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8 posts from March 2007

2007.03.31

GX100Vol.4 閑話休題 CReCo

閑話休題 

ここで、実験としてCReCo(クリコ)って何?を紹介する。
1531000noncreco
RICOH Caplio GX100 15.3mm(72mm)で、撮影

この写真は、Jpeg撮影オリジナルを、解像度72pixle左右を1000pixleにリサイズして、フレームをつけただけのもの。フォトショップでひらいて画質調整、ライティングからレベルをみると、わずかにシャドー部分のシマリが悪い。単純に黒を0に合わせればすむ問題でもある。少し眠いのはそのせいだ。GRにしろGXにしろ、RICOHのJpeg画像はやわらかな描写を目指している。
1531000noncrecocr_3
これは、遊び。レベル調整をせず、モノクロ銀塩プリントのように、フォトショップ焼き込み(バーニング)と、覆い焼き(ドッジング)だけで、コントラストを調整したもの。ちょっとわざとらしいかな。やはり焼き込み、覆い焼きだけは無理がある。
153creco1000
これは、通常のCReCo
まず、フォトショップエレメント、画質調整、ライティング、レベルをひらき、山の左側を0に合わせる。そして気に入った明るさにする。その後、は上と同じよう焼き込み、覆い焼きをする。その際、ハイライト、中間調、シャドーを選びながらやる。少し大げさに見えるかもしれないが、僕のEPSONpx5500、マットプリントでは、このぐらいメリハリをつけたほうが、綺麗にあがる。もっとも、これをやりすぎと感じる人もいるだろう。人それぞれだし、何より、プリント環境などの違いで変わる。調整したあと、左右1000pixleにするまえ、フィルターから、モノクロノイズを2%といれてみた。上の写真は、このサイズで0.5%のノイズを入れている。
レタッチといっても、こんなものだ。それは自分の好みに、調整するこで、決して修正しているわけじゃない。

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2007.03.30

RICOH GX100 Vol.03

Vol.01は、ここをクリックGrdgx100

●「VIETNAM GX TRAVELER」
5月末に、今回ベトナムで撮ったGX100の写真と、これまで13年間撮ったベトナムの旅写真のエピソードの本、「VIETNAM GX TRAVELER」を出版します。1994年に初めてベトナムを訪れ、そのときのカメラは、EOS5だった。そこであのアオザイの写真を撮った。それからベトナムへは17回通うことになる。一ノ瀬泰造やロバート・キャパ、NHKの「アオザイルネサンス」などなど、さまざまなエピソードのなかでのカメラの変遷。そしてGX100にたどりついた旅カメラの写真エッセイ集です。発行は、「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」を出版したアスコムです。200ページ、2000円の予定です。

GX100関連
Vol.1
Vol.2
3月1日から10日まで、GRDとGX100のベータ版を持ってベトナムに行った。ゲーテ6月号の男性ファッションの広告と、編集ページの撮影のためだ。他にカメラはRZ67と、NIKOND80ももっていった。どのカメラがメインということはないが、それぞれ違うカメラで違う写真を撮ろうと思っていた。ただ、GX100のベータ版を見たとき、このカメラで仕事ができるんじゃないかとひらめいた。そしてロケに持ってゆきたいと無理をいって、用意してもらった。EVFとブレ防止、1000万画素、スクエアー画面、ワイド24mm、テレ72mm、僕はコンパクトカメラのテレ側に興味があった。これでUPが、ポートレイトが撮れると。
ぼくは、GRDを1年以上使っていて、時々仕事でも使っていた。一度は、ある女優のインタビューで、GRD一台で(もう一台の30Dは、カメラバッグのなか)そのまま撮ったが、読み込みに時間がかかり、間が持てずちょっとつらい撮影だったが、気にしないで撮った。できは良かったと思ったが、それ以来その仕事はなくなった。GRDを仕事で使うには、2台必要だなと思った。もっと、そのタレントは、偶然ある広告で撮ることになった。そのときは、フェーズ1を使った。
昨年の8月、沖縄で小説矢作俊彦を、完全にGRDだけで撮った。モノクロだったからだ。それは小説現代に8ページ紹介された。そんなわけで、GX100を見たとき、これはポートレイトが撮れると直感した。なによりローライやハッセルのようにスクエアーフォーマットを、ウエストレベルEVFで使えることに歓喜した。
小さなCCDを持つ、このクラスのカメラは、クローズアップ以外パンフォーカスに写る。人物をUPで撮るとき、背景の処理に工夫がいる。それがスクエアーでは、背景がかなり少なくなり、構図も取りやすい。いや、僕はスクエアーフォーマットに構図はないと思っている。いやもっといえば、どんな場合も、僕は写真を撮るときに構図を考えることはない。撮りたいものを、フレームに捕獲するというのが基本だ。構図は、自分の頭のなかにあるのではなく、対象に自然に存在している。それを素直にフレーミングするのが、僕のやりかただ。僕の写真を見ればわかると思うが、構図にこった写真はほとんどない。構図とは、タブローのように、白、0から始めるときに、その骨格を決めるために必要なので、現実を撮るときには、強く意識する必要を感じていない。

ベトナムロケにでは、GRとGX、やはりほとんど、GXを使った。僕はワイド側より、テレ側に惹かれた。ワイド側、28mmが24mmになったことを、僕はさほど驚いていない。ワイドレンズなんてありふれたものだ。もちろんコンデジで24mmからはじまるのは、珍しいらしい。でも、僕は、コンデジが好きなわけではなく、コンデジでしか撮れない世界に惹かれている。
上の写真は、BacHaのサンデーマーケットで撮った。GXは、2台持っていった。一台が性能的には完全版、それでもベータ版なので、手ぶれ防止はONできず、テレ側のオートフォーカスもまだ完全じゃなかった。だから今持っている、量産型を手にしたとき、ベトナムでちょと不安にしていたほとんどが氷解した。
なわけで、上のカメラは量産カメラと微妙に違う。もっともこの写真じゃわからないけど。やはりGRDとならべると兄弟であるということがわかる。実は本当の兄弟なのに、義兄弟あつかい・・。


さて、僕の写真はすべて、CReCo済みだ。(加工済みと呼ばれる。レタッチ済みとも。まるで加工品が悪くてナチュラルがいいのだろうか・・・)もっとも僕の写真だからどうしようと僕のかってだが。
銀塩時代、僕はポジ派だったので、写真は所詮原稿だった。ライトテーブルに載せたポジは、それこそこの世のものとは思えないほど美しい。しかしこれは、所詮原稿なのだ。モノクロでいえば、ネガだ。いくら美しいネガができたからって、意味がないことだろう。そこに意味を見出すのは、単なる、フェチだ。
ポジを印刷にするには、デジタルをプリントや印刷するより、遥かに大きな、世界観の違いがあった。今でもそれは進行形だ。正直まったくべつものだ。
そこで、製版技術者とコミュニケーションすることになる。
だいたい、まず、デジタルのモニターがすべて違うように、どんなに調整したって一緒なわけがなし、それは銀塩時代すべてのライトテーブルが違うのと同じことだ。印刷所に行って驚くことになる、どれひとつとして、同じ発色のライトテーブルなんてありはしない。世界は、すべて相対的なもものだ。
銀塩時代、商業印刷するためには、今のデジタルをレタッチする以上の翻訳がいる。
だからこそ、プロフェッショナルな、スター製版者がどの印刷所にもいた。
それは、これからも一緒だろう。

いつも思うことだけれど、作例写真ってなんなのかなと思う。
カメラ雑誌で、科学的(?)に評価するページがある。
デジタル時代になり、ブラックボックスがなくなり、皆パソコン上で、拡大してカメラを評価する。
まあ、銀塩時代の、ワイドのレンズのゆがみ、たる型だなんだかんだは、かわいいものだ。
ゆがまないレンズを使いたければ、大型カメラで撮ればいいことだ。
それから、かつては、開放付近からどのぐらいまで絞れば、全体的にととのった画質になるのか、書いてあった。いまでもそうだ。僕はそんな記事少しも気にしていなかった。だいたいどんなレンズでも、開放で撮る。
画質が悪い、コントラストが少ない、周辺光量が落ちる。・・・・・それって全部マイナスのことなのかな?
見方をかえれば、それはそのレンズの特徴だ。絞って、皆同じようになるなら、いろんなレンズはいらない。
デジタルによって、さまざまなことが白日になった。
そのさいたるものが、カメラやレンズの評価、画質評価が白日にさらされた。
だからデジタル時代になって、突然、アマチュア評論家が出現した。
それは、当然だろう。そのことに、よって恩恵があったのは、レンズ専門メーカーだったかもしれない。
何しろ、純正レンズの数分の1の、レンズメーカーのレンズが性能上さほどさほど、差がないことが白日になった。
安いセットレンズと、高級レンズの差も値段ほどはない。
そのため、安いデジタル専用レンズばかりが売れ、メーカーの高級な純正レンズが売れなくなった。
とくに、アマチュアのなかで、それが顕著だった。何しろ昔は、そのレンズがどのくらい優れているかなんてわからなかった。だから  高級=性能がすごい=自慢になる  という構図だった。だからアマチュアカメラマンは、プロも驚くようなレンズを皆持っていた。 Canonがフルサイズにこだわるのは、純正レンズを売るためだろう。この1年の純正レンズの広告は、かなり力が入っている。

さて、僕は作例写真は基本的に撮らない。そのカメラの性能を見せる写真なんて写真だと思っていない。少なくともも、自分の作品ではありえない。メーカーが出す、サンプル写真は、手を入れてないとしても、輝度差のない被写体を選らぶとか、多くのなかからさしさわりのない画像を選び、発表する。だから、サンプル写真に面白いものなんてない。その写真を見て、そのカメラの評価することに意味があるんだろうか。まあ、初期のデジタルだったらとにかく、コンパクトデジカメと、一眼デジカメの写りの差は、当然なことで、だからこそさまざまなカメラがある。コンパクトデジカメの最大のメリットは、コンパクトさと、撮影スタイルのカジュアルさ、写りに関していえば、接写については、一眼デジカメがどうさかだちしても、勝てない。しかも簡単に撮れる。GX100のように、テレ側で寄れるのでまた違う接写世界が撮れると思う。

僕が、なぜCReCo(クリエーティブコントロール)するかといえば、それはその画像の弱点を消すためじゃない。前術したように、カメラで撮った写真は、僕にとっては原稿だからだ。形にするには、印刷したり、ネットで見せたり、自分でプリントするために、自分の思ったように調整するのは、当然だった。それはデジタルになったから始まったことじゃない。昔からやっていたことだ。
あるモノクロ写真を見て、
「ねえ、ねえ、綺麗な写真ですね、ところで、ネガを見せてくれますか?」
なんかそんな感じがするな。
なんで、僕は原稿であるネガをみせなくちゃならんのだ。
ところで、ネガを見てなにかわかるの?

デジタルに限らず、どのように見せたいのかを、作者が決める責任があるからだと思う。
見る側の、完成した写真を鑑賞する目を磨くことにいけばいいと思うけど。
まあ、そういう感覚のない人も多いし、それにこだわる人の趣味を否定することはないけど。こんどのGXについてもそういう人たちのなかで、もりあがっているのも、あらたな写真文化かもしれないし。

(重複あり)
写真の生のデータは所詮データだ。そんなことに無頓着なカメラマンも多い。撮影には最大のコントロールはするくせに、実際に他者がみる、印刷物やプリントに無頓着なのは、意味がない。
日本人は、一般的に通俗的に言って、無垢なもの、何も知らないもの、手垢がついてないもの、処女、アイドル、子供が好きだ。同じように、作者の手の入った写真には興味をしめさない。これはへんだ。もちろん自分の表現にあった、最適のカメラという意味で、そのデフォルト写真に注意を払うのは正しいだろう。しかし、そんな目的もなくデジタル写真を原寸に拡大して、あれこれ評価するのは、ゲームとしては楽しいが、それ以上じゃない。本気で技術者になりたいのならしかたがないが。
そんな写真を見てどうするのと思う。あくまでそれが趣味として、ゲームとしてならよいけど。
こんな考え方の僕は、もしかしたら写真家としては少数派だろうか。カメラの性能がよいとよい写真が撮れるのかな。それならば、いいカメラを使わなければ。なんてね。

とはいうものの、僕の精一杯のサービス精神として、今日撮った、オリジナルを左右1000pixleにリサイズしただけの画像を2枚をUPしておく。そのうちCReCo(クリコ)した画像もUPすることにしよう。やっぱ、オリジナルのほうがいいなんていわれそうだけど、なぜCReCoするのか、少しでも理解してもらえると、うれしいかな。どっちにしてもそれは、のちほどということで。
511000
24mm相当 5.1mm

1531000
72mm相当 15.3mm
EXIFを見ることができる人はどうぞ!

以前テレビの芸能会目利きの番組、名前はわすれたが、ことごとくワインなんど価値が外れていた。人間はあんがい、それがすぐれているかどうかなんてあてにならず、最初からブランドや値段で判断する。ワインのような系統だった理論と実践の存在するものは、それを知っていればかなりわかるだろう。
ずいぶん前だったが、カメラでそれを実験した。EosKissDigitalが発売されたときだから、何年まえだろう。僕はKISSを持って、今回と同じBacHaに行った。600万画素、JPEGで撮ったその写真を、1mx1.4mにプリントして写真展をCanonSタワーのオープンギャラリーで展示した。皆、この安価な一眼レフカメラでドットもなにも、銀塩以上に美しいプリントに皆驚いてくれた。もちろん、600万画素のデータで、大きなプリントをするには、テクニックがいる。いってみれば、600万画素18メガぐらいを、100メガ以上にリサイズすればいいことだ。そのへんはCReCoに書いてあるので興味あるかたは読んでください。
さて、そのとき僕はちょっと遊び心で、ある実験をした。
600万のキスと当時のトップカメラEOS1Dsフルサイズ1200万画素の違いはなにかを実験したのだ。
ある冬の日、静岡の三島にある山のうえから富士山が実に美しく見えた。僕はあんまり富士山は撮ることはない。ただ美しいからと撮ったことはない。
まず、EOS1Dsに、三脚、短焦点50mmf1.4をつけ、ISO100,f8まで絞ってみた。それで撮り、そのあと三脚に、EosKISSDigital(600万画素)に、安価なセットズームレンズをつけ、画角を50mm相当にして、f8まで絞って撮った。その2枚を、Canon9100iプリンターでA3ノビいっぱいに伸ばして皆にみせた。もちろんCanonのひとにも
写真を知らない人は、第一印象、全体を見て、全員KISSDのプリントが綺麗だといった。写真をかじっている人は、すぐに画面の周辺を見る。そして見事に皆、当ててくれる。あたらない人もいるが。しかしそれは、画面のはじの微妙なにじみなどを精査して判断する。それは、その写真の内容には関係ない。・・・・・。
僕は、銀塩末期時代、いやいまでもどうやったら、よく写らないかがテーマだった。だからこそ、カラープリントであり、ポラロイドであり、モノクロームであり、お店プリントだった。レンズに紗をかけたり、無理な増感現像をしたり、減感したりと、写らないことで得られる、雰囲気や、主張はとてもたいせつなものだった。それほど、フィルムは進歩して、画一化したわけだ。
それが、デジタルになったら、またまたよく写ることにキュウキュウとするグループがあらわれた。
克明に写れば、情報量がふえれば増えるほど、写真は何かを失うということだった。
僕は、CReCoでほとんどの場合、画質を落とすという、作業を加えている。そのほうがデジタルのいやらしさがきえて好きだからだ。

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2007.03.29

RICOH GX100 続報と写真Vol.02

Gx100togarashi
GX100にてベトナム産唐辛子とGX100を撮影。

VOL.01 前回のTEXT
GX100 公式サイト

GX100は、ネット上でかなり話題のようだ。GRDのズーム版という言い方に反発を感じる人もいるようだ。そのぐらいGRDは、愛されているんだなと思う。なんといって、GRDは、そのミニマムなスパッとわりきったコンセプトが潔く、その不自由さ、その手のかかりかた、でかえって愛情が深くなってしまうような、不思議なカメラだ。
それに引きかえ、GX100は、高性能、高品質コンパクトデジカメかもしれないが、万人受けするカメラで、決して高尚な趣味のカメラじゃない。
これは実用機だ。ぼくは最初からそういう認識だった。だからこそプロカメラマンである僕は、はまってしまっている。なにしろ仕事で使えるからだ。もちろんだからといって仕事のすべてに使えるわけじゃない。そういう意味では35mmサイズカメラ(デジタルも含めて)と同じ意味で万能カメラだと思っているわけじゃない。
それはプロの写真家という偏った写真の撮り方をするという意味で、万能じゃないという意味で、僕みたいな、プロでもちょっとずれたカメラマンには、万能に思える。
意味がわからないかもしれないが、僕にとっては、プロ機材としては、まるで8x10フィルムを使うような気分だ。
もちろん8x10のように撮るのことがイベント、重労働なカメラじゃない。
その逆だ。寝ていても撮れる。・・・実際、インターバル撮影にすれば、寝ていても撮れる。
実際、プロの現場では、撮れないものも多いだろう。
だからこそ、僕にとってGX100は、GX100にしか撮れないものを撮るのが自然だ。
それは、8x10は、8x10でしか撮れないものを撮るのが自然なように。
ところが、面白いことに、8x10にこりだすと、何でも8x10で撮りたくなる。もっとも8x10で手持ちで撮るなんてことはやらないが、4x5ぐらいだったら手持ちでも撮ってみたくなる。・・・その昔、ニュースカメラマン、4x5のスピグラを使っていた。たいていフラッシュをたいたが。・・・・なんてことはどうでもいいが、気に入ったカメラを持つとそれで、タブーみたいなこともやってみたくなる。
だからGX100を手にした僕は、このカメラで何ができるのか、試行錯誤することになる。
それは画質がどうだ、画角がどうだ、なんてことは一番の問題じゃない。
もちろんよいことは大切だが、それより撮りあがった写真を見て、その写真の雰囲気全体を感じようとする。
このカメラは、今までのカメラとどのように違うのか。周辺光量が落ちているとか、ワイドにするとタルがたに歪むとか、なんてことを気にしたことはない。僕は、技術者ではなく、写真家だからだ。
大切なのは、出来上がった写真が、いったい自分に何を話しかけてくるのだろかを必死に受け取ろうとする。
自分が撮った写真との対話が一番大切だ。その機械の欠点を見つけることではない。もっと全体のメッセージが大切だ。そういうできあがった写真と対話できる、カメラが僕にとってはお気に入りということだ。

最近撮ったGX100の写真を紹介する。しかしこれは、決して作例写真じゃない。あくまで僕の写真だ。僕の写真は、CReCoをしている。生の状態で写真を見せることは、僕には残念ながらありえない。
そういう作例写真がみたいひとは、そのうち、誰かがUPすると思うので、それまで我慢してください。
Suzaki
州崎 東京
Cup070326
セルリアン東急 渋谷
Midtown070326
ミッドタウン六本木
Hosenso
Hosenso Izu
Hosensosoto
Hosenso Izu
Koen01
Komazawa 
Koen02
Komazawa
Koen03
Komazawa

実は、GX100には、いろいろな?がある。
Cap

1には、指摘されているように、EVFをつけると、外づけストロボが使えない。このファインダーがついているなら、バンバン撮れるのに。それにスタジオで大型ストロボをシンクロさせるには、ストロボシューからとることもかなわず、こんなことプロ以外関係ないかもしれないが、このカメラでちゃっかり仕事をしてしまおうなんて思っている僕にとってはちょっと残念だ。くたびれるけど手を伸ばして、撮るしかないか。EVF(エレクトリック・ヴュー・ファインダー)にシンクロ接点が欲しかった。なんて使われ方は想定してないんだろうな。いやーできたら、痛快なのに。

2番目には、やはりEVFがらみ、ファインダーをポップアップすると、ストロボが使えなくなる。まあね。ローライで撮るみたいに、ウエストレベルで、ストロボ同調なんてカッコイイ写真が撮れそうだけど、EVFはあげずに撮るということだ。もっともデジタルは、カラーを誰でも撮れるので、ストロボをたかず、あるがままの光で撮る確立がたかいから、我慢はできそう。ウエストレベルじゃなく、きちんと腰を下ろして撮るしかない。
ついでに、EVFをはずして使うときは、きちんとはまるカバーがあるのでご安心を。

3番目の?は、レンズキャップだろう。いやこれは、24mm-72mmというワイド側に振ったため、レンズバリアーをつけられなかったようだ。そのため、レンズキャップをすることになる。無頓着な田中長徳氏は、レンズむき出しでポケットにつっこんでいた。僕は、田中氏よりは前衛的ではないので、キャップは同梱されている、ひもでつるしている。慣れればどってことないが、邪魔なときもある。キャップをしながら、ONスイッチを入れても、警告があるだけで、キャップをはずせば何事もなかったかのようにセットされる。きっとこのファージーな分、GRDよりは格段に耐久性がありそうだ。

さて、4番目。実は、GX100にネックストラップは用意されていない。別売りのGRDのを使うことになる。個人的にはシンプルなGRDには、GRDストラップは少しヘビーだと思っていたが、実は僕はシンプルなFUJIのストラップをつけていた。GRDのストラップは、GX100にぴったりだ。僕は当然、これを愛用している。ただ、このことを、GRD原理主義の方は許してくれるだろうか。なんてね。やはり僕が考えるように、RICOHは、GRDとGX100を、同じものだと思っているとにらんでいる。

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2007.03.28

GRDの兄弟、CaplioGX100新発売NEWS Vol.01

Gx100ricoh
Photo RICOH プレスリリースより ●GX100公式サイト

Gx100001
Photo by Alao Yokogi GX100で撮影

Gx100002
Photo by Alao Yokogi GX100で撮影
デジカメウオッチNEWS
デジカメウオッチ続報
デジキャパ
GX100リンク集

ついに、RICOHから、GRDの兄弟といえる、Caplio GX100が発表された。
前回の田中長徳氏の記事や、ベトナムロケでも、このカメラを使っていたというわけだ。
このカメラは画期的なカメラだ。そのへんを書いてみる。


さて、このカメラは、外観から見てわかるとおり、コンパクトデジカメ、GRデジタルと同じ、ハイエンドコンパクトデジカメのジャンルへの参入だ。実はGRという名前をつけてもいいぐらいの、高級コンパクトデジカメだ。やはり、GRD原理主義者(銀塩時代からの深いGRファンのこと。GRシリーズは、あくまで短焦点レンズカメラだ。GRDのミニマムなコンセプトに強く共感しているひと)がいることを、かんがみて、GRDの派生機種とはなずけられなかったようだ。しかしRICOHがいくら否定しても、これはGRDのズーム版だといえる。
ハイエンド、コンパクトデジカメのなかで大成功した、GRDigitalは、クルマでいってみれば、今やBMWが作っている、小型高級車のミニクーパーのようなものだ。小さいけれど、高級であるという、ブランドイメージは、メーカーが作るものではない。それはユーザーが作るもで、どこのメーカーもこのおいしい市場に参入したいと思がなかなか計算どおりにはいかない。そういう意味で、GRDは、銀塩GRからの連綿としたブランドイメージによって成立している。
そして、サバイバルなコンパクトデジカメ市場から、唯一飛びぬけている、GRDと同じコンセプトで、Caplioの高級版GX100をつくり、これからのRICOHのデジタルカメラでの戦いを象徴するものだ。僕の個人的には、RICOH GX1とか新しい名前をつけてもよかったと思っているが、それは部外者の僕には口出しはできない。きっと社内的なさまざまな理由があるんだろう。

さて、GRDの兄弟ともいえる、GX100の特徴は、24mm-72mm相当のワイドズームであること、そして19mmのワイコンが使えること、しかし最大の特徴は、デタッチャブル、エレクトリック、ビュー、ファインダー(EVF)を持ったことだ。これはパートタイムの、コンパクトデジタル1眼(レフ)カメラということになる。EVFをはずせば、ハイエンドのコンパクトデジカメズームつきGRDになるというしくみだ。僕はひと目見てこのEVFのデザインが気に入った。決しておしゃれじゃないけど、なんか懐かしく、可愛い。そして驚くほど見やすい。もっともこれで基本的に被写界深度の深い画面の細かいピントが確認できるわけじゃないが。(僕はファインダーは隅々まで見るものだと思っていない、被写体を捕獲するフレームだと思っているので、EVFはこのぐらいで、十分満足だ。もっとも接写撮影のような、明確なピント合の確認は問題ない。
さて、さて、皆さん、時期GRDのCCDが大きくなればと願っているようだが、僕もちょっとまえまではそう思っていた。せめて、フォーサーズぐらい、できればAPS-Cぐらいに。しかし、GRDやGX100を使いこんでいるうちに、そうは思わなくなっていた。それはネガティブに捕らえがちな、小さなCCDには、実はそれなりの世界観がきちんとあることを理解してきたからだ。

現在でデジタルの撮像素子は、実用的には、フェーズのようなデジタルパックのほぼ645サイズ、Canon35mmフルサイズ、主力のAPSサイズ、オリンパスのフォーサーズと、フォーサーズ以外どれも、銀塩カメラのフォーマットに準じている。
フォーマットの大きさはとても重要で、銀塩時代、僕は撮影のときに、カメラ選びで重要要視しているのは、フォーマットだった。決してカメラノメーカーなんかじゃない。NIKONで撮ろうが、Canonで撮ろうが、たいてい違うわけじゃない。それより、フォーマットによる、写真の世界観の違いが重要だった。いってみれば、35mmは35mm、66は、66、4x5は、4x5、8x10は8x10と絶対に乗り越えられない世界観があるということだ。それはアスペクト比の問題だけじゃない。ボケ味、粒状感、なにより描写の雰囲気が全然違う。その撮影に最適なフォーマット選びから撮影は始まった。

デジタル時代になって、35mmはAPSサイズが標準のようになった。そしてフルサイズデジタルは、35mm銀塩カメラから考えれば、必然として存在している。
しかし、4x5や8x10といった大判デジカメは、デジタルでは経済学上当分実用は無理だ。デジタルは銀塩のように、フォーマットによる違いの経済的平等性はない。ハッセルのデジタルやフェーズは、350万以上もする。ある意味ナンセンスな価格だ。(もっともそのぐらい高いと、広告ならば、オペレーター込み、機材込みすべてリース予算にくみこまれ、冗談抜きにして、何ももたずに撮影に行くこともある)

さて、2005年、GRDが登場したとき、正直、僕はあまり興味がなかった。というのは、CCDがあまりに小さく、写真を作画するには、自由度が少なかったからだ。
もともと、コンパクトデジカメというジャンルに興味ない。GRDが登場するまで、ほとんど触ったことがなかった。それは小さなCCDでは、何を撮ってもパンフォーカスになり、僕の写真観には合わないあと思っていた。なにしろ僕のメインカメラは中版カメラだったからだろう。
ところが、昨年、いや一昨年、僕の昔の写真、プロになる以前の写真で、写真展と写真集「あの日の彼、あの日の彼女」をまとめた。そのために1000カット以上のモノクロネガをスキャニングした。そこで気がついたことは、ISO400のTRIXを使った、35mのモノクロ写真、ワイドで撮った写真のほとんどが、パンフォーカスということだった。
そこで僕は、パンフォーカスであることの力づよさを再認識した。だったら、CCDの小さな、通常ボケることのないコンパクトデジカメGRDも使えるのじゃないかと思えた。僕は突然GRDに興味を持ち欲しくなった。スナップはパンフォーカスでOKなんだと。そのほうが、ボケを計算する写真より魅力的だと。
だからGRDを手に入れた僕は、最初モノクロばかりを撮っていた。今ではカラーが魅力的だ。
使い込み、わかったことは、GRDのよさとは、コンデジでありながら、きちんとトータルバランスの取れたカメラだということだった。
それは、コンパクトでありながら、携帯カメラでも記念撮影するメモカメラでもないことだった。

Bacha001
RICOH Caplio GX100 +ワイコン(19mm相当)Jpeg

そこに、このGX100が登場した。一見GRにズームがついているだけだ。しかし、これはある意味GRDとは違うカメラだった。これは、旅のカメラ、スナップカメラであり、そしてなにより仕事カメラだった。

今回僕は、ベトナムに行った。それは幻冬舎のゲーテという雑誌6月号で、エストネーションというブランドファッションショップの、男性ファッション広告ページの撮影のためだ。それは4月22日に発売される。それと朝日新聞のエリア広告にもなる。
実は、そのファッション写真のなかの一ページは、このGX100で撮った写真だ。それこそコーリティもふくめて、きちんとプロの仕事として使えるカメラだという証拠だろう。その写真はまだ、未発表なのでここではおみせできない。そして、その他にも、コンパクトデジカメ得意のクローズアップも撮っている。
そこで、僕が感じたことは、このズームとEVFのついた、コンパクトなハイエンドデジカメは、決して大げさではなく、デジタルカメラの革命児だということだ。それは新ジャンルカメラの誕生だということだ。このジャンルの未来をぼくは予感した。
フォーマットのところで、いったが、これは、銀塩時代では実用化されなかった、超小型高画質フォーマットだからだ。この世界観はコンパクトデジカメでしか表現できないし、撮れない。
Aybacha

さて、さて、このカメラは、旅カメラでもある。旅といっても、どこか遠くにゆくだけではなく、人生を楽しむため、日常だって旅だ。それこそ、ベッドの横にでもおいといて、自分の人生を旅するための、パートナーとしてのカメラスナップカメラになる。
もうひとつの例でいえば、今回バクハという少数民族のマーケットを撮っているときのことだ。一眼レフカメラで撮ると皆、警戒して、遠くで撮るか、近くで撮るには、声をかけて撮るしかない。しかし、GX100やGRDだと、例え視線があっても、被写体はプレッシャーがないのか、極普通に視線を返しくる。EVF、ウエストレベルファインダーをつけ使えば、もうまったく気づかれない。だからこのカメラは究極のスナップカメラ、キャンデットカメラだ。
Bachagirl01
BacHa Vietnam 花モン族の少女 サンデーマーケット GX100 +EVF

その他、このカメラこそが、銀塩ではありえない、デジタルカメラだからこそとかんじさせられることは、アスペクト比を変えられるこだ。今回は、2対3、3対4、そして1対1の正方形のフォーマットもついている。ぼくは、MYモードの1に、1対1、ISO100,カラー、そして焦点距離50mm相当にセットしている。だからMYモードで起動するとすぐにその設定になる便利な機能だ。

等々、これから続々とこのカメラのニュースが流れると思う。

先日は、サプライズがあるといったのは、このカメラの発表と、実は、このカメラの旅カメラとしての本、仮題、「VIETNAM GX TRAVERER」が、5月末にアスコムより発売される、ということだった。内容は、今回の写真と、13年間ベトナムを撮った、そこでのエピソード、例えばアオザイの女性の話や、ロバートキャパの話、一ノ瀬泰造の話、NHK「アオザイルネサス」の話、なぜ小説「熱を食む裸の果実」を書いた等々を書くつもりだ。それは、全部旅というところでつながっている。さまざまなカメラを使ってきたが、究極の旅カメラとしてGX100にたどり着いた、というのがテーマでもある。
乞うご期待!

Sakura070327
3月27日 上野公園 GX100

NEXT TEXT 3月29日
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★「ベトナムGXトラベラー」6月11日発売! 詳細
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Vietnam_gxt_cover200_1

RICOH News Release
1
URL:http://www.ricoh.co.jp/
株式会社リコー(社長執行役員:桜井正光)は、デジタルカメラの新製品として、コンパクト
なボディに24~72mm(35mm版フィルム換算)の高性能ワイドズームレンズを搭載した上で、
デジタルカメラで初めて、着脱式の液晶ビューファインダーに対応した上級モデル
「Caplio(キャプリオ) GX100」を開発し、新発売いたします。
製品名 Caplio GX100
パッケージ形態 VF KIT(液晶ビューファインダー同梱)
希望小売価格 オープン
発売日 2007年4月20日
月産台数 10,000台
* 付属品として、液晶ビューファインダー、リチャージャブルバッテリー、バッテリーチャージ
ャー、AVケーブル、USBケーブル、CD-ROM(ソフトウェア)、ストラップ、レンズキャップな
どが含まれます。
新製品「Caplio GX100」は、多彩なマニュアル撮影機能や用途に合わせてシステムアップ
できる拡張性など、実用性の高いコンパクトデジタルカメラの上位モデル「Caplio GX8」
(2005年5月発売、オープン価格)の後継機として発売するものです。
新たに、①24~72mm相当の高性能ワイドズームレンズの搭載(GX8は28~85mm相当)、さ
らにオプションのワイドコンバージョンレンズの装着による19mm相当の超広角撮影の実現
(GX8は22mm相当)、②デジタルカメラ初の着脱式液晶ビューファインダーへの対応、③有効
1,001万画素CCDの搭載(GX8は824万画素)と好評の画像処理システム「スムースイメージン
グエンジンⅡ」による高画質化など、カメラ好きの皆様のニーズにお応えする高性能機とし
て、先進の機能を搭載いたしました。リコーの商品作りのコンセプトである“撮影領域の拡
大”を、さらに一歩推し進めた商品です。
24~72mm相当の高性能ワイドズームレンズを搭載したコンパクトデジタルカメラ
「Caplio GX100」を新発売
~デジタルカメラで初めて、着脱式液晶ビューファインダーに対応~
2
<Caplio GX100の主な特徴>
1.コンパクトボディに24~72mmの高性能ワイドズームレンズを搭載しました。
・ 新開発の24~72mm(35mm版フィルム換算)のワイドズームレンズは、非球面、特殊低
分散ガラス、高屈折率低分散ガラスを使用した7群11枚の贅沢な構成。これを最適配置
することで、広角側でも歪曲収差や色収差、周辺光量落ちを抑えた上で、F2.5~4.4の
明るさを実現。
・ 24mmからのズームレンズ搭載機として最小ボディ※も実現し、気軽に持ち歩いて撮影
を楽しむことが可能。
※ 2007年3月27日現在、24mm相当(35mm判換算)からの広角ズームレンズを搭載したレンズ一体型コ
ンパクトデジタルカメラにおいて、最小・最軽量
・ 7枚羽根の虹彩絞りにより、美しいボケ味を実現。
・ オプションのワイドコンバージョンレンズを使用すれば(別途オプションのフード&アダ
プターも必要)、19mmという超広角の撮影が可能。
2.着脱式の液晶ビューファインダーを装着することが可能です。
・ デジタルカメラで初めて、着脱式かつチルト可能な液晶ビューファインダーに対応し、
パッケージに同梱。
・ 視野率100%でかつパララックス(視差)もなく、液晶モニターと同様に各種情報の表示も
可能。
・ 明るい屋外での撮影に便利。また、フィルムカメラライクなスタイルでの撮影が可能。
3.1,001万画素CCDと先進の画像処理エンジンによる高画質・低ノイズの撮影が可能です。
・ 有効1,001万画素の高性能CCDと、好評の独自画像エンジン「スムースイメージングエ
ンジンⅡ」の搭載により、細部まで忠実に再現する高画質かつ低ノイズの撮影が可能。
4.2つのダイヤルなどにより、簡単な操作でマニュアル設定をはじめとした多彩な機能を活
用できます。
・ ボディ上面のモードダイヤルや、ボディ前面のアップダウンダイヤル、ボディ背面の
ADJ.レバー、ボディ上部のファンクションボタンなどにより、片手でカメラをホール
ドしたまま、絞り優先AEの絞り設定やマニュアル露出設定、ホワイトバランス調整、
ISO感度変更などの多彩なマニュアル設定が可能。
・ 新たに、任意の設定を割り付けた“マイセッティング”をモードダイヤルでダイレクト
に選ぶことが可能に。
・ 新たに、アスペクト比(画像縦横比)1:1の画像サイズや、セピアモードなど、さらに表現
を多彩にする機能を搭載。
5.専用・汎用の各種アクセサリーを活用できる優れた拡張性を備えています。
・ 液晶ビューファインダーをはじめ、市販の外部フラッシュなどを接続できるホットシュ
ーを搭載。
3
・ フード&アダプターをオプションで用意。これをご利用いただくことにより、オプショ
ンの19mmワイドコンバージョンレンズや市販の各種フィルターなど、43mm口径のア
クセサリーが使用可能。
・ オプションでケーブルスイッチも用意。
・ プロカメラマンやハイアマチュア、業務ユースなどの幅広いニーズに対応した撮影が可
能。
6.広視野角の液晶ディスプレイを搭載しました。
・ 170度という広視野角を持つ、2.5型23万画素の見やすい液晶パネルを採用。
7.強力なマクロ機能を備えています。
・ 従来から好評の最短1cm(ワイド側)まで近づいて撮影できるマクロモードを搭載。
・ テレ側でも4cmまで近づいての撮影が可能なため、ボケ味を活かしたマクロ撮影も可能。
8.大容量リチャージャブルバッテリー、単四形電池、ACアダプターの3種類の電源に対応し
ています。
・ 約380枚の撮影が可能な大容量リチャージャブルバッテリーの他、市販の単四形アルカリ
乾電池でも約35枚の撮影が可能(CIPA規格準拠)。室内での撮影に便利なACアダプター
(オプション)と3種類の電源に対応。
9.好評の手ブレ補正機能を搭載しています。
・ 独自のCCDシフト方式手ブレ補正機能により、室内やマクロ撮影時などに起きやすい手
ブレを軽減。
<Caplio GX100のオプション価格表>
商品名 型 名 希望小売価格 (税込)
リチャージャブルバッテリー DB-60 4,000円 4,200円
バッテリーチャージャー BJ-6 4,000円 4,200円
ACアダプター AC-4c 5,500円 5,775円
ワイドコンバージョンレンズ*1 DW-6 15,000円 15,750円
フード&アダプター HA-2 5,000円 5,250円
ソフトケース SC-45 5,600円 5,880円
ネックストラップ*2 GS-1 *2 2,000円 2,100円
ケーブルスイッチ CA-1 2,800円 2,940円
*1 ワイドコンバージョンレンズを使用するにはフード&アダプター HA-2が必要です。
ワイドコンバージョンレンズを装着すると、ケラレが生じるため内蔵フラッシュはご使用になれません。
*2 GX/GX8用のネックストラップ ST-1はご使用になれません。
4
<Caplio GX100の主な仕様>
撮像素子有効画素1001万画素(総画素数 1030万画素 ) 1/1.75型原色CCD
レンズ焦点距離 f=5.1~15.3mm (35mm判カメラ換算24~72mm)明るさ(F値) F2.5~F9.1(広角)F4.4~
F15.8(望遠) レンズ構成 7群11枚 絞り枚数7枚
手ブレ補正機能あり(CCDシフト方式)
デジタルズーム4.0倍
撮影距離レンズ先端から約0.3m~∞(広角、望遠とも)
マクロ撮影距離レンズ先端から約0.01m~∞(広角)、レンズ先端から約0.04m~∞(望遠)、レンズ先端から約
0.01m~∞(ズームマクロ)
シャッター<静止画> 180、120、60、30、15、8、4、2、1~1/2000秒、<動 画>  1/30~1/2000秒
画素数(ピクセル) <静止画>3648 x 2736、3648 x 2432、2736 x 2736、3264 x 2448、2592 x 1944、2048 x 1536、
1280 x 960、640 x 480<文 字> 3648 x 2736、2048 x 1536<動 画> 640 x 480、320 x 240
画質モード※1 F(Fine)/N(Normal)/RAW※2
ISO感度(標準出力感度) AUTO、AUTO-HI、ISO80、ISO100、ISO200、ISO400、ISO800、ISO1600
フラッシュオート/赤目軽減/強制発光/スローシンクロ/ソフト/発光禁止  到達距離※3 約0.2m~5m
(広角)、約0.15~3.0m(望遠)
フォーカスオートフォーカス/マニュアルフォーカス/スナップ/∞
露出調節TTL-CCD測光 マルチ(256分割)/中央重点測光/スポット測光
露出補正マニュアル補正(+2.0~-2.0EV 1/3EVステップ)、オートブラケット機能(-0.3EV、±0、+0.3EV / -
0.5EV、±0、+0.5EV)
ホワイトバランスAUTO、固定(屋外/曇天/白熱灯/蛍光灯/手動設定)、ホワイトバランスブラケット機能
記録媒体SDメモリーカード(32、64、128、256、512MB、1GB、2GB)、SDHCメモリーカード(4GB)、マルチメ
ディアカード、内蔵メモリー(26MB)
記録枚数(内蔵26MB)※4 <静止画> 3648 x 2736 RAW:1枚 F:6枚 N:11枚、3648 x 2432 RAW:1枚 F:7枚 N:13枚、2736
x 2736 F:8枚、3264 x 2448 N:14枚、2592 x 1944 N:22枚、2048 x 1536 N:35枚、1280 x 960 N:62
枚、640 x 480 N:276枚
記録時間(内蔵26MB) <動画> 640 x 480 30コマ/秒:12秒 15コマ/秒:24秒、320×240 30コマ/秒:39秒 15コマ/秒:1
分16秒※5
記録データ容量<静止画> 3648 x 2736 RAW:約14.4MB/画面 F:約3.61MB/画面 N:約2.07MB/画面、3648 x
2432 RAW:約12.8MB/画面 F:約3.21MB/画面 N:約1.85MB/画面、2736 x 2736 F:約2.71MB/画
面、3264 x 2448 N:約1.67MB/画面、2592 x 1944 N:約1.06MB/画面、2048 x 1536 N:約672KB/画
面、1280 x 960 N:約356KB/画面、640 x 480 N:約83KB/画面
記録モード撮影モード(静止画/連写/S連写/M連写)、プログラムシフトモード/絞り優先モード/マニュ
アル露光モード、シーンモード(ポートレート、スポーツ、遠景、夜景、斜め補正、文字、ズームマク
ロ)、動画モード、マイセッティング1/2
記録フォーマット<静止画> JPEG※6(Exif ver.2.21)DCF、RAW(DNG)※7
<動 画>AVI(Open DML Motion JPEGフォーマット準拠)  <音 声>WAV(Exif ver.2.21 μ
液晶モニター2.5型 透過型アモルファスシリコンTFT液晶 約23万画素
セルフタイマー作動時間:約10秒/約2秒
インターバルタイマー撮影間隔:5秒~3時間(5秒単位) ※8
PC I/F USB2.0(High-Speed USB)mini-B、リコーオリジナル/マスストレージ選択可※9
AUDIO.VIDEO I/F オーディオOUT/ビデオOUT
ビデオ信号方式NTSC、PAL切替え
外形寸法111.6mm(W)x58.0mm(H)x25.0mm(D) 突起部含まず
質量約220g(バッテリー/メモリーカード/ストラップは含まず)、付属品約30g(バッテリー/ストラップ)
電源リチャージャブルバッテリー(DB-60)x1、ACアダプター(AC4c オプション)、単四形アルカリ乾電池
x2、単四形オキシライド乾電池x2、単四形ニッケル水素電池x2
撮影可能枚数※10 CIPA規格準拠 DB-60使用時:約380枚、単四形アルカリ乾電池使用時:約35枚※11
使用温度範囲0℃~40℃
※1:画像サイズにより、設定できる画質モードが異なります。
※2: RAWと同サイズのFine/NormalまたはNormal640モードのJPEGと同時記録
※3:到達距離はISO AUTO設定時 またはISO400設定時
※4:静止画の記録目安枚数です。
※5:4GBのSDカードでは最大184分57秒の記録が可能です。
※6: DCF準拠、DPOF対応。DCFはJEITAで標準化された「Design rule for Camera File system」の略称です。
    (機器間の完全な互換性を保証するものではありません)
※7: DNGファイル形式はRAW画像ファイル形式の1つで、アドビシステムズ社が提唱する標準ファイル形式です。
※8: フラッシュOFF時
※9: マスストレージは、Windows Me,2000,XP,Vista, Mac OS9.0~9.2.2,OSX10.1.2~10.4.8に対応しています。
    Windows 98SEには対応していません。
※10:撮影可能枚数はCIPA規格に準じた測定条件によるもので、使用条件、電池メーカーにより大きく異なり、目安となります
※11:松下電池工業株式会社製の単四形アルカリ乾電池を使用。
5
Caplio GX100
(液晶ビューファインダーを装着したもの)
*WindowsはMicrosoft Corporationの米国その他の国における登録商標または商標です。
*Mac OSは米国およびその他の国で登録されているApple Inc.の商標です。
本件に関するお問い合わせ先
報道関係からのお問い合わせ先
株式会社リコー 広報部 03-6278-5228 e-mail:koho@ricoh.co.jp
お客様からのお問い合わせ先
株式会社リコー お客様相談センター フリーダイヤル0120-000475

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2007.03.25

撮影中、田中長徳氏と接近遭遇

Ijphoto
ベトナムロケから戻り、多忙。この時期10日間開けると、飲みに行く時間もなくなる。なにより、デジタルカメラで撮った写真の整理、レタッチ(CReCo)に時間を取られる。しかもこんなときに限って、撮影の依頼が連続する。結局CReCoは、休日に作業することになる。こんなことめったにないことだけど、撮影3つの時間が調整できず断念。昔から思うけど、撮影ってどうして、同じ日に集中するのだろう。
ベトナムの写真は、幻冬舎GOETHE 6月号に、掲載、それと朝日新聞に差し込まれるエリア広告にもなる。それは新聞紙サイズ、ブランケット版というらしいが、見開きはなんと516mmx790mmもある。そのデジタル原稿たるや、350pixleだと一枚約225メガにもなる。
さて、昨日3月23日、月島のバー、州崎、錦糸町、そして再び戻り、佃島周辺で撮影。内容は、大人のインタビュー誌、「IJ」(インタビュージャパン)・・・・H部門を切り離した、英知出版からすでに何冊か発行されている。僕はこれまで、3回、どれも対談の写真、ちょっと面白い撮りかたをしているが、今回は、6月号、表紙とインタビュー、15ページ分の写真を担当した。登場は、小説家のI氏。5月に発売される号に載る。と、最後のカット、佃島で撮影中声をかけられる。田中長徳氏だ。あまりに、佃島に似合うその風体。・・・・。なんか見られたくないところを、見つけられたような、気はずかしさ。その作家も写真好きで、長徳氏の本も愛読しているとのこと。数分ランデブーのあと、それじゃあ、と消えた。てなことが、彼のブログに載っていた。彼のブログは、その日にしか読めないので勝手に、引用する。写真も。
Chotoku070323


以下、チョウートクカメラ日記より、無断引用・・・。
Photobychotoku500
Photo by Chotoku
★夕暮れの佃で撮影中の横木あらおさん。カメラはリコーのデジカメ。左の人が有名人さん。この背後にロケバスと、10名ほどのスタッフが控えてる。それを見ないと、単なる還暦おやじのカメラ趣味に見えるのがいいこれから、プロの仕事はこうなって行く。
一方で、下の遊歩道で、よく「経費を安くあげる為のファッション通販」の撮影があるが、これは機材はトップクラス。

薄曇り。佃の土手の桜はまだであるが、場所とりにてそこら中に青いシートが見える。
またも早朝から、
「かし、いっつくらあ!」というので、筑地場内。
ほたて、まぐろなど購入。
徒歩で佃に戻る。場内の歩行も入れて、これで7千歩。

昨日の行動。
写真のセレクトをすませて、10時前には「東京大周遊」
これはこの数日の「白い光」が魔物であって、それに誘われてふらふらするのだ。

経路は
佃から都営の大島。そこから葛西。
そこからバスでなぎニュータウン。
ここははじめて行った街だが、その古びた集合集宅に、ベルリンの戦前のコンペ集合住宅の趣あり。
なんでも建物はちょっと流行を外れた辺りから、ホンモノの風格が出てくることに気が付く。

さらに、そこに桜祭りの提灯が並んで、そのコントラストが何とも言えずによかった。
これは発見だった。

旧江戸川は東京ばなれして、どこか南仏の漁村を思わせる。

葛西に戻り、良く使用する、東新小岩4丁目行のバス。
それで新小岩で降り、そのまま京成の綾瀬行きのバスに乗る。

綾瀬から徒歩、堀切菖蒲園に戻る。
この間の歩行も実に不思議なシーンの連続だ。

堀切から、浅草に出て、清川を闊歩。例の活字屋さんを撮影。
定刻に大林。あわもり2杯。
きんたろう鮨でにぎりを買って佃に。

タワーに向かっていたら、大塚酒店の前で、ロケバスあり。
撮影しているのはその後ろ姿でだれだかすぐに判明した。
カメラマンは自分の後ろ姿が「商標登録」であるからだ。

その商標登録の後ろ姿は横木アラオさんである。
観れば、なにやらアマチュアっぽい、ニコンD80と、観たことのないリコーのデジカメで有名人の男性ポートレートを撮っている。

これは痛快だ。
恐らく、ビックサイトの「カメラ小僧展示会」ではモデルの女のこに群がっているのは、超プロクラスのカメラを持ったカメラ小僧である。
このプロとアマの落差が日本のデジカメ界を支えているわけだ。


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2007.03.19

ALAO YOKOGI BLOG INDEX

以下、これまでのBLOGのINDEXです。
●ベトナムより帰国

明日からベトナムへ行く

■写真集「あの日の彼、あの日の彼女」関連
写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」詳細 
写真集、写真展関連INDEX
teach your children 1967-1975
11月23日 写真展とスポッティング
11月9日 横木安良夫写真展情報
写真集、偶然写りこんでいる有名人・・・。他
偶然捕らえられた、1968年9月12日の重信房子
1974年、増水する渋谷川
角田さんとの写真展トークショー
安珠トークショー
VS田中長徳、VS藤代冥砂トークショー
渋谷パルコ、横木安良夫写真展初日
田中長徳について
写真集の作られ方
アサヒカメラ、日本カメラ、CAPA
銀塩プリントをした。
書店の人はどんなことを思っているんだろう。


■RICOH GRD 関連
DtoH 地平線までの距離  これは、GRDで撮影するプロジェクトだ。
GRD誕生日と、1968年の新宿騒乱
GRDブログにぼくが登場しています。
モノクロ日和の日
GRD作品2006年12月30日
GRDのストラップ

2005年12月17日 GRD ファーストインプレッション

2005年12月9日 リコーGRデジタル モノクロ撮影 その1
DtoH大竹海岸
DtoH「波」大竹海岸
DtoH 沖縄

■最新blog
日本カメラ選評と、沢渡朔
小説現代、矢作俊彦と沖縄にゆく


■コダクローム関連
コダクローム終焉と誕生
●コダクロームについてのblog「僕のコダクローム」ポールサイモン

●「僕のコダクローム 沢田研二」

■ロバート・キャパ関連
ロバート・キャパ最期の土地が消えた
赤城耕一と、ニコンSと、ロバート・キャパ
ロバー・キャパ最後の土地が、韓国資本の靴工場になる。 「ロバートキャパ関係」strong>●
ロバート・キャパIN SAIGON
リチャードウイーランの伝記では、キャパは、1954年4月、日本滞在後、バンコクからハノイに行っていると書かれているが、実際はサイゴンから、ベトナムに入っている。
■「ロバート・キャパ最期の日」のBLOG
キャパ・イン・カラー写真展開催中 その1はここをクリック
●「ロバート・キャパ最期の日」本の紹介
●ロバート・キャパ最期日の書評など
1954年4月13日、日本到着から5月25日地雷を踏むまでのロバート・キャパの足取り
ロバート・キャパ写真展「ロバート・キャパ・イン・カラー」 その1に行く
●ロバートキャパのピンボケ写真と、僕のピンボケ写真

ETC
1955年千葉県市川市立国府台小学校 新一年生と5年生のクラス会 写真
今日は、一ノ瀬泰造の命日だ

■横木安良夫オフィシャルホームページ関連
WORKS 横木安良夫仕事
CONTENTS
ALAO YOKOGI PHOTOGRAPHS
GIRLS 横木がプライベートで捕らえた、女性たちの写真GIRLS IN MOTION  JR大塚駅前
ガールズ イン モーション クルマ雑誌で連載していた、シリーズPROFILE
阪神大震災の写真

■デジタルカメラ関連
2000年に書いたデジタルカメラ論と、インプレッションCFカードの事故、そしてレスキュー
■写真撮影関連
nifty.com/the_eye_forget/2006/02/post_bf58.html">スタジオライティングプロの現場
デジタルで撮れない大型カメラの世界 その1
超広角レンズのゆがみを取る方法?

■銀塩、デジタルプリント関係
写真のトリミングとフレーミング そしてCReCoEPSON PX5500 インクジェットプリンター カラー性能
 日本カメラ2月号 銀塩写真デジタルモノクロプリント

■「ポラロイド関係」
ポラロイド195ランドカメラとネガつきポラロイドモノクロフィルムType665


■肖像権関係
11月11日肖像権と写真展
マニュピレーション 肖像権関係 その2
後姿 その1 いまやスナップ撮影では、後姿を撮ることが多い。肖像権の問題もあるし、これからますます後ろ姿を撮ることがさかんになるだろう。
マニュピレーション肖像権関係 
その2
●盗撮、盗み撮り、キャンデットフォト、スナップ写真 その1
●盗撮、盗み撮り、キャンデットフォト、スナップ その2


●2006年2月TOPICS
TOPICS

スタジオライティングプロの現場
東京ビルヂング
表参道ヒルズ 30年前の写真を交えて
2月6日 写真いついて
恵比寿写真倶楽部 撮影会 佃
外山ひろみさんのブログ
阪神大震災 11年目の1月17日
東京都写真美術館 「発掘された不滅の記録 1954-1975」ベトナム

日本経済新聞に写真展写真が紹介される。写真展 オープニングパーティ
写真展 1974年 神宮球場 長島と王
1月10日 写真展「TeachYourChildren1967-1975」初日
1月6日 写真展の設営 
銀塩デジタル、ハイブリット・モノクロプリント
写真展「TeachYourChildren1967-1975」コンタクトプリント
12月15日 GRD GUERRERO NEGRO MEXCO
12月9日 六本木 バーガーインがなくなった。


ベトナム取材コーディネイトの杜国忠(ド・クォク・チュン)
ライトペインティング TwilightTwistトワイライト・ツイストについて。
フィルム感度って何?ISO ASA DIN SEKONIC STUDIO S 入射光式露出計
明るい部屋の謎
不許可写真その5
すがやあゆみ写真展 障害はブランドだ!
不許可写真その2
フルサイズデジタルと、アスペクト比
肖像権侵害とEos5D
肖像権侵害 その5
肖像権侵害 路上スナップ35万の支払い命令
銀塩式デジタルプリント日本カメラ11月号 デジタル写真直感レタッチ(クリエーティブ・コントロール)
危険な遊具
アサヒカメラ10月号
高田渡 ぐわらん堂 1974年
後姿 その2
Eos5D発売 35mmフルサイズデジタルなんていらない!?
岩根愛 グループ展
1970年 船橋無線送信所跡
千葉県市川市、国立国府台病院 1970年
写真展 Teach Your Children 2006年1月
●茅ヶ崎パシフィックホテル その1
1967年 市川駅
あゆの恋 ネットアイドル すがやあゆみ
写真の粒子、ノイズ
写真お見せ方、コンポジット
TeachYourChildren
●盗み撮りについて
写真ジャンルの羅列です
ART PHOTOGRAPHS & NEWS 写真プリント販売について、考えるサイト
写真の粒子について Grain その1
その2
●粒子のあるデジタル写真
アート・フォトって何! ギャラリーブリッツにて
アートフォト、インテリアフォト

●デジタル写真で何ができる その1

その2
その3
オリジナルプリント販売について
オリジナルプリント販売とは? その1


その3
エミリーブロンテ 「嵐が丘」 の舞台で、かつて撮った写真
●EosKissDigital Nを 6歳の娘に奪われた その1
●デジで本 アサヒカメラで評論
3月3日から12日まで、アメリカウエストコースに行った。

●なぜオーバーランするの JR西事故

「阪神大震災関係」
「M7.3子供たちがみたもの」TOP 阪神大震災から10年、当時まだ幼く何も語らなかった彼等は今十代になり、震災について何を重いっているのだろうか。その本についてのブログ。
「写真関係」
2mフォトグラファー、小堀正一

「そのほか」
怪獣映画「ゴジラ誕生50年だったな」
流行通信
40年以上も前のクリスマス
ベトナムのモデル1
ベトナムの女優写真
ベトナムNo.1の歌手、ミイ
タム

ベトナムのモデル2
ピンクレディ キンスマ
ピンクレディ2
若いお巡りさん
横木安良夫のHomePage
横木安良夫のプロフィール 詳細をUPしています
デジタルカメラで作る、本格的な写真集の作り方「デジで本」

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2007.03.11

ベトナムロケより帰国

Narita

結局ベトナムからは、一度もUPすることなく、帰国した。インターネット環境がないわけじゃない。ハノイやホーチミンのホテルはどこも無線ランが導入されていた。ベトナム北部の町、バクハのサイマルホテルは、以前と同じようにダイアルアップだったが、遅いもののかなりの時間使っても、市内電話扱いなので、安価だ。UPすることができなかったのは、やはり時間がなかったことにつきる。
今回の仕事は、4月22日発売の、G社発行のGという雑誌の、メンズファッションの広告ページと編集ページ、それに新聞広告のための撮影だ。詳細は4月ごろになれば紹介できるので、それまでお待ちください。そして前に書いたとおりサプライズもあるので、さしさわりのないところで、今回のロケについて、書きたいと思う。
Vietairnarita

3月1日、われわれは成田を出発した。
集結した総勢9人は男ばかりだ。
ドイツ人男性モデル、スタイリストM氏、ヘアメイクU氏、クライアントH氏(ブランドファッションのShop)、代理店M氏、G社編集ライターS氏、営業O氏、僕のアシスタントW、そして僕だ。ファッションの撮影で、男ばかりのむさくるしい集団なんて、めったにないし、こんなこと皆未経験で笑えた。それは今回の撮影がスケジュール的にハードなこともあり、男ばかりにしたといわけだ。スタイリストとヘアメイクの二人は超売れっ子だ。
ハノイの空港には、僕の本、「サイゴンの昼下がり」「ロバート・キャパ最期の日」にも登場している、日本語通訳、ロケーションコーディネーターのチュンさんと、ベトナムプレスセンターのD氏が迎えにきていた。D氏に率いられたわれわれは税関をノーチェックで通過した。
ベトナムで正規に仕事する場合、プレスセンターの人間が同行することになる。簡単なインタビューだったら、日本語のできる、プレスセンター員もいる、しかし役人なので、難しい撮影はチュンさんのような、テレビや取材、などさまざまな経験のあるべテランコーディネーターに頼まなければ、ならない。彼は旅行会社とロケコーディネイションの会社を経営している。
僕とは1995年にライターである、サイゴンの日本語学校で教えたこともある、神田憲行さんに紹介され、もう12年もの付き合いだ。彼とはベトナムのさまざまな場所に行った。「ロバートキャパ最期の日」も彼がいなければ、書けなかった。写真家の外山ひとみさんにも信頼されている。なにより、かれはベトナムの歴史や文化についても詳しく、日本語の漢字はもちろん読み書きもできる。きちんとした取材が必要な人は、彼に頼むしかない。彼は取材記者のライセンスももっているので、僕たちは、今回のような10日程度の取材ならばビザなしでベトナムに入ることができた。彼はベトナム人としては珍しく、時間や約束にもきちんとしている。

1日夕方、ハノイのホライゾンホテルに着いた。早速、6、7日にホイアンのザ・ナムハイホテルで撮るベトナム女性モデルのオーディションをした。結局白いアオザイの似合う、撮影経験のないの20歳の女の子を選んだ。そこでチュンさんの共同経営者のGさん(女性)と再会した。彼女もロケに同行する。彼女の娘のAさん(22)はパリに2年留学して、今は結婚、妊娠中だった。
その晩はベトナム料理だ。
僕とアシスタント以外、全員ベトナムは初めてだった。まず本場のベトナム料理に挑戦、全員ベトナム料理に見せられた。男ばかりの食欲と、飲む酒の量は半端じゃない。まるで学生のようにはしゃいだ。といっても翌日の出発は午前5時、食後はホテルまで歩いて帰り、夜のハノイを感じるだけだった。
ことしのハノイは異常気象で暖かいという。3月いっぱいは、いつもだったら10度ぐらいだとうが、ことしは20度以上もある。(それにひきかえ、夏のハノイの暑さ、不快指数はサイゴンなんてものじゃない)
Horizonam5
ホライゾンホテルの前の道路 ハノイ AM5時 夜の間雨が降っていた。

2日朝、4時に起きて、5時にトヨタコースターに全員のった。予定ではバクハまで8、9時間のつもりだったが、実は2年まえ、僕がバクハからハノイを車で移動したときは、マツダのMPVだったので、スピードが違った。峠でもかなり飛ばし、国道にでればカーチェイスさながらぶっとばした時間だった。ハノイ旅行社のマイクロバスは、そんな乱暴な運転はしない。だいたい30キロから、通常は4、50キロ、国道で最高70キロしかださない。峠道は20キロぐらいのスピード、休憩が食事を含めて3回、結局、バクハまでは11時間かかってしまった。つかれた。全員ぐったりとした。
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ベトナム北部少数民族の町といえば、有名なのはサパだ。サパには、ビクトリアホテルというチロリアン風の豪華ホテルもある。そのホテルに泊まるならば、夜のハノイを出発する、豪華寝台車、ビクトリアエキスプレスに乗って中国国境に接した街、ラオカイまで深夜に10時間走り、早朝到着、そこからバスで1時間半で、秘境サパだ。本当に10年まえまではSAPAはたしかに秘境だった。悪路をジープやバイクで行き来していたという。有名なのは、週末のラブ・マーケットだ。合コン、昔ふうに言えば歌垣だ。大国中国の周辺に住む少数民族は、かつての日本も含めて、文化に共通点がある。たしかに昔は、中国から見れば、周辺の民族はどれも少数民族だったのだろう。夜這いも、通い婚もある。1995年ごろ、写真家の外山ひとみさんは、バイクで訪れたという。猛者だ。すげー。
僕がサパを訪れたのは2002年と2003年だ。2002年にSAPAから足を伸ばし、バクハを訪れ、ぼくは感動した。世界で一番美しい衣装を着た、民族だと思った。しかもこの衣装は、ハレの服ではない。日常生活もかわらない。かつては着替えることもなかったという。ほんの数年まえまでは、物々交換、市場で何がしかのものを売って、何がしかのものを買う、ある意味自給自足のような生活をしていた。でも、いまや、彼等も街で買い物をするお金を得ている。衣装もスカート部分以外は、今回聞くと買ったりするそうだ。前回は皆、自分で作ると言っていたのに。確実に時代は動いている。
BacHa(バクハ)だ。そこは花モン族の住む町だ。毎日曜日に、サンデーマーケットが開かれる。2002年の秋は2泊しただけだったが、2003年には1週間滞在した。ホテルは同じくサイマルホテルだ。バクハ唯一の5階建てホテルだ。2003年秘境のコックリー市場にも足を伸ばした。そこで日本人カップルと出会い、バクハに誘った。 
今回は、花モン族の女性たちと、男性ファッションを組み合わせたいと、クライアントE社のH氏の要望から始まった仕事だ。実はH氏とは、2002年にベトナム少数民族を撮ったときに、CanonのSタワーのオープンギャラリーで開催した写真展のときからのおつきあいだ。そのときの写真が印象的で、いつかこれでファッション写真をと撮りたいとひそかに暖めていたという。実にこれには、明確な伏線がある。
それは、初めて僕がベトナムを訪れた1994年、今回のクライアントE社のH氏の上司、M女史と僕は、ベトナムでファッション写真を撮った。それは、小説家矢作俊彦の、角川書店より出版された、野生時代の別冊のバーニーズニューヨーク東京の広告ページを矢作俊彦をモデルに一緒につくったといいう関係だ。当時M女史はバーニーズの東京に宣伝部にいた。
1994年のメンバーは、M女史、矢作俊彦以外に、当時NAVIの編集長だった、現エンジン編集長、鈴木正文とアートディレクターの松原健、角川の編集だった根本だ。サイゴンの昼下がりの表紙の写真はこのメンバーで始めてベトナムを訪れたときに撮っている。彼らは全員、サイゴンツーリストのビルにいて、この撮影の瞬間を見ていないが、あの女性が道路を横断している場所はサイゴンツーリストのオフィスからほんの数十メートルも離れていないというわけである。
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1994年10月 右側のグリーの建物がサイゴンツーリストだ。
ファッションSHOP、Eを立ち上がるときに関わったのが、M女史、今回のH氏は彼の部下だった。
・・・・・てなわけで、今回の仕事は1994年から始まった、ロングストーリーの続きということになる。
4年ぶりに訪れたバクハは、街全体はさほどかわっていないが、平日のせいか街で民族衣装を着ている姿がほとんどないことにちょっと不安になった。4年まえだったら、ちらほらいたからだ。
不安になりながら、夕方、バスで山のなかをロケハンした。街から離れ、広々とした見渡せる段段畑の、風景のなか斜面に張り付くように、原色の民族衣装を着た、女性たちが働いていた。その時間そろそろ仕事から帰るところだろう、舗装された道路に数人ずつグループになって歩いている姿にであった。よかった。変わっていない。翌3日はむらの長老を撮影したり、働いている彼女たちを撮影した。
そして、翌、4日は、まちにまったサンデーマーケットの日、今回の撮影のメインイベントだ。
実は、街の中心にある、市場はさまがわりしていた。それは以前からあった市場のコンクリートの建物、一部はフランス領時代のものもあるのだが、それは壊されていた。そしてその横にかつての10倍ぐらいのスペースが市場の敷地とない、今やバラックのような仮設小屋が広がっていた。それにはいささかがっかりしたが、そのためかなりの花モン族が集結しているものの、こつてのような足の踏み場もないようなことはなくなっていた。ガイドのチュンさんは、フランス時代の建物まで壊すなんて、わかっていないと憤慨していた。
きっと数年後はさらに、さまがわりしているのだろう。いまや、バクハはサパについでの人気スポットだ。訪れた人は誰しも驚くだろう。僕のように昔のほうがよかったなんて、永遠の愚痴、観光客のエゴでしかない。現実にここい住んで生きている人間にとって、豊かなになることは、悪いことではない。確実に変化するこをはしかたがないことだろう。そうだとしても、カメラを向けたときの花モン族の女性が、以前にもませいて、好意的だったことが印象的だった。彼等は確実に以前より生活が楽になっているのだろう。
さて、時代の変化、実は、ここに問題があった。撮影のコンテでは、大勢の花モン族の女性の前に、白人男性モデルを立たせて撮るつもりだった。だから市場のたつ朝、撮影場所ともくろんだ場所で待っていても、かつてのように大集団で10キロも20キロもさきから歩いてくる集団がいなくなっていたのだ。予定では歩く彼らに声をかけ、峠にある小高い場所で記念写真のように撮るつもりだったのだ。朝の撮影で、5,6人の集団はいても、夕方の本当に、かつてのように彼女たちを捕らえることができるだろうか。いまやバクハでもバイクがかなり多くなった。初めて訪れた2002年では、レンタルバイクでさえ、さほどなかったのにだ。この急速な文明化は、驚くほどだ。このサンデーマーケット、彼らの楽しみである百年以上もつづいている、彼の習慣が、そして僕が感動した、10キロも20キロも山道をあるく姿が消えるのも、まじかなのかなとちょっと感傷的にもなった。偶然をたよるわけにもいかず、僕は市場でモデルになる女性たちを探した。
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そのなかで、10歳ぐらいの女の子たちがいた。一人の子が、カメラを向けてもどうどうとして、そして少しはにかみ、とてもキュートだった。僕は通訳のチュンさんを呼んで彼女がどこから来たのか聞いてもらった。きっとグループで来ているはずだ。ところが彼女はベトナム語をまったく理解しない。モン族の言葉しかわからないようだ。ぼくは彼女たちの写真を撮りそれだけであきらめた。しばらく市場を撮影していて、再び彼女たちのところに戻ったら、大人たちを一緒だった。僕はふたたびチュンさんを呼んだ。
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そのなかに、花モンの衣装を着ていない、帽子をかぶった聡明そうな、歯ならびの美しい少女がいた。高校生らしい。(驚いたことに花モン族のなかには、驚くほど美しい歯を持った女性がいる)。チュンさんが聞くと、家はここから20キロぐらいのところ、今は学校の寄宿舎生活をしている。チュンさんは彼女のに質問した。このグループは10名ぐらいだそうだ。皆知り合い、親戚らしい。僕は彼女に、皆で写真のモデルになってくれないかと、頼んだ。峠までバスで僕たちと行き、帰りは送り届けるという約束だ。とても頭のよい彼女は、皆を説得してくれた。そして彼女も学校に戻り、花モンの衣装に着替えてくれるという。そして友達も一人連れてきてくれることになった。
午後2時、バクハの市場の入り口で待ち合わせ、僕たちは峠に向かった。
そのときの写真は、発表されてからのお楽しみ。やはり広告写真の段取りに偶然はない。偶然は写真を撮るときと、そしてこんなふうにモデルに出会うといった、偶然が醍醐味だ。いやもうこれは、意味のある、僕が1994年のベトナムからはじまる、必然の結果だ。
そして撮影は無事終了した。写真は発表されたときのお楽しみ、とてもよい写真が撮れた。
翌日は、実は、朝3時出発だった。予定では5時出発だったが、戻ったハノイで取材とファッション撮影の予定があり、ファッションを夜ではなく、夕方撮ることになり、結局、ハノイに2時に必着ということになった。そのため、出発をはやめることになった。ドラバーががんばってくれて、ハノイに到着したのは、12時過ぎと予定よりかなり早かった。
夕方、メトロポールのエントランスで撮り、夜は日本食と日本酒を飲んだ。ベトナムでの日本食は格別だ。
翌朝は、すこしゆっくりして、11時にホテルをで、飛行機でダナンまで飛んだ。
ダナンは、5年ぐらいまえに来た。4回目のだったと思う。そこからホイアンのホテルにバスで向かったが、街はさまがわりしていた。海岸沿いに、広い道路ができていた。途中、2回訪れたことのある、フラマリゾートの前を通った。その道路上に今回のまだプレオープンの豪華リゾートホテル、ザ・ナムハイがある。すべてコテージ、どの部屋からも海が見える。部屋は新婚じたて。広い部屋の中心にベッドがあり、すぐそばにバスタブ、うーん、そしてバックヤードとして、シャワールームとトイレ、クローゼット、洗面所、テラスはもちろん、室内にも海を臨む、ソファーなんで書いても翌分からないと思うが、とにかく豪華。
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夜はホイアンの旧市街で食事。ここを訪れるのは3回目。でもこんなに観光化されてからは、初めて。今一番の人気スポットということもうなずける。夜はとても異国情緒、ロマンチックだ。かつてここには、日本街があり、今でも日本橋という屋根の橋がある。
ナムハイに、2泊して、8日は昼にダンナを立ち、やっとホーチミン市、サイゴンに着いた。
サイゴンに着いて感じたことは、年々、中国風になっているということだ。特に新しい、ホテル、海外資本のホテルはインターナショナルで、無国籍だが、例えばマジェスティックのようなホテルは、センスがガクンと落ちた。なにしろ、エントランスには、今年の干支、コンクリートでできた2匹の豚の像のお出迎えだ。ここはたしか、国営サイゴンツーリストが経営している。だからこの有名なコンチネンタルホテルに泊まる人は、かつてのフランスの香りを望むべくもなく、がっかりするだろう。ただ、客室はよいし、サービスも悪くない。いやいや、更なる不満は、かつて開高健、沢田教一、など、ベトナム戦争時代、このマジェスティックのバーに集い、その日の、その日の、失敗談、武勇団を語ったその場所が、夕方のビッフェレストランになり、センスは最悪になったことが、悲しい。それもこの数年でのことだ。誰かきちんとしたコーディネータなりを入れないと、これから悲惨なことになるだろう。
しかもこの屋上のバーで撮る予定にしていたので、この惨状をみて唖然とした。でもここで撮るしかない。夜のビッフェ、の前、その1時間ぐらいで、背景のじゃまなテーブルを脇によせ、それでもどうにか撮影できた。いや予定通りのできだった。それにしてもどうしてこうなっちゃうんだろう。
僕がはじめて訪れた、1994年のサイゴンのあの植民地風、フランスミックスしたセンスはどこにいったのだろう。外国人がプロデュースする植民地風の店はもちろん、そのセンスを守っているけれど、ベトナム人は中国風、そしてサイゴンを無視した、完全インターナショナルなつまらないグローバルデザインに、席捲されたら、サイゴンの魅力は半減してしまう。なんて、最初に訪れた1994年を引きずる、ただの旅行者である僕のセンチメンタリズム、エゴイズムでしかないのだろうか。
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1994年ニャチャン この安っぽい色づかい、大好きだった。

たとえば、もうとっくに変わってしまった、ベトナムのリゾート、ニャチャンは、かつての、安っぽい植民地風から、いまや立派にバリ風の海岸になっているじゃないか。(もっともベトナム中部は海洋民族チャンパだ、彼らはヒンズー教に近く、バリと同じ文化圏だ)。
夜、サイゴン在住の写真家大池さんと、池田さんじ会った。大池さんは僕の写真集「あの日の彼、あの日の彼女」を、直接買いたいとのことで、もっていった。日本円、千円札4枚、送料込みでお渡しした。
今回の取材の話は、そして例のサプライズとともに、今回の旅は、本にするつもりだ。


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2007.03.01

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