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17 posts from June 2006

2006.06.30

GRD,Colorで撮る。

GRDずっと、BWで撮ってきた。もう1台増やし、新しいカメラはColorにした。最初からカラーで撮り、あとでモノクロに変換すれば、カメラは一台ですむが、カラーとモノクロとでは、見ているところが違う。これからときおり、カラーの写真も紹介する。最初は、新橋にあるD社。
Dentsu001
D社のレストラン(写真食堂?)から見える景色。
Dentsu002
D社 エレベーターホール それともアトリウムとでもいうのか、吹き抜け。このビルは、使い心地は別として、デザイン的には優れている。だからどこをとっても写真になる。
Ebis003
順序が逆だが、山手線恵比寿駅。カラーで撮るとやはり、色彩が気になる。


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GRD,

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2006.06.29

Daydream Believer ONLINE Shop

Daydreambeliverpostcardm

先日パルコロゴスギャラリーで開催した、写真展「Daydream Beliver」の写真が、
●アートフォトサイトギャラリーのオンラインSHOPにUPされました。
こちらから購入することができます。

モノクロ、カラーとも8x10サイズに余白つきでプリントされています。モノクローカラーとも、デジタルアーカイバルプリントです。
写真は、あと10点ばかり追加される予定です。

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2006.06.27

実験スライドショー

Phonebox_1

まだ実験サイトですが、
GirlfriendシリーズのMICHKOさんをスライドショーにしてみました。

●Michikoスライドショー
一部見ることのできないパソコンもあります。
photographs by Alao Yokogi
text by Michiko
slide show by hana

WEB上で写真を見せるのは、スライドショーと二本立てがよいと思っている。
しかしなかなかスライドショートはシンプルになるほどむづかしいものだ。
映画でも、アニメでもない、写真を見せるための、メディア。

著作権があるので、世界の名曲を使うことはできない。
へたに作ると中途半端になる。音をつけることによって、写真の自由な鑑賞をさまたげることにもなる。
でも、これから新しいジャンルになるんじゃないかな。
いまや、音楽も、写真も誰でも作れる時代。
シンプルなルールを作りコンペでもあるといいなか。

僕が考えている、スライドショーのルール。

●ジャンル1 

まずは、 この部分を、作るべきだと思う。できるだけにシンプルに。まあ、音楽が問題だけど。

基本は、スライドプロジェクターで映写するように写真をシンプルに見せてゆく。
オーバーラップ、文字の挿入などはOK
ちょうど写真集を見る感覚。

ズームアップや、パンをしない。
見せるのはあくまで、一枚の写真の連続写真であって、WEBムービーではない。
だからタイトルバックのように複雑にはしない。 もっとも、それは別ジャンル、と考えられる。例えばスライドショーのタイトルなど入れる場合は、別ジャンルとして作る。

●ジャンル2

1より、少し緩やか、ズームやパンを許す程度。

●ジャンル3
自由、写真を使って自由に

それとhanaさんの作曲つき、大作。
http://www.m-team.hmc6.net/slide21/20060624_kayabacho/

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2006.06.24

その夜、新宿に矢作俊彦、石丸元章がいた。

夕方映画「嫌われ松子の一生」を見た。
その後、赤坂まで行き、小説家の矢作俊彦と会う。
009
彼のアトリエの玄関に長島茂雄の写真が飾ってあった。監督時代の長島だろう。
010
その後歩いて、赤坂にあるレストランに行く。そこでK出版社、文藝担当のI氏と会う。
食事をして、タクシーで新宿に向かう。
011
新宿一丁目にある「風花」という文壇バーだ。森山大道もいきつけの店だ。犬の写真の複写プリントが画鋲で壁に張られてる。印刷物の複写だが、印画紙に焼き付けてある。額に入った北島敬三の写真も飾ってある。
僕はここに何度も来ているわけじゃない。ちょっと前までこういう場所に来るのが好きじゃなかったからだ。
012
店のなかに、Kanakoさんがいた。僕のカメラを見て、GR1と聞いた。さすが。GRDというと、ちょっと撮らせてと僕のカメラで、撮った。
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矢作俊彦と話すのは久しぶりだ。もう30年来の友人だが、会ってもあまり話すことはない。彼は今沖縄、それも那覇に「イカレテイル」らしい。「よう横木、沖縄行こうぜ」
矢作のこういう呼びかけは、今までいつも何か形になる。夏、沖縄に行くことになりそうだ。
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しばらくしたら作家の石丸元章が来た。何度か会っていたけど、話すのは初めてだ。その後、オカマイタリアンに行った。遅れてKanakoさんが来た。
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3時近くまでいたろうか。タクシーで一番遠い編集者がぐるりとひとりひとりを送ってくれることになった。
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その日の夜、明け方は日本対ブラジルだった。帰ればちょうどいい。
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僕が撮ったKanakoさん。
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Kanakoさんが撮ったぼく。

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ある日、森山大道、沢渡朔が新宿にいた。

001
クルマの運転席側のパワーウインドをあげようとして、とつぜんブツンと音がした、ガラスが下がってしまった。ワイヤーが切れたらしい。そのため、翌朝桜新町にある修理工場にクルマを持っていった。帰り、田園都市線、桜新町駅間違えて逆方向に乗ってしまった。用賀を過ぎ、二子多摩川でUターン。
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新橋駅でSNAP 新橋は汐留が再開発され、活気のある街になった。それでも昔からのしがないサラリーマンの街が残っている。
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D社の入り口で写真を撮っていたら、ガードマンが寄って来た。知らん顔してD社の入り口に向かったら、そのガードマン「そちらはD社ですよ」と言う。「知ってますよ」と言うと、ジロジロ見るので、無視して入る。受付まで100mぐらい。(そのぐらい大きなビルだ)振り返って、遠くにいるガードマンを見ると、まだ疑うように僕を見ている。
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高速エレベーター。シンドラー社製ではない。僕は子供のように真上を見ながら乗る。この景色は未来都市のようで、好きだ。
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友人であり、アートディレクターのY氏。彼はGRDとCanonを悩んだ末、Canonを選んだ。
彼は有名なブリキの飛行機のコレクターでもある。
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打ち合わせのため、新宿にゆく。そうしたら森山大道がいた。実はそのまえに沢渡朔がいた。
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新宿の街の、有名人、無名人のポートレイトが待ちに忽然と出現。
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そんな新宿南口から俯瞰撮影。

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「嫌われ松子の一生」を見た。凄かった!

話題の映画「嫌われ松子の一生」を、渋谷パルコパート3にあるシネクインでみた。
特別興味があったわけじゃない。主演ではない、ひとりの女優が出ているのが、そして彼女の演技がとてもよいかったと、何かで読んだので、見ることにした。
ネットでチェックした予告編は、さも騒々しく、日本映画でこのタイプは、絶対に完成度が低く、こんなんだったら、くだらんお笑いテレビでもいいと思っているくちなので、若い人向け、ドタバタ映画だと期待せず見始めた。
なにしろ僕のこの手の映画のワーストワンは、1986年、森田芳光監督の「そろばんずく」だ。いやいやもうひとつあった。1990年、林海象の「ZIPANG」だ。パブからみると、僕のなかでかってにそんなふうにカテゴラライズされていた。

僕の見た劇場の設備は、現代レベルの映画館だった。シートもまずまずだった。映画は長かった。内容が長く感じたのではない。お尻がいたくなって、それで気づいた。やはり最低このぐらいの設備の映画館で見るべきだ。そうだとしても、お尻は絶対いたくなる。
平日4時台、入りは4割ぐらいだった。話題の映画、夕方なのでもっといっぱいになっていると思っていた。ほとんどが若者、中年は見回してもわずか。カップル、女性同士が多かった。
でも個人的には混んでいる映画館が好きじゃないので、よかった。
500cinequin

この映画が大人をひきつけていない理由は?騒々しい予告編のせいだろうか。だから大人には響かないのか。
しかもこのタイトルだ。タイトルだけで見る気が起きない。
原作を読んだ人が惹かれるのだろうか。本はベストセラーらしいが。
僕は原作を読んでいない。タイトルからして読む気がおきない。しかもまったく僕と同時代。(映画では)
きっとあの時代、そんな奴もいたろうな、と思うが、そんなのぼくより前の世代には腐るほどありあまる話、転落の人生なんて当たり前すぎて、リアリティを感じない。
なにしろ話がアナクロだ。いったいいつの時代の話なの。いくら田舎の話だとしても・・・。
なんて、小説を読んだわけでもないのに、評することはできないけれど、少なくとも、情報として入ってくるものに共感はなかった。
だから、僕は映画を見た今でも、原作を読む気にはなれない。これはなぜだろう。珍しいことだ。映画を見ただけど満腹したか、きっとこの映画の底のテーマが、小説では違っているんだろうなという、予測だ。
だから映画と原作がどこのくらい違うかに興味はない。

予告編が終わり、やっとはじまったと思ったら、予告編以上のボリュームいっぱい高音がタッタ不快な音から始まった。(少なくとも僕のみた、シネクインではそうだった)
ちょっといやな予感がした。
はじめから、淡々としたシーンなのに、普通じゃない。
色彩、音楽とも満載、騒々しい。よくばり。きらきら原色の特売場。
それなのに奇妙に何かが静か。轟音の元で眠くなるヘビメタのコンサートみたいだ。
そう、この映画は、そういう映画なのだ。
イリュージョン、総天然色、アナクロ、高度成長、喧騒、ドタバタ、虚飾、暴力、歌謡曲、ロックの爆発等々、あの時代の騒がしさのなかの静寂なのだ。
いやあの時代じゃない。今の時代の騒がしさの中心にある寂しさ。孤独感。なんでもそろっているし、何でもできるのに、それなのになんにもできない、寂寞感。
僕がこの映画を見ていて思ったことは、決して過去の世代が描かれていたわけじゃないということだ。

松子って、いつも何かを待っていて、自分から行動しない。だからマツコなのだ。
世の中の、満載の情報を、大口あけて待っている、今に生きる私たち、あなたたちと同じだ。
だいたい松子の家は、貧乏じゃない。
ひな祭りの段々飾り。少なくとも中の上以上の家庭だ。
田舎だったら、もうそれ以上。でもいまの価値でいえば普通だ。
そして体の弱い妹がいる。でも実直な不器用な父親は、ちゃんとしている。
まして松子は教師になった。
あまりにまともだ。まともすぎる。あの時代、あんなの教師はいなかった、というぐらいまとも。
なのに、環境に振り回される。そして次々と転落。
くるべきところまで、落ちるところまで、何度も落ちる。殺人まで起こす。
そこに反省がない。自己中心。自分の世界に生きている。
なぜだろう。こんな女に共感はもてないはずなのにどうしてだろう。どうして松子は明るいのだろう。
この明るさは、中谷美紀が演技以前に持ってる、都会的な、透明な存在感から来ているのだろうか。
中谷はどんな役をやっていても、暗くない。お人形さんのように可憐だ。そういえば前にみた映画「力道山」のときも、妻役ででいていた。あまりにお人形さんで、魅力はなかった。つまらなかった。
なのにこの映画だ。
でも中谷ぐらいしか、軽く、不愉快じゃなくはできなかったろう。歌も巧い。(本人が歌っているなら)。
なにより、想像のなかの理想的な女教師だ。こんな女の転落ならばみてみたいし、つきあいたいし、転落させてみたい。僕だってあんな女教師がいたら狂ってしまう。
なのに、松子は鈍感だ。転落しても転落に気づかない。いや気づいても、それをすぐに受け入れる。松子は不幸も幸福も大口あけて待っているのだ。根が貧乏じゃない。根が豊かなのだ。
松子は、究極の、奪う側ではなく、奪われる側、そしてすべてを与える側なのだ。
彼女は、ダイアンアーバスが撮ったフリークのように、根本的にこころの「貴族」なのだ。
そんな、彼女は子供のころから、イリュージョンのなかで生きていた。
そのイリュージョンさ、彼女生きることの表現が、中島哲也監督にこの満艦飾の手法をつかわせたのだろう。
だから使える手法ははずかしげもなく、ハイセンスに走ることなく、なんでも使う。その方法は、ファッション誌、CanCamのように、不安のすきまをすべて埋め込み走りぬく。最後には、エンジンパラグライダーによる空撮まで入っている。まるでそれは、死んでやっと自由になった、松子の霊魂のようだった。
この映画は、けっしてアナクロの過去の女の転落の物語じゃなかった。
今に生きる、情報とコマーシャリズムに隙間なく、埋め尽くされた、いってみればイリュージョンのなかに住む、現代の日本人そのものなのだ。だから決して松子は、松子ではなく、松子はあなただということだ。
この楽天さ、能天気さって、無判断、判断停止、それは若いあなたたちのことじゃないか。
そして、表現することを生業にしている、僕らそのものかな。
だから、松子の一生は哀れでも、そんな松子を知った僕らは決して不幸ではないということだ。
松子はだから「神」なのだろう。

星☆☆☆☆☆

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2006.06.19

雨の日曜日、眼科医HITOMIを撮った

「GIRL FRIEND」シリーズ
HITOMIは、大学病院に勤務する眼科医だ。最近大失恋した。013
RICOH GRD  モノクロモード  雨の日曜日、日本橋界隈


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2006.06.17

W杯ビジネス30年戦争 田崎健太

Tazakikentaasahi
今日の朝日新聞の夕刊を見ていたら、知ってる顔写真をみつけた。田崎健太だった。
最近、新潮社より「W杯ビジネス30年戦争」という本を出版したとのコラムだった。
まあ、明日のクロアチア戦で、日本のW杯が終わるのか、続くのかはわからないが、
巨大ビジネスとなったW杯を、ちょっと違う角度から書いたものだ。
田崎は某大手出版社の、若く生意気なわがままな、そして熱い編集者だった。
一方なぜか南米通で、ブロークンながら、ポルトガル語とスペイン語を屈指する。
以下朝日新聞より
「始まりは95年1月だった。週刊誌の記者としてサッカーを追っていたとき、国際サッカー連盟で長年絶大な力を持ち続けていたジョアン・アベランジェ会長が、突然取材に応じた。指定された場所はブラジルのリオデジャネイロ。時間は1分」・・・・・
彼はジーコも取材している。だから辛口のサッカー批評をしながら、熱いジーコチルドレンでもある。ジーコの悪口を言うと、一瞬悲しそうな顔をして、次の瞬間殴りかかってきそうになる。
彼は京都生まれだ。酔うと時々暴れる?
そして汚い?早口な京都弁?で威嚇する?

田崎とは、キャーバに行ったことがある。そして本を作った。「ユーツな楽園」だ。
彼と行く前2回僕はキューバに行っていた。
だから3回目が彼と一緒だった。日本製のやすいレンタカーを借りてキューバを縦断した。
彼の超ブロークンなスペイン語が良く通じだ。楽しい旅行だった。
彼は僕との撮影後も一人残り、キューバを散策した。
その後、リオのカーニバルを一緒に取材した。
楽しい取材だった。
彼の専門は、実はサッカーだ。ペンネームでもサッカー本をだしている。
だから、この仕事は彼の直球なのだろう。
僕はまだ読んでいない。読もうと思う。

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2006.06.15

「恋愛小説」創刊、写真も関係あります。

Renaishosetucover
「恋愛小説」ホームページ

●日本経済回復の兆しが進行中といいながら、壊滅的な出版不況のなか、新雑誌が創刊された。
それもなんと、活字雑誌「恋愛小説」というベタなタイトルの雑誌だ。版元は小説界の女性誌、レディスコミックを目指しているようだ。
まあ、それじゃつまらないから、恋愛小説を中心に、デジタル時代のアート誌になることを期待するけど。

さて、その版元は、「バウハウス」というドイツの近代デザイン運動を牽引したあのバウハウスと同じ名前の、実はまったく関係ない、もともとは男性誌や写真集、今は女性誌までもをだしている出版社だ。

Shibuyahighheel

●さて、この新雑誌、「恋愛小説」は、何が狙いなのだろう。
この雑誌のコンセプトは、今やケータイやネットで日々、自然発生的に創作、そして消費つくされている文字や映像世界を、紙媒体であるアナクロな雑誌を基本軸に、再構築しようとするものだ。
そのネライ、アイデア、ココロザシは、決して悪くない。
なによりも大手出版社にガチガチに構築された文学世界を、弱小の文学アマチュア出版社が、殴り込みをかけようとしているのだ。
なんて大げさだけど、彼らの目論見はわかっている。
文学を、アイドル化しようというのだ。
よくいえば、自由化だ。さらによくいえば、文学を日常化しようというのだ。
いやいやいや、文学だけではない、このウエッブ時代の写真にも落としまえをつけようというのだ。

●いまや、本を買う人は、本を作りたい人だ。
小説を読む人は、小説を書きたい人だ。
写真集をみたい人は、写真を撮りたい人だ。
音楽を聞く人は、音楽をやりたい人だ。
絵を見る人は、絵を書きたい人・・・・・・。
だからプロもアマチュアも関係ない。

ネット時代になり、双方向になった情報は、「受け手」と「送り手」がまるで両性有具のように、まるで極小世界のルール量子論のように、そこら中がパラレルワールドになっているのだ。
この「恋愛小説」は、そんな夢のようなパラダイムを目論んでいる。

が、まだ創刊号を見る限り、その片鱗さえない。
なぜならば、「受け手」「送り手」の双方向性がまだ全くないからだ。
これは、ひとえに皆が参加することによって、進化する雑誌だからだ。
だから皆、さまざまな意見を、この雑誌にぶつけてほしい。
既成の雑誌の百倍聞く耳を持っている。
新人作家、新人写真家、新人イラストレーター、新人ミュージッシャン。
いまや、誰でも作家になれる時代だ。
自分で宣言すればよいことだ。その苦労は名刺を作ってから、たっぷり味わえばいいのだ。
今は、そんな時代だ。

「恋愛小説」の宣伝文句になってしまったようだ。
それというのも僕はこの雑誌に関わっているからだ。
創刊号は、恋愛をテーマにモノクロ写真を5p撮っただけだ。
どんなビジョンの雑誌なのか、わからないので模様眺めをしていた。
正直、写真の構成、にも関わっていない。
キャプションは、モデルになったKIKI
サンに書いてほしいと提案したぐらいだ。

さて、この新たな試みの雑誌が成功するだろうか。
成功の鍵は、いかに読者がこの雑誌の本質を、いかにはやく見抜いてくれるかだ。
これは、女性誌の形をした、新しいウエッブマガジンの「実体としての雑誌」なのだ。
既成の文学のように、権威は存在していない。
誰でも、参加できる仕組みになっているし、なって行くと思う。
作るのは、本当に読者であり、あなたという制作者なのだ。
ここまで割り切った雑誌は、今までなかったと思う。まして、「文学」なのだ。

さて、そこで実は僕は次の号からこの雑誌に深くかかわることになる。
理由はそのうちわかるだろう。

●その第一弾の告知
Vol.2号 8月15日発売

「初恋写真」
創刊2号8月発売から僕プロデュースで、カラー見開き2ページ、写真を使ったページを作る。
そこで読者にリレー連載をしてもらおうというのだ。
まあ、いちおう女性誌というくくりなので、条件は写真をやっている女性だ。
できればWeb上で写真を発表している人に、まずはかぎるかと思う。
プロ、アマは問わない。原稿料は薄謝だと思う。
ただ、今まで撮ったものではなく、僕と打ち合わせをして何を撮るか決めることになると思う。
カメラはデジタルカメラだ。(細かいことはまだ未定)
そしてテーマは「初恋写真」だ。
キャプションは、初恋についてインタビューをして僕が書くか、もしくは自分で書いてもらってもいい。
基本的にはカラー写真。2点で表現する。

●応募は、僕のメールにお願いしたい。
Mixiをやっている方は、そちらのほうからが確実だ。
またはHomePagerのメールから応募してください。その際、件名に「初恋写真」と書いてください。
創刊2号の8月発売号は、見本ということでもう決めているが、
翌月号から応募者から順次登場してもらおうと思っている。
よろしくお願いします。

★雑誌をひらいて驚いた。友人である大泉りか嬢が書いていた。

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2006.06.13

東京ビルヂングVOL.2 GRD

Shinbashi
Shiodome Tokyo GRD 12JUN 2006 自転車でD社に行った。
東京ビルヂングVOL.1

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2006.06.08

Michikoを撮った!Girl Friends

Phonebox
東京上野入谷で生まれた、Michiko。彼女を僕は渋谷で撮った。
一週間ぐらいまえ、渋谷でお茶しているときに、突然声をかけてきた。
「写真家の横木安良夫さんですよね」
綺麗なひとだったので、それにどこかでみたような、見たことないような、僕はあたまのなかをぐるぐる回転させ、いったい誰だったか思いだそうとしていた。どこで会ったっけ。
何しろ僕はカメラマンなのに人の名前と顔を覚えるのがとても不得意。失敗は限りない。
すると彼女は、「写真を撮らせてほしいという」。何!。
僕のことを撮るの?それもこんなコーヒーショップで。
子供の頃写真を撮られるのが大嫌いだった僕は、突然でしどろもどろ・・・。
写真学校を卒業して、就職したのち、彼女は新潟で暮らした。
そんな彼女は今、自分のリハビリの意味でも、知らない人に声をかけて、写真を撮るプロジェクトを実践している。そんなふうに知り合った、Michikoさんの写真を僕は撮った。カメラはGRDigital .
最初からモノクロモードで撮っている。
Michikoさんには、ガラスというより、薄いビニールのバリアーがある。
僕はそのバリアーを壊すことはない。
彼女のまわりを、ぐるぐる回って撮影した。
すべての写真、「Girl Freinds」は、ここをクリックしてください。

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2006.06.07

世界同時多発エロ 写真展Eroristsxxx 剽窃

渋谷 ギャラリールデコにて、2006年6月6日から、6月11日まで、写真展ERORISTSXXXが、開催されている。
5人のエロリストの写真展だ。
彼らの写真を紹介するふりして、僕は彼らの写真を剽窃している。
僕が撮った写真は、誰のものだろう。写真は常に剽窃だ。
ただ芸術には、パロディーのような、翻訳権という表現の自由もある。
ただその場合、元の著作者に許可がいるのだろうか。いるとすれば町のポスターの複写はどうなのだろう。
いや町のポスターは、公共の場所の風景だ。しかし、写真展は閉じられたプライバシーの場所。
当然許可無く撮ることができない。撮影の許可を撮ったとしても、著作者は誰になるのか。
ただの複写ならば、写真は著作権者の紹介にすぎない。
でも、オリジナル作品を変容してしまったら、どうなるのだろう。
もっとも、某画家のような、病的なみえみえの剽窃とは違っていたとしても、写真は常にオリジナル(実在するものから)の剽窃であることは、事実だ。

11:00-7:00 最終日11日5時まで。MAP

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2006.06.05

訃報 写真家平カズオ

写真家の平カズオ氏が4日午後7時ごろ亡くなった。
平さんとは、もう30年以上まえから面識があったが、
年1度ぐらい顔をあわせる関係だ。

ミウラカズト氏、青山達雄氏、田中長徳氏らの世代、
そういう意味ではぼくと同世代の写真家ともいえる。
ついにこの世代の写真家が亡くなったというのがずしりと重い感想だ。早すぎる死だ。
毎年、三浦、平、青山で3人展を開催し、
そんな写真の打ち上げのとき、平さんの「怒れぶり」がいつも印象的だった。
ブリュッセルに長く奥さんと住んでいた。
ご冥福を祈る。

平さんの通夜・告別式
6月8日(木) 18時~ お通夜
6月9日(金) 11時~12時 告別式
会場: 築地本願寺和田堀廟所
★アクセス: 京王線「明大前」下車徒歩7,8分
改札口(一つだけ)を出て右方向へ5分ほどで甲州街道。
歩道橋を渡ると明大和泉校舎正門前、
左へ金網フェンスが終わったところがお寺です。

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2006.06.03

駐車違反民間委託、これは巧妙な罠だ!

Cyokosuka03
1969年YOKOSUKA KANAGAWA

「誰のための取り締まりか」

反取締り事務民間委託で、違法駐車が激減したと騒いでいる。
たしかに路駐の少ない道は走りやすい。素晴らしいことだ。
しかしいったいこれがいつまで続けられるのか、はなはだ疑問だ。

これまでの交通取締りと同じように、キャンペーン期間が終われば、取締りと見逃しの境界線があいまいになり、もとの木阿弥。なぜならこのやり方を厳しく徹底すると、今まで無限にあった資源?(違法駐車)がなくなってしまうからだ。それでは駐車違反という(税金)の収益が激減してしまうことになる。
だから絶対に徹底してやる気はない。

●今回の目的は、違法駐車撲滅ではない。 そんなことより、
★駐車違反を発見したら、警告することなく直ちに違反切符を切れることと、出頭してこないドライバーも完全に把握しようというのが趣旨だ。
あくまで駐車違反反則金の増収を狙ってのことだ。そうでなければ、警察OBによって編成された民間の駐車監視員がビジネス上なりたたなくなる。

●たぶん、恒常的に彼らは見回るのではなく、今までと同じように、普段は野放しにして抜き打ち的に切符を切るというやり方になるはずだ。しかもそのときは、今までの何十倍も効率が良いのである。捕まえ放題だ。
●まあ、都心の繁華街は、これからもキャンペーン上範囲を決めて(公開するふり)ずっと続けていくだろう。それはあくまでカモフラージュ、他の場所を今までと同様ルーズにして、突然取り締まる。

★ルールの国アメリカの駐車取締りはすさまじい。都会はもちろん、田舎にいっても違法駐車は問答無用に、すぐに切符が切られる。ずっと昔からだ。
僕の経験を言えば、ニューヨーク5番街で(銀座のようなところ)ほんの5分車を止めたことがある。考えてみれば止まっているのは僕のクルマだけだった。でも一瞬のことだ。走って車にもどると、すでに違反になっている。はやわざ。それが一度や二度ではない。 レンタカーをニューヨークで借りたばっかりに、10枚近く違反切符をもらった。

そのうち僕はアメリカの交通ルールを理解した。
違反は絶対に、軽微でもなんでも取り締まられると。
ああなんて、アメリカは杓子定規、やりずらい、息苦しい。
それにくらべて、なんと日本は情にあふれ、ルーズで、素晴らしい国なんだと。やはり歴史のある国と、新しい国の差だろうか。などと思った。

★話はさかのぼり、初めてアメリカに行った30年以上前のこと、それはハワイマウイ島の小さな町で、一台も止まっていない、がらがらの路上パーキングエリアで、僕はきちんとコインを入れて駐車した。そして買い物からもどったら、駐車違反を張られている。なぜと思ったら、白枠を踏み、50センチほどはみ出していたのだ。他に全然クルマがとまっていないのにだ。それもたった50センチはみだしているだけだ。
でも違反だそうだ。初めてのアメリカで逃げることもこわく、すぐに出頭した。
罰金は安かったけど、(でも1ドル360年時代だ)担当の女性警察官は、ニコニコと「日本から来たの、気をつけなさい」と言ってアメをくれたが、決して許してはくれなかった。

★道路のルールに関して、アメリカと日本はまったく違う。
アメリカが好き嫌いは別にして、アメリカの民主主義と日本の民主主義が違うことと同じだ。
こと、交通ルールに関して、いやきっとすべての法律がそうなのだと思うが、アメリカは国民が法律を厳守することによって、権力や悪から守られている。(もちろん完璧ではないが)
「法律とは何か」が分りやすいということだ。本音と建前ではなく、法律とは本音なのだ。

★そういう国アメリカでは、交通ルールを守って生活するのはたやすいことだ。
それに反して、日本ではどうだろう。
★なにより交通ルールを守って生活するのが、難しい。
それはなぜか。
意外と思うかもしれないが、アメリカは日本のように現実的に厳守不可能な悪法が少ない。
高速道路を制限速度で走っていても、流れが遅いと感じることがない。なぜだろう。
最高速度はせいぜいが65マイルだ。(105キロ)かつては55マイルだった。
不思議なことに制限速度を遵守しているのに、流れが遅いと感じることは少ない。
それは一般道路でも同じことだ。

理由の1つに、たとえばカーブ手前は標識が55マイルや、45マイルと細かく変わり、制限速度どおり走っているととてもスムーズに、かなりのペースで走れる。それはミニバンも、スポーツカーも同じ速度で走り抜けることができる。アメリカの法律とはそのぐらいきめ細かい。そしてなにより、皆が速度を遵守しているで、流れに乗っていると楽だ。
日本はどうだろう。東名の100キロは今の車から見れば遅すぎる。その証拠に実際はもう少し早い速度で流れているではないか。建前100キロ、本音115キロぐらいだろうか。
まあ、100キロだせる、東名はいいとして、第三京浜80キロの根拠はなんだろう。そして現実、誰がそんな速度で走っているのだろう。
いや、いいんだ。80キロでも。でもほとんど無意味な速度でも、厳しく守られていれば皆それに順応する。でも皆守っていないから、法律を守ることにストレスを感じてしまう。
野放の理由は、警察に有利に働く。
★実はこれが日本警察の常套手段だ。
厳しい法律を作り、通常は運用をゆるやかにして、ある日突然法律のもとで検挙する。
それが違反者取締りなるノルマがあるとすれば、達成するために、きわめて都合がいい仕組みだから。

最後に、パーキングメータについて、僕が昔から思っていた日本警察の欺瞞性を考えたい。

●なぜパーキングメーターは、全国一律60分300円なのか。
●10分単位、100円がどうしてないのか。
●10分200円があってもよい。
●場所によって、長時間、止められるメーターがなぜない。 (アメリカには普通にある)
●どうして、繁華街と、クルマの少ない道路の広い田舎でも、料金が同じなのか。
●なぜ、無料のパーキングスペースがないのか。 止めるスペースが決まっていれば遠くてもそこに止める。
駐車スペース以外は止めてはいけないということになる。
●どうして、日曜日、深夜は、パーキングメーターが動かないのか。
●指定車両パーキング、場所によっては無料パーキングがあってもよい。
*そのほかアメリカでは、清掃をするという理由で、パーキングメーターを使えない時間帯がある。

★アメリカでは、昔から、それも機械式の超原始的なパーキングメーターの時代から、時間や場所によって料金や駐車可能時間が、きめ細かく決まっている。

★日本でも、アメリカのようにきめ細かい駐車場対策をとれは、駐車違反は激減する。しかしそれをやりたくないのは、警察でありその関係機関だ。なにしろ駐車違反取締りほど、効率のよい既得権はないのだから。

★結論 道路とは日本警察の無限の財源、資源の海だ。
違反取り締まりは、スムーズで合理的で安全な国民生活のためではなく、警察の財源でしかない。
今回の民間委託は、その効率化を図るための見栄えのよい「罠」なのである。


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2006.06.02

Rikaを撮った。

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GRD モノクロモード ISO 200 CReCo
Rikaを撮った。何年ぶりだろう。ある雑誌のために、誰か女性の写真を撮らなくてはならないので、さて誰を撮ろうかと思ったとき、先日の「DaydreamBelieve」の写真展のおり、ボーイフレンドと来てくれた、Rikaを思い出し、すぐに連絡を取った。2時間ぐらいだったら時間があるとのことで、渋谷で待ち合わせ撮影する。
本番で使う写真はカラーだけれど、ここでは、モノクロの写真を載せる。
カラーは可愛く写っている写真を選ぶことになるが、モノクロはかわいいより、ちょっとズドンとしている写真がよいだろろう。そのほうが余韻がある写真になる

大泉りか 小説も書いている。
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2001年だったか、いや2002年だったか、クルマ雑誌NAVI「Girls in Motion」連載のために、Rikaを池袋の駅前で撮っている。あのころテーマは、団塊の世代の子供たち、そしてブルセラだった。彼女のデビュー小説もそんなことを題材にした小説だった。

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2006.06.01

ロバート・キャパとアンリ・カルティエ=ブレッソン

ロバート・キャパとアンリ・カルティエ=ブレッソン

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Capakobe01

ロバート・キャパ写真展「CAPA IN COLOR」

ロバート・キャパの写真展「Robert Capa in Color」が神戸のもとまち大丸で5月31日から6月12日まで開催されている。

【ギャラリートーク開催】
●ニューヨーク国際写真センター副会長フィル・ブロック氏によるギャラリートーク
日時:5月31日(水) 11時~・14時~
場所:大丸ミュージアムKOBE内
●マグナム・フォト東京支社ディレクター小川潤子氏によるギャラリートーク
日時:6月2日(金) 15時30分~・18時30分~、6月3日(土) 11時~・14時~
場所:大丸ミュージアムKOBE内
※ご参加のお客様は入場券が必要です。予告なく、変更・中止になる場合もございます。

【ドキュメンタリー映画 “CAPA in Love & War” 特別放映】
●日時:6月2日(金)、6月4日(日)、6月9日(金)、6月10日(土)
各日10時30分~12時00分(放映時間:約90分)
●内容:アンリ・カルティエ・ブレッソン、スピルバーグ、イザベラ・ロッセリーニなど、関係者たちの貴重な証言によって綴られた、ロバート・キャパの初めてのドキュメンタリー映画を放映します(2003年サンダンス映画祭ドキュメント部門ノミネート)。
●場所:大丸ミュージアムKOBE内・DVDシアター

以前に横木の書いたText


Bressonbig1

映画アンリ・カルティエ=ブレッソン「瞬間の記憶」
アンリ・カルティエ=ブレッソン公式HomePage とてもよくできている!

そのまえに、上映している、渋谷、シネマライズXは、特異な映画館だった。
平日すいているとしても油断してはならない。
スクリーンが異常に高い。どう考えても映画をカンファタブルに見る環境ではない。
一階と二階席があるが、絶対に二階席で見ることをすすめる。
全部で30数席あるが、整理券1-15番以内じゃないと2階で見ることはできない。
ご注意を。 僕の友人が1階の一番前で見て、首が痙攣したと言っていたい。
まあ、その際はかくごして見るしかない。

映画は淡々とした記録映画。ブレッソンが自分の写真を見せながら、語っていく。
写真好きならとてもためになる教育映画だ。
ぼくも時折眠くなったが、ブレッソンの写真に対する考えを知ることができ、大満足だった。
特に有名な「決定的瞬間」は、キャパと同じように、ポジションとタイミングだ。
キャパは、タイミングとポジショニングで、ベストポジションにたち、現実に遭遇することがテーマかもしれないが、
ブレッソンは、そこに美学が入り込んでくる。完璧なコンポジション、構図が偶然にも表現できる。そこに居合わせることが、「決定的瞬間」なのだろう。
映画のなかでブレッソンは、自ら暗室作業がうまくないようなことを言っているが、そのため彼の写真は信頼するプリンター(海外では写真家の作品を専門のプリンターが制作するのは、ごく普通のことだ)に焼かせている。
モノクロのプリントは、かなりエネルギーのいる作業だ。ブレッソンも当然、若いときは自分でプリントしていたろう。
カラー写真もほとんど撮ることはなかったといわれている。カラーで撮る仕事は、ロバートキャパがやったという。
キャパのコンタクトプリントは、かなり公開されているが、ブレッソンは絶対にコンタクトプリントを見せないと言っていたと思う。(少し何かで見たよう記憶もあるが)
93歳のインタビューというと、死ぬ直前のインタビューだったのだろう。


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