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6 posts from August 2007

2007.08.30

木村泰司「名画の言い分」

Kimurataiji380
面白い本を読んだ。「名画の言い分」木村泰司 集英社
アマゾンで見ると、売れてる。
先日カーラジオから、木村泰司なる美術史家と称する人物が西洋美術について語っていて、「西洋美術とは見るものではなく、読むものだ、感覚的にあれこれいうものではなく、見るには教養が必要だ」と、しごくまともなことを言っていたので、興味を持った。
ネットで調べると、そのルックスと言動、上昇志向の高い、美術史紹介ビジネスマン、上流階級コンプレックス等々あまり良いことは書いてなかった。それでも、ラジオでの話は面白かったので、本を買った。

さて、これから後は、僕の戯言の寄り道なので、ちょっとつきあってもらうとして……。
戦後(太平洋戦争、もう歴史上のことだ)、敗戦日本は大きな挫折を味わった。いってみれば、西洋社会とガチンコ戦争をして負けた。明治維新は、江戸時代をのんびりすごしていた、ドメスティックな国日本が、今以上に、グローバル化に目覚めた時だ。だから近代国家として西洋を素直に取り入れた。そうしないと中国のように植民地になってしまう脅迫観念があったのかもしれない。江戸時代という文化的には発展した時代をへて日本はすんなりと、西洋を学んだ。もともと、中国や、朝鮮文化をそのまま、受け入れ、それを進化、爛熟させるという素地があったので、西洋文明もすんなりと、まずそのまま取り入れる。そして幸か不幸か国力はじき世界に追いつく。いくつかの戦争に勝ち、そしてアジアの覇者になりかけた。
でも、結局、決定的に負けた。自信喪失だ。
その時、戦勝国、自由主義、資本主義の覇者アメリカは、日本を拡大する共産主義の防波堤として考えた。そして、ブッシュが信じているように、天皇とういう神?を信じている自由主義化がむずかしいと思われていてた日本を、アメリカ文化のアジアの実験場にした。(乱暴な意見ですみません。簡単に言えばの話です)。
団塊の世代(このことばは、僕らが若かった時にはなかった言葉だ。1976年、堺屋大一の小説で作られた)は、言ってみれば、アメリカ文化にレイプされて生まれた日本文化との混血児だ。混血の血は事実で、あがらえない。いや、それこそ仮想の父親アメリカに、猛烈に憧れた。だからどっぷりとアメリカ文化に侵された。僕の若いころ、マクルーハンのホットだとかクールだとういう「フィーリング」、感覚に惹かれた。いまや「教養の時代」じゃない。「感覚」「感性」の時代だ。文化的なアイデンティティが分裂した人間にとって、とてもいいフレーズだった。
日本人は知らないもの異物を感覚的に消化することにたけているとも言える。
ちなみに団塊の世代のよりずっと前の世代、ま、言ってみれば戦前に若者だった世代は、アメリカにレイプされた世代だ。彼らが、そのことで深く「傷」ついていることは、想像できる。

さて、アメリカという国は、歴史が短い。そのため、新しいビジョンに寛容な国だ。というより新しいビジョンを作ろうとやっきになった。芸術だってそうだ。芸術こそ、歴史だ。いくらヨーロッパの歴史と張り合っても、いかに頑張ってもそんなもの勝ち目がない。なにしろ、黙っていると、ギリシャ、ローマ時代までさかのぼった教養を持ち出される。
話はぶっとぶが、そこでアメリカは美術で言えば、現代美術なのだ。
現代美術の始まりとは、印象派だ。アメリカや日本で印象派が人気なのは、歴史を学ばなくても、教養がなくても理解できる美術だからだ。(しかも印象派には日本の浮世絵という東洋美術にも影響されている)
現代美術とは、それまでの西洋美術にたいしてアンチだ。いや、現代美術とはギリシャ、ローマから始まった、そして今でも生産され続ける、すべての美術に対しての、引用でありそして批評する運動なのだ。だから常に新しい視点、論理が必要だ。
そうなると、18世紀に写真が発明されて、じき美術から独立し、再び現代美術に写真が取り込まれようとしている今、アートとしての写真は、西洋美術の論理からは逃れられないということになる。

さて、木村泰司の「名画の言い分」の何が面白かったのかといえば、戦後日本の「無教養主義」がついに来るところまで来て、これから「ネオ教養主義」「ポスト教養主義」の時代になりつつあるのかなと思えたことだ。
戦後、日本の若者は教養主義を捨てた。エリートであるべき東大生でさえエリートでなくなりアイドルを追いかける時代になった。東大生も大衆の一部になって、消費社会で遊んだ。なぜなら大衆という無限のエネルギーは経済社会を左右するからだ。
大衆は、コマーシャリズムに洗脳され(テレビを見み、雑誌を見み)日夜、物を買うことを挑発される。例えば、六本木ヒルズやミッドタウン。あのような巨大な建物は、人間が気持ちよくすごす空間ではない。あの場所に行くと、物が欲しくなり消費したくなる構造物なのだ。

さて、日本の美術をささえているのは、暇とお金のあるおばさんたちたちだ。余裕があり、物だけではなく「教養」も欲しいと思っている。「韓流」という傍流もあるが。
そこに現れたのが、木村泰司だ。タイミングがいい。
「西洋美術は教養なのだ」と。教養なくてし、これからのグローバル社会を生きてゆけない。なんてことは言ってないが、そんなことをいいたいのだろう。
そこである作家がいったことを思い出した。教養は、これから生きる上でかなり重要になる。
それは、これからますます格差社会になり、教養を身につけなければ、敗者になる可能性が高くなるからだ。
なぜ、文学作品を読むべきか。それは社会で負けないためだと……。

考えてみれば、印象派の美術に関しては、本もたくさんあり、日本人も少しは知識がある。しかしそれ以前の絵画は、チンプンカンプン。神話画、宗教画にいたってはそれこそ、日本人として何の役にたつのと、興味がわかない。それにあたしゃキリスト教徒じゃない。
でも木村は言う。日本人の好きな、印象派はそんな西洋画から生まれたのだと。そうい歴史や意味を知らずに語れないと。
たしかに、歴史のある文化的なものは、素養、教養がなければ面白くない。バレエだって、歌舞伎だって同じだろう。パッと見、おもしろくてもすぐに飽きてしまう。
僕にとって、木村泰司の本の面白さは、「西洋美術」のなかで退屈きわまりないと思っていた、宗教画、の見方をちょっと教えてくれたことだ。いかに僕が無学で教養がないのかわかる。
だからカソリックの時代、美術も文化も停滞した時代だと思っていた。でも宗教画も神話画も単純ではなく、さまざまに時代とともに変化している。
西洋絵画には、主張と目的がある。それはコマーシャルと一緒だ。それは現代美術に通ずる。
木村泰司が、彼の言説で、いくら稼ごうがかまわない。しっかり稼いでもらいたい。オカルトでビジネスすることよりずっと健康で、建設的だ。
そして「ネオ教養主義」(いんちき臭さも含めて)、のリーダーになってほしい。
本は面白かった。星★★★★★


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2007.08.28

榎並悦子写真展 おわら風の盆

写真家の榎並悦子さんが、品川にあるキヤノンギャラリーSで、
写真展「おわら風の盆」を開催している。
先日、そのオープニングパーティがあったので行った。
榎並さんは、撮影会の講師をしたとき、だいぶ前に知り合った。精力的にさまざまなテーマで写真を撮って発表している。
昨年は、写真集「Little People」で第37回講談社出版文化賞受賞している。
数年前に結婚したご主人は、写真家の野町和嘉さんだ。
Enami
パーティの前に、写真展会場の前で、携帯で誰かと話をしている榎並さん。
Enami_canon01
キヤノンギャラリーSを外からみたところ。
Enami_kazenobon_2
会場に入るとすぐは、夜の路地の雰囲気だ。
Enami_kazenobon02
幅2mx3mの写真がある。この祭りは顔を見せない。仮面をつけているようなものだ。
Enimi_kazenobon03
静かな祭り。虫の音、静かな音曲。
Enaminomachi
榎並、野町ご夫妻。モノトーンの素敵な着物を着ていた。

●あんまり僕は、祭りに詳しいわけじゃないので、知らなかったが、「おわら風の盆」は、とても風変わりなお祭りらしい。越中八尾町。9月1日から3日間。「おわら風の盆」と呼ばれている。

Youtubeおわら風の盆映像

もともと日本の祭りは、観光ではなく、その土地の、五穀豊穣を願う、自発的なものだったのだろう。
僕があまり、祭りに詳しくないと書いたし、祭りの写真を撮ることにあまり興味がないことは、半分本当だ。
●もちろんお祭りを撮ったことがないわけじゃない。数え切れないぐらい撮っている。日本の祭りばかりか、海外の祭りも撮っている。
世界最大の祭りといえば、ブラジル、リオのカーニバルも、最高のパスを手に入れて自由に撮ったこともある。でもリオのカーニバルは今や、F1レースみたいな、巨大イベントで、リオの人間は皆、そのお祭りのために、1年を生きている。
かつての日本の祭りも、厳しい生活のなかで、その数日だけを、無礼講のように、精神を開放して楽しんだのだと思う。
●ずいぶん前、1980年代、スペインパンプローナの闘牛祭りを撮った。3日間ぐらい寝ずに、写真を撮った。闘牛も撮り、傑作だった。一緒に行った矢作俊彦が小説を書いた。それは、創刊当時のスコラ(講談社)に載った。そのポジは、あるところに貸したとき、約1000枚が紛失してしまった。その顛末はここで書かない。

●僕があまりお祭りを撮ることに興味がわかないのは、それがあまりに写真の題材になりやすからだ。だからといって、祭りは手ごわい。ちょこと行って撮れるものじゃない。その祭りを正面から受け止める、気力がなければ撮れない。
●それでもアマチュア写真家たちは、祭りの写真が好きだ。(僕は日本カメラのコンテストのカラープリントの選評を今年2007年、1年間やっている)もう9月号まで終わったから、あと3回だ。そこでもさまざまな日本中の祭りの写真が送られてくる。そしてそのほとんどが、決まりきったスポーツ写真のような、クライマックスの写真が送られて来る。現実として、目の前のお祭りは、非日常だ。ところが、ひとたび写真になると、ありふれた題材になってしまう。写真のなかでは、祭りはただのたいくつな日常だからだ。
●何がいいたいかというと、祭りの写真は難しいということだ。撮るこつは、祭りの中心より、その周辺を撮ることだ。
●さて、榎並さんの写真展を見た。おわらの八尾町にもう、10年も通っているらしい。
今やおわらもブームで、2万人の八尾町に3日で30万人も押し寄せるらしい。
例えば阿波踊りのような、リオのカーニバルのようににぎやかな祭りは、観光客が、その祭りをさらにもりあがることになるだろう。
でも本来「おわら風の盆」は、盆おどりの変形、地元の人間のための静かでささやかな祭りだった。そのへんのことは、WEBで調べればわかるのでここでははぶく。
●榎並さんは、「おわら風の盆」を知るなら、1985年に発表された高橋治の「風の盆恋歌」を読むといいと言っていた。ぼくはすぐに手に入れて読んだ。読んでこの祭りの本質を知ったような気がした。
高橋治が小説を書いた時代には、すでにおわら風の盆は観光地化されていた。
今ほどじゃないけど、昔の風情は、一般の観光客の帰った、深夜こそわずかに味わえるものだったらしい。
それも今や、ほとんど残ってない。
●それでも、観光地化されたおわらを今訪れる人たちの誰もが、味わうことののできるものがある。
それは、「空想のおわらだ」。雑踏をみても、雑踏を構成している見物人のひとりである自分も、消すことだ。
そして高橋治が描いた、さらにもっと、もっと昔のおわらを、想像する。
高橋治だって、昔のおわらを想像したに違いなし。
何もない、素朴なおわらを。
●榎並さんは、写真の題材にきわめて難しいおわらに惹かれた。もう10年も通っているらしい。
きっとおわらの本質は写らないのだ。そんなことわかっている、とばかり写真を撮る。
それはそこにいて、空想するものだからだ。
榎並さんは、ギャラリーに越中八尾の裏路地を再現した。
遠くから聞こえる、三味線、胡弓、太鼓。
●そしてその会場にいる人は、今八尾にある「おわら」ではなく、遥か空想の「おわら」を想像する。
まんまと、榎並さんの術中にはまり込む。


●暑気払いに、ちょっと遠いけど、品川キヤノンギャラリーSで、空想のおわらを体験してください。
スペースは素晴らしいけど、ちょっと場所は不便。駅から高層ビル街(品川インタシティ)のスカイウエイを8分も歩く。どってことないか。2Fのオープンギャラリーは、鉄道の写真展をやっている。それに、最新のCanonのカメラがぞろっと触れる。
本当は、デパートの祭事で多くの人に見てもらう内容かもしれないが、
でもそうなると混んでしまう。
すると、空想の「おわら」には行けない。
あまり人が詰め掛けてもいけないのかなぁ。
そういう意味では、キャノンギャラリーSは、ベストなのかもししれない。

●ご注意 日曜、祭日が休館日、
それと会館時間が、am10時~pm5時半という、見ることを拒否するような
設定なので、ご注意。土曜日ぐらいしかいけないよね。
その分、9月25日までと長いけど、やはり暑い時に見たほうが……。


●とっても素敵な写真展、おすすめです。★★★★★


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2007.08.23

NOSTALGIA 夏休み

Nostalgia_title
Nosatalgia011
#011 Chiba
Nostalgia010
#010 Ibaragi
Nostalgia009
#009 Ibaragi
Nostalgia012_99ri
#012 Chiba
Nostalgia013
#013 Chiba
all photogaraphs by GX100


↑上の写真とこのTEXTは、連動していません。
●5月に、九十九里浜を訪れたら、片貝海岸の海の家が強制撤去されていたことを書いた。今どうなっているのか立ち寄った。
最初、片貝の隣の、海の家一力という看板がでている海岸に行った。一力は以前からあり、あれっと思ったからだ。広々とした砂浜。きちんとライフガードがいた。月曜の午後3時ごろということもあって、海岸はガラガラ。以前は数件、通年の海の家があったが、今は、一力一軒だけだ。理由を聞くと、強制撤去のまえ、数年前に2500万かけて建てたものを自主撤去したので、また営業する権利があるという。隣の、片貝はほぼ全てが、強制撤去になったため、いまある海の家は新規参入だとうことだった。たった一軒で、この広大な砂浜を使えることはすごいけど、建設と撤去を毎年やるのは、割りにあわないかもしれないと言う。でも自然は戻ってきたし、法律だからしかたがないという。時代だと。子供達のことを考えなければね、と一力のオヤジは言った。
駐車場は無料だけれど、温水シャワーと更衣室で、大人も子供も500円取られた。席料も別にある。でも広々とした砂浜は魅力だ。
駐車場に簡易トイレが4つあり、におっているので清潔であるわけはないと思うが、見る気になれなかった。
一力にも、ひとつだけあった。たぶんそちらのほうが清潔だ。この海岸は、巨大なプライベートビーチみたいで好きだ。
片貝に行ったら、駐車料金が500円だった。温水シャワーだけだったら200円ですむ。10数件ならんでいて、以前の片貝の雰囲気を残してる。でも、どれも簡単なつくり。これでいいんだと思うけど、もうちょっと、オシャレにならないのかなあと思うが。一力のおやじが、ぼくが撮影で何度も使っている、五木田丸についてきくと、営業しているという。どんなつくりなの見にゆくと、昔のままだ。5時ごろだったので、もう終わって閉まっていた。
ここは、自治体が違うせいで、他の海の家とは条件が違うのかもしれない。どういうことか聞くことはできなかった。

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2007.08.21

山口小夜子さんが、亡くなった。

0061
表紙
●今年は、どうして多くの人が亡くなるのだろう。
先日も、アントニオーニについて書いたばかりだ。
個人的にも、知人が何人もなくなっている。
もちろん僕自身の年齢もあるだろう。でも、
若い知人も亡くなっているからそうとばかりはいっていられない。
●昨日まで、夏休みで友人の茨城の別荘に滞在していた。
帰り、今年の九十九里浜を見たくて寄り道しているとき(この件は、
次のブログで)ラジオで小夜子さんが突然亡くなったことを知った。
出会った頃、僕よりキャリアがあったのでずっと年上だと思っていた。
同じ年だと知って遥かに大人だったなと感慨ぶかい。小夜子によって、
モデルのイメージが変わった。彼女の時代、モデルといえば、
ハーフ(混血児)全盛、。純日本人モデルの仕事は少なかった。
そんな彼女が、きわめて日本的な、まるで日本人形のようなスタイルを確立して、
世界に打って出た。
ニューヨークでも彼女をモデルとしたマネキンがショーウインドーを飾った。
あのころ、まだスーパーモデルという言葉はなかったが、
スーパー以上のモデルだった。
0071
1月2月
●この20年ぐらい仕事で関わることもなく、
最近の活動は雑誌で知るぐらいで、お会いしたこともなかった。
ただ、僕がプロの写真家として歩みだした頃、何ども仕事をして、
僕の代表的な作品にもなった、とってもとても重要なモデルだった。
記憶では、1980年代後半、沢田研二のジャケットで、
モデルの山佳泰子さんと小夜子さんを六本木スタジオで撮ったのが、最後だった。
その写真はコンサートのパンフレットにも使った。
その沢田研二のアートディレクターである、早川タケジと、
小夜子さんは、
かつてモデルとして同級生だった。彼らは、
ハブアナイスデイ、イエイエオー♪というフジカラーのCMで競演した。
(有名になるずっとまえのことだ)CMソングは、吉田拓郎だったように記憶している。
0081
3月4月
●何よりも、1977年に、アートディレクター横尾忠則、
衣装、三宅一生でと、今じゃ考えられない豪華なスタッフで
、新人カメラマンの僕は、小夜子さんとご一緒した。もう、このときは小夜子さんは、
世界のトップモデルだった。
二年ぐらいまえの、僕のコダクロームという章、その6で小夜子さんのことを書いている。
撮影のエピソードそれにしても、早すぎる。ご冥福を祈ります。
0091
5月6月
0101
7月8月
0111
9月10月
0121
11月12月
カレンダーについて。撮影1976年7月
AD Tadanori Yokoo
Cos Issey Miyake
H&M Sachiko Kawabe
Model Sayoko Yamaguchi
Photogaraph Alao Yokogi

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2007.08.04

黄金町プロジェクト、映画「世界はときどき美しい」

●先日の写真展のとき、会場で俳優の草野康太と知り合った。
彼がこのサイトに挑発されて、すぐにGX100を買ったという縁だ。
いや、そのはるか以前にある偶然で、田園都市線の池尻駅まえですれ違ったことがあったが、
そのときには言葉をかわしたわけではない。一緒にいた女性と僕が知り合いだったという縁でもある。
初めて言葉をかわし、すぐに意気投合した。
今彼は、ある映画に出演していて、その映画が横浜黄金町の映画館で、
8月3日までかかっていると聞いた。
その映画はずいぶん前に評判だった映画だったことを僕は知っている。タイトルは「世界はときどき美しい」。監督は新人の御法川修だ。
●8月3日の晩、僕はK社の週刊Gの若い編集者二人と、横浜に向かった。
映写時間は夜8:45分から。8時ごろ黄金町の駅に着いたら、草野さんが迎えに来てくれた。
駅から数分のところで、
1日から3日間のグループ写真展「~写真と詩の壁」landmarkヨコハマGXトラベラーon黄金町が開催され、
今日がその最終日でもあった。

その場所は、黄金町プロジェクトのオフィスにもなっていた。
他にも二人の写真が、二階のチョンの間跡で展示してあった。
070803kusano
Kouta Kusano(写真をクリックすると拡大します)
●なんとその場所に、先日なくなった映画監督アントニオーニの「欲望」のオリジ
ナルポスターが階段に、
額に入れて飾ってあった。映画館にあった、ビンテージものだ。DVDの写真は、
赤だがこの写真は背景がブルーだった。この話は、7月31日のBLOGで。
Browup
●さて、黄金町プロジェクトとは、
かつてこの街が、新宿ゴールデン街がそうだったように、
売春宿、チョンの間がひしめき合った場所だった。黒沢明の映画、「天国と地獄」で、
主人公の犯人山崎努が、ふらふらと暗黒街であるこの町をさまよったシーンがある。
決して誇張だとはいえないようだったらしい。その町が、近年一斉手入れにより掃討され、
街はゴーストタウンになった。この町をを再生しようと、立ち上がった有志たちのプロジェクトが、
黄金町プロジェクトというわけだ。
Sekadoki
●映画「世界はときどき美しい」上映ももこのプロジェクトの一環だという。
映画館を見る前に隣の中華屋で腹ごしらえとビールを飲んだ。辛いマーボー豆腐が最高に美味だった。

「シネマ、ジャック&ベッティ」
で映画は8時45分ちょうどに始まった。
全編8mmフィルムで撮られている。ネガもポジも使っているという。
8mmフィルムといっても、その省略された調子以外は、
35mmフィルムとなんら変わることなく、映画のなかに入っていけた
。クローズアップが多用された映像は、まるでスチール写真のような、
光と影をいっぱいに受け入れたやさしい、
映像fullな5つの話からなるオムニバスというかアンソロジー映画だった。
●僕の個人的な好みは、すでに世界が確立している二人のベテラン、
柄本明と松田美由紀のそれぞれのショートストーリーよりも、他の3のストーリー
、まだ完全には世界が確立していない若い俳優達のなんとも、不確実な世界観が、
とても写真的でありながら映画的なリアリティを感じた。それを引き出す、
監督の力を感じる。きっと彼は青春映画をずっととってゆくような予感がする。
●映画とは、バルトの「明るい部屋」には、こんなことが書いてある。
・・・映画は一見したところ「写真」には、ない、ある能力をそなえている。スクリーンは、
枠(フレーム)ではなくて隠れ場である。作中人物はそこから出てきて生きつづける。
目に見える部分的な視線の裏に、ある(見えない場)がつねに存在している。ところが、
立派なストゥディムを持つ写真も含めて、何千という写真を見ても、私にはそうした見えない場が
少しも感じられない。・・・・・「写真」は、・・・・彼らが外にでてこないということも意味するのだ。・・・・
御法川の映画は、まるで初期の無声映画や、
粒子の荒れたモノクロ写真のように画面の情報量はかなり省略されているのに、
そういう写真の常に「彼方」にある雰囲気ではなく、バルトのいうように、
そこに登場している作中人物が、この世のどこかに本当に存在しているかのように、思える。
それは、二人のベテラン俳優より、若い俳優達が登場するとさらに顕著に感じられる。
有名であることは、すでにその俳優の世界観が映画世界より強すぎるのかもしれない。
厳しく言えば、演技の巧さまでが、映画に写ってしまう。8mmフィルムという、
情報の少ない画像(それだけ想像力の入り込む余地がある)のほうが、
かえって、ベテラン俳優の演技が目立つのはなぜだろう。シネポエムというぐらい、
セリフが多く、そのセリフや、音がクリアーすぎることが問題なのだろうか。いや
、ある意味ベテラン二人の俳優としての世界観に、フィクションとしてのシチュエーションが負けているのかな。
ある意味写真でも似たようなことがあるかもしれない。有名人ポートレイトより、
無名の人間のほうが、
その写真の枠から飛び出てくることはないとしても、
「かつてそこにあった」者として強く感じられるからだ。
前編8mmフィルムという、一見前衛的、実験的な映画だが、
素直に映画世界に引き込まれる、意欲作。
星は★★★★
・・・・御法川監督の次回作も必ず見たいと思っている。
●「世界はときどき美しい」は、現在広島「横川シネマ」にて、絶賛上映中です。
Minorikawa
Osam Minorikawa
●映画は、他に、監督のドキュメンタリー短編映画も上映された。
その後、黄金町プロジェクトのオフィスの隣のバー、アウトサイダーに行った。
そこは黄金町再生の象徴的バーだ。オーナーであり、バーテンダーは
、隣でグループ展にも参加していた、Satoさんだ。さまざまなことで、
地元警察と戦っているらしい。もともとは、ミュージッシャン、写真も撮る、素敵な人だ。
Baroutsidersato
Bar The Outsiders Shinji Sato
●BarOutsidersで監督と話をした。今の日本の映画の現状、
特にシネコンが映画作家の思惑とはまったく違って、結局、
メジャーなものだけに収斂していっていることを嘆いてもいた。自主単館は
、ヘリ、かつての映画が斜陽といわれていた時代よりも、
上映される映画は減っているとのことだった。そういえば、
最近ヨーロッパの映画をかつてのようにやっていないなと思った。
まあそれでも、映画は巨大ビジネスとして、発展していっているが、
写真の表現はそういうものがなかなか爆発しないなあって、ちょっと寂しかった。
その後、日の出町の沖縄料理屋にゆき、その後も野毛の店の名前がたしかキネマだったかな、
酔ってさだかでないが、映画Barに行った。
Kumeno_kuni
Kumenokuni

Minorikawakusano
御法川監督と草野さん 終わったら、もう明るくなっていた。

VOL.002  VOL.001
Nostalgiatiff

Nostalgia006
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM#006 BAR THE Outsiders
Nostalgia_005
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM #005 HINODE-CHO 

Nostargia007
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM#007 Hinode-cho
Nostargia008
NOSTALGIA DIGITAL PUNCTUM #008 Bar KINEMA


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2007.08.01

BOBOS(ボボス)9月号、コンパクトデジカメ特集

アールイービーから、今年創刊された、BOBOS(ボボス)9月号で、デジタル、コンパクトカメラが特集されている。
ボボスの意味は、「ブルジョア」「ボヘミアン」の造語だそうだ。ニューリッチ、本物志向、それでいて、スローライフ。なんとも贅沢なコンセプトの雑誌だ。まあ、ボボスのタイトルのわきには、ラフ&シンプルに生きる男たちへ、と書いてあるので、その点はとても共感できるけど、僕はニューリッチじゃないし、どちらかといえば、フェイク志向だし、スローライフにあこがれても、いつもせかせかと、何か追いまくられている、貧乏性だ。
Boboscover
●なぜこの雑誌を紹介するのかといったところで、この表紙を僕が撮っているわけじゃない。嬉しそうにカメラを触る二人の御仁は、石川次郎と松山猛。その昔、僕たちがぐぐっと若かったころの、○○牽引者だ。
●この本がコンパクトカメラを特集しているのは、さすがに目利きだとおもうが、な、なんと僕が、登場しているというわけだ。それも売れっ子モデルであり、建築ファン、写真ファンである、KIKIさんと一緒だ。
Bobos01
●最初僕は、彼女にコンパクトデジカメ、スナップ写真の撮り方でもレクチャーするのだと思った。さては、GXトラベラーの本がでることを、どこかで聞きつけて、いやいや偶然の一致だ。写真とはこうやって、呼ぶのだ。
ところが、撮影現場に行ったら、なにやら様子が変だ。僕は、三宅一生のパンツとポロシャツを着せられ、スタイリストの私物のシューズをはいて、KIKIさんと一緒に写真に撮られた。カメラマンは女性であり、名前は千倉志野さんだ。
僕は写真家になって初めて、写真家を演じた。それもモデルとして。いや、なんだかんだ、楽しかったけど、ちょっと照れくさい。それでも、ここで小さく紹介するのは、やはりちょっとモデル扱いが自慢なのかもしれない。是非手にとって、笑ってください。・・・とても良い雑誌なので、買ってください。
Bobos02
●買ってくださいと、いっても、そんじょそこらで売っているわけではなさそうだ。メガ書店だったら、いややっぱりアマゾンかなと思ったら、みつからない。そういうレアな雑誌でありました。どうしてもこの雑誌が欲しい方は、直接発売元に聞いたらどうでしょう。
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