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2009.03.04

高木松寿写真展 3月5日~

高木松寿写真展 Matsutoshi Takagi Photoshow 3月5日(木)~11日(水) 日曜日休館
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AD 秋元克士


高木松寿(たかぎまつとし)の写真展が、
銀座キヤノンギャラリーで、明日から1週間開催される。
今日の夕方からその準備で僕も手伝いに行く。
高木は、僕と日芸の同級生だ。同じように付属高校からあがってきている。
彼は、沼袋に住んでいて、すでに自分のクルマで学校に通っていた。クルマといっても、マツダR360クーペという二人乗りの軽自動車の中古。
濃いマットグレーに塗られ、
ドアには女子美に通っているガールフレンドが描いた女の子の絵が描かれている。
カッコイイというより、かわいい。
それでも当時、1967年に学校にクルマで通ってくるやつなんてめったにいなかったので、まぶしかった。
日芸に駐車場があるわけじゃないので、もちろん路上駐車だけれどそのころは、
住宅街の青空駐車は全く問題なかったからだ。そのクルマで彼の自宅に行くとき、
環7を通るのだけれど、スピードは5,60キロしかでない(出さなかったのかもしれない)ので
ビュンビュン他の車に抜かれていった。そういえば、僕の写真集
「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」に
彼のクルマと、
彼を撮った写真があったことを思い出した。
それは、1967年の夏、房総にひとりでぶらりとドライブに行った高木が、
市川に住んでいるぼくの家に立ち寄ったときの写真、たぶん連絡もなにもなしに突然来たのだろう。
お茶でも飲み、帰ってゆく瞬間をとらえている。
後すがたのクルマは小さいけれど、40年前の青春のひとこまだ。
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そう思ったら、彼のことを撮った写真も、その写真集には載っている。
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上の写真、手前は、神戸で活躍している、写真家北畠健三。この写真を見せると、彼だと誰も想像できず、たしかにあの頃は、かれはとてもオシャレでもてていたので、嘘ではないけれど、40年たつとここまでかというぐらい、面影が無い。
その奥の運転している高木は、髪の毛が白くなったぐらいで、
年そうおうだけれど、わからなくなるほどではない。
クルマは彼が乗り継いだ、マツダ360→トヨタパブリカのあとの、
父親のお下がり、当時大人気だった、トヨタ、コロナハードトップだ。
彼はこのクルマをいつもゆったりと運転した。
高木と僕は、日芸のサークル「フォト・ポエム研究会」に所属し、であった。
フォトポエムなんていうと、今はちょっとは照れてしまうような名前だが、
当時は普通に洒落た名前のサークルに思えた。何しろ写真学科には六部会といって、
研究サークルがあるが、当時の写真学科は今と違い男ばかり、
そんなサークルが面白いわけもない。日芸は7学科あり、
文芸や美術、音楽、演劇は女性が多かったので、
全学科横断のサークルが健康的で楽しそうだった。
ただ写真関係の倶楽部は、「フォトポエム」と「カメラハイキング」しかなく、
当然のこと意識あれば、「フォトポエム」に入るのは必然だった。年上のいろっぽいお姉さんたちに、
僕も高木も勧誘された。フォトポエム研究会は由緒あるサークルで、大石芳野さんや
、一つ先輩には一ノ瀬泰造さんもいた。なごやかな雰囲気で、何もしらない、
奥手だった僕は先輩にいろいろなことを教わったし、
先輩のボロのブルーバードで湘南にドライブにも皆で行った。
フォトポエムは、僕が卒業して2年後に解散してしまった。
学園紛争のときに一度、解散するところをなんとか存続したのに、
あっけないものだった。その「フォトポエム研究会」の初めての同窓会が、
高木の写真展開催中ある。とても楽しみだ。
僕は写真学科に進んだものの、写真については何もしらなかった。
父親が新聞記者だったので、漠然と報道カメラマンになろうと思っていた。
ところが、高木の写真を見て驚いた。彼はすでに中学生のときから写真を撮っていて、
カメラアイがすでにあり、僕の写真とは雲泥の差があった。上手かった。学年で一番うまかった。
どの写真もオシャレで、洗練され、当時流行り始めていた、
コンポラ写真とは全く違う世界がすでにそこにあった。
だから高木は僕の最初の先生だ。それに彼は、ペンタクスSPより安い、SVを使っている。
大学に入り、さて本格的に一眼レフカメラを買おうと思ったとき、僕はペンタックスしかしらなかった。
ペンタックス、ペンタックスとよくテレビ広告もしていたし、
父親が朝日だったので、アサヒペンタックスに親近感もあった。
ところが入ってみると、ほとんどがニコンFを持っていた。
なんだそのカメラ。触らせてもらうと、ずしりと重く。ファインダーは美しかった。
やばいと思ったが、高木が僕のSPより、ランクの落ちた(古い)SVで撮っていることを知り安心した
。写真はカメラじゃなく、腕だとそのとき知った。
彼の暗室を見たとき、さぞ立派なのだと思っていたら
、一人っ子の彼の部屋の、二段ベッドのような天井のロフトが彼の暗室だった。
水の設備があるわけじゃない。水は深バッドにいれ、何度かにわけてそこに上げる。
おどろいたことに、現像液は当時としては画期的なピクナールという濃縮現像液を使っていた。
そんなお手軽なのありなんだ。
僕は教科書に書いてあるように、クスリを調合してD76やD72を作ったが、あんまり出来がよいとは言えなかった。僕は、合理的な高木の考え方にすごく影響された。
プリントのテクニック、現像、停止、定着、水洗、乾燥
、その全ては日芸ではないく、高木に教わったものだ。
撮り方にしても、気に入ると何枚も撮る。そういうことを知ったのも高木からだ。
そういう意味では、高木は僕の最初の先生だった。そんなわけで
、日芸にいると就職活動なんてことばもしらず、
途中学園紛争があって一年間、バリケードで強制休校などといろいろあったが、
4年生になって、就職はどうするかというと、何しろ、今でもそうだけれど、
いやかつては写真学科を卒業して、就職のあてなど誰にもなかった。
メジャーどころは全部で数名。芸術を学ぶということはそういうものだ。
高い授業料を払ったからといって、就職は皆無なのだ。
もっとも僕はあまり未来をみていなかったので呑気だった。
唯一、メジャーな募集が、日本デザインセンターだった。2人。
先輩には、高梨豊をはじめて、そうそうたるメンバー。僕も高木に声をかけ、受ける。
考えたら、高木と一緒に受けて彼に勝てるわけはなかった。
彼はあつさ20センチぐらいにもなる作品を風呂敷につつんでいた。
そして当然のように、高木はデザインセンターに入る。
あの頃、ひとつ先輩の
田中長徳と高木松寿
に勝てる、学生はいなかったろう。
僕は大学時代つきあっていた、ガールフレンドにふられ、センターの暗室でバイトをした。
本当は撮影のバイトをしたかったけれど、欠員がなかった。毎日毎日ドラム乾燥をした。
センターのひとつ先輩、田中長徳、青山達雄、遠藤知有、
榎本俊雄は、さっさとセンターをやめたため、高木は、じきセンターメインカメラマンになる。
多くの仕事はトヨタ自動車、ダイハツのカタログ、広告制作だ。
いつもトヨタのスタジオにカンズメになる。高木は、
日本で一番フジの8x10フィルムの消費者といわれた。
70年代高木は、準太陽賞をとったり、ニコンサロンで何ども個展をひらいた。
田中長徳の影響かもしれない。でも80年代なかばになると、ぱたりと発表しなくなる。
そして10年以上がたち、デジタル時代になって、
高木は仕事でクルマの写真を撮ることに興味がなくなっていた。
極端言えばキャドで車のスタイリングを作る時代、
実際に写真を撮っても、それは単なる素材でしかなくなってしまったからだ。
彼は持っていたい仕事を後輩達にゆずり、いっさいクルマの仕事から手をひいてしまった。
自分の一番やりたいことをやる気になったみたいだった。
僕は、あるとき高木にデジタルプリントのやりかたを教えた。
コンピューター音痴の高木は、わずかな知識で、みるみるまるで銀塩プリントのように、
プリントを始めた。彼は自分の作品を2年かけて、スキャンし、プリントした。
今回は、そんな彼の80年代の写真のデジタルプリントだ。独特の世界。
高木松寿の再デビューは、そんなわけで、かつての写真のデジタルプリントだ。
カメラはすべて手製の4x5カメラ。弁当箱にフジの65mmをつけてたのかな。どれも手持ち撮影。
露出を切り詰め125分の1の22、とか32だったかな。
薄くて抜けるようなネガ。それをスキャニングしている。そんな独特な撮影方法も革新的。
彼は寡黙だし、論理の人ではない。感覚的というのは、彼のようなことを言うのだと思う。
明日から、写真展、7時からオープニングパーティもある。僕も行きます。
必見。


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Comments

先週の土曜はお忙しいところありがとうございました

初日夕方観てきました
モノクロの旧作をインクジェットで出力
いろいろ工夫されて面白くまた魅力的な作品群 ご紹介ありがとうございます
見終わったあとの銀座散歩で偶然お会いできたのはビックリしました


Posted by: ゆたか | 2009.03.06 09:20 AM

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