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5 posts from February 2013

2013.02.28

本日、BS朝日PM10時 Hello!フォトラバーズ、ミル、トル、アルク

今日の夜、BS朝日PM10時 Hello!フォトラバーズ、ミル、トル、アルクの放送がある。
前回は、横浜。今回は吉祥寺。
菊川さんは、写真を本格的に写真を撮るのは、はじめて。
一回目の先週は、好きなもの、気になるものを、本能的にばんばん捕獲することがテーマだった。
今回は、声をかけて人を撮ってみる。
まあ、道で知らない人に声をかけるのは、むずかしいけど、知り合いや、友達とコミュニケーションしながら撮る。
ポートレイトの撮り方。このやりかた、菊川さんはかなり気に入ったようだ。
自分の友達や、その子供たちを撮ってみたいと言っていた。
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YOKOHAMA Jan. Yokohama  KIKUKAWA REI  by alao yokogi


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2013.02.25

ロバート・キャパとゲルダ・タロー展、Fallinng Soldier fake!

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現在、横浜美術館で「ロバート・キャパとゲルダ・タロー展」が開催されている。
キャパの写真展は、いつの時代でも人気がある。デパートの祭事場での写真展でもまるで興行のように、繰り返し開催されている。ひとりの写真家がこれほど多く写真展を開催しているのは世界的にも珍しい。
キャパの写真の人気もあるが、「ちょっとピンぼけ」という本が、世界で唯一50年以上も出版されつづけたこともあるだろう。それは日本のジャーナリストのバイブルでもあったからだ。
今回はさらに話題を呼び平日でも途切れることがない。生誕100年ということもあるだろう。美術館で本格的に紹介することや、恋人であり写真家として相棒だったゲルダ―・タローの全貌を日本では初めて紹介されることもニュースだ。
なにより沢木耕太郎の、キャパの「崩れ落ちる兵士」に関する、真贋論と新たな発見。シンクロするようなNHKのドキュメンタリーの影響が大きい。
キャパのアイコンである「崩れ落ちる兵」の真贋論は今に始まったことではなく、撮影された当時からの問題だった。
リチャード・ウイーランのキャパの伝記を読めば、ウイーラン自体がかなり詳しくことのことを調査しているので、それを読めば誰でもあの写真がセットされたものFakeだと想像できる。
なにしろ1936年9月23日にフランスの「ヴュ」という雑誌にはじめて発表された「斃れる兵士」(日本の雑誌では初期にはこう呼ばれていた)の写真は、上下に2枚レイアウトされ、上の写真は後にアイコンとなる写真、下の写真は、全く同じ場所で、さらに深く倒れた、違う兵士が横たわっている。背後の風景にある雲を見ればさして時間はたっていない。そのほか同じに日に撮った写真を見れば、その二人の兵士が写っていて、どうみてもその日の兵士の動きは演習にしか見えない。多くの人がこの撮影はセッティングされたものだと確信していた。
ただキャパを守る立場にあったウイーランは、客観資料を前にしてかたくなにFakeであることを否定し続けた。伝記の協力者だったキャパの弟、コーネルへの遠慮だろうか。
もっともFakeだと完全に証明されたわけではない。ずっとその場所が特定できなかたからだ。ある時は、キャパが撮った死亡した兵士が特定できたとの報道もあり、混乱した。
それでも写真関係者のなかでFakeは定説になっていたが、公式にはFakeだとは語られず、今でも、写真の歴史のアイコンとして生き続けている。
ウイーランが亡くなり、2008年コーネルが亡くなったことにより、この写真がどのように撮られたか、本格的に議論できるようになったのか知れない。
その間、2007年にスペインの大学教員が、これまで明らかではなかった撮影された場所を特定した。そして撮影時期に、そこには戦闘がなかったことを証明し、誰も死んでおらず、あの写真が、「兵士の死」を撮ったものではないと確定された。
ただ、「崩れ落ちる兵士」の写真がどのような状況で撮られたかは、いまでも推論の域はでていない。
沢木耕太郎の文芸春秋の記事とNHKの番組では、撮影が演習中の、演出写真であることを踏まえ、それを検証している。そこで沢木は、あの写真の撮影はキャパではなくゲルダではないかと大胆に仮説している。
最大の根拠は、沢木が発見した、一枚の写真にある。
それは、これまでもその写真は、発表はされていたが、だれも気づかなかったことだ。
それは、短い枯れ草のゆるやかな斜面を兵士が銃をかまえて、画面を横切るように下るその兵士の陰に、足を滑らせたのだろう、腰を落し、銃を反転させ空に向けた兵士がわずかに写っている。
その兵士こそ「崩れ落ちる兵士」ではないか?
発見した沢木の興奮はわかる。
何と、あのアイコンの写真とほぼ同時に、
そのすぐ横から別のアングルで撮られた瞬間ではないのか。
それこそが沢木の主張だ。
たしかにこれは世紀の大発見である。
「崩れ落ちる兵士」は、もうひとりの違うカメラマンによって、
ほぼ同時に、違うアングルから撮影されているからだ。
それは誰だろう。その時、ロバート・キャパとしてチームを組んでいたゲルダではないか。アイコンの写真がキャパならば、この写真を撮ったのはゲルダになる。
しかしこの時の写真を検証すると、ゲルダは6x6(1:1のプロポーション)のローライフレックスで撮り、キャパは35mm(2:3のプロポーション)のライカで撮っているとされている。
「崩れ落ちる兵士」の発表されている多くの写真を見ると、
写真のプロポーションが2:3より横長もあるが、なんと3:4やそれ以上の縦が長いものもある。
このあたりの指摘は、沢木耕太郎の発見ではなく、キャパはライカではなくローライで撮ったと主張する研究者がいた。
そこで沢木の発見になる。2台のカメラ、2人のカメラマン。
もしアイコンの写真がローライで撮られたとしたら、あの写真はゲルダが撮ったものではないだろうか。
それが沢木耕太郎の主張だ。
ただ、それはまだ完全に証明はされていない。その時どちらがローライを持っていたか、果たしてあの写真はローライで撮られたものなのかが、証明されていないからだ。
さて、話は前に戻り、ヤラセ、セットされた撮影について語ろう。
プロのカメラマンならすぐに思い当たる。
ある一点を違うアングルから2台のカメラで狙うとは、
動きのあるものや、偶然性を誘う撮り方。イベントや事件など一つのアングルでは表現できない時に、チームで写真を撮る。
そこには、明確にそこの場所で撮る意思がある。
それを単純にヤラセというのは簡単だろう。
しかし、ドキュメンタリーの現場では今も昔も、被写体に同意を得て、なおかつ動きをおおざっぱに指示することはごく普通にある。テレビのドキュメンタリーではごくあたりまえに、今でも行われている。
写真のように、瞬間を撮るならばOKでも、映像では時間の経過を撮らなければならない。おおざっぱな場所の指定をし、カメラマンは撮影位置を決め待っている。もちろんスチール撮影では、ずっと機動力があるが、同じようなことは今でもよくある。
いや、写真の場合、もっと積極的セッティングして撮ることがある。
例えば銃をかまえた写真に、自然さがあるだろうか。銃口がこちらを向いて撮るなんてことも、写真ではよくある。まあ、映像もよくあることだが。
探検隊が未知の山を登る。カメラは彼らより先に登って構えているなんて、笑い話のようなことさえあるのである。
厳密に言えば、被写体に撮影許可をもらうことじたいセットされているといえる。
被写体に無許可でも、カメラが見えるように撮影すれば、それは被写体の演技中が写っているだけとしかいえないかもしれない。
例え、被写体に分からないように、盗み撮りをしたとしても、異物である非当事者がいれば、決して自然な状態ではない。
それなら被写体にカメラを持たせ、盗撮してもらったとしても、ある種の影響はあるだろう。自然な状態を撮ることは、近寄らず、遠くから分からないように撮るしかない。
後にキャパの撮る「Dデイ」の上陸写真はどうだろう。
あの写真にしても、機銃掃射の下、はいくつばる兵士は
すぐそばにいるキャパの存在を知っているはずだ。
兵士の命が風前の灯という状態。
それをキャパがカメラで捉えた瞬間、
兵士はカメラの存在を感じながら
「こいつ馬鹿じゃないか」と丸腰のキャパを一瞬あきれたかもしれない。
あの表情は自分の生を賭けている姿ではなく、
キャパへの嘲笑かもしれない。何がいいたいのかというと、
本当に自然な姿なんてないということだ。写真はあくまで、
現実を写した、一瞬の影にすぎないのだから。
キャパが、エルモを持った写真がある。
映像も撮っている。映像はなりゆきを撮っただけではなりたたない。
例えば兵士が歩いているところを挿入したい。映画の文法はそれを求めている。
そこで兵士に歩いてもらう。多くの記録映像には、
編集論理の構築のために、関係ないカットを挿入、利用することは多々ある。
劇映画ではあたりまえとしても、ドキュメンタリー映画でも驚くほどたくさんの無関係な映像を引用し、モンタージュしている。
断片の映像や写真は、実は何も語っていないからだ。
それは小さな穴から見た、世界のほとんどを切り捨てた事実の断片だ。
作品や写真を使った記事は、事実の断片をモンタージュすることで、主張を構築している。
キャパの時代、記録映画ばかりか、
グラフ雑誌では、すでに写真を映画のようにモンタージュすることを発明している。
いや編集することで、ある立場を主張することができることを成立させた。
そのナンバー1が、キャパの「崩れ落ちる兵士」を世界的に注目させた、ロバート・キャパを世界的なスター戦争写真家として出世させた、アメリカのグラフ雑誌「LIFE」だろう。
「百聞は一見にしかず」を、映像や写真を使って主張を構築する。
ロバート・キャパが活躍した時代はそういう時代だ。
キャパにとって、その時代、
人類史上、いや自由と民主主義を獲得したはずの現代であるそんな民主主義から合法的に誕生した鬼っ子ヒットラ―の「ファシズム」。
それは、誰でも同意できる明確な「敵」だった。
ましてユダヤ人であるキャパやゲルダにとって、ファシズムとは、自分たちの国籍を奪った天敵でもあった。
当時、ジャーナリズムといえども、中立という概念は重要ではなく、
あくまで味方の援護であり、世論のもりあがり、国際社会から戦争資金を獲得であり、
その正当性を主張する場でもあった。
現代のようにジャーナリズムに公平さや客観性を求めるといった時代ではない。
いや、現在にしても真の公平さや客観性はジャーナリズムにあるとはいえない。
常に立場があり、情報操作は日常であり、
キャパが活躍した時代と特別変わっているわけではない。
原発報道をみれば明らかだ。
ひとりひとりの個人の利益より、
国家というシステムを守るほうが重要なのだ。
テレビ、新聞など巨大な組織になればなるほど、システムが優先する。
たしかにキャパは「崩れ落ちる兵士」で世界的な写真家になったが、
当時のジャーナリズムにはキャパは疑問を感じていたのだろう。
ライフにしても初期には編集権は写真家にまったくなかった。
写真は単なる素材だ。写真家自身の書いたメモは無視され、
写真は編集者により自由にキャプションをつけられ、トリミングされ、組み合わされ編集された。
それに対抗するため、写真家の立場を守るため、
キャパはブレッソンたちと「マグナム」を作ったのだ。
それはシステムではなく、発信するのは個人が保障する。
システムという無名性、匿名性ではなく、
署名した「個人」こそが、発信するという正当性。
それは今の時代でも有効だ。
個人は何を言っても、表現してもかまわない。
それこそが表現の自由だからだ。
そのかわり署名の個人は
自分の表現や行動に対して
常に、言論で反撃されることを受け入れなければならない。
いや、物理的に反撃されることもある。

テレビ番組の問題について語りたい。
NHKのキャパの特別番組をみて危惧したこと。
例えば、キャパのことを知らなくても、沢木耕太郎の「キャパの十字架」を、読めばキャパのバックグラウンドはかなり理解できるだろう。
読みながらキャパの知識を重ね、その上で沢木の主張を判断すればいいことだ。
NHKのキャパの番組をみた危険性は、
限られた時間で、キャパを知らない人に、
沢木耕太郎のことを全く知らない人、
「無知な視聴者」にとって、今回の番組は、センセーショナルに、
有名な歴史上の写真がFakeだったとしか伝わらない可能性がある。
Fakeということばによって、
ロバート・キャパが全否定される可能性もある。
僕はあの番組は総合ではなくBSかなにかで
少なくとも倍以上の長さが必要だったと思う。
しかもあの写真はゲルダが撮ったのではないかという沢木の主張は、
本を読めば理解できても、テレビでは
ヤラセばかりか、盗作までと感じてしまう視聴者もいるだろう。
あくまでキャパの写真家としての偉大さ、作品を知ってこその検証であるべきだ。
まるで、キャパはあの写真をゲルダから奪い、
そのためゲルダに対して罪の意識を持ってしまった。
命がけのDデイの写真を撮ることにより、その十字架から逃れられた。
その想像は、ナンセンスだと思う。ある意味、論理破綻している。
なぜならあの写真がセットされたものであり、
キャパもゲルダもチームで撮影した時には、
あの写真が特別な写真だと思っていないはずだからだ。
いい感じに撮れたことは知っていたろう。
(現像された写真を、二人はいつ見たのかもわかっていない)
二人は、良い写真、ニュースになる写真を撮るための努力は惜しまなかった。
きっと記録映画のように上手く編集され、
多くの写真のなかの動きある1コマとして。
二人とも、あの写真が、これほどセンセーショナルになるとは想像していなかったろう。
それは、あの写真が、
戦場で兵士が銃で殺された、
人類史上初めて、
誰も見たことのない瞬間を捉えた、
「ように見えた写真」だからだ。
「見える」とは、広告写真の常套手段だ。
最高に利用しやすい素材。それが写真だ。
あの写真を「世界的傑作写真」にしたてあげたのは、
撮ったキャパやゲルダではなく、
あの写真を利用できる立場が存在していたからだろう。
勇気や美談、正義をメディアは最大に利用する。
ゲルダの不慮の死さえ政治的利用された。
世界最初の「正義に殉じた女性写真家」としてパリの街を涙で濡らした。
しかし用が終われば忘れ去られ、その後はキャパの恋人としてだけ位置づけられた。
最近「女性最初の戦争写真家」としてやっと再評価された。
そんなゲルダにキャパが嫉妬する理由はない。
あの傑作をキャパがゲルダから盗んだことが十字架の一部ではなく、
「ロバート・キャパ」という、ゲルタとアンドレが合作した作品が、
撮影して、その写真が独り歩きし、世界的に有名になってしまった十字架だった。
そいいう意味ではずっとキャパは死ぬまでその十字架を背負い続けていたのだろう。
もしゲルダが生きていれば、
あの写真はゲルダがシャッターを押したものだとしても、
二人とも誇ることはなく、
ロバート・キャパという嘘からでたまことで、
たとえキャパひとりが有名になっていても、二人の秘密として隠し通しとおしたろうか。もしかしたらゲルダが生きていれば、
どこかであの写真の暴露があったかもれない。
人生の妙、笑い話として。
しかしゲルダが死んでしまった時、キャパはその真実を封印した。
あの写真は二人にとって、手を離れ、勝手に栄光の場所に飾られた。
そのFaceさが二人の十字架だからだ。
それは、キャパひとりではく、死んでしまったゲルダにとっても越えなくてはならない写真だった。
もっともあの写真がなくともロバート・キャパは確実にすぐれた写真家なったであろう。
歴史にもしもは無意味だ。
架空の人物ロバート・キャパは、、
写真史の歴然たる一部であることは事実なのだから。
今、論じるべきは、
キャパのアイコンが、「ヤラセ」とか「盗作」なんてことではなく、
あの時代の、そして現代の「ジャーナリズム論」として語られるべきでだ。
「崩れ落ちる兵士」は、
反ファシズムの、宣伝写真の意味が強い、あくまで「政治的広告写真」である。
それをあたかも真実の報道として、
価値あるジャーナリズとして利用したのは誰か?
Photographとは、単に光の絵だ。そこには立場なんて写っていない。
それを利用するのは、「編集」とう恣意的な意思だ。
写真の真贋より、
なぜこの写真が「世紀の」写真になったかを考えることが、大切だと思う。
書けばまだまだきりがないので、
今一番の「CAPA本」を紹介したい。

「ロバート・キャパ」単行本 300ページ
ベルナール・ルブラン (著), ミシェル・ルフェーブル (著), 太田佐絵子 (翻訳)
3990円 原書房
「キシカン・スーツケースの思いがけない発見―未発表の資料300点(写真、手紙、刊行物など)から、新たなキャパ像が浮かび上がる。その生涯を伝説によらずに3つの時代に分け、パリのハンガリー人亡命者アンドレの時代、スペイン内戦の写真家ロバートの時代、もっともフランス人らしいアメリカ人報道カメラマンであるボブの時代で構成。」
この本には大量の新しい写真資料が満載だ。
「崩れ落ちる兵士」のメディアによる違った使用のされかたの紹介。
上の写真は、一番オリジナルに近い、近代美術館に所蔵されている写真だ。
引伸機にセットした、ネガを挟むネガキャリアのフレームもプリントされている。
いわゆるノートリミングといわれる、貴重なプリントだ。
(ただネガキャリアの縁が見えているだけで、厳密にはその写真のノートリミングではない)。
不思議なことに、35mmでも、もちろん正方形でも、2:3でも3:4でもない、不思議なプロポーション。
実際この写真より、銃床が完全に写っている写真も紹介されている。
残念ながらこの本は、キャパの日本のこと、死んだインドシナに関してはあまり資料も情報も載っていない。
ただ僕も知らなかったのだが、
僕が2004年キャパ没50年で出版したノンフィクション
「ロバート・キャパ最期の日」の裏表紙に紹介した、
キャパが新宿にあった文壇バ―「みちくさ」の女主人に描いた、
カメラのらくがき?とサインが紹介されている。
これは僕がキャパの資料集めをしている時、この持ち主が教えてくれたものだ。
この本の著者は、カメラの絵をライカだと言っているが、僕はキャパが1937年以来使い続けていたCotaxⅡにしかみえない。
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●キャパの伝記でおもしろのは、非公式の伝記、
アレックス・カーショウの「血とシャンパン」だ。

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2013.02.21

本日PM10時、BS朝日、Hello!フォトラバーズ出演

本日夜10時 BS朝日、Hello!フォトラバーズやります。菊川さんは初心者だったので、なんでもいいから、気になるものを捕獲するつもりで、バンバン撮るようにいいました。そうすると自分の潜在意識が写るとか、さてどんな番組になりますやら。">本日夜10時 BS朝日、やります。菊川さんは初心者だったので、なんでもいいから、気になるものを捕獲するつもりで、バンバン撮るようにいいました。そうすると自分の潜在意識が写るとか、さてどんな番組になりますやら

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キャパ、ゲルダ写真展 横浜美術館 照明とプリント

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横浜美術館にて現在開催されている、「ロバート・キャパとゲルダ・タロー展」を見てきた。
これまで2回行っているが、混雑していたので、平日にじっくり見ようと思っていたからだ。

キャパとゲルダの作品が一挙に一望できる展覧会は、世界で初めてだろう。
本展覧会は、キャパの写真もかなりが網羅してあり、
見ればわかるけど、キャパは単純に戦争写真家ではなかったことがわかる。
戦争や事件を報道する写真家でもない。
キャパは、人間を撮る写真家だと僕は位置づけている。
そのへんのことは、この写真展のカタログに「ロバートキャパの日本、そして最期の日」
という原稿を書いているので、是非ご覧ください。

さて、RobertCapaの名前はゲルダとともに考えついたものでだ。
初期はキャパ一人で、のちにゲルダも写真をはじめ、
二人で撮った写真もRobertCapaの名で発表、
途中からは、Capa+Taro 、そして後にはゲルダは独立した写真家、
ゲルダタローとして発表している。
チームで撮った写真は、キャパが撮ったのか、
ゲルダが撮ったのかは判別できないものが多い。

そのうえ不幸にもゲルダがスペインで死んでしまい、
以後写真家ゲルダタローではなく
ずっとキャパの恋人というくくりで語られていた。

それがゲルダの死後70年、2007年国際写真センターで大規模なタロー展が開催され、
世界で最初の女性戦争写真家として認知されたというわけだ。
(これまで報道写真、戦争写真の草分け的女性は、
世界的報道写真家バークホワイトとされているが、
彼女が撮ったのは2次大戦であり、ゲルダはわずかだがその前という位置づけだろう)。

沢木耕太郎の検証では、RobertCapaの撮影とされる「崩れ落ちる兵士」を、
実はゲルダが撮ったのではという仮説が今話題になっている。
それはまた別の機会に。
沢木さんの単行本もでるので、それを読んでからにする。

今回は、ゲルダとキャパの写真の内容のことではなく、
以前この写真展を見た田中長徳氏も語っていた、
展覧会のプリントと照明について、僕なりの感想を述べていたい。

ゲルダが活動したのはスペイン戦争中のわずか数年だ。
初期はローライ(もしかしたらキャパのカメラ)
その後はライカで(それもキャパが使っていたものだろうか)撮っていたようだ。
1936年の「崩れ落ちる兵士」の頃はキャパはライカで撮っていることになっているが、
翌年1937年のキャパの写っている写真を見ると、
すでに、1954年の死にいたるまで使っていたContax2を使っている。

第一会場の、ゲルダの写真は、この写真展のためにビンテージプリントだろうか。
(厳密な意味では撮影当時にプリントされたもののことだが、当時はニュ―ス写真であり、
ただの印刷のための原稿だったのだろう。
たしかに古いプリントであるが、いつプリントされたものかは不明だ。
傷はついているものもあり、広義のビンテージプリントと思える。
印刷原稿のためとはおもえないぐらい調子の美しい写真がある。

若干、オリジナルからのデジタルプリントもあった。
プリントのサイズはほとんどが8x10ぐらいで、
ゲルダの神秘的な人生を知るためにも貴重な写真だ。照明のあかるさも、
ビンテージプリントならばしかたがないと思えるぐらいでのレベルだ。

第2会場のキャパの展示はビンテージプリントは
ほんのわずかだった。
横浜美術館が所蔵しているぷりんとだ。
1985年プリントとされている。多くはキャパの弟、コーネルキャパの寄贈したプリントだ。
報道写真に、プリントの美しさを求めるのは、本来ナンセンスだとしても、
ちょっと黒焼きというか、全体に中間調が暗めでちょっとイメージが違った。
プリントした人が重厚にプリントしようという意志もあるのだろうか、
光の回った明るい部屋で、調子をチェックしたのだろうか、
この展覧会場には暗すぎるような気がした。
ビンテージと比べると、その差が一目瞭然だ。
是非、注意してご覧になると興味深いと思う。

特に天井の高い場所では、写真のライティングがおざなりで、
写真が暗いので、ちょっといらいらした。
キャパの写真を一望するには、素晴らしい展覧会だが、
貴重なビンテージプリントならいざしらず、
1985年のニュープリントなのだから、
もう少し明るく写真が際立つライティングをしてほしかった。
それにオリジナルのネガがなかったのだろう、
複写からのプリントも多く、
特に写真の階調が見るからに複写なのも気になった。

1985年プリントという、まだデジタル以前のプリントだからしかたがないとしても、
プリントしか残されていない作品は、
オリジナルをスキャニングしたデジタルプリントにするのが良いと思えた。
もしくは最近はやりのデジタル銀塩プリントという手もある。
不思議なことに、1985年プリントといいながら、変色したいるもののもあり、
すべてが1985年にプリントされたものではないのかもしれない。
この辺の違いを見るのも面白い。

いろいろ苦言を書いたが、これは写真家の特殊な目で見ていることで、
言われてはじめてわかることだろうが、
キャパの写真の本質には関係ない。

なにより、キャパとゲルダの写真を一望できることが、一番すごいことで、
僕のようなへそ曲がりの言うことは無視して、
この意義ある写真展を多くの人に見てもらいた。
キャパの写真をよく知っている人は、
僕のような違う観点で見るのも写真展の楽しみだ。

もうひとつ苦言は、僕が調査した、
キャパの日本とベトナムの場所などのキャプションが以前のままだったことだ。
この辺は、まだICPと調整できていないからしかたがないとしても、早く直してほしいと思う。
もっとも、「崩れ落ちる兵士」が、セットされたもので、ましてゲルダが撮ったとなると、
そのへんの調整をどうするかによって、ずっとこのままになる可能性もある。

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2013.02.19

2013年「「¥3000円で写真売りましょ!買いましょ!展 」

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「写真のある生活」を考えてみる。
「¥3000円で写真売りましょ!買いましょ!展 」

五味彬と横木安良夫でたちあげた、
ShINCでは2008年、
「3000円で写真売りましょ!買いましょ展」を開催した。
あれからもう5年。
当初、そのイベントはオリジナルプリントの価格を破壊する行為、
写真の価値を貶める行為だなどと批判を受けた。
しかし多くの参加者に支持され、特に活躍中の写真家の作品は飛ぶように売れ、
結局、所有する価値のあるものは、
価格によってはかなり売れるということを知った。
問題点は、持続的に低価格で写真を販売する仕組みがないこと。
なぜなら参加した写真家たちは、
買うことを知ってもらうための特別なイベントとして、
低価格を特別にOKしたもので、
永続的にその値段で売ることはないからだ。
実際、彼らのオリジナルプリントは、
通常、数倍から数十倍の価格で販売されている。

この5年の間に、写真を売るギャラリーはかなり増えた。
ギャラリストも写真評論家も、5年前よりはずっと活動的だ。
いたるところでビューイングが開かれ、アートとしての写真を目指す人は増えた。
純粋に写真で表現することは何かを学ぶ機会は確実に増えている。
ただここで考えなくてはならないのは、ビューイングを受けてみればわかるが、
作家になることは、才能以前に、経済的に余裕があるか、スポンサーがいるか、
もしくは違う職業を持ち芸術活動にいそしむことが可能か、
何もなければ長い赤貧を耐えられるかだ。

ここで問題は、作り手としての写真家は増えても、
実際は写真の売買は、日本ではほとんど動いていないのが現状だ。
ごく一部の写真作家の作品が、海外では売れたとしても、
日本国内ではほとんど動いていないのが現実だ。
どうしても写真を売りたいのなら海外で評価されるしかない。
それは5年前と全く状況は変わっていない。
分かっているかもしれないが、
日本でもアートとしての高価な写真を買うのは一般の人ではない。
コレクターと呼ばれる特殊な人たちだ。もしくはスポンサー、
なにより経済的利害関係者、親族など。

雑誌や写真集は大衆が相手だが、芸術作品はコレクターのような特殊な人が買う。
美術館が買いあげることもあるだろう。
彼らにとって写真購入の理由は、経済投資であり、
もしくは自分の美的ステータスのためか。
写真史に生き続ける、アート市場に残るであろう、
高価でも買う価値があるものとして。
それは日本に限らず、海外でも同じだ。
もっともそれにしても圧倒的に日本には存在しないのだが。
なにしろ写真のコレクターは日本には5人しかない、という人さえいる。
 
さて本題!です。
「3000円で売りましょう!買いましょ!」
はアートとしての写真を論議したいわけじゃありません。
まず、写真を売りたいのなら、誰に売るのでしょう。
海外では、決してコレクターばかりが写真を買うわけじゃありません。
普通の人だって、家のなかの室内装飾として買う人はたくさんいるのです。
かたっくるしく芸術論をたたかわせて家のなかに飾る人はめったにいないでしょう。
それよりインテリアとして、
自分の「生活のなかに写真を飾る人」がほとんどではないでしょうか。
日本人の芸術コンプレックスは、芸術は特別なもの、という捉え方があります。
いえいえ芸術なんて、ただのサービス、
生きるためのうるおい、と考えればいいのじゃありませんか。
音楽だってそうです。
絵画だって本来そういうことから始まっているのではないでしょうか。
写真はながらく芸術と認められなかったことで、
それが昨今急に「芸術」になったことで、
過剰に、何かたいそうなこととして論じられています。
芸術は人間の生き方。人生が写真に表れていなければならない。
などと。もちろんそういう「道」としての生き方は、
日本的で美しものですが、否定しません。
でも、ちょっとうさんくさい。それは語ることではなく、
芸術生活者ひとりひとりの、自分の作品にたいする真剣度、
フェチ、こだわり、狂喜でしょう
それは芸術家本人には重要でも、できあがった作品はもっとリラックスして楽しむことが、健康なような気がします。(不健康でもいいけど、不健康ブリッ子はいやだなー)

もっとリラックスして、日本の室内を、日常生活を潤すために、
写真を部屋に飾るのはどうでしょう。
第一歩。それがShINCの提案です。
写真を売って生活するために、この運動は存在していません。
写真を買って「写真のある生活」を実践するための、お手伝いの企画なのです。
 3000円は、売る側からみれば安すぎても買う立場からみれば決して安くありません。
好きな写真集だって3000円もあれば買えます。
 投資や、芸術論のためではなく、
自分のライフスタイルにあった写真を、CDを買うように(今やダウンロード)、
映画を見るように、気に行った本を買うように、
芸術的にはまだ何も評価されていない、
もしかしたら無名の写真家の発見、
コレクターと同じように、写真家の未来を買う醍醐味。
そんな写真制作者の作品を、
そのデジタルオリジナルプリントを、
自分の目で、購入してみるのはどうでしょうか?
3000円です。自分の直感をためすチャンスです。

 そのために、自分の写真を、買う人の立場になり、売って見る。
日本でオリジナルプリントが売れないとぐちを言う前に、
誰が買うのか、どうしたら買ってもらえるのか、
写真を部屋に飾ることで何が生まれるのか、
そいう草の根運動のさきに、
芸術論ではない、生活に根付いた写真生活があるのではないでしょうか。
 本格的な写真の売買はその先あります。
 そのための企画、
「¥3000円で写真売りましょ!買いましょ!展」であります。

是非、参加してください。
写真を売ってみましょう。
そしてこの企画に賛同できたなら、
もし気に入れば作品を買ってみてください。
そして自分の部屋に飾ってみましょう。


出展者募集  Amazon & Malmo

写真展Malmo
3月11(土)~24日(日) オープニングパーティー
3月11(土)19:00~23:00/会費1000円

写真展会期中に売れなかった作品は会期後amazonで販売させていただきます。

参加手順
作品送り先*参加費振込先*はお申し込みの確認メールに記載してありますのでお読み下さい。

出展作品
サイン入り(サインは裏面に入れて下さい)
A4サイズ インクジェットプリント 2点
絵柄の異なる作品を2点各2枚/合計4枚をShINC.編集部迄3月9日迄に送って下さい。

売り上げのお振込
Malmo での写真展の売り上げは3月31日/amazoでの売り上げは月末締めの翌月末にご指定口座に振り込まさせていただきます。

販売手数料
1000円(1点 売れた場合2000円が出展者に入ります)

募集締め切り

3月9日(土)
募集人数に達した場合は締め切り期日前に締め切りさせていただきます。
出展料:新規登録の方は2点5000円/
メンバー(既に売りましょ!買いましょ!On amazonに参加されている方)の方は2点3000円

詳細・参加申し込みは http://shinc.jp/3000ma/index.html をご覧下さい。

会場
中目黒Malmo http://www.malmo-tokyo.com/access
東京都目黒区青葉台1-15-2 AK-3ビル 1F
TEL&FAX: 03-6322-3089
OPEN:12:00 – MIDNIGHT

これまでの、Amazoneリスト

●こういう匿名の質問が来ました。

「それで出品者が5000円と手数料1000円取られる正当な理由はあるのでしょうか?」

匿名の人にはあまり答えたくないのですが、重要なことなので、ここでお答えします。

ShINCが主宰しているこの活動は、
決して写真家たちの、短期的な生活を潤すためではありません。
そんなことは、個人が努力することです。
今の時代、FBもあるし、いくらでも個人的に自分の写真を販売することはできます。
そうすれば、誰にも「搾取」されることはないでしょう。
このイベントの大きな目的は、多くの人が、音楽や映画を楽しむように、
オリジナルプリントのある生活
「写真のある生活」
写真を買ってみるといった、草の根運動です。
前にも書きましたが3000円は決して安くありません。
じゃ、なぜ海外では高く売れている写真があるか。
それはそういう作品は、ちゃんと「ブランディング」されているからです。
不思議なことに、世界的にブランディングされていても、
日本では一部のコレクターしか写真は買われていません。
写真を売るギャラリーはずいぶんと増えましたが、
正直ほとんど売れていないのが現状です。

そこで、写真家たちに、写真愛好家も含めて、
リスクは彼らが引き受けて、
日本の家のなかに写真を飾る運動
「写真のある生活」
をしてみようという提案なのです。
気に行ったものがあれば、買ってみる。
そんな衝動買いの値段は3000円がちょうどよいのではないかと考えました。

以前開催した「3000円で売りましょ、買いましょ展」では、
エントリー費が3000円でしたが、多くのボランティアの協力でやっと開催でき、反響もありました。

質問の答えですが、
ShINCは、営利団体ではありません。公的な機関でもありません。
あくまで参加費は、この運動への、
賛助金であり、運営費です。
そおn作業とはAmazonにUPする上の、さまざまなルール、
例えば販売予約がありそれを発送するまでに期限があります。
もし守れなければペナルティがあります。
そして作品の管理。スキャニング。サイトへのアップ。広報。ISBNコードの取得など、など、など、など、など、膨大な雑務。

今回はCafeMalmoにて、販売作品の写真展、販売をします。
その運営など、全く利益がでることはありません。
それはこれまで何度も様々なイベントを重ねてきてわかっていることですが、
こういう活動は利益がでないものなのです。
やってみればわかります。
そして多くのボランティアの助けを借りています。彼らが一番この活動の困難さを知っています。
それなのになぜ皆参加するのかといえば、
それはShINCの活動に賛同しているからです。

5000円が不当に搾取、
作品の売り上げの3分の1が搾取されていると感じるなら、
参加する必要はありません。
ひとりでやるか、自分たちでやってみることです。

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