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2006.12.21

あの日の彼、あの日の彼女 渋谷川

渋谷川 1974-2006
Shiubyagawa

恵比寿ガーデンプレイスの近くで撮影を終え、六本木に向かう途中、道が込んでいて裏道に回った。すると突然もうれつな既視感におそわれた。正面角に花屋が見えた。美しい女将がいた。いや今はない。それは、デジャブじゃなかった。その道はかつて何十年も前に、ある時期毎日歩いた道だ。道が細いので車で通ることは、ほとんどなかったその道。ゆっくりと走りぬける。ああ、あの路地の先に僕はひとりで住んでいたんだなあと、あの頃のことをつぎつぎとおもだした。
それは1974年、著名な写真家のアシスタントをしているときのことだ。ガールフレンドがアメリカ留学してしまい、一緒に住んでいた東松原のアパートをでて、僕はしばらくの間、六本木にある事務所の機材室で寝泊りをしていた。そのころの給料でひとりで住むことが困難だったというわけではない。他のカメラマンのアシスタントたちも皆僕以上に薄給だったけれど、六本木や原宿に住んでいた。仕送りでなりたっていたわけでもないだろう。彼等は3畳一間という、月一万円もしないアパートに住んでいた。3畳間は、布団を敷いたらもう足の踏み場がなくなる。そういう覚悟だったら、どこでも住めるの。それまで僕は彼女と2万数千円のアパートにいたので、あまりに狭い部屋に住む気はなかった。なによりガールフレンドがいなくなり、仕事だけの毎日で、アパートの必要性を感じていなかったこともある。でも、事務所の機材室に寝泊りする生活は、ある種正常な生活ではなかった。ある日、かなしばりにあった。恐怖で体が硬直した。
僕はアパートを探した。できるだけ安い部屋。すると恵比寿西に、六畳一間、敷金1、礼金なし、共同トイレ、2階、東南、日当たり最高、という掘り出し物のアパートがあった。家賃は11,000円。格安だ。部屋を見たときは午前中だった。窓から光がさんさんと射しこんでいた。僕は気に入り、すぐにそこに決めた。生まれてはじめての、ひとりで暮らしだった。それまで僕は、ガールフレンドのところにもぐりこんでいたというわけだ。
契約してわずかな荷物を部屋に入れ、裸電球をつけたとき、窓がすべてすどうしガラスなことに気がついた。それまでなぜか気がつかなかった。その晩は、月明かりを感じながら寝た。翌朝アパートのある路地は子供達の歓声やおばさんたちの井戸端会議で騒がしかった。仕事を終えたその夜、トレシングペーパーとセロテープを調達して、すべての窓をクモリガラス状態にした。しみだらけで不気味だった天井は、たまたま撮影の小道具かなにかの残りで、事務所にあったキャンバスを持ち帰り覆った。
そのアパートは、まるでドラマのようだった。扉のとなりあった、西の部屋は暴走族みたいなリーゼントのカップルが同棲していた。バイクをとどろかせて夜中戻ると、毎晩のようにセックスをした。北側の男は、喘息持ちで、発作がおきると止まらない咳をした。朝起きると、一階にある共同便所には、老婆がいつも扉を少あけながらうずくまっていた。当然、和式、水洗じゃない。
僕は昼間、スターカメラマンだった師匠のもと、華やかな世界のはしくれにいた。それが夜中疲れて帰ってくると、そこは、日本の底辺の人間が住むj、空間だった。電話だけが、外とつながっていた。携帯電話もパソコンもない時代だ。僕はガールフレンドに手紙を書いた。1ケ月遅れのコミュニケーション。何か理由をつけて電話をした。国際電話がいまより何倍も、何十倍も高いときだ。目覚まし時計の秒針を見ながら電話をした。数ヶ月がたつと、気持ちが通い合わなくなり、二人無言の電話になった。あるとき、電話代が給料以上になったとき、ガールフレンドの母親が心配して、肩代わりしてくれた。・・・・。その後僕と彼女のエアメールはとだえとだえになった・・・・。
僕はそのアパートに1年間住んだ。限界だったこともあるが、そろそろアシスタントをやめてフリーのカメラマンになる準備のつもり、独立するため仕事場件住居を借りるための資金をためることにした。
結局、また事務所で寝泊りすることにした。
今日、僕は懐かしい裏通りに迂回しながら、かつて歩いた道、渋谷川にかかった橋をわった。瞬間、ぼくは急ブレーキを踏んだ。
ここだ。それは、今回の写真集のなかにある、増水した川を橋の上から撮った写真P57の写真の場所がここだとひらめいたからだ。
その写真のキャプションには、渋谷川、恵比寿、1974とある。実はたぶん渋谷川だとしても、本当のところどこだったかは失念していた。コンタクトプリントを見て、1974年ごろだとはわかっていたが、正確なデータではなかった。
二つの写真はアングルが違う。1974年の写真は俯角であり、今日の写真はほぼ水平、仰角だ。川の構造が違う。でもわずかに見える遠くのビルはどこか共通している。川が右に蛇行している。絶対にそうだと僕は確信した。ここだったんだ。そして僕は思い出す。あの頃のことをつぎつぎと。
そう、あの日僕は、彼女を、羽田に送った。事務所のマネージャーに、見送るので半日休ませて欲しいと頼んだのだった。前の日品川パシフィックホテルに泊まった。モノレールで羽田に行った。僕は彼女がノースウエストに乗り込んだ姿を思い出した。
いまは彼女はどこにいるんだろう。


横木安良夫写真集 「あの日の彼、あの日の彼女」
teach your children 1967-1975
文・角田光代

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★2006年12月15日発売 アスコム 定価税込み ¥3,990 
352ページ (写真324ページ) 大型本 モノクロダブルトーン ソフトカバー
 
アートディクレクション 原耕一 
デザイン 渡邊隆雄 七郎 (トラウト)

アマゾンにて購入できます。
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ジュンク堂書店
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天地21x24.5cm 

横木安良夫写真集「あの日の彼、あの日の彼女 1967-1975」文・角田光代詳細

●特装版
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BlitzInternationalにて、ネット販売をしています。
写真集に載っている写真のほとんどは、デジタルアーカイバルプリントとして販売しています。


●新聞紹介
★朝日新聞 東京版 2006年12月5日
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★Parcoでの写真展は、2006年12月1日~13日まで開催され終了しました。
次は、★名古屋オーチャードギャラリーにて、1月19日~3月3日まで同展は巡回開催されます。

日本カメラ12月号
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●書評
読売新聞 2006年12月10日 
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アサヒカメラ2007年1月号 角田光代
★アサヒカメラは、現在発売中です。そちらをご覧ください。
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●特集 神戸からのメッセージ NPO法人神戸からの手紙 078-435-1571
Kobetegami

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Comments

こんにちは。お久しぶりです。Mixiでも同じ名前ですが、カズヒコです。
この前、mailもさせていただきましたが、写真展お疲れ様でした。そして次の遠征先での写真展の成功もお祈りしています。行けなかったことと、写真集を今現在手に出来ていないというだけで、本当に残念でしかたありません。

そして、このBlogにコメントするのは初めてか、かなり久しぶりなのですが、いつも横木さんのお話を聞いたり読んだりすると、失礼かもしれませんが何か僕の過去に似た感じを受けるんです。
僕は今こうしてアメリカに居ますが、パソコンもメールもほとんど家庭では一般的じゃなく、それこそ国際電話・エアーメールでのやりとりが主だった頃、僕も同じような経験をしました。でも、それはどちらかというと横木さんの当時の彼女の立場だったかと思います。
それを今思い出せば、なんで返事をあの時に返さなかったんだろうとか、もっとこっちから積極的に連絡を国際電話で取らなかったんだろうって思います。
今、それを思い出せばいい思い出なのかもしれませんが、僕もその時の彼女が今何をしてるのか、どういう状況なのかはほぼわからないかんじです。

でもでも、そういうのって、何か美しいですよね。
絶対にとは言い切れませんが、相手も年に1度、いや数年に1度は思い出として頭の中にあの時のことを思い出してるかもしれないって。
そして、それは写真には映し出せなくとも頭の中に一生残るであろう画で、それをより豊かなものにしてくれるのが手元にある写真かもしれない。

横木さんの時代とは数十年も時は違えど、その時代から数十年後の自分が似た状況にあったことを文章をゆっくり読ませていただいて、思い出しました。

Posted by: Pres. Kazu | 2006.12.23 10:49 AM

真似、大いに結構。地面に置いて撮るなんて、皆やっていることです。オリジナリティはテクニックではなく、そこからどやったら、魅力的な、面白い写真を撮るかが問題でしょう。楽しむことが一番。MIXIではいろんな人がやってますよ。

Posted by: alaoyokogi | 2006.12.22 01:26 AM

パーフェクトガイドVol2に掲載されていた横木安良夫さんのアングルを模倣したカットを私のブログに掲載した関係でトラックバックさせて頂きました。
いつも良い写真を楽しませて頂きありがとうございます。

Posted by: imhotep | 2006.12.22 12:12 AM

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