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2007.03.30

RICOH GX100 Vol.03

Vol.01は、ここをクリックGrdgx100

●「VIETNAM GX TRAVELER」
5月末に、今回ベトナムで撮ったGX100の写真と、これまで13年間撮ったベトナムの旅写真のエピソードの本、「VIETNAM GX TRAVELER」を出版します。1994年に初めてベトナムを訪れ、そのときのカメラは、EOS5だった。そこであのアオザイの写真を撮った。それからベトナムへは17回通うことになる。一ノ瀬泰造やロバート・キャパ、NHKの「アオザイルネサンス」などなど、さまざまなエピソードのなかでのカメラの変遷。そしてGX100にたどりついた旅カメラの写真エッセイ集です。発行は、「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」を出版したアスコムです。200ページ、2000円の予定です。

GX100関連
Vol.1
Vol.2
3月1日から10日まで、GRDとGX100のベータ版を持ってベトナムに行った。ゲーテ6月号の男性ファッションの広告と、編集ページの撮影のためだ。他にカメラはRZ67と、NIKOND80ももっていった。どのカメラがメインということはないが、それぞれ違うカメラで違う写真を撮ろうと思っていた。ただ、GX100のベータ版を見たとき、このカメラで仕事ができるんじゃないかとひらめいた。そしてロケに持ってゆきたいと無理をいって、用意してもらった。EVFとブレ防止、1000万画素、スクエアー画面、ワイド24mm、テレ72mm、僕はコンパクトカメラのテレ側に興味があった。これでUPが、ポートレイトが撮れると。
ぼくは、GRDを1年以上使っていて、時々仕事でも使っていた。一度は、ある女優のインタビューで、GRD一台で(もう一台の30Dは、カメラバッグのなか)そのまま撮ったが、読み込みに時間がかかり、間が持てずちょっとつらい撮影だったが、気にしないで撮った。できは良かったと思ったが、それ以来その仕事はなくなった。GRDを仕事で使うには、2台必要だなと思った。もっと、そのタレントは、偶然ある広告で撮ることになった。そのときは、フェーズ1を使った。
昨年の8月、沖縄で小説矢作俊彦を、完全にGRDだけで撮った。モノクロだったからだ。それは小説現代に8ページ紹介された。そんなわけで、GX100を見たとき、これはポートレイトが撮れると直感した。なによりローライやハッセルのようにスクエアーフォーマットを、ウエストレベルEVFで使えることに歓喜した。
小さなCCDを持つ、このクラスのカメラは、クローズアップ以外パンフォーカスに写る。人物をUPで撮るとき、背景の処理に工夫がいる。それがスクエアーでは、背景がかなり少なくなり、構図も取りやすい。いや、僕はスクエアーフォーマットに構図はないと思っている。いやもっといえば、どんな場合も、僕は写真を撮るときに構図を考えることはない。撮りたいものを、フレームに捕獲するというのが基本だ。構図は、自分の頭のなかにあるのではなく、対象に自然に存在している。それを素直にフレーミングするのが、僕のやりかただ。僕の写真を見ればわかると思うが、構図にこった写真はほとんどない。構図とは、タブローのように、白、0から始めるときに、その骨格を決めるために必要なので、現実を撮るときには、強く意識する必要を感じていない。

ベトナムロケにでは、GRとGX、やはりほとんど、GXを使った。僕はワイド側より、テレ側に惹かれた。ワイド側、28mmが24mmになったことを、僕はさほど驚いていない。ワイドレンズなんてありふれたものだ。もちろんコンデジで24mmからはじまるのは、珍しいらしい。でも、僕は、コンデジが好きなわけではなく、コンデジでしか撮れない世界に惹かれている。
上の写真は、BacHaのサンデーマーケットで撮った。GXは、2台持っていった。一台が性能的には完全版、それでもベータ版なので、手ぶれ防止はONできず、テレ側のオートフォーカスもまだ完全じゃなかった。だから今持っている、量産型を手にしたとき、ベトナムでちょと不安にしていたほとんどが氷解した。
なわけで、上のカメラは量産カメラと微妙に違う。もっともこの写真じゃわからないけど。やはりGRDとならべると兄弟であるということがわかる。実は本当の兄弟なのに、義兄弟あつかい・・。


さて、僕の写真はすべて、CReCo済みだ。(加工済みと呼ばれる。レタッチ済みとも。まるで加工品が悪くてナチュラルがいいのだろうか・・・)もっとも僕の写真だからどうしようと僕のかってだが。
銀塩時代、僕はポジ派だったので、写真は所詮原稿だった。ライトテーブルに載せたポジは、それこそこの世のものとは思えないほど美しい。しかしこれは、所詮原稿なのだ。モノクロでいえば、ネガだ。いくら美しいネガができたからって、意味がないことだろう。そこに意味を見出すのは、単なる、フェチだ。
ポジを印刷にするには、デジタルをプリントや印刷するより、遥かに大きな、世界観の違いがあった。今でもそれは進行形だ。正直まったくべつものだ。
そこで、製版技術者とコミュニケーションすることになる。
だいたい、まず、デジタルのモニターがすべて違うように、どんなに調整したって一緒なわけがなし、それは銀塩時代すべてのライトテーブルが違うのと同じことだ。印刷所に行って驚くことになる、どれひとつとして、同じ発色のライトテーブルなんてありはしない。世界は、すべて相対的なもものだ。
銀塩時代、商業印刷するためには、今のデジタルをレタッチする以上の翻訳がいる。
だからこそ、プロフェッショナルな、スター製版者がどの印刷所にもいた。
それは、これからも一緒だろう。

いつも思うことだけれど、作例写真ってなんなのかなと思う。
カメラ雑誌で、科学的(?)に評価するページがある。
デジタル時代になり、ブラックボックスがなくなり、皆パソコン上で、拡大してカメラを評価する。
まあ、銀塩時代の、ワイドのレンズのゆがみ、たる型だなんだかんだは、かわいいものだ。
ゆがまないレンズを使いたければ、大型カメラで撮ればいいことだ。
それから、かつては、開放付近からどのぐらいまで絞れば、全体的にととのった画質になるのか、書いてあった。いまでもそうだ。僕はそんな記事少しも気にしていなかった。だいたいどんなレンズでも、開放で撮る。
画質が悪い、コントラストが少ない、周辺光量が落ちる。・・・・・それって全部マイナスのことなのかな?
見方をかえれば、それはそのレンズの特徴だ。絞って、皆同じようになるなら、いろんなレンズはいらない。
デジタルによって、さまざまなことが白日になった。
そのさいたるものが、カメラやレンズの評価、画質評価が白日にさらされた。
だからデジタル時代になって、突然、アマチュア評論家が出現した。
それは、当然だろう。そのことに、よって恩恵があったのは、レンズ専門メーカーだったかもしれない。
何しろ、純正レンズの数分の1の、レンズメーカーのレンズが性能上さほどさほど、差がないことが白日になった。
安いセットレンズと、高級レンズの差も値段ほどはない。
そのため、安いデジタル専用レンズばかりが売れ、メーカーの高級な純正レンズが売れなくなった。
とくに、アマチュアのなかで、それが顕著だった。何しろ昔は、そのレンズがどのくらい優れているかなんてわからなかった。だから  高級=性能がすごい=自慢になる  という構図だった。だからアマチュアカメラマンは、プロも驚くようなレンズを皆持っていた。 Canonがフルサイズにこだわるのは、純正レンズを売るためだろう。この1年の純正レンズの広告は、かなり力が入っている。

さて、僕は作例写真は基本的に撮らない。そのカメラの性能を見せる写真なんて写真だと思っていない。少なくともも、自分の作品ではありえない。メーカーが出す、サンプル写真は、手を入れてないとしても、輝度差のない被写体を選らぶとか、多くのなかからさしさわりのない画像を選び、発表する。だから、サンプル写真に面白いものなんてない。その写真を見て、そのカメラの評価することに意味があるんだろうか。まあ、初期のデジタルだったらとにかく、コンパクトデジカメと、一眼デジカメの写りの差は、当然なことで、だからこそさまざまなカメラがある。コンパクトデジカメの最大のメリットは、コンパクトさと、撮影スタイルのカジュアルさ、写りに関していえば、接写については、一眼デジカメがどうさかだちしても、勝てない。しかも簡単に撮れる。GX100のように、テレ側で寄れるのでまた違う接写世界が撮れると思う。

僕が、なぜCReCo(クリエーティブコントロール)するかといえば、それはその画像の弱点を消すためじゃない。前術したように、カメラで撮った写真は、僕にとっては原稿だからだ。形にするには、印刷したり、ネットで見せたり、自分でプリントするために、自分の思ったように調整するのは、当然だった。それはデジタルになったから始まったことじゃない。昔からやっていたことだ。
あるモノクロ写真を見て、
「ねえ、ねえ、綺麗な写真ですね、ところで、ネガを見せてくれますか?」
なんかそんな感じがするな。
なんで、僕は原稿であるネガをみせなくちゃならんのだ。
ところで、ネガを見てなにかわかるの?

デジタルに限らず、どのように見せたいのかを、作者が決める責任があるからだと思う。
見る側の、完成した写真を鑑賞する目を磨くことにいけばいいと思うけど。
まあ、そういう感覚のない人も多いし、それにこだわる人の趣味を否定することはないけど。こんどのGXについてもそういう人たちのなかで、もりあがっているのも、あらたな写真文化かもしれないし。

(重複あり)
写真の生のデータは所詮データだ。そんなことに無頓着なカメラマンも多い。撮影には最大のコントロールはするくせに、実際に他者がみる、印刷物やプリントに無頓着なのは、意味がない。
日本人は、一般的に通俗的に言って、無垢なもの、何も知らないもの、手垢がついてないもの、処女、アイドル、子供が好きだ。同じように、作者の手の入った写真には興味をしめさない。これはへんだ。もちろん自分の表現にあった、最適のカメラという意味で、そのデフォルト写真に注意を払うのは正しいだろう。しかし、そんな目的もなくデジタル写真を原寸に拡大して、あれこれ評価するのは、ゲームとしては楽しいが、それ以上じゃない。本気で技術者になりたいのならしかたがないが。
そんな写真を見てどうするのと思う。あくまでそれが趣味として、ゲームとしてならよいけど。
こんな考え方の僕は、もしかしたら写真家としては少数派だろうか。カメラの性能がよいとよい写真が撮れるのかな。それならば、いいカメラを使わなければ。なんてね。

とはいうものの、僕の精一杯のサービス精神として、今日撮った、オリジナルを左右1000pixleにリサイズしただけの画像を2枚をUPしておく。そのうちCReCo(クリコ)した画像もUPすることにしよう。やっぱ、オリジナルのほうがいいなんていわれそうだけど、なぜCReCoするのか、少しでも理解してもらえると、うれしいかな。どっちにしてもそれは、のちほどということで。
511000
24mm相当 5.1mm

1531000
72mm相当 15.3mm
EXIFを見ることができる人はどうぞ!

以前テレビの芸能会目利きの番組、名前はわすれたが、ことごとくワインなんど価値が外れていた。人間はあんがい、それがすぐれているかどうかなんてあてにならず、最初からブランドや値段で判断する。ワインのような系統だった理論と実践の存在するものは、それを知っていればかなりわかるだろう。
ずいぶん前だったが、カメラでそれを実験した。EosKissDigitalが発売されたときだから、何年まえだろう。僕はKISSを持って、今回と同じBacHaに行った。600万画素、JPEGで撮ったその写真を、1mx1.4mにプリントして写真展をCanonSタワーのオープンギャラリーで展示した。皆、この安価な一眼レフカメラでドットもなにも、銀塩以上に美しいプリントに皆驚いてくれた。もちろん、600万画素のデータで、大きなプリントをするには、テクニックがいる。いってみれば、600万画素18メガぐらいを、100メガ以上にリサイズすればいいことだ。そのへんはCReCoに書いてあるので興味あるかたは読んでください。
さて、そのとき僕はちょっと遊び心で、ある実験をした。
600万のキスと当時のトップカメラEOS1Dsフルサイズ1200万画素の違いはなにかを実験したのだ。
ある冬の日、静岡の三島にある山のうえから富士山が実に美しく見えた。僕はあんまり富士山は撮ることはない。ただ美しいからと撮ったことはない。
まず、EOS1Dsに、三脚、短焦点50mmf1.4をつけ、ISO100,f8まで絞ってみた。それで撮り、そのあと三脚に、EosKISSDigital(600万画素)に、安価なセットズームレンズをつけ、画角を50mm相当にして、f8まで絞って撮った。その2枚を、Canon9100iプリンターでA3ノビいっぱいに伸ばして皆にみせた。もちろんCanonのひとにも
写真を知らない人は、第一印象、全体を見て、全員KISSDのプリントが綺麗だといった。写真をかじっている人は、すぐに画面の周辺を見る。そして見事に皆、当ててくれる。あたらない人もいるが。しかしそれは、画面のはじの微妙なにじみなどを精査して判断する。それは、その写真の内容には関係ない。・・・・・。
僕は、銀塩末期時代、いやいまでもどうやったら、よく写らないかがテーマだった。だからこそ、カラープリントであり、ポラロイドであり、モノクロームであり、お店プリントだった。レンズに紗をかけたり、無理な増感現像をしたり、減感したりと、写らないことで得られる、雰囲気や、主張はとてもたいせつなものだった。それほど、フィルムは進歩して、画一化したわけだ。
それが、デジタルになったら、またまたよく写ることにキュウキュウとするグループがあらわれた。
克明に写れば、情報量がふえれば増えるほど、写真は何かを失うということだった。
僕は、CReCoでほとんどの場合、画質を落とすという、作業を加えている。そのほうがデジタルのいやらしさがきえて好きだからだ。

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Comments

You've done it once more! Great writing!

Posted by: Taylor Medeiros | 2010.05.28 08:25 AM

Thank you for answer Mr. Alao! I really didn't expect any scientific measurement of the RAW writing speed ;) I was just curious if they improved something in this area (in compare to GRD). Thank you anyway for all your GX100 comments and nice photos! I like your work!

Posted by: Pavel Kudrys | 2007.03.30 11:02 PM

日本語で書かせてもらいます。なんとか翻訳してください。
私は、基本的に通常のデジタル撮影で、Rawを使用していません。私は、カメラをテストする写真家ではありません。この新しいカメラGX100で、何が撮れるかが、一番の関心です。
仕事でCanon1DsM2や、Phase Oneを使いますが、パソコン直結で使っています。Rawでの連続読み込みに関しては、決して満足していません。
まして、GX100にRawの読み速度を、僕はまったく期待していないし、RawとJpegの画像の違いを、正直、感じていません。したがって、僕はGX100のRawに関して答えることはできません。もうしわけありません。

Posted by: 横木安良夫 | 2007.03.30 08:53 PM

Hello Mr. Alao!

At first, I'm sorry for this comment in English! I would like to thank you for your early GX100 preview, which is now watched (with great interest) also by many non-Japanese speaking Ricoh fans! ;) We are all trying to read your articles about GX100, using the online translation services. So you can imagine, our ability to understand anything from your articles is very limited ;)

May I ask you to comment something really important about GX100? We are all eager to know, how fast is the GX100 in RAW writing? This is probably the most critical question, for many prospective buyers, but also for many of current GRDigital owners. As you probably know, the GRDigital RAW writing speed is unfortunately very slow, most probably due to a small RAW buffer. Is this improved in GX100?

Thank you in advance for any your next GX100 articles and comments!

Posted by: Pavel Kudrys | 2007.03.30 08:34 PM

写真のUPありがとうございます。

Posted by: たろう | 2007.03.30 06:20 PM

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