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2008.08.22

SIGMA DP1 マニアック・マニュアル本日発売!

Cover500
●本日、8月22日(金)、全国書店で、SIGMA DP1 マニアック・マニュアルが発売される。
AMAZON
★AMAZON  
●定価 1600円+税 ㈱インプレスジャパン デジタルカメラマガジン別冊MOOK
●15.5x21cm、厚さ1cm弱のコンパクトな本だ。 112ページ
●AD デザイン AR 菊池美範 吉光さおり 
●編集 小倉雄一●進行 島村正人●編集長 川上善哉
★本の内容、さわり。
立ち読み

ようやく、DP1MOOKが完成し、昨日5冊送られてきた。
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本格的に、マニュアル本を一冊携わるのは、初めてだ。編集者はそういうものだとおもうが、カメラマンはたいてい複数たて、ページを割り当てられる。普通の雑誌をつくるのと同じだ。今回は、新しいこころみで、一冊全部を一人のカメラマンでやってみた。普段からコンパクトカメラを使い慣れていることもあるし、このブログでも、DP1について発売当初熱く書いたこともある。そのへんがDCMの編集長の目に止まったのだろう。
現代のカメラとしては、「なんだこりゃ」という驚きもあったが、このカメラによって僕自身いろいろなことを考えさせられた。だからやることを決めたときに、写真は絶対に、「作例写真」にならないように、気をつけた。一枚一枚の写真が、どれも僕の写真として成立するようにこころがけた。正直、写真はちょっと自信作だ。写真集ではないが、写真をみるだけでも楽しめると思う。
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表紙カバーをめくると、モノクロの表1になっていて、そこにも写真がある。AD菊池さんのちょっとした遊びだ。
Suridashi
印刷されたばかり、これから折が加えられれ、製本に回される。

印刷は入稿した後、初稿がでる。それをなんどか校正する。実は印刷システムはデジタルでも、最後に紙にプリントするのは、アナログの世界だ。印刷職人の技でもある。しかも、校正を小部数印刷する校正機と、本機といって大量に印刷するのは、実は違う印刷機だ。印刷する場所も違うところにあることが多い。
校正され修正された版をj本機にセットし、校正紙の指示をみながら、違う職人が印刷する。それはまさに、超アナログの世界だ。デジアル時代だというが、紙媒体の最大の魅力は、情報を作っているのではなく、最終的に「物」を作っている面白さだ。
刷りだしを立ち会うことは、写真集ではよくあることだ。でもMOOKにカメラマンが行くことはほとんどないだろう。
それだけ、印刷のできに不安があったわけだけど、なおったこともあるし、なおらなかったこともある。
でも、昨日とどいた、見本誌を見ると、本「BOOK」の魅力は、特別なものだと感じさせられる。
きちんと製本された完成形は、もうこの世界に存在し、じたばたしてもしょうがない。生まれてしまったのだ。
生まれてしまった子供はどれも可愛い。
この本をいったいどのくらいの人が手にとり、楽しんでくれるか、どきどきする。
ちょっと書店に行ったら、是非手にとってください。気に入ったら買ってくださいね。DP1を持っていなくても、所有する予定がなくても、読み物として、写真をみるだけでも、楽しめるようになっています。
フォトカフェ DP1打ち上げ、その1の写真がある。

☆☆☆☆☆☆

●さて、DP1MOOK発売記念に便乗キャンペーンとして、他の本も紹介します。
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「横木安良夫流スナップショット」  
amazon
レビュー

この文庫本を出して本当によかったと思っている。もちろん賛否あることは当然だろう。そそのかされてはいけないと書いてあったBLOGもあった。でも、カメラ雑誌でも、スナップショットの特集をはじめたし、決してSNAPSHOTはよき時代の昔の手法なんかじゃないと、気づいてくれたひとも多い。今月号、9月号の日本カメラでも、おじさんのためのスナップ写真なんてことを、もっと違う言い方だったかな、「大人の男のため」だったかな、どちらでも同じだが、僕が渋谷と六本木でGX200でスナップしているところを、ドキュメントしてある。実はちょうどDP1の写真をとってるいるときで、場所は重複している。DP1の本を買う人は、まだSNAPSHOTを買っていない人は、一緒にどうぞ。スナップするときの、根性を参考にしてください。写真も沢山載ってます。

●さて、次は2006年に出版した写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」だ。
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これは、僕のSNAPSHOTの原点ともいえる写真集です。大学1年本格的に写真をはじめた18歳から、卒業し、アシスタントになって、その間も撮り続け、26歳にプロの写真家として仕事を始めるまでのモノクロ写真324点で構成されています。アートディレクターは原耕一さん。角田光代さんが、短編小説を寄稿しています。僕がむりやりくどいて書いたもらったものです。もともとのタイトルは、CSNYの「Teach Your Children1967-1975」だったのですが、角田さんが書いてくれた短編のタイトルが、「あの日の彼 あの日の彼女」だったので、それを拝借しました。アスコムは今年の春経営が悪化して、この本はもう絶版だと思います。アマゾンの中古でも5000円ぐらいしますが、発行部数も少ないので、値上がりするでしょう。
サイゴンの昼下がり  新潮社
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この本は、僕が1994年初めてベトナムに行き、はまってしまい、1999年に新潮社から発売しました。すぐに売れて、増刷を期待されましたが、このころ新潮社はフォトミュゼというコンパクトな写真集を作っていて、どれも完敗そのなかで、この本は初版がまたたくまに売れたのに、営業サイドが、損しなかったのだからと、なかなか増刷せず放置されやっと一年半後、やはりオーダーが多いので、しかたがなく増刷。写真集は文字だけの本と違って印刷コストが何倍も違う。そのため、少しずつの増刷が難しいという理由もある。
タイミングをいっしたため、定価2700円を3000円にUP、まあそれでも売れたからいいけど・・・・もしかしたらベストセラーになったかも。出版業界って、商品のビジネススとしての見極めがきわめて甘い世界、出版不況もこのへんに原因があるのだと思う。それもいまや絶版。ひところはあまり流通してなく、僕も一冊もなくなってしまったので、アマゾンで安く出たときには、買い占めていた。ところが、最近SNAPSHOTを出してから、この本が中古でよくでてくる。今は1000円代のほんもある。買い時だと思います。ベトナムの本としては、ベストの本だと自負しています。

ロバート・キャパ最期の日
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この本は、僕の最高傑作だと思っている。写真はほとんどない。純粋なノンフィクションだ。
写真家である、僕が、それもコマーシャル写真家だと思われていた僕が、偉大な戦争写真家ロバート・キャパのことをなぜ書くの、おかしくなったんじゃないか、と以前 五味 彬が言った。そうおかしいのだ。戦争写真家と僕に何の接点があるのか。写真家としての僕のことを少しでも知っている人は皆そう思っただろう。もちろん接点はある。それはベトナムと一ノ瀬泰造だ。
一ノ瀬は映画「地雷を踏んだらさようなら」で一躍有名になったが、彼は僕の大学のクラブの一年先輩だ。彼はインドシナ半島、カンボジアのアンコールワットで、無名のまま殺された。
一方ロバート・キャパは、死の瞬間まで、大スターとして記録されている。
死の直前、カメラ毎日創刊に招待され、日本に滞在していた。そんな時、グラフ雑誌全盛時代の「ライフ」から、インドシナ(ベトナム)での戦争取材を打診される。戦争の写真はもう撮らない、どころか、もう写真の時代じゃない、テレビの時代だとさえ言っていたキャパは、日本に来て、数千枚の写真を撮る。そして、日本は「写真のパラダイスだ」(ピクトリアルパラダイス)とさえ言った。そしてこの写真をまとめて、写真集を出すと。そのときのタイトルは「THE EYE FORGET」だ。おわかりだろう、それを拝借したのがこのブログのタイトルだ。
結局キャパは、日本取材の半分でインドシナに行った。そして地雷を踏んで死んでしまう。しかも、通説のキャパは日本で大歓迎にあい、写真展を開けば長蛇の列だったといわれているが、僕が調べたらそれは全部間違いだった。キャパの写真展が長蛇の列になったのは、キャパが死んだあとの写真展だ。
日本にキャパが来たとき、キャパを知っているのは、写真関係者のごくごく一部だった。彼の撮った写真も、毎日の写真部やアマチュアカメラマンからの評価も高くなかった。キャパは死んで、日本で同行取材した、編集者金澤秀憲は、キャパの日本で撮ったキャパの写真集を作ろうと奔走したが、売れないからとかなわなかった。
キャパは日本で本当に有名になったのは、死後、親友だった、後にキャンティのオーナーになった川添浩史が、日本に呼んだ自分たちがキャパを殺したと思い、追悼の意味で、すでに絶版になっていた、「スライトリーアウトオブフォーカス」をキャパの母親からもらい、それを訳してダビッド社からだしたのだ。
それが日本では、ジャーナリストのバイブルになった。日本のジャーナリストで「ちょっとピンボケ」を読んでいないひといないだろう。その後のベトナム戦争で多くのカメラマンが戦場に行ったが、日本のカメラマンは全員読んでいる。でも外国のカメラマンは誰も、その存在を知っていたが読んでいたわけではないのだ。そういう意味で、キャパは日本で生き続けたのだ。写真展をすれば、いつもいっぱいだ。
英語版が復刊するは、2000年になってからだ。
さて、長くなったが、僕はベトナムで死んだキャパの死の土地を訪れ、花でもたむけようと1998年の秋探した。キャパの伝記、沢木耕太郎訳を読みながら、その土地を訪れたが、なにしろ、地名から、時間まで、克明に記録されていたから簡単に見つかると思った。ところが、その土地に立つと、そこにはそんな名前の地名も、なにもなかった。僕は狐につままれたような気分になり、次は下調べをきちんとして、キャパの最後の土地を探そうと決めた。それがかなうのは、キャパ没、50年の2004年のことだ。その顛末を、「ロバート・キャパ最期の日」では書いている。
来年キャパ没55年だ。この本は、色々権利関係もあり、かなわなかったが、もっと昔のキャパの写真や、未公開のコンタクトプリントをふんだんに使った、そして2004年僕が同じ場所で撮った写真を構成して、英語版でだしたいと思っている。もちろん日本語版もだ。そのまえに、この本は、まだ絶版になっていないので、皆さんが読んでくるれると、僕のプランが現実的になるので、よろしくお願いします。
キャパについての、BLOGは、ここです。


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Comments

アマゾンで購入できます。
手前の女性は、重信さんのようです。もちろん撮っている時は、彼女は無名。彼女のことを知っている人が、そうだと教えてくれました。

Posted by: yokogi | 2008.08.27 at 06:41 PM

映画「実録・連合赤軍」を見た後に図書館で資料を探していて偶然「あの日の彼~」と出会いました。借り出して毎日眺めております。絶版とのことですが古書で何とか手に入れたいと思います。
P-112「1968 駿河台」の女性は重信房子さんでしょうか?

Posted by: yoshimitsu | 2008.08.27 at 06:10 PM

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