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26 posts from May 2006

2006.05.30

名古屋でキャンデット・フォトと味噌カツ弁当!

Canonの撮影会が終わってから、豊田市に滞在している友人のところに行った。
そのとき、スナップした写真。豊田市は、かつて東洋のデトロイトと呼ばれた。どこがというぐらい空き地だらけの辺鄙な田舎。トヨタが繁栄したのも、このまるで日本国内開発途上国だったことも、理由のひとつかもしれない。いまや世界のNo.1の自動車メーカーにならんとするトヨタ。多きく変容しつつある。
写真を撮って気づいたことは、やはり関東はとは、雰囲気が違うということ。
写真はJR中央線、愛知環状線、そして四郷駅、それと新豊田の駅。
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●撮影会の翌日、名古屋から東京に新幹線で戻った。
そのとき、名古屋駅で「みそカツエビャーフライ」弁当を買った。
名古屋の名物が両方入っているとのこと、見本も美味そうに見えた。
ライスは暖かいのもあるといわれ、乗ったらすぐに食べるつもりでそちらのほうを頼んだ。
ペットボトルのお茶としめて、1000円ちょっと。弁当としてはそんなものだろう。
さて、食事のことをここで書くことはめったにないが、僕はベトナムのようなところに行っても、
それが食べた料理の写真を撮らなくちゃならないものも、撮り忘れることがしょっちゅうだ。
先に食い気、しかたがなく、食べ終わったところや、食べかけ途中でレイアウトしなおして撮ったこともある。
だから、新幹線のなかで食べた弁当の写真は撮っていない。
そんなことより、早く食いたかった。
暖かいご飯をかたわらにおき、まずはソースたっぷりにしたされた味噌カツに食らいついた。
ショックいうより、かじったまま噛み切れなかった。
かたいんじゃない。口が動かなくなった。
いや、なによりその食感に唖然としていた。

僕はトンカツが好きだ。美味い豚肉は牛肉よりはるかにうまい。
かつては、毎昼カツ丼を食べていたこともあった。
今トンカツのベストは、三軒茶屋、茶沢通りにある、肉屋の二階のトンカツ屋の上ロースが一番好きだ。
かつて、若く貧しい頃、目黒とんきのひれカツを食べて、感動した。
そのときはじめて、ヒレカツなんていうものがあることを知った。
でもやはりトンカツはロースだ。
その肉屋の上の上ロースは、霜降りで最高に美味い。ジューシー。
そして定食で1200円ぐらいだから決して高くない。
僕は、、カレー屋にいくと絶対にカツカレー。それも劇辛。
一日一食がカツでも全然OKだ。
それほどトンカツがすきなのである。
正直、これまで名古屋のみそカツが、ものすごく美味いと思ったことはない。
普通に辛口ソースと、からしとキャベツが僕の定番だ。
それに大根おろしたっぷりが好きだ。
大根おろしに、ポン酢や醤油はつかわない。あくまで大根おろしにソースなのだ。
デニーズのおろしトンカツにも絶対にソースをかける。
トンカツソースより、ウスターソースが好きだ。
それをしゃきしゃきのキャベツと一緒に食べる。美味い最高。
でも少々まずくてもたべてしまう。
日本のトンカツは、ロースはときどき外れる。脂身が横にあって、時々くどいのがある。
こんなものかと、文句いいながらも、でもきちんと食べる。
実は以外と、サイパンやグアム、ベトナムの日本食屋のトンカツが美味い。
ひれじゃないのに、脂身がないが、少しジューシーだ。あんまり厚切りである必要もない。
トンカツついでに、カツ丼話だが、普通の蕎麦屋の、あまり高級では無いカツ丼が好きだ。
チェーン店のトンカツ屋の分厚い、カツどんはバランスが悪くニクニクして美味くない。
僕の友人が、静岡県伊東の町の、すしも、うどんも、てんぷらも、
なんでもある蕎麦屋の上カツどんが日本で一番美味いというので、食べたことがある。
日本一かどうかは、わからないが、かりっと上げたて、カツは大きいが、あまり厚くなく、卵がジューシーで合格だった。こいつはカツどんを熟知してると感心した。
カツ丼のかつは絶対に厚すぎちゃいけない。
カツどんのカツはかなりむづかしい。
特に自分で冷たいカツで作ったとき、煮込みすぎ、まずくなる。
やはり適度な厚さのトンカツを卵レアー状態でさらりとつくるのが絶対に美味い。
でも、そこに葛藤が起きる。僕はトンカツが好きだ。上げたての暖かいトンカツだったらなにも、カツどんにする必要はない。キャベツとトンカツとソースとカラシとごはんで十分だ。
肉屋のトンカツは衣が怪我するぐらいぱりぱりのやつがある。それでも僕は怪我しても、やけどしても食べる。
目黒のとんきのヒレカツをはじめて食べた、35年ぐらいまえだった。その衣のソフトさに驚いた。ソフトなのに最高に美味かった。僕はいっぺんにとんきのファンになった。
いくと1時間ぐらい待たされたが、しきるおばさんが、待っている2、30人ぐらいを、どうやって記憶するのか、注文をきいて、カウンター席を、完璧に回す。
そのころ、働いているおんなのこは、全員色が真っ白で、小柄で、きっとどこかの決まったときから、集団就職してきたに違いないと思わせ、彼女たちのきびきび働くさまを見ているのも楽しみだった。
そのうち、女の子たちの色の白黒、背の高さもまちまちになり、いつ頃からだろうか、あまりトンキにいかなくなった。
僕の友人、やはりトンカツ好きは、トンキのトンカツは衣と肉がばらばらになるのが、好きじゃないと言った。そんな味わい方があるとはそのとき知った。でもトンカツ嫌いは、なぜかトンキのトンカツが大好きだ。

さてさて、新幹線の味噌カツエビャーフライ弁当の話に戻る。
ぼくは絶望した。
冷たい、ふにゃふにゃのあまったるい味噌ソースに緩んだトンカツの衣は、僕のトンカツ観から遠くはずれた、げろまずだった。
こんなの好きなとんかつやろうがいるのだろうか。そして、エビャーフライはもっと悲惨。昔からよくある芯のように細いえびに、たっぷりななんともいえない、ぱさぱさのふにゃふにゃのぶあつい衣が口のなかで、なめくじのように融けた。
そうとうまずいものでも、いったん口に入れたいじょう食べる主義なので、僕はそれをかっこみ、お茶で流し込んだ。近来、こんなまずいものを食ったことが無い。
暖かければましだろうか。それより、味噌ソースを別にすればいいことじゃないか。
味噌ソースのたれにひたすから、味噌カツ?なのだろうか。でもこの味噌カツを美味いと思う人間とは、僕は一緒に食事ができないなと思った。
トンカツフリークには、許せないことだ。それでも我慢して、僕は、カツと、どろどろころもとキャベツがからんだ、げきまずを全部食べた。なぜか、なぜだろう、暖かいごはんが半分しか食べられなかった。
それほど、食う気力の無くなる弁当だった。
まあ、こんなことを書いても、あの弁当が売れなくなることもないだろう。
でも、ひとりのトンカツ好きは、その弁当のせいで、味噌カツを二度と食べたいと思わないかもしれない。
よほどうまいと折り紙つきじゃなければね。
いまでもその、なんとも不気味な感触が口に残っている。はやいところ、美味いトンカツを食わなければ。


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モデル撮影会

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●5月28日 名古屋東山植物園でCanonの撮影会の講師をした。
モデル撮影の講師初体験はもう10年以上前、15年はたっていないと思う。
場所は今回と同じ名古屋東山植物園、Canonの撮影会だった。
講師としては、秋山正太郎先生、中村正也先生がまだまだお元気で、僕は一番下っ端の講師だった。
モデル撮影会がどんなものか、おおよそのことは、知っていても、
実は、そんな撮影会に僕はほとんど参加したことはなかった。
それも遠い昔、日芸一年のとき、入っていたフォトポエム研究会というサークルで新入生歓迎撮影会と称して古川庭園でやったのと、写真学科に商業部会とうのがあって、場所はわすれたけどそこで撮影会なるものに参加した。講師がいたわけではなく、モデルを囲んで各自適当に撮った。

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1967年5月 最初のモデル撮影 古川庭園
AsahiPentax SP 105mmf2.8

当時のモデルは、普通の人と着るものも違い、まつげ3段重ね、化粧もばっちり、浮世離れしたモデルを見て興奮した記憶がある。そんな芸能人みたいなかっこうで歩いているのは、モデルのようなごく一部の女性だったからだ。
それがくずれてきたのは、ananやnonnoが創刊された、1970年すぎのことだった。日芸の女の子とたちのファッションが劇的に変わった。
最近は、服装や髪型は、タレントやモデルより一般の女性のほうがセンスがよいぐらいなので、撮影会のモデルの衣装を見せてもらうと、チープだったり、感性がなかったりで、びっくりする。
「これで写真を撮るの?あなたね撮影会って、非日常なんだから、そんななんでもないパンツとTシャツもってくるなよ」
なければ、せめて露出度のあるもの、マイクロミニ、ホットパンツ、と工夫が欲しい。でも皆貧しく持ってないんだよね。無理しないから。撮影会って、あなたの日常を撮るんじゃないんだねどね・・・。

話を元にもどして、大学1年の夏だったらろう、他の写真学校の先生が、生徒5,6人を引き連れて、
三浦の貸別荘泊まりがけでNUDE撮影するというので、便乗したことがあった。
18歳まだ本物の女性の裸をまじまじと見たこともなく、興奮した記憶がある。

プロの写真家となり、15年ぐらいたってから、ぼくもいつのまにか40代になったころ、Canonから撮影会の講師をやらないかと打診された。あんまり深くは考えなかったが、講師って何をすればよいのか分らなかった。でも野次馬根性で受けたた。

なにしろ、ひとりのモデルを大勢で取りまいて撮影する経験は、プロになってからまったくなかった。だから実はとまどっていたのだ。
「こんなんじゃ写真取れないよ」
が僕の本心だった。
モデルにしろ、タレントにしろ、被写体と一対一で向かいあい、コミュニケーションをとりながら撮影するのが、僕の人物撮影のやりかただからだ。
20人から30人、多いときは50人から100人ぐらいが、ひとりのモデルを取り囲んで撮影するなんて、まるで共同記者会見の取材みたいだ。これはどう考えたった女性を撮る、写真家のやりかたじゃない。

僕が女性に限らずポートレイトを撮るときまず場所を決める。場所はよほどじゃないと、具体的なもののことは少ない。
だからどうみても公園という場所で撮ることはめったにない。公園だとしても、手入れされていないあんまり綺麗じゃない、公園らしくないところをかぎまわり、撮るのがすきだ。
まあそれでも女性のポートレイトだったら、日差しがあり、木陰でもあれば、単純な逆光のポートレイトは狙える。それでいいのかもしれない。
撮影会ではなにより一番重要なことは、大勢が撮れるところということになる。
結局、木立の奥ではなく、広く抜けているところにモデルを立たせる。
そこで、モデルがわざとらしく、ポーズをして、作り笑いをし、目線をまんべんなく配る。
それはそれで、キッチュでいいんだけれど、パロディではなく、本気でまじめにそういうふうに撮る経験は僕にはない。

だから撮影会では、僕のもっている撮影テクニックのほんの数%しか教えることができない。
最初のころは、モデルにポーヅをつけていると、声のでかいえらそうな奴が、僕と同じぐらいの年齢の奴だが、
「ねえ、ねえ、先生、その場所だめだよ」
という。40代でも講師としてはそのころ僕はまだ新人だった。
段取りが悪いので、甘く見られているのだろうか。
撮影会の場所探しは、普段の趣味とは違うところを選ばなくちゃなないので悩みが多いのだ。
それは今でも同じだ。
そのとき僕は、民家の縁側にモデルを座らせ、柱によりかかるように指示していた。
「どうして?」
僕はその男に聞いた。
「だって、そんな柱に寄りかかったら、頭からツノがでているようになるじゃない」
「?ハア?・・・・でもツノじゃなく、柱にしか見えないよ、ちょっとアングルを工夫すればいいんじゃないの?」
「だめだめ、そういうのは、コンテストでは通らないだよ」
たいてい撮影会は、そのあとコンテストになっている。
ああ、これがアマチュアの世界にある迷信なんだなと思った。
僕の大好きな「日の丸構図」もそうだ。
結局僕はその馬鹿オヤジを無視していたら、どこかに行ってしまった。

僕は、撮影場所を決め、モデルに指示をしてから、他の先生の講師ぶりを見学することにした。
ほとんど何にも指示をせず、成り行きに任せる先生が多い中、一色一成先生と大山謙一郎先生の二人がとても印象的だったら。特に一色先生は飛び回り、ボディアクションで力いっぱい、皆の歓声を受けながら、楽しくやっていた。
そう、撮影会は楽しむ場所なのだ。撮る側も、講師も、楽しめばいいのだ。
えらそうに、するっていうのも手だ。まあ、実際えらくなくちゃいけないのだけれど、
俺は売れっ子カメラマン。なんでも教えてやるぜ。っていうスタンス。意外とそういう写真家もなぜか人気がある。
といってもそれ、それはキャラの問題だ。
飛び跳ねるとこもできず、かっこうつけることもできな僕にとっては、かなり難関のしごとだった。
それに今だから言えるけど、僕はアマチュアカメラマンと写真の話をするのが大嫌いだったのだ。
僕はあんまり、カメラに興味がないし。話す接点がない。ふたこと、みこと話すともういらいらしてくる。
それがいつごろからだろうか、アマチュアカメラマンのことが突然好きになった。
まあ、プロだアマだと考えなければ、いいことだったのだ。プロ、アマと一線を引いたほうが、楽だと思うカメラマンもいる。でも、僕はそういうことを取っ払ったほうが、普通に話せるので性にあっている。

モデルがあんまり可愛くなくて、撮影の場所がよくなかったりすると、2人のモデルに5、6人のカメラマンになったりする。そんなときは、一対一で撮らせたり、まあ、結局僕の個人的なファンなのかと思い、楽しく雑談することになる。
今回、午前も午後もモデルはよかった。だから途中までは、自由に撮ってもらい、休憩の前ぐらい同じ場所で長く撮った。するとだんだん人が減ってくる。休憩が終わると、ちょどよいぐらいの人数になっていたので、それまで別々にポーズしていたモデルを、2人一緒にして撮ってみることにした。
モデル二人撮り、ファッション誌の定番だ。
ひとりでポーズさせるより、二人ならぶと二人の関係性ができて、少しナチュラルになる。
まあ、撮影会のコンテストには選者がいるので、その人の趣味が反映するから、どうなるかわかんらないが、まあありきたりじゃない写真が撮れたはずだ。

本当はモデル撮影は、少人数で、できれば一対一で撮るのが絶対よい。
しかしお祭りとしてきれいなモデルさん、外人モデルを撮るのは、経験としては楽しいはずだ。
カメラメーカーの撮影会が年々減る傾向。
おじさんばかりではなく、若い女性なんかも来てくれるといいかな。
多くのプロの話を直接聞ける。質問すればなんでも教えてくれるはずだ。
たしかにモデル撮影会は、ちょっとアナクロな、変態イベントだ。
はたから見てると、異様だ。
でも写真を撮る根本的な、「楽しむ」こと、そしてさまざまな人と、特に現役のカメラマンと「直接会う」という、一番大切体験ができる場だ。
得ること絶対にあるので、参加しましょう。
・・・・こんなこと撮影会の前に言うべきかもしれないが、これからもいろいろあるから。
撮影会は、作品を作る場じゃないかもしれないが、何かを学ぶ場であることはたしかだ。

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2006.05.27

絶対見るべ写真展ギーブルダン明日27日まで。

●都写美でのギーブルダンの写真展、ついに明日までだ。絶対に見るべき。特に若い人に見て欲しい。
目からうろこではなく、正直立ち直れなくなるかも。
この時代にギーブルダンが生きていなくほっとするかも。
まあ、天才と張り合ってもしかたがない。
そういう写真家だ。
僕は、ギーブルダンは、写真家の中の、唯一の天才と思っている。
単純にコマーシャル、ファッション写真家だと甘く見ると怪我をする。
天才ってこういう人のことを言うのだなってわかる。
写真を語るのならば、こういう写真家を知ってから語るべきだ。
写真のこういう部分を無視して、写真は語れない。

●ギーブルダンの写真といわば、シャルルジョルダンの広告写真だ。
広告といっても、VOGUEなどで発表されたエディトリアル広告だ。
広告なのに数10ページにわたることもある。
日本のエディトリアルにはない、特別なファッション写真だ。
僕はフリーになったころ、昔のファッション写真を勉強する意味で、都中央図書館で、50年代後半から70年代後半のVOGUE(特にフレンチボーグ)を何日もかけて見たことがあった。もちろんギーブルダンは70年代の天才写真家だから、彼のシャルルジョルダンの写真はほとんど全部見ていたが、60年代前半から印象的な写真を撮っていたのは、そのとき知った。
●日本の多くの写真家がギーブルダンに影響された。
ペン、アベドン、ニュートン、ギーブルダンと偉大な写真家はいるけれど、
とりわけ「ギーブルダン風」の写真は、広告やファッションにあふれていた。
表面をまねすることはできる。でも次々と発表されるギーブルダンのVOGEUの新作は、いつも新鮮だった。
それはもう写真を越えていた。確かに写真なのに、まるで絵のようだったのだ。
いやどうみても、なまなましく、キュートで、わいざつで、ざわざして、オシャレ。
それは絵画の世界から飛び出た写真だった。それでいて、完全な写真なのだ。
友人が言った。まるでキューブリックみたいだと。

僕が山口小夜子の着物を撮ったとき、僕は彼女にギーブルダンについて聞いた。
そのずっと前に、ギーブルダンが、ボーグでたしか三松の10ページぐらいのエディトリアル広告を撮った時、山口小夜子がモデルなっていたからだ。海岸で小夜子たちが着物を着て、すっかり用意ができているのに、ギーブルダンはカメラを覗くだけで全然撮ろうともしない。着物を着たまま何時間たったろうか。皆が待ちくたびれた頃ようやシャッターを切ったという。撮影時間はさほどかからなかったという。それで10ページぐらいを撮りあげた。
ギーブルダンは、現役時代から変人で、連絡さきもなく、彼に仕事を頼むのは至難だったという。
たしか、「おれは土門拳になる」という本があった。写真家増浦行仁のノンフィクションだ。
そこに彼がギーブルダンの助手になったことが書いてあった。もちろんギーブルダンに会うのも至難だ。誰も連絡先なんてわからない。それでもどうにかこうにか、待ち伏せしてなったわけだが、ギーブルダンのチープな機材に驚いたという。撮影にペンタックス一台ぐらいしか持ってこないという。ライティングも最小。どうやってあんな華麗な写真が取れるのか、不思議だったという。まあ、助手をやったとしても、たいしてやることがなく、しかも気まぐれ、無給。
長くは続かなかったらしい。余談だが、増浦はそのご、ミケランジェロの彫刻の写真集「GENESIS」を撮り、都写美でも写真展をしている。
ギーブルダンに話は戻るが、彼は自分は画家になりたかったと思っていたらしい。そのためか、いや彼の変人のせいか、現役時代、一冊の作品集も、一線で活躍中は一度も写真展もやらなかった。やる気がなかった。
1991年にギーブルダンは死んだ。(自殺だともいわれている)その後、血縁者が彼の写真をまとめ、写真集をつくり、こうやって回顧展もできるようになったみたいだ。
ギーブルダンの写真は、まだたくさんある。僕の好きな写真がかなり外れていた。あのスペースじゃ狭いのだろう。

今の若いひとは、ギーブルダンを知らない人も多いようだ。
この写真展は絶対に見るべきだと思う。
とくに、ゆるいいやしのような写真の時代が10年以上も続いた今、これから写真家をめざす若い人たちならば、ヒントを与えてくれる絶対に知らなくてはならない写真家だ。
それは写真がいかに写真で、写真は以下に自由で創造的なのか、思い知らされる写真展、写真家だからだ。
そして、偉大な写真家はいるけど、彼は偉大というより天才だった。

展示は、大判のCBプリント以外、初期のモノクロームの写真、テスト用ロケハン用のポラロイド写真、Type107モノクロ?、108カラー、カメラはたぶんPolaroido195、SX70、そして35mmペンタックス(昔ペンタックス用にカレンダーを撮っていたのを見たことがある)他にたぶんペンタックス67(67のフォーマットがある)そして初期には、ハッセルもつかっていたようだ。
それと8mmもしくは16mmのムービーのなかに、8x10デアドルフで撮る若者が写っている、あれはギーブルダンなのだろうか。

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2006.05.26

ギャラリストの感想

アート・フォト・サイトギャラリーのギャラリストのBlogから、パルコロゴスギャラリー、レアブックコレクションと、横木安良夫ミニ写真展「Daydream Believer」の総括!

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Canon大撮影会in 名古屋

5月28日、日曜日 2006年キヤノン大撮影会in名古屋に、講師で行く。名古屋方面のかたがた、会場で気楽に声をかけてください。
天気が心配だけど、楽しくやりましょう。講師の顔ぶれが新しい。いや、昔は若手だったけど、若い講師が増えた。

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2006.05.25

5月25日 ロバート・キャパは地雷を踏んでふきとばされた

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2004年5月25日 ベトナム タイビン キエンスオン(タンネ) キャパの最期の土地の500mほど手前

今日、5月25日は、ロバート・キャパの命日だ。
1954年(昭和29年)5月25日、日本滞在のあと、インドシナ、現在のベトナムの首都ハノイから、南東にある黄河デルタの町、タイビンでキャパは地雷を踏んで死んだ。40歳だった。
詳しくは、「ロバート・キャパ最期の日」を読んでください。
ロバート・キャパブログ

その本のなかに、登場するキャパが日本滞在中ずっと同行していた、毎日新聞社カメラマン、後にカメラ毎日編集長だった、金沢秀憲氏が、4月9日94歳でなくなった。キャパよりひとつ年上だったと思う。キャパが死んでから、54年間も、金沢は世界を見続けてきたのだ。

そして、50年以上も奇跡的にその一角だけが残っていた、キャパが最後に撮影した、荒地。
そこは(水田)は、今消えようとしている。
韓国の靴工場ができるという。
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2004年5月25日 ロバートキャパが最後に撮った写真と同じ場所

僕は、2年前、キャパ没50年の年、憑かれるようにキャパの取材をした。
そして死の場所を発見した。
まるで、キャパが僕の取材を待っているかのようだった。
もう、キャパ撮った最後の風景は見ることができなくなってしまった。(工場の状態は未確認)


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「ロバート・キャパ最期の日」から、キャパが地雷を踏む直前までの抜粋(決定稿とは違います)。
1954年5月25日 午後3時少しまえのできごとだ。
僕は、キャパが撮った、インドシナのモノクロコンタクトプリントを全部見た。
本のなかで、まるで小説のようにキャパの視点で、死の瞬間を書いた。
それは、まったく想像ではなく、コンタクトプリントの一こま一こまを見ながら、
写真家として最大の想像力をはたらかせ、書いたものだ。
写真家じゃなければ、絶対にかけないことを書いた。

・・・キャパはメクリンとルーカスから離れると、止まっている車両を縫いながら進んだ。
かつて水田だった道路の左側は今やすっかり荒れ果てていた。
その荒地を行軍する兵士たちをキャパは背後から道路の縁に立って撮影した。
その直後荒地をチャフィー中戦車が轟音をたて通りすぎた。
そこに歩兵が続いていた。戦車は五〇メートルぐらい先に停止した。
キャパは堤防の上の未舗装の道を歩きながら、
足止めを食らったトラックやジープの周りに退屈な時間をもてあましている兵士たちを見つけた。
キャパは片膝をついて低い位置から数枚モノクロを撮った。
彼らはとても陽気で、緊張感のかけらもなかった。
双眼鏡を胸に下げた兵士と、ステッキをつきながらあるく兵士がいた。
さらに進むと、道路は左に曲がっていた。
左側の一段低くなった荒地は扇がたに広がっている。
さきほど走りぬけたチャフィー戦車がすぐそばに止まっていた。
はるか先にはもう一台の戦車が左に曲がる堤防の前で停止している。
そこから砲撃準備をしているのだろう。
兵士たちは散開しながらゆっくりと歩いていた。
皆リラックスしている。まるでハイキングみたいだ。
キャパは土手から荒地に下り、その戦車まで歩いていった。
そして戦車に乗務する兵士に声をかけ、戦車の前部に飛乗った。
キャパはあまりに緊迫感のない行軍を、高いアングラから撮りたかった。
高い位置から見ると、荒地と堤防と戦車と兵士に緊迫感がさらに減った。
兵士たちを撮っているのに、まるでハイキングにでも行くような風景だった。


キャパは、タバコを口の端にくわえながら、
戦車の上からカラーフィルムの入ったニコンSで、
はるか前方に止まっている戦車と荒地を前進する兵士たちを背後から撮影した。
少し高いアングルから撮るだけで、兵士と風景のバランスに調和が取れた。
この日撮った写真のなかでも特別平穏な写真だった。
これこそが、インドシナ戦争だとキャパは感じていた。この戦争は日常のなかに存在すると。
突然地面を揺るがす爆発音が聞こえた時、キャパは振り返った。
西の地平線にもくもくと吹き上がる茶色の煙と火炎が見えた。
キャパは一瞬驚き、タバコを口から落としそうになった。
これこそがキャパが望んでいた光景だったからだ。
兵士はたちの多くは西の地平線をぼんやりと眺めている。
キャパは戦車から飛び降りた。そして兵士たちを追い越して前方に走った。
このフォトストーリーの本当の「ラストショット」が目の前に存在し始めている。
キャパは何度も振り返る。はるか西の地平線では煙がさらに空に広がっている。
それは予想以上の景色だった。
南からの風にあおられ、火煙はしだいに北に流れだした。
手前では戦車を従え呆然と西の空を眺めている兵士たち。
望んだ絵がそこにある。キャパは前方の土手を目指す。
もっとアングルを上げたかった。
撤退するフランス軍と、自らの陣地を破壊したフランス軍。
彼らのインドシナでおかれたイメージそのものが、
言葉ではなく、一枚の写真に象徴的に定着する。

キャパは走りながらニコンSについた三十五ミリレンズを五十ミリレンズに交換した。
この決定的な瞬間を、カラーとモノクロで撮りたかったからだ。
キャパはニコンを首にかけた。
煙は西の空を覆い、煙で太陽が丸く透けてみえている。
これこそが写真的な瞬間、シャッターチャンス。
タイミングとアングル。完璧だった。
キャパは土手を駆け上がって、直進する運河とカーブする道が作る三角地帯に下りた。
そこがキャパが選んだベストアングルだ。
地平線、空、太陽、爆破した要塞、煙、運河、戦車、兵士。
キャパはコンタックスを覗いた。
それは素晴らしいタイミングの写真になるはずだった。
 そこに罠があった。それは、自分でしかけた罠でもあった。
自分で思い描いたとおりの瞬間と自分が決定したポジション。
 刹那、キャパは耳から空気が抜けた。口に熱いものを感じた。
体は蒸発するように熱く、何がおきたのかわからなかった。
そしてゆっくりと宙を飛んでいた。刹那体は地面にたたきつけられた。
湿った地面は冷たくて気持がよかった。
草が目の前にあった。闇が広がった。すべてが終わったのだろうか。
頭のなかは白く泡のようだった。
 キャパはまんまと写真の罠にはまっていた。タイミングとアングル。
キャパが選んだ時間と空間、そこに地雷があった。
無念だった。そして自分を慰めた。短い一生。
こんなアジアの辺境で、このロバート・キャパさまが死ぬなんて。
………ただ、もうひとりの自分、アンドレ・フリードマンは言う。
「けっこううまくやった人生じゃないか、この人生に悔いはないよ」と平静だった。
ロバート・キャパは終わった。
ついに彼は本当の「ラスト・ショット」を撮ることはなかった。それは「幻のラスト・ショット」に終わった。


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2006.05.23

明日、5月24日、横木安良夫写真展「DaydreamBeliever」最終日

明日5月24日、写真展「Daydream Believer」の最終日だ。
am10-pm5時までだ。
渋谷パルコPart1B1 ロゴスギャラリー

僕は、2時~5時まで会場にいます。

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2006.05.22

「車道を逆走する女」

●写真展「Daydream Believer」は、5月24日までです。
★最終日24日午後3時から終了する5時まで、横木は会場にいます。

「車道を逆走する女」~だっこさんこと、朝霧裕~
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だっこさんこと、歌手朝霧裕さんが、写真展「Daydream Believer」Shibuya Now and Thenに来た。写真を一点買ってくれた。選んだ写真は、前回の写真展「TeachYour Children1967-1975」のときにも展示した、1970年に撮影した写真の8x10版だ。女性が、女性の写真を買うことは珍しい。もっともその写真は、彼女が生まれるまえに撮ったものだ。いったいこの女性が、どんなふうに暮らしているのか想像するのが楽しいと言った。その女性は僕の大学時代の友人で、前回の写真展のときに30年ぶりに再会しているので、僕はもちろん今のその女性を知っている。でもそんなこと、だっこさんには関係ないのだろう。写真は、「記憶」と、「想像力」の扉だから。だっこさんが、その一枚を決めるために選んだいくつかの候補も、ちょっと特別な視点で面白かった。
写真は見るだけだったら、好き嫌い、良し悪し、を簡単い言えるが、買うってこと、それとは全然違うことだ。値上がりを待つ、コレクターならいざしらず、写真を所有することは、たいていは自分の家、自分の部屋に飾ることになる。それは、自分のプライバシーに迎いいれることだ。だから写真を見るとき、ただ見るのではなく、この写真を買うつもりでみると、写真の見かたが全くかわってしまう。何しろ、もしかしたら、一生その写真がその人の生活の風景に、入り込んでくるから・・・・その写真が、これからだっこさんの、生活にどんなふうに受け入れられてゆくのか、とても楽しみだ。
だっこさんとは、ぁゅ☆姫をとおして知り合い、実際会うのは今日初めてだ。僕が、ぁゅ☆姫と最初にあったときにBlogを読んで、メールをくれていらいの、メルトモというわけだ。だっこさんのことは、彼女のHomePageを見て欲しい。そのなかに、ずりしと胸にひびくTEXTがある。
彼女は、自立するために、好きだった歌手になることを目指した。そして今その第一歩を踏み出している。
近いうちに、東京でもライブをするそうだ。是非言ってみようと思っている。
ダッコさんは、帰り際、突然
「今日、ダッコとお酒を飲みませんか?」と言った。僕はこのところ連日飲んでいたので、今日は6時には帰るつもりだった。でも女性からのお誘い、喜んで、喜んで、受けた。ちょうど、柊君と、佐々木君がいたので一緒に飲むことにした。そして2時間ばかり、渋谷のおやじばかりの飲み屋で飲んだ。だっこさんは、生まれてはじめて馬刺しを食べるとはしゃいでいた。
写真展に来るときは、介護の人と一緒だったが、帰りは柊君が途中まで送り、あとは一人で帰った。ひとりで変えれるんだ、と僕は驚いていた。そして今度写真を撮る約束をした。

写真展、写真の販売、目標の50点を達成した。今日まとめて5点買った人がいたのだ。そして初めて写真を買う人が半分ぐらいいる。写真を買う人は確実にいることを知った。
写真展はあと3日。最後の日には3時ごろ顔を出す予定。


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2006.05.18

ギー・ブルダン写真展 鋤田正義写真展

横木安良夫ミニ写真展「DaydreamBeliever」~Sibuya Now and Then~

渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

5月12日~5月24日 am10-pm9 最終日pm5まで。

同時開催 レアブックコレクション

Daydreamphotocardsize150

写真展開催中 

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時


●写真展を続けて四つ見た。

まず銀座ポーラミュージアムアネックスで、ピンホールカメラで作品を発表して続けている、
田所恵美子
の新作を見た。彼女のパリのピンホールは、巷にあふれるピンホール写真のかなでも、ありふれたパリという風景を撮っていながら、どこか遠い世界のようで、ピンホールならではの描写が心地良かった。パリは撮り尽くされているけど、まだまだパリは存在しているのだと思わせてくれる。そしてそれは、まぎれもなく、写真だった。
ところが今回はまるで、絵画のような、静物画写真だった。なぜこれをピンホールで撮るのか、意味がさっぱりわからなかった。まるで絵画みたいなんて、もう写真が50年以上前に唾棄したもののはずではなかったか。パロディならわかる。でも残念ながらパロディには見えなかった。ピンホールカメラのアナクロな世界、そしてアナクロな静物画。百歩譲って、例え絵画的であったとしても、そこに新しい発見がどこにあるのだろう。どうしてこんなもの撮るのかな。もっとパリを、そして違うパリを見たかった。
同じように静物画の系譜にある写真ならば、目黒のキャスパーズギャラリーで現在展覧会を開催している、吉野和彦の写真は、グロテスクでこころをざわざわと刺激する。彼はまずオブジェを数週間から数ヶ月かかって作る。そして撮影が終わったらそのオブジェは壊してしまうという。作り上げた小世界は、吉野の目の前に一瞬存在し、フィルムのなかに永遠に存在する。写真にとって、スチルライフ(静物写真)って、そして、撮る神経、情熱は、吉野のほうが現代を生きていると思う。

その後、僕の若い時代のスター写真家鋤田正義の写真展を見た。リクルートのタイムトンネルシリーズで、「シャッターの向こう側」と題された、鋤田の写真を始めたころから、今までの写真を、2つの会場で展示したものだった。
鋤田はデヴィッド・ボーイ、やTレックスのマークボランの写真で有名だが、その前から僕の若い時代は、「JAZZ」の広告だ。そしてROPE?JUN?(鎌倉のバーレー場で撮っている、明るくなったり、暗くなったりするやつ)のCFが鮮烈だった。彼は僕の世代のあこがれの写真家だ。その後も、日本の音楽シーンでは、YMOや多くのミュージシャンを撮影している。ジャームッシュの「ミステリートレイン」のスチールも撮っている。日本の広告写真が華やかしころの真の写真家だ。
リクルートの会場も決して悪くはないけれど、それにこの長く続く企画の一環としては、こういうものだと思うが、鋤田のような本物の写真家、現在も現役であっても、写真界に足跡を残した写真家として評価し、
都写美のようなところで、ぴんぴんしているうちに、回顧展をするにあたいする写真家だ。
60年代、70年代は、広告写真が時代の最先端のアートだったのだ。
もちろん多くのフェイクもあるが、広告写真を、いやそれをリードした写真家を
マスメディア時代のアートとして、きちんと評価する視点が、今の日本の写真界に決定的に欠けている。
特に写真を評論する人が、一番わかっていない。
日本の写真界の夢の時代を無視して、日本の現代の写真は絶対に語れない。

その後、都写美にゆき、近年一番見たかった、ギー・ブルダンの写真展を見た。
ギーブルダンの写真といわば、シャルルジョルダンの広告写真だ。広告といっても、VOGUEなどで発表されたエディトリアル広告だ。広告なのに数10ページにわたることもある、日本のエディトリアルにはない、特別なファッション写真だ。
僕はフリーになったころ、昔のファッション写真を勉強する意味で、都中央図書館で、50年代後半から70年代後半のVOGUE(特にフレンチボーグ)を何日もかけて見たことがあった。もちろんギーブルダンは70年代の天才写真家だから、彼のシャルルジョルダンの写真はほとんど全部見ていたが、60年代前半から印象的な写真を撮っていたのは、そのとき知った。
日本の多くの写真家がギーブルダンに影響された。
ペン、アベドン、ニュートン、ギーブルダン。とりわけ「ギーブルダン風」の写真は、広告やファッションにあふれていた。表面をまねすることはできる。でも次々と発表されるギーブルダンのVOGEUの新作は、いつも新鮮だった。それはもう写真を越えていた。確かに写真なのに、まるで絵のようだったのだ。
いやどうみても、なまなましく、キュートで、わいざつで、ざわざして、オシャレ。それは絵画の世界から飛び出た写真だった。僕が山口小夜子の着物を撮ったとき、僕は彼女にギーブルダンについて聞いた。
そのずっと前に、ギーブルダンが、ボーグでたしか三松の10ページぐらいのエディトリアル広告を撮った時、山口小夜子がモデルなっていたからだ。海岸で小夜子たちが着物を着て、すっかり用意ができているのに、ギーブルダンはカメラを覗くだけで全然撮ろうともしない。着物を着たまま何時間たったろうか。皆が待ちくたびれた頃ようやシャッターを切ったという。撮影時間はさほどかからなかったという。それで10ページぐらいを撮りあげた。
ギーブルダンは、現役時代から変人で、連絡さきもなく、彼に仕事を頼むのは至難だったという。
たしか、「おれは土門拳になる」という本があった。写真家増浦行仁のノンフィクションだ。
そこに彼がギーブルダンの助手になったことが書いてあった。もちろんギーブルダンに会うのも至難だ。誰も連絡先なんてわからない。それでもどうにかこうにか、待ち伏せしてなったわけだが、ギーブルダンのチープな機材に驚いたという。撮影にペンタックス一台ぐらいしか持ってこないという。ライティングも最小。どうやってあんな華麗な写真が取れるのか、不思議だったという。まあ、助手をやったとしても、たいしてやることがなく、しかも気まぐれ、無給。
長くは続かなかったらしい。余談だが、増浦はそのご、ミケランジェロの彫刻の写真集「GENESIS」を撮り、都写美でも写真展をしている。
ギーブルダンに話は戻るが、彼は自分は画家になりたかったと思っていたらしい。そのためか、いや彼の変人のせいか、現役時代、一冊の作品集も、一線で活躍中は一度も写真展もやらなかった。やる気がなかった。
1991年にギーブルダンは死んだ。(自殺だともいわれている)その後、血縁者が彼の写真をまとめ、写真集をつくり、こうやって回顧展もできるようになったみたいだ。
ギーブルダンの写真は、まだたくさんある。僕の好きな写真がかなり外れていた。あのスペースじゃ狭いのだろう。

今の若いひとは、ギーブルダンを知らない人も多いようだ。
この写真展は絶対に見るべきだと思う。
とくに、ゆるいいやしのような写真の時代が10年以上も続いた今、これから写真家をめざす若い人たちならば、ヒントを与えてくれる絶対に知らなくてはならない写真家だ。
それは写真がいかに写真で、写真は以下に自由で創造的なのか、思い知らされる写真展、写真家だからだ。
そして、偉大な写真家はいるけど、彼は偉大というより天才だった。

展示は、大判のCBプリント以外、初期のモノクロームの写真、テスト用ロケハン用のポラロイド写真、Type107モノクロ?、108カラー、カメラはたぶんPolaroido195、SX70、そして35mmペンタックス(昔ペンタックス用にカレンダーを撮っていたのを見たことがある)他にたぶんペンタックス67(67のフォーマットがある)そして初期には、ハッセルもつかっていたようだ。
それと8mmもしくは16mmのムービーのなかに、8x10デアドルフで撮る若者が写っている、あれはギーブルダンなのだろうか。

最後に、西麻布のカフェショコラの壁で
ハッセルで撮った4点のモノクロの写真展を展示する22歳の学生小柳和彦君の写真展に行く。
「The State of THE HUMAN」 小柳和彦写真展 2006年5/15(月)~6/3(土)
Cafe Chocolat(西麻布) 日曜定休 月~木 11:00~24:00 金・土
11:00~29:00
まだ写真をはじめて2年。8月にはフィラデルフィアに留学するという。
写真ではなく、物理。でも写真が大好きだという。うー、若いっていいなあ。

やさしいCreCoデジタルカラーテクニック

やさしいCreCoデジタルモノクロテクニック


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横木安良夫写真展 「DaydreamBeliever」

「DaydreamBeliever」~Sibuya Now and Then~

渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

5月12日~5月24日 am10-pm9 最終日pm5まで。

同時開催 レアブックコレクション

Daydreamphotocardsize150


写真展 以下の日時に
横木は会場にいます。

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

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横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」


今回の写真は、1960年代後半から、2006年までのなかから、渋谷周辺で撮った写真を中心に展示しています。僕は1970年代後半から1995年まで、代官山に事務所がありました。その事務所でも多くの写真を撮りまた。特に、ペンライトを使用したシリーズ「TwilightTwist」の多くの写真が、そこで撮られたものです。
今回はスナップ写真ばかりではなく、TwiligtTwistのようなカラーの静物写真も展示しています。

★今回の写真展は、すべての写真がカラープリントするために、CReCoで調整してあります。
CReCoしたプリントの現物は、やはり写真展会場で直接見てください。

前回の写真展「TeachYourChildren1967-1975」の作品もすべてCreCoしています。

その写真を買うこともできます。「あからさまに写真を所有する」
」 

06calcrecokansei300

やさしいCreCoデジタルカラーテクニック

やさしいCreCoデジタルモノクロテクニック


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2006.05.17

フォトブロガーhanaさん突然、ブログランキング離脱宣言!

やさしいCreCoデジタルカラーテクニック

やさしいCreCoデジタルモノクロテクニック


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Hanatopsf
やさしいデジタルカラーテクニック、CreCo済み


NEWS 
フォトブロガーhanaさんが、5月17日深夜、
突然、ブログランキング離脱宣言をした!

しかも今度の、日曜日には、完全撤退するという。
なぜゆえ、常にランキング上位に、君臨していたのに、心変わりか。
写真に本格的に目覚めてしまった、ジレンマか。
写真が好きになると、ランキングが下がる。
いや違う、昨今の主婦とは思えない、社会活動、不穏な動きに、
味方は増えたのか、減ったのか。
そんなことに一気一憂する、かつての一等賞ネライのジュリーのように、
心底疲れはててしまったのか。

もっともBlogをやめるわけではないらしい。
さらに飛躍をもとめての、戦略的休刊だろうか。
まさか、ランキングUPのための、閉店セールのつもりだろうか。
それは芸能会や政治の世界だったらありえる、マッチポンプ。

僕は以前、某、ソーシャルネットワークにこんな、推薦文を書いた。

「フォト・ブロガーのスターosampo hanaさん、
弱冠2年で、こんな洒落た、愛のふきだまり写真を撮るとは、
鬼才、天才、悪妻か!
彼女がかぎまわる場所、発表の場所を
逐一ストーカーしながら叱咤激励、応援しましょう。 (ALAO)

ぼくは、hanaさんのBlogを応援してきた。
ひさびさの首位奪取は可能だろうか。
そんなhanaさんを、覗き見しましょう。

そこで、最後の応援歌。

♪ランキングに入ろう、入ろう、入ろう、
♪ランキングに入れば、この世は天国、
女のなかの、おんなはみんな、ランキングに入ってhanaと散る♪

思いついたのは、えー・・・赤いヤッケの高石友也、いやいや、
故高田渡だ。
彼の自衛隊に入ろうだ。

Blogランキングをまだまだ続ける、「必撮、勤め人」は、硬派BLOG、応援請願!!


Newsのついでに、僕の写真展の宣伝渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー


以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

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やさしいCreCoデジタルカラーテクニック

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やさしいCreCoデジタルカラーテクニック

やさしいCreCoデジタルモノクロテクニック

★今回の写真展は、すべての写真がCreCoで調整してあります。
CreCoしたプリントの現物は、やはり写真展会場で直接見てください。
前回の写真展「TeachYourChildren1967-1975」の作品もすべてCreCoしています。

その写真を買うこともできます。「あからさまに写真を所有する」
●5月12日~24日まで写真展 「Daydream Believer」 

渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

会場では、写真のテクニックについてでも、何でも気軽に質問してください。

横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

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2006.05.16

やさしいデジタルモノクロ写真入門 CreCo

1973crecodogenzaka700
「やさしいデジタルモノクロ写真入門、CreCoのTEXT 1」が完成した。
CreCoとは、やさしく、クリエーティブなデジタル画像処理テクニックだ。
今回はモノクロ編。カラー編は次回に紹介します。

やさしいCreCoデジタルカラーテクニック


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★今回の写真展は、すべての写真がCreCoで調整しています。
CreCoしたプリントの現物は、やはり写真展会場で直接見てください。
前回の写真展「TeachYourChildren1967-1975」の作品もすべてCreCoしています。

その写真を買うこともできます。「あからさまに写真を所有する」
●5月12日~24日まで写真展 「Daydream Believer」 

渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

会場では、写真のテクニックについてでも、何でも気軽に質問してください。

Miniphototext_1
横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

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写真の理系技術、文系技術

HomePage版、「文系デジタル技術モノクローム編 その1」

やさしいCreCoデジタルモノクロテクニック


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TerryMinaminoさんから、前回のTextについて、文句じゃない、あたたかいクレームがあった。 直接あったわけではなく、かなりそのsiteから見に来ている人がいるので、読ませていただいた。
僕のなかで、理系=技術 文系=感覚 と簡単に書いたことは、確かに間違いだ。
文系=感覚ではなく、文系でも教えられることは、技術しかない。
いってみれば、「文系技術」ということだ。
ただ、理系の技術と、文系の技術はかなり違うと思う。
これは、僕のかってな、文系頭で考えた、理系技術のことだが、理系は数学的整合性をなんだかんだいっても、求めていると思う。基本的には数値に置き換える。それは100人に教えれば、100人に伝わる技術だ。それにひきかえ文系技術は、ファジーだ。アナログ的と言っていいだろう。
理系技術さえ、適当にいいとこどりして、「分った気になって」取り入れてしまう。
この「分った気」になることが、最大の文系技術の奥義だ。理
系技術は、この「分った気になる」が最大の敵だと思う。
例えば、テレビが故障した。テレビをたたく。これは文系だ。もちろん理系でもそれで直ったら、いろいろ理由をつけるだろう。昔はそうやって、振ったり、たたいたりする、電機屋がいた。アナログ時代は、そうやって直ったこともあったのだ。それは物理学だからもしかしたら、理系かな?
文系は、思い違いは謝ればすむと思っている。
謝って実は、今回このTextのように、文系=感覚 理系=技術 確かに書いたことを、本当は撤回せず、なんだかんだといって、いいわけをして、論理のすりかえをする、これがまさしく文系技術なのだ。

さまざまな発見は、理系からも、文系からも生み出す。
理系的発明は、きちんとした実験から、そのほんの少しのひずみを見つけ出すことによって、あらたな発見があるのだろう。
文系的実験は、最初からルールをまもらない、適当、場当たり的に進み、そこで失敗をする。にっちもさっちもいかないときに、発見がある。

さて、僕はTerryMinaminoさんの意見を100%支持している。
感覚は教えられるものではない。だから技術をしっかり教えれろ!
写真の学校は技術を教えてくれればいいのだ。
ただ日本の写真の学校は、なぜか理系的な技術は教えてくれても、
文系的な「知識」を教えてくれるだけで、文系的な技術をなかなか教えてくれない。
具体的に言えば、カメラのあつかいかた、撮影のしかた、現像のしかたまでは教えてくれる。
そして、古今東西の名作の解説もしてくれる。
もっとも力を入れているは、写真の考え方だ。もちろんそれはとても大切なことだ。
しかし決定的にかけているのは、写真をどうやって他人に見せて、
どうやったら他人が自分の写真を分ってもらえるかだ。
そしてどうやったら写真で食べて行けるのか、
もし写真家で食べてゆけなければ、写真を勉強したことが、何に役立つか。
もちろんそんなことは、自分で考えろ。
そんなことより、頑張って、「良い写真を撮ればいい」んだ。

僕の友人でアメリカで写真を学んだ女性にかつて聞いたことだ。
その大学では、もちろん撮影やプリントの技術を教えてくれるが、
一番の授業は、現役の写真家が、自分の写真のテーマやその考え方、
そのコンポジット、作品の作り方や、そしてどうやって売り込みをしたかを教えてくれた。
アドバイスは、売り込みに行くときどういう態度で写真を見せるか、
あげくは、プロになったらどうやってギャラを決めるか、
そして請求書の書き方まで教えてくれたというのだ。

僕の友人は、その写真家に恋をした。でもやぶれ、結局彼女は写真家にはならなかった。
残念だが、そんな彼女が、大学で学んだことは、僕にとってはショックだった。
写真を学んでいて、そういうことが一番知りたかったことだからだ。
そのほとんどは、単なる技術なのだからだ。
技術はいくらでも学べる。
あるとき、その写真家は言った。
「何を撮るか、どのように撮るかは、あなたたちが決めることで、私は何も言わない。----そしてあなたたちの作品を見て、批評したりアドバイスをするのは、私が先生だからではなく、あなたたちの作品からたくさん盗めるものがあるからだ。だから私はあなたたちの生徒でもあるんだ・・・・」

日本では、ものの考え方をすぐ教えたがる。
ワークショップでも、写真とは何か、のテーマが圧倒的だろう。
しかし、物の考え方、感覚的なものは、教えられるものではない。
本来、そんなことは、自分で考えるものだ。

ましてかつてのように、大学やある組織が、情報を独占している時代ではない。
例えば学校の教科書は、かつてはバイブルだった。
なにしろそういう情報は簡単には手に入らず、それは公平に最新の情報を日本全国にばらまいたのだ。
そういう教育が必要だった時代の遺物だ。
しかし今や、教科書の情報なんてアナクロだ。
学校制度にしても、知識をつけこむのなら、わざわざ毎日集まって、授業をする必要はない時代だ。
いや、いまやインターネット時代になって、知識さえも頭に詰め込む必要はなくなったのかもしれない。
どうやって調べればよいのかの技術を持っていれば、それで済むことだ。
それなのに、旧来と変わらない学校制度は残っている。
今や、皆と同じことを知識として学ぶ時代じゃない。
それよりも、どうやって生きてゆくか、どうやって生きがいを見つける、どうやって食べて行くのか、、どうやって職業を選ぶのか、そしてどんな職業に就くべきか。そして就職、転職、趣味、そして生きることとは、何か、死ぬこととは、何かを、(そんなこと教師は教えられない、教えられないから、一緒に話し合うのだ。今やいっぽい的に知識を教える時代ではない。さまざまな技術を知り、それでさまざまなことを、老若男女、話し合う時代なのだ。そのためには、あまざま知っていればいい技術こそ学ぶべきだ。
根性ではなく、さまざまな技術で解決できるものを、教えるべきではないのではないか。
なにより、なんども言うが、今一番欠けている、他人とコミュニケーションする能力はどうしたらつくのか。

等々、理系技術と文系技術の話からだいぶ脱線したが、
言い換えれば、デジタル技術、アナログ技術ともいいかえられるか。

Digital Work Shopとして、デジタルプリント技術、CreCoのやり方は、まだまだ続きます。
なぜ、CreCoをするのか。そのことによって、写真はどのように見えるし、見せられるのか。
それは、Color写真でも同じこと、文化系的アナログ技術で何ができるかは、次で紹介しようと思っている。
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Daydreamphotocardsize150

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

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★今回の写真展「DaydreamBeliver」のすべての写真はCreCoしたものです。
僕がCreCoしたオリジナルプリントは、やはり写真展会場で現物を見てみないとわからないでしょう。
会場につめているときならば、気楽に技術的なことでも、質問してください。
そして、オリジナルプリントを所有するということは、どういうことなのだろうか、と考えてみるのもよいでしょう。
写真はただ見るだではなく、買う価値があるかどうか考えながら写真を見てください。
ただ見て評価するのは、評論家じゃないですか、本当の自分の心に聞くのです。
例え買わないとしても、もし自分が買うとの前提で写真を見ると、写真の見方が劇的にかわります。
だからとても新鮮な気分を経験できます。
それはきっと、ひとごとではなく、自分の生活に、写真家の撮ったオリジナルプリントを受け入れることになるからです。写真があなたの生活空間に侵入してくるのです。
そんな目で写真を見ると、写真の見方の真剣度が違います。
そんな実験の写真展です。あなたの欲望を抑えることができない価格になっています。是非ご覧ください。

「オリジナルプリントを、所有して毎日眺めていると、不思議なことに世界の見かたが変わる!」

*CreCo(CreativeControl)クリコ


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2006.05.15

文系式デジタルプリント(CreCo)その2

Daydreamphotocardsize150

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

--------------------------
★今回の写真展「DaydreamBeliver」のすべての写真はCreCoしたものです。
僕がCreCoしたオリジナルプリントは、やはり写真展会場で現物を見てみないとわからないでしょう。
会場につめているときならば、気楽に技術的なことでも、質問してください。
そして、オリジナルプリントを所有するということは、どういうことなのだろうか、と考えてみるのもよいでしょう。
写真はただ見るだではなく、買う価値があるかどうか考えながら写真を見てください。
ただ見て評価するのは、評論家じゃないですか、本当の自分の心に聞くのです。
例え買わないとしても、もし自分が買うとの前提で写真を見ると、写真の見方が劇的にかわります。
だからとても新鮮な気分を経験できます。
それはきっと、ひとごとではなく、自分の生活に、写真家の撮ったオリジナルプリントを受け入れることになるからです。写真があなたの生活空間に侵入してくるのです。
そんな目で写真を見ると、写真の見方の真剣度が違います。
そんな実験の写真展です。あなたの欲望を抑えることができない価格になっています。是非ご覧ください。

「オリジナルプリントを、所有して毎日眺めていると、不思議なことに世界の見かたが変わる!」

*CreCo(CreativeControl)クリコ

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CreCoワークショップ 2 モノクロ編2
HomePageバージョンこちらをご覧ください

やさしいCreCoデジタルカラーテクニック


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デジタルプリントの処理方法、レタッチ方法は、なぜか理系的、技術者系的な解説ばかりだ。写真は理的な部分もあるが、実はほとんど文系的な技術や感覚でするものだ。暗室作業にしても、化学実験というよりは、料理に近い。そこで、前回の、「理系ではなく、文系デジタルプリント処理その1」に続いて、その2というわけである。やはりモノクロ写真のCreCoのやり方です。カラーはしばらくお待ちください。

今回は、1973年、渋谷道玄坂で撮った、モノクロ、トライXで撮った写真を、CreCo(クリエーティブコントロール)してみる。かなり露出オーバーのネガで、スキャニングするには、無理のあるネガだった。スキャニングは、銀塩と違って薄いネガが得意だ。下の写真を見ればわかるとおり、特にハイライトのデーターが255からはるかに飛び出し、完全にデータの無い状態だ理系的処理で言えば、お手上げ、データのないところの写真はタブーだ。お笑いである。銀塩時代から、完全にぶっとんでいるところのある写真は、ざらだ。特に35mmカメラ(フルサイズ)のように小さなフォーマットの場合、過露光によってすぐに、トンでしまうところあり、いくら「焼きこんでも」でないことも、よくある。まあ、文化系的にはそんなこと驚くことではなく、何をしたとしても、自然に見えればよいことなのだ。
1(写真をクリックすると大きくなります)
1973creco01_1
NikomartEL 24mm ISO 800 フィルムTX パンドール現像 
スキャニング コニカミノルタ5400Ⅱ スキャニングサイズ 72pixle 横幅5399pixle 20M
そのサイズを、ウエッブ上にあわせるため、解像度72pixle 横幅1000pixleにリサイズしている。
フォトショップ→イメージ→画像解像度→横幅を5399pixle→1000pixle
次に明るさ調整

1973creco02
フォトショップ→画質調整→ライティング→レベル調整
1の写真をフォトショップコピーして見ればわかる。
レベル補正ハイライト側が空いている。簡単に言えばハイライト側のスライド(白)を動かして空いている部分をなくす。(画像の存在するハイライトを245付近まで動かして、データのあるハイライトをここにあわせる)
同じようにシャドー側(黒)のスライドを動かし、グラフの左側が空いているので、それを詰める。
そして真ん中にあるグレースライドでシャドーがつぶれすぎないように注意して、明るさを決める。
あとで「焼きこむ」ので明るめでよい。

1973creco03

★ここから先が、正確に言えばCreCoになる。
理科系、文化系と書いていながら、やさしいなりにもここまでは、文化系が適当にはしょうった理科系解説だ。
多くのデジタル処理解説はここまでの話だ。銀塩で言えば、現像液、印画紙を決め、段階焼きを作り、ストレートプリントを焼いたところだ。
しかし実際は銀塩プリントもここから勝負ということになる。
銀塩では、プリントテクニックという言い方をするが、デジタルはプリントするばかりではなく、ウエッブ上でも完成形となることもあるため、CreCo(クリコ、クリエーティブコントロール)という名前をつけたのである。
●さて、何をするかといえば、前回と同じ用ように、フォトショップ、ツールバーから「焼き込み」「覆い焼き」をさがしそれで、調子を部分的に変える作業だ。ここは、銀塩のプリントテクニックとまったく同じだ。ただ銀塩は一枚焼くたびに、最初から始めなくてはならない。失敗したらやり直しだ。デジタルは戻ることもできる。全体の調子を見ながら部分的にまずは焼きこんでゆく。
今回はかなり濃いネガだったので、もともと階調がない。銀塩プリントと同じように、ハイライトも無理やり焼きこんでゆく。デジタルメリットは、拡大して焼き込み、覆い焼きができることだ。なんか写真もそうだけど、焼きこんで行くと、写真も60年代、70年代の雰囲気になるから面白い。不自然にならない程度に、焼きこむことだ。
●「焼き込みツール」→サイズ170pixle→範囲(中間調)→30%でハイライト部分を焼きこんでゆく。
そして、「覆い焼きツール」で、シャドー部分を覆い焼きする。(シャドー部分のハイライトを覆い焼きするのがコツ)
また、拡大して、範囲中間調をハイライトにして部分的に焼きこむこともできる。ハイライトや焼きこみは、わざとらしくなりやすいので、露光量の%を少なめにしたほうがよい。
デジタルはなんといっても、戻ることできる、思い切っていろいろ試すのがよいだろう。得意、モニター上と実際にプリントすると違って見える。プリントのほうが、はるかに情報量が多いからだ。これはセンスの問題だがやり過ぎないように気をつけたほうがよい。巧いプリントは、本当はすごく手をいれているにもかかわらず、何もしていないように見えるプリントだ。
●なぜ焼きこみをするか、なぜ多い焼きをするのか、一番大切な、料理で言えば味付けの部分は、次回に説明する。これは当然感覚の部分だから自分で養うものだ。文系のアナログ的、ファジーな技術解説としては、可能なので、次をお待ちください。

1973creco04

そして仕上げとして、銀塩でいえばスポッティング、デジタルではゴミ取りをする。
そして、前回も書いたが、ウエッブ上にUPするため、Y(イエローをたしている)
ゴミ取りは、修復ツールを紹介されているが、僕は「コピースタンプ」を使う。慣れるとずっと早いからだ。
★なぜ、ゴミを取るか、それはゴミは邪魔だからではない、ゴミは主題になってしまうからだ。そのへんも次の機会に書いてみたい。

1973creco06

●さて、通常はこれで完成だろう。僕はここでは終わらない。特にこのように35mm露光オーバーの粒子の荒れた写真の場合(荒れて無くても僕は粒子をつける、%を落として隠し味として)には、スキャニングしても、美しい粒子にならない。それで、粒子をそろえる作業が必要になる。これが横木式CreCoの本当の隠し味だ。粒子があるなしでどのくらい感じが違うか、よく見て欲しい。不思議なことに、シャープ感もでてくる。僕はモノクロ写真の場合、99%アンシャープネスを使わない。アンシャープはエッジが強調されてしまうからだ。
今回は、もともと過露光、増感現像で粒子が荒れていたので、このサイズで5%のノイズを入れてみた。
●フォトショップ→フィルター→ノイズ→ノイズを入れる→均等に分布→グレースケール→5%→OK
1973creco07

●「写真をあからさまに所有する」text.....肖像権について書いてあります。

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2006.05.14

理系ではなく、文系式デジタルプリント処理その1

「オリジナルプリントを所有すると、不思議なことに、世界の見方が変わる!」

NEW補足
やさしいCreCoデジタルカラーテクニック

やさしいCreCoデジタルモノクロテクニック


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CreCo(クリコワークショップ)その1 モノクロ編1

デジタルカメラで撮った写真の処理は、解説を読むとどれも理系的、技術者系の説明が多い。以前日本カメラでも書いたが、写真は理系にみえて、実はほとんど文系の感覚でするものだ。
今回昨日、恵比寿写真倶楽部の「ぶらぶら撮影会」に遅刻して参加したときに撮った、京成高砂駅の風景を肴にちょっとその文系的技を紹介した。分りやすくするため少し、大げさにしているが、このぐらいやっても問題ないということだ。どういう風にややるかは、その人のセンス、その人の写真に対する考え方だろう。
まずは、GRデジタル、モノクロモードで撮った写真。(写真をクリックすると拡大します)
上がリサイズ(72dpi800ピクセル)しただけ、そして枠をつけただけの、ストレートな写真。よく見ると左の上のほうにこの日の空の雲には、さまざまなトーンがある証拠が残っている。そして、CreCo(クリコ・クリエーティブコントロール)したのが下の写真だ。肉眼にはこのぐらい、そらの雲がむらむらになっていた。
これは、何もデジタルカメラの問題ではない。銀塩カメラだった、こんな日、ストレートにプリントすると、こんなものだろう。それをいかに自分の目で見た印象に近づけるか、さらにもっと自分の気に入ったイメージにするかが、理系ではなく、文系、アート系デジタルプリントのやり方だ。
もっともこんなことは、かつての銀塩モノクロプリントでは、あたりまえのことだ。
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関係Photo

CreCo(クリコ)実践講座
すべてフォトショップエレメントでやりました。
●リサイズ 
オリジナルGRDモノクロモード ISO400 解像度72pixle 横幅3264pixle
A4程度にインクジェットでプリントするときには、サイズはこのままでOK。
★まず、ウエッブに載せるために、サイズを変える。
画質調整→画像解像度→幅を800pixleに。
以下はウエッブ上のサイズのこととして話を進める。当然インクジェットプリントのときとは、画像の大きさが違うので数値は変わる。
●調子を決める。
画質調整→ライティング→レベル補正→グラフ左右に空きがあるときは、そこを詰める。それから希望の明るさにする。その際、焼き込み前提なので明るめで問題ない。
●自分の望むとおりに、濃淡をつける。(これこそが、CreCo・・・銀塩ではプリントテクニック)
ツールバーから、「焼き込み」「覆い焼き」のツールを選ぶ。ここでは、
「焼き込み」ツールのみをつかう。
サイズ50~200pixle、パーセント20から30%、そして、範囲は、最初は,「中間調」を選択する。
そこで、自分のイメージ、または見た記憶どおりに空を、焼きこむ。
目立つハイライトも少し焼きこむ。このへんは試行錯誤。
自分の感覚を信じる。だからひとそれぞれのプリントになる。
空がムラっぽくなったが、僕の目で見た感じだった。もう少し写真としては、ムラを抑えてほうがよいかもしれない。そのほうが気持ちよくなるかも。それに、プリントするときは、モニター上とプリントしたものとの違いがあるので、これは、身体(目)で覚えるしかない。特別キャリブレーションなんて合わせなくても、自分のモニターとプリンターの違いを慣れよ!だ。かつてのプリンターと違い、とんでもないなんてありえない。おかしければ、プリンターが古いのか、壊れている。

下の二枚の写真を見比べて、僕が何をやったのか、見て欲しい。空ばかりをやったのではない。

●最後に、粒子感をだす。(これは銀塩風にするという意味ではない、粒子は表現の一つだ)
フィルター→ノイズ→ノイズを加える→均等に分布→グレースケールノイズ→量(1%~10%)この場合は、3%にしている。ここまですることは、あまりないが、ここはわかりやすくするため。

●ウエッブ上だとブルーぽくなるので、画質調整→カラー→弱冠Yイエローを足している。
EpsonPX5500のようなプリンターは、モノクロ黒のコントロールができるが、普通のプリンターは、モニター上と同じように、色をつける必要がある。
●黒枠をつける。これは、なくてもよい。やりかたは、いくつかあるので、次の機会。

*実は後ひとつ隠し技をつかっている。それはここでは関係ないので、後日ということで。まあ、写真をよく見ればわかると思う。

★CreCoは、何もモノクロ写真だけできるのではない。カラーでも全く同じことだ。
カラーについていは、次回ということで。

その2(まだモノクロCreCoのワークショップ)

今回のパルコでのミニ写真展。すべてこのやり方でプリントしている。是非現物を見てください。
★本日5月14日は、夕方5時ぐらいから7時過ぎまで会場につめています。


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●5月12日~24日まで写真展 「Daydream Believer」 

渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

Miniphototext_1
横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

カラー、モノクロとも、写真はすべて、EPSON PX5500でプリントしています。

関係TEXT

標語

「一枚オリジナルプリントを所有すると、世界の見方が変わる!」

これは本当のこと。世界は常に動いている。動いていない、写真を毎日見続けることによって、写真って不思議なものだとわかるだろう。見続けるには、見続ける価値のあるものでなければならない。

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時


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カラー・モノクロデジタルプリント写真展「DaydreamBeliever」

以下の日時に

横木は会場にいます。

●5月19日(金)4時ー7時

●5月20日(土)2時ー7時

●5月21日(日)1時ー6時

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●5月12日~24日まで写真展 「Daydream Believer」 

渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

Miniphototext_1
横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

カラー、モノクロとも、写真はすべて、EPSON PX5500でプリントしています。


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2006.05.12

本日より横木安良夫写真展開催

12日(金) pm4-7会場につめています。
13日(土) am11:00-pm1:30まで、会場にいます。 
14日(日) pm5-7会場につめいます。

●5月12日~24日まで写真展 渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

Miniphototext_1
横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

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●昨日、渋谷パルコPart1地下、ロゴスギャラリーに、
明日から開催されるMini写真展のセッティングに行った。

今日12日から24日まで、
am10時からpm9時までのずっと開いている。

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以下長文

●写真は見るのではない、
「あからさまに所有する」のだ。 

あからさまに、「売り」あからさまに「買う」

●写真は所有してこそ、価値があり、そのメッセージが見えてくる。

いまや写真なんて、誰でも撮れる。
素人だって、子供だって、サルだって、犬だって、オービスだって撮れる。
きっとオービスのなかには、傑作写真はたくさんあるだろう。
一枚の傑作写真が撮れたからって、がたがた騒ぐ必要もない。

●そんな時代に、一枚の「写真を買う」、手に入れるってどんな意味があるのだろう。

今回、渋谷Logosギャラリーでは、今では売っていない写真集、
レアブックコレクション、いうなれば古い写真集を販売する。
基本的にはファッション写真が多いだろうか。
そんななかで、僕の写真も売る。
写真は「ただ見るものではなく、所有して見る」ものだからだ。

誰のものでもない、情報としての写真を見て、
いったい何が楽しいのだろう。
そりゃ、知識は増える。そして世界を知った気になる。
今や世界は情報で溢れている。
そこに新たな情報を詰め込むことに、何の意味があるか。

止まっている写真は見た気にさせる、最強のメディアだ。
何しろ簡単に記憶できる。
動いているものは、知った気になるが、なかなか記憶しずらい。

でもそれだけじゃ写真の本当の面白さはわからない。
写真は、世界をコンパクトに複写して、
持ち運べる芸術(メディア)だ。
写真に写っている世界は、人間の考えた世界、妄想した世界ではない。
例え、妄想し、絵空事に見えても、
写真は綿密に膳立てして、
目の前に存在させなければならない。

だから写真は目の前に存在している「こと」が、ありありと写っているのだ。

「見るだけ」なら、写真を撮るまでもないだろう。
「見るだけ」だったら、その現実、本物を見ていろ!といいたい。
自分の記録、自分の記憶としてのこすのは、いいだろう。

自分が撮ったものではなく、他人(作家)が撮ったものを所有して、
その写真を見ると、不思議なことが起きる。
それは、他者との交感だ。(芸術だったらあたりまえのこと)

写真は、そればかりか写っている世界と、
写真を所有したものとの、記憶との交感が始まる。
それは、三重構造になっている。
それは写真を所有してこそ生まれる、
感覚だ。

写真は、写真を撮った、人間が、「見たもの」というわけで決っしてない。
現実は、無限に流れている。ひとときも止まることはない。
人間はその瞬間瞬間は、ほとんど無意識だ。

写真家は、シャッターを切り、時間を止める。
その瞬間は、人間の目には見えない。
カメラは「時間を止める」ことで、存在する世界を教えてくれる。
そしてフレーミングという、世界の99.99%を排除する作業。

それが写真だ。

●ひとりの若い写真家が、ある著名な老写真家を撮った。
彼は自分の個展のために、その老写真家のポートレイトを使いたいと思った。
肖像権があるから、かってに使ってはいけないのだと考えた。
それがマナーだと思ったのだ。
彼は、老写真家に電話をした。
すると、その老写真家は烈火のように怒ったという。
「その写真は、君が撮ったのだろう!だったら君の写真だ!君には責任がないのか!いちいちそんなことで電話をしてくるな」ガチャン!!

●この意味は重い。
今写真家は、自分が撮ったものは、自分のものだという心構えがあるだろうか。
写真はただ、世界を複写しているだけじゃないのだ。
複写するだけだったら、機械だってできる。
そうではなく、写真は世界を見る、鏡であり窓だ。
世界と接点を持つことこそが、写真を撮ることだ。
それこそが、写真が芸術である最大の意味だ。
美しいから、写真が芸術なんかじゃない。
美しいか、醜いか、どちらも現実世界にあることだ。
それと、正面から向かい合うことが、写真なのだ。

そこでシャッターを切る。

撮られた相手が、その写真を使ってほしくないと言って来た。
当然だろう。二十年も前の写真を、例えそのときOKしたとしても、もう気がかわっている。
「No!」
そのとき、初めて写真家は、自分が撮った現実と向かいあうことになる。
ただ訴訟をしても、使いたければ、使えばいいことだ。
根性があればする。なければそれでもいいじゃないか。
もし、訴えられて、罰せられても、それが芸術だと思えば何も恐れることはない。

一番、恥ずかしいのは、誰に言われなくても、
のこのこひっこめることだ。
写真は、現実と向かい合うからこそ、芸術なのだ。
だからそのことによって、生じるトラブルにも責任があるということだ。
「老写真家が、撮ったのは君だろう?だったら君の写真だ」
というのはそういう意味だろう。
そのことで、社会から批判を受けることも、
賞賛されることも、
写真家は全部受け入れなくてはならない。

だから、誰でもができるわけなはないだろう。
だからこそ、誰もが写真家になれるわけじゃない。

●写真を売ることについては、もう何度も書いた。
僕は、コレクターのために、写真を撮っているんじゃない。

音楽だって、映画だって、小説家だって、皆、多くの人に何かを伝えたいのだ。
だから、音楽にも、映画にも、小説にも、絵にもできない、こと、
写真でそれをやりたいだけだ。

僕は、今、多くの言葉を使う。使うことによって、写真を知ってもらおうとしている。
でも、写真はことばでは、伝わらない。
写真は一瞬情報として眺めるのではなく、
その写真を生活のなかに取り入れてじっくり眺める、
そのことによって初めて、
ことばにならない、メッセージが伝わるのだ。

●だから、写真を買ってみよう。
それは「あからさまに所有する」ことから始まるのだ。

今回の写真、8x10 デジタルアーカイバルプリント、
あーまるで、テレビショッピングみたいだ・・・・。
な、な、なんと、6000円。

いったいそんな価格で写真を売った写真家がいたろうか。
でも僕は、写真はそれでも高いと思っている。
それは、市場価値とは違う論理。

アートとして、価値のさだまったものが、高いのは当然だろう。
100万でも1000万でも1億でも決して高くない。

でも、普通はだれもそんなものを買ったりしない。
それは、生活じゃないからだ。
生活のなかの写真。
それは、いくらならいいのだろう。
そう思って今回は、この値段にしてみた。
その価値があるかどうかは、現物を見ることでしかわかなないだろう。
見る価値はあると思う。
なにより、素敵な写真集もいっぱいだ。
渋谷をぶらぶらしながら、写真集に囲まれながら、
この写真を買う価値があるかなんて悩むって、
絶対に、贅沢な時間だ。
そういう余裕こそが、
本当のスローライフなんだろう。


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2006.05.11

写真を「あからさまに所有する」

●5月12日~24日まで写真展 渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー

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横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」

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●今日、渋谷パルコPart1地下、ロゴスギャラリーに、
明日から開催されるMini写真展のセッティングに行った。
am10時からpm9時までのずっと開いている。
僕は会場に4時に行くつもり。

●写真は見るのではない、
「あからさまに所有する」のだ。 

あからさまに、「売り」あからさまに「買う」

●写真は所有してこそ、価値があり、そのメッセージが見えてくる。

いまや写真なんて、誰でも撮れる。
素人だって、子供だって、サルだって、犬だって、オービスだって撮れる。
きっとオービスのなかには、傑作写真はたくさんあるだろう。
一枚の傑作写真が撮れたからって、がたがた騒ぐ必要もない。

●そんな時代に、一枚の「写真を買う」、手に入れるってどんな意味があるのだろう。

今回、渋谷Logosギャラリーでは、今では売っていない写真集、
レアブックコレクション、いうなれば古い写真集を販売する。
基本的にはファッション写真が多いだろうか。
そんななかで、僕の写真も売る。
写真は「ただ見るものではなく、所有して見る」ものだからだ。

誰のものでもない、情報としての写真を見て、
いったい何が楽しいのだろう。
そりゃ、知識は増える。そして世界を知った気になる。
今や世界は情報で溢れている。
そこに新たな情報を詰め込むことに、何の意味があるか。

止まっている写真は見た気にさせる、最強のメディアだ。
何しろ簡単に記憶できる。
動いているものは、知った気になるが、なかなか記憶しずらい。

でもそれだけじゃ写真の本当の面白さはわからない。
写真は、世界をコンパクトに複写して、
持ち運べる芸術(メディア)だ。
写真に写っている世界は、人間の考えた世界、妄想した世界ではない。
例え、妄想し、絵空事に見えても、
写真は綿密に膳立てして、
目の前に存在させなければならない。

だから写真は目の前に存在している「こと」が、ありありと写っているのだ。

「見るだけ」なら、写真を撮るまでもないだろう。
「見るだけ」だったら、その現実、本物を見ていろ!といいたい。
自分の記録、自分の記憶としてのこすのは、いいだろう。

自分が撮ったものではなく、他人(作家)が撮ったものを所有して、
その写真を見ると、不思議なことが起きる。
それは、他者との交感だ。(芸術だったらあたりまえのこと)

写真は、そればかりか写っている世界と、
写真を所有したものとの、記憶との交感が始まる。
それは、三重構造になっている。
それは写真を所有してこそ生まれる、
感覚だ。

写真は、写真を撮った、人間が、「見たもの」というわけで決っしてない。
現実は、無限に流れている。ひとときも止まることはない。
人間はその瞬間瞬間は、ほとんど無意識だ。

写真家は、シャッターを切り、時間を止める。
その瞬間は、人間の目には見えない。
カメラは「時間を止める」ことで、存在する世界を教えてくれる。
そしてフレーミングという、世界の99.99%を排除する作業。

それが写真だ。

●ひとりの若い写真家が、ある著名な老写真家を撮った。
彼は自分の個展のために、その老写真家のポートレイトを使いたいと思った。
肖像権があるから、かってに使ってはいけないのだと考えた。
それがマナーだと思ったのだ。
彼は、老写真家に電話をした。
すると、その老写真家は烈火のように怒ったという。
「その写真は、君が撮ったのだろう!だったら君の写真だ!君には責任がないのか!いちいちそんなことで電話をしてくるな」ガチャン!!

●この意味は重い。
今写真家は、自分が撮ったものは、自分のものだという心構えがあるだろうか。
写真はただ、世界を複写しているだけじゃないのだ。
複写するだけだったら、機械だってできる。
そうではなく、写真は世界を見る、鏡であり窓だ。
世界と接点を持つことこそが、写真を撮ることだ。
それこそが、写真が芸術である最大の意味だ。
美しいから、写真が芸術なんかじゃない。
美しいか、醜いか、どちらも現実世界にあることだ。
それと、正面から向かい合うことが、写真なのだ。

そこでシャッターを切る。

撮られた相手が、その写真を使ってほしくないと言って来た。
当然だろう。二十年も前の写真を、例えそのときOKしたとしても、もう気がかわっている。
「No!」
そのとき、初めて写真家は、自分が撮った現実と向かいあうことになる。
ただ訴訟をしても、使いたければ、使えばいいことだ。
根性があればする。なければそれでもいいじゃないか。
もし、訴えられて、罰せられても、それが芸術だと思えば何も恐れることはない。

一番、恥ずかしいのは、誰に言われなくても、
のこのこひっこめることだ。
写真は、現実と向かい合うからこそ、芸術なのだ。
だからそのことによって、生じるトラブルにも責任があるということだ。
「老写真家が、撮ったのは君だろう?だったら君の写真だ」
というのはそういう意味だろう。
そのことで、社会から批判を受けることも、
賞賛されることも、
写真家は全部受け入れなくてはならない。

だから、誰でもができるわけなはないだろう。
だからこそ、誰もが写真家になれるわけじゃない。

●写真を売ることについては、もう何度も書いた。
僕は、コレクターのために、写真を撮っているんじゃない。

音楽だって、映画だって、小説家だって、皆、多くの人に何かを伝えたいのだ。
だから、音楽にも、映画にも、小説にも、絵にもできない、こと、
写真でそれをやりたいだけだ。

僕は、今、多くの言葉を使う。使うことによって、写真を知ってもらおうとしている。
でも、写真はことばでは、伝わらない。
写真は一瞬情報として眺めるのではなく、
その写真を生活のなかに取り入れてじっくり眺める、
そのことによって初めて、
ことばにならない、メッセージが伝わるのだ。

●だから、写真を買ってみよう。
それは「あからさまに所有する」ことから始まるのだ。

今回の写真、8x10 デジタルアーカイバルプリント、
あーまるで、テレビショッピングみたいだ・・・・。
な、な、なんと、6000円。

いったいそんな価格で写真を売った写真家がいたろうか。
でも僕は、写真はそれでも高いと思っている。
それは、市場価値とは違う論理。

アートとして、価値のさだまったものが、高いのは当然だろう。
100万でも1000万でも1億でも決して高くない。

でも、普通はだれもそんなものを買ったりしない。
それは、生活じゃないからだ。
生活のなかの写真。
それは、いくらならいいのだろう。
そう思って今回は、この値段にしてみた。
その価値があるかどうかは、現物を見ることでしかわかなないだろう。
見る価値はあると思う。
なにより、素敵な写真集もいっぱいだ。
渋谷をぶらぶらしながら、写真集に囲まれながら、
この写真を買う価値があるかなんて悩むって、
絶対に、贅沢な時間だ。
そういう余裕こそが、
本当のスローライフなんだろう。

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2006.05.09

渋谷パルコ1、ロゴスでミニ写真展

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横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」
____________________________________________________________________________________________________
●横木が会場にいるスケジュール 
5月12日(金) 4時ー7時  
★オープニングということで、PM7時ごろから渋谷PARCOの近辺で飲もうと思ってます。
参加希望の方は、6時ぐらいには会場においでください。

5月13日(土) 
5月14日(日) 6時ー7時
5月15日(月) 未定

5月12日から、渋谷パルコPart1 地下ロゴスギャラリーにて、
レアブックコレクション(写真集)がある。

★その壁面を使い、横木安良夫ミニ写真展
「SHIBUYA NOW AND TEHEN」
~DAY DREAM BELIEVER~展を開催する。

今回も前回の写真展どうよう、写真を販売する。
今回は、1967年から2006までの、
パルコのある渋谷カルチャーをテーマにセレクションした。カラーとモノクロの写真だ。
会期中、会場に行くこともあるので、最新BLOGをチェックしてもらいたい。
それについて、長文を書いた。頑張って読んでください。

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写真は「撮るもの!」「見るもの!」
買って「所有する」もんじゃない!

いまや写真の歴史上最大の、「写真を撮る」ブームだ。
いやもうこれはブームとはいえない、空気を吸うように日常生活に組み込まれている。
そのほとんどはカメラつき携帯や、デジタルカメラで撮る写真だ。
もはやそれは写真というより、「空間複写機」、「思い出定着機」だ。

インターネットや携帯電話の出現によって変わったのは、写真ばかりではなく、
人間のコミュニケーションだろう。
例えば恋愛初期のもんもんなんて、ほんの10年まえだったら、
電話をしようか、ラブレターにしようか、直接告白しようかなんてチョイスで悩んだものだ。
いまやそのエネルギーは極小になっている。

便利になることによって、人間のある器官が退化するのはしかたがないのだろ。
現代人があらゆる便利さの恩恵を受け、昔の人と較べると、
かなり精神的、身体的能力が変わってきている。
まあそんなこと悲観しているわけではなく、その代わり人間は違うことが発達する。
かつて人間は、自然に順応するために、
かなりのエネルギーが使った。
それが今やパソコンや携帯に順応することに汲々としている。
それは自然のような「神?」が作ったものへの理解ではなく、
人間が作ったものへの「理解」の強要だ。
現実はかなり偶然でなりたっているが、どんな複雑なゲームでも、
それは人間が都合に合わせて設計したものだ。

だから今の日本では、「神」の創造した現実より、「人間」が作り上げた、
バーチャルな世界でコミュニケーションする能力が必要なんだろう。
きっと日本人はそんな「新世界」に最初に順応した民族なのかもしれない。
ただそれが幸福かどうかは、別問題だ。順応しているつもりでも、たくさんのほころびがでるのだろう。
所詮、人間のつくりあげた、小さな世界を「強要」、「隔離」、していることに違いないからだ。
バーチャルな世界、実感の無い世界に生きる人間は、自分の「生」としての存在感が希薄になる。
それにひきかえ、極限状態、たとえば戦場の人間は常に自分の「生」と「死」を常に意識することになる。
だからこそ、その恐怖をから逃避するために、「宗教」が必要になり、
ベトナム戦争ではドラッグが必要だったのだろう。

バーチャルな世界に生きる人間は、
自分の「生」と「死」を何かで確認しないと、不安になるのだ。
人間がつくりあげた、空虚な空間、なによりも、
偶然性のない、(パグぐらいか、パグは悪だ)世界を生きることぐらい、息苦しい世界はないのだろう。

現代人は、パソコンの中に生きているのか、この現実世界に生きているのか、
常に不安になり、それをたしかめるために、「写真」を撮っているような気がする。
それは携帯メールのコミュニケーションも同じだ。
内容じゃない。
「相手がでる」
「相手が自分を認識」している。
それだけで少し不安が解消する。
でもそんなことたいした実感じゃないから、ふたたび不安になる。
そしてまたメールをする。

携帯電話って、僕の子供のころから思えば、ほとんど「テレパシー」だ。
飛行機によって人間が鳥になったように、携帯電話によって人間は「テレパシー」を獲得してしまった。
ところが、テレパシーという新しい能力を持ってしまった人類は、
それにたいしてどう対処していいのか分らなくなっている。だからかえって、不安になる。

かつてだったら悶々としていることが普通でも、
青春は「苦悩」の時代であることが、当然だったのに、
今やそれを一見インスタントに解決できるような、「機械」(テレパシー)を獲得し、
すぐに不安を解消しようと思ってしまう。
しかし実際、不安は解消されることがない。
誰かにすぐ「つながる」ことはあっても、それはあくまで、つながっているだけだからだ。

バーチャルじゃなく現実世界に人間が生きている限り、本当の不安は解消されない。
最近の犯罪も、この「自己の生と死の確認そして
「他者による生と死の確認」、それはきわめて利己的な
バーチャルな世界の「不安解消」のためにと言えるかもしれない。
「俺をみてくれ!!」
根本的には愉快犯と同じような、現代人のさびしい自己顕示なのかなと思う。


さて、オリジナルプリントを買うと言うテーマから、大きく話題がそれてしまった。
写真は、「撮るもの」「見るもの」で、「買うもんじゃない」
写真を壁に飾りたければ、
「自分で撮って額にいれ、飾ればいいじゃん」
「写真なんて誰でも撮れる」のだから。
絵やリトグラフのようなものは、その作者にしか作れない。
それに引き換え写真は、巧い下手はあっても「誰でも撮れる」と思われている。
ましてデジタルカメラの発達した時代、世にあるフォトブログを見ればわかるとおり、今や写真のレベルは、プロもアマチュアも差が無い。そんな時代になってしまった。
そんな風に自分でも作れるもの、撮れるものを買う意味、所有する意味とはなんだろう。

写真は、「一枚の傑作写真」を見る時代ではない。
いまや写真は巷にあふれ、今、生産されている無量大数の写真は、
きっと50年たってもたいした意味はないかもしれない。
写真は古くなればなるほど価値があるといわれていたが、それはあくまでも希少価値だったのだろう。
今撮られている、無限の写真は、人類が終焉して、ごく一部だけ残れば価値はでるだろう。
そうでなければ、今撮られている写真が50年、100年たったからといって、価値がでることはないだろう。

それでは、ますます、これから「写真の価値」は、なくなる。
「いやそんなことはない」
それは写真の機能としての「一枚の写真」の世界から、すでに大きく変容しているからだ。

それは写真が「一枚」でありながら存在できてたとしても、
写真で何かを表現したいと思っている「写真家」にとっては、
その「傑作の一枚」では、「意味がない」からだ。
一枚の傑作写真を撮ることは、ある意味、プロも、アマチュアも、初心者もベテランも、
日本人もアメリカ人、ベトナム人も皆、平等にチャンスを与えられている。
だからどんな素晴らしい瞬間を撮ったとしても、それでは、「写真家」とはいえない。
もし一枚しか撮れなかったならば、言葉を屈指して、
自分のバックグラウンド、「世界観」を構築すればよいのだが…。

たいてい写真家は、多くの作品を撮ることによって、それをまとめ、
写真集や写真展、雑誌への発表などで、「傑作の一枚」ではなく、自分の「世界観」を作り上げる。
なぜ世界観が必要かとうと、写真を見る側は、自分の経験でしか、その写真を見ることができないからだ。
写真に限らず、多くの芸術は、見る側に、見るため、聞くため、味わうための、
訓練(受け入れる用意・・・知識のようなもの)を本当は要求する。
そうでなければ、どうこの作品を見て欲しいのか、伝える必要がある。それがコンセプトだ。

しかし現代社会は、大衆に受けるとか、
儲かることが優先されているので、(確かに大衆に受ける=莫大な利益を生む)、
味わうための知識の必要ない、よく言えば根源的な、普通にいえばどうでもいいこと、
「無知でも理解」できるレベルのものが、社会に蔓延する。

写真で言えば(誤解を恐れずにいう)、美しい、風景だ。美しい花もそうだ。
見た感動をそのまま写す。
「素晴らしい」
本当にそうだ。
でもそんなふうに、目で見て、美しいものは、
「目で見れば」いいのだ。
かつて未知の世界、
「あなたは、月の裏側にいけますか?」
「そんなの誰も行けないよ」
「だから撮る価値があるんですよ」
かつて、エジプトのような場所に誰でも行けたわけじゃない。
まだ「旅行」というものが、自由にできる以前のこと、
ピラミッドを大型カメラで写真に撮る意味は大きかった。
そんなふうに、かつて写真家は、そこにいけない人のための「代理人」だったのだ。
しかし今やそんなことは意味がない。どこにでも行ける時代、
「不精な人間の代理人」なんて、大して意味がない。もはやそれは写真家の仕事ではない。
なんどもいうけど、「目で見えるもの」は、自分の「目」で見にゆけばいいのだ!

僕は風景写真や花の写真をバカにしているのではない。
そういう日常のものこそ、撮ったその人にしか見えないものを撮るのが写真家の仕事だ。
目で見たとおりに(本当はそんなことも不可能だ、そう思っているから怖い)撮るなんて、ナンセンスなのだ。
だから花の写真は誰でも撮れるようでいて、誰でも撮ることなんてできない。

さて、写真家とはなんだろう。
一枚の傑作写真を撮るのが写真家ではない。
写真家とは、ひとつひとつは一枚の写真によって構成されていたとしても、
それによって、自分の「世界観」を構築できる人が写真家なのだ。
それには、特別言葉がなくたっていい。
ただ言葉は、自分の写真の見かた理解のしかたを、
伝えるための道具として有効だ。
さきほど書いたとおり、写真家とは、一枚の写真を見せることではなく、
その写真家の「世界観」を構築し、
それを表現するのが今や「するべきこと」だからだ。

一枚の写真について、語る必要なくてとも、
その写真家の全体を理解してもらうには、
やはりことばはスピーディで有効だ。
自分が語りたくないのなら、誰かに語ってもらえばいい。

良い写真家とは、その写真家が「世界観」をきちんと構築しているかどうかだ。
その「世界観」は、千差万別、スペクタクル、宇宙的、のスケールの人もいるが、
四畳半的、極小の「世界観」の持ち主もいるだろう。
それは、優劣ではなく、「違い」だ。

写真家の作品を買うということは、その作家の「世界観」に共感し、
その作家の描く「イメージ」の世界から、
写真家が撮影した一枚を「あなた」が選びだし、所有することだ。

それには、一枚の写真を見るだけではなく、
写真家の全体像、その写真家がどんな世界を作ろうとしているのかを
「イマジン(想像)」することだ。
そのイメージが自分と共感できるのならば、
その写真家の作品を所有する価値がある。
もちろん、所有するには、買わなければならない。
そこには市場価値というものがある。どんなに共感できたとしても、
自分の財布と相談しなければならない。
市場価値の高い、言い換えれば価値の定まった
もしくは希少価値、あなたがどうしても欲しいもの、
そして皆が欲しいと思うものは、高価だ。
アートのなかでは安価だと思われている写真でさえ高価だ。
価値の定まったものは高価だ。コレクターでなければ、買う意味もないだろう。


かつて写真は、他のアートからくらべれば、各段に安かった。
写真市場の活発なアメリカだって、1970年代、80年代は、安価だった。
100ドル代の写真はざらにあったし、
かなり有名に写真家の作品も500ドルぐらいで買えた。
だから多くのひとが、コレクターばかりか普通の人(写真愛好家)だって、
つまらない現代アートを買うより、魅力的で安価だった写真を買ったのだ。
その時代、アメリカには「売買の入り口」があったといえる。その頃かった人は、
かなり値上がりして驚いたろう。そういう時代だった。

ところが、日本ではそんな時代はなかった。
70年代、80年代、写真は広告写真の時代だ。写真を売るより、
写真を撮る仕事のほうがずっと魅力的な場だったからだ。
そのことによって、日本には、写真を売るという仕組みができなかった。
だから日本では、今、銀塩オリジナルプリントの価格は、
意味がない。(意味があればいいけど)ずうずうしく、
市場のあるアメリカ並みの価格になっている。
一部の、目ざといグループが現代アートとしてきちんと存在させているが、
それは他のアートと同じように、その作家の「世界観」を巧妙に作り上げているからだ。
(一番にメディア的に有名であるということ。
有名であることは、世界観を持っているということに、
日本ではほぼ等しい。タレントの本が作家より売れるのは、
テレビで毎日そのタレントの世界観をたれながしているから、共感されやすいのだ)

さて、ここに日本にデジタル写真の時代が到来した。
写真家は、銀塩写真とは違う表現メディアを獲得したのだ。
だからといって、写真の本質はなんらかわっていない。
なにより、発表するうえで、大きく変わった。
とくに写真展や、オリジナルプリントを販売するうえでは、革命的なことが起きている。
オリジナルプリント「売買の入り口」が存在しなかった日本で、
ようやくデジタルプリントによって、その「入り口」が開いたのだ。

「写真は撮るため」でも、「見るため」でもない。
写真家の「世界観」をイマジンして、そこから気に入った一枚を所有するのだ。
一枚の写真は、その作家の世界観の「断片」だ。
一枚の写真はだから決して完成形ではない。
完成されていないからこそ、その写真を所有した人の
「世界観」~経験、記憶、美学、生活、なにより写真は
あなたの「記憶」とコミュニケーションすることができる。
所有した写真は、あなた部屋の壁に飾られる。
スノッブな写真コレクターでなければ、
封をとかずに値段があがるまで、しまいこむことはないだろう。
写真家の写真は、日々あなたの日常のなかに、存在して、
あなたの部屋の空気感や、ライフスタイルと感応する。

それはと空間と時間を支配する音楽にとても近い。
壁に飾られた、写真家の一枚の写真は、空間はもちろん、
「現在、過去、未来」という、時間にも影響する。
写真家の写真を買う、所有するということは、そういうことなのです。
ひとたび、写真を見るのではなく、所有しようと思って、写真を見ると、
写真の見方がまったく変わることに、気づくはずです。

前回の写真展「Teach Your Children 1967年1975年」
では、モノクロプリントA3ノビサイズ、
デジタルアーカイバルプリントを、100ドルで販売した。

今回は、8x10(202mmx254mm)サイズの写真を販売する。
値段は、6000円(50ドル)額別、額込みで8000円(税別)だ。
従来のデジタルプリントの5分の1ぐらいの値段に設定した。
それは、新しい表現メディアである、デジタルアーカイバルプリントは、
日本のオリジナルプリントの「入り口」始まりだといの理解だから。

デジタルアーカイバルプリントは、銀塩写真と較べて、
特にカラーに関して言えば、CPプリントより、コーリティはかえって高いといえる。
それは100%と作者のコントロールした作品だからだ。
今回、作者のサインとエディションナンバー、1-50がつく。
会場には、アート・フォト・サイト・ギャラリーの福川氏がほぼいる予定。
オリジナルプリントのこと、レアブク写真集のこと、なんでも相談してください。

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2006.05.07

季節はずれの菊と複製について

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●季節はずれの「菊」の写真。今菊がブームらしい。
この菊は確か江戸菊だったかな、嵯峨菊、もしくは伊勢菊かな。ちょっと今資料がなくてわかならないけど。
今でもさまざまな品種が作られているらしい。(たぶん伊勢菊)
ヨーロッパでは、日本の菊がブームだと聞く。なにも葬式用とばかりはいえないようだ。

●最近1998年に作った横木安良夫HomePage
「A L A O Y O K O G I P H O T O G R A P H S」
リニューアルをしていている。だいぶ整ってきた。

●この菊の写真も「NEW PHOTOGRAPHS」にUPした。どうぞご覧ください。

●HomePageの写真はどれもプロテクトがかかっていなくて、心配する向きもあるようだが、
僕は商業的、もしくは、一般公開的なWEBサイトに流用されないかぎり、気にしていない。
Web上の写真は、「情報」だからだ。僕は基本的に情報は、無料になりつつあると思っている。

●音楽は情報自体で十分音楽だ。それを複製して反復して楽しむことできる。
だから昔からテープレコーダの時代から、無限に複製がくりかえされている。
録音とは最初から複製だからだ。その辺が写真とすごく似ている。
音楽のように、生活のすみずみまではいりこんだものは、そして証拠が残らず消えてしまう。
いくら複製できないようにと、頑張っても商業的には、かなり問題があるかもしれない。
絶対はありえないし、コストとの競争だろう。
ただ今のままだと死活問題かもしれない。

●ところが、この問題は、ベトナムのような、著作権がまだ確立していない国では顕著な問題だ。
僕が撮ったことのある、ベトナムのスーパースター「MY TAM」ミータムは、
一番売れたCDでもプレスは数万枚しかしてないという。
いや最初にそれだけプレスすると、もう翌日から市場には、そのコピーがあふれ、
オリジナルはそれ以上売れないのだそうだ。彼女のCDは、どこにでもあるが、だからほとんどはコピーCDだ。
そのため、彼女はCDに頼っていない。
ミイタムは毎日のように、ライブハウスで歌っている。ライブハウスは、日本よりずっと大きい。
前座からいれると、10組以上が出演する。次々とまるでテレビの歌番組のようだ。
ベトナムのライブハウスは最高に面白い。チャンスがあれば見てほしい。
特にミイタムは絶対に楽しませてくれる。そしてトリのミイタムだ。約1時間弱、会場はかなりもりあがる。
ほとんど彼女のオリジナルだが、英語の歌、日本の歌、
例えば浜崎あゆみの歌のベトナム語バージョンなども歌う。
そしておどりは巧いし、ギターを巧い(子供の頃チャンピョンになったらしい)。ピアノも弾く。
伝統的なベトナムの歌も歌えるらしい。それはベトナムの美空ひばりだ。
もっともっと、現代の歌手だ。ロック、ソウル、ヒップホップ、
ベトナムの音楽シーンをすっかい変えてしまったといわれている。
ミイタムのギャラは、数年前で一晩1000ドル以上、日本円だったら数百万を稼ぎ出すという。
今はもっと高いだろう。彼女はだからCDが売れないことはさほど気にしていない様子だ。
歌手とはライブをするものだと思っているからだ。

●写真のコピーの話から脱線したが、写真は音楽と違って残る。証拠のようなものだ。
発見すれば、すぐに警告することができる。
まして商業的に目的使われたら、訴訟すれば、100%勝つことができる。
これは、そのうちそうなると思うが、「WEB弁護士」のような商売ができ、
世界中のWEBから著作権の侵害がないか、網をはっていて、
それを見つけると、著作権者に知らせ、国際的訴訟をするといったことがありえそうだ。
写真には、今でも「すかし」のようなものをつけられる。WEB上だったら追跡することも可能だ。
実際Googleで、画像検索すると、時たま僕の写真を見つけることがある。
すぐに警告すると、消してくれるので今までは問題になったことはない。

●72dpi横幅が800pixleもあると、なんとかプリントすることができる。
でもタレントの写真のような肖像権のあるもの以外、そんなものを持っていても楽しくないだろう。

●写真は、情報だけではなく、「物」としての意味もある。
音楽でいえば「ライブ」のようなものだ。
今回パルコ、ロゴスギャラリーで、
横木安良夫ミニ写真展「DaydreamBeliever」Shibuya Now and Thenで写真を展示販売するが、
写真とは、
撮るだけ、
見るだけではなく、
★作家のオリジナルプリントを「所有する」ものだという、
僕の考えの実験でもあります。

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衝撃的なロバート・キャパのカラー写真

ロバート・キャパ写真展 CAPA IN COLOR  神戸 大丸 もとまち  5月31日~6月12日

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ロバート・キャパ写真展「CAPA IN COLOR」

昨年、東京で開催された、ロバート・キャパが撮影したカラー写真の展覧会が,神戸でも開催される。
世界最初のカラーフィルム、コダクロームで撮られたカラーの世界が
60年ぶりに、デジタル技術によってよみがえる。
キャパはテクニックには、無頓着だったといいながら、当時最新のカラーフィルムでも撮っていたのだ。
彼の写真はモノクロームで評価されているが、同じ戦場をカラーフィルムでも撮影していたのが、
発見された。キャパのカラー写真といえば、地雷を踏んで亡くなる直前の写真が有名だ。
今回は、その写真も含まれる、世界で最初に公開された写真だ。
カラーとモノクロの落差。
戦争はモノクロ写真の残した世界と違い、こんなにも明るい空の下で起きていたのだと、
かえってショックを受ける。そのリアリティのなさ、まるで映画のワンシーンのような写真は、
60年という時間を越えて迫ってくる。
前回、写真展のカタログ(図録)に不具合があり、すべて回収されてしまった。
今回、神戸の写真展のおりに再販売される。とても貴重なカタログだ。
戦争とはどういうものだったのか、そしてカラーとモノクロが描く世界はどんなふうに違っているのか、
見る価値があると思う。

大丸もとまち
2006年5月31日~6月12日 
大丸ミュージアムKOBE(大丸神戸9F)

★2005年、東京での写真展についての横木のBLOG
ほんの10年ぐらいまえまで、世界のベストセラーフィルムだった、コダクローム。それに関するTextがあります。

CAPAについてのbLOG

★横木安良夫ミニ写真展★DAYDREAM BELIEVER

★★横木安良夫のホームページがリニューアルしました★

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2006.05.05

ロバート・キャパ写真展 CAPA IN COLOR IN KOBE

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(C)ROBERT CAPA/MAGUNAM PHOTOS

ロバート・キャパ写真展「CAPA IN COLOR」

昨年、東京で開催された、ロバート・キャパが撮影したカラー写真の展覧会が神戸でも開催される。
コダクロームで撮られたカラーの世界が60年ぶりに、デジタル技術によってよみがえる。
キャパはテクニックには、無頓着だったといいながら、当時最新のカラーフィルムでも撮っていたのだ。
彼の写真はモノクロームで評価されているが、同じ戦場をカラーフィルムでも撮影している。
カラーとモノクロの落差。戦争はモノクロ写真の残した世界と違い、こんなにも明るい空の下で起きていたのだと
ショックを受ける。そのリアリティのなさ、まるで映画のワンシーンのような写真は、60年という時間を越えて迫ってくる。
前回、写真展のカタログに不具合があり、すべて回収されてしまった。今回、神戸の写真展のおりに新たに販売される。とても貴重なカタログだ。

大丸もとまち
2006年5月31日~6月12日 
大丸ミュージアムKOBE(大丸神戸9F)


★2005年、東京での写真展についての横木のBLOG

CAPAについてのbLOG

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2006.05.04

ぁゅ☆姫と自動販売機とハンディキャップ

600ayujidouhanbaiki

前回のBlog「すがやあゆみあるけあるけ」


都会の中心街って、きちんと整理されていて、こぎれいで、写真に撮るとさらに綺麗に写ってしまう。
そんななかの、街の景観をこわしている100円パーキングのある風景が僕は好きだ。
なんか安手で、急ごしらえ、なんでそれが好きなのかわからないけど、僕はよくこんなところで撮影する。
フォトジェニックだからだ。アジアの町、日本の街のよいところは、異物が混在しているところだ。
西洋の町のように整然としているより、さまざまなものが雑多に共存できているほうが、きっと活力を生み、暮らしやすいのだろう。だからこそ市場を中心に栄えるのだろう。
前回の写真の撮影場所は、そんな理由で街のなかの100円パーキング前で撮ったということだ。
そんなとき、その隣に自動販売機があった。
あゆに、自動販売機を使うことがあるの?と愚問。
使えるわけ無いじゃん。
健常者(常に健やかな人間、常識的で健康な人間)だって、
さまざまな位置にある小さな穴にお金をいれ、下にあるあの穴から、カンを取り出すのは難しい。
手がはさまることだってある。
あゆのような手や足が自由に可動しない
障害者(さしさわりのある、害のあるもの、害をさまたげる者、さまたげ害のあるもの)は、
ほとんどお手上げだとう。あゆよりは障害の軽い?、写真家Tomoも壁に接した一番右端にある販売機は使えないことがあると言った。
だからといって、どうこうしろっていっているわけじゃない。
自動販売機なんてなくたって、生活は可能だ。
だからあゆは自動販売機を使わない。
コンビにで買うか、どこかにでかけるときには、必ず準備する。
突発的にどうしても必要なときは、誰かに声をかけて買ってもらう。
Handicap(身体的に不利)があるということは、社会生活するうえで、健常者の何倍も、まるで戦闘にでもゆくように、準備万端にする必要がある。面倒だ。きわめて面倒だ。
面倒だからといって家のなかなとじこもるのではない。
あゆは、自分の異形の体を、見せたい。かつてはその異物としての身体をみられることが苦痛だった。
でもあるときあゆは気がつく。
その視線は、珍しいからじゃないかって。
イケ面がいれば、みなの注目を浴びる。
それだって「異物」だからだ。
注目されることは、悪いことじゃない。
そして、異形の身体の、「彼女」がいきいき、ぴちぴち、オシャレしていたら、そのオシャレごごころは、伝わる!
異形の身体なんてずっとみていれば見慣れてしまう。
それより「オシャレ心」を見て欲しい。
だからといって、オシャレして、街を歩くんだって、頑張っているんじゃない。
オシャレすることは、生きてゆくうえで、生活するうえで、とっても「ナチュラル」なことだからだ。
そんなあゆが動き回るには、多くの人がささえてくれている。
だからあゆは感謝している。それはけなげじゃなくて、普通のこと。
今の介護保険制度も、自由に動き回るにはとても手続きが面倒だ。
そしてとても杓子定規だけれど、行動するあゆは、この制度に感謝している。
これがなければ、街を自由に歩いたりできない。
でも、制度はいつ変わるかわからない。
決して良い方向でない。
「障害者」は、皆同じではない。ひとりひとりが違っている。
健常者よりも、ずっとバラエティーがある、個性派ぞろいだ。
たとえば、生きてゆくだけのサポート(介護)が必要な人もいる。
積極的に仕事をするため、ものごとを「生産」するために、サポートが必要な人もいる。
守ってくれるんじゃなくて、手助けが欲しいだけの人もいる。
人それぞれなのだ。


僕は、あゆの言葉にときどき、ぐさりと来る。
僕の無関心、無理解に、直球が飛んでくるからだ。
だから僕は、どまん中の、あゆの直球をきっちり取れるように、せめて「知る」努力は必要かなと思う。
僕はいまだ無知、無関心すぎるのかもしれない。


ぁゅ☆姫 4月30日の撮影の感想

ぁゅ☆姫、車椅子に関するText

●彼女についての僕の過去のBLOG

ぁゅ☆姫のExpression 


撮影に関するTOMOの日記

NEXT 続きのTEXTがあります。

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横木安良夫ミニ写真展「Daydream Believer」

●写真は、撮るもの、見るもの、買うもんじゃない!(長文)


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2006.05.02

ぁゅ☆姫ことすがやあゆみ、歩け、歩け!

Ayumisugaya700aruki

●4月30日、ぁゅ☆姫こと「すがやあゆみ」を、彼女の地元横浜で撮影。
その日の朝、恵比寿で山口の写真家TOMOと友人のファイ君、そしてhanasanをピックアップした。
彼らは今日一日僕の助手でもある。
首都高速をとばし、集合予定の神奈川新聞社まえまで、
そこで、ぁゅ☆姫とスーパーヘルパーの、はなちゃんと落ち合った。
彼女を撮りたいとオファーしたのが数ヶ月前。
そして二週間まえには打ち合わせもした。
そのときにはまだはっきりと撮り方は決めていなかった。
そのときはぁゅ☆姫とのコミュニケーションがメインだった。
彼女の、全身を撮って欲しいとの要望が、気になった。

●僕の撮影のやりかたとして、最初から表現が明確な撮影ならともかく、たいてい仕事の場合は明確だが、作品性の強い写真の場合、いくら打ち合わせをしても、本当はギリギリまでどう撮るかを決めていないことが多い。
撮影の方法論は、たくさんある。どうやら僕は、撮影方法によって、表現をかえる傾向があるみたいだ。
それが言いか、悪いかではなく、それが僕のやり方だ。
●打ち合わせでは、まずどこで撮るか、そしてどんな傾向の服を着るかを大雑把に決めることになる。
実は当日までどんなものなるのか、あまり決め込むのは好きではない。ただ服は用意しておかなくてはならないので、大雑把なイメージは話し合う。最終的に、どの衣装にするか、撮影場所を見て、服をえらぶのが、一番いいい。
●打ち合わせのときに、コンセプトというより、イメージになる、「ことば」ななったキーワードを探すことが多い。
漠然としたまま、場所と衣装を決めるだけのことも多い。
ぁゅ☆姫を、ちゃんと撮るのは初めてだ。そして彼女は、自由自在に動けるわけではない。

●実は僕は彼女のいい表情を撮りたいのではない。彼女の撮影に限らず、表情を狙うことはあまりない。
かつては、本当に表情ばかり見ていた。でも今は表情よりもっと大切なもんがあると思っている。
それは、存在感だ。カメラがあるから、良い表情をするのではなく、
そこに存在している、その場の空気、気分のほうが優先するのでは、と考えている。
だから、僕は、今回の撮影でも、2006年4月30日に確かに僕の目の間に、
「存在している」すがやあゆみ、を撮りたいのだ。
思いついた撮影上のテーマは、僕の好きな「待つ」だ。
明確なテーマではなく、シチュエーションとしての「待つ」だ。

●さて、カメラは何をつかうか。撮影の数日前までには、決めることになる。
昔は撮影、35mm、120、4x5とクルマに全部つめこみ、フィルムも用意して、現場で使うカメラを決めていたこともある。さすがにそれではよくないと、反省し、今はできるだけ、コンパクトになるようにしている。

●撮影場所も知らない場所なら大雑把にロケハンをする。
この場所がいいと決めてしまうことがあるが、もっと全体的に、このあたりと決めることが多い。
そして、いくらロケハンで決めても、当日は、すっかりそのことを忘れて、
撮影する時間に合わせて、光の具合をみながら最終的な場所を決める。
●僕が撮る場所は、意味性より、「その場」の光の具合、雰囲気、を重視する。
どちらかというと、無名の場所が好きだ。
僕が一番緊張するのは、撮影のまえのこの時間だ。撮影することに緊張しているのではない。
撮影しようと思うその時間、太陽の方角、あたりの光と影、風向きを、予測する。
できれば、被写体が準備万端になってから、場所を選びたいぐらいだ。
機動性のあるカメラなら、そうすることが多い。
どこで撮るかを、決めるときに一番、集中する。


●今回は、Polaroid 195Cameraという蛇腹折りたたみ、
トミオカ製のカメラを使用した。
フィルムは剥離タイプのモノクロネガつきのType665、
残念ながらすでに生産中止フィルムだ。
市場に出回っているフィルムも来年春ぐらいが使用期限。
もう撮ることができなくなるフィルムだ。
このcameraには、トミノン114mmf3.8のレンズがついている。
フィルムの大きさは6x7と4x5の中間ぐらい、とても素直な描写のレンズだ。
開放で撮るとなんともゆったりとした、大型カメラ特有のボケあじになる。
折りたたみでコンパクトだが、開放で撮るには、三脚を使ったほうがぶなんだ。

●type665は、type55と同じようにモノクロネガがついている。
撮影後、すぐに無水亜流酸ソードの希釈液につける。
完璧を望むなら、専用のラックに入れる必要がある。
それでは、機動性がないので、ぼくはタッパウエアーに重ねて入れる。
温度さえ高温にならなければ、ムラになることも少ない。
キズがつきやすいのは、そんなときより、水洗のときだ。

★ぁゅ☆姫は、今回の撮影方法に少し戸惑い気味だった。
彼女はカメラマンとの呼吸を重要視する。
ところが、カメラは三脚にすえられ、
ポラロイドフィルムなので撮り方が、一枚一枚、なんとも間をはかりずらかったようだ。
緊張したらしい。いや、最初言っていた、撮影場所とは違い、僕が思いつきで場所を選ぶので、
少し不満だったのかもしれない。
僕はあたまのなかで、「中心街の歩道」「学校の校庭」「広々としたところ」「バス停」「ベンチ」と、
具体的ではなく、そういう記号のような場所にと決めていた。
それは、どんな場合でも僕のやり方だ。最初ぁゅ☆姫と話していた場所のことは、
もうすっかり忘れていた。わけではないけど、ひとつ撮ると、次はこういう場所で撮りたいと
気持ちが変わってくる。
今回は、あくまで「僕の写真」を撮ろうと決めていた。ぁゅ☆姫の表情をひきだすことが、僕のなかでは
目的ではなかった。でも、表情をひきだすのは、正直いつでもできることだ。
それより、僕はぁゅ☆姫が僕の写真の世界のなかで、強く存在するのかが、一番のテーマだった。
だからちょっと、彼女にハンディがあることを、忘れることもあった。
ああ、カメラマンて、残酷なのかなとも思えるが、僕のぁゅ☆姫にたいしての精一杯の誠意だ。

●大型カメラで撮影するのは、被写体にある種の緊張をしいる。
コンパクトカメラのように、被写体のまわりを動きまわることもできない。
被写体は、自らが動かなければならない。
それはカメラマンからも自由を奪うことになる。
ところが、その不自由さが、ある種の魅力ある写真をつくることになる。
被写体の緊張感は、ある種のリアリティがある。
町で盗み撮したときの表情と似たものがある。
町を歩く人が、人の視線を感じ、緊張している状態とにている。
だから、この緊張感が悪いと思っていない。
ぼくはリラックスした表情も好きだが、ある種の緊張感がある写真がもっと好きだ。
だから大型カメラで撮る写真がすきなのだろう。

また、夏には撮影する予定。

NEXT 続きのTEXTがあります。

ぁゅ☆姫 4月30日の撮影の感想

ぁゅ☆姫、車椅子に関するText

●彼女についての僕の過去のBLOG

ぁゅ☆姫のExpression 


撮影に関するTOMOの日記

hanaさんのこの撮影に関する日記

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横木安良夫MINI写真展「Daydream Believer」

●写真は、撮るもの、見るもの、買うもんじゃない!(長文)

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写真は撮るもの、見るもの、買うものじゃない。

Miniphototext_1
横木安良夫mini写真展「DaydreamBeliever」
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5月12日から、渋谷パルコPart1 地下ロゴスギャラリーにて、
レアブックコレクション(写真集)がある。

★その壁面を使い、横木安良夫ミニ写真展
「SHIBUYA NOW AND TEHEN」
~DAY DREAM BELIEVER~展を開催する。

今回も前回の写真展どうよう、写真を販売する。
今回は、1967年から2006までの、
パルコのある渋谷カルチャーをテーマにセレクションした。カラーとモノクロの写真だ。
会期中、会場に行くこともあるので、最新BLOGをチェックしてもらいたい。
それについて、長文を書いた。頑張って読んでください。

50062

写真は「撮るもの!」「見るもの!」
買って「所有する」もんじゃない!

いまや写真の歴史上最大の、「写真を撮る」ブームだ。
いやもうこれはブームとはいえない、空気を吸うように日常生活に組み込まれている。
そのほとんどはカメラつき携帯や、デジタルカメラで撮る写真だ。
もはやそれは写真というより、「空間複写機」、「思い出定着機」だ。

インターネットや携帯電話の出現によって変わったのは、写真ばかりではなく、
人間のコミュニケーションだろう。
例えば恋愛初期のもんもんなんて、ほんの10年まえだったら、
電話をしようか、ラブレターにしようか、直接告白しようかなんてチョイスで悩んだものだ。
いまやそのエネルギーは極小になっている。

便利になることによって、人間のある器官が退化するのはしかたがないのだろ。
現代人があらゆる便利さの恩恵を受け、昔の人と較べると、
かなり精神的、身体的能力が変わってきている。
まあそんなこと悲観しているわけではなく、その代わり人間は違うことが発達する。
かつて人間は、自然に順応するために、
かなりのエネルギーが使った。
それが今やパソコンや携帯に順応することに汲々としている。
それは自然のような「神?」が作ったものへの理解ではなく、
人間が作ったものへの「理解」の強要だ。
現実はかなり偶然でなりたっているが、どんな複雑なゲームでも、
それは人間が都合に合わせて設計したものだ。

だから今の日本では、「神」の創造した現実より、「人間」が作り上げた、
バーチャルな世界でコミュニケーションする能力が必要なんだろう。
きっと日本人はそんな「新世界」に最初に順応した民族なのかもしれない。
ただそれが幸福かどうかは、別問題だ。順応しているつもりでも、たくさんのほころびがでるのだろう。
所詮、人間のつくりあげた、小さな世界を「強要」、「隔離」、していることに違いないからだ。
バーチャルな世界、実感の無い世界に生きる人間は、自分の「生」としての存在感が希薄になる。
それにひきかえ、極限状態、たとえば戦場の人間は常に自分の「生」と「死」を常に意識することになる。
だからこそ、その恐怖をから逃避するために、「宗教」が必要になり、
ベトナム戦争ではドラッグが必要だったのだろう。

バーチャルな世界に生きる人間は、
自分の「生」と「死」を何かで確認しないと、不安になるのだ。
人間がつくりあげた、空虚な空間、なによりも、
偶然性のない、(パグぐらいか、パグは悪だ)世界を生きることぐらい、息苦しい世界はないのだろう。

現代人は、パソコンの中に生きているのか、この現実世界に生きているのか、
常に不安になり、それをたしかめるために、「写真」を撮っているような気がする。
それは携帯メールのコミュニケーションも同じだ。
内容じゃない。
「相手がでる」
「相手が自分を認識」している。
それだけで少し不安が解消する。
でもそんなことたいした実感じゃないから、ふたたび不安になる。
そしてまたメールをする。

携帯電話って、僕の子供のころから思えば、ほとんど「テレパシー」だ。
飛行機によって人間が鳥になったように、携帯電話によって人間は「テレパシー」を獲得してしまった。
ところが、テレパシーという新しい能力を持ってしまった人類は、
それにたいしてどう対処していいのか分らなくなっている。だからかえって、不安になる。

かつてだったら悶々としていることが普通でも、
青春は「苦悩」の時代であることが、当然だったのに、
今やそれを一見インスタントに解決できるような、「機械」(テレパシー)を獲得し、
すぐに不安を解消しようと思ってしまう。
しかし実際、不安は解消されることがない。
誰かにすぐ「つながる」ことはあっても、それはあくまで、つながっているだけだからだ。

バーチャルじゃなく現実世界に人間が生きている限り、本当の不安は解消されない。
最近の犯罪も、この「自己の生と死の確認そして
「他者による生と死の確認」、それはきわめて利己的な
バーチャルな世界の「不安解消」のためにと言えるかもしれない。
「俺をみてくれ!!」
根本的には愉快犯と同じような、現代人のさびしい自己顕示なのかなと思う。


さて、オリジナルプリントを買うと言うテーマから、大きく話題がそれてしまった。
写真は、「撮るもの」「見るもの」で、「買うもんじゃない」
写真を壁に飾りたければ、
「自分で撮って額にいれ、飾ればいいじゃん」
「写真なんて誰でも撮れる」のだから。
絵やリトグラフのようなものは、その作者にしか作れない。
それに引き換え写真は、巧い下手はあっても「誰でも撮れる」と思われている。
ましてデジタルカメラの発達した時代、世にあるフォトブログを見ればわかるとおり、今や写真のレベルは、プロもアマチュアも差が無い。そんな時代になってしまった。
そんな風に自分でも作れるもの、撮れるものを買う意味、所有する意味とはなんだろう。

写真は、「一枚の傑作写真」を見る時代ではない。
いまや写真は巷にあふれ、今、生産されている無量大数の写真は、
きっと50年たってもたいした意味はないかもしれない。
写真は古くなればなるほど価値があるといわれていたが、それはあくまでも希少価値だったのだろう。
今撮られている、無限の写真は、人類が終焉して、ごく一部だけ残れば価値はでるだろう。
そうでなければ、今撮られている写真が50年、100年たったからといって、価値がでることはないだろう。

それでは、ますます、これから「写真の価値」は、なくなる。
「いやそんなことはない」
それは写真の機能としての「一枚の写真」の世界から、すでに大きく変容しているからだ。

それは写真が「一枚」でありながら存在できてたとしても、
写真で何かを表現したいと思っている「写真家」にとっては、
その「傑作の一枚」では、「意味がない」からだ。
一枚の傑作写真を撮ることは、ある意味、プロも、アマチュアも、初心者もベテランも、
日本人もアメリカ人、ベトナム人も皆、平等にチャンスを与えられている。
だからどんな素晴らしい瞬間を撮ったとしても、それでは、「写真家」とはいえない。
もし一枚しか撮れなかったならば、言葉を屈指して、
自分のバックグラウンド、「世界観」を構築すればよいのだが…。

たいてい写真家は、多くの作品を撮ることによって、それをまとめ、
写真集や写真展、雑誌への発表などで、「傑作の一枚」ではなく、自分の「世界観」を作り上げる。
なぜ世界観が必要かとうと、写真を見る側は、自分の経験でしか、その写真を見ることができないからだ。
写真に限らず、多くの芸術は、見る側に、見るため、聞くため、味わうための、
訓練(受け入れる用意・・・知識のようなもの)を本当は要求する。
そうでなければ、どうこの作品を見て欲しいのか、伝える必要がある。それがコンセプトだ。

しかし現代社会は、大衆に受けるとか、
儲かることが優先されているので、(確かに大衆に受ける=莫大な利益を生む)、
味わうための知識の必要ない、よく言えば根源的な、普通にいえばどうでもいいこと、
「無知でも理解」できるレベルのものが、社会に蔓延する。

写真で言えば(誤解を恐れずにいう)、美しい、風景だ。美しい花もそうだ。
見た感動をそのまま写す。
「素晴らしい」
本当にそうだ。
でもそんなふうに、目で見て、美しいものは、
「目で見れば」いいのだ。
かつて未知の世界、
「あなたは、月の裏側にいけますか?」
「そんなの誰も行けないよ」
「だから撮る価値があるんですよ」
かつて、エジプトのような場所に誰でも行けたわけじゃない。
まだ「旅行」というものが、自由にできる以前のこと、
ピラミッドを大型カメラで写真に撮る意味は大きかった。
そんなふうに、かつて写真家は、そこにいけない人のための「代理人」だったのだ。
しかし今やそんなことは意味がない。どこにでも行ける時代、
「不精な人間の代理人」なんて、大して意味がない。もはやそれは写真家の仕事ではない。
なんどもいうけど、「目で見えるもの」は、自分の「目」で見にゆけばいいのだ!

僕は風景写真や花の写真をバカにしているのではない。
そういう日常のものこそ、撮ったその人にしか見えないものを撮るのが写真家の仕事だ。
目で見たとおりに(本当はそんなことも不可能だ、そう思っているから怖い)撮るなんて、ナンセンスなのだ。
だから花の写真は誰でも撮れるようでいて、誰でも撮ることなんてできない。

さて、写真家とはなんだろう。
一枚の傑作写真を撮るのが写真家ではない。
写真家とは、ひとつひとつは一枚の写真によって構成されていたとしても、
それによって、自分の「世界観」を構築できる人が写真家なのだ。
それには、特別言葉がなくたっていい。
ただ言葉は、自分の写真の見かた理解のしかたを、
伝えるための道具として有効だ。
さきほど書いたとおり、写真家とは、一枚の写真を見せることではなく、
その写真家の「世界観」を構築し、
それを表現するのが今や「するべきこと」だからだ。

一枚の写真について、語る必要なくてとも、
その写真家の全体を理解してもらうには、
やはりことばはスピーディで有効だ。
自分が語りたくないのなら、誰かに語ってもらえばいい。

良い写真家とは、その写真家が「世界観」をきちんと構築しているかどうかだ。
その「世界観」は、千差万別、スペクタクル、宇宙的、のスケールの人もいるが、
四畳半的、極小の「世界観」の持ち主もいるだろう。
それは、優劣ではなく、「違い」だ。

写真家の作品を買うということは、その作家の「世界観」に共感し、
その作家の描く「イメージ」の世界から、
写真家が撮影した一枚を「あなた」が選びだし、所有することだ。

それには、一枚の写真を見るだけではなく、
写真家の全体像、その写真家がどんな世界を作ろうとしているのかを
「イマジン(想像)」することだ。
そのイメージが自分と共感できるのならば、
その写真家の作品を所有する価値がある。
もちろん、所有するには、買わなければならない。
そこには市場価値というものがある。どんなに共感できたとしても、
自分の財布と相談しなければならない。
市場価値の高い、言い換えれば価値の定まった
もしくは希少価値、あなたがどうしても欲しいもの、
そして皆が欲しいと思うものは、高価だ。
アートのなかでは安価だと思われている写真でさえ高価だ。
価値の定まったものは高価だ。コレクターでなければ、買う意味もないだろう。


かつて写真は、他のアートからくらべれば、各段に安かった。
写真市場の活発なアメリカだって、1970年代、80年代は、安価だった。
100ドル代の写真はざらにあったし、
かなり有名に写真家の作品も500ドルぐらいで買えた。
だから多くのひとが、コレクターばかりか普通の人(写真愛好家)だって、
つまらない現代アートを買うより、魅力的で安価だった写真を買ったのだ。
その時代、アメリカには「売買の入り口」があったといえる。その頃かった人は、
かなり値上がりして驚いたろう。そういう時代だった。

ところが、日本ではそんな時代はなかった。
70年代、80年代、写真は広告写真の時代だ。写真を売るより、
写真を撮る仕事のほうがずっと魅力的な場だったからだ。
そのことによって、日本には、写真を売るという仕組みができなかった。
だから日本では、今、銀塩オリジナルプリントの価格は、
意味がない。(意味があればいいけど)ずうずうしく、
市場のあるアメリカ並みの価格になっている。
一部の、目ざといグループが現代アートとしてきちんと存在させているが、
それは他のアートと同じように、その作家の「世界観」を巧妙に作り上げているからだ。
(一番にメディア的に有名であるということ。
有名であることは、世界観を持っているということに、
日本ではほぼ等しい。タレントの本が作家より売れるのは、
テレビで毎日そのタレントの世界観をたれながしているから、共感されやすいのだ)

さて、ここに日本にデジタル写真の時代が到来した。
写真家は、銀塩写真とは違う表現メディアを獲得したのだ。
だからといって、写真の本質はなんらかわっていない。
なにより、発表するうえで、大きく変わった。
とくに写真展や、オリジナルプリントを販売するうえでは、革命的なことが起きている。
オリジナルプリント「売買の入り口」が存在しなかった日本で、
ようやくデジタルプリントによって、その「入り口」が開いたのだ。

「写真は撮るため」でも、「見るため」でもない。
写真家の「世界観」をイマジンして、そこから気に入った一枚を所有するのだ。
一枚の写真は、その作家の世界観の「断片」だ。
一枚の写真はだから決して完成形ではない。
完成されていないからこそ、その写真を所有した人の
「世界観」~経験、記憶、美学、生活、なにより写真は
あなたの「記憶」とコミュニケーションすることができる。
所有した写真は、あなた部屋の壁に飾られる。
スノッブな写真コレクターでなければ、
封をとかずに値段があがるまで、しまいこむことはないだろう。
写真家の写真は、日々あなたの日常のなかに、存在して、
あなたの部屋の空気感や、ライフスタイルと感応する。

それはと空間と時間を支配する音楽にとても近い。
壁に飾られた、写真家の一枚の写真は、空間はもちろん、
「現在、過去、未来」という、時間にも影響する。
写真家の写真を買う、所有するということは、そういうことなのです。
ひとたび、写真を見るのではなく、所有しようと思って、写真を見ると、
写真の見方がまったく変わることに、気づくはずです。

前回の写真展「Teach Your Children 1967年1975年」
では、モノクロプリントA3ノビサイズ、
デジタルアーカイバルプリントを、100ドルで販売した。

今回は、8x10(202mmx254mm)サイズの写真を販売する。
値段は、6000円(50ドル)額別、額込みで8000円(税別)だ。
従来のデジタルプリントの5分の1ぐらいの値段に設定した。
それは、新しい表現メディアである、デジタルアーカイバルプリントは、
日本のオリジナルプリントの「入り口」始まりだといの理解だから。

デジタルアーカイバルプリントは、銀塩写真と較べて、
特にカラーに関して言えば、CPプリントより、コーリティはかえって高いといえる。
それは100%と作者のコントロールした作品だからだ。
今回、作者のサインとエディションナンバー、1-50がつく。
会場には、アート・フォト・サイト・ギャラリーの福川氏がほぼいる予定。
オリジナルプリントのこと、レアブク写真集のこと、なんでも相談してください。


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