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2005.10.12

不許可写真 その5

girlsinmotionshibuya02

不許可写真と題していて、不許可としているのは、僕自身だ。といいなが、載せている矛盾。いったい誰が、写真の掲載の許可をしているって、あくまでそれは自分の問題であり、これはパロディでしかない。

肖像権の問題の一部として、街頭での撮影について考えたい。
一番嫌われるのは、一眼レフカメラに立派なレンズの場合だろう。どう見てもカメラが目立つ。しかし、ひとたび望遠レンズで遠くから狙えば、誰を撮っているのかわからい。立派な機材は、プロの仕事、取材だと思い、圧迫するほど近づいてこなければ、無視できる。それは撮影者と被写体の距離も問題かもしれない。標準レンズの距離、3mから5mの範囲が、撮るほうも撮られるほうも緊迫する。
かつて、スナップの職人たちは、早業で被写体に気づかれないように撮影した。ドアノー、ブラッサイ、ブレッソン、キャパ、エルスケン、木村伊兵衛。皆空気のように獲物に近づき、瞬時に撮る。カメラはコンパクトな、ライカのようなレンジファインダーだ。シャッター音も小さい。撮影後、相手に気づかれたら、軽く会釈するとロバート・キャパは語っていた。今でも、東京の街で、一眼レフより、ライカのほうが、被写体にはやさしいのかもしれない。
実はウエストレベルの中盤カメラも、被写体にやさしいカメラだ。キャパの多くのスナップ写真は実はローライで撮られている。誰かがお辞儀をしながら撮るので、礼儀正しい撮影方法だと言った。僕はハッセルをよく使っていたが、あるときに子供になぜ地面を覗いているの?と言われたことがある。自分が撮られているとわかっていないのだ。
アイレベルの一眼レフカメラがやはり一番圧迫感があるのだろう。イメージもシューティング、望遠レンズをつけると銃で連射しているようだ。かつて、工学メーカーは、軍事産業の一員だった。国家にバックアップされ、航空機のように戦争によって進化した。それが戦後、平和の企業、ベトナム戦争では平和の武器になった。そのため今や戦争取材は、規制されている。武器は国家のものだ。
やはり35mmカメラは、戦争でも、平和でも、武器のようなイメージがある。男性的なフォルムが好かれる。35mm一眼レフ以外は、どのカメラも割りと女性的だ。
街で35mm一眼レフで撮られると、射抜かれたような気がするのだろう。村上龍の駄作映画、「ラッフルズホテル」で、主人公のカメラマンは、カメラを連写することで、女優をエクスタシーに引き込んだ。35mmのシャッター音は、一部の男たちの間では、男性性の象徴のように思われている。(村上龍の小説は好きだけど、映画はつらい。それでもKYOKO以前までは、すべて見た。こんどこそは、こんどこそは、と思っていたが、さすがにKYOKOは、予告編を見て、見る気がしなかった。)
街で一眼レフに、ワイドレンズをつけて、三脚にセットする。群集のなかでもいい。カメラは覗かない。レリーズをつければ完璧だ。するとどうだろう、皆以外と気にしない。覗かないといつとっているかわからないからだろうか。それとも、撮られている圧迫感がないのだろか。もっとも、何しているのと声をかけてくるやつはいる。街を撮っているとでもいえばいい。
上の写真は、渋谷の駅前だ。カメラは4x5という大型カメラだ。リンホフテヒニカだ。レンズは65mmという超ワイドがついている。僕は何かに上って少し、ハイアングルにしている。大型カメラと三脚、しかも夜。歩いている人からは夜でも僕の姿は見えている。しかも僕はハンディのストロボをつかっている。真ん中にたっているのは、モデルだ。正確には被写体。
20枚ぐらい撮影したが、後ろの人がもっとはっきり写っているのもある。大げさな撮影だが、誰もなにも言わない。もっとも、撮影は5分もかからないすばやいものだ。ストロボはともかくとして、大型カメラもまた、被写体に圧迫感を与えないのだろう。大きさではない。蛇腹のついた、クラシカルな造形が人に優しいのだろう。
ふと、街の撮影をしていて、不思議だなと思うことがある。それは、ビデオ撮影だ。スチールの場合だと、撮っているときに露骨にいやな顔をする人がいる。撮るなよと眼をつける。ところが、ビデオだと皆無表情だ。ビデオの特権。ビデオだと、拒否した態度、不快な表情をするとそのまま撮られてしまうから、あきらめて表情をかえないのだろう。ビデオは時間も撮っているので、ココロの変化を晒したくないからだろうか。
さて、まだまだ、スナップ撮影のシチュエーションはあるだろう。これからも考えてゆきたい。
スナップがやりにくくなったのは、やはり「盗撮」ピーピング、といった、性犯罪的なイメージからではないだろうか。かつては、カメラを持っていて恥ずかしい気持ちはなかった。本当に自分を守る武器に思えたときもあった。
まあ、そんなことにめげずに、普通のひとたち、被写体に無断でなってくれている、人たちにも認知されるような写真(も)撮って行く必要があるだろう。


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