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6 posts from August 2008

2008.08.31

SIGMA DP1 マニアック・マニュアル まえがき

Gyoendocomo
PM5:21 明治神宮 参宮橋口 宝物殿前 シグママニアックマニュアル P28 本文ではBWになっています。
写真をクリックすると拡大します。
●大胆に手を足を伸ばして寝ている。よくみると中年の女性だった。近づいても気づかないので何枚も撮った。周辺を撮ったあと、またきてみると同じように寝ていた。
Dp1cover200
●おかげさまで、DP1マニアック・マニュアルは、好意的に受け入れられ、初動売れ行きはかなりよいみたいだ。DP1のような小さなマーケットのカメラのムックがでることでじたい、きっと初めてだろう。シグマとしても自社の製品のムックができたことを素直によろこんでくれた。
これは通常のカメラのムックのように、説明書ではわからない多機能な操作を、やさしく解説する本ではない。なにしろ、DP1は少機能であり、極めてシンプルなカメラだからだ。
この本は、カメラの使用法ではなく、DP1を持った一人のカメラマンである僕が、何を考え、写真を撮ったかのドキュメンタリーなのだ。だから一般論ではない。やさしく解説したけど、深い意味がある本だと思っている。
で、この本の、まえがきをちょっと紹介したいと思います。

はじめに   横木安良夫

 SIGMA DP1をはじめて触ったときの戸惑いは忘れられない。小ぶりな化粧箱の隅っこに、主役であることを遠慮するかのように、そのカメラは潜んでいた。バッテリーを入れ、SDカードを装填してスイッチを入れる。すばやく起動し、レンズが飛び出す。背面のモニターをのぞいてみる。最新のデジカメのモニターにしてはくすんだような画面。シャッターを半押しにして、ピントを合わせる。遅いフォーカススピード。あれと思う。JPEGにしてシャッターを押してみる。モニターに砂時計マークが表示され、消え、今度は、豆粒のような赤いランプが瞬く。その間約4秒。「なに! 1枚撮ると4秒待たなくてならないの?」。RAWはどうだろうかとテストしてみると8秒もかかる。「おいおい使えないじゃないかこのカメラ、いまどきどうやって撮るんだよ」。いろいろ触っていると、1秒間に3コマ連写できるモードがあった。試すと軽快だ。しかし次の撮影までに15秒はかかる。僕は、コンパクトデジカメの概念をはずれた、いや現代のデジタル一眼の世界からははるかに遠いこの未来カメラを、ため息をついてテーブルの上に置いた。
 DP1が開発されているとアナウンスされたときのことは、いまでもよく覚えている。コンパクトデジカメのボディにデジタル一眼級の大きなイメージセンサーを搭載。35mmフルサイズではないが、主流のAPS-Cサイズが搭載されている。なんだ、やればできるんじゃないかと僕は溜飲が下がった。なぜならフィルム時代のコンパクトカメラは、35mmフルサイズのフォーマットだったじゃないか。その半分の、ほぼハーフサイズのAPS-Cのイメージセンサーでコンパクトデジカメができないということが不思議でならなかったからだ。幾人かの技術者に聞くとデジタルは機構上、フィルムカメラよりはるかにレンズの設計がむずかしいという。
 コンパクトデジカメは、ビデオカメラの静止画から発展したようなもので、初期にはコスト的にも小さなセンサーを使うことは必然だった。大きなセンサーは、プロの機材ならともかく高くつく。そうこうしているうちに、その小さなセンサーのコンパクトデジカメは急速に進化した。僕はコンパクトデジカメはそれでいいんだと言い聞かせていた。そんなとき、DP1の発表だ。これこそが理想のコンパクトデジカメだ。そう思った。
 ところが、DP1がアナウンスされたあと、なかなか発売日が決まらない。もしかして無理だったのか、と諦めかけたところ、驚きの低価格で発売された。けっして多くが売れるカメラじゃない。小さければ安くなるわけじゃないからだ。

FOVEON X3というシグマの選択

 シグマといえば、僕はレンズメーカーというイメージをもっている。デジタル時代になり、SD14のような一眼レフも作った。それは一般的なベイヤー配列のイメージセンサーではなく、米国生まれのFOVEON X3というユニークな構造のセンサーを採用していた。当然、DP1も同じFOVEON X3を使っている。
 FOVEON X3はほかとなにが違うのだろうか。それはイメージセンサーのカラー受光部が、銀塩カラーフィルムと同じように重層的に配置されている。一般的なCCDやCMOSは、ベイヤー配列といって、ひとつの面にRGBを規則的に並べ、例えば1,200万画素ならひとつの色は600万画素(G)、300万画素(R/B)でしか受光していない。足りない分を画像処理演算によって作りだし、1,200万画素の色情報として存在させている。
 FOVEON X3は460万画素をRGB三層に配置し、色情報はダイレクトに均等に記録される。画像補間で色を作っていないため、銀塩フィルムのような自然な色再現やぼけの描写が可能だといわれる。
 ただ開発競争のあるベイヤー配列のセンサーは、進化のスピードが速いぶん有利な面もある。僕の個人的な感想は、どちらが優れているかということではなく、思想の違うものがいくつも存在することは、ユーザーとしては贅沢な選択ができる、というものだ。銀塩のフィルムだって、コダックとフジフイルムの違いは大きかった。
 さて、イメージセンサーの大きな1,400万画素級コンパクトカメラDP1を使いはじめて、さまざまなことを考えるようになった。それはDP1が、高度な趣味のカメラだと気づかされたからだ。趣味とはゆとりだ。ならば落ち着いて撮ることだ。このカメラは究極のスローカメラだ。ゆっくり撮るからこそ見えてくる世界、撮れる世界がある。だからこのカメラで仕事をすることは、めったにないだろう。仕事だったら大きなカメラだっていい。でも、日常生活を味わいながら写真を撮るなら、カメラがコンパクトであることはそれ自体が性能だ。それに小さなカメラは被写体に無用な圧力をかけない。人物を撮るとき、相手のレンズを見る気持ちが全然違う。

失敗することの大切さを教えてくれる

 DP1はいつも肩にかけ、もしくはバッグに潜ませておける。気負うことはない。撮影したくなったらいつだってカメラを携帯できる。DP1以外にもう一台コンパクトデジカメを持つことだってできる。そしてこのDP1は、気まぐれに写真を撮ろうと思ったとき、デジタル一眼と同等のクオリティをもった写真を撮ることができる偉大なカメラだ。
 でもこのカメラをなめてはいけない。漫然と撮れば、失敗ばかりだろう。でも、思い出してほしい。かつて写真をうまく撮ることは決してたやすいことではなかったのだ。どんな撮影だって、たとえばスナップ写真でさえ工夫の連続だった。工夫すればオートフォーカス以前のカメラだって動きの速いものをスナップできた。ワイド系レンズを使うなら、現代のオートフォーカスを使うよりずっとすばやく写真が撮れた。
 DP1を使っているとそんな時代を思い出す。撮影のタイミングをはかるということは、周囲を観察することだと。ファンダーを四隅まで舐めるように見るなんて、一眼レフカメラが全盛になってからのことだ。それ以前のカメラのファインダーは、照準だった。ファインダーをのぞくより、肉眼で、いや五感で周りを観察しながら撮ったものだ。屋外でハッセルブラッド500CMで速写できただろうか。DP1を使っていると、かつての中判カメラで撮ったときのことを思い出す。だからこのスローなテンポの撮影は決して特別なことなんかじゃない。周囲を感じながら撮れば写真が上達する。僕はDP1を手にして、毎日格闘した。きっとすばやいファーストカメラしか知らない人は、DP1を使うことによって、必ず写真が変わる。
 「さあ、この曲者カメラ、どうやって使ってやろう!」
Yamayuri
am9:42 山ゆり 白金 DP1MM p72 本ではモノクロで紹介しています。
写真をクリックすると拡大します。
●花を撮りたくて国立科学博物館自然教育園に行った。ところが花がぜんぜんなかった。夏の自然の森とはそんなものなのだろう。と思ったら山ゆりを見つけた。柵のなかにあったので、クローズアップレンズをつけたDP1を1脚につけ、一脚の足を又の間にはさんで、固定し手を最大に伸ばして撮った。

本の内容のさわり

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2008.08.22

SIGMA DP1 マニアック・マニュアル本日発売!

Cover500
●本日、8月22日(金)、全国書店で、SIGMA DP1 マニアック・マニュアルが発売される。
AMAZON
★AMAZON  
●定価 1600円+税 ㈱インプレスジャパン デジタルカメラマガジン別冊MOOK
●15.5x21cm、厚さ1cm弱のコンパクトな本だ。 112ページ
●AD デザイン AR 菊池美範 吉光さおり 
●編集 小倉雄一●進行 島村正人●編集長 川上善哉
★本の内容、さわり。
立ち読み

ようやく、DP1MOOKが完成し、昨日5冊送られてきた。
Coverr01
本格的に、マニュアル本を一冊携わるのは、初めてだ。編集者はそういうものだとおもうが、カメラマンはたいてい複数たて、ページを割り当てられる。普通の雑誌をつくるのと同じだ。今回は、新しいこころみで、一冊全部を一人のカメラマンでやってみた。普段からコンパクトカメラを使い慣れていることもあるし、このブログでも、DP1について発売当初熱く書いたこともある。そのへんがDCMの編集長の目に止まったのだろう。
現代のカメラとしては、「なんだこりゃ」という驚きもあったが、このカメラによって僕自身いろいろなことを考えさせられた。だからやることを決めたときに、写真は絶対に、「作例写真」にならないように、気をつけた。一枚一枚の写真が、どれも僕の写真として成立するようにこころがけた。正直、写真はちょっと自信作だ。写真集ではないが、写真をみるだけでも楽しめると思う。
Coverr02
表紙カバーをめくると、モノクロの表1になっていて、そこにも写真がある。AD菊池さんのちょっとした遊びだ。
Suridashi
印刷されたばかり、これから折が加えられれ、製本に回される。

印刷は入稿した後、初稿がでる。それをなんどか校正する。実は印刷システムはデジタルでも、最後に紙にプリントするのは、アナログの世界だ。印刷職人の技でもある。しかも、校正を小部数印刷する校正機と、本機といって大量に印刷するのは、実は違う印刷機だ。印刷する場所も違うところにあることが多い。
校正され修正された版をj本機にセットし、校正紙の指示をみながら、違う職人が印刷する。それはまさに、超アナログの世界だ。デジアル時代だというが、紙媒体の最大の魅力は、情報を作っているのではなく、最終的に「物」を作っている面白さだ。
刷りだしを立ち会うことは、写真集ではよくあることだ。でもMOOKにカメラマンが行くことはほとんどないだろう。
それだけ、印刷のできに不安があったわけだけど、なおったこともあるし、なおらなかったこともある。
でも、昨日とどいた、見本誌を見ると、本「BOOK」の魅力は、特別なものだと感じさせられる。
きちんと製本された完成形は、もうこの世界に存在し、じたばたしてもしょうがない。生まれてしまったのだ。
生まれてしまった子供はどれも可愛い。
この本をいったいどのくらいの人が手にとり、楽しんでくれるか、どきどきする。
ちょっと書店に行ったら、是非手にとってください。気に入ったら買ってくださいね。DP1を持っていなくても、所有する予定がなくても、読み物として、写真をみるだけでも、楽しめるようになっています。
フォトカフェ DP1打ち上げ、その1の写真がある。

☆☆☆☆☆☆

●さて、DP1MOOK発売記念に便乗キャンペーンとして、他の本も紹介します。
Coversnapshot380
「横木安良夫流スナップショット」  
amazon
レビュー

この文庫本を出して本当によかったと思っている。もちろん賛否あることは当然だろう。そそのかされてはいけないと書いてあったBLOGもあった。でも、カメラ雑誌でも、スナップショットの特集をはじめたし、決してSNAPSHOTはよき時代の昔の手法なんかじゃないと、気づいてくれたひとも多い。今月号、9月号の日本カメラでも、おじさんのためのスナップ写真なんてことを、もっと違う言い方だったかな、「大人の男のため」だったかな、どちらでも同じだが、僕が渋谷と六本木でGX200でスナップしているところを、ドキュメントしてある。実はちょうどDP1の写真をとってるいるときで、場所は重複している。DP1の本を買う人は、まだSNAPSHOTを買っていない人は、一緒にどうぞ。スナップするときの、根性を参考にしてください。写真も沢山載ってます。

●さて、次は2006年に出版した写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」だ。
Anohinokarekanojo380cover
これは、僕のSNAPSHOTの原点ともいえる写真集です。大学1年本格的に写真をはじめた18歳から、卒業し、アシスタントになって、その間も撮り続け、26歳にプロの写真家として仕事を始めるまでのモノクロ写真324点で構成されています。アートディレクターは原耕一さん。角田光代さんが、短編小説を寄稿しています。僕がむりやりくどいて書いたもらったものです。もともとのタイトルは、CSNYの「Teach Your Children1967-1975」だったのですが、角田さんが書いてくれた短編のタイトルが、「あの日の彼 あの日の彼女」だったので、それを拝借しました。アスコムは今年の春経営が悪化して、この本はもう絶版だと思います。アマゾンの中古でも5000円ぐらいしますが、発行部数も少ないので、値上がりするでしょう。
サイゴンの昼下がり  新潮社
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この本は、僕が1994年初めてベトナムに行き、はまってしまい、1999年に新潮社から発売しました。すぐに売れて、増刷を期待されましたが、このころ新潮社はフォトミュゼというコンパクトな写真集を作っていて、どれも完敗そのなかで、この本は初版がまたたくまに売れたのに、営業サイドが、損しなかったのだからと、なかなか増刷せず放置されやっと一年半後、やはりオーダーが多いので、しかたがなく増刷。写真集は文字だけの本と違って印刷コストが何倍も違う。そのため、少しずつの増刷が難しいという理由もある。
タイミングをいっしたため、定価2700円を3000円にUP、まあそれでも売れたからいいけど・・・・もしかしたらベストセラーになったかも。出版業界って、商品のビジネススとしての見極めがきわめて甘い世界、出版不況もこのへんに原因があるのだと思う。それもいまや絶版。ひところはあまり流通してなく、僕も一冊もなくなってしまったので、アマゾンで安く出たときには、買い占めていた。ところが、最近SNAPSHOTを出してから、この本が中古でよくでてくる。今は1000円代のほんもある。買い時だと思います。ベトナムの本としては、ベストの本だと自負しています。

ロバート・キャパ最期の日
Capacover380
この本は、僕の最高傑作だと思っている。写真はほとんどない。純粋なノンフィクションだ。
写真家である、僕が、それもコマーシャル写真家だと思われていた僕が、偉大な戦争写真家ロバート・キャパのことをなぜ書くの、おかしくなったんじゃないか、と以前 五味 彬が言った。そうおかしいのだ。戦争写真家と僕に何の接点があるのか。写真家としての僕のことを少しでも知っている人は皆そう思っただろう。もちろん接点はある。それはベトナムと一ノ瀬泰造だ。
一ノ瀬は映画「地雷を踏んだらさようなら」で一躍有名になったが、彼は僕の大学のクラブの一年先輩だ。彼はインドシナ半島、カンボジアのアンコールワットで、無名のまま殺された。
一方ロバート・キャパは、死の瞬間まで、大スターとして記録されている。
死の直前、カメラ毎日創刊に招待され、日本に滞在していた。そんな時、グラフ雑誌全盛時代の「ライフ」から、インドシナ(ベトナム)での戦争取材を打診される。戦争の写真はもう撮らない、どころか、もう写真の時代じゃない、テレビの時代だとさえ言っていたキャパは、日本に来て、数千枚の写真を撮る。そして、日本は「写真のパラダイスだ」(ピクトリアルパラダイス)とさえ言った。そしてこの写真をまとめて、写真集を出すと。そのときのタイトルは「THE EYE FORGET」だ。おわかりだろう、それを拝借したのがこのブログのタイトルだ。
結局キャパは、日本取材の半分でインドシナに行った。そして地雷を踏んで死んでしまう。しかも、通説のキャパは日本で大歓迎にあい、写真展を開けば長蛇の列だったといわれているが、僕が調べたらそれは全部間違いだった。キャパの写真展が長蛇の列になったのは、キャパが死んだあとの写真展だ。
日本にキャパが来たとき、キャパを知っているのは、写真関係者のごくごく一部だった。彼の撮った写真も、毎日の写真部やアマチュアカメラマンからの評価も高くなかった。キャパは死んで、日本で同行取材した、編集者金澤秀憲は、キャパの日本で撮ったキャパの写真集を作ろうと奔走したが、売れないからとかなわなかった。
キャパは日本で本当に有名になったのは、死後、親友だった、後にキャンティのオーナーになった川添浩史が、日本に呼んだ自分たちがキャパを殺したと思い、追悼の意味で、すでに絶版になっていた、「スライトリーアウトオブフォーカス」をキャパの母親からもらい、それを訳してダビッド社からだしたのだ。
それが日本では、ジャーナリストのバイブルになった。日本のジャーナリストで「ちょっとピンボケ」を読んでいないひといないだろう。その後のベトナム戦争で多くのカメラマンが戦場に行ったが、日本のカメラマンは全員読んでいる。でも外国のカメラマンは誰も、その存在を知っていたが読んでいたわけではないのだ。そういう意味で、キャパは日本で生き続けたのだ。写真展をすれば、いつもいっぱいだ。
英語版が復刊するは、2000年になってからだ。
さて、長くなったが、僕はベトナムで死んだキャパの死の土地を訪れ、花でもたむけようと1998年の秋探した。キャパの伝記、沢木耕太郎訳を読みながら、その土地を訪れたが、なにしろ、地名から、時間まで、克明に記録されていたから簡単に見つかると思った。ところが、その土地に立つと、そこにはそんな名前の地名も、なにもなかった。僕は狐につままれたような気分になり、次は下調べをきちんとして、キャパの最後の土地を探そうと決めた。それがかなうのは、キャパ没、50年の2004年のことだ。その顛末を、「ロバート・キャパ最期の日」では書いている。
来年キャパ没55年だ。この本は、色々権利関係もあり、かなわなかったが、もっと昔のキャパの写真や、未公開のコンタクトプリントをふんだんに使った、そして2004年僕が同じ場所で撮った写真を構成して、英語版でだしたいと思っている。もちろん日本語版もだ。そのまえに、この本は、まだ絶版になっていないので、皆さんが読んでくるれると、僕のプランが現実的になるので、よろしくお願いします。
キャパについての、BLOGは、ここです。


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2008.08.16

DP1 夏 オリンピック JUDO 柔道

Sdim0034natsu_2
DP1 中目黒
 連日暑い。まわりが夏休みだから、僕も夏休みだ。DP1本「DP1マニアック・マニュアル」のために、この一ケ月は回っていた。だから知らないうちにオリンピックが始まっていた。開会式を見たのは、デジタルカメラの編集部だった。
今回のオリンピックの個人的な興味は、北島の水泳と女子バレー、バトミントン、野球、柔道、女子レスリング、女子マラソン、残念ながら天才野口みずきの欠場と、非常に残念だけど。それと室伏・・・・。フェンシングには驚いた。太田雄貴。昔、本当に昔だけど、東京オリンピックの頃(1964年)、フェンシングはめちゃめちゃかっこよく見えた。剣道とは違う、宇宙人みたいなかっこうに憧れた。それがいつの頃か、テレビで見ることもなくなり、オリンピックのときもほとんど紹介されることもなく、なくなってしまったかと思ったときに、快挙だ。もっとも彼はアジアチャンピョンだったが、そんなこと誰も知らなかった。
水泳の北島は、興奮させられたけど、順当だったのだろう。まあ、僕はミーハーな観客ということだ。

このサイトでスポーツのことを書くことはあまりないけど、ちょっと気になっていることを書く。
それは柔道とJUDOについてだ。僕は柔道の経験はないが、格闘技を見ることは好きだ。相撲もレスリングもプロレスも、総合もK1も柔術もだ。
今回のオリンピックでは、JUDOの審判については、弱冠は不満があるものの、以前ほどひどくはないと思った。これまでのオリンピックの審判はほんとうにひどかったからだ。
それは、柔道がJUD0、ジャケットレスリングになったことを、日本の柔道関係者が、いつまでも認めなかったことに関係しているのだろう。テレビの解説者は、柔道解説者で、JUDO解説者じゃないので、だからピントがいつもはずれていた。解説者がどちらが勝っているのか分かっていない事態だった。

今や、いわれるようにJUDOは、柔道ではない。
それなのに今、柔道をJUDOに合わせようとさえしている。
そうではなく、僕は逆説のようだけれど、
きちんと「講道館柔道」を立て直すことこそが、
これからのJUDOとの共存ができるのだと思う。
それは、JUDOと柔道をきちんと分けることだと思う。違う格闘技なのだ。

それには、本来の国際化する以前の「講道館柔道」を、きちんと復活させることだと思う。
JUDOではなく、例えば講道館柔道の国際大会を年1度、日本で開くことだ。
もちろんJUDOのチャンピョンだって参加できる。
でも、ルールはスポーツとしてのJUDOとは違うものだ。基本は一本勝ちだ。

講道館のチャンピョンが、JUDOのチャンピョンとは違うかもしれない。
当然だろう。それでいいじゃないか。その正統的な柔道と、
国際的なスポーツとしての柔道を共存させればいいことで、
柔道家がJUDOをするときには、頭を切り替え、
異種格闘戦にでも参加するように、挑戦すればいいのではないか。
今のJUDOは柔道ではないのだから。
このままだと、JUDOに対応するために、柔道を変えてしまうような気がする。

僕は、JUDOは嫌いじゃなない。ある意味とても実戦的だと思う。
それは、ファーストコンタクトが厳しくなったことだ。昔の柔道は正々堂々組あった。
でも他の格闘技を見るとわかるだろうが、どうやって組むかで勝敗は決する。
K1ならあたりまえだけど、組むことさえできない。
今のJUDOの組むまでの厳しさは、実践的だと思う。きっと格闘家になっても成功するだろう。
でも、寝技にすぐ待てはナンセンスだ。もっと先があるだろうと思う。
まあ、スポーツだから、寝技の関節技は凶器だから、JUDOでは無理だろう。
だからこそ、「講道館柔道」の復活を!きっと総合格闘技に近いものになるかもしれない。

なんて、22日発売のDP1本とは関係ない話題で。
写真は、イチジクの青い実に惹かれて撮った。夏の青い空、古いアパートの入り口。このまま僕が東京オリンピック見た年の夏(オリンピックは10月だったけれど)と、大して変っていない懐かしい光景。もっとも給水タンクと奥の新しいビルはなかったこととし見た場合だが。今と昔がミックスしているのがおもしろいのだ。
●さて、20日発売の日本カメラ9月号では、「大人の男の上手なスナップ術」という特集があります。大人の男のためとは、僕は思ってませんが、スナップの実戦を6ページに渡って紹介しています。そのときのカメラはGX200でした。

●同じく、20日発売のデジタルフォトの連載、「GIRLS IN MOTION」では、僕の友人である、19歳のロシア人を新宿西口で撮っています。ちょっと好きな感じで撮れているので是非ご覧ください。

●そして、もちろん22日発売のDP1の本。これはDP1に興味がないひとでも、十分楽しめる内容になっています。DP1のような、マニアックなカメラで写真を撮ることがテーマだからです。
それに、28mmワイドレンズ論、写真論でもあります。
レタッチについても、書いてあります。
ですから、DP1ばかりではなっく、
他のカメラにも応用できる内容です。どうぞ手にとってみてください。

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2008.08.10

DP1とGX200

Sdim0217odaibatate
DP1 お台場
Sdim0009_1100
DP1 世田谷 写真をクリックすると拡大します。

Dp1cover200

「SIGMA DP1 マニアック・マニュアル」の今日が校了。●今日も夕方から編集部に行った。今日は本来休みなので、入り口のシャッターが下りていて入れなかった。実は、携帯を忘れてしまった。誰かが入るのを待つしかないと思ったが、先日夜、編集者と食事に行って入るとき、やはり正面がしまっているので、編集部を呼び出しているところを見ていた。マンションの入り口と一緒だ。それを思い出し、適当にいくつか番号を押したら、編集部がでた。運がいいい。
そうじゃなければずっと外でまっているところだった。編集部は、編集長の他数名。この本のと他にも本誌の校了中?なのだろうかいた。この本のADのKさんもいた。初稿を見て、印刷の指示、それが終わってから、またまた文章のチェックをした。いつもだったら、書きっぱなしだけれど、今回は雑誌の入稿のように同時進行でだったので、ページによってかなり直したところがある。インライン編集をする、この本の担当のO君のとなりで、一緒にやってしまう。いやーなかなかこんなに、細かく編集したのは初めてで貴重な経験だった。

●このところDP1で撮った写真ばかりを載せいていたが、先日福島県の猪苗代に行き、喜多方、会津若松、のその近くの大内宿に行った。昔の宿場町がそのまま500メートルぐらい保存されている。それにテーマパークではなく、そこできちんと生活している。
●これは、ちょっとまだ発表できなが、11月にあるイベントをするためのロケハンだった。桔梗が咲いていたので、GX200で撮影。
なにをするかは、9月に入ったら発表します。それまでお待ちください。
Ouchijuku

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2008.08.08

DP1マニアックマニュアル佳境

Dp1cover200_2

8月22日発売される、SIGMA DP1 マニアック・マニュアルは、
今週が校了だ。
写真集などと違い、ムックは雑誌とほぼ同じスケジュールで制作される。
デジタルカメラの本誌が20日発売だから編集部は夜遅く、深夜になっても大勢がのこって仕事をしている。
今回のムックは、DP1で撮った写真は全部僕の撮り下ろしだ。
通常カメラのムックは数人のカメラマンをたて、数ページから、十数ページを分担する。
新しいカメラのインプレッションとして、自分のスタイルで撮り、個人的なインプレッションを書けばいい。
まあ、特に僕のようなメカにあまり詳しくないカメラマンに求められているのは、
カメラやレンズの性能うんぬんより、そのカメラでどんな写真が撮れるか、
そして作例ではなく、ちゃんとした僕の写真が求められている。まあ、僕は作例も撮れないし
、自分の写真しかないわけだけから、どんなカメラを使っても、
べつに特別苦労しているわけじゃない。写真の良し悪しは、カメラにあるのじゃなく、
僕自身だからだ。
さて、こんかい一人で、一冊のMOOKを担当した。僕はそれをちょっと甘く考えていた。
写真を撮ることは問題ない。ただ、この本は、
数号前にデジタルカメラの新編集長になったK氏が(サーファーだ)、
DP1で写真を撮ることに目覚めたため、
彼の肝いりで作ることになった本だ。だから彼が一番熱い。
そのため、いつもの僕の本のように、写真と文章を書きっぱなしと言うわけにはいかず、
なにしろ僕がそれまで出してきた本は、あくまで書籍で、MOOKではなかったので、
写真+文という、セッションのようなものだ。
今回求められているのは、もう少し丁寧なつくり(良い悪いではない)になっているので、
僕はまるで雑誌の編集者のように、編集部に行って、文字を直したり、書いたり、している。
編集者からいわせれば、たいした労力ではないのかもしれないが、楽しんでいることは事実だ。
なにより、仕事場でひとりで原稿を書くのと気分が全然違う。
Meguro1000
DP1 目黒 写真をクリックすると拡大します。

もともと僕は、同じ場所で書くとあきてしまうし、気が散るので、編集部で書くのは嫌いじゃない。
特にデジタルカメラでは、毎月、フォトコンテストの選評をしているので、
まあ枚数も日本カメラのときのように何千枚もくるわけじゃないので、
毎回写真を選んだらすぐに編集部で書いていた。もって帰ると、
書くの時間がかかるからだ。日本カメラのときは、写真を選んでからすぐに書けばいいものの、
いつも締め切りぎりぎりまで書けなかった。
編集部で書くのは、まるで図書館と同じような、勉強モードではないが、
場に、仕事モードのオーラがあり、能率がいい。だから、今回もかなりの原稿は編集部で書いた。
と言うのは嘘で、最初はわがままをいって、会議室を空けてもらったり、
贅沢していたが、だんだんいつものように編集部の打ち合わせテーブルで書いている。
必需品は耳栓だけだ。よく近くのファミレスでも書くが、やはり耳栓があると集中できる。
Setagaya01_1000
DP1 世田谷 
編集部で書いていて、今のように最終の追い込みの編集員たちを見ていると、
すごくハードに仕事しているんだとちょっと尊敬する。
入稿、校了など徹夜はあたりまだとは知っているが、実際はそん場に僕はいることはなく、
とっくに写真を入稿しているので、あとは校正刷りがあがるのを待つだけで、
意外とのんびりしているときだから彼等と接点はない。だから彼等のハードな様子は気にもしてなかった。
よく、そんな時に編集部に電話して、飲みに行こうよなんて強引に誘ったりすると、
どんなに迷惑かよくわかった。
まあ、編集部にもよりけりだけど、カメラ関係は細かいことも多いし、頭がさがる。
僕のように、勢いで写真を撮り、勢いで文章を書いているわけだから、
そのあとの編集の作業がいかに面倒か、ちょっとはわかった。
まあ、長年やっているので、本当はわかっているけど、そのあたりは目をそらしていた。
今日も、ロケハンのあと、夕方は編集部に行く。
どんな本ができるのか、お楽しみに!

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2008.08.03

SIGMA DP1 マニアック・マニュアル

Cover500
SIGMA DP1 マニアック・マニュアル 表紙 
AD Yoshinori Kikuchi Cover photo Takehiro Kato
¥1680 8月22日発売 インプレスジャパン デジタルカメラマガジン 別冊
表紙ができあがってきた。結構カメラよりの表紙だが、中身は決してメカよりではない。メカよりならば、僕の出番はない。なかの写真は、物写真、イラスト以外は全ての僕の撮りおろし写真だ。
この1ケ月集中して撮った。テーマは、「東京景色」といったところだろうか。東京を外国人の目でみてみた。なんてわけないか。さて、DP1で何が撮れるだろう。
Sdim1033a
新宿副都心線、渋谷駅?だったと思うエスカレーターで。DP1 ISO400 30分の1 F4 Raw+CReCo 
写真をクリックすると、拡大します。この写真は、未掲載です。

当然、明室CReCoしてます。本のなかでも、PhotoshopElement6.0を使ったCReCoのやり方を紹介しています。

●前回、DP1、GX200流用可動キャップの、完成形を紹介すると書いたが、実はとっくにできあがっていた。DP1のキャップに穴をあけ、GX200の可動キャップを接着している。そうすると、3枚のハネがけられるので、内側に少しガイドをつけている。AMAZONでこの本が予約開始しているが、すでににGX200のキャップを購入している人がいるのに驚いた。きっとここを見て買ったのだろう。
R8863198capgx200
DP1のキャップにGX200のキャップを接着。その上からビニールテープで補強している。たぶんもう完全に接着しているので、不要だと思おうが、このビニールな感じが気にいっているので。
R8863198cap200
GX200よりは、ハネが前にとびだす。ハネの裏側にガイドをつけてこのぐら開くようにしないと、けられてしまう。

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