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4 posts from January 2008

2008.01.29

GRDigitalⅡ40mmテレコン その1

Grdgh1_600
GRDⅡ GV-2 + GT-1 1.43x + GH-1
( GX100にて撮影 72mm相当) 

★40mmテレコン関連 その2   その3
  
●GRD2に、新たに40mm相当のテレコンが発売されたので使ってみた。
28mm相当の短焦点レンズが売りの、GRDだが、人物を撮ったり、ワイドくささがいやなときに、重宝するレンズだ。ただ装着するとかなり大きくなり、決して軽快ではない。ただ胴鏡部分を持てるので、両手のときはとても持ちやすい。まあ、片手でも重いと言うほどではないが、ずしりとしている。
もっともそれでも一眼デジカメから較べたら小さい。かっこうは、ミニ一眼といったいでたち、ファインダーをはずすと伝説のカメラ、オリンパスペンFに望遠レンズをつけたみたいだ。
●新しい小さなファインダー(GV-2)とテレコンをつけた格好は、決して悪くない。いや小さいながら見るからにカメラといった雰囲気で、女性の評判も悪くない、皆可愛いという。「どこが?」と思うが、最近の女性は決してファンシーなものだけが好きなんじゃないと思える。女性の男性化か。ライカが女性に人気があるのも同じ理由なのかもしれない。
さて今回は、Hawaiiで撮影してみた。
●巷で、このテレコン(GT-1)の逆光時のフレアー&ゴーストが問題になっていたが、たしかに条件によってはでる。
昔のレンズにはありがちだったが、透明なフレアーだったら、気にもならないのだろう。それが赤いので、問題視されているとうわけだ。まあ、僕は積極的に逆光も撮るし、フレアーやゴーストなどわざといれているくらいなので、ちょっとこれは変わったタイプ、何かに使えるかなっといった、ゴースト積極派でもあり、ぜんぜん気にしていないが、そういうことに神経質な人はオススメできない。メーカー製といえども、やはり所詮アタッチメントレンズ、完璧にはゆかないのだろう。僕のように旧世代の写真家は、完璧なものなんて最初から求めていないし、実は欠点は最大のメリットだったりすることも、多々ある。まあ、このゴーストが利点なわけはないと思うが、太陽を入れ込んだり、逆光の時には、何枚も撮るか、モニターで確認するしかないだろう。そういうレンズの癖を(欠点)を理解しながら撮るのも、実は写真を撮る楽しみだ。
まあ、僕はデメリットより、メリットを考えるし、プラスマイナスで、マイナスが多いのなら当然使わないだろう。あくまでもオプションレンズなので、自己責任を。あんまり完全を求めると、面白いものは出てこなくなるで、メーカーにプレッシャーをかけすぎるのも、なんだと思う。
しかしGRDにとってテレコンは最大の魅力だ。
なによりディストーションが少ないのが、最大の魅力。この点は、ズームのGX100はかなわない。このテレコン最大のメリットだろう。
●僕はこの40mmという画角が大好きだ。ちょっとワイド目の標準。これだったら縦位置の人物もかなり寄って撮れる。ワイドレンズは、最初は新鮮だけれど、やはり標準付近の画角は、人物や縦位置では使いやすい。
今回Hawaiiでは、テレコンをつけっぱなしだった。仕事上の人物もずいぶん撮った。それは今ここでは紹介できないけど、そのうちアップします。
Hawaii005
Sandy beach
Hawaii003
Waikiki beach
Hawaii001
Honolulu ちょっとした具合で、赤っぽいゴーストがでることがある。
Hawaii002
Honolulu ほとんど同じ条件だが、白いゴーストは出ても赤いゴーストはでない。
Hawaii004
Royal Hawaian Hotel
全てGRDigital 2 40mmテレコン
●補足
僕は、太陽が画面に入った時のゴーストは全く問題にしていない。ちょとまえまでのテレビのハイビジョンカメラは絶対に太陽に向けてはいけなかった。CCDが焼きつくからだ。
昔から光源がレンズに入った状態は、ゴーストがでてあたりまえだ。とくにワイド系レンズはゴーストが出ても、コントラストの低下など影響は少ないが、望遠系はちょっと光が入ってもフラットになった。まあ、それはそれで使いようで、わざとフレアーを入れたりしたけれど。最も今回は、見たことのないような赤いゴーストが問題なのだろう。
●さて、プロのカメラマンは、基本的に仕事では、絶対に光源(太陽光)をレンズに入れるような撮影はしない。35mmレンズはかなりそんな点を改良してフレアーには強いが、中盤以上のカメラにとって、光源がレンズにはいることによる、フレアーは大敵だ。フレアーを切るのはアシスタントの重要な仕事だった。
光源をレンズに入れないように撮るのは、プロカメラマンの常識中の常識です。光源をレンズに入れるには、リスクがあるということでしょう。
●ところで、GRDのテレコンは、そんな強烈な太陽光が入ってしまう、基本的なときばかりではなく、雲から太陽が透けそうな明るい曇り空の逆光でのときにも、淡く周辺がピンク色になるときがある。室内でも窓を撮ったりして、光源が四隅にあると、起こりやすい。正直これは予想できない。
まあ、もっともデジタル時代、撮影するものはモニターではっきりと見える。ゴーストもきちんと液晶で見えるので、注意すればよいことだ。それに、どうしてもという場合は、簡単にレタッチできるので僕はさして気にしていない。
●現代のカメラ原理主義者の方は、そんなこんな、つっこみどころがいくでもあるので、あまり関わらないほうがよいコンバージョンレンズ。カメラは写真を撮るものなので。
●前にも書いたが、そういう枝葉末節のプレッシャーをメーカーに掛けすぎると、面白いカメラは生まれてこない。
特に、GRDやGX100のような、ユーザーの建設的な意見が反映するカメラは貴重なので、暖かい目で見る必要があります。
●最近は、ピンとも露出も、ホワイトバランスもすべてカメラがやってくれるので、ただシャッターを押すだけで写真が写ると思っている。そんなものちょっと前までは全部自分で決めていた。デジタル時代になり、中身はブラックボックス化して、なぜ写るのかさっぱり分からなくなっている。
●カメラはしょせん機械。しかも完璧なんてありえない。それがクルマのように命に関わるものなら、リコールは当然としても、カメラやレンズの欠点などは、ユーザーが工夫して使って行くものだ。何より、こうやってインターネット時代、カメラやレンズの癖や欠点がユーザー間で公開され共有される時代、知っていればよいことだろう。
●個々のカメラの癖を知る。そんなこと、かつては当然だった。そのカメラに慣れるのに何ヶ月もかかるなんてこともあった。そしてそのカメラやレンズを買った人はそれは、自分のもの。僕らのようにさまざまなカメラをテストしてあれこれ文句をいう次元と違うはずだ。せっかっく所有した自分の道具、愛情を持って付き合ったほうがよいと思う。できの悪い子ほど可愛い。なんて言ったらRICOHに怒られるかもしれないけど、メリットも沢山あるのだから、ほしい人は使えばいいということで。


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2008.01.26

Hawaii 1973-2008

Daybyday0311
1973年1月 Waikiki Canon F-1
Hawaii2008jan24_2
2008年1月24日 Waikiki Eos40D
同じ場所の35年後を撮ろうと思ったら、カメラの位置は海のなかだった。浅いのでその気になれば、同じ場所から撮れたはずだ。でも、ほかの撮影中だったので、海に入る根性はなかった。しからば当時はなかった堤防の上か撮ってみた。ずいぶんとビルがたち、砂浜はやせた。もっともワイキキのビーチはもともと人工の砂浜。砂はノースショアから運んだといわれている。いまやノースショアも砂の量が減っているので、ワイキキのビーチへの補充は、めったにやらなくなっているのかもしれない。

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2008.01.16

日本カメラ2月号、巻頭口絵

Nihoncamerafeb2008
2008年日本カメラの2月号、巻頭カラー口絵で、僕の作品が9ページ掲載されています。
本屋さんにでもいった折には、ちょいとご覧になってください。
タイトルは、「Glance of Lens」~レンズの一瞥~です。
全ての写真はデジタルカメラで撮っています。外国で撮った一枚が、2005年の写真で、あとは昨年撮ったものです。何の脈絡のないような写真。
僕が、そこにつけた文章は、こんなぐあいです。
●そいつを見つける。くんくんとにおいを嗅いでみる。指がむずむずする。カメラ位置を確定する。レンズを通してみる。レンズだけが見ていることだってある。すばやくシャッターを切る。何かがわかるわけじゃない。それでも確実にそいつは存在してしまう。だから新たなそいつを目で見る。くんくんと嗅いでみる。心のなかにじんわりと染みこんでくる。ふと気がつくと、いつのまにか自分の心のなかを覗いていることになる。
撮影データ
1p   RICOH Caplion GX100
2-3p CanonEos 20D 
4-5p NikonD3
6-7p CanonEos 40D
8-9p Ricoh GX100

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2008.01.11

四冊の本!

「四冊の本」
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「ベトナム・ストーリーズ」★★★ 神田憲行 著 河出書房新社 ¥1300+税別

友人でもある、神田君の最新本。彼は1992年から1993年にわたって約一年間、サイゴンの日本語学校で教えていた。当時彼は売れないライターだった。1992年といえば、今のベトナムとは全く違うベトナムがそこにあった。僕が彼と出会ったのは、1995年だ。その前年1994年の秋、僕は初めてベトナムを訪れている。アオザイの後ろ姿の女性を撮ったのはそのときだ。
そこですっかりベトナムにはまった僕は、ベトナムの先駆者、神田君を東京で紹介される。その年、僕は2回目のベトナムに行った。神田君と一緒だった。前年の通訳が最悪だったので神田君の教え子の、売れっ子通訳氏を紹介してもらえるとのことだった。ところが、売れすぎて1日しか同行してもらえなかった。そこでピンチヒッターとして紹介されたのが、いまや僕の親友である、元ベトコンのチュンさんだった。彼がいなかったら、ベトナムでの僕はただの旅行者で終わったろう。「ロバート・キャパ最期の日」は、彼の北のコネクションがなかったら、書けなかった。チュンさんのことは、スーパー女性写真家、外山ひとみさんも、神田君が紹介したものだ。

さて、今回の本、神田君はもう何冊ベトナムの本を書いているだろう。彼のベトナム観はいつも決まっている。ちょっとシニカルだ。ベトナム万歳みたいなところは少しもない。たいていはせこいベトナム人の話だ。でも神田君は、彼らのことが大好きだ。「ベトナムには99人に不快な目に遭わされても、それを補ってあまりある百人目がいる」が、神田君の愛するベトナムだ。彼の話には貧乏話もある。でも彼はとても貧乏に見えない。そのためこんなに、ベトナムを知っていながら、今でもベトナム人にボラれるという。ボラれることを彼は愉しんでる。だから辛口だけど、とても品がいい。ベトナム人にボラれる、神田君こそ、「百人目の愛する人かも知れない」。だからチュンさんが言っていた。「神田さんは心配だ」と。でもいまや、彼をコントロールしてくれている人がいる。本当のベトナムを知りたい人は、必読であります。
中の写真も全て神田君本人の撮影です
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Hana1

Hana2
●「東京ご近所写真散歩」 h a n a 著  枻文庫  ¥680+税

hanaさんと初めてあった時、写真の上手い人だな、と思った。本格的に写真を撮り始めたのは、数年前らしい。フォトブロガーとして有名だったが、いつの間にかそこから飛び出した。今回は初めての、本だ。テーマは家から半径1キロ以内。子供のから遊びまわっていた場所だ。見慣れたご近所を撮る。いつもあらたな発見がなければ撮れない。学生の頃から中断していた、写真の心は、写真を撮っていなかったときに、培われたのだろう。ご近所をこんな上手くとれるなら、どこに行っても撮れる。
読んで驚いたのは、実に多くのカメラを持っていることだ。こんなにカメラという機械に興味がある女性を知らない。鉄子というのがあるが、実はhanaさんは、「カメ子」だったのだ。彼女の写真のよさは、女なのに(?)男みたいなフェチであるということだ。

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Yamada1
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●「LOVE!LIFE!LIVE」 山田敦士 著 ¥1500+税
山田君は、昨年知り合った。30代前半のちょっとカッコイイ写真家だ。この写真は、富士フォトサロン新人賞を受賞した話題の写真集だ。彼を選んだ、写真家小林紀晴が帯に書いてる。…「極東の、小さな国の、大好きな街で、人が人と出会い触れ、ぶつかる。そこから唯一生まれでる声や、熱や、汗や、涙とか、登りつめた末の知らぬ液体たちに僕は嫉妬する。「いま」の「想い」がここに確かに刻まれている」
・・・・・そう、僕の世代から見ても、山田に関してちょっと嫉妬する。クラブやレイブ、山田のスタンスにちょっとむかつきながらも、ちょっと懐かしい。山田の写真を見ていると、僕が彼と同じぐらいの頃、何をしていただろうかと、思い出すことになる。ああ僕も、こんな風に真面目に、そして乱暴だったのだろうか。
山田は書いている。「声をかけずに撮るときもある。一度会話を交わしてしまうと、どんな形であれ関係が成立してしまうからだ。何も言わずに、出会い頭にカメラを向ける。極めて暴力的な行為かもしれないが、そういう瞬間にしか成立しない関係もある」・・・・・・。巻末にある文章もいい。

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Capa1
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Capa3
Capa4
●「ちょっとピンぼけ」 ロバート・キャパ 著 ダヴィッド社  定価280円

川添浩史 井上清壹 訳  1956年 11月30日 初版発行 

暮にお会いした、吉江雅詳さんから本当に、「ちょっとピンぼけ」の初版本をいただいた。こんな貴重な本をいただいて、キャパの本「ロバートキャパ最期の日」を書いてよかったと思う。キャパがベトナムで地雷を踏んで死んだのが、1954年5月25日。その年、伝説のカメラ雑誌「カメラ毎日」創刊記念にキャパは日本に招待された。キャパ招聘に尽力したのが、川添浩史だ。彼はパリのキャパの親友だ。後に「キャンティ」をオープンさせる。
そんなキャパが日本滞在中、当時世界ナンバーワンのグラフ雑誌「ライフ」から、戦場である仏領インドシナ(ベトナム)取材を要請される。キャパはもう戦争の写真は撮らないと言っていたのに、そして周囲の大反対にもかかわらず、キャパは行ってしまう。そして地雷を踏む。
川添は自分がキャパを日本に呼んだことで死んでしまったことを責める。そして、キャパの母親に貰った、すでに絶版になっていた「SLIGHTLY OUT OF FOCUS」翻訳を決意する。弔いのつもりだったろう。彼らは必死に、キャパの語り口を思い出しながら翻訳した。そして「ちょっとピンぼけ」を出版する。
その本は、日本でベストセラーになる。日本のジャーナリストのバイブルだ。そして絶版になることなく、版を重ねる。日本の中で、ロバート・キャパの「ちょっとピンぼけ」は生きてゆく。キャパは世界中で、日本が一番人気なのだ。今でもキャパの写真展は定期的に開催されている。そんな写真家はどこにもいない。
ベトナム戦争中、日本のカメラマンは、全員「ちょっとピンぼけ」を読んでいた。外国人たちは、本がないから「読めない」。
2000年にやっと、英語版、各国版の「SLIGHTLY OUT OF FOCUS」は、復刻する。「ちょっとピンぼけ」は、やっと世界の文学になった。表紙はブレッソンの写真だ。
吉江さんの書棚にあった、初版本は、50年のにおいが染み付いている。文庫本では読んでいたが、オリジナルは何かが違う。今、一ページ、一ページ大切に読み返している。
PS.
吉江さんが、InternetPhotoMagazineで、NikonD3のフォーマットについて触れている。必見!

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