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10 posts from July 2007

2007.07.31

映画「欲望」BROW UP アントニオーニの死

イタリアの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニが死んだ。94歳。昨日なくなったイングマール・ベルイマンが89歳だから、映画監督ってけっこう長生きなんだと思う。
アントニオーニといえば、なんといっても「欲望」だ。
邦題「欲望」は、本来は「BLOW UP」「引伸ばし」という意味だ。
売れっ子ファッションカメラマン(デヴィット・ヘミングス)は、オープンのロールスロイスに乗り、コマーシャルな欲望まるだしの仕事とは違う、自分の写真を撮るため、ざわざわと風の音がする人気のない広大な公園をさまよい歩き回っていた。そこである女優の密会に遭遇する。ふと繰り広げられる怪しい、情景。すぐに暗室に戻り、写真を部分伸ばし「BLOW UP」をする。そこに写っていたものは・・・・・。
Brow_up380

●僕はこの映画を、1967年か68年に一度見ている。たった一度見ただけだ。ビデオのない時代、映画とはたいてい一回見るものだったが、その分、見るときの集中度は、今とは比べ物にならない。だから結構細部を覚えている。
この映画は難解な映画だといわれた。いや実は、僕にとってはちっとも難解じゃなかったのだ。なぜなら、そのとき、僕は若く、その映画のすべてを受け入れていたので、当時たくさん見た映画のなかの強烈な一作だったというわけだ。
若かった僕ははじめから理解しようなんて思っていなかったし、サスペンス映画のような謎解きも期待することなく、ひたすらそのディテールにひきつけられていた。
この映画は当時の僕の回りもでも話題で、皆、見ていたし、一シーン、一シーンを熱く語り合った。
例えば、主人公の売れっ子ファッションカメラマンが、後に、日米ハーフモデル、マリーヘルビンの旦那、デビッド・ベーリーがモデルだとか、主人公のところに売り込み来たモデルにのしかかったシーンのモデルは、当時のスーパーモデル、ベルーシュカだったとか、ヤードバーズが出演したり、何かと若い僕たちに刺激的な映画だった。
そして何より、撮影シーンに僕たちはしびれた。主人公のハッセルブラッドの操作は今まで見たことのないようなかっこよさだった。野外ルーペファインダーに、ピントリング、巻上げを、右手の親指と人差し指の根本で挟み、シャッターを切るたびに、1回転・・・・・。そのすばやさ、もうそれのシーンを思い出すだけで、うっとりとした。
なにしろ、当時大学時代、ハッセルブラッドを持っているのは、同学年ではIだけ。夢の、夢の、また夢のカメラだった。初任給、月給3万円の時代に、確か28万円だった。今だったら、いくらするんだろう。もっとも僕らは、当時写真をやるなんて、まして日芸に入って写真をやっているなんて当時としては十分親に恵まれていたわけだから、ハッセルは無理でも、同じスクエアーフォーマット、昔、ハッセルブラッドをコピーしたところから始まった、6x6のゼンザブロニカを持っていた。僕のは、S2ブラック。ハッセルより一回り以上大きな、無骨なカメラだったが、その映画を思い出しながら、デヴィット・ヘミングスの真似をした。
しかし、巻き上げは、ハッセルのように、完全1回転ではなく、約三回点半。あくまで約なのだ。カチャ、シュ、カチャ、シュと巻き上げる、ハッセルと違い、ガチャン、グニャ、グニャ、グニャ、ガキ!。まるで違うし、なにより巻き上げのノブのクランクが小さく、ハッセルの真似をすると手が痛くなる。まあ、小さいだけではなく、止まる場所がいつも一定していなかったため、勢いアマって指がすれた。そのため、クランクにサックを差し込んで、厚みを増したりして、どうにか、指が痛くならないようにしたというわけだ。・・・・それで気分だけは、ハッセルというわけだ。
それから、ニコンで、モデルにまたがって撮る。これにもあこがれた。なかなかそんなことはできなくても、女の子をを撮るときは、気分だけでものしかかる。こんな撮影は、ずーと後になって、モデルにしたことはあったが、学生時代はそんなことはできなかった。
いやいや、映画「欲望」とはそのぐらい、当時の僕たちはあこがれた。ピントのずれた、邦題も、僕たちから見れば、すべてに欲望丸出しだった、世代にとって、それはまさしく「欲望」だった。
マジに、この映画を見て、写真家になったやつを僕は3人知っている。
Browup
横浜黄金町の、黄金町プロジェクトオフィスに飾ってあった、ビンテージのポスター。近くの映画館にあったものだとういう。写真は呼ぶのだ。3日の晩に訪れた。
●この日すぐに、アマゾンでDVDを注文した。以下、ちょっと支離滅裂独断に書く。
すぐに届き、8月4日の昼間に見た。ほぼ40年ぶりだった。かつて、映画は基本的には、一回見るものだった。もちろん例外的に、何度も見る映画もあるが。いまやビデオやDVDの時代、気に入った映画は繰り返してみるものだ。
68年に見たとしたら、39年前、僕はこの映画を一度だけ見た。それは、あまりにシチュエーションが当時の僕の興味に密着していたのか、きっとむさぼるように見たのだろう。だから、撮影シーンや、プリントシーンは、克明に覚えていた。あんがい忘れていたのは、主人公のスタジオが案外綺麗ではなく、その時代のポップシーンがとてもリアルなものとして描かれていた。そこに記憶がないのは、あの時代としては、特別なことじゃなかったからかもしれない。モデルたちのの衣装も、普通に存在していたもので、決して強烈ではなかった。
冒頭、主人公が、潜入撮影した、なんだろう、老人たちの宿舎?Camp、日本で言えば山谷のようなところかな、何とかCentreって読めるけど、そんなシーンから始まる。主人公は路上に乗り捨ててあった自分の、ロールスロイスのオープンカーに乗る。そして連絡は、無線。あの時代は、イギリスでも、まだそんなことがありえた時代だったのだと思うと、今ロールスロイスをオープンのまま路中していたら、瞬時に盗まれるだろう。鍵つきグローボックスに、ニコンFがほおりこまれているのも、今じゃリアリティがない。
この映画はシュールだと、言われているが、今見てもぜんぜんそんな感じがない。超現実というより、リアル、シュールというより、白日夢。それはラストシーンの、ヒッピー達、前衛演劇、平和運動家?が演じる、ボールのないテニスゲームが、映画全体を象徴しているようで、その解釈に自由度があることが、そしてその映画を分析したくなることが、難解に見せているだけだ。僕はとてもシンプルな映画だと思った。
冒頭でも、小さな車に大勢のヒッピーのような、若者が乗り込み、歓声をあげ町を走り回る。唐突に見えても、あの時代だったら特別なことじゃない。天井桟敷や、映画「機会仕掛けのオレンジ」と同じように、あの時代の若者があこがれていた狂気が、日常として存在しているだけだ。現代の狂気は日常への回帰かもしれないが、あの頃の狂気は、確実に、前衛に向かっていた。いずれにしても、管理社会に対しての反抗であるには違いないが。
この映画を見ると、あの時代の自由さは、商業主義に完全に牛耳られていない、文化がふんだんにあったことだ。今のように、ファッションも、音楽も、映画もすっかり商業主義のなかに収まっている状況とは、何かが違っているのだろう。まあ、そんなことはどうでもよくて、人間の記憶は、特にこの映画は、友人達と何度も語ったせいか、細部はかなり思い込みや、違いがあった。公園で密会している男女、その女は、思い込んでいたように、女優なんかじゃなく、モデルのような華奢な体の女性だった。
撮影シーン、主人公がのしかかってニコンFで撮っている場面は、ベルーシカとの関係が、ちょっと記憶違いだった。そして主人公のいらいらとモデルに対する態度、うーん、今じゃ考えられないけど、いやヨーロッパだったら今でもありえるだろう、ファッションカメラマンの地位が高いので、あの横暴さは。昔の日本のカメラマンもあのぐらい態度のでかい人はいたような気がする。今でもそうだけど、写真のためのファッションモデルは、皆10代なかばから20歳ぐらいまでだ。新人モデルを発掘するのは、カメラマンの仕事でもあるからだ。
映画に挿入される、写真がけっこういい。誰が撮っているのだろう。彼の潜入写真のリングファイルのコンポジットもちょっとかっこうよかった。ファッションカメラマンだけではなく、若いドキュメンタリーのカメラマンにも影響をあたえていたと確信した。見ていて、絶対一ノ瀬泰造も見ているなと思えた。
ハッセルも、ニコンもモーターではない。その使い方が、かっこいい。でもそれでピント来るのかよ、とか、ストロボもつかわず、それじゃブレちゃうよと、実際の撮影じゃありえないこともあって、やっぱ写真はカッコウかなと思った。写真のこういう暴力性は、今ややさしい時代、どこか忘れ去られているような気がする。
写真好きは必見!!!星★★★★★

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2007.07.30

NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM VOL.01

Nostalgia_title
Ndp001
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM #001
Ndp003
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM #002
Ndp003a
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM #003
Ndp004
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM #004

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2007.07.29

GXトラベラー撮影会

写真展期間中の、7月22日と昨日の7月28日、ギャラリーの周辺を、ぶらぶらと撮影会をした。
●22日は、雨の予定が途中から晴れ、かなりハードになった。行程は、ギャラリー→神田明神→湯島大社→不忍池→上野→アメ横→旧練成中学(僕の母校、昨年、統合廃校)→ギャラリーといった、3時間、約4キロ弱だった。途中、ドクターなかまつの選挙カーに遭遇したり、上野界隈のイベントにぶちあたったりと、満載だった。ギャラリーに戻ったあとは、GXの感想を聞いたり、僕のギャラリートーク、その後、御茶ノ水で懇親会、そして新宿ゴールデン街のアガジベベにでかけ、3P展を、編集者のタカザワケンジ氏に解説してもらい、ぐったりくたびれたが充実した一日だった。
Travelerphotowalk
7月22日 第一回GXトラベラー参加者記念撮影

●さて、昨日28日は、第二回のGXトラベラー撮影会。
先週は、暑いなか3キロぐらいの肯定で、かなりくたくたになったので、今日は距離をぐっと短くして、だいたい1キロちょっとにした。もっとも先週以上に猛暑、短くして正解だった。ルートは、ギャラリー→湯島聖堂→交通博物館跡→秋葉原電気街、デニーズ(ちょっと休憩)→神田明神の約3時間半の行程だった。前回よりも女性が多く、新潟から来た人、鳥取から来た人までいた。最も前回は山口から駆けつけた人もいたが。 そして、前回と同じようにスタジオトークのあと、近くの居酒屋で懇親会、そのごJRで新宿にでて希望者は、ゴールデン街のアガジュベベの写真展を見に行った。僕はさすがに疲れて、12時すぎに帰宅。でも、とても楽しかった。
これから時々こんな撮影会を、定期的にやろうかなと思っています。
Dai2kagxsatsueikai
7月28日 第二回GXトラベラー撮影会参加者記念写真

●MIXI GXトラベラーコミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2378552

写真展はGXトラベラーは、今日と明日で終了です。
本日は、1時ぐらいから7時まで、ギャラリーにつめています。どうぞ遊びに来てください。
明日、最終日は、4時ー7時でギャラリーにつめている予定です。

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2007.07.28

写真展残り3日間 横木安良夫

横木安良夫写真展「GXトラベラー ベトナム・ニッポン」は、残りあと3日間です。
Ochanomizu001
NOSTALGIA #001(digital punctum)

●本日28日は、周辺のぶらぶらと撮影会(参加受付終了)を5時ぐらいまでしていますが、ギャラリーに戻り30分ぐらいは写真の話をしたり、その後は懇親会で近くの居酒屋にでも行くつもりです。懇親会、場所の都合にもよりますが、飛び入りも可能かと思います。早めにお知らせさい。

●明日、29日は、写真展最後の日曜日、お昼から7時までは、ギャラりーに詰めています。

●あさって、30日、写真展最終日、午後4時から7時まで、ギャラリーに詰めています。

Shinjuku
新宿歌舞伎町 ホテル街 東京 GX100

RICOH CaplioGX100スペシャルサイトにて、 横木安良夫 GX100インプレッションインタビューUPしています。どうぞごらんください。

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写真展「GXトラベラー ベトナム・ニッポン」詳細 

ギャラリーBauhous


フォトエッセイ集 「ベトナムGXトラベラー」発売中  AMAZONGxtravelerpet

MIXI会員の方、「GXトラベラー」コミュがあります。

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2007.07.23

ニッポンGXトラベラー 070721

GXトラベラー ベトナム・ニッポン写真展開催中7月17日~30日(期間中無休) am11-pm7 Gallery Bauhaus

7月21日、ギャラリー周辺のブラブラ撮影会をした。撮影会といっても、特別テーマがあるわけでもなく、モデルがいるわけでもない。GX100や、GRDをもってスナップ写真を撮った。僕も皆と同じように、そしていつもと同じように、写真をたんたんと撮る。最近、スナップはずっとGX100かGRDだ。そしてそれは、どこに行っても、誰と一緒でも同じことだ。
参加者は、20名+ 撮影後、お茶の水で懇親会、その後新宿ゴールデン街に行った。とても楽しかったが、とても疲れたのであります。

1omotesndo001
omotesando GRD
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ochanomizu GRD
3yushima05
yushima GX100
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yushimaGX100
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写真・文「ベトナムGXトラベラー」発売中

写真展在廊予定

●7月26日(木) pm5-7時 ギャラリーに詰めています。

●7月27日(金) pm5-7時 ギャラリーに詰めています。

●7月28日(土) am11-pm6 途中撮影会 、ぶらぶら撮影会で外にでてしまいますが、夕方はいます。

●7月29日(日) 12時ーpm7時 在廊予定です。

●7月30日(月) 最終日  PM4時ぐらいから終わる7時まで詰めている予定です。


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2007.07.19

横木安良夫写真展 ベトナム・ニッポン

Nichietsusyuku150
「ベトナムGXトラベラー、ベトナム・ニッポン」 在廊予定
7月17日(火)~7月30日(月) 会期中無休  am11-pm7時 
入場無料 協賛 RICOH

●7月22日(日) 12時ごろーpm7時 在廊予定です。ずっと詰めていますので、是非遊びに来てください。

7月23日(月) 未定
7月24日(火) 未定
7月25日(水) 未定
7月26日(木) 未定
7月27日(金) 未定

●7月28日(土) am11-pm6 途中撮影会 、ぶらぶら撮影会で外にでてしまいますが、夕方はいます。

●7月29日(日) 12時ーpm7時 在廊予定です。

●7月30日(月) 最終日  PM3時ぐらいからいる予定です。

オリジナルプリントの販売
さて、今回も、オリジナルプリント(デジタルアーカイバルプリント)を、超リーズナブルな価格で販売しています。写真を買うってなんだ?と、ちょっと長いけど、このサイトを読んでください。
前衛的オリジナルプリント販売

●展示している、写真はすべて販売します。
プリンター : EPSON PX5500 9500
ペーパー : 無酸性紙 デジタルアーカイバルプリント EPSON UltraAmoothFineArtPaper

プリントサイズ エディション1/50

18.1x18.1cm 26.8x20.2cm 26.8x17.9cm  税込み、オーバーマット専用額込み ¥21.000
38.9x19.1 2イメージ 税込み、オーバーマット専用額込み ¥26.250

大判プリント 103x137.3cm 税込み ¥100.000 

Shinjuku
新宿歌舞伎町 ホテル街 東京 GX100

RICOH CaplioGX100スペシャルサイトにて、 横木安良夫 GX100インプレッションインタビューUPしています。どうぞごらんください。

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写真展「GXトラベラー ベトナム・ニッポン」詳細 

ギャラリーBauhous


フォトエッセイ集 「ベトナムGXトラベラー」発売中  AMAZONGxtravelerpet

MIXI会員の方、「GXトラベラー」コミュがあります。

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2007.07.17

本日より、横木安良夫写真展 ベトナム・ニッポン

Nichietsusyuku150
●アジアカップで、ニッポンとベトナムは仲良く、決勝トーナメントに進んだ。本当にベトナムは運がよかったと思うが、なにしろあの地域のNO.1、タイが結局オーストラリアに負けてしまったからだ。
さて、ニッポンとベトナムを祝して、写真展をやります。というのは、嘘ですが、なんとタイミングの良いことでしょう。
●今回の写真展は、RICOH Caplio GX100とGRDigitalで撮った写真で構成されています。
小さなコンパクトデジカメの世界を楽しんでください。
7月21日と28日は、撮影会とレクチャーをしますが、残念ながら定員になってしまいました。
●僕がギャラリーにいる日時は、このBlogにUPしますので、是非遊びに来てください。

●展示している、写真はすべて販売します。
プリントはEPSON PX5500 
ペーパーは、無酸性紙ウルトラスムースアートファインペーパーです。
金額は額込みで、¥21000と¥26250とがあります。
一点、一点僕がプリントし、サインの入ったオリジナルプリントです。
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フォトエッセイ集 「ベトナムGXトラベラー」発売中  AMAZONGxtravelerpet
横木安良夫写真展、GXトラベラー、ベトナム・ニッポン詳細

在廊予定
7月17日(火)は、12-8時在廊しています。
7月18日(水) 不在です。
7月19日(木) 未定
7月20日(金) 未定
7月21日(土) 撮影会 昼頃からいますが、途中ぶらぶら撮影会で外にでてしまいます。
7月22日(日) 12時ー7時ぐらいは在廊しています。
7月23日(月) 未定
7月24日(火) 未定
7月25日(水) 未定
7月26日(木) 未定
7月27日(金) 未定
7月28日(土)  撮影会 昼頃からいますが、途中ぶらぶら撮影会で外にでてしまいます。
7月29日(日) 12時ー7時ぐらいは在廊しています。12時ー7時ぐらいは在廊しています。
7月30日(月) 最終日  PM3時ぐらいからいる予定です。

MIXI会員の方、「GXトラベラー」コミュがあります。

驚きのHARUKI写真展


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2007.07.16

アジアカップ ベトナム対ニッポン

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●今日の夜、アジアカップで、日本とベトナムが戦います。ベトナムが勝つようなことは万にひとつもないと思いますが、勝負の世界、なにが起きるかわかりません。
試合の前に、ちょっとでも対戦国、ベトナムのことを知ると、試合を何倍も楽しめると思うので、ちょっと長いけど読んでください。

ベトナムのサッカーは、1884年から始まったフランスの植民地時代に入ってきたようです。もっとも農民はそんなことしてる暇はないので、もっぱら一部の人たちの遊びだったのでしょう。
植民地には、光と影があります。光は、封建国家が近代国家に生まれ変わるということです。現在のベトナムの風俗、食べものも、もともとのベトナム文化とフランス文化が融合したものです。そして何より、ベトナム人はフランス文化が大好きですし、融合して生まれ、今のベトナム文化を誇りにしています。
例えば、アオザイは、中国的な衣装を、西洋的な立体裁断にして、進化しました。今やそれこそがベトナムの象徴です。そして日常食べられている、フランスパンなどです。
影の部分は、豊なベトナムからすべてを搾取していました。農民の暮らしは過酷でした。そのため、ホーチミンは立ち上がったのです。もっとも、そのホーチミンも、フランスで学んでいます。


●もともとベトナムは中国の南にある小国です。長く中国に支配されていましたが、10世紀ごろ独立しました。当然、日本や朝鮮などと同じような中国文化圏、その影響が強い国です。科挙制度もあったとのことです。
フランス植民地時代に漢字はアルファベッドにかえらえました。だからベトナム語のほとんどは、漢字に置き換えられます。
例えば場所の名前、日本対ベトナム戦のある、首都ハノイ「Ha Noi」は、「河内」と書きます。紅河の自然堤防に囲まれ町です。水の都といわれています。年老いたインテリだったら漢字を読める人もけっこういるでしょう。サイゴンは「西貢」Sai gonです。なにより、ベトナムは、Viet Nam「越南」えつなん、ヴェット・ナムです。
●ハノイはベトナムの首都ですが、町の規模や発展度からいえば、ホーチミン市(旧サイゴン)よりずっと遅れているしやぼったい感じがします。でもベトナム人はハノイのほうがサイゴンよりずっと綺麗だというのはなぜでしょう。市内ちょっとあるくと湖があり、自然に恵まれているからでしょうか。でも近代的な、高層ビルも建ち、郊外には競技場や、コンベンションセンター、高層住宅地が急速に建設されています。
●ベトナムの気候は、亜熱帯にある、乾季と雨季の存在するホーチミン(サイゴン)と、温帯である、ずっと北にあるハノイの二つに分かれます。
今回試合のある、ハノイには四季があります。
冬は天気が悪く、湿度が高く、気温も低めです。肌寒い日もあるぐらいで、皆長袖を着ています。反面、夏は異常なほど湿度が高く、不快になります。世界でもトップクラスの過酷な場所になります。僕は、10数年前、ハノイの6月、撮影中、今までで一番暑い思いをしました。
どうせベトナムならば、試合はサイゴンでやったほうがましかもしれないのですが、やはり政治の中心ハノイでやるのでしょう。インフラはハノイのほうが整っているからです。
サイゴンは、一年中暑いけど、夜になればずっと涼しくなると思うのは僕の感想です。日が落ち、真っ暗になっても、30度を越えているなんて、7月のハノイ、まじにサウナでサッカーをやるようなものです。
●さて、ベトナムの現代史です。
1930年代、フランスの植民地時代(仏領インドシナ)、建国の父、ホーチミンがベトナム共産党をたちあげます。
その後、日本のアジア侵攻により、アジアの民族運動が高まります。
●1940年には、日本軍が仏領インドシナに侵攻します。不思議なものでそこでフランスが完全に駆逐されたわけではなく、建前上は日本軍の単独支配ですが、実際はフランスとの二重統地の時代になりました。
1941年、建国の父、ホーチミンがベトミン(ベトナム独立運動)を発足させます。

●1945年、日本軍の降伏により、一斉蜂起し、ホーチミンによるハノイ政府の独立宣言、ベトナム民主共和国が生まれます。
本当はここで、選挙が行われ、ベトナムは独立するはずが、フランスは南のコーチシナを失うつもりはなく、傀儡政権のベトナム帝国をつくり、戦争をしかけます。
(余談ですが、この時、一部の日本兵がホーチミンの軍隊に残り、ベトミンに銃器の訓練をします)
そのことによって、第一インドシナ戦争が勃発するのです。当初はフランスは優勢でした。ところがホーチミンのベトナムは共産中国(生まれてまもない、中華人民共和国)の援助のもと、力を蓄えてゆきます。しだいに戦火はベトナムが優性になってきます。
●するとこんどはアメリカが介入してきます。当時ソ連、中共、など共産主義が勢力を拡大し、資本主義のアメリカはアジアの共産化を恐れ、それを阻止するために、フランス軍に援助します。後半は、武器はほとんどがアメリカ製という按配です。
●そして、ラオス国境の町、ディエンビエンフーに反撃の拠点としてフランスの近代的大要塞が構築されます。
その大要塞が、1954年(昭和29年)ベトミン(ホーチミンの軍隊)によって壊滅させられ、フランスは敗戦します。
しかしその頃、南ベトナム、1949年に独立した「ベトナム国」は、フランスやアメリカの影響下に発展してゆきます。
ホーチミンのベトナムが勝利したとき、北のベトナム人、特に宗教は認められないと、うわさされていた共産主義を恐れるクリスチャンは大挙、南ベトナムに移動します。その数80万人ともいわれてます。このとき、北から南に逃げてきた人たちを、「54年の人」と呼びます。フランスは、大々的にカソリックを、元来は仏教のベトナムに布教していたのです。今でも、昔の巨大な教会が、ベトナムの北にたくさんあります。実際は、さほど弾圧されることもなかったようです。実際は、カソリック教徒は、フランスの協力者が多かったからでしょう。
●さて、戦争写真家ロバート・キャパは、その年、1954年4月13日に日本に来て、その後「ライフ誌」の依頼により、インドシナ取材にやってきます。
それはディエンビエンフー陥落直後であり、その後、紅河デルタでの取材中、地雷を踏んで死んでしまいます。そのときの話が僕のノンフィクション「ロバート・キャパ最期の日」です。
●さて、フランスはベトナムから退場したものの、今度はアメリカが打倒共産を旗印に北ベトナムを殲滅させるため、本格的に、北ベトナムと戦うことになります。
それがいわゆるベトナム戦争です。「地獄の黙示録」「ディアハンター」「天と地と」など、など、多くのアメリカ映画は、アメリカ側から描いた、ベトナム戦争です。当然ベトナムではこの戦争を「アメリカ戦争」と呼んでます。
ですから、この間、ベトナムは現在の朝鮮半島のように完全に二つの国に分断されました。
しかし1950年代のバブルが崩壊したアメリカは、ベトナム戦争で疲弊し、反体制運動がもりあがり、1970年代にはいると、表向きベトナムから手を引きます。しかし軍事支援は続けられ、北と南同じベトナム人同士だけで戦うことになったのです。
●その間、サイゴンを首都としたベトナム国は、フランスとアメリカに援助された、自由主義圏、資本主義の国として戦争中でありながら発展してゆきます。
●ちょっと戻りますが、1954年、南ベトナムはアジアサッカー連盟に創立参加します。そして2年後の1956年に始まった第1回、アジアカップに参加、予選マレーシアに勝ちますが決勝で香港に引き分け、韓国とイスラエルに負けて、四カ国中、四位にとどまります。
次の1960年の第二回アジアカップも、韓国、イスラエル、台湾、につづき4位になります。それ以後、ベトナムは戦争が激しくなります。不思議なことに、南ベトナム最後の年、1975年3月、アジアカップ予選?に南ベトナムは参加します。南ベトナム崩壊直前です。そして、その後、ベトナムは世界のサッカーから消えてゆきます。
●1975年4月30日。北ベトナム軍はサイゴンに侵攻し、アメリカとの戦争に勝利します。南北ベトナムは統一されました。南ベトナムの消滅です。
このとき、北から勝利者として、多くのエリートがサイゴンにやってきます。彼らのことを「75年の人」と呼ぶようです。
●その後ベトナムは、本来だったらアメリカの援助が受けられるところを、アメリカは政治的に急速に中国と接近したため、はじきだされ、結局は中国と敵対している、ソ連と結びつくことになります。
●その後、突然、中国と友好関係のある、圧制のポルポト政権の、カンボジアにベトナムは侵攻します。理由はどうあれ、世界はベトナムに失望します。そして中国との国境紛争。ボートピープル、ますます孤立したベトナムは、国じたいが、世界から忘れ去られてゆきます。戦争中より、このときが、ベトナムの一番貧しかった時代といわれています。
●その後、ソ連が解体しはじめると、ベトナムもドイモイという解放政策をはじめます。それ以降、今の発展があります。
1991年ベトナムはマニラで開かれた南部東アジアに、ナショナルチームとして参加しました。
●1994年にはアメリカン経済封鎖が解除され、関空からホーチミン市(サイゴン)まで日本航空の直行便が飛ぶようになります。
●その年秋、直行便が飛ぶ前、僕は始めてベトナムを訪れます。白いアオザイの写真をそのとき撮りました。
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●サッカーは、ベトナムでは国技といわれています。いたるところで皆サッカーをやっています。
1994年、僕はサイゴンのホテルに泊まっているとき、朝の4時ぐらい、まだ真っ暗なだというのに、歓声が聞こえました。街灯のある大通りのいたるところで、若者がサッカーをやっているのです。今と違ってサイゴンの大通りは、明け方ほとんどクルマが走っていませんでした。そしてベトナムのいたるところで、まるでブラジルのように、裸足でサッカーが興じられています。ボールさえあればできるスポーツだからでしょう。あまりの熱狂にぼくはかなり驚きました。
1996年のアジアカップでベトナムは予備予選?敗退しているようです。

●1998年、ワールドカップフランス大会のベトナム人の熱狂には、正直、初参加の日本に負けにないぐらい、いやそれいじょうで、驚きました。
ベトナムはかやのそとのはずなのに、まあ、かつての宗主国フランスびいきであるの当然として。街では、中継がある時間、人々は皆テレビでサッカーを見ています。夜中中継が終わると、深夜街のいたるところでサッカーが始まります。それは朝まで続きます。
僕はちょうど、日本対クロアチア戦を体育館でみました。空調のない、天井の扇風機と窓の喚起ファン。薄暗い、巨大なスクリーンに映し出された、その一戦、場内は初めは、皆が日本びいきに見えました。皆、中田をしっています。結局日本は負け、すっかり脱力した僕は、ベトナム人の多くもアジアの代表が負けたことに失望しているように思えました。
●僕は友人である、元ベトコン、元公安のチュンさんにベトナムのサッカーについて尋ねました。すると、ベトナムはまだぜんぜんだめだというのです。彼もサッカーは好きなようでした。タイガーカップや、シーゲームでは、タイが断然強くまだまだといってました。監督がどんどんかわり、やれブラジル式がいいか、ドイツ式か、イギリスか、などと、そしてどういう監督がベトナム人に会うのか結構論議されるとのことでした。
●ベトナムサッカーの父と呼べるのが、カールHEIZ WEIGANG、次に1997年「シーゲーム」で銅メダルを取る、Colinマーフィー。
そして現在の監督が、オーストリア人のAlfred Riedlです。リデルの指導の下に、「タイガーカップ98」銀メダルに、「SEAGAMES第20」の銀メダル、Dunhill Cup99の銅メダルを取ってます。その後もリデルはベトナムサッカーを進化させています。
ところで、ベトナムでは賭けサッカーが盛んです。それに選手が関わり、八百長問題がおき、スター選手4人が逮捕されました。
今のベトナムチームはそういう意味では若いチームです。さて、何が起きるか。ベトナム人の熱狂が想像できます。
ベトナム人は、基本的に日本びいきです。1998年のワールドカップで多くの人が日本を心情的には応援しているのを真のあたりにしました。その日本とベトナムが戦う。いい試合になればと思います。

ベトナムUAE戦 YouTUBE

RICOH CaplioGX100スペシャルサイトにて、 横木安良夫 GX100インプレッションインタビューUPしています。どうぞごらんください。
☆RICOH GX100インデックス

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写真展「GXトラベラー ベトナム・ニッポン」詳細 

ギャラリーBauhous
7月17日(火)~7月30日(月) 会期中無休  am11-pm7時 
入場無料 協賛 RICOH

◆写真展は、GX100といくつかGRDigitalで撮影した写真を展示します。ベトナムの写真は「ベトナムGXトラベラー
」から選んだ、カラー20点、日本での写真はモノクロ15点。その他、GX100で撮ったカラーの写真を、A0サイズ(1030mmx1373mm)に大伸ばしします。
GX100というコンパクトデジカメ、CCD1:1.75インチという小さなCCDから大伸ばしした世界を、是非ご覧ください。きっとビックリすると思います。

●横木安良夫撮影会「Walk and Talk TOKYO by GX100&GRD」
* 7月21日(土)募集終了
* 7月28日(土)
 13:00~18:00(13:00にgallery bauhausに集合)
 参加料:3,000円
*横木安良夫とともに町を歩き、写真を撮る撮影会。gallery bauhausに集合し、横木自身による展示内容のレクチャーの後、御茶ノ水・神田・湯島方面など周辺の町を歩き、撮影します。
(メールにて要予約。参加希望日、氏名・住所・携帯電話番号を明記してください)
バウハウスサイトメールで担当:タカザワまで申し込みお願いします。

★(株)リコーの協力により、Caplio GX100およびGR Digitalの貸し出しも行います。
貸し出しご希望の方は、申し込みに貸し出し希望と、当日身分証明書をお持ちください。


Vietnam_gxtcover380
フォトエッセイ集 「ベトナムGXトラベラー」発売中  AMAZONGxtravelerpet
●写真展会場でも販売しています。僕が在廊中は、サインをします。
在廊予定
7月17日(火)は、12時ごろから在廊しています。
7月18日 未定
7月19日 未定
7月20日 未定
7月21日 撮影会 昼頃からいますが、途中ぶらぶら撮影会で外にでてしまいます。
7月22日 日曜日なので、12時ー7時ぐらいは在廊しています。
7月23日 未定
7月24日 未定
7月25日 未定
7月26日 未定
7月27日 未定
7月28日 撮影会 昼頃からいますが、途中ぶらぶら撮影会で外にでてしまいます。
7月29日 日曜日なので、12時ー7時ぐらいは在廊しています。
7月30日 最終日  PM3時ぐらいからいる予定です。

MIXI会員の方、「GXトラベラー」コミュがあります。

驚きのHARUKI写真展


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2007.07.14

GX100と大型ストロボ 

GX100を、ほんのちょっとプロの立場として。
R8819160w
■先日、といってももう1ケ月ぐらいまえ、某誌のため、スタジオで写真を撮ったときのことだ。全部デジタルで、実際はNIKON D80をメインに使ったのだけれど、ほんの気まぐれで、GX100でも撮ってみた。同じ1000万画素クラスだとしても、かたやAPS-CサイズのCCDを持ち、GX100は、その9分の1ぐらいの、1:1.75インチという小さなCCDなので、絶対的な画質性能は較べるべくもない。
しかし、インクジェットにプリントしたり、印刷するためといった、目的を考えれば、コンパクトだって問題ない。ましてやウエッブ上で見るには、何の問題もない。
写真を画質の優劣で語るのは、ナンセンスで、それぞれのフォーマットやカメラで、描写の雰囲気が違うのだから、GX100のようなコンパクトカメラが決して劣っているわけじゃない。サッカーで例えてみれば、よく身体能力が高いみたいに言うが、身体能力ばかり強くても、試合に勝てるわけじゃない。(正直、身体能力ということばは、嫌いだ)、いろんな意味の総合力が大切だ。カメラだって、コンパクトであることは、その要素のひとつだ。
銀塩時代、一番画質の良い、8x10が一番すぐれていたわけじゃない。35mmはブロニーサイズの代用ではなく、6x6より4x5が優れていたわけじゃない。それぞれ、写り方が違うので、それを選択していたわけだ。
最近の、ディスプレーで等倍以上に拡大して、いろいろ画質性能を言うことは、まあ、ゲームだと思えば、かまわないが、そんなこと写真とはほとんど関係ないとわかって言っているのならいいけど、それこそカメラの性能だと深刻に議論されると、むなしくなる。
もちろんさまざまな指摘によって、進歩することもあるが、一部のスペック主義者に意見が左右され、不健康な方向に行く可能性もある。
正直、コンパクトの画素競争はいいかげんにしてほしいが、たぶんコンパクトでもじき2000万画素ぐらいまでいくだろう。しかしそのことのマイナスは増えるわけで、もっと違うところが進化してほしいが、今や部品を集めて組み立てるデジタルカメラは、その時代の大勢からは逃れられない。1000画素で十分といっても時代のメインが一番、性能が良く、リーズナブルなのだから必然になってしまう。
もっとも背面の液晶は、2.8インチもしくは、3インチがコンパクトカメラには限界だとしても、デザイン上醜くても、大きければいいなんてことになり、たぶんなってしまい、醜いカメラが出現しそうだ。
そういう意味で、GRやGXのこのサイズで、しかもデザイン性を求めてゆくには、ユーザーも、あれもこれもと思いすぎないほうが、正常に進化すると思う。

■さて、今回写真スタジオでのライティングは、ファティフという、最近のスタジオではごく普通の、電動のライティングシステムだ。今回2台ファティフを使っているが、それぞれ4台4灯の、2400wのストロボ発光部が入っている。フルで発光すれば、合計すると20000Wになる。とんでもない光量だ。
もっともそんなに光の量は必要ないので、ぐぐぐーと落として使っているわけだ。だったら、ストロボ台数を減らせばいいと思うかもしれないが、台数を減らすより、多くのストロボを使って、光量を減らすほうが、安定しているというわけだから、そうすることが多い。(もちろん予算的に余裕があるときに限る)
トップのライトは人物の背後と背景を照らしている。左側のサイド光がメインライトになる。右側は白パネルが、レフ版状態となり、「おさえる」という。
露出、ISO100でF11ぐらいにして撮っている。デジタルは絞りすぎるとシャープネスが落ちるので、F8とか11ぐらいにすることが多い。銀塩時代はF16ぐらいで撮ることがざらだった。

GX100は、ストロボのシンクロ接点がない。だから、EVFをはずして、そこにストロボコネクターを差込み、シンクロさせる。当然、GX100の特徴のファインダーがないので、背面のディスプレーを見ながら撮ることになる。
Storoboa
●GX100のホットシューに、シンクロコネクターをセットし、そこにシンクロコードを差し込んでいる。

GX100での問題点は、ズーミングすると、f値が変わることだ。短焦点のように、先に焦点距離を決めて、撮らないと、例えば50mmでf8にしても、ズームすると変わってしまう。
それと、このライティングのように、トップに強い光をいれると、レンズにハレーションが入ってしまう。スタジオ撮影のハレーションは、大敵だ。いかにもスタジオで撮ったように撮るわけだから、よほど意味がなければハレーションは切らなくてはならない。このカメラは通常、フードがないので、スタジオで撮るとき、今度はワイドコンバータ用のアダプターターと専用のゴムのフードを、もって言ったほうがいいかなと思った。

R8820155w
●スタジオマンのA子さん。最近のスタジオは女性が多い。GX100
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●トリンプのキャンギャルをやっている、中山エリサGX100
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薗田杏奈GX100

コンパクトデジカメに限らず、最近のカメラはホットシューはあるもののシンクロ接点がないカメラが多い。D80もなかったと思う。そういうカメラはプロ用ではないと、いいたいのだろう。写りが変わらないんだから、省かないで欲しいと思う。GX100のようなコンパクトカメラにX接点は望めないが、USBケーブルからシンクロすることは、可能じゃないかと思うが。
過去BLOG スタジオライティングプロの現場

RICOH CaplioGX100スペシャルサイトにて、 横木安良夫 GX100インプレッションインタビューUPしています。どうぞごらんください。
☆RICOH GX100インデックス

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写真展「GXトラベラー ベトナム・ニッポン」詳細 

ギャラリーBauhous
7月17日(火)~7月30日(月) 会期中無休  am11-pm7時 
入場無料 協賛 RICOH

◆写真展は、GX100といくつかGRDigitalで撮影した写真を展示します。ベトナムの写真は「ベトナムGXトラベラー
」から選んだ、カラー20点、日本での写真はモノクロ15点。その他、GX100で撮ったカラーの写真を、A0サイズ(1030mmx1373mm)に大伸ばしします。
GX100というコンパクトデジカメ、CCD1:1.75インチという小さなCCDから大伸ばしした世界を、是非ご覧ください。きっとビックリすると思います。

●横木安良夫撮影会「Walk and Talk TOKYO by GX100&GRD」
* 7月21日(土)募集終了
* 7月28日(土)
 13:00~18:00(13:00にgallery bauhausに集合)
 参加料:3,000円
*横木安良夫とともに町を歩き、写真を撮る撮影会。gallery bauhausに集合し、横木自身による展示内容のレクチャーの後、御茶ノ水・神田・湯島方面など周辺の町を歩き、撮影します。
(メールにて要予約。参加希望日、氏名・住所・携帯電話番号を明記してください)
バウハウスサイトメールで担当:タカザワまで申し込みお願いします。

★(株)リコーの協力により、Caplio GX100およびGR Digitalの貸し出しも行います。
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フォトエッセイ集 「ベトナムGXトラベラー」発売中  AMAZONGxtravelerpet
●写真展会場でも販売しています。僕が在廊中は、サインをします。
在廊予定
7月17日(火)は、12時ごろから在廊しています。
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7月20日 未定
7月21日 撮影会 昼頃からいますが、途中ぶらぶら撮影会で外にでてしまいます。
7月22日 日曜日なので、12時ー7時ぐらいは在廊しています。
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7月24日 未定
7月25日 未定
7月26日 未定
7月27日 未定
7月28日 撮影会 昼頃からいますが、途中ぶらぶら撮影会で外にでてしまいます。
7月29日 日曜日なので、12時ー7時ぐらいは在廊しています。
7月30日 最終日  PM3時ぐらいからいる予定です。

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驚きのHARUKI写真展

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2007.07.12

驚き!HARUKI写真展 キヤノンギャラリー銀座

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HARUKI写真展「普通の人々」銀座Canonギャラリー
銀座CanonGallery
7月12日(木)13日(金)14日(土)17日(火)18日(水)・・・日、月は休み。
たった5日間の写真展。
am10時~pm7時

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「普通の人々の、少しも普通ではない写真」
●今日12日から、友人の写真家HARUKIの写真展が、銀座キヤノンギャラリーで開催される。それの手伝いに行った。彼の「普通の人々」シリーズは、以前から知っていたが、こうやって大判に伸ばし、全貌の一部だとしても目の当たりにして、ちょっとショックを受けた。
「普通の人々」という一けん、ありふれたタイトルの写真は、実はひとつも「普通の人」ではない、人たちの写真だった。かれこれ20年間彼が撮り続けてきた写真は、奇をてらうでもなく、流行でもなく、とてもストレートなポートレイト群だ。この写真の始まりは、彼のTEXTにもあるとおり、自分の、今はなき母親を、瀬戸内海の大島まで撮った写真から始まっている。そしてその後、世界中の普通の人々を求めて彼は旅をする。
20年にわたった写真は、最新のEOS5Dで撮った写真以外は、当然さまざまなカメラ、さまざまなフィルムを使っている。HARUKIの過剰さは、その一葉、一葉の写真にさりげなく表現されている。なによりも、そのポートレイト写真家としての資質に圧倒される。今年一番、いやキヤノンギャラリーOPEN以来、一番の写真展だと思う。これは僕の友達だからではなく、本当に圧倒される写真世界、是非度肝を抜かれに、見て欲しい。彼の、写真展のTEXT全文を下に紹介する。

●展示している写真は1987年から約20年間撮り続けてきた”旅先で出逢った人たちの一期一会のポートレート” 作品群からの抜粋で、全体のほんの一部です。いわゆるモデルじゃなく、タレントや有名人でもない、世界各国でごく当たり前のその人なりの生活をしている市井の人たちを撮らせて頂いた写真です。タイトルの「普通の人びと」というと何だか高いところから人々を見つめてるように勘違いされる事もあるが、ボクのいう「普通」とは「平均的レベル」とかではなく、「すべての」「誰でも」「何処でも」という意味です。「普通」の定義など難しくてむしろそれさえも「普通」では無いのかも知れません。いろんな国や土地風土の中で様々な職業や宗教、思想を持った人びとが作り上げてるこの星に生きている人間のすべてが普通なのか、或いはその逆なのか。そこには何も基準がないので確かめようもありません。
●1987年夏の終わり、ボクは故郷の両親や兄とともに瀬戸内海の島にいました。従兄弟の結婚式に出席するために親戚一同が集ったのです。ここは子供の頃から夏休みなどに広島からひとりで電車とフェリーを乗り継ぎ泊まりがけで遊びに行っていた場所なので十数年ぶりに訪れても我が町のように感じました。中学生の時には将来カメラマンになるんだと云って成績アップと引き替え条件に(笑)買ってもらったキヤノンFTbを使い、この島で撮った写真をコンテストに出したりもしてました。我が家は幼い頃から家族で出掛けたことが一度もない家庭だったので、その日のボクは少し興奮気味で久しぶりに集まった親戚の記念写真を撮ったり、式の前後のあいた時間に島を散歩しながら何人か出逢った人たちの写真を撮らせてもらいました。翌年母は脳梗塞で倒れて以来は半身不随になり21世紀を迎えた年に帰らぬ人となったので、ボクにとってはこの日の写真が母をちゃんと撮った最初で最後の写真になりました。その時の1枚がここに展示されてる数少ない日本人の写真、砂浜に立つ晴れ着の母の写真です。
● 小さな旅から東京へ帰り、現像した写真を眺めてるうちにこの写真に写ってる人が母だとか誰だという事とは別の意味でこの写真から「日本人」を強く感じてきて、他の町でも撮ってみようとこのシリーズをスタート。以来、仕事で地方や海外ロケへ行く時は勿論、都内でブラブラする時にも意識して仕事用とは別のカメラを持ち歩くようになりました。北には北の、南には南の顔や体型、生き方や服装があります。とにかくいろんな場所でいろんな人びとの顔を撮りまくりました。ちょうどその頃は雑誌の仕事で毎週のようなロケがあったので2年もしない間に日本各地の殆どの都道府県を回った頃、視点を海外へ向け手始めにフランス、スイス、スペイン、アンドラを電車で回りながら旅に出たのがこのシリーズでの最初の海外撮影で1989年でした。以来、公私併せて約40ヶ国を回ってきました。
● 撮影の旅では様々な事件に遭遇します。カメラや現金を盗まれそうになったこともあれば、実際に撮影済みフィルムを取り上げられたこともありました。ある国ではスパイ容疑で軟禁され尋問を受けたこともありますし、目の前に銃口を突きつけられたことは2度あります。逆に信じられないほど優しい人たちに出逢うことも度々ありました。どう考えてもボクより貧しいだろう人たちから食事やお酒をご馳走になったことはこれまで何度もありますし、ホテルが見つからないで荷物を持って歩き回ってる雨の夜中に通りがかりの車に拾われて自宅へ泊めてもらったことも。96年の東欧の旅では途中でカメラが壊れました。チェコから入りスロバキアを回り、ハンガリー国境の町へ入った日にシャッターの異常に気付きました。現地で知り合った若者がトラバントという旧東ドイツ製のポンコツ車に乗せてくれ、片道3時間かけてカメラ修理屋があるだろうと首都ブダペストまで行き言葉のわからないボクのために一生懸命に探してくれました。それまで2か国を約2週間かけて回りながら撮影したハズの何十人もの画像は記憶の片隅と撮影ノートにしか残っていませんが、感激の体験だけはずっと忘れられない良い思い出になりました。
● この旅をしてきて、世界には本当にいろんな人がいることを実感しています。これらすべてがまさに「普通の人びと」の代表なのです。写真は想像では映りません。そこへ行きだれかに出逢わなければ成り立たないものなので、体力的精神的にいつまで続けられるのかはわかりませんが予測出来ない”旅”はいつもボクの何かに刺激を与えてくれ解放させてくれます。また旅に出て、自分にとって非日常の状況下で出逢った人たちとの一瞬の何かを捉えられれば良いのですが。
●テクニカルな事をほんの少しだけ書くと、当初このシリーズは銀塩B&Wフィルムでスタートし、その後はネガカラーフィルムで撮影し全て自家プリントをしていましたが最近ではデジタルのEOS 5Dを使いだしてからは暗室から解放されてずいぶん楽になりました。デジタルのレンズは殆どがEF 50/1.4か35/1.4 L。この中に1カットのみ24/1.4 Lも使っています。このシリーズはすべて三脚なしノーフラッシュ。そこにある光のみで撮影しているので暗い店内や夜道での撮影時には明るいレンズが必須です。外国で飲み屋で出逢った人を撮影する機会も多いので、解放絞りでシャープな写真にするにはどうしても単焦点大口径になってしまいます。撮影を終えてホテルへの帰り道は重いレンズが入ったバッグが辛いのが難点ですが(笑)。
●今回の個展は長いスパンでの撮影ゆえ作品総数300点以上からのセレクトという事や、フィルム作品とデジタル作品の混合という点でどう見せるかでギリギリまで悩みました。解決策として作品数を大幅に削り、すべてをいったんデジタル化しての大型インクジェットプリンター出力での展示という方法になりました。キヤノン最新の大型プリンターiPF9000を使ってHahnemuhle Photo Ragというちょっと特殊な用紙での出力は昔の無光沢印画紙にも近い表現をしています。

HARUKIプロフィール

1959年:広島市生まれ

1976年:個展「FIRST」ドイフォトギャラリー、広島

1978年:広島工業大学付属工業高校デザイン科卒業

1980年:個展「あるいは内なる光景」アートスペース貘、福岡

1981年:個展「Half Time」アートスペース貘、福岡

1982年:九州産業大学芸術学部写真学科卒業、以後12月まで同大学研究室在籍

1983年:1月3日上京、飯倉スタジオを経て、以後ポートレートを中心に広告・雑誌・音楽媒体などでフリーランスで活動開始

1987年:第35回朝日広告賞グループ入選及び表現技術賞(個人)受賞。「朝日広告賞展」資生堂ザギンザ、東京他

1988年:アートワークス主催「PEACE by PIECE」展参加、銀座グラフィックギャラリー、コニカプラザ・東京 他

アートワークスでの出品作品がニューヨーク近代美術館(MOMA)に共同制作作品永久保存

1990年:個展「FRAGILE」吉祥寺パルコギャラリー、青山Club-MIX、調布パルコ、他 ビデオ映像作品も同時発表

1991年:第3回パルコ期待される若手写真家展「Parco Promissing Photographer's」選出、渋谷パルコギャラリー、東京 他

個展「普通の人びと」シティーライツギャラリー東京、他

1992年:個展「普通の人びと」調布パルコ 他

1994年:CD-Rom「100 JAPANESE PHOTOGRAPHERS 1993」普通の人びと作品収録

1997年: 神戸ファッション美術館に「普通の人びと」シリーズ作品オリジナルプリント永久保存

2005年:個展「Tokyo Girls ♀ 彼女たちの居場所。」渋谷ギャラリー・ルデコ

2006年:個展「Tokyo Girls ♀ 彼女たちの居場所。」京都ギャラリー、京都

●キヤノンの最新のプリンターの実力、そしてマットのペーパーも僕は惹かれた。そういうテクニカルな面も興味深いし、大判プリント50数点の迫力は、見る価値あり。短い開催期間、お見逃しのないように。

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