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9 posts from March 2006

2006.03.29

スタジオライティング プロの現場3

●その1
●その2

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●その3 である、今日もまた同じライティングの紹介になる。
最近は基本はこのライティングになってしまう。少しサイドぎみのライティングだ。
ビューティーだったら、メインのライトを真正面、カメラの真上にセットする。雑誌の表紙など、圧倒的に正面ライティングが多い。あごの下にシャドーがついてあごのラインがすっきりする。以前は、ほとんど正面ライティングが多かった。今は少しリアルなほうが好きになったのだろうか、少しサイドぎみのライティングだ。
本当は女性の場合は、正面ライトのほうが美しく撮れる。でも完璧になりすぎるので、少しサイドから光を当て、陰影をつくり、隙があったほうがよいと今は思っている。
このスタジオは、ファティフが4台備えられている。一台に4灯の発光部があり、一灯につき1500w、あるいは3000wのジェネを使うこともできる。するとファティフ一台で、最大12000wになる計算だ。実際は調光してもっとw数を落とすことになる。今回は1500wのジェネを都合8台使用した。

●さて、最近の写真スタジオのライト事情を紹介したが、実際はこのファティフのようなライトを入れているところはあまりない。だからフラットなライティングをしたければ、「その1」で紹介した、巨大なトレペを使ったライティングが一般的だろう。
他に、ソフトボックスといった、箱型のストロボ1灯をディヒューズ(透過)光源を使うことが多いと思う。かつては
バウンズ傘でライティングすることが多かった。
それは、ともかくとして、ちょっとあまり知られていない、ライティングを紹介する。
●それは、天気の悪い日に、室内であたかも晴れた日の、さんさんと光があふれる室内撮影(風)の、ライティングだ。下がその一例。モデルは、おんな座りしたぼくである。
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この光が何って?実は、晴れた日は窓が輝き、そして床に光が差し込んでいる。
それをストロボで再現しているのだ。
望遠レンズで撮ったら、絶対に自然光と見分けがつかない。目の中には明るく光の差し込む部屋が写っているはずだ。バウンズライトの利点は、その部屋の色彩に色がかぶることだ。それがマイナスではなく、自然に見える。
かつて銀塩時代、カラーフィルムは、デイライトとタングステンの2種類しかなかった。太陽の光は夕方になれば赤くなる。天気にも左右される。だからどうしたらストロボを使って、自然光で撮ったようにみせるか、苦心することになる。そんなとき、傘バウンズやソフトボックスでライティングすると、いかにもライティングしましたという写り方になる。部屋の壁や、天井にうまくバウンズすると、本当に自然光で撮ったようになる。

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2006.03.27

スタジオライティング プロの現場2

以前、映画のスタジオでスチール撮影したおりの、ライティングについて紹介した。(下記)
スタジオライティング プロの現場 その1
今回は、写真専用スタジオでの撮影だ。
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ファティフ2台使用
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前後左右、回転、自由自在。発光部が4灯入っている。
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ファティフ2台使用ということは、8台のジェネレーターと、8台のヘッドを使用しているということだ。

このスタジオには、ファティフという電動のライティングシステムが設備されている。
このライティングの効果は、前回の映画のスタジオでのライティングと考え方は同じだ。
ただ、スイッチ1つ。このライティングだったら、わずか15分でセッティングできてしまう。
特に最近のスタジオ写真の傾向としては、あまりこったライティングはしない。
ほとんどのカメラマンがこのライティングの変形で撮影していると思う。
ストロボライティングの基本は、光源をできるだけ被写体に近づける。
これにつきる。もっともシャープに撮るという意味でだ。
フラットな光、自然光のように見せたいのならば、光源は離したほうがよいし、壁などにバウンズするのが効果的だ。
このライトが設備されているスタジオならば、もう誰でも綺麗に撮ることができる。ライティングもへったくりもない。もちろん秘密はあるが。(つづく)

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2006.03.16

あと3日 そして5月にも写真展

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「Teach Your Children1967-1975」写真展、京都ギャラリーも今日を含めてあと3日。
最終日18日(土)は、朝11時から終わりまでいます。
もしかしたら、撤収を午後6ぐらいから始めるかもしれないので、
ご覧のかたは、少し早めに来てください。

●ところで、5月に渋谷パルコPart1 LogsGalleryで、レアブックコレクションと同時にミニ写真展をやります。

レアブックコレクション2006 
“Shibuya Now and Then”
SHIBUYといっても、大雑把な意味の渋谷で原宿や青山、代官山ぐらいも含めた、渋谷カルチャーという意味ですが。
TeachYourChildren」67-75のいってみれば、1967-2005年版、SHIBUYA 限定版といったところでしょうか。額装された写真30-50点を写真を展示、販売します。

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2006.03.13

写真展とワークショップ 京都ギャラリー

★3月18日 写真展最終日 11-7時 京都ギャラリーに終日います。!!

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昨日、12日、写真展「TeachYourChildren1967-1975]の、WorkShopを開催した。
東京から、恵比寿写真倶楽部のHarukiと赤城、神戸の北畠もかけつけてくれた。そのほか今回の、多くの関西の写真関係者に助けられた。
WorkShopは、44名、関係者を入れると50名以上、関西のひとたちの熱気を感じた。
僕のトークは、いつものように早口で、話題はあっちこっちに飛び、いささかぶっちゃけていたかもしれないが、本心で語ることが大切なので、まあ、少しは伝わったろうか。
ギャラリストの福川氏が、その分、論理的に、整理して話をしてくれたので、救われたかな。
昨日は、WorkShop終了後、すぐに閉館だったので、来てくれた方々とあまり話ができなかったのが残念だ。
3月18日、写真展最終日にも、11-7時まで会場にいるので、来て欲しい。
まあ、僕がいいたいのは、メディアのなかで発展した写真が、いまやその役割が急激に縮小傾向にあり、それではどうしてゆくかの提案だった。
312kyoto03
なんと、撮影する僕を含めると、この写真の空間のなかに、5台のGRDがある。

終了後、いつものように京都飲みツアー。午前2時までつづいた。

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2006.03.11

鬼海弘雄ぺるそなを見た。

今日、3月11日が、鬼海弘雄写真展「ぺるそな」最終日だ。
銀座NIKON SALON 本日午後7時まで。

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圧倒的なポートレイト写真。写真の歴史の中に残ってゆく、写真群の写真展。
あの、浅草の、あの朱色の壁の前で撮った、一連のポートレイトシリーズの一部だ。
そこには、時間が喪失している。最近撮った写真も、20年以上前に撮った写真も同じように存在している。
そしてなにより、浅草を訪れる、いや浅草寺にひき寄せられてくる人たちのなかから、
鬼海が、ひきつけられた人たちの、ストレートなポートレイトだ。
なぜ、これらの写真にひきつけられるのか、僕は言葉を持たない。
もちろん写真集は素晴らしいが、オリジナルプリントの持つ存在感にはやはり、かてない。
これは、目で見て、自分で感じるしかない。

写真家で誰が好きだったのですか?
「ウォーカー・エバンスと・・・・・・ダイアンアーバス」
浅草で、はじめからあの朱色の壁で撮ることを決めていたいのですか。
肉眼では、あの朱色のバックで人物を撮るのは、かなりきつい。
その辺が、聞きたかった。モノクロで撮ってから、いけると思ったのでしょう?
最初に撮ったのは、70年代前半。もっと違うスタイルだった。
でも、モノクロにすると、グレーのトーンがすごくいい、と。

鬼海さんは、写真を売らないのですか。
いや、今売らない。死んだら、売るつもり。

ペルソナのシリーズは、今約400点ある。プリントは2セット。将来は5枚作ると言っていた。
本当に、死んでから売るのか、どうかはわからないけど、
その姿勢にロマンを感じてしまった。
そういう写真家がいてもいいなと。

だったら、予約ってできないのですか?
写真は、鬼海さんが死んでからでいいので、今即金で、と冗談を言ったら、
だめだめ、今もらったら使っちゃうから、と答えた。

4月6日からは、大阪NIKON SALONで開催。


●鬼海さんの写真展のまえに、
グループ展を見に行った。
写真勉強中の、写真家の展覧会だ。
展示のしかたなど、工夫されていて、見ていてあきない。
このぐらいきちんと考えて写真展をすることは、とても大切だと思う。

EGOSAIS GROUP PHOTO EXHIBITION
http://www.m-team.hmc6.net/egosais/
2006.03.06 - 2006.03.12
11:00~18:30 (最終日は16:00)
銀座 月光荘画室2  (地図)
中央区銀座8-7-18 1階
hana・藤田めぐみ・大川貴之・栗原正樹・田中真一郎・原琢己


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2006.03.07

前衛としてのオリジナルプリント販売

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「Teach Your Childeren1967-1975」 京都ギャラリーにて写真展開催中3月1日~3月18日まで。
3月12日 pm4-7 WorkShop開催 

「前衛としてのオリジナルプリント売買」

★なんて、たいそうなタイトルをつけてしまいましたが、写真を買い、壁に飾ることは、前衛になりえるのか、ということを議論してみたいと思っています。(長文ですあしからず)


★写真を所有する、買うっていったいどういうことだろう?

●欧米では写真の売買が活発に行われているのに、
日本では一部のスノッブな人たちの趣味の世界でしかない。
●写真とは「撮るもの」「見るもの」であり、「所有する」、「買う」という発想がないからだろうか。
●そして多くの言い伝え。日本家屋には写真を飾る壁がない。
●写真は、絵とくらべてランクが下。
●だいたい、写真を売っていることすら多くの人は知らないのでないか。
写真展に行くのは見るためであり、買うためではない。
写真展というメディアを見に行くため。美術館に行くのと同じ。
お手本である立派な写真を「生」で見る。それが醍醐味?
「この写真のグラデーションを見てください。美しいでしょう。銀塩プリントでしか再現できない美しさですよ。だから価値があるのです、印刷じゃ絶対にわかりません」
● 芸術は高尚なもので、見るもの、あがめるもの。
● 自分のものにしようなんて大それたこと。日本人は、勉強が好きなのだ。いいものを見て、感動して、記憶にとどめる。でも所有して毎日眺めることがどんなことか考えたことがあるだろうか。
● 日本で写真を買うのは一部のコレクター?たしかに、貸ギャラリー以外の写真ギャラリーの敷居は高いぞ。あんたたちの来る場所じゃないよ、と拒否しているよう。
素晴らしい。見るだけでもありがたい。こんな巣晴らしものが買えるわけはない。
「いったいこの写真はいくらするのか」
聞くのも卑しい。何しろ芸術を買うのだ。
「物」を買うようにはいかない。値段を聞くのに勇気がいる。
それも何十万、何百万、何千マン持っていたら、札束で顔をひっぱたくように、どうどうと値段を聞けるけど。
ほんの数万円で買う「芸術作品」なんて、自慢できない誇りが持てない。
絵にしろ、皆値段を自慢する。内容なんて二の次。
写真はその内容、それを選んだセンスを自慢するしかない。
「この写真が気に入ったぜ!すぐくれ」っていうほどには、決して写真は安くはない
写真を見て感動するなら、印刷物で十分。いや、写っていることに共感したいなら、WEBで十分じゃないか。
●そういう僕も、実は写真を買ったことがない。そんな人間が写真を買う気持ちがわかるものか。
写真をもらったことはある。いや僕は写真を買わない人間の気持ちが良くわかる。でもこれからは買うと思う。
僕と同じ気持ちの写真家の写真だったら。「前衛としてのオリジナルプリント」だったら買ってゆこうと思っている。
●写真を友人にあげたことはある。いやいや、実は僕は写真を売ったことが何度もあるのだ。
最初は1985年ニコンサロンでの写真展。かげでこっそり、欲しいという人に売った。
売ることなんて考えてもいなかったから、だから言い値だった。
ウーンじゃ、モノクロプリント額込みで10万円。
何の市場価値もないのに、大体市場価値なんて意味は知らなかった。
そんなに欲しいんだからこちらの言い値。
傲慢。30万なんて言ったらびっくりするかな、まあ10万円が妥当な線かな。
結局そんな奇特な人が2人いた。いまでも彼らの家のどこかに飾られているのだろうか。
僕が目覚めたから、その写真は価値がでるかもしれない。
● でも2点の写真が売れたとき、僕の直売だからマージン0、まるまる僕のもの。
ちょっと得した気分だった。その後、僕は何枚の写真を売ったのだろうか。
それなのに、その後ビジネスにも、僕が写真を撮ることの励みにも、まったくならなかった。
写真を売ると言うことの意味も意識もなかったからだ。 そんな僕は古いタイプの写真家だった。
写真とは見るものだ。「物」のように、商売を考えて写真を撮ったら写真の堕落。
“壁に飾るにちょうどよい”写真を、俺に撮れっていうのか!
僕は偽善者だった。そんなことをいいながら、写真での商業活動にいそしんでいたのだ。
自分の写真は、商売とは関係ないといいながら、写真で生計をたてているのだ。
●実はそのとき、写真を売ることに、気恥ずかしささえ感じた。いったいなぜだろう。
写真を撮ることは、社会を見ること。それはとてもジャーナリスティクな作業でもある。
写真が芸術だといわれようが、世界をオートマチックに複写することにはかわりはない。
そんな気分のときに、商業主義まるだしで、お金の話。
「旦那、今買うと将来高く売れますよ」なんてね。
そんなこと口がさけてもいえないだろう。
だいたい将来値あがるなんて、現状の日本ではありえない。
写真ばかりか、リトグラフだって、自分の家に飾っているあるかぎりは価値があり自慢できたとしても、
いざそれを売ろうと思ったら、無価値だ。海外のお墨付きがあれば少しは見通しあるだろうが、
手数料をひかれてそれでも惨憺たるものか。
●僕はかつて、写真を額に入れて飾るなんて、「お芸術」、絵画の真似!写真の堕落・・・・と思っていた。
●それはベンヤミンが悪い。「複製技術時代の芸術」!! だ。
複製してこそ現代の芸術。マクルーハンが悪い、「メディアはメッセージ」だなんて。
●写真は印刷物の原稿のようなものだった。印刷され、大量に消費されてこそ、ポップアート。
それを証明したのはポップミュージックじゃないか。
肉声ではあんなに大きなムーブメントにはならなかったろう。
●仕事の写真は、セッションだ。全くひとりで好きなような写真を撮ることはない。
つねにある目的、コンセプト、等々を考えて撮る。プロフェッショナルな仕事だ。
それがひとたび、自分の作品となると、おじけついてしまう。
それは、精神衛生上の安らぎ、趣味の世界の気分だ。
いや、本当はそこで食べてゆく覚悟がないだけだ。
しかもその世界は、「心の裸の写真」だった。NUDE写真はかず限りなく撮った。
しかし自分の心が裸になる写真は、仕事では撮らない。撮る必要もない。

★時代が変わった★

世界はありとあらゆるメディアに囲まれている。いまやメディアは空気だ。
ないと困るが、いや、なくなったってたいした問題ではないだろう。
いや、きれいさっぱりなくなったらどんなによいか。
● 写真はコンビニエントなメディアの先棒、機関銃だった。
バリバリと世界を複製し、世界中に銃弾を撒き散らすじゅうたん爆撃だ。
今や世界は、複製の複製に囲まれ、すべてが情報となってしまった。
印刷された大量の写真は、もはやポップアートなんかではなく、
いまや情報のひと欠片になりさがっている。
よく言えば最先端、悪く言えばがけっぷち(後ろがない)、
世界の冠たる情報国家日本では、バーチャルこそ現実と、実は信じられている。

★ そんな時、写真、それもオリジナルプリントのことを考えた。

● 写真家にとって、オリジナルプリントを売るとはどういうことだろうか。
マスメディア時代の写真は、情報だった。その情報こそがアート、ポップアートだと書いた。
しかしいまや、情報は無料だ。情報を得ることにお金を払う必要があるのだろうか。
そしてデジタル時代を待つまでもなく、写真はカメラの進歩によって、撮影技術が不要になった。
いや、技術は日々変わるので、本当は教えることはできないのだ。
それはずいぶん昔から、僕が若かった時代だって、学校で教わる技術は、古臭く役にたたなかった。
いまや写真は誰でも撮れるのだ。学校で技術を身につけるなんて、無意味だ。

だから写真の学校は、技術より教えることがたくさんある。
どうやって写真家として生きて行くか。どうやって写真にかかわって生きてゆくか。
自分の人生に写真をどう役立てるのか。どうすれば生涯写真を楽しむことができるのか。
写真をどうやってサポートしてゆくのか。
いまや学校はこのことを教えなくてはならないが、どこも教えてはいない。
つまらない、古臭い役にたたない技術や精神論を教えているだけだ。
いまや、写真家のする仕事は極端に減った。
写真は誰でも撮れるからだ。プロである必要もない。

★あるとき、僕は「心の裸の写真」のことを考えた。

これまで寄生虫のように、マスメディアに密着し、生きてきたくせに、
僕の「心の裸の写真」とは、区別していた。それが、ふと、区別するものじゃないと気がついた。
音楽だって、セッションとソロは、「場」が違うだけで、優劣があるわけじゃない。
僕が撮った、一枚の写真と、例えばファッション写真のように、
モデルがいて、スタリストがいて、ヘアメイクがいる写真と何が違うのだろうか。
タレントの写真、広告の写真だって本当は同じだ。
違いはその写真が、誰の写真かというときに、著作権は僕にあっても、
肖像権、使用権は僕のものではないという権利関係だけだ。写真の優劣ではない。
僕はかつて、商業的なセッションということは、僕のこころを売ることだと思っていた。
だからそれに対してのギャランティが発生するのだと。
広告はまったく僕のものであって僕のものではない。だからギャラが高いのだと思っていた。
●その逆を言えば、自分が好きにできる写真は、ギャラがなくても当然だと思っていた。
ぼくはそんな古臭い写真家だった。
そうじゃない。写真を撮ることは、労働の対価。
その写真を撮る行為、そして作品(写真)にたいしての「価値」に支払われるのだ。
価値があれば、高くなり、価値がなければ安い。それだけのこと。

●とにかく僕は、ある時オリジナルプリントを売ってみようと思った。
するとそこには大きな障害が立ちふさがっていた。
●まず、日本ではオリジナルプリントが売れないとされている。
それはどうしてなのかといろいろ考えるようになった。
●いや写真集だって売れない。もっとも写真集は流通の問題もあり、印刷するコストも高い。
日本の書店は雑誌店ばかりで、写真集を置く場所も、大型店以外はない。
なにより、写真集を買う気分が日本の書店にはない。

●そして写真を買うことを誰も知らない。写真は撮るものであり、見るものだ。
写真学校でさえ、写真を売り買いすることは教えない。
どうやったらオリジナルプリントを売る作家になれるのか、誰も教えてくれない。
まあ、そんなことで生活する作家がいないから、教えられないのだが。

例えば文学部を出たから、皆小説家になるのだろうか。
ほとんどの人たちは、文学にかかわらなくても、文学を支える側になっているのではないか。
編集者であったり。文章を書く人として生きてゆく。自分の子供に文学の素晴らしさを語る。
読むひと、少なくても支える側に多くがなっている。
今の時代はそんなことはないといわれそうだが、写真から考えたら、
まだそういう教育もしているということだ。
ところが写真は卒業してしませば、写真なんて関係なくなる。
それは写真学校が、いまだ技術学校だと思われていたからだろうか。
役に立たない技術をたたきこまれ、少し写真から離れた生活をするともはや写真とはおさらばだ。
一部写真について考える学校もあるかもしれない。
しかしそれにしても、写真を撮ることばかりを教育して、
写真に関わる仕事が膨大にあるはずなのに、そんな教育をまったくしていないとは、どうしてだろうか。

●写真を買うことの本質

オリジナルプリントを買うことは、作家の「心の裸の写真」を買うことだ。
雑誌に載るときは、その雑誌のコードがある。
その雑誌のコードをクリアできたからこそ掲載されるのだ。
雑誌には、さまざまなタイプがあり、コードもさまざまだ。
ところが、写真をいざ売ろう、オリジナルプリントで生きてゆこうと思ったときに、
そんなギャラリーは日本には、ほとんどない。
東京では、「ツアイトフォトサロン」「PGI」そして「アートフォトサイトギャラリー」ぐらいだろうか。
歴史のある「ツアイト」1978と「PGI」1979は、
日本のオリジナルプリント、写真表現に多大な力を注いだし、影響も与えた。
しかし、ハイブローな写真を目指し(内容ではない)、
ある意味オリジナルプリントを、必要以上に高尚なものにしてしまったという、功罪もある。
なんといっても、そこで取り上げた作家の地位向上につくしたが、
彼らの作品を売ることにさほど熱心とは思えないのが残念だ。
いや、オリジナルプリントを売る文化の育っていない日本では、
そのやりかたしかなかったのかもしれないし、
その写真芸術創造に十分寄与した。
売るということより、写真を芸術と認めさせることが重要だった。

●アート・フォト・サイト・ギャラリー・ブリッツは、
日本では極めて特殊だ。バックや資本を持たない、個人の商業ギャラリーだからだ。
もともと、ギャラリストの福川氏は、日本の銀行の海外支店にいたトレイダーだ。
若い頃から写真を買うことが趣味のコレクターだった。
あるとき銀行をやめ、海外の写真を売る、商業ギュラリーをオープンした。
当時はいくつもそういうギャラリーがあった。その辺の詳しいことはここでは書かない。
そんな動機でOPENするギャラリーは、欧米ではごく普通に存在するらしい。
彼らは小さいながら一国一城の主だ。いわゆるギャラリーとはそういう、
個人、ギャラリストが経営することが普通だ。
欧米では、美術館以外、ギャラリーはすべてそんなふうに商業ギャラリーだ。
日本のようにギャラリーといえば貸しギャラリーというのは、世界でも例をみない。
写真にかぎらず日本では美術のギャラリー(画廊)も貸ギャラリーであり、
ときに企画展と同時にやっている。もっとも画廊は作品を売ることが目的だ。
写真の場合、貸画廊で写真展をするのは、イベントである。写真を売るのは二の次だ。
そこに、写真は見るもので、買うものではないという、写真の特殊性がある。
写真を見るもの、撮るものだという刷り込みは、
日本のギャラリーが、カメラ、フィルムメーカー主導だったせいだろう。
メーカーにとって、写真が売れることは関係ない。
カメラやフィルムが売れればよいので、その販促として、ギャラリーがあった。
写真とは眺めるものだ。
学校でもそういう教育をしている。
ひとつ提案だ。
写真展会場に行って、買う買わないは別にして、所有してみようという気持ちで、
写真を見ると、どうだろう。それまで、まるで教養やセンスのリトマス試験紙のような写真が
突然、自分の生活、自分のバックグラウンドに入ってくるはずだ。
この写真は好きだけど、自分の家の壁に飾って毎日見るのは重すぎる。
この写真ならどこに飾れるだろう。この写真はわけがわらないが、なぜかひかれる。
ずっと飾っておいて、どんなふうに毎日違って見られる、想像すると楽しい。
そんなふうに、写真を所有しようとすると、写真の評論家ではなくなる。
それは、大げさに言えば、自分の人生や自分の生活に迎いいれることだ。
それは、100ドルの写真でも、1000ドルの写真でも同じことだろう。
いやあまり高い写真は、心配で光の当たらないところに保管したくなってしまう。
コレクターにそいう人たちがいる。
でもそれは写真の正しい所有のしかたではない。写真は所有したらどこかに飾るものだ。
そして日常、対話をするメディアだ。

●さて、日本にはまれない、欧米にある、ごく普通の商業ギャラリーとはなんだろう。
具体的は、日本で唯一ともいえる、写真専門の商業ギャラリー、
「アート・フォト・サイト・ギャラリーBlitz」(以下APSギャラリー)について書いてみようと思う。
●APSギャラリーBLITZは、目黒の閑静な住宅地にある。
通常のギャラリーのように繁華街にはない。それは写真をなんとなく見る人に来てもらたいからではない。
見ること、買うことを目的にした人のみを歓迎している。
●雑誌掲載などと同じように、APSギャラリーBLITZにも、扱うにはコードがある。
それはギャラリスト福川氏の個人的なコンセプトと合致することだ。
彼は、写真をコンテンポラリーアートと位置づけ、アート写真と呼び、そのテーマは「ファッション写真」だ。
ファッション写真といっても、流行としてのファッションではなく、文化としての「ファッション写真」だ。
写真が銀塩かデジタルにはこだわらない。それより作品のコンセプトを重視する。
彼の持論として、写真を買う人は、その作家のコンセプト(生き方、やりかた、表現の仕方)に共感してこそ、
その作家の多くの写真のなかから、一枚の写真を買うという。
●このギャラリーの契約作家となるには、福川氏と個人的な信頼関係を結ぶことになる。
契約書はない。紳士契約があるだけだ。いつでも解消することが可能だ。
ギャラリストと写真家の関係とは何だろう。
ギャラリストは、写真家から上前をはねる画廊の親父ではない。
ギャラリーは、写真展開催中、その作家の写真を売ることに力を注ぐ。
数万円の買い物に黙って、その作品の情報を何も知らずに、作品を買う人はいない。
ギャラリストはその写真の説明、作家の説明、
将来性、アート市場での意味、そして価格など、写真を所有したいと思っている人に説明をする。
そのためには、写真のこと、世界の写真市場のこと、写真家のこと、などの知識がなければならない。
●そして何より、商業ギャラリーとは、その扱っている作家の写真を、写真展開催後も扱うということだ。
だからその作家の写真はギャラリーに行けばいつでも買うことができる。
(ネットでも販売している)そこが貸ギャラリーと大きな違いだ。場所を貸しているではない。
●ギャラリストは、その写真家の将来性ともに、パートナーとして生きてゆこうという決意がある。
真剣度が違う。
だから、0から始まる、ギャラリストと写真家の取り分の分配率は、50%、50%だ。
写真展は、一回やるだけでは意味がない。最低2年に一回やってゆく必要ある。
欧米の有名ギャラリーだったら、例え企画展を開催できたとしても、
売れ行きが悪ければ、二度目の展覧会はないという厳しさだ。
だからギャラリーで企画展を何度も開催している作家は作品が売れているということで、
その作家の作品は、市場価値があるという、単純な仕組みでもある。
よく、アーティストのプロフィールに写真展の履歴が書かれるが、
それはそのアーティストの市場価値を見る指針にもなっている。


●かつて海外の作家のみを扱っていた福川は近年、そのコンセプトとして、
日本人の作家を日本人に売ることをテーマにしている。
実は、僕は彼のその考えに痛く共感した。
日本で売れなくて、なんで海外で売れるのか!
●巷でいわれているように、日本には写真を買う文化がない。
日本人は写真を買わない、日本家屋に写真は合わない等々とさまざまな、
迷信のようなものがある。
そのことについて福川氏は、
日本のように文化の高い国が、アートを理解しないわけがないという。
「彼らが写真を買わないのは、ほしい写真がないからだ」
と断言する。彼は、目黒の住宅街にこのギャライーをオープンしたのが、
目黒通りは、いまや、インテリアストリート呼ばれるほど、家具屋が多いからだ。
趣味の良い家具を買う層と、写真を買う層は重なるのではないかというのが、彼の持論だ。
インテリアになる写真?。
● 僕は最初、彼の壁にかざるのにちょうどよい写真というのに、反発があった。
それこそ軽蔑をこめていう、インテリアフォト。それはサロン的な写真ということではないかと。
すると福川は違うという。写真には、アートでもそうだけど、
ミドルマーケット、強烈な作品性の強いものではなく、もっとニュートラルなもの、
普通の人たちの生活に入り込む写真、毎日眺めていても、
それを所有する人に、何らかの安らぎや、インスパイヤを与える写真が求められていると。
だからといって、けっしてこぎれいな写真ということではない。
強烈な写真は雑誌でみたほうがよい。見たいときだけ見て、見たくなければ閉じればいいのだ。
壁に飾る写真は、そういうものではない。
もっと、人間の潜在意識に作用するような作品だ。
長い時間見ることによって、その写真を見る人と対話ができるような写真。
それは決してアナクロな風景写真ではないと。
彼は僕の写真今回開催し多「TeachaYourChildren1967-1975」のスナップ写真を見て、
これは横木にとってのArtPhotoだといった。
まるで報道写真のような写真もArtPhoto・・・。
だって、絶対これに共感してく買う人いるよ!確かに1968年の10.21の写真は数枚売れた。
どうみても報道写真のようだけど、見る人によっては、ファンタジーなのだろうか。
僕は、そこで初めて、壁に飾る写真は何かと考えた。

今まで、マスメディアとしての写真のことばかり考えていたけど、
一枚のオリジナルプリントとしての写真とは何なのだろう。
ゆっくりと、スローライフな生活スタイルで、写真と向き合うのは、写真を所有してこそ結べる関係だ。

“アンドレバザンは「写真」という芸術の特徴が「人間の不在」にあることを主張した。
他の芸術(絵画や彫刻)が全て、何らかの意味で人間(芸術家)の「表現する意志」に基づいて
人為的に製作されるのに対して、写真は人間が関与しない
「自動的な形成」によって製作されたにすぎないといえるからだ。
写真を人為的な「芸術作品」であるというよりは「自然現象」だという。”
写真はたしかにそういう面がある。
「写真は不在の記録」(今は存在していない)であるが、
決して不在(死)の記録ではない、と僕は思っている。
写真の捕らえた不在は、“存在の想像”「生命」の想像でもあるからだ。(あくまで僕の考え)

● 写真を所有して、壁に飾ると何が起きるかといえば、そこには、バザンのいうように、
その写真を撮った作家が消えてしまうという、ミラクルが起きる。
絵はあくまで、画家個人の痕跡だ。作家のイマジネーションといえる。
しかし写真は違う。その写真を所有した人にとって、
その写真は、所有したその人の物、風景になるからだ。
なぜならば、写真はオートマチックに記録されたもので、
それを記録した撮影者作者は、いかに手を加えようが、
現実の世界を切り取ったに過ぎないからだ。
そういう逆説が起きない写真は、写真ではないのかもしれない。
写真を所有した人は、その写真が描く世界の中に入ることもできる。
写真を見るという行為は、「窓」でもあるし「鏡」でもあるのだ!
今や写真は「窓」か「鏡」かという分けかたはできない。
ある時は「窓」であるし、あるときは「鏡」にもなる。
●写真を所有すると、そういう世界を知ることになる。
それは音楽を聴いたり、小説を読むのとは違う世界だ。こういうメディアに僕は今まで気がつかなかった。

● ところが、ここで大きな問題点が存在する。
それは、写真の価格という問題だ。
さきほど述べた、写真を所有することで感じられる喜びの対価はいくらかということだ。
その感動や、コミュニケーションのために、人はいくら投資するだろうかということだ。
しかもアート市場の確立してない日本では、購入した写真は、
「心への投資」にはなるけど、「市場の中の投資」にはなっていない。
出発点の作品、心への投資に、人はいくら払うのだろう。
CD3000円弱、映画2000円弱、書籍1000-2000円。
人は「感動」や「インスパイヤ」や癒しを求めて支払うのは、
そんなものだろう。写真集2000-5000円。
海外の書店にあるビジュアル本も30-50ドルぐらいだ。
それはどれも情報としての値段、大量生産品としての値段だ。
所有する「物」を意識するのは10000円ぐらいからだろうか。
100ドルぐらいならば、物を所有する衝動として出すことができるのではないか。

しかし日本でもオリジナルプリントの価格は300ドル、500ドル、1000ドルとどれも、
普通のひとが、自分の生活や人生を豊かにするための投資としては高価すぎないか。
僕は市場価値があるものが、1000ドルだろうが、10000ドルだろうか問題ないと思っている。

● 実は銀塩写真は、価格を低くできないという宿命がある。
銀塩環境の逼迫したこれからは、ますます難しいだろう。
なぜならば、銀塩オリジナルプリントは、実は大量生産にあまり向いていないという現実があるからだ。
機械的にプリントするならば、何万枚でも可能だろう。
しかし実際プリントを作家はストレートに焼くことはほとんどない。
かつては印刷の原稿だったので、一枚の完成プリントを作るために、最低3枚はプリントした。
難しいネガからだと、10枚以上プリントして、満足するのはたった一枚ということにもなった。
だから少なくとも作家が自分でプリントするには、限界がある。
欧米のようにオリジナルプリントがかなり流通していれば、専門のプリンターが存在可能だ。
彼らは毎日プロとしてプリントする。写真の価格がある程度高ければ、
彼らにプリントしてもらうことがベストだろう。

何度もいうように、作家が自らプリントする場合、何枚も同じものをプリントするのは、かなり苦痛だ。
しかも毎日プリントするわけではないので、
新たにプリントをするには、準備もモチベーションも必要なので、
一枚の写真にやはり最低、300ドルぐらいは求めてしまうだろう。
しかし市場価値のない作品に、誰が300ドルを払うだろうか。
実際少しでも名前のある(いろんな意味で)作家の場合、
最低でも500ドルと思っている。平気で1000ドルぐらいの値をつける人もいる。

● 僕は「前衛としてのオリジナルプリント」と考えたとき、
いったい感動や共感、インスパイヤを求めて人はいくら払うのかということの実験をしたいと思った。
そのために選んだのがデジタルプリントだった。
デジタルプリントは銀塩写真の2分の1から3分の1の価格だ。

● デジタルプリントは今ではさまざまなものがある。ラムダプリントのような、今までの
銀塩カラーペーパーに、デジタル化したデータをレイザーで露光し、現像する、銀塩デジタルプリントだ。
● そして一般に普及した、インクジェットプリントだ。
ごく最近まで、ラムダプリントのような銀塩デジタルプリントが一番だと僕は思っていた。
モノクロのプリントはまだオリジナルプリントといえる次元にはなっていなかった。

●それが、EPSON PX5500に出会い、僕は考え方変わった。
6500、7500、9500とも同じコンセプト、
モノクロ写真の「黒」の色をコントロールできる初めての、
インクジェットプリンターの出現だった。
惜しむらくは、まだ日本国内では、A3ノビしかハイコーリティのペーパーがないことだ。
A3ノビペーパーの適合はPX5500だ。

●銀塩写真とデジタルプリントの差は、実に気分的なものだ。
銀塩カメラとデジタルカメラの違いと似ている。
デジタルプリントに銀塩プリント、特に暗室作業のような、暗闇の神秘的な部分はない。
コーリティに関しては遜色ない。
ある著名な銀塩写真作家は、僕の写真を見て、
額に入っている写真と、裸で壁に貼り付けてある写真を見くらべ、
額に入った写真を銀塩と勘違いしたのか、その違いをとうとうと述べたという。
実に心理的なものだという証拠だろう。そして今後ますます、
銀塩のコーリティは下がり、デジタルは上がってゆく。

●デジタルプリントの最大の利点は、一枚プリントするには、
その経費は銀塩と変わらないし、もしかしたら高いかもしれないが、
一枚のオリジナルピースを作れば、まったくそれと同じものが、作成できるということだろう。
それこそ写真の原点、「複製時代の芸術作品」だ。
もともと写真は「世界の複製」だ。それを再度、印画紙に複製するのと、
ペーパーにデジタルプリントすることに、何の違いがあろうか。
しかもデジタルのメリットは、作者が100%のコントロールが可能だということだ。
それは銀塩写真にもなかった、最大のメリットだろう。
一枚一枚、作家が直接プリントすることができる。
そしてそれは、何枚でも同じようにプリントすることができるのだ。

●そこに、新たな問題点がある。
無限にプリントすると、その写真はいつまでも、たとえどんなに売れても、市場価値が上がることがない。
感動のみで写真を所有したとしても、
市場価値という、一種のゲーム性は、アート作品を買う醍醐味でもあるのだ。

●そこで重要なのが、ギャラリーとギャラリストなのだ。
今回僕は、ギャラリストの福川氏と話し合い、1プリント50部限定にすることにした。
エディション50ということだ。その数的保障は、ギャラリスト福川氏が受け持つことになる。
エディションの管理がギャラリーの役目だ。
A3ノビ、デジタルアーカイバルプリント、
特注額込みで、エディション番号1~10を18,900円に設定した。
この写真展のイコン的な写真は、すでに10枚売れたので
エディション番号11-20になるので、価格は額込みで、31,500円になった。
今回は、価格を戦略的に低くしたが、(実質写真のみで100ドルだ)デジタルプリント、
市場価値の定まっていない出発点としては、妥当な価格だと僕は思っている。
この先、僕が写真を発表し続ければ、自然に価格が上昇するのは当然だろう。
今回買った人はかなりバーゲンだったのでさらにその可能性が高い。
そういうことを、永続的に保障してゆくのが、ギャラリー、ギャラリストの役目だ。
(だからギャラリーが何年、商業ギャラリーとして運営されているのかも重要だ)

●日本では銀塩写真の市場は残念ながらできなかった。
しかし、今回の僕のように、ハイコーリティのデジタルプリントで、
価格を低くおさえ、まず最初に感動を所有する価格から始めたらどうかと思う。
多くの人がこの考えに賛同してくれると日本に本当に、
アート写真の市場ができると思う。写真のオークションが活発になり、
そのことによって、写真の価値がでてくる。
そのことが、銀塩写真の価値を底上げするだろう。
デジタル時代になったからこそ、今その実験をする時になった。
●そのためには、福川氏のようなギャラリストがたくさん誕生することを期待している。
写真の楽しみは、撮るだけじゃない。写真家を育てることもこれから巣晴らしい仕事だ。
時間がかかるかもしれない。
写真学校を卒業した皆さん、才能ある写真家にであったら、
ギャラリストとなり、彼らと共に作品を発表する場をつくるのはどうだろう。
●そうすることによって、写真家が「心の裸の写真」で、勝負できる時代がくることが理想だ。
日本で評価されたものが、このグローバル時代に海外で通用しないはずはない。
そこには、プロもアマチュアもない。違う仕事を持ちながら、作品を発表してゆく。
そして売る。そういう作家は欧米ではたくさんいる。作家で食べてゆくには、
10年20年と地道な努力が必要だからだ。

● もし、若いカメラマン、中堅のカメラマン、売れている人も、
売れていない人も、10年さき、20年さきの自分を想像してみるといい。
今の仕事はなぜあるのか。それはほとんど人気があるからだ。
もしくは便利だからだ。人気も便利も、代用はいくらでもいる。
若いから使いやすいし、才能があるように見えても、ながく続けているとそれは価値がなくなる。
そのためにも、若い時代から作品をこつこつと発表し、売ることだ。
それが地道な無形の財産になるはずだ。いやもしかしたらそのなかからスターが生まれるかも知れない。
●そのためには、たくさんのギャラリストが生まれて欲しい。
ギャラリストの数だけ、価値観の違う写真が存在できる。
★ギャラリスト、これほどスリリングな仕事はないぞ!

そして、写真を勉強した多くの人、写真を撮るのが大好きな人、
一枚の写真を買うことによって、生活が変わることを、夢想してみよう。
それには、写真家、ギャラリスト、コレクター、写真愛好家が連携する必要がある。

☆最後に写真コレクターの原茂さんのひとこと
“原さん曰く写真を1枚買うと
「ギャラリーが優しくなる」
「作家と親しくなれる」
「生活や人生まで変る」
極めつけは「もてる」ということでした。”

北井一夫x原茂x渡部さとるトークショーより


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2006.03.06

鬼海弘雄写真展

kikai

鬼海弘雄さんの写真展「ペルソナ」が、銀座ニコンサロンで開催中。
ずっと気持ちのブレない写真家として、尊敬している。明日、もしくは10日に行く予定。

地図

銀座ニコンサロン

鬼海 弘雄展
[ぺるそな]
2/27(月)~3/11(土)
10:00~19:00
3/5(日)休館

<写真展内容>
作者が写真を撮る面白さを知ってから、三十数年がたつ。その間、市井の人々の肖像写真を柱として、数少ない連作だけをモノクロフィルムで撮ってきている。自分に課す「ゲームの規則」は単純で、人の営為の影を、抽象に「逃げず」に正面からレンズを向け、考え続けることだけだ。
この写真展「ぺるそな」は「王たちの肖像」「や・ちまた」と同じシリーズで、浅草を舞台に普通の人を主役にしたポートレイト集である。
今でも、他人にカメラを向けるには決断と勇気がいる。ただ、ひとがひと(他人)にもう少し思いを馳せ、興味を持てば、功利的になる一方の社会が弛み、互いに少しは生きやすくなるのではないかと思い、作者はいつも出会いの緊張を跨いでいる。そんな錯覚に駆られ、存在感のある人びとをより格好良く、大舞台に立って物語をつむぐ主人公のように撮りたいとだけ思っている。もっと人を好きになればいいのだと。
それから作者が内緒にしていることだが、写真は「芸術」などではなく、隠れている道理をあきらかにする表現方法だという、小さな妄想も抱いている……。

<作者のプロフィール>
鬼海 弘雄(キカイ ヒロオ)
1945年山形県生まれ。68年法政大学文学部哲学科卒業。1987年写真集『王たちの肖像』(矢立出版)出版、88年日本写真協会新人賞、第13回伊奈信男賞受賞。92年写真集『INDIA』(みすず書房)出版、「写真の会」賞受賞。96年写真集『や・ちまた』(みすず書房)出版。99年写真集『東京迷路』(小学館)出版、フォトエッセイ『印度や月山』(白水社)出版。2001年写真集『しあわせ・インド大地の子どもたち』(福音館書店)出版、第2回さがみはら写真賞受賞。03年写真集『PERSONA』(草思社)出版、第23回土門拳賞受賞。04年日本写真協会年度賞受賞。05年写真集『In-between ポルトガル・マルタ』(EU・ジャパンフェスト日本委員会)出版。

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2006.03.02

京都 横木安良夫写真展

写真展「Teach Your Children1967-1975」 写真展の内容3月1日~18日(土)まで。

横木が京都ギャラリーにいる日時です。

●3月12日(日) 12~pm7 (pm4-7WorkShop)
●3月13日(月) 未定
●3月18日(土)11~pm7

2月28日、設営をした。
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Photo by K.Kitabatake
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Photo by K.Kitabatake
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Photo by K.Kitabatake
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photo by alao yokogi

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28日の朝、東京をたち一路東名高速で京都東まで。前日あまり寝ていなかったので途中仮眠をした。それでも京都東には11時についた。当初新幹線で行く予定が、荷物が増え結局ひとりではもてないので車にした。僕はもともとクルマの運転中毒なので、京都に行くぐらいどおってことない。イギリスに撮影に行ったとき、フリーウエイをいちにちひとりで1500キロぐらい走ったこともある。人の運転のとなりより、ステアリングを握りたい。
京都で神戸の写真家、大学時代のKに会う。彼の友人であるHおっちゃん、彼のアシスタントつながり、午後1時には学生が5人、夕方にはさらに5人来てくれて、東京の展示を再現した。彼らがいなければ、徹夜になったかもしれない。どうにか人海戦術で8時に終わる。
学生たちの一部は帰り、のこりの11人で近くのメチャうまい焼き鳥屋にゆく。
その後親子(おばあさんとその娘)でやっているヘルメスというバー。そこには僕の写真展の時代をの前後の歌謡曲のシングルレコードが整然と整理してある。
リクエストすると、娘さん(僕とおなじぐらいかな)が、人間ジュークボックスよろしく、すぐにかけてくれる。
たっぷり楽しんで、はらがへったということで、最後に京都で一番おいしい「龍門」という中華屋で、「狂気の鍋」をつついた。良くこんなに食べ、飲み、にんにく臭くなり、2時にホテルに戻った。
朝、にんにくの匂いがすごいので、ブレスケアを買い、5錠飲んだ。
あいにく、雨。それなのに多くのひとが、見に来てくれた。京都はよそ者に冷たい印象があるが、くるひとくるひととても、感じの良い人ばかりだった。12日のワークショップの後にも飲むので、楽しみだ。
昨日は、食事をして午後9時に京都を出発。予定では2時に東京の予定だったが、トラックが多くスピードがだせず、あげくに睡魔がひどく、二回仮眠して、ついたら3時半だった。


harumira1971a

★★京都ギャラリー ★★

3月1日(水)~3月18日(土) 
am11:00~pm7:00 期間中無休
京都四条烏丸近くにある、
http://www.kyotogallery.com/
メディアジョイITビル9F
phone.075-257-5435

★京都ギャラリーに展示してある作品はすべて購入できます。
こちらから申し込むか、直接アート・フォト・サイト・ギャラリー、ギャラリスト、福川にお尋ねください。03-3714-0552

★★WORK SHOPを開催します★★
3月12日(日)pm4-7 受講料¥1000 
講師 横木安良夫 福川芳郎

☆WORKSHOP申し込みは、
こちらからお願いします。


WORK SHOP の内容は、2テーマあります。

●銀塩モノクロ写真、デジタルアーカイバルプリント制作法

モノクロ銀塩写真(プリント、ネガ)をスキャニングして、最新のプリンターによる、
デジタルアーカイバルプリントを制作します。
銀塩写真でつちかわれたプリントテクニックを使い、シンプルで簡単な、
そして完璧なプリント法を、パソコン画面をプロジェクターで拡大して、紹介します。
(日本カメラ2月号で銀塩モノクロデジタルプリントを紹介しています)
使用プリンター EPSON PX5500

●写真の見かた、買い方、売り方について
ART PHOTO とは、何か
オリジナルプリントを販売が、
日本でなぜ成功しないのか、
そしてどうすれば、日本でも
欧米のように盛んになるのか明確に提案します。

☆日本で唯一といっていい、
写真をメインに扱うギャラリスト、
ブリッツインターナショナルの 福川芳郎氏
と一緒にトークします。
☆ギャラリストとは、何をするのだろう?

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2006.03.01

京都 横木安良夫写真展 3月1日~3月18日

写真展「Teach Your Children 1967-1975」 京都ギャラリー

harumira1971a

★★京都ギャラリー ★★

3月1日(水)~3月18日(土) 
am11:00~pm7:00 期間中無休
京都四条烏丸近くにある、
http://www.kyotogallery.com/
メディアジョイITビル9F
phone.075-257-5435

★京都ギャラリーに展示してある作品はすべて購入できます。
こちらから申し込むか、直接アート・フォト・サイト・ギャラリー、ギャラリスト、福川にお尋ねください。03-3714-0552

★★WORK SHOPを開催します★★
3月12日(日)pm4-7 受講料¥1000 
講師 横木安良夫 福川芳郎

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こちらからお願いします。


WORK SHOP の内容は、2テーマあります。

●銀塩モノクロ写真、デジタルアーカイバルプリント制作法

モノクロ銀塩写真(プリント、ネガ)をスキャニングして、最新のプリンターによる、
デジタルアーカイバルプリントを制作します。
銀塩写真でつちかわれたプリントテクニックを使い、シンプルで簡単な、
そして完璧なプリント法を、パソコン画面をプロジェクターで拡大して、紹介します。
(日本カメラ2月号で銀塩モノクロデジタルプリントを紹介しています)
使用プリンター EPSON PX5500

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オリジナルプリントを販売が、
日本でなぜ成功しないのか、
そしてどうすれば、日本でも
欧米のように盛んになるのか明確に提案します。

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ブリッツインターナショナルの 福川芳郎氏
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☆ギャラリストとは、何をするのだろう?

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アート・フォト・サイト・ギャラリーBLITZ
tel.03-3714-0552   詳しいことは、ギャラリーに直接お尋ねください。

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