作る。そしてパソコン上、フォトショップのツールから、●覆い焼き、○焼きこみ、を使う。
明るいところは焼きこみ、暗いところは覆い焼きをする。もちろん少しずつ。これは、まったくモノクロ銀塩プリントと同じだ。デジタルでは、このテクニックを、カラーでもモノクロでも使える。

そして何より、デジタルではシャープネス、そして、仕上げの修正スポッティング、スタンプツールまである。
これは銀塩時代、印刷のときにしかできなかった。
シャープネスを使うコツは、全体にかけないこと。目とか、まつげとか、部分的使うことがこつだ。

そうやってできた、レタッチ画像(TIFFにする)をプリントしてみよう。
本当は、Jpegで撮った写真は、明るささえ問題なければ、そのまま一度プリントするのがよい。
モノクロプリントでも、最初に、印画紙の号数、露光量、現像時間を決めたら、ストレートでプリントするのが、よいプリントの早道だ。
カメラメーカーが根性を入れコストをかけて、これだって、作っている、JpegFineのストレートプリントは、なかなかよいプリントであるはずだ。
その写真を見て、もっと空を落としたい、顔を明るくしたいと、部分的に焼きこみ、覆い焼きをするのだ。
もう、これは感覚の問題だ。何しろやったことが、すぐに確認できる、デジタルのすごさ。
暗室以上に楽しい作業だ。
モノクロプリントの、おおようさは、森山大道、エルスケンのプリントを見ると、目からうろこだ。こんな風に空を焼きこんでいいの?とか、わざとらしい。いやそれも写真プリントなのだ。ファインプリントばかりが、プリントではない。直感的なプリントが一番面白い。実際、このやりかたでファインプリントだって作れる。

日本カメラではそのほか、銀塩の粒状はデジタルにとって何かも紹介する予定だ。


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2005.09.24

Home Pageについて!

ALAO YOKOGI PHOTOGRAPHSのホームページ、ちょっと整理しようかなと思っている。2000年からはじめて5年、増殖して、わけのわからないサイトになってしまった。見づらいこともたしかだし、今なるべく物事をシンプルに考えようと思っているのに、この複雑怪奇なホームページがだんだん醜く思えてきた。
Blogと違い、データは僕のパソコンに残るので、消えてなくなるわけじゃないが、もっとシンプルでよいと思っている。全面的工事は無理なので、一度削除して、そのなかから必要なものだけを順次UPしてゆくことにする。
といっても、いつその工事を始めるかはわからないが。あっというまにやってしまうかもしれない。

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2005.09.22

Eos5D 1DSMarkⅡ

amricaKiss20D
Eos20 Tamron11-18mm USA

来週あたりに、Eos5Dのテストをする。インプレッションはそのときにまた書くが、プロの機材としての高画素一眼レフカメラの、現在の問題点を書く。
今、その画像については触れない。今のところこれで十分であるからだ。
正直技術者、技術評論家以外、撮影者にとって、あまり画像を問題にしても意味があるように思えない。プロの多くはあくまで印刷の原稿であり、35mmカメラのポジションとしては、十分すぎる画質だ。600万画素クラスのかめらでも、35mmフィルムカメラと考えれば、印刷原稿としては遜色ない。
それだけこの数年でデジタルカメラが進歩したということだ。

この先低価格化(銀塩カメラ並み、だからEos5Dが10万円台とうのが妥当だろう、まあ、1年後とは言わないが、2年後にはそうなっていると思う)と、
超高画素化、4000万画素以上と、二極化するだろう。

超高画素化は、新たなデジタル写真の世界が広がると思う。
何しろフィルムの8x10を超える情報量を持った、実用画像の世界が手にはいるからだ。
そこで初めて、決して銀塩では撮れない、新しい世界が生まれるかもしれない。
もっともそれが、印刷物のようなものには、さして反映されないことが悲しいが、
大判のプリントはでは、その実力を見ることができるだろう。
それはまるでかつてのスーパーリアリズム絵画のような、摩訶不思議な世界が再現できるかもしれない。
しかもフットワークよく、人間の目では決して見えない世界をストップモーションで定着させる。
デジタル画像は、現在の35mmカメラの世界観を越えて、はるかに進化するだろう。

さて、現在の高画素デジタルカメラのひとつ、スタジオで1DsM2を使った。
感想は、まだまだだなっていうことだった。デジタル画像の問題ではない。
もっと、カメラとしての問題点だ。
それは、僕の主義に反して、Rawで撮ったという問題もあったかもしれない。
結局、JpegとRawを同時に記録した。
そして、スタジオではオペレーターを使い、G5を直結して、モニタリングしながらの撮影してみた。
はっきりいって、モニタリングしながらの、Raw撮影はまだ使い物にならなかった。
普通の速度、ワンショットで10こまも撮らないうちにシャッターが切れなくなるからだ。動きのあるポートレイトだったらかなりのカットを撮ることが多い。やはりRowで20こま以上は連続して撮影できないと、35mmカメラの意味はないだろう。まれでちょっとまえのデジタルカメラと同じだった。直結せずに、RawとJpeg同時書き込みにすると、若干多めに撮れるが、連続撮影には向かなかった。
この読み込みの速度は、まだまだ2,30点のできだ。
もちろんJpegで、パソコンのモニタリングすることなく撮れば問題がないだろう。
しかし本当の意味のプロユースと考えると、やはりRawでとる必要があるだろう。
それは、2200万画素クラスのデジタルパックもそうだが、あくまでコマーシャルユースでは、保険という意味でも、JpegRaw同時書き込みが必然だろう。なにしろJpegだったら、すぐにハイスピードで瞬時に見ることができるからだ。Rawでも撮ったものがすぐに見られるようになれば問題ないだろうが。
と書いたが、以前、2000年にデジタルパック、リーフ撮ったとき、パソコンですぐにモニタリングできた記憶があるが、撮影枚数が少なかったからだろうか。最新のデジタルパックは使っていないのでこのあたりはあいまいだが。

5Dは書き込み速度が1DsM2より若干速いようだ。Rawの連続撮影も11枚から17枚になっている。
もっとも僕は5DクラスならやはりRawは使わずJpegのみを使うだろう。露出さえきちんとしとけば、印刷原稿としては問題ないからだ。

僕が35mmのアスペクト比にこだわるのは、
これから超高画素デジタル時代になったとき、
35mmレンズで最適なサイズは何かという提案として書いたのだ。
24x36ではなく、26x32とかが最適かな!
35mmレンズのイメージサークルに納まればの話だが。
近い将来、35mmレンズ群と中盤カメラのレンズ群との、
具体的に言えば、マミヤやデジタルパックとの
超高画素デジタルカメラ戦争がおきるような気がする。
フィルムは、フォーマットによる住み分けがあったが、
デジタルの超高画素化は、サイズに関係なく、情報量を求めるならば平等といえるからだ。
そのときに、僕の言う、35mmのアスペクト比が問題になるだろう。

そしておまけだが。
なぜ、今、Eos5Dが発売されたのか。だそうと思えばもっと早くフルサイズは発売できた。
それは、夢にもAPS-Cサイズが
アマチュア、ハイアマチュア、プロにここまで、認知されるとは
思っていなかったからだろう。
何しろ、プロカメラマンで一番35mmを使うのは、報道とスポーツカメラマンだ。
彼らにとって、APS-Cは、最高のフォーマットだった。
そしてもうひとつ、
APS-Cサイズになり、レンズメーカーの専用レンズが一般に認知されてしまった。
ある意味これは事件だ。アマチュアにとっては、
メーカーのレンズと遜色がないことがわかってしまったのだ。
特に高倍率ズームを、カメラメーカーはあの値段では作れない。
その結果、メーカーの高額レンズが売れなくなってしまった。
その復権のために、フルサイズが必要だったのだ。
35mmフルサイズこそ、純正レンズが必要だからだ。

まあ、それにしても、さっきも書いたけれど、2年後、デジタルカメラはどうなっているか、
心配でもあり、楽しみだ。
低価格化と高画素化。
デジタルバブルの時代が、長く続くことを望む。
早く終われば、銀塩も終わってしまうからだ。


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2005.09.21

危険な遊具

また、遊具で小指を切断した事件があった。日本の遊具はとても危険だ。
世田谷砧公園の、ある遊具も、何度も切断事故を起こしながら、わずかに改良を加えただけで、いまだに存在している。
金属のレールに、スケートボードのようなものが、スライドする遊具だ。スケボーのように乗ったり、座ったりできる。子供には特に興味ある遊具だ。
そして順番を待つ小さな子が夢中になって見ていて、そのレールに手を置く。そこに車輪が通過する。
遊具が危険だとは、子供は思っていない。しかし大人の目から見れば、危険なものだらけだ。なぜそれが放置してあるのだろうか。以前、調布にあるアメリカンスクールの遊具を見た。危険は徹底的に排除されている。いやそれでも事故は起きるのだろう。
現代はあらゆるものが、おせっかいのように、危険を知らせるしくみになっている。こと遊具だけが放置されているのが不思議だ。
子供のころ、危険な遊びをした。どきどきしながら高い木に登った。大人が回転できるような高い鉄棒でグライダー(今は何っていうのか)をした。落下したこともある。でも、危険だということは分かっていた。
子供の遊具でも、そして子供は落下の危険は察知できる。
しかし切断の危険が隣り合わせにあることは、予知しずらい。
道具には使い方がある。危険なものをすべて排除はできない。
しかし、どんなものでも、使い方を誤れば事故は起きる。教師に危険の認知はあったのだろうか。そういうイマジネーションはなかったのか。
子供はさまざまな遊び方を考える。遊具は子供のイマジネーションも考えて、作るべきだろう。
保育園、幼稚園、公園、学校、危険な遊具を今すぐ撤去することはできないだろう。
しかし、危険であるということを、子供たちに知らせる努力はする必要がある。
少しでも危険だったら、やはり監視が必要だろう。
それにしても、砧公園の、あの遊具は今考えてもぞっとする。あんなもの撤去して欲しい。


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2005.09.20

アサヒカメラ10月号 その2

takagikitabatake
July 1970 Fussa Tokyo アサヒカメラ10月号より 

実はアサヒカメラの写真の入稿に際し、原稿は銀塩プリントではない。
昔、1980年代に銀塩RCペーパー四つ切にプリントしたものを、スキャニングし、それをデジタルレタッチ(焼きこみ覆い焼き、などなど再調整)して、キヤノンPixus9100で、A3サイズのプロフォトペーパーにインクジェットプリントしたものだ。
印画紙ではなく、デジタルプリントが印刷原稿となっている。ちょっと実験のつもりでもあるが、印刷してしまえば、銀塩プリントもデジタルプリントも同じだというのが僕の持論だからだ。
写真のオリジナルプリント信仰が現在では強いが、印刷物である本や雑誌が現実的には、写真表現のメインの形態だとすると、きちんと印刷再現されればなんでもよいといえる。だから、画質など単純に高画質である必要もない。印刷で再現できるものには、限界やその時代の技術的な制約があるからだ。いやある意味印刷ではなんでもできると言える。なぜならそれは、今われわれが使っている、PhotoShopのような機能がずいぶん以前から、印刷には備わっていたからだ。印刷ではとっくに色調の調整、シャープネス、スタンプなどなど、さまざまな調整がかなり自由にできたからだ。もっとも大量生産しなければならず、簡単にはできないが。

しかしデジタル時代になり、印刷でしかできなかったこまかい調整が、パソコンでもできるようになったともいえる。しかも印刷は網点という、「肉眼」でも見えてしまうものが、デジタルインクジェットでは、銀塩の粒子と同じように全く見えないものもある。
写真にはモノクロとカラーがある。モノクロはフィルム現像から引伸ばしまで、簡単な設備?があればどこでも誰でもできる。その気になれば、お座敷暗室だって、完璧なプリントを作ることができる。しかしカラーはそうはいかない。ネガカラーは比較的に簡単でも、温度調整など、それなりの設備が必要だ。ポジフィルムは、現像は何とかできても、完璧なものを望めば、個人で簡単にはできないといえる。
そして何より、プリントするときに、モノクロと違って簡単ではない。もちろんネガカラーからプリントする写真家が多いが、だからといってモノクロのように、表現をコントロールするのはかなり大変だ。偉いけれど。
それがデジタルプリントはどうだろう。まるでモノクロの暗室作業のように簡便だ。しかも明るいところでできる。カラーもモノクロも同じように、気に入るまで調整できる。
今僕は、来年の写真展のために、昔の写真をプリントしている。それもネガをダイレクトにスキャニングして、パソコンでレタッチをする。それをインクジェットプリントする。そのデジタル原稿が、果たして印刷に適合するかどうかが、今回のアサヒカメラの技術的なテーマだった。もちろんそれは解決されたと思う。
今回は、四色カラー印刷だった。もちろん一色モノクロ印刷でも色調こそ違うが同じだろう。
かつて多くのネガカラーから銀塩カラープリントをしていた写真家が、今は撮影はネガカラーで、そしてそれをスキャニングして、レタッチしそのままデジタル入稿するか、デジタルプリントにして入稿するかになっている。
僕も、ネガのスキャニング、僕の場合はモノクロネガだけれど、基本的にはこれからは大きなフォーマットに限られるが、645、66、67、45は、ネガフィルムで撮って、デジタル処理することになると思う。
だからもっと、モノクロネガ、カラーネガに特化(もちろん複合でもよいが高性能)したスキャナーがでてきてもいいように思う。
やはりデジタルの最大の弱点は、多きなフォーマットが難しいということだろう。理論的には可能でも、経済学として成り立たないし、フォーマットが小さくとも、情報量はじき、8x10フィルムに追いつくだろうからだ。
やはり、銀塩は大きなフォーマットが残ると思うし、残って欲しいと思う。

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アサヒカメラ10月号

senkyoginza74
1974年7月 銀座  参議院選挙 民社党の演説
全国区でNHKのアナウンサーだった宮田輝がトップ当選。東京地方区で作家の野坂昭如が次点で敗北。

連休中、東京にいなかったので送られてきた、アサヒカメラを見たのは今日。色調は思ったとおりになっていたので少し安心した。
「TeachYourChildren」というタイトルで7p写真4カット。贅沢ではあるが、実際はもっとページがある予定だったので、こんなものだろう。色調が若干濁っているのは、4色カラー印刷しているためだ。通常モノクロは一色のインクだが、カラーページなので色のニュアンスがでた。

先週の金曜日、30数年ぶりに、助手時代の先輩、宮城谷氏に会い酒を飲んだ。彼は同じとしだが助手としては先輩だ。プロの仕事を最初に教えてくれたのは彼というわけだ。彼は、フリーになった直後に、のっぴきならぬ事情で、名古屋に帰り、活動している。
流れて新宿ゴールデン街に行き着く。写真バー、こどじだ。そこに、ヒイラギと美女3人を引き連れたHarukiがいた。美女のなかに何度かあっているモデルの平山りえがいた。いつも気になっているのだけれど、きちんと話をしたことはない。今月のアサヒカメラにも載っていた。彼女のサイトがある。不思議なサイトだ。
そしてゴール街のAquaDeBeberにタカザワとアキギがいた。そのBarの二階では、鈴木泰介が「風景写真」という写真展をやっていた。9月24日まで、03-3205-8239.
撮影した風景写真をおお伸ばししてその前で、作者自身を入れ込み、再度撮影するといった込み入った、不思議な写真だった。

さてアサカメ掲載は、何ねんぶりだろうか。3年ぶり?今の編集長になって初めてだ。立木さんのニューヨーク。どれもデジタルカメラ。特別デジタルだからということはないけれど、発売されたばかりの5Dでも撮っている。
先日、35mmフルサイズデジタルなんていらないと、書いたけど、実はフルサイズは当然好きで、でも本当は1年前に5Dは出て欲しかったなとうのが本心だ。1年前だったら、今のようにAPS-Cに慣れることもなかったろう。
先日書いたことの本心はは、35mmデジタルの将来についてのつもりだった。本当は5Dはどうでもよく、なぜならとてもよくできていることは想像できるが、これは今までの集大成で、さてこれからどうするか、が問題だろう。
僕は、超高画質デジタル一眼レフの未来に、ある種の期待と興味を持っている。
そのときに、24x36というフォーマットが最適なのかというのが僕の疑問であり、違うサイズへ、が主張なのだ。
35mmレンズのイメージサークルに一番適した、サイズは何か?これから4000万画素以上のデジタルになった場合、たいていそれはプロユースであり、印刷したりすることが前提となると、やはりもっと合理的なアスペクト比が、必要だと思っている。ほんとうはそういうことが言いたかったのだ。
さて、ここで選挙のことを書くことはあまりないが、何しろ今回僕は棄権した。ひさしぶりだ。
小泉が勝つと思っていた。まああれほどとは思わなかったが、ワンサイドだと感じていた。
僕はどこに投票するかはいつも全く未定だ。今までにあらゆる政党に入れてきた。共産党、社会党、公明と、民主党、民社党、自民党、等々、その時代の価値あるカウンターに投票するのが主義だ。それがなぜかまったくその気が起きなかった。まあその日、東京にいれば行ったかもしれないが。いなかったので。
自民党でも、民主党でもいいけれど、小さな政府でもなんでもいいけど、自由競争は当然として、それでいて質素な生活者が生きやすくもあるというのが、大切だと思っている。質素な生活者とは、低所得者のことではない。貧乏人のことではない。人間シンプルに、質素に暮らす自由もあるからだ。昔の日本人は質素に暮らすやりかたを知っていた。
本心で言うが、子供時代、物があふれていなかった時代、家のなかには何もなかったけれど、その時代は本当に貧しく不幸だったのだろうか。僕はベトナムに通い始めて、質素につつましく生きている人々が、本当に貧乏でかわいそうな人なのかは、決してそうではないのではないかと思えた。もちろん戦争状態の貧しさではない。己をしり、質素なシンプルな生き方を是認しそれで生きられれば、それこそ感謝の気持ちがわきでるのではないだろうか。
競争の勝利者ばかりが、幸福ではなく、分をわきまえた、素朴な生活者も、幸福を感じられる社会が、やはり理想だろう。そういう自由も必要だろう。

この時代の雑誌+を紹介したWebを見つけた。

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2005.09.16

高田渡 伽藍堂 1974

garandotakadawataru
1974年 高田渡
 なわけで、古い写真を漁っていたら、ぐゎらん堂(伽藍堂)で演奏する、フォークの裏カリスマ、高田渡の写真がでてきた。今年の4月になくなったばかりだ。下の写真、もう一人の歌手の名前は忘れてしまった。だれかお分かりの人がいたら教え欲しい。僕がさほど高田渡が好きだったわけではないが、今神戸で活躍する写真家、北畠健三氏に連れられていったような気がする。彼は高田渡と親交があったようだ。その北畠氏は、今回のアサヒカメラの3枚目の写真に写っている。クルマに乗った右側が北畠氏だ。いまや面影もなく、膨張しているけれど、昔は神戸出身でなかなか女扱いがうまく、もてていた。
アサカメの写真、そのページだけが知り合いで、ほかの写真は声をかけて撮ったものだ。

garando
しば 

北畠氏より指摘

店名は「ぐゎらん堂」です。
もう一枚の写真はシバです。

まだ本屋にあると思いますが、角川春樹事務所発行の「月刊ランティア」の今月号、
『日本の「フォーク」と「ロック」の伝説』という特集です。
その中で「URCのジャケットに魅せられたあの頃」というコーナーに
僕が撮ったジャケットが小さくですが載ってます。
他マニアックな面白いコーナーもあります。
物足りないとこも多いですが。
本屋で立ち読みして下さい。

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アサヒカメラ10月号

今日発売の、アサヒカメラ10月号に、僕の写真が載っている。僕のホームページを見たことのある人は、知っている写真かもしれない。1970年から1975年の間に撮った写真だ。来年、同題の「TeachYourChildren」という写真展を開催することは、以前書いた。1967年から2005年までの写真だ。アサヒカメラの写真はそのなかの一部だ。今僕がまだフリーになる前、1975年までの写真を整理している。僕はプロになったのが1975年だが、それ以前の写真だ。僕が最初に写真を発表したのは、1972年だ。そのときすでにある著名な写真家のアシスタントをしていた。その間もずっと写真を撮っていたが、独立してからは、自分の写真と仕事の写真がどこか分裂してしまった。それが幸か、不幸かはわからない。ただその間も、カメラ雑誌では作品を発表していた。そんな依頼された仕事ではない、個人的な写真を、これから順次発表してゆこうと思っている。
最近、このBlogで古い写真を紹介しているのは、そういうわけであるということです。

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2005.09.14

後姿 その3 茅ヶ崎パシフィックホテル前海岸 その5

chigasaki003
1985年茅ヶ崎 
茅ヶ崎パシフィックホテル その1
後姿 その3  後姿 その1
si_1976
1976年 東京六本木スタジオ 1スタ 
当時の誰かの後姿。当てたらお見事。今でもよくテレビに出てくる人。後姿に肖像権はあるのだろうか?

amiricanheads01 1985年にニコンサロンで写真展「AmericanHeads」を開催したときの、同題の写真。サンフランシスコ
CanonA-1 24mmf2.8 TMAX

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2005.09.13

茅ヶ崎パシフィックホテル前海岸 その4

chigasaki1973

1973年 遠くに江ノ島が見える。このころは、海岸も広々としていた。
茅ヶ崎パシフィックホテル前海岸 その1

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茅ヶ崎パシフィックホテル前海岸 その3

茅ヶ崎パシフィックホテルその1
chigasaki1985-009
1985年9月 茅ヶ崎
さて、この二つの写真が全く同じ場所だと信じられるだろうか。
茅ヶ崎パシフィック前の海岸は僕のお気に入りの場所だった。クルマはホテルの前の広大な無料駐車場に止めた。ただそこはさほど人気のある場所とは言えなった。クルマがなければ不便だったし、波が荒く泳げるわけでもなかった。僕が学生の時にはまだサーフィンは盛んではなかった。くるたびに砂浜が狭くなってゆくのが、気になっていた。それがあるとき突然、このようにヘッドランドという、堤防が作られた。理由は砂浜侵食の防止のためだ。う。なぜ侵食されているか?今はこの部分だけ砂浜は広がったが、ここから江ノ島のまでの海岸は、惨憺たるぐらい砂浜は痩せている。
今は、整備され海岸として、多くひとが訪れるが、これが美しい海岸だろうか。どこか釈然としない

headlandIMG_8413
2005年9月 茅ヶ崎 クリックすると大きくなる

このT-barと呼ばれる防波堤の看板 クリックすると大きくなる。
tbarIMG_8422

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2005.09.09

後姿 その2

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TwilightTwistより Mamiya67 110mm RVP

気楽に後姿の写真を 「後姿 その1」で紹介したが、考えてみると後姿の写真は奥深いと思った。
顔を見せないことによるイマジネーションの自由さに目を奪われがちになるが、もちろんそういう写真、上や下の写真のように、後姿だけで何かを語ろうとするものもあるが、特ににフィールドで撮るスナップショットでは、被写体となった後姿の人間の、その人の目の前に広がる景色を一緒に見ているといった、二重構造になっている不思議さもある。

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花椿 TwilightTwistより Mamiya67 110mm RVP

正面から撮った写真は、被写体になった人は、当然自分の背後に広がる風景を見ることができない。目の前に広がるのは撮影者と、たとえ撮影者を意識しなくても、撮影者の背後の風景を見ていることになる。
そこには、視覚的な交錯、異空間が広がっている。

写真とは当然、単に美的な表現だけではない。
世界や人間の存在、それは目の前に広がる世界と、カメラと、撮影者と、被写体の、偶然なる邂逅であり、そこがフリーズされて残る、それは決して論理的な、数学的な、光学的な、無機的な記録ではない。現実に生きている自分自身と、同じ時代、同じ空間に存在して、無意識だとしても、一瞬すれ違うときに生まれる、現実との相互作用の記録なのだろう。
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ベトナム少数民族 花モン族 EosKissDigital

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後姿 その1

●横木安良夫トピクス(過去分索引)
yoshikawaasami
1983年、代官山同潤会アパートの敷地にて、(現在の代官山アドレス?)当時売れっ子モデルの吉川あさみを撮る。もちろん正面を向いた写真もあるが、後姿は何かと想像力がわいてくる。●トピクスの写真も後姿だ。いまやスナップ撮影では、後姿を撮ることが多い。肖像権の問題もあるし、これからますます後ろ姿を撮ることがさかんになるだろう。スナップ写真は後姿が主流になり、そういうジャンルが確立されるかも。そうでなくても、僕の写真には後姿から撮ったものが多いと気がついた。後姿だけの写真集ができるかもしれない。
カメラ毎日アルバム72(僕が最初に発表した写真だが、後姿のカットがある)
●極東のサンフランシスコ、1時間半で行けるヨーロッパ、ウラジオストクのレポート。そのときにナホトカで撮った写真。
nahoasa1
サイゴンの昼下がりの、後姿の写真
ベトナム、ダラット、ソフィテルメトロポールのレストランのギャルソンの後姿

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2005.09.08

東京に戻り、台風14号について思うこと。

熊本市にいて、14号台風の風も雨もさほどじゃなかったことを書いたが、その夜、外で食べ、ホテルの近くのバーで「なんか大げさじゃないか?」と、話したら、昨年の被害がひどく皆過剰に反応しているということになった。
しかもアメリカのハリケーンの被害のリンクで、テレビがいつも以上に大騒ぎしていたせいだろう、デパートも休み、町は閑散としていた。
それにしても、熊本市内にいた感想と、テレビの騒ぎよう、いや宮崎ではそれほどにひどかったのだが、しかし、なにより山間の、老人ばかりが死んでいることが気になった。郵政民営化とくっつけている陣営もあるほどだ。
いや、それより、どうしてそんな危険なところに老人たちが住んでいるのだろうという、素朴な疑問がわく。
何しろ、名前も垂水。日本の危険地帯は、たいてい危険だという、地名になっている。
さて、危険地帯に住む理由は、二つあるだろ。
ひとつは、かつてはそんなに危険ではなかった。
もうひとつは、便利になり危険なところでも住めるようになった。
公共事業による、ダム、立派な橋、立派な道路ができることによって、それまで安全だった場所が危険になったのではないか。
橋ができ、道路ができれば、今まで住めないところにも住める。
いや、木の橋は洪水で流れるが、コンクリートの橋は、そこがせき止められ、新たなダムになり、水位をあげてしまう。
かつては、水かさが増しても、橋をなぎ倒し、そのまま下流に流れていたものが、どこかでせき止められてしまうことだってありえる。護岸を丈夫にすればするほど、違う災害を呼ぶ。現代の都会の鉄砲水の多くは、コンクリートの護岸のせいだともいわれている。
ずいぶん昔に、テレビドラマ「岸辺のアルバム」というのがあった。
東京狛江にある堰によって、一帯を大洪水にしてしまったことがある。
堰がなければおきなかったらしい。
もっとも、堤防ができることによって、川のそばの低い土地にも人は住むようになる。

・・・・・と、昨日、熊本の山間の旅館でサッカーを見た後だったろうか、それとも今日の朝だったのかな、ディスカバリーチャンネルで、洪水についてやっていた。
堤防に囲まれた国、オランダの話だ。その番組で、タイミングよく、同じように堤防に囲まれた町、ニューオリンズ紹介していた。
リアルな話として、もし堤防が決壊したら水深7mぐらいの水位になり町は水没すると、二階ぐらいまでが水につかるだろうと予測している。
死者の予測は2,3万人にのぼるとまでいう。それは20年ぐらい前の巨大ハリケーンで、南部が大打撃を受けたとき、運よくニューオリンズは直撃にならなかった。もし直撃だったらという仮定、予想の番組でもあった。
それが今回はまったくシミュレーションどうりの結果になってしまった。
いったい、そのときの警告や教訓はなぜ生かされなかったのだろうか。20年間何をしていたのだろう。

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2005.09.07

台風一過 14号 熊本にて

IMG_8216
Eos20D Tamron18-200mm am6:43
台風一過といっても、まだ空は雲で覆われている。それでも少しずつ雲は割れはじめ、じき晴れ渡るだろう。ホテルの窓か熊本城が見える。現在は修復中だという。今日はこれから熊本・杖立温泉に行く。

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2005.09.06

台風14号

IMG_8158
熊本市内 ホテルニッコーより am11:14  EosKissDN Canon50mmf1.4

巨大台風、14号は熊本を通り過ぎた。ただ拍子抜けするほど、熊本市内は雨も風もたいしたことがなかった。唯一通過した後、吹き返しの風が強かったが、思ったほどではなかった。一日ホテル日航にいたが、夕方食事するために外出した。バスはすでに走っていて、アーケードの店は殆どんど閉まっていたものの、開いている店もあった。デパートは休業していたが、ダイエーは開いていた。昨年の台風の被害が大きかったので、みな用心しているようだ。鹿児島の被害が大きかったようだ。熊本県は土砂崩れによる道路の分断ぐらいの被害だろうか。けが人もでた。しかし、少なくとも街は平穏だった。テレビで見る熊本と、こうやって直接見る熊本市内の状態に違和感があった。

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2005.09.05

台風14号から逃れたつもりが、ど真ん中。

台風14号が沖縄に近づき、昨日なぜか、当然次の仕事のためだが、夕方4時半の全日空で長崎に向かった。飛行機が飛ぶかどうか心配で、沖縄での仕事を早めに切り上げ、空港に2時半前についた。どうやら定刻に長崎にゆくとのことで一安心。
昨日は雨を心配し、朝7時から、ある女性歌手を撮影したが、風もさほどではなく、ときおり薄日が差し込み、順調に撮影を終えた。
昼食をとっていなかったの、ひとりでロイヤルでパーコー麺を食べる。出発ロビー待合室で、チアリーディングの選手権?のテレビ中継があり、そのアクロバティックなテンポのよい演技にしばしみとれていたら、いつのまにか出発時間になった。
風も強く、滑走路の向こうには、白波の立った海が見える。つなわたりの移動。運がよかったと一安心した。
定刻に長崎空港につき、先乗りしたライターN氏と合流。長崎の町まで行った。マジェスティクkホテルという、グラバー邸の近くの、まるでヨーロッパのプチホテルのような、しゃれたホテルに宿泊。ベッドルームからバスルームが窓でつながっていた。風さほどではなかったし、雨も降っていないので、チャイナタウンにゆき、夕食。まあ、こんなものかといったところ。長崎は10年ぶりぐらいだ。今までに5,6回きている。N氏は初めてとのことで、ちょっくら思案橋に行ってみたが、橋はなく、しかも日曜の夜、閑散とした通りだった。ホテルに戻りパソコンで写真の整理をして寝る。
1時ごろ酔いがさめて目が覚め、思い出したようにデジタルカメラで撮った写真のセレクトをした。1時間ぐらいで再度寝る。目が覚めたら7時。だらだらしていたら、N氏が朝食を食べようとノックする。グラバー邸に行ってみないかとのこと。ウエスタンスタイルの朝食後、二人とも手ぶらでグラバー邸に。雨がぱらぱら降ってきたし、財布もなかったので、戻り出発。嬉野に行った。撮影後、今日は熊本に行く。
ということは、まるで台風の進路だ。長崎から熊本までは、強風でレンタカーもふらふら。ところが熊本に着いたら
嵐の前の静けさ。いまは夕方ホテルの窓から見る景色は、風もない。今、台風は、鹿児島、宮崎、明日は撮影ができそうもないので、このホテルでカンズメ状態になるだろう。窓からの定点写真でも撮ろうかな。


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2005.09.03

沖縄にいる

実は、実は今、沖縄にいる。台風が向かってきている。明日の夕方、那覇から長崎にゆくつもりだけれど、可能だろうか。でもなるようにしかならない。明日の午後まで撮影があるからだ。考えても仕方がない。さてどうなるか。今日は、数回スコールのような雨が短時間あったが、おおむね曇り、時々強い日差しがあった。東京より光は強いが、種類の違う暑さだ。アジアの気候。東京の暑さは、コンクリートにたまった熱の暑さ。これから夕食に行く。

アメリカのハリケーン、あのあたりはハリケーンの通り道だが、今ひとつわからないのが、どうしてあのような被害になったかだ。史上最大のハリケーン。
そうなのだろうか。突然襲ったわけじゃない。毎年巨大なハリケーンがやってくる場所だ。ただ、ただ想定外なのだろうか。

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2005.09.02

横木安良夫Blogトピックス

横木安良夫Blogトピクス
nonumazuushiro
Contax645 80mmf2.0 RDPⅢ Sep.2001 Numazu Shizuoka

Eos5D発売 35mmフルサイズデジタルなんていらない!?

岩根愛 グループ展
1970年 船橋無線送信所跡
千葉県市川市、国立国府台病院 1970年
写真展 Teach Your Children 2006年1月
●茅ヶ崎パシフィックホテル その1
1967年 市川駅
あゆの恋 ネットアイドル すがやあゆみ

写真の粒子、ノイズ
写真お見せ方、コンポジット
TeachYourChildren
●盗み撮りについて

写真ジャンルの羅列です

ART PHOTOGRAPHS & NEWS 写真プリント販売について、考えるサイト

写真の粒子について Grain その1
その2
●粒子のあるデジタル写真

アート・フォトって何! ギャラリーブリッツにて
アートフォト、インテリアフォト

●デジタル写真で何ができる その1

その2
その3
オリジナルプリント販売について
オリジナルプリント販売とは? その1
その2

●盗撮、盗み撮り、キャンデットフォト、スナップ写真 その1
●盗撮、盗み撮り、キャンデットフォト、スナップ その2
その3

●ロバートキャパのピンボケ写真と、僕のピンボケ写真

エミリーブロンテ 「嵐が丘」 の舞台で、かつて撮った写真

●EosKissDigital Nを 6歳の娘に奪われた その1

●デジで本 アサヒカメラで評論

3月3日から12日まで、アメリカウエストコースに行った。
超広角レンズのゆがみを取る方法?
●なぜオーバーランするの JR西事故


「ロバートキャパ関係」strong>●
ロバート・キャパIN SAIGON
リチャードウイーランの伝記では、キャパは、1954年4月、日本滞在後、バンコクからハノイに行っていると書かれているが、実際はサイゴンから、ベトナムに入っている。
■「ロバート・キャパ最期の日」のBLOG
キャパ・イン・カラー写真展開催中 その1はここをクリック
●「ロバート・キャパ最期の日」本の紹介
●ロバート・キャパ最期日の書評など
1954年4月13日、日本到着から5月25日地雷を踏むまでのロバート・キャパの足取り
ロバート・キャパ写真展「ロバート・キャパ・イン・カラー」 その1に行く

「コダクローム関係」
●コダクロームについてのblog「僕のコダクローム」ポールサイモン
●「僕のコダクローム 真行寺君枝」a>
●「僕のコダクローム 沢田研二」
「阪神大震災関係」
「M7.3子供たちがみたもの」TOP 阪神大震災から10年、当時まだ幼く何も語らなかった彼等は今十代になり、震災について何を重いっているのだろうか。その本についてのブログ。
「写真関係」
デジタルで撮れない大型カメラの世界 その1

2mフォトグラファー、小堀正一

「ポラロイド関係」
ポラロイド195ランドカメラとネガつきポラロイドモノクロフィルムType665

「そのほか」
怪獣映画「ゴジラ誕生50年だったな」
流行通信
40年以上も前のクリスマス
ベトナムのモデル1
ベトナムの女優写真
ベトナムNo.1の歌手、ミイ
タム

ベトナムのモデル2
ピンクレディ キンスマ
ピンクレディ2
若いお巡りさん
横木安良夫のHomePage
横木安良夫のプロフィール 詳細をUPしています
デジタルカメラで作る、本格的な写真集の作り方「デジで本」

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2005.09.01

Eos5D 35mmフルサイズデジタルはいらない!

●Canon Eos5D 発売!! 35mmフルサイズデジタルはいらない!?

1967ginzanevy
Ginza 1967 オリンパスペンSネオパンSSS

この写真は本文と全く関係がありません。ただフォーマットという点で関係あり。カメラはハーフサイズのオリンパスペンS。1963年、市川駅前の写真店で買った。ビニールレザーのつんとした匂い、接着剤の匂いだろうか、昔のカメラはどれも、においがあった。

●Canonから、Eos1Ds,1Ds2に続いて、ついに5Dが35mmフルサイズで発売される。
「あー、遅かったな」というのが素直な感想。もう2年も前に、この値段、いや倍の値段でも発売してくれれば、必要と感じたかもしれない。

35mmフルサイズは、亡きコンタックスデジタルが600万画素ながら、値段と性能に負けた。
僕はずいぶん前から、EosD30がでたときから、そのCCD(CMOS)を二つ並べた600万画素でフルサイズが欲しいと思っていた。デジタル35mmも、フルサイズじゃなければと思っていた。
しかし、その間にデジタル一眼の主流はAPSサイズになっていった。
僕はAPSサイズになかなか馴染めなかった。いつも中途半端な気持ち、
過渡期だと落ち着かなかった。
ただ、600万画素は、気に入っていた。35mmフィルムと同等の雰囲気を持っていると思っていたからだ。
それ以上の高画素化は、35mmというより、120フィルムブロニーのような、ぬめっとした質感に写ってしまう。
35mmの代わりのカメラとして、僕にはしっくりこなかった。

●写真はなんでも高画素、高画質になればいいのではない。
高画質になることによって失うものもあることを知らなくてはならない。
モノクロプリントにしても、ファインプリントばかりがモノクロプリントではない。
モノクロプリントが、すべてアンセル・アダムスのような、美しいプリントになったら気持ちが悪いじゃないか。
情報が少なければ、「スピード感」がでる。情報が多ければ重厚だ。いや鈍重ともいえる。

●僕はもともと、さまざまなサイズ、フォーマットのカメラを使っていた。35mmは、35mmであり、
6x6は6x6、4x5は4x5独特の世界があるのだ。
粒状性だけを求めて、大判カメラを使うわけではない。
35mmは、6x6や4x5の代用には絶対にならない描写性がある。フィルムではそれは厳然としたものだった。
巷で言われるように、大型カメラになると、もちろん情報量が増えるだけではなく、ピントの浅さ、描写性の違いがある。そんな細かいことではなく、並べてみれば違うことはすぐわかるだろう。
拡大すれば、一緒!いや拡大しても決して一緒じゃない。

●さてピンホールカメラのことを考えてみよう。
ピンホールカメラにはある必然的な大きさがある。
なんだって、必然的な大きさがある。蟻があの大きさなのも、人間の大人がこの大きさなのも。
もちろんカメラオブスキュラだったら、“部屋を使った巨大なカメラ”も可能だ。
もともとは部屋から発想されたものだからだ。
しかし、問題はレンズの代わりの穴、ピンホールだ。物理的にも光学的にも、最適な大きさがある。だからあまりに小さなピンホールカメラは難しい。
ピンホールの変わりに、レンズを使用する、近代カメラオブスキュラができあがり。そしてフィルムが発明された。すると、そんなに巨大なものは作れなくなった。
ちょうどよい大きさに落ち着く。
そして、小型化が進み、銀塩カメラの全盛期が訪れた。

●さて、大型カメラの優位性とはなんだろう。
ピンホールでもOKなフィルムサイズでは、特別高性能なレンズでなくても、きちんと写真が写るということだ。
だから大型カメラは決して、精密機械なんかではない。

8x10ポジフィルムをルーぺで覗いた経験のある人は、さして多くないかもしれない。
ルーペで覗くと、35mmとは別世界の、ボケボケの世界に驚くだろう。
大型カメラとはそれだけ優雅なものだ。
逆を言えば、35mmレンズはF-1のレーシングエンジンのように、究極にチューナップしたレンズともいえる。
しかし印刷してみると、大型カメラで撮ると、35mmとは全く違う世界が定着している。
大型カメラの超広角レンズは、35mmのようにゆがんだりはしない。それは工学的に無理のないレンズだから。
この銀河系、太陽系、地球、という、3次元の世界ではものの大きさには、自然の摂理が働いている。
だからルーペで覗けば8x10はボケボケでも、手にもち、肉眼で見ればはっきりと写っているのがわかる。あたりまえだ。
同じ距離で、35mmフィルムを手に持ち、肉眼で見れば何が写っているだろうか。あたりまえだが、ディテールはわからないはずだ。
拡大したりしなければ、見えない世界と肉眼で見える世界は違う。
このことは単純なようでいて、とても重要なことだ。

●さて、さて、銀塩カメラの優位性の最大のものは、その経済性だ。
35mmフィルム1本を、6こまずつ切って、並べてみる。するとちょうど8x10フィルムと同じぐらいのフィルム面積になることがわかる。
そしてその35mmフィルム一本と、8x10フィルム一枚の値段はほぼ同じだ。しかも現像代も同じぐらい、カメラだって35mmカメラと、8x10カメラは変わらない。
それだけ銀塩の世界は平等なのだ。
だから、撮影者は、コストに関係なく一番自分の表現に合ったカメラを使う。
金を出せば、高画質のデジタルカメラとはそこが違う。しかも銀塩は、10年持つのはあたりまえ、50年現役のカメラだってある。

デジタルは逆立ちしたって、銀塩のような平等性はない。
撮像素子は、大きさによって格段の階級性がある。
しかしそれでも、いまや、デジタルカメラ時代だ。
デジタルは35mmフルサイズぐらいから、極小カメラまでが適正だ。
銀塩カメラから見れば、スパイカメラのような携帯電話カメラはいまや日常ではないか。
まあ、ある意味、小さいほうに向かって言えば、デジタルはかなり平等だ。
しかし、ルーペが必要な世界は、と不要な世界とは違う。

●僕はいままで、銀塩時代にはさまざまなフォーマットのカメラを使用してきた。
大きなカメラを使うにあたって、じつは情報量、粒状性を望んで選ぶということはほとんどなかった。
それより、大判カメラの、35mmカメラにはない、描写性を重視していた。(雰囲気とでもいうのか)
逆を言えば、なぜ35mmカメラを使うかといえば、機動性ばかりではないということだ。
35mmカメラで撮ったように、らしく描写してほしいと思うからこそ、35mmを使った。
もちろん動体を撮るのに35mmは必然だった。
特にオートフォーカスになってからは、スピーディな撮影は、35mmカメラの独壇場だった。

だからこそ、デジタル時代になったときに、僕は35mmの代用として、デジタルに求めた。
ところが、フルサイズはなかなか発売されなかった。コスト、経済学の壁があるからだ。
それでも先に書いた、コンタックス一番早かったろうか。そしてEos1だ。
ところが、Eos1、1100万画素をテストしてAPSサイズ630万画素のカメラKissDと比べ、特別アドバンテージがあるように思えなかった。コストは10倍だ。
しかもデジタル家電だ。銀塩カメラのように何十年も(僕は30年以上使っているカメラがある)使えるわけではない。それなのに、100万もするカメラを買うやつは馬鹿だと僕は思っていた。
残念ながら僕はとても原価償却ができない。
僕はAPS-Cで十分だと思いはじめていた。そんなこんだするうちに、すっかりAPS-Cに馴染んでしまった。
人間とはなんて、あきやすく、順応しやすいのだろう。
いつのまにか、35mmカメラの代用、代用といういいかたは好きではないが、機動性メインカメラはAPS-Cデジタルになったしだいだ。

●だからもう、35mmフルサイズデジタルはいらない!!!

なによりもカメラメーカの高額レンズが、APS-Cサイズカメラでは宝の持ち腐れでCanonは、危機感を持ったのだろう。なにしろ、レンズメーカーのレンズは、かつてアマチュア以外見向きもしなかった。しかしいまや、誰でもテストができるので、高倍率ズームが実用上全く問題ないことを知ってしまったのだ。そうなると純正レンズを誰が買うのだろうか。やはりその答えは、35mmフルサイズなのだろう。

●だからって、35mmフルサイズデジタルはなんかいらない!!

といったところで、実は、僕は大型撮像素子を持ったデジタルカメラが不要だと言っているのではない。
超高画素デジタルカメラには興味しんしんだ。銀塩カメラにはない、雰囲気の写真が撮れるだろう。

2200万画素のデジタルパックが今あるが、35mmフルサイズデジタルも、じきその領域、いやそれ以上、8x10フィルムを超えるような情報量の、デジタルカメラの出現も遠い未来のことではないだろう。
そんななかで今、一番近いのは、マミヤのデジタルだろうか。と思いつつ、さて、と思う。マミヤデジタルのあの大仰さ。レンズの種類だって多くない。
さて、これから本題だ。

●35mmフルサイズデジタルカメラなんていらない?

先日あるコマーシャルでEos1Ds2を使用した。スタジオ撮影、2200万画素のデジタルパックのチョイスもあったが、なにしろレンタル、パソコンとオペレーターつきでも、僕が払うわけではない。僕は実用としての、1Dsを試すべく、撮影はRawとJpegを併用した。しかしパソコン直結で撮ると、すぐにカメラは止まってしまった。連続10枚も撮れるだろうか。このへんはデジタルパックのほうが優れているといわれているが。
パソコンと直結せずに使えば、もちろんもっとスムーズに撮れるが、デジタルのよいところは、撮りながらにして確認できることだ。まして広告。アートディレクターとの共同作業だ。スタジオでの撮影ならば、パソコンで確認しながら撮るのは当然だろう。1DSスピードに関してはまだまだだと痛感した。

いや、問題はそんなことではない。なぜ、僕は銀塩時代、スタジオで35mmカメラを使わなくなったのだろうか、と思いをはせた。
それは、フジフイルムのベルビアが発売され、コダクロームを使わなくなってからだろいうか。いや、そうではない。
スタジオでポートレイトを撮るとき、35mmの24x36mmというフォーマットが使いずらいからだった。それでも35mmコダクローム25、64を使いたいときは、35mmを使った。しかしエクタクロームPでもよい場合ならば、6x6か、そしてついには、僕のメインカメラはマミヤの6x7になった。なぜならば、人物縦位置を撮るとき、2:3のフォーマットはあまりに縦長すぎたからだ。というより、横位置で使うときはそれほどでもないが、ポートレイトやファッション写真のほとんどは縦位置写真だからだ。
そうなると、実用上、印刷物のフォーマット上、天地切ることになる。
いや問題は、2:3のフォーマットだと、無駄が多すぎるということだ。
それは6x6の無駄とは違う。6x6ならば左右が切れることを頭に入れればよい。ところが35mm縦位置は天地で合わせると、左右の余裕がついなくなってしまうからだ。いつも実用上、仕上がりサイズを頭に叩き込む必要がある。まぬけに天地に余裕を持たせて撮ることになる。左右の余裕は写真にはさほど影響ないが、天地を空けると、なんと間の抜けた写真になることか。
さてここからが僕の、主張だ。

●今までの35mmフルサイズはいらない!!!!!

いまや、デジタルでは細かいフォーマットは無意味になった。
フィルム時代のマウントもない。自動現像もない。それなのになぜ、35mmフルサイズ、2対3にこだわるのだろう。
かつてニコンSには、24x32というサイズで発売された。40枚撮れるとかの理由だが、
しかし、アメリカで、マウント、自動現像の事故があいつぎ、結局24x36mmにおちついた。

映画やテレビは常に横位置で見る。
しかし写真のほとんどは、プロの仕事において、特に人物撮影では、縦位置が多い。

マミヤの6x7は新設計のレンズを発売するのだろうか。いや、645や、67のレンズを代用するのだろうか。
さて、35mmである。

●提言と結論

確固たる世界遺産の35mmレンズシステム。
このレンズに最適のデジタルカメラのフォーマットはなんなのだろうか。
同じ面積からだったら、フランジバッグ、ミラー、の再設計は必要だとしても、3x3cmの正方形フォーマット、いや実用的にだったら、645相当、26x34mmのサイズ、いや35mmのイメージサークルから割り出した、無駄のない最大サイズのフォーマットはないだろうか。

そんなサイズのカメラを、どこかがださないだろうか。前提として、35mmのレンズシステムを持っている必要があるが。
そうなると、デジタルパック、マミヤDなどと比べ、格段の性能を持った、新しいフォーマットの高画素デジタルカメラができるのではないだろうか。

だから、今までの35mmフルサイズ(24x36)フォーマットはいらない。

なぜならば、高画素カメラはプロ機材であり、実用カメラでもある。
35mmレンズの新たな挑戦、可能性にもなるだろう。
しかも今までの35mmカメラの大きさ、技術をきちんと使える。

1200万画素以上のデジタルカメラは、銀塩の35mmと雰囲気が違うという問題。
描写が、重厚すぎる問題。それはすでに中盤カメラの写り方だ。

ましてこれからの、35mm1600万画素超のデジタルカメラは、
中盤デジタルカメラやデジタルパックと同じ土俵で戦うようになるだろう。
4000万画素超のカメラも時間の問題だ。そんなときに、今の35mmフルサイズフォーマットの
意味があるのだろうか。
あじるように、35mmフルサイズデジタルはいらないと書いたが、
本当は、未来に向けた、超高画素、35mmデジタルカメラのフォーマットについて、
24x36mmを問題にしたかったのだ。
Eos5デジタルはいい。1200万画素だ。まだ35mmの範疇である。
しかし将来、35mmレンズシステムを使用した、合理的ないフォーマットが必ず求められるだろう。

★そういう意味で、新しいフォーマット、
NEW35mmレンズ用フルサイズ・デジタルカメラの出現を望む!!!!

注 
デジタル専用レンズでなければって発想は、写真を撮らない人の考えること。
カメラメーカーや、技術評論家に踊らされている。
こんなレンズじゃデジタルカメラの性能が発揮できない。
やれやれ。
きっちり写るばかりが写真ではない。完全な発色がなんだっていうんだ。
そういうレンズこそ、商品撮影には不向きでも、
自分にぴったりの描写かもしれない。レンズの性能で写真を撮るのではなく、
どんな「くそレンズ」だって、個性ともいえる。
写真家はレンズやカメラの技術者ではない。昔はそうだったかもしれない。
それでも、写真の先駆者の、世界が画像として定着した感動を思えば、
レンズの性能、カメラの性能ではなく、世界がストップモーションで定着する、
たった170年前に、人類が獲得した感覚のひとつ、
その感動こそが一番大切だと気がつくだろう。

●過去の写真関係、粒状性、などなどインデックス

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Eos5D 35mmフルサイズデジタルなんていらない!

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茅ヶ崎パシフィックホテル TeachYourChildrenその2

茅ヶ崎パシフィックホテルその1
chigasakiPhotel01
茅ヶ崎パシフィックホテル 1985年9月
chigasaki003
茅ヶ崎パシフィックホテル前の海岸 1985年9月
chigasaki1985-009
パシフィックホテルの前の海岸はすっかり様変わりしている。知らないうちに海に堤防が築かれ、遊歩道ができ、人工の砂浜が出現している。かつて豊かな自然の砂浜があったというのにだ。それができる前、そういえば前兆があった。砂浜がずいぶんとやせたなという思いだ。昔の茅ヶ崎の海岸は豊かな砂浜だった。泳ぐには適していなくても、広々とした砂浜は気持ちがよかった。砂浜がやせた原因はいろいろあるだろう。鳥取や、静岡の砂丘が、年々なくなっていくのと同じ理由だろか。特に静岡の砂丘はいまや絶滅状態だ。潮流が変わったというが、ほんの20年間で簡単に消えてしまうものだろうか。多くは、埋め立てや護岸工事のためだろう。やせた砂浜を食い止めるため、再び沖合いにテトラポットを沈める、悪循環だ。日本の海はいまやどこも、沖合いにテトラポットの堤防が囲んでいる。いまや取り戻すことのできない自然の風景だ。

パシフィックホテル関連
金子功ピンクハウス百貨より

茅ヶ崎パシフィックホテル その3


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