2005.12.29
恵比寿写真同好会忘年会
RICOH GR Digital ISO800 BW JPEG











●恵比寿写真同好会に興味のある方は、HarukiのSiteを見てください。MIXIの会員の方は、そちらで探しください。
●横木安良夫写真展「TeachYourChildren 1967-1975」
僕が、18歳から26歳のまで、プロ写真家としてデビューする以前の銀塩モノクロ写真(ネガ、プリント)を、スキャニングしてEPSON MAXART PX5500でデジタルプリンした作品です。VELVET FINE ART PAPER A3ノビ120点、他に150点ほど展示しています。(他にA1サイズが10点)
2006年1月10日~2月25日 アート・フォト・サイト・ギャラリー
3月 1日~3月16日 京都ギャラリー
今日は、写真展用の大判プリント、EPSON MAXART PX7500を、渡部さとる氏のところでプリントする。
昨日、アートフォトサイトで、仮の搬入、レイアウトをしたが、やはりそこで、大判のプリントが必要だということになった。実は写真展は1月10日からだがアートフォトサイトは、セッティングが終わっていないのに、昼間は開いていてお客さんが来るという。仮の展示ながら皆興味深々だという。近くの人は覗いて、最終的にはどんな風な展示になるのか見るのもよいと思う。
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2005.12.27
1月10日からの写真展の「銀塩デジタル・ハイブリット・モノクロ・プリント法」を、日本カメラ2月号、1月20日発売で紹介している。
オリジナルは、30年以上も前の、モノクロネガ。

DEC.1968 横田基地 福生 東京 オリジナルコンタクトプリントをフラッドベッドで、この場合カラースキャニングしている。

ネガを、フィルムスキャナーでスキャニング。無修正。
手を加えない、ストレートプリントも、古臭く味があるが、現代のプリントにするためには、手を加える必要がある。モノクロスキャニングはゴミを拾う。多くの時間がゴミ除去に使われる。しかし、写真を撮る行為は、現実を凝視することにならない。いくら凝視しても写真にはならない。何よりシャッターを押さなければ、写真にならない。そのかわり写真を撮ったら、その撮った写真を凝視することが重要だ。2次元になった、そこには違う世界が存在している。
かつてモノクロ暗室プリントで、多くの写真家は、自分の写真とじっくり対面した。デジタルプリントでも同じように、ゴミ取りのような一けん無意味な作業に思える行為も、自分の写真と対面する、貴重な時間になる。

フォトショップ上で、まるで暗室作業のように、焼きこみ、覆い焼きをして、手を加える。もちろん明るさの調整はしている。シャープに見えるが、シャープネスはかけていない。弱くノイズ(粒子)を入れていることにより、調子がそろい、シャープになる。そして焼きこみなどで、手を加えることによって、メリハリができる。最後に、ウエッブ用にYを足している。
このやりかたは、GRDのような現代のデジタルカメラでも応用できるし、BLOGで紹介している。
GRDのモノクロ写真は、同じように手を入れている。
そのことによって、自分の好みの写真に仕上げられる。
●カメラで”世界を能天気に再現するため”のスキル(技術)なんて、商業的な意味しかない。(確かに金になる)。自然は美しい。貧しい人は可愛そうだ。都会は非人間的だ。現代人は病んでいる。戦争は悪だ。もちろんそうでもあるが、単純にいえないことばかりだ。
写真は、写真を撮ったことによって、判断停止しやすい。いや、このテーマだったら撮る前から判断を停止しているだろう。写真は証拠あつめの機械?になりさがる。
●カメラという機械で世界を、圧縮し、凝縮し、その二次元になった世界を見ることによって、現実世界を再確認する。決して現実世界の再現じゃない。
そのことを意識的になるためにも、さまざまなスキルが必要だ。
まわりくどいが、モノクロ写真を思いどおりに変容させることとは、そういうことなのだ。
●横木安良夫写真展「TeachYourChildren 1967-1975」
僕が、18歳から26歳のまで、プロ写真家としてデビューする以前の銀塩モノクロ写真(ネガ、プリント)を、スキャニングしてEPSON MAXART PX5500でデジタルプリンした作品です。VELVET FINE ART PAPER A3ノビ120点、他に150点ほど展示しています。
2006年1月10日~2月25日 アート・フォト・サイト・ギャラリー
3月 1日~3月16日 京都ギャラリー
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2005.12.26

伊豆半島 GRD ISO200 昨日の夜は静岡でも突風が吹いた。山形では列車転覆事故があった。富士山の雪は少なく静岡は日本で一番気候のよいところなのだと思った。そのぶん地震があるが。車からノーファインダーで撮る。
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2005.12.24
2005.12.23
日芸のフォトポエムの先輩、名古屋在住の写真家、青山達雄さんからメールをいただいた。
僕がGRDのストラップいいのないかなって、書いたからだ。青山のさんのGRVにつけているストラップ、フジのKLASSE用のストラップをわざわざ注文して、付けいているようです。たしかにかっこいい。これは注文すればあるのかな?ちょっとストラップを変えるだけで、品良くなりそうです。

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2005.12.21

純正のストラップは、ハンドタイプとネックタイプがあり、ネックタイプは大げさで使う気になれなかったし、僕は首からカメラをかけておくのが好きなので、ずっと探していた。と、今日、家庭用のD VIDEOを撮る必要があり、みると長いストラップがついていた。VIDEOだけ撮るということはなく、スチールカメラも併用するため、無理やり長いストラップをつけていたのだ。携帯にでも使うような、シンプルな、安いものだろう。いつからつけているのか覚えていない。こりゃいいやと、ビデオは、GRD純正のネックストラップをつけ、GRDにそれをつけた。これは僕には良かった。外づけファインダーをつけていない僕は、ノーファインダーで撮る以外、まるで携帯のようにディスプレーを見ながらの撮影になる。するとどうしてもブレやすい。この長め、45cmのストラップは、ぐいと引っ張り、テンションをかけると、ブレずらくなる。首からさげてもじゃまではないし、そのまま胸ポケットにも入る。

女子大にあった、屋外用テーブルとイス ISO400 Jpegモノクロモード
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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
●2006年1月10日~2月25日 アート・フォト・サイト・ギャラリー
●3月1日~16日 京都ギャラリー
GR-Digital 番外

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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
●2006年1月10日~2月25日 アート・フォト・サイト・ギャラリー
●3月1日~16日 京都ギャラリー

GRD bw JPEG ISO800

GRD bw JPEG ISO800

GRD bw JPEG マクロ
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2005.12.19
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」

19DEC.2005 AOYAMA
GRD ISO800 モノクロモード JPEG
PhotoshopElement +Yellow Noize4% etc. 横 72dpi 800pixelにリサイズ
GRDでモノクロ撮影したとき、僕はフォトショップエレメントで、青色を弱く、ということは補色の黄色を一番弱くしてたしています。その黒の色が僕は好きだからです。ウエッブ上のモノクロ写真のほとんどは、イエローを足しています。
銀塩時代、とくに昔は、リキッドタイプの現像液、定着液はなかったので、粉末から溶いて使っていました。モノクロ現像で一番コントロールが難しいのは、黒の色なのです。印画紙の号数によって黒が違います。また、現像時間、そして定着時間によっても、黒の色が変わります。同じときに時間をシビアに管理しながら定着すると、同じ黒になりますが、違う日に現像したとき、一番違うのは、黒の色です。 だから調子をそろえる意味もあって、調色(トーニング)をします。
デジタルのモノクロにすると、パソコン上でも気に入った黒にはならず、まして通常のプリンターでモノクロをカラープリントすると、黒の調子を一定にはできません。 僕の場合は、そういう場合、原稿をカラーにして、カラースキャニング原稿だったら、一度彩度を完全に落としてから、わずかにYellowを足します。たいていはそれで、気に入ったプリントができますが、ただ、空のグラデーションにわずかな色の浮きでることが、あります。
EPSONのPX5500はそこを、クリアーした最初の汎用機でしょう。その、5500のノーマルな黒、純黒調もわずかに、アンバーぽいといえます。僕はそれが好きなので、そのままの設定にしていますが、好みで変えることも5500だったらできます。
森山大道さんが、デジタルのレタッチを否定的、日本カメラ上で書いてますが、本当に否定しているとは、僕は思っていません。なぜなら、銀塩プリントのときに、ストレートなプリントを森山さんは決してしていないからです。森山さんの銀塩プリントは、アンセルアダムスのゾーンシステムから考えたら一番遠くにあるやりかたですが、森山さんはプリント方法のタブーをやぶった先駆者でもあります。まあ、なりゆきかもしれませんが。なにもせずそのまま、はあくまでひとつのやりかたです。
ただ、デジタルのマニアックな、まるで合成写真を作るような、レタッチは、僕も大嫌いです。第一楽しくない。料理を計量しながらするなんて、つまらないでしょう。
デジタルのレタッチは、暗室ではなく、明室作業と同じだと思えば、自由に何をやってもいいのではないでしょうか。特にデジタルのモノクロは、銀塩の暗室作業と同じように、とても感覚的に、リアニにやることができます。明るさやコントラストの調整だけですませるのは、あまりにも初歩的であるし、機械的です。自分の好きな調子、決して合成ではない、プリントは暗室以上に楽しいし、簡単です。
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GRD ロスの空港で、Korea Vietnam Veteranと記された帽子をかぶる老人にであった。朝鮮戦争とベトナム戦争両方に兵士として戦った退役軍人だ。
●2006年1月14日から2月19日まで、東京都写真美術館で、「発掘された不滅の記録、1954-1975 VIET★NAN ベトナム、そこは戦場だった」という長いタイトル写真展が開催される。
ベトナム戦争は、ジャーナリストの戦争でもあったといわれている。アメリカ軍は取材にたいしてかなりの便宜をはかったからだ。一ノ瀬泰造のような、一匹狼でも前線での取材が可能だった。アメリカはまだ自由主義の旗手として自信に満ち溢れていたせいだろう。しかし不利な戦局も報道され、写真のメディアの持つ個人性が、反戦気分をあおったこともあり、写真家が自由に取材できた最後の戦争になった。いや、いまや戦争は写真に写らない時代ともいえる。この写真展は、今までアメリカ軍側からの写真がベトナム戦争の写真だったが、その反対側から撮られた写真も多く発表されるという。キャパの本を書いているとき、ベトナム写真家協会の会長と会ったとき、北ベトナム側の多くのジャーナリスト写真家が死んだと聞いた。そのとき、両面からの写真展をやったら意義があるなと思っていたら、同じ考えの人がいたわけだ。
そしてなぜか、その写真展に僕が1994年に撮った、サイゴンの昼下がりの、アオザイの女性の写真が展示される。戦争が終わり、平和な時代の象徴としてだろう。
●僕の今回の写真展「Teach Your Children1967-1975」は、まったくこのVETNAMの写真展に含まれるものだ。悲惨な戦争が繰り広げられているとき、高度成長期の日本では、ベトナムにシンクロした学園紛争はあったが、やはりベトナムは他人事だったように思える。写真展の開催時期が重なるので、同じ時代、日本が、そして日本の若者がどうだったのか、ぜひ僕の写真展も見て欲しい。同じ時代の写真だからだ。
●僕が1994年のベトナム行きから、すっかりベトナムにはまりこんだのは、このベトナム戦争の時代があったからだ。「サイゴンの昼下がり」を書き、「熱を食む、裸の果実」を書き、「ロバート・キャパ最期の日」を書いたのはすべて、繋がっているというわけなのであります。
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2005.12.17

実は、こんなに、非オシャレ的に僕はGRDを使っている。外づけファインダーシューをパーマセルで塞ぐといった按配だ。カメラ好きに怒られそう。しかもGRDIGITALの文字まで隠して。ああなんておちゃれじゃないんだ。実はストラップは長いほうが好きだ。ポケットにも、そして首からつることもできるので。携帯にでもつけるような、細めの長いのないかな。成田で買ったやつは、感触が悪く、やめて、結局最初のままにして使っている。撮影はたいてい、P、プログラムだ。なにしろ、パンフォーカスだ。絞りを触る意味はない。感度は400。明るければ200。画質サイズは、F3:2 8Mがいうなれば、ライカ版、2対3のアスペクト比だ。仕事上はこのフォーマットはやりずらいけど、スナップや風景のときのこのサイズは好きだからだ。ファーカスは、通常はスナップモード、接写や寄り気味のときは、マルチAF。測光方式はマルチ、連写はoff、画像設定、白黒、オートパワーオフ5分、ブザー音すべて、操作音量は通常は、一番小さく、スナップのときは、音は切ることもある。画像確認時間、2秒。カード連続NO.はon.ざっとこんなものだろうか。僕はあんまり綺麗なカメラが好きじゃない。なぜか汚したくなる。
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先日、火星大接近のときに、特別撮影した写真、なわけないか。GRD 28mm ISO200 MEXCO
GDRを使い始めて1週間。1000シューティングは越えたと思う。
日本カメラ1月号では、特集もされているし、ブログでもかなり作品も紹介されている話題のカメラだ。
僕の写真、TeachYourChildren2000-2003も10p紹介されている。
そこでGRDのファーストインプレッションを。
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
●最初、僕はあまりこの話題のカメラに興味がなかった。
というのは、CCDが小さく、普通のコンパクトデジカメとの違いが分らなかったからだ。僕はもともと、コンパクトデジカメに興味がなかった。日常をカメラで記録する意味でメモ撮影する気持ちがないからだ。デジタルカメラを始めたのは遅く、CanonD30からだ。それまでライターたちがメモ代わりに持っていても、なんとも関心がなかった。それは僕が普段撮っている写真と同じ土俵にあるとは思えなかったからだ。ただ記録するために、写真を撮る気がもともとないせいだと思う。
●しかし銀塩のコンパクトカメラは、大好きだった。
それは一眼レフとフィルムは同じ、サイズも同じで小さく、安価でも僕の考える同じ土俵のカメラだからだ。GR1も使ったことがある。
来年1月に開催する写真展、「TeachYourChildren1967-1975」、僕が18歳から26歳まで撮った写真をまとめていて、かなりの写真が一眼レフカメラではないカメラを使っている。ハーフサイズのオリンパスペンS、コーワSWという28mmf3.2のついた距離計のないカメラ、とうぜん撮影は目測で距離を合わせる、もっともF8以上絞ればパンフォーカスになるので、距離を3mに合わせて撮った。それからレンジファインダーのCanonP。そして僕のカメラではないがライカのM4.助手時代は自分のカメラを持ち歩くわけにいかないので、ミノルタのハイマチックをポケットに忍ばせていた。
●写真展用のモノクロフィルムをスキャニングして、レタッチを加えているうちに気づいたことは、モノクロ35mmフィルムのカラーと比べた情報量の少なさだった。もちろん微粒子フィルムを使えばかなりの情報量がある。しかしカラーと比べたらずいぶん軽い。モノクロの魅力はこの情報量の少なさなのだ。
世界から、時間や空間、色、音、匂い、触覚、嗅覚、を高度に圧縮した結果がモノクロ写真なのだ。
そのミニマムな世界観で見える世界。それがモノクロ写真の魅力だ。
簡単に言えば、昔のTri-xや、1967年に撮った、オリンパスぺンSで撮ったフィルムを、レッタチそしてプリントしていて、こんなに情報量が少ないのに、なんでこんなに能弁な雰囲気のある写真がプリントできるのか、それは目からうろこだった。
●モノクロ写真は圧倒的に情報量が軽量だ。カラーの三分の1ぐらいだろう。(もっと少ないかもしれない)RawだJpegだという議論も、それはほとんどが色の情報で、グレースケール情報は、かなり小さなことを知った。ならば、CCDが小さいだけで、実際は800万画素もある、GRDのようなカメラはなんなのだろうと思ったのだ。
たしかに大きなCCDを持っていれば、当然一眼デジカメのように、背景をぼかしたりと自由度がある。色彩の情報量も違うだろう。
しかし、僕が銀塩時代に35mmモノクロに求めていたことはなんだろうと思うと、情報量ではないことは確実だった。
●僕は35mm銀塩時代、トライX、T-maxをD76微粒子現像ではなく、フジのパンドール増感現像液を使っていた。それはなぜかといえば、ISO800ぐらいで撮れるし、増感してもコントラストが高くならず、粒子が均等に荒れて、そのタッチが好きだったからだ。アンダーの写真も、オーバーの写真もプリントしやすかった。ブロニーサイズはずっとD76で現像していたので明らかに35mmモノクロに求めていることが違っていたようだ。だからもともと僕は35mmモノクロには情報量より、雰囲気を求めていたのだ。
●GRDの話に戻すが、そう思うと、GRDのCCDの大きさが、気にならなくなった。ワイドでパンフォーカスはあたりまえじゃないか。いや800万画素もあると、かえって情報がありすぎのような気さえした。こんな小さなカメラなのに、ヌメット写って欲しくないなと思いさえした。
●だから写真展用に昔の銀塩モノクロをスキャニングして、レタッチし、プリントすると
きに僕は絶対に粒子、粒状感、(フォトショップ的にいえばノイズ)を重視した。スキャニングで乱れた粒状を整える意味もあったが、写真にとって粒状感は、「メディア」だと思えたからだ。
●だから、GRDのばあいも、モノクロプリントするさいには、かならず粒子を入れる。
銀塩の粒子とは違うが、僕はこれが「フェイク」だと思っていない。これは写真のなかのひとつの武器であり、「メディア」なのだ。そうやってテストしてみると、銀塩モノクロとと変わりなく表現できることを確認できた。それで、今GRDにはまっているのだ。
●GRDの良いところは、小さいことだ。光学ファインダーを内臓しなかった潔さ。僕は撮影中、外づけファインダーも使わない。背面のディスプレーも切る。ほとんどノーフィンだーのような撮り方になる。撮るときにはカメラの天を基準に合わせ、まるで空中にファインダーがあるように撮影している。きちんと構図を撮るときは、背面のディスプレーを点灯してカメラつき携帯のように撮る。外づけファインダーが嫌いなのは、ポケットに入らないからだ。小さな平らなファインダーがあればつけるかもしれない。測距モードは当然スナップだ。接写とアップの時にはマルチAFだ。
●問題は、ディスプレーをつけないと、ストロボの確認などができないことだ。それによくストロボスイッチを触れてしまい、突然発光することだ。
画質的には問題ない。もう少し明るくF2.0ぐらいあるといいなと思う。ISOはたいてい400にしている。
事故というか、パニクッったのは、記念写真を撮ろうと、三脚につけたら、ディスプレーが大きくゆがんでしまったことだ。三脚のねじはゆるゆるでつけないと、影響を与える。ああ、こわしちゃったと驚いた。がゆるめると直った。
あとは耐久性かなと思う。
●僕はしばらく、GRDにはまりそうだ。それにモノクロ撮影にもはまっている。写真展のせいもあるが、最初に書いたとおり、僕はモノクロで写真を覚えたので、モノクロこそが自分のものという気がするからだ。モノクロ写真で撮ると、スナップの作品に思えていた。デジタルになってから全くモノクロスナップをしなくなっていた。それがまたモノクロを始めた。カラーで撮ってモノクロではなく、最初からモノクロで撮ることが僕は好きだ。それは、世界そのものを記録しようとしているのではなく、僕が遭遇した世界はカメラによってどんなふうに見えるかが最大関心事だからだ。
●写真は読むのではない。理解するのものでもない。
●写真は、撮り、感じ、そこに写っているものを体全体で受け入れる。
そしてそれぞれが自分の心と頭で、そこに写っているものは、何のかと考えるメディアなのだと僕は思っている。
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2005.12.16
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
日本カメラ1月号に、TeachYourChildren2000-2003が10ページの載っている。1月に開催する写真展は僕が、18から26歳までの写真で、すべてモノクロ写真だが、同じテーマでも、最近まではカラーで大型カメラを使うことが多かった。この号には、GRDにつてい、田中長徳と森山大道が語り合い、なんとBlogを中心に写真を発表しているHanaさんのことも記事になっていた。最近の日本カメラはとても面白くなっていると思う。もっと、もっと、メリハリよく、今の写真や情報がたくさん載るといいなと思っている。

★どの写真も、クリックすると大きくなります。
とてもチャーミングな、日本人女性の愛車。彼女はここに来て1年、そのまえにたった一ヶ月半のスペイン語特訓と運転免許を取った。いまやスペイン語はかなりのものになっている。
今回の撮影は、メキシコ、バハカリフォルニアのなかほど、とある場所での広告写真だった。撮影は正味一日半。強行軍でもある。その場所へは、ロスからサンディエゴまで、45分かけてプロペラ機で、サンディエゴからメキシコ国境はクルマで抜け、それからふたたび目的地までは、週に3便という小型ジェット、10人の乗りで行く。そこには600人のメキシコ人のなかに、現地副社長であるKさん夫婦。彼らの3歳のバイリンガルなおしゃべりの娘さMちゃん、20代なかほどのキャリアウーマンAYさん、家族を日本に置いて奮闘する男性の計5人の日本人が住んでいる。

日本では決して見ることのできない、スケールのなかの景色。

サンディエゴのヒルトン・ガスランプは、絵やリトグラフではなく、多くの写真が飾られている。写真のほうがモダンな感じがするのは、なぜだろう。

どの写真も、高品質のデジタルプリントだった。
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2005.12.15

GUERRERO NEGRO MEXCO DEC.2005


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2005.12.12









01 東京ー成田 エアポートリムジン
02 JAL 機内
03 ロスアンジェルス空港ロビー
04 ロスアンジェルス空港トランジットロビーのクリスマスツリー
05 サンディエゴ行き
06 サンディエゴ行き
07 サンディエゴ着陸
08 サンディエゴ到着
09 サンディエゴ HILTON SAN DIEGO GASLAMP
RICOH GR-DIGITAL モノクロモード
どうしてモノクロモードで撮るのか。カラーで撮ってパソコンでモノクロにすればいいのじゃないか、って?
もちろんそうだけれど、気分が違う。
モノクロで世界を見ることは、カラーで世界を見ることとは違う。
最初からは、モノクロで世界が見えないだろうけれど、
たくさんモノクロ写真を撮ると、世界はモノクロームで見え始める。
そのとき気づくことは、光と影、と意味、空間。配置。形。動き。まだまだたくさんあるけれど、
それでも現実世界を、肉眼で見て、感じるとことから考えたら、ずっと要素が少ない。
少ない要素、音もない、においもない、触れない、味もしない、時間もない、色もない、ないないずくしから見えてくる、何か。
モノクロームで世界を見ると、何かいつもと違うことが、発見できる。
最初から、モノクロームで見ることは、そのモードに自分をおくことになる。
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
TOKYO-LOS ANGELES-SAN DIEGO-TIJUANA-GUERRERO NEGRO-TIJUANA-SAN DIEGO-LOS ANGELES-TOKYO
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2005.12.11
●閉店してしまった、六本木 THE HUNBERGER INN
All Photographs RICOH GR DIGITAL
ハンバーガーイン
六本木グルメ
ハンバーガーブログ
六本木の歴史




後ろにかつてのワンダーバーがある。今は店名が変わっているのかな。20年ぐらい前、六本木落ちあうにはここで待ち合わせた。

Blogは、海外ロケしかもネットがつながらない可能性があるため、一週間ぐらい休みの予定。
その分、GRDで撮りまくってくる。それでは皆さん、ごきげんよう。
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
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2005.12.10
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
写真展のために、昔の写真をデジタルプリントするうちにすっかり、モノクロづいてしまった。
GRDを手に入れ、数日撮りまくっている。
六本木のハンバーガーインは、昔からひっそりとOPENしていた。僕が入ったのは、数えるぐらいしかないだろう。僕が若かった、30年ぐらい前でも、今回アップした写真を見ても、特別流行のばしょではなく、ずっと六本木の街のアウトサイダーのようだった。ずっと続いているのが、不思議な店だった。外国人ははいりやすそうで、夜になるといっぱいのときもあった記憶がある。それがこんなふうに、閉店するなんて、さびしいね。
六本木ずっと見続けてきた、店、唯一なんじゃないかな、まだアマンドがあるか、もうだいぶ前になくなっちゃったけど、パブカーディナルもなくなり、香妃苑、誠志堂は改装、離れてキャンティ、ピザのニコラス、六本木は昔、いまでもそうかな、夜の街、若い金のないものにとっては、さほど行くところはなかったけど、今はいろんな店がたくさんあって、夜でも格別ににぎわっているけどね。
●六本木の歴史
バーガインを背景に、外国人を撮る。ほんの20分ぐらのあいだに、くるわくるわ、外国人の通り道なんだなここは。

いつだったか、改装してからは一度も入ったことはなかった。いや、バーガーインに入ったのは、いつごろだろう。若いときには、あんがい高いと思っていた。うん、20年ぐらいまえに何度か入ったことがある。店内の細かいところは覚えていないが、殺風景な店だったと思う。誰か、この店に思い出のある人、ディテールを覚えている日といるかな。




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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」


2005年12月10日 閉店したバーガーイン

1972年 六本木、ハンバーガーインが、画面の左側に写っている。
六本木を通ったついでに、バーガーインに寄った。外から何枚も写真を撮る。次のBLOGで、紹介する。カメラはすべて、RICOH GRD モノクロ撮影 明日から、強行軍でメキシコ、バハカリフォルニアのゲレドネグロに行く。のでのんびり、Blogを書いている場合じゃなけど、バーガーインのことをどうしても、紹介したくて書く。明日の用意ははぼ8割、東京が2時発なので、わりとのんびりとしている。バーガーインを知ったのは、学生の時だ。入ったのは助手時代、六本木にオフィスがあったので、よく前を通った。なかで食べた記憶はさほど多くはない。それより裏のほうに、ロックをがんがんにかけた、Bar?があった。深夜仕事を終えてからなんどか通った。
ふとバーガーインを撮った位置を見あげると、偶然、ドンキホーテが作ったが、昨日開業しないことが決まった、ハーフループが目に入った。なんだ、ここのことか。近隣の住民の反対ってなんだろう。こんなところに、近隣の住民がいるとは知らなかった。まあ、理由はそれだけじゃないだろうが。

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2005.12.09
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」

1972年 六本木、ハンバーガーインが、画面の左側に写っている。まだロアビルができる前だろうか。
昨日、六本木に行ったとき、ハンバーガーインが、貸店舗になっていた。
昔の六本木の唯一の名残。それが消えてしまうのかもしれない。昨日は歩きながら、1カットだけ撮ったので、ちょっとブレている。今度行ったときに、きちんと撮ってみようと思う。

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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」

三宿の交差点で信号待ちに撮る。5時にD社に行く途中。今日はそこらじゅうが渋滞だ。GRDの気分がなんとなくわかってきた。ファインダーなんて見なくてもいいかなってとこ。外づけもいらないかもしれない。ただ、つけたほうがファニーだから、このカメラを見た人はなごむのかもしれない。
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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」
GRDNewBWSnap2005

GRD ISO200 クリックすると大きくなる。
家の近くの八百屋。まだ、GRD感じがつかめない。けど、ノーファインダー撮影で撮る。というか、ほとんどノーファインダーになってしまう。
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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」

GRD モノクロモード ISO800 5.9mm 28mm相当 オート撮影 粒状は、横木式です。
写真をクリックすると大きくなります。
先日、赤城君と京都で会ったおり、彼がGRDを持っていた。少し触って、ひらめいた。というのは、今、写真展のモノクロをデジタルプリントしていて、かつては35mmカメラでも、絞り込んで、パンフォーカス撮影していたときのことだ。今のようなオートフォーカスの時代ではない。スナップと撮るときには、ワイドレンズをF8以上に絞り、距離は3mに固定。そうやってピントを合わせず、ひたすらシャッターを切ったものだ。しかも今回の写真展には、オリンパスペンSで撮った、ハーフサイズの写真もある。それをISO1600ぐらいに増感している。粒子は荒れるし、調子も良いとはいえない。印画紙に焼くのは難しくとも、デジタルならば、もちろん手をいれるのだが、(そのへんは、日本カメラ2月号、1月20日発売を読んでください)素晴らしく美しくあがる。
だったら、CCDの小さな、GRDだって、800万画素だ。35mmサイズのアスペクト比にしているので、もっと少ないかな、情報量はきっとまけてないはずだと思い、さっそく使ってみることにした。
その写真の1枚が上の写真だ。
昨晩は、小説家、矢作俊彦の忘年会だった。文春から発売される「悲劇の一週間」という分厚い小説の舞台はメキシコ、というわけで六本木、バーガーインの裏の、メキシコ料理屋。なんとバーガーインは売りにだされていた。また六本木から、かつての文化?が消えてしまう。
それはさておき、矢作俊彦もさておき、店内は暗く、さすがにiso800でもなかなか難しく、ストロボを使ったりしたので、充電不足のため、すぐに電池切れ。ザンネーン。
電池切れになる、直前に撮ったのが上の写真。
手は、モデルの五島恵理子さんだった。美しい指。
GRDのモノクロは、使える。もっとも小さすぎて、いつもやるような地下鉄車内の撮影はこわくてできなかった。普段は、盗み撮りとしても、どうどうと1眼レフでカメラの存在を誇示しながら撮っているが、さすがGRDで撮ると、盗撮のような気になってします。時代は変わった。昔だったら最高だったのに。それでも、その小ささは、盗み撮りしなくても、自由自在で楽しそうだ。
日曜から、ほんの6日かん、メキシコに行く。正味3日、あとは往復の移動。そこで使ってみるつもりだ。
下の写真は、やはり矢作の忘年会での、S.Kさん。美女である。

GRD ISO800 のまま ストロボ使用 もちろんYOKOGI式デジタルマニュピです。
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2005.12.01
●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」


EPSON-5500 EPSON PROFESSIONAL PAPAER VELVET FINE ART PAPER
●このポストカードには、約130点の写真が使われています。
実際の写真展は、セレクトした約400点のなかから新たに150点を選び写真展用にEPSON PX-5500にて、デジタルモノクロプリントとして制作します。このやり方を、日本カメラ2月号、1月20日発売で紹介する予定です。
●プレスリリース概要
横木安良夫写真展「Teach Your Children」1967-1975 のサイト
現在、コマーシャル、エディトリアル分野で活躍する一方で、作家としてもその著作が注目されている横木安良夫(よこぎ・あらお)の写真展を開催いたします。タイトルの『Teach Your Children』は、彼が当時に愛聴
していたロックバンド、クロスビー・スティルス、ナッシュ&ヤングへのオマージュでつけられました。
●本展では横木がプロデビュー前の1960~70年代にかけて撮影した都市生活者のドキュメント約100点が展示されます。若かりし横木は、自分の感覚に忠実に、またポップで軽いセンスも持って高度成長期の日本を撮影しています。それらの写真には当時の浮ついた気分と雰囲気が見事に写しこまれています。皆が共通の夢を持てた時代のイメージは、いまでは強烈に懐かしく感じられます。
展示作品は全て高品位デジタル・プリントで制作されます。30年以上前に撮影された未発表のアナログ写真がデジタル・テクノロジーで現代に蘇ります。今回、横木が過去の作品を新たに発表するのは、原点復帰して今一度素直に好きな写真を撮りたい、という宣言でもあります。
アート・フォト・サイト・ギャラリー 担当 福川
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●横木安良夫写真展 「TEACH YOUR CHILDREN 1967-1975」


●このポストカードに約130点の写真が使われてます。実際の写真展は、セレクトした約400点のなかから新たに150点を選び写真展用にデジタルモノクロプリントします。このやり方を、日本カメラ2月号、1月20日発売で紹介します。
●プレスリリース概要
横木安良夫写真展「Teach Your Children」1967-1975 のサイト
現在、コマーシャル、エディトリアル分野で活躍する一方で、作家としてもその著作が注目されている横木安良夫(よこぎ・あらお)の写真展を開催いたします。タイトルの『Teach Your Children』は、彼が当時に愛聴
していたロックバンド、クロスビー・スティルス、ナッシュ&ヤングへのオマージュでつけられました。
●本展では横木がプロデビュー前の1960~70年代にかけて撮影した都市生活者のドキュメント約100点が展示されます。若かりし横木は、自分の感覚に忠実に、またポップで軽いセンスも持って高度成長期の日本を撮影しています。それらの写真には当時の浮ついた気分と雰囲気が見事に写しこまれています。皆が共通の夢を持てた時代のイメージは、いまでは強烈に懐かしく感じられます。
展示作品は全て高品位デジタル・プリントで制作されます。30年以上前に撮影された未発表のアナログ写真がデジタル・テクノロジーで現代に蘇ります。今回、横木が過去の作品を新たに発表するのは、原点復帰して今一度素直に好きな写真を撮りたい、という宣言でもあります。
アート・フォト・サイト・ギャラリー 担当 福川
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