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2006.12.17

角田光代さん アサヒカメラ 日本カメラ

Coverobiarinashi

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写真展の終盤、12月11日、角田光代さんとトークショーをしたことを書いていなかった。その印象を書くわけだが、そのまえに実はアサヒカメラ2007年1月号に、角田さんによる、僕の写真集にたいする、ブックレビューが載っている。角田さんは僕の写真集に素晴らしい短編を寄せているわけだから、ブックレビューとなると、少しおかしな感じもするが、彼女は写真集に寄稿したオリジナル短編小説をのぞいた、純粋に写真集の写真のみを抽出してレビューしてくれた。
いや、そんなちっぽけなことではない。これは彼女の書いた写真集のなかの短編と、アサヒカメラのレビューがきちんと呼応しているからだ。それはある意味、角田光代さんの文学に対する、距離感、その創造の源を垣間見ることができた不思議でもある。それは大反則技だった。なぜなら角田さんは、写真集のなかの短編について、僕の写真を語っているようでいて、実は彼女の文学論を語っているからだ。これはまるでゲームのようなものだけれど、ひとりの作家が、素材として、経験としてひとつの写真群を見て、彼女なりの物語を創造したひとつの、ケースなのだ。ひとにより僕の写真を見て、さまざまな物語ができるだろう。それは見る人、ひとり、ひとりが違う世界観を抱えているからだ。そのひとつの、ケースを角田光代さんが書いてくれたという奇跡だ。そしてこの写真集の序文ともいえる文が、アサヒカメラのレビューとなっている。
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彼女に僕の写真集に文章を載せることを依頼したのは、7月末だったろう。1967年から1975年という、昔の写真、俗に言えば団塊の世代の青春の写真に、単純に言えば同世代の作家、同じ時代に青春を過ごした作家に書いてもらうのが順当かもしれない。でも、僕は、それは拒否したかった。同じ時代であればあるほど、この写真に対する見方が、同世代というある種の誤解を増幅するかもしれない危惧があったからだ僕の写真を、この時代を同じように生きた作家に語って欲しくなかったのかもしれない。
それより僕は、違う世代、団塊ジュニアでもない、僕と一番ジェネレーション的に、そして価値観が違うかもしれないだろう作家に「序文」を書いてもらおうと思いついた。そこで今の作家をさまざまにリサーチして、そして薦められたのが、角田光代さんだった。彼女がアサヒカメラに登場していたものを読んでいたからすぐにピントきた。
僕はアサヒカメラの編集部にメールアドレスを教えてもらい、角田さんと親交のある作家にも、援護射撃をしてもらい、ラブレターというか、依頼のメールを送った。そして彼女が1967年3月生まれという、この写真集の始まりと同じ偶然に、運命を感じた。彼女の答えは、締め切りの時間が合えばとのことだった。
一ヶ月後、9月のはじめ、僕は高円寺にある、彼女指定の喫茶店で会った。通常作家の原稿の依頼は、編集者からくるものだ。僕のように、直接制作者からのオファーに戸惑い、断りきれなかったのが、本音かもしれない。僕は角田さんに写真集の構成をしてあるダミー本を見せた。324枚の仮の写真集になった写真一枚、一枚を、彼女は丁寧めくった。一言もはっせず、だまってめくった。僕も何も解説をくわえることなく、彼女がいちまいいちまいページをめくるのをだまってじっと見ていた。どのくらいかかったろうか。20分ぐらいだろうか。僕達は無言のまま向かいあっていた。そして彼女はページを閉じ言った。「感想を書けばいいんですか?」
僕は彼女に会うまで、序文を書いてもらうつもりだったからだ、そうメールでお願いしていた。その瞬間僕はあらぬことを口にだしていた。「えー、感想ではなく、この写真を見て、感じたことをフィクションにしてください。10枚ぐらいで・・・」角田さんはそのことに、明確な返事をしてくれたわけじゃないが、「自由に書いてください」と僕がたたみかけると、「わかりました」と言ったような気がした。「いつまでに?」「一月ぐらいだから」僕はなるべく早くかいてもらいたかったが、できらば9月中と思ったがそれは言えず、10月10日ぐらいまでに、というと、わかりました、と言ってくれた。僕は調子にのり、角田さんのメールアドレスを教えてくれた、書評担当者が、角田さんにその写真集の書評を書いてもらえるかなと、冗談のように言っていたことを思い出し、それとアサヒカメラの書評もお願いできますか、と聞くと、やはり締め切りがあえばというとこで、仮OKをもらうことができた。それは後日、編集部からということで・・・。
なんだか、厚顔無恥、ずうずうしく角田さんにいろいろお願いし、きっと彼女を待っている編集者たちが知ったら、むかつく展開だと思った。そして、一月後いや、9月28日に予定より早く、角田さんの原稿はあがり、僕は歓喜し、タイトルまでいただいてしまった。それもこれも、角田さんの心の広さ、作家として自信がなせるわざだろう
12月11日(月)、トークショーの日、彼女と会うのはだから2度目だった。彼女は約束の時間6時ちょうどにギャラリーにふわりと訪れた。ちょっと風邪ぎみだという。でも時間に正確な人だと思った。そういう女性が僕は好きだ。彼女は白いニットの帽子をかぶり、白いブイネックのニットのセーターを着ていた。その後、この日司会をしてくれる、タカザワ氏と打ち合わせで、同じフロアーにあるバーに向かった。その時間、そこは酒がメインだ。僕たちはベルギービールで乾杯した。角田さんもとても自然にビール飲むとおっしゃたからだ。
打ち合わせといっても、簡単な段取りで、さして話すこともなかった。いやたくさんあったが、ここで話すと、会場でまた同じことを話すことになるので、さしさわりのない会話に終始することにした。タカザワさんは、角田さんのご主人の伊藤たかみさんには、二度インタビューをしている、と言った。途中、角田さんの知り合いの編集者、ぼくにとっても古くから付き合いのあるS学館の、I編集者が乱入した。そして、僕の写真集に寄せた、角田さんの短編を絶賛した。ともすれば、古くなってしまう昔の写真を角田さんの、現在形で書かれた文章が、写真を現代のものにした、と・・・・・。
時間通り、6時半からトークは始まった。やはり狭い会場は満員になった。ここで少し僕には誤算があった。なぜならば、これまで写真家とのトークでは、司会者がいなかったので、僕は相手に話をなんどもふっていた。相手の話を聞くことが目的でもあった。皆、写真家は良くしゃべる。それが、タカザワ君がいることで、つい安心して、僕は彼女に用意していた質問を忘れてしまった。
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photo by Hyoryusya
それは角田さんの、ノッテル人のオーラで、少し緊張していたからだろうか。かえって、彼女に質問にあった。上の空だったのだろうか、今それがなんだったのか、忘れたが、テープに取っているので、そのうち思い出すだろう。僕は彼女と出会ってから、彼女の小説をいくつも読んだ。そんな文学的なことをこのとき話す時間もなかったが、角田さんと話していてい、僕と角田さんは、もしかしたら写真にたいする考え方がかなり違っているかなと思った。そんなことは当然で、僕が彼女の書くもの、小説にたいする思いが同じわけはないのだからそれでいいのだが、・・・・・なんて、書きながら、角田さんはあんまりおしゃべりじゃないけど、言葉が重いと思った。一点、おもしろかったのは、タカザワさんが、角田さんの小説が映像的だといううんぬんに対して、自分の小説が、映像的であるとかどうかなんて、さして意味がないと、言った。それは生まれたときから映像に囲まれ田世代にとって、映像を浮かべながら書くことは、特別なことではなく、映像的であるとは、決してほめ言葉ではないと、ちょっと強く主張したときに、彼女の、気の強さ、一本気、プロ根性を知った気がした。
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トークが終わると、くだんのS学館のI氏が、帰りぎわ「横木さんしゃべりすぎ」と言った。うーん。確かに角田さんは、あんまりおしゃべりじゃない。家に帰ってから、彼女にメールで僕がしゃべりすぎたことをわびたら、とても楽しかったとおしゃってくれて、少し救われた。・・・・なんてことより、やはり彼女が、寄せてくれた短編と、そしてアサヒカメラのレビューは、ニュースだと思う。ひとつの写真世界にたいして、作家が二つのアプローチをしたなんて、前代未聞だからだ。

●それと、それと、日本カメラ1月号に、「あの日の彼、あの日の彼女」から10枚、グラビアが組まれています。ちょっと写真のチョイスが違うバーション。ちょっと印刷がヘビーだったかな。粒子も荒れ気味で。それはそれでよい感じだけれど。写真は、調子や構成、セレクトで全然かわってしまうという良い例かもしれない。そいいえば、週刊ポストに載った写真も、ドキュメンタリーぽくヘビーだった。

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Comments

なんて事書いたら、昔のおんな友達から、ウザイと言われた。たしかに、考えて見れがこれが以前のボーイフレンドなんていう彼女はいない。でも、ちらりと写った、集合写真のなかからそれを探す、悪趣味は、じつは、好きだ。やはりウザイ。

Posted by: 横木安良夫 | 2006.12.18 08:51 PM

思い出した。家族の記念写真ね。あの時だまっていたけれど、僕も、よその家の記念写真大好き。特にガールフレンドの育ってきた過程なんて最高に好き。昔のボーイフレンドとか写っていてね。わりかしそういうのだいじょうぶなので。

Posted by: alaoyokogi | 2006.12.18 12:16 AM

そうそう、写真的だったよね。きっとでもそういうことに、反応する角田さんが面白かった。ふだんぽわんとしているようで、あのときの彼女の表情が可愛かったから。絶対撮るチャンスかな。ビデオ回していたから、そのうちチェック。トークショーって、内容より、誤解やほころびが面白いんだよね、きっと。

Posted by: alaoyokogi | 2006.12.18 12:11 AM

先日はおつかれさまでした。

角田さんの小説が映像的云々、というのはぼくの真意が伝わらなかったんですよ。そのときは「?」という感じだったんだけど、後で考えると、すれ違いだったと。

というのは、ぼくは「写真的」って言ったんです。その前の発言で横木さんが「映像的」って言っていて、映像的→写真的、という回路が角田さんに伝わらなかったんですよね。

映像的ってのは、「文章を読んでいると映像が思い浮かぶ」みたいな、映画を文章で記述する、みたいなことなんだろうと思います。

ぼくは角田さんの小説について上記のような意味で「映像的」と思っているわけではなくて、「写真的」だと思っています。それは、一枚の静止した写真を観察し、その内容を記述するような目で人物を描写し、そこから物語を書き起こしているような印象があるからです。

トークでも触れましたが、トーク前に角田さんに、人の家の家族の写真や記念写真を見ることが好きですか? とお聞きしたのも、角田さんが写真を「見る」ことにもともと関心があるんじゃないかなと思ったからなんです。

ちょっと言い訳っぽいですけど、一応、エクスキューズを(笑)。

Posted by: タカザワ | 2006.12.18 12:03 AM

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