30年前、あの日のゴールデン街
人生の転機に立つ友人と飲んだ。学生時代からの友人だ。かつてはよく一緒に仕事をした仲だ。最近はあまりあうこともなく、年に数度飲むぐらいだ。
数日前、彼から連絡があった。「前いっていたことを、実行しようと思うんだ」
その日、夕方電話して新宿に行こうと言った。むかうさきはゴールデン街だ。かつて、30年以上前、若かった彼は、毎日のようにゴールデン街にかよっていた。仕事場が青山にあり、学生時代からアパートが西新宿にあったから、仕事帰りには毎晩のようにさまよったという。この界隈の多くの人と酔い、知り合りあった。
僕はゴールデン街には、かつてほとんど来たことがなかった。編集者や友人と酔って流れてくるぐらいで、自分からふらふらさまようなんて経験がなかった。だから新宿で飲むときはいつも彼と一緒だった。朝までやっているバーで知り合った女の子を、彼のアパートに連れ込んだこともある。遠い思い出だ。
そういう彼も、独立し、仕事が忙しくなり、事務所を青山に構えると、ゴールデン街からは遠ざかった。だからもう20年ぐらい来てないという。それに最近はめっきり酒が弱くなったという。
僕達は、腹がへっていたいので、ゴールデン街にある、僕お気に入りの好み焼屋に行った。酔いながら、僕達は今の現状や、展望、そしてすこしの昔ばなしをした。だいぶ酔い、じゃちょっと洒落たところに行こうと、医大通りにある、いきつけのバーに向かった。
ゴールデン街の路地を抜けるとき、「そういえばのあたりにあの店があったな?」と彼は言った。僕もときどき気にしていたけど、どこにあるのかわからなかった。もうなくなっていると思っていた。
すると彼は「あるよ」という。てっきり1階だと思っていたら、2階だったのだ。
狭い階段を上がると、思い出した、ゴールデン街のなかでは広い、記憶の片隅にかすかに残っていたインテリア。昔はもっと暗かったような気がした。
彼はすぐに店長に声をかけた。20年ぶりの再会だ。二人は、馴れ合ったように会話する。
僕がこの店にきたのは、30年ぐらい前。当然、常連だった彼が連れてきたということになる。僕も彼もまだアシスタントの時、20代前半だ。
するとカウンターのすぐ壁に飾ってある、額入りのハンフリーボガードの写真が目にとびこむ。
僕はこの写真を良く覚えていた。
すると突然彼が、「この写真、俺が開店祝いにプレゼントしたんだよ」という。
そんなこと店長もわすれていた。彼が、仕事で使った時の絵の複写だという。
「絵?」「そうだよよ、これはもともと絵なんだ」・・・・。それを複写した。
彼も、僕も、店長も、一瞬30年前の時間に引き戻された。
僕等はバーボンをロックであおった。そして長い沈黙があった。
無数の店があり、無数の人々が訪れ、無数の思い出ができる。何十年もたって、その店がまだあり、何十年ぶりに会話をする。店ってそういうためにあるんだなあ。
まるで、カサブランカみたいだ。
その後、目当てのバーにゆき、5時ぐらいまで飲んだ。
不思議な1月の夜だった。
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