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2006.01.19

写真展開催中 TeachYourChildren67-75 EPISODE

chigasaki0001
茅ヶ崎海岸

●Teach Your children 1967-1975 写真展 (1月10日より2月25日) pm1:00より7:00
日曜、月曜 休廊

●19日(木)pm4:30-7
●21日(土)pm1-7時 写真展会場にいます。

アート・フォト・サイト・ギャラリーBlitz

●Teach Your Children1967-1975写真展の内容は、ここをクリック

●「Teach Your Children 1967-1975」写真展の写真解説です。
このBlogだけでに公開です。写真展には、ひとつひとつにはキャプションはありません。
pacifichotel
茅ヶ崎パシフィックホテル

EPISODE これは、前回の後の話です。

1969年、昭和44年1月、東大安田講堂が陥落すると、いちおう学生たちの反乱の季節が終わった。その後は、より少数の、過激派と呼ばれるグループが活動し、一般の学生たちは以前にもまして自由を謳歌しはじめていた。江古田にある大学は、全共闘が占拠した旧校舎の倍以上もの面積を強固な鉄のバリケードをめぐらされ、まあたらし校舎を建設中だった。すでに旧校舎も、機動隊により解放され、大学は4月をずれこんだものの、5月始めに再開された。ただ検問は厳しく、入学式のあとの新入生歓迎会は、門を閉じ、隔離されながら行われた。倶楽部(サークル)の新入生勧誘をするため、彼らのオリエンテーションを待つべく、できたばかりの真新しい校舎に囲まれた中庭での数時間、まるで倶楽部員同士の交歓会、今で言えば昼間の合コン状態になっていた。
そこで僕は同学年のM子と出会う。この年僕らの学年は、1年間で2年、3年を履修することになっていた。授業は超スピード、写真の実技もずいぶんはしょられたようだった。
演劇学科のM子は、日本舞踊の名取だった。歌舞伎研究会に所属していた。普通だったら接点のない相手だった。それが中庭に隔離された数時間の間に知り合うことになる。
軽音楽部の友人グラマーなF子は、バンドをバックに「FLY ME TO THE MOON」を歌った。
M子は茅ヶ崎に住んでいた。毎日東海道線で通っている。片道約2時間の通学だ。僕たちは急速に接近し、数週間で彼女の家族の住む茅ヶ崎にある団地に訪れていた。彼女と年ごの弟もやはり同じ学園に通っていた。
3LDKの団地の部屋で、僕は彼女の父親と布団をならべて寝た。50代の父親は座間基地でデザイナーとして働いていた。かつては絵描きだった。毎晩晩酌で酔い、くだをまいた。そこにおばあさんが目白の邸宅に住んでいたときの思い出を話す。事情はわからない。その部屋に不相応な、大きな額に入った、そのおばあさんの肖像画が壁を占拠していた。毎晩同じ会話が繰りかえされた。父親のくだと、おばあさんの愚痴が夜の定番だった。しばらくすると父親は沈没して寝た。
父親に反発していた彼女の弟は、夜中にそっと帰ってきて、彼の4畳半の部屋に、明るい髪がふわりとウエーブをした小柄な色の白い美しいガールフレンドと寝ていた。
僕が来たときには、M子は母親と、おばあさんと3人で六畳間に寝た。父親と母親は毎日朝早く仕事にでかけた。8時ごろになると、M子はひとりで寝ている僕の布団のなかにもぐりこんできた。
なぜだか、そんな生活が許されていた。そういうことに、彼女の両親は無関心をよそおっていた。干渉されず気楽だったので僕は週末になるといつも彼女の家に行った。
問題は(国鉄JR)の交通費だった。普通だったら往復500円以上もする。30年以上もまえの、500円、今だって茅ヶ崎まではかなりかかるだろう。
お金のないとき、僕は犯罪行為を決行した。もう時効だからいえるが、本当にそれは犯罪だった。いうなればキセルをしたのである。いまのように自動改札の時代はそんなことができないが、昔は良く行われていたことだった。もっとも、今は無人改札だ。たんに改札を飛び越えればすんでしまうが。
僕たちはいつも最終電車近くに茅ヶ崎に着いた。その時間、列車から飛び降り、タクシー乗り場に向かって駆け出す客が大勢いた。くだりの東海道線は下りてから、袴線橋をわたり、改札に向かって全力疾走だ。そこに僕も参加する。自分の定期、市川、江古田間の定期を握り締め全力で、改札を走り抜ける。そんなことを何度やったろう。反省している。
茅ヶ崎に行くとかならず海に行った。そのうち中古のカローラを手に入れ、いつも移動は車だった。ガソリン代がリッター40円台だと記憶している。
茅ヶ崎には、加山雄三の父親上原謙の大邸宅があった。そのすぐそばに、茅ヶ崎パシフィックホテルが、忽然とそびえていた。そこにはボーリング場もあり、広大な駐車場は無料だった。そこに車をおいて、海岸に出ると、今では考えられないぐらいひろびろとした海岸が広がっていた。交通の便も悪いので、(車でやってくる学生なんてほとんどいない)いつも浜辺はがらんとしていた。
その彼女と2年間つきあった。一度も喧嘩をしたことがなかった。芯の強いとてもやさしい従順な子だった。
4年生になり、彼女はテレビ局でバイトを始めた。僕もバイトをしたりしながら写真を撮っていた。週末決まって彼女のバイトさきに彼女の仕事が終わったころ、迎えにいき、そのまま第三京浜、横浜新道、藤沢バイパスを抜けて、彼女の家に行った。
ある日彼女が「食事を誘ってくれる人がいるんだ」と言った。
僕は「いいんじゃない」と答えた。
いくつかの就職試験を受けたがすべて落ちてしまった。さほどあせってはいなかったが、やはりもんもんとしていた。こんな怠惰な生活はいけない、まるで彼女中心にすべての予定が組み立てられているような気がし反省した。
1971年3月の僕の誕生日のあと、彼女に「ちょっと当分会うのやめよう」といった。
真剣に写真も撮りたかったから。電話の連絡もしなかった。
5月16日、僕はふと、彼女のことを思った。
一方的に「しばらく会うのやめよう」と言ったので、かわいそうかなと思ったのだ。
いや、もう2カ月近くあっていなかったので、会いたくなったのだ。季節も初夏、とても天気のよい日だった。
こんな日の茅ヶ崎海岸は最高だ。
彼女の家に電話をすると、おばあさんが出て、弟と海に行ったと言った。
行き先は分っている。パシフィックホテルの前の海岸だ。
僕はサプライズのつもりで、車を飛ばした。胸はわくわくした。
パーキングに車を止め、5月の海の風を吸いこみながら
いつも彼女たちが寝転んでいるあたりに向かった。
遠くに砂浜に座っている数人の男女の影が見えた。きっと彼女たちだ。
すると、一人が立ち上がりこちらに向かってくる。
僕に気がついているわけじゃない。
それは弟だった。しばらくして彼も僕に気がついて、困惑している。
彼は皆のほうを振り返った。そして僕の腕をつかんだ。
そのとき彼女は僕を見つけたようだ。
はっきり見えなかったが、そこには弟の彼女と、もうひとり男が座っているように見えた。
皆僕を見つめている。
M子は突然立ち上がり砂浜を走ってきた。
お気に入りの、ピンク色のCABINのワンピースを着ていた。
そして、「何できたの?」と詰問した。
彼女のそんなに驚いた顔を見るのははじめてだった。
そのきつい言い方も初めてだった。
なにしに来たって、君に逢いたくて。
弟は座っている彼らのほうに戻っていった。
彼女は僕の腕を取り、そこからとうざかろうとした。
そして彼女はきっぱりと言った。
「私たち別れよう・・・・」
 太陽がさんさんとふりそそぎ、まぶしく、カミユの異邦人を思い出した。


下のコメントの返事

荒井由実は、彼女がデビューしたばかりの頃知っていて、彼女の八王子の家にも行ったことがある。茅ヶ崎の彼女ではなく、その後のガールフレンドと音楽を通じたなかまだったからだ。そのとき初めて、ひこうき雲のアルバムを知った。衝撃だった。こういう日常が歌になるなんて。なんてリアルなんだと思った。でも一般には生活感のない歌だと思われていた。彼女が売れたのは、ちょうど僕がフリーになった75年ごろだと思う。少年マガジンの岩崎宏美のグラビアに素敵な詩を書いてくれた。今やスーパースターのユーミン。やはりセンスが光っている。
今回の写真展の最後のほうは、この時代でもあったのだ。


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Comments

藤本さま
荒井由実は、彼女がデビューしたばかりの頃から知っていて、彼女の八王子の家にも行ったことがある。茅ヶ崎の彼女ではなく、その後のガールフレンドと音楽を通じたなかまだったからだ。そのとき初めて、ひこうき雲のアルバムを知った。衝撃だった。こういう日常が歌になるなんて。なんてリアルなんだと思った。でも一般には生活感のない歌だと思われていた。彼女が売れたのは、ちょうど僕がフリーになった75年ごろだと思う。少年マガジンの岩崎宏美のグラビアに素敵な詩を書いてくれた。→本文に

Posted by: alaoyokogi | 2006.01.19 09:17 PM

まるで昔の荒井由実の歌のよう。
いいなぁ。
(本人にとっては苦い思い出でも。)

Posted by: 藤本 孝 | 2006.01.19 08:35 PM

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