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2007.01.11

1955年(昭和30年) 新一年生 千葉県市川市立国府台小

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千葉県市川市立国府台小学校 昭和30年(1955年)4月、新一年生。 (写真をクリックすると大きくなります)

前回のBLOGでは、1954年、ロバートキャパが地雷に吹き飛ばされた年の話をした。その翌年、1955年、昭和30年は、僕が小学校に入学した年だ。昭和27年に、真間小学校から別れてできた新しい小学校だ。まだなんの歴史もなく、ころのころは体育館もなかった。季節はたぶん4月だろう。
この頃になると、国府台は新しい住宅地がたくさんでき、路地は子供達であふれていた。この翌年には、人数がおおくなりすぎ、学区が変わりふたたび真間小に通うよなった生徒もいる。このクラスの何人かは真間小に行った。ただ、学力の差は歴然、歴史ある真間小は、教育熱心、それにひきかえ国府台小学校はとてものんびりとしていた。天気がよいと、よく授業をやめにして、すぐとなりにあった三角山に散歩にいった。そんな時代だ。
顔ぶれをみると、ほんと50年前、戦後まもなくといったかんじで、まだまだ貧しいかったんだなんと思う。
後に擁護学校にゆく生徒も一緒だった。朝鮮部落もあった。引揚者は、今の一中のグランドあたりに、いくつも兵舎を改造した住宅があった。医科歯科の住宅や校舎、病院もあった。里見公園の正面庭園も、高いコンクリートの塀がめぐらされていた精神病院だった。江戸川の花火、里見公園の桜、式場病院、このあたりは病院だらけだった。写っていないが、この写真の右の方角に三角山という標高20mぐらいの山があった。当時その周りは雑木林と畑で、軍の射撃場跡、銃弾をよくみつけた。
ちなみに、ぼくは後列、右から10番目、木によりかかる、ぼやっとした体の大きな子供。 多動症ぎみで、授業中よく教室を歩き回っていた。担任の根岸先生には良く殴られていた。
ところで、1955年というと、映画「バックートゥーザフューチャー」1 で、マーティが訪れたフィフティーズの時代だ。最高に豊かなアメリカがあった時代。日本はこんなだった。

アルバムを見ていたら、1960年昭和35年、3月18日の、クラス会のときの記念写真があった。だいぶもう、豊かに時代になっていたのだろう。皆着るものが違う。この年は、60年安保、樺ミチコさんが、国会前で死んだ年だ。
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一番上左から 青木順子 ○ 石井?
その前、左から、米本隆、 成井、 鬼頭直樹、 高橋 矢島? 白川、三浦、原田、石橋、湯浅、郡司洋子、高千穂?、水野
3段目 渡辺、高橋、本名貞治、大槻俊夫、椎名、行田僚平、矢島、上田茂美、富山、○、○、田中君子、○、小栗
2段目 森裕行、木島、松本、目黒、大平登、横木、藤原先生、鶴野れいこ、島田ひろみ、本郷、白石?、村田さなえ、○
河邊、高橋勇、田島、○、森俊雄、坂崎、富岡千恵子、石井民子、田島、大里寿美子、小林?

こどもの記憶力ってすごい。!
僕は先生の左どなり。えらそうに真ん中にいた。こうみると、けっこう女の子は可愛かったんだなあって思う。担任は藤原先生。今、僕は人の名前をさっぱり覚えられない。ところがこの5年2組のクラスメイトのほとんどの名前を覚えている。なんたることか。
この頃僕はもてもてで、三角関係にあった。二人の子、ITとTMに告白されたわけだ。女の子たちはませていていつも3人一緒にデートした。でも僕はやはり本当のことを言って、好きなほうを選んだ。休みの日は朝早く迎えにいって、自転車をふたりのりした。ところが東京から転校生がやってきた。Kだ。小柄だったけどグッドルッキング。自転車もよかった。僕達はすぐに意気投合したが、6年の終わりごろ、彼にガールフレンドを奪われた。精神病院だった場所が里見公園の正面庭園になったばかりのころ、ぼくはKの自転車の後ろに座る、ITをみつけた。僕は完全にふられた。中学に行くまでの春休みは、失恋状態だった。
僕は東京の学校に越境通学した。そんなある日、小学校時代、裕福で国府台で唯一自家用車を持っていたそれはたしかヒルマンだった、マドンナからはがきをもらった。彼女は学芸会でバレエを踊った。いつも綺麗なふわふわのセーターを来ていた。皆でむしったこともある。むかつくくらい先生のお気に入りだった。美しい彼女は、クラスのなかの遠い遠いマドンナだった。一度席がちかかったことがある。僕たちはゲームをした。負けたら握手する。僕ははじめて彼女の手を握った。しっとりとやわらかな、とても上品な手だった。いつもいいにおいがした。でも遠い子だった。そんな彼女から、はがきがきたのだ。好きだったと書いてあった(そう僕は思い込んだ)。でも、学校も違い、僕は急に女の子と口がきけない年齢になっていた。バスで彼女とあっても話すことはなかった。


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横木安良夫写真集 「あの日の彼、あの日の彼女」
teach your children 1967-1975
文・角田光代

写真集詳細
★2006年12月15日発売 アスコム 定価税込み ¥3,990 
352ページ (写真324ページ) 大型本 モノクロダブルトーン ソフトカバー

横木安良夫HomePage

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横木安良夫写真集「あの日の彼、あの日の彼女 1967-1975」文・角田光代詳細

●特装版
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BlitzInternationalにて、ネット販売をしています。
写真集に載っている写真のほとんどは、デジタルアーカイバルプリントとして販売しています。

2007年1月19日~3月3日まで、オーチャード・ギャラリー・アート・フォト・サイト・名古屋で「Teach Your Children1967-1975}」あの日の彼、あの日の彼女展を開催します。


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Comments

本名さん おひさしぶりです。まあ、昔を懐かしむ年になりました。よかったらメールください。写真展などなにかの折には、お知らせします。alao@alao.co.jp

Posted by: alaoyokogi | 2007.12.30 at 10:16 AM

写真好きの友人から横木さんのHPにある小学校時代の写真があって私の名前を発見したというから懐かしさで写真を確認し、納得しました。忘れていた時代に記憶がタイムスリップします。私は今埼玉県の所沢市に在住し、数年前に希望退職後はネットトレーダーで生計を立てております。横木さんが著名なカメラマンになっていたとは少しも知りませんでした。

Posted by: 本名貞治 | 2007.12.29 at 11:34 PM

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