肖像権と写真展「Teach Your Children」
●肖像権について、必殺勤人氏からトラックバックがあった。そこに日本写真家協会の明確な指標が書いてあった。実は僕はそこの会員だった。やはり肖像権と表現の自由という、二つの相対する権利のせめぎあいだ。先人の、膨大な素晴らしいスナップショットに乾杯!彼らがいるからこそ、今スナップ写真を撮れるのだということを。
●前回のブログで、来年1月の写真展「TeachYourChildren」のプレスリリースを紹介した。
僕が撮った、1967年から1975年ごろまでのモノクロームの写真を展示する。
1958年3月 「二人のKenji 」 撮影横木安良夫
1958年4月 これを撮った僕は、小学校3年生だった。当時きちんとネガを整理していたはずなのに、今はない。どこかにあるのかもしれないが。
●上の写真と、今回の写真展は関係ありません。
僕は大学に入った、1967年から本格的に写真を撮り始めている。
そのずっと以前、小学校3年誕生日まえに、ベスト判サイズのおもちゃのようなカメラを、(キャパの取材の時に、偶然全く同じカメラを静岡の写真屋さんで見つけ、カメラの名前をどこかに記したが、今ちょっと見つからない)、
そして翌年、3月に、当時話題だった子供用カメラ、フジペットを買ってもらった。
当時はフィルム代も現像代も高く、それほど頻繁に撮影したわけではなく、何かのイベントのときに単発的に撮っていただけだ。最初に撮ったのは、3月16日、家族で上野動物園にいった時だ。
それから中学の就学旅行前に、オリンパスペンSを買い、中学、高校と時折撮っていた。
以前にも書いたが、僕の家の、一件隣が写真屋さんだったので、カメラを始めた小3ぐらいから写真のあがりの過程をみたりして、写真に触れてはいた。
しかし、写真は気まぐれに撮っていただけで、本格的には始めたのは、大学に入った1967年、18歳の春だった。
今、その頃の写真を見ると、ビギナーズラックのように、面白い写真がたくさん見つかる。もともとあまり、今でもそうだが、構図などは考えるほうではないが、何も見えていないので、興味のまま、フレーミングしてシャッターを切っているだけだが、かえってそれがよかったようだ。しかし次第にさまざまなことが見えてくると、構図的であったり、してつまらない写真が増えてくる。
大学1年のとき、ひとりで親戚のある福島に行き、安達太良山縦走、磐梯山を登った。山小屋に泊まり、安達太良山山頂付近で、日の出を見て美しさに感動し、興奮しながら50mmレンズでモノクロ4本を撮りまくった。
結果、モノクロの写真には、がっかりした。目に映った感動は、少しも写っていなかったからだ。そのとき、美しいものを撮るとはなんと難しいと思った。
特に美しい景色、しかも有史以来普遍的に存在する、誰が見ても美しい景色を、小さな写真に押し込めるなんて、無意味な気がした。自然の風景はどんな大きく引伸ばしても、スケールは表現できない。
美しい景色は、写真に撮るより、
「自分の目で見て、心のなか、記憶する」ほうよいと気がついた。それいらい、美しい自然の風景写真はほとんど、撮らなくなった。テーマはいつも、人の気配だからだ。
今回の写真展は、
1967年から1975年の独立する前後までに撮影したものだ。すべて写真は個人的なもので目的意識のないものだ。いや、自分の目の前に通り過ぎる、現実の痕跡を残したかっただけだろう。写真を自己表現とは明確に思っていた。そのなかから1972年にカメラ毎日に発表した。
このやりかたは、1975年に独立して、プロの写真家になったときに、崩れてしまった。
日常のスナップは続けていたが、それまでのように、気持ちは入っていなかった。唯一海外に出かけたときだけ、仕事とは別に写真を撮りまくったぐらいだ。
75年以降の国内での写真には、それまでとは明確に線が引ける。それは僕の興味の対象が、日常の記録というより、商業写真やファッション、有名人の撮影と移っていったからだ。特にファッションや、コマーシャルは、今では考えられないぐらい、ポップなことであり、現代アートとして先端の仕事のような気分だった。
そんなとき、独立して10年目で、仕事以外の写真、スナップ写真の写真展、「Day by Day」を新宿に今サロンで開催した。やはり僕はスナップ写真が一番好きなことをそのとき知った。
今回の写真は、そのとき発表した写真を含め、さらにネガからスキャナーし、デジタルプリントした写真を発表する。
今、昭和の時代ブームのようだが、僕は3,40年前のこの時代を懐かしんで発表するわけでない。たしかに写っているものは、僕の世代にとっては、懐かしい思い出かもしれない。
いや、僕が撮りたかったのは、そんな昔はこうだったという表層ではなく、あの時代の「気分」を撮りたかったのだ。その気分とは、今でも同じように僕の心に流れているし、それは今の若い人にも十分伝わるものだと思っている。「昔はよかった」とかではない。昔も今と同じように、重苦しかったし、今と同じように刹那的だった。学園紛争があるまで、いわゆる熱い世代のように言われるけれど、その熱い時代以前、僕らの世代は、「「しらけ世代」と呼ばれていた。ちょうど大学一年とのときに、アングラ(いまでいうインディーズ)から颯爽とメジャーデビューしたフィーク・クルセダーズの「帰ってきた、よっぱらい・・・・おらは死んじまっただ」がぴったりとした気分だった。その音楽をききながら、三億円事件を聞いた。
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Comments
こんばんは。
勝手にTBしたのに紹介して戴き、ありがとうございます。
「サイゴンの昼下がり」は好きな写真集の一冊です。
今後も宜しく御願い致します。
Posted by: photo_artisan | 2005.11.12 01:00 AM