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2006.01.15

日本経済新聞朝刊 写真展紹介

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●Teach Your children 1967-1975 写真展 (1月10日より2月25日) pm1:00より7:00
日曜、月曜 休廊
アート・フォト・サイト・ギャラリーBlitz

●写真展の内容

さて、今日は、昼頃からかなり強い雨が降り出した。いつもなら、自転車でギャラリーに行くところだが、さすがにタクシーで行くことにした。2時過ぎについたら、この土砂降りの中、3人ほどお客さんがいた。そしてその後も、びしょびょしょになった人や、子供連れ、友人と続く。雨さえ降らなければもっときたろうか。しかも目黒通りからは歩いて5分ぐらいかかる。バスで来る人はさらにぬれる。
車でくるかたは、ご注意。
目黒方面から来る場合も、環7方面から来る方も、油面(あぶらめん)の信号を、南に向かって曲がらないと、一方通行が多いのでたどりつかない。
油面の信号を入ったら、一つ目の信号を右折。二つ目の十字路左側に、白いしゃれたアートサイトギャラリーBLITZがある。短い間だったら、前に止まれるけど、保障の限りではない。油面から入ると、右側にパーキングがあるので、長居のかたはすすめる。なにしろ、皆写真を見始めると1時間以上いる。2時間もいるひとがいる。これは新記録だ。
いや今日は、こんな嵐のような日に、多くの人が尋ねてきて、本当にうれしかった。しかも何人もの方が写真を購入してくれた。
以前、このギャラリーを主催する、福川氏が言ったことが、脳裏に焼きついている。
写真を買う人は、当然欲しいと思うから買う。それはその作者の、世界観を共感することによって、多くの写真から、一枚の自分だけの好きな、自分の家の壁にふさわしい写真を所有しようと思う。
もちろんブルースウエーバーのシルバープリントは50万以上する。そういう写真が飛ぶように売れる。それは、ブルースウエーバーにはすでに大きな世界観があり、それに共感するのは当然として、アメリカでのアート市場での彼の位置づけでもある。残念ながら日本には写真のアート市場は存在していないので、かってに値段をつけていることが多い。
写真を購入したいと言う意欲は値段ではない。150円の絵葉書だった、共感できなかれば買わない。
欲しければ、何十万、何百万でも買う。まあ、高額なものは、コレクターだったり、投資の対象でもある。
さて、写真を買うと言う行為はなんなのだろう。
写真は、複製芸術だと言われるが、現実にプリントすると、一点一点厳密には同じものはない。大量にストレートプリントを機械的焼けば、同じものが量産できるだろう。
しかし、作者のコントロールしたプリントは、一枚として同じものはない。
だから、銀塩シルバープリントは、その価値から比べ、市場性があるものはともかく当然高く売れるのだが、全く市場性のないものでも、安く売ることはできないのだ。
そこが写真の銀塩オリジナルプリントを売り買いする場合のネックだ。
だから、本当は市場が価格を決めるはずなのに、何の意味なく、平気で10万、20万の値段がつけてしまうことになる。タレントが撮ったものは、それでもいいが、そこにはファンがいるし、世界観の共有、自慢ができるからなりたつことだ。それ以外の、市場性はないが、何しろ日本には何度もいうが写真のアート使用がない。素晴らしい写真も、値づけは、てんでばらばらで基準がない。し、それは誰も保障してくれないから、その値段はいいね、全く意味がない。
それでは、プリントを買う人は、一部のコレクターに限られるだろう。とうぜん、写真家の撮ったものより、有名人が撮ったもののほうが、価値が出たりするし、高く売れる。(同じことをくりかえしているが、小説家の本より、タレントの本のほうが売れるのとおなじだ)
さて、さて、さて。ここにインクジェットプリントが登場した。
これはとても、写真にとって画期的なことだ。
そのことによって初めて、写真は、リトグラフと同じような、本当の意味の複製を市場に提供することが可能になったからだ。
インクジェットの最大の利点は、作者が100%作品をコントロールすることができる、作者の狙い通りのプリントが可能になったということだ。銀塩写真は、完全にコントロールできていないことが、魅力であることも事実だ。
しかし、デジタルプリントは違う。100%コントロールされてこそ、意味があるのだ。
しかも、まだまだ進化するよちは、多大にある。
それは、高精度印刷物よりも、高精度だ。印刷は所詮網点の世界だが、インクジェットは、写真と同じように、粒子だからだ。
だから今回の写真展は、実験場でもある。
1967年から1975年という、日本の近代のなかでも庶民レベルで変革期、多様で、エネルギッシュな時代だ。そのなかで、僕は事件ではなく、特別なものではなく、自分の身の回りを、日常に反応しながらシャッターを切っている。もちろん事件も撮っているが、それは現実として、僕個人の目の前に展開したことで、僕にとってはニュースではなく、僕の日常の延長だ。
ここに登場しているひとは、皆無名のひとびとだ。ひとびとばかりではない、特別な場所なんてほとんどない。ただの路地であったり、道路であったり、無名のたてものであったり、しかしそれのひとつひとつは、僕にとっては、特別なものだった。
この写真の群れを見て、全体の共感と、部分の共感を見出して欲しい。
今日、とても地味な写真を購入した人がいた。僕はどうしてこの写真を選んだのですか、と聞いた。
するとその方は、「とてもこの写真を見ると懐かしい気持ちになるから」と答えた。
その写真は、その方に特別な気持ちを起こさせたようだ。
僕が撮った、様子、景色ではなく、彼はその写真を見ながら、自分の若い時代の、自分の心のなかの景色を見ているのだ。そう、写真はそういう作用があるのだ。
それは撮った本人でもよくありえる。
自分で撮っていながら、ある写真を見て、現実にあったことではなく、その写真から違うことを連想してしまう。
それはかつて撮った「サイゴンの昼下がり」の女性の後姿もそうなのだろう。
あれは1994年10月、ベトナム、ホーチミン市、サイゴン、レ・タイントンどおりを歩く女性のただの後姿だ。後姿だからこそ、彼女の容貌、彼女のバックグラウンドを想像してしまう。そうやって僕は、「熱を食む、裸の果実」という小説を書いてしまった。
僕は、写真が決して、事実を記録しているとは思わないし、現実どおりであることに意味を感じない。
特にモノクロ写真は、色も、匂いも、ないないづくしだ。だからこそ、イマジネーションが沸くのだろう。

写真は世界の99/99%を捨てる作業。写真のフレーミングは、世界のなかから。000000001%を切り取る作業。だから世界なんて写っていないのだ。そこにあるのは、世界のなかで、宇宙のなかでの、∞分の1の存在である、自分を見ることなのかもしれない。∞分の1の自分という存在が、∞分の1の世界の、ごく一部を見ること。
わかりずらいかな、わかってくれるかな。

外はすっかり暗くなった。雨は相変わらず降り続き、ギャラリーには7人の人間画談笑していた。
と、時計を見ると7時半になっているではないか。ギャラリーは7時までだ。あわてた。
夕方来てくれた、以前、ベトナム、北部、少数民族の村、コックリーで出会った、若いルックスのよいカップルと目黒通りまで出た。彼らはこれから自由が丘に行くと言うので、それじゃタクシーでと途中まで乗せてゆくことにした。彼らは、「ラッキー」と言った。であったときそうだったからだ。
コックリーという、ベトナムの少数民族が暮らすの山奥で、僕は彼らと会った。彼はN社の一眼レフカメラ。レンズはタムロンの28mm-300mmだ。彼女はコンパクトカメラ。上手にコミュニケーションを取って彼よりうまく、撮る。まあ、それは良いとして、その日どこに泊まるか決めていなかった彼らに、これからバクハはどうやって行くのか聞いてきた。僕ら(ガイド友人のチュンさん、ベトナム人)は今日、そのバクハからやってきたのだ。僕とガイドのチュンさんは、以前に北部中国国境の町、ラオカイで知り合った、建設業の社長の車をチャーターしていたので、彼らの同乗が可能だったのだ。僕らは、一緒川くだりをして、無事バクハに向かった。

その素敵なカップルと、目黒通りでタクシーを待ったが、10分以上またされ、やっとひろえた。
かれる途中、メールを見ると、家内と娘が、友人3家族と、豪徳寺で新年会をしていて、どうしても来るようにと言う。家に立ち寄り、その新築のその家にゆく。
入るなり、新聞を見せてくれた。「知ってるでしょう!」「なにこれ?」「知らないの?」
それが、日本経済新聞、文化面の僕の写真だった。この写真を見てもりあがっていたのだ。しかし当の本人は全く知らなかったので、その新聞をもらってきてしまった。のである。
そこには、住所や電話番号は、書いてなかった。そういうコンセプトみたいだ。
●15日、日曜日はギャラリーは休廊だ。ワークショップを開いている。まあ、無理を言えば見れるかもしれないが、どうしもというから一応電話してみてください。保障のかぎりではありません。

嵐のような、土砂降りの雨のなか、お見えになった方々。まだまだいらしゃしいましたが、諸般の事情で撮る事ができなかったけれど、本当にありがとうございます。
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