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11 posts from April 2013

2013.04.29

RICOH GR Snap  Early Moring  by Alao Yokogi

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「あれ」
僕のこのBLOG、ココログのアクセスが急激に増えている。
僕は、2000年からホームページをはじめ、初期はそれに日記を書いていた。
BLOGの時代になり、2004年ぐらいにこのココログに引っ越しをした。
当初は、真面目にUPしていたので、かなりのアクセスががあった。
それがこの数年、飽きてしまい、そしてFACEBOOKの時代になった。
去年などは10回ぐらいしかこのBLOGにUPしていない。

結果あれほどアクセス数があったのが、一日数百のアクセスになっていた。
何にもしていないのに、アクセスしてくるのは過去の記事の閲覧だろう。
Facebookも飽きてきたので、
というかもともとイベントぐらいしか
あげてなかったけれど、ココログをなんとなく見ていたら、
レイアウトがずっと自由できることを知った。
で、写真が最初から大きく見れるようシンプルにデザインを変え、
Blog復帰することにした。

今テレビ朝日でやっている「世界の街道をゆく」のロケ中は、
なかなかUPする時間がないけれど、ようやくそれも終わり、そして
新しいRICOH GRのベーター機を手に入れ、
このところ集中的に撮っている。
アクセス数が大幅に増えたのはそのせいだ。

リンク元サイトを調べると(ココログではそういうことが可能だ)
価格ドットコムから大量に流れてきてる。

どうやら僕の撮ったGRの写真が、サンプル写真ということらしい。
実は、僕の撮った写真は、あくまでGRで撮ったというだけで、
サンプルになるのかは疑わしい。なぜなら僕は、カメラのサンプル写真を
撮っているわけではなく、あくまで「僕の写真」を撮っているわけで、
カメラの性能、画質など、正直こだわっているわけじゃないからだ。

こだわってないと言えばうそになるが、極度の樽型のゆがみなどは、
好きじゃないが、それでもそんなもの後で修正することも可能だし、
それより、使い勝手、全体的な「絵」の雰囲気を重視している。
画面の四隅を拡大して、パープルフリンジがどうの、絵が流れている、
等々正直どうでもいい。パープルフリンジなど、フォトショップで部分的に
彩度を数こすりすれば消えてしまうし。周辺部の画像の乱れなんて、
写真家としてはほとんど気にしていない。気になるならレタッチしてしまう。

それより、もっと感覚的な、全体的なその写真の、雰囲気を重視している。
言葉にならない、「好き」「嫌い」「どうでもいい」の世界だ。
それは銀塩カメラの時代から一緒だ。
僕は、写真をレタッチすることを、当然だと思っている。
銀塩時代は、化学反応のなりゆき、モノクロプリントすれば、人それぞれ、
同じようにやっても違ってしまう。

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デジタル写真は、あくまで銀塩写真を目標に作られたものだ。
今や、ある意味はるかに銀塩写真を越えた部分もあるが、しかしそれでも、
銀塩写真の作り上げた、「写真」の世界の上にある。

デジタルカメラの「絵」は、100%ではないが、かなりの部分が
企画者、技術者が計画し、計算し、製造者が作り上げている。
各社のカメラのはきだす「絵」も、それぞれの思想のもとで
かなりコントロールして作られたものだ。

フィルム時代でもある意味近い部分があっても、製品になったあと、
乳剤のばらつき、現像のばらつき、感度の設定、などなどなど、
ましてプリントまですれば、
不確定な要素が無限にあった。
だから写真は撮る人によって、
自然に変わってしまう。

その点、デジタルは均一だ。
それをいかに、
自分の好きなトーン、色調、雰囲気にしあげるか。
それは、後処理することではじめて可能なことだ。

それがレタッチである。
僕はレタッチとはいわない。CReCoクリコと呼んでいる。
僕のホームページに、古いけどUPしてあるので、興味があればどうぞ。
これは、銀塩モノクロ時代の、プリントテクニックから始まっている。
今、もっとずっと進化しているが、基本はそこに書いてある。
http://www.alao.co.jp/2008CRECO/2008.html

レタッチによって、
デジタル写真は、銀塩写真よりずっと自由な表現になった。

ただ、写真であるか「絵画」になってしまうか。
ボーダーは限りなくあいまいだ。決めるのは作者だ。
いや見る側、使う側、所有する側かもしれない。

僕の写真を、GRのサンプルとして見ると間違うことになる。
色調、コントランスと、部分調整と、
かなり手が入っている。
僕も、GRで何が撮れるかが興味であり、
GRの性能を紹介しているわけではない。
写真にとって、カメラの性能はごく一要素だ。
性能の悪いカメラこそ、雰囲気のある写真が生まれることもある。
それより、写真を撮る道具として、
そのカメラを信頼できるか、愛着が持てるかは、かなり重要だ。

僕は写真を撮るとき、特に自由なスナップ写真を撮るとき、
傑作写真を撮ろうとはまったく思っていない。
それより、自分にとって「写真とは何か」
自分が世界に向かってシャッター切る(選択)結果、
写真になった、その「写真」は、なんなのだろう。
その「写真」になった世界は、
現実とは何が違うのだろう。

撮った写真をじっくり見る、観察し、感じる。

たいていは言葉にならない。
その言葉にならないことを、
そのまま、「うけいれる」。
わからなくていい。
その感覚、感情を受け入れる。
いや、わかることもある。
その写真が、自分が好きか、魅かれるか。
理由はいい。
ことばにならないことを、恐れない。
きっと自分のなかに、なにかしらのイメージが残る。
そのイメージを心に収めながら、
また、写真を撮る。
そのもやもや自体が、写真の本質かもしれない。

今朝撮ったこの写真が、僕のなかで発酵するかどうかはわかならい。
このBLOGにのせただけで、使命を終えるかもしれない。
だかれがもしかしたら、気に入り、その人の記憶の中に生きるかもしれない。

僕は、傑作写真を撮ろうと思わないと言った。

そんなことより、僕が気にいった写真、
時間がたつことで、
僕にとって魅力がある写真が、
「僕の写真だ」
だから、日々、できるだけ無意識に、
直感で、シャッターを切り続ける。
自分の写真に出会うため。

CReCo

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2013.04.28

RICOH GR SETAGAYA SNAP by ALAO YOKOGI

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連休中の日曜日 晴れ 三軒茶屋付近

RICOH GR Portland by ALAO YOKOGI
RICOH GR 発表 世界最小 APCーC

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2013.04.26

RICOH GR By ALAO YOKOGI

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GR1からGRD4まで使い続けてきた僕にとって、
この新しいGRは、説明書を読むこともなく、いやベータ機なので説明書がなかったが、
いくつかのこれまでにないボタンがあるがあまり触れることなく、
これまでどおりにすんなりと操作できた。

まさにスナップカメラ、
起動レスポンス、オートフォーカスもシャキシャキしていて、
快適だ。
液晶も高画素なものがおごられていて、美しい。
写真をチェックするたび、嬉しくなる。
GRレンズは描写に定評があり、
しかもデジタル用28mmワイドレンズ(18.3mm)
は驚異的に小さい。
しかもバリアーもついている。
銀塩GRと同じサイズに作れたこと、RICOHの技術者に敬意をはらいたい。
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かつてのGRデジタルは、写りがパンフォーカスだったので、
基本的にはプログラムオートで撮っていた。
新しいGRは、APS-Cなので、
絞りを有効に生かせるので、
AV(絞り優先オート)で大半を撮った。
通常はf5ぐらい、背景をぼかしたいときはf2.8にした。

GRDのころからそうなのだけれど、
僕は、後付けシャッター音を無音にし(それでもカチカチとシャッターの音はする)
連写モードで撮ることが多い。

一眼レフの時は、望遠や動きの速いもの以外は、
すべてワンショットで撮るのだかれど、
GRの場合、連写で撮ることが好きだ。
一枚を狙うより、時間と空間を、カチカチと、
一撃必撮というより、
ジャブのように切り刻んでゆく。

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GRは、通常近接撮影が30cmまで、マクロモードにすると10cmまで寄れる。
重要なマクロ性能、GRは直径12cmCDぐらいの小皿を撮ることはできる。
もっとも小さなセンサーのGRD4は、
1cmマクロ、とんでもない接写ができたわけだから、
APS-Sになって、この部分は後退した。当然か。
R0002663cr850
歩きながら時折、すれ違う人を、液晶を見ることなく、
ノ―ファインダーでキャンデッド(盗み撮り)する。
世界の街道をゆくの撮影では、声をかけて撮ることがほとんどだが、
黙って撮るほうが、すれちがったその瞬間、かなり緊張する。
音を切っているので、被写体に気付かれることはない。
まあ、かつてゆりかもめの車中、
GRDで、前に座るかっこいいカップルを
40枚ほど連写して、気づかれ、「盗撮だ!」と、
警察につきだされたことがある失敗をしているので、
(事情を説明し、事なきをえた。取り調べの刑事は写真は自然なのがいいよね、と共感した)でも過信は禁物。
R0003418cr850_2

GRの28mmレンズは漠然とした気分を撮るには、
ものすごく向いている画角だ。
ある意味、そういう意味で初心者に向いている部分もある。
しかし奥が深い画角だ。
なぜなら主題がはっきりしていると、
案外難しい画角だからだ。
撮影に、構図に工夫がいる。

普段一眼の時、僕は24mm、50mm、200mm
と、ほぼ3本の単焦点レンズで撮影している。
ワイドは僕にとっては24mmが普通だ。
かなりワイドで、パースが強く昔から好きな画角だ。
28mmレンズは、学生時代友達にかりた最初のワイドレンズだ。
すぐにそのあとコーワSWという28mmレンズ付きのカメラを使っていたので、
慣れ親しんでいるが、デモなど漠然とした
ドキュメンタリーには向いていても、
撮影レベルが上がり、
画面の四隅が見えてくるようになると、
28mmの画角が難しく感じてくる。

プロになってからは、キヤノンのFD24mmが好きで、
今でもEF24mmF.1.4が常用レンズだ。
もっとも一番好きな画角はと聞かれれば、50mmで、
今はEF50mm1.2を使っている。

さてGRの28mmレンズ。
気分を撮るには最高といったが、
なんどもいうが、実は主題がはっきりしていると、難しい。

人物や建築物を、空間を利用した、雰囲気ではなく、
しっかり正面から撮ろうと思うと、
なんとも空間処理が難しい。

建築物を撮ると、ワイドレンズ特有の強調されたパースが気になる。
奥行き方向のパースはましだ。
気になるのは空に向かったパース。
ビルが空に向かって、極端言うとピラミッドのように上すぼまりになるパースペクティブ。
それがいやだから、
僕は建築物を撮るとき28mmのGRの場合、
たいてい縦位置で撮ってしまうことになる。
よほど、この被写体は横位置がいい、と思わない限り。

28mmのようなワイドレンズでの撮影の基本は、
地面に対して光軸を水平に保って撮ることだ。

そうすると、垂直なものが、まっすぐ写り、
ゆがみのない自然な描写になる。

ところが、建築物などは高いので、たいてい、
ちょっと上に見上げる格好になる。
とくに28mmは、天地方向に余裕がないので、
水平に構えると建物が入らない。

縦位置にすると、地面を多めに入れれば、建物を垂直に撮ることができる。

R0002430_540x810_3

僕は、もともと大型カメラが好きなので、
4x5(しのご)などではアオリ、シフト、チルトを使うことが普通だった。
写真技術の基礎として、垂直な柱はあくまで垂直に、
建築写真はそうやってゆがみを修正する。
それが基本だ。
という大型カメラ使用の、重篤な後遺症が僕にはある、
いわゆるワイド的な建築物の上すぼまりのパースが好きじゃないのだ。
だって、人間の目に、そんなパースがついて見えないじゃないか。
ワイドレンズのパースは、
僕の目には、不自然に見えてしまうのだ。
病気である。

今、大型カメラではなくても、C社には、TSレンズなる特殊な
シフトやチルトというゆがみを修正できるレンズがある。

僕は「世界の街道をゆく」、の動画撮影では、ワイド撮影のほとんど、
このEos TS-E24mmを使っている。
動画の撮影で、このレンズを使っているのは、世界でもほとんどいないだろう。
(スチールの世界では、パソコンで簡単にパース修正できるので、普通のワイドレンズでもok、
ということは、GRで撮った写真も、パースの修正は簡単だ)

映像の世界ではワイドレンズは特殊レンズなのであまり使わない。
使うとなると、わざとワイドレンズのパースを、
不自然ぐらい効かせる特別な画角だ。

写真の世界では、24mmレンズなんて、
かつての超ワイドレンズもはや、
標準レンズだ。

ワイドレンズは、最初簡単、
すぐに難しくなり、技を使うと、
さまざまな表現ができるといった、
写真家のマジックレンズだ。

そういう意味で、GRが28mmという難しい画角を取り入れていることが興味深い。

さて、画角のことで言うと、以前GRD2用の、
40mmのテレコンが発売されていたが、
いろいろ不具合があり、本当にたいした問題じゃなかったのに、
皆がガタガタいうから、
その後製造されなかった。
いい画角のなのになあ。

もっとも、さらにワイドの21mmのワイコンは今回も発売されている。

なにより28mmという画角は、
人物のアップを撮るのが、むずかしいレンズだ。
たぶん40mmテレコンの予定はないようだけれど、

それならばいっそ、
もしこのGRが成功したら、

「40mm単焦点のGR」
が欲しい。
よろしくお願いします。
PENTAX RICOH イメージングさま。

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2013.04.25

半沢克夫写真展 IN INDIA 1971→ 俺の始まり

半沢克夫 INDIA 1971→ 俺の始まり
が目黒のギャラリーコスモス日曜日まで開催されている。
http://gallerycosmos.com/main/http://gallerycosmos.com/main/
Hanzawa850face_3
Hanzawa850
半沢克夫といえば、広告、ファッション、タレント、ドキュメンタリーと、
一時代を作った、
僕らの時代のスターカメラマンである。

そんな半沢の原点をといえる、写真の写真展。

1971年秋、当時、クルマの撮影を主にしている広告写真家のアシスタントをしていた3年目、
突然、26歳の半沢は人間の写真を撮りたいという止むに止まれぬ衝動に突き動かされた。

休暇をもらい、インドに向かう。
直行便で深夜のカルカッタに到着。
最初に泊まったのはヒッピーの巣窟「ホテルサルベーションアーミー」
そこから半沢のインドの旅は始まる。

帰国するまでの7ヶ月間、
完全にインドの人々の魅力に取り憑かれ、
毎日毎日シャッターを切り続けていた。

帰国後独立。

パワフルなモノクローム。
1991年に写真集として出版された時プリントした、大全紙のバライタプリント。
根底に、美しさと、パワーを感じる写真。

若い人に是非見てもらいたい。

ShINCで、僕がインタビューをする予定です。


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2013.04.22

RICOH GR 発表! 世界最小APS-C

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2013年4月 RICOH GR が発表された。
GRデジタルの5代目といえる。

2011年、リコ―がペンタックスを買収し、
リコーのカメラの戦略、
しっかりとしたコンセプトを持ったカメラ作りが
ペンタックスにどのように反映するのかと思っていたら、
まるでペンタックスにリコーが買収されたように、
ペンタックスからはたて続けに、さまざまな新製品が発表されているのに、
なぜか、リコーからは新しいカメラがほとんど発売されることもなく、
ちょっと心配していた。

カメラメーカーとしては、一眼、645などを持った
フルラインナップのペンタックスのほうが遥かに大きく、
コンパクト機しか作っていない、リコーが吸収されるのは仕方がないとしても、
GRデジタルのような、画期的な高級コンパクトデジタルを提案し、
ユーザーに圧倒的な支持されてきた、
RICOHのカメラ作りのポリシー、
ブランド構築能力、
ブランディングまで、
失われてしまうのか心配していた。
なぜなら、今のペンタックの一番不得意は、
ブランディングだからだ。

かつてペンタックはブランドだった。
1960年代の旭光学、アサヒペンタックスは圧倒的だった。
そいうい僕は、大学に入るまで、
ペンタックスが一番、2番キヤノン、3番ニコンだと信じ込んでいた。
僕は日芸に入るにあたって、最新のアサヒペンタックスSPをそろえ、
スタイリッシュなそれでいてコンパクトなそのカメラを持って、意気揚々としていると、
他の学生たちが、皆、なにやらごついカメラを持っていた。
その時初めて、ニコンFなる究極の一眼レフカメラ、値段も高かった、を知った。
僕はちょう奥手、というか無知だった。

一般的には断トツペンタックスが有名だった。
「Pentax,Pentax」と毎日、テレビコマーシャルで刷り込まれていたからだろう。

ただ、僕の大学時代の同級生Tが、
彼は僕の最初の写真の先生だ。
彼は僕らの学年で断トツに写真が上手かった、
その彼のカメラは、SPより下位のカメラPentaxSVだった。
その時知った、写真はカメラの値段ではなく、
撮る人間の腕だと。

デジタル時代のペンタックスのカメラ作りは、
正直コンセプトを感じない。
キヤノン、ニコンがあり、
Sonyがミノルタを買収したため、
オリンパスとの4、5位メーカーという位置で善戦しているものの、
アイデア先行、マーケティングでニッチなカメラが作られているという印象だ。
デジタル時代になったとき、ペンタックスといえば、
唯一の興味は645Dだった。が、ごたごたがあり、なかなか発売されなかった。

その他、さまざまな素晴らしい技術をペンタックスは持っているのに、
余裕がなかったのだろう、短期的な戦略しかなく、長期的な、
ブランディング戦略がなさすぎた。

デジタル一眼初期、僕はいくつかのペンタックス一眼をテストしリポートをしている。
初期には、僕のようなカメラ「メカ音痴」、
というよりカメラテストリポートを書く上のボキャブラリー不足の僕でも、
結構雑誌社からテストの依頼がきた。
記事より、作例写真を望まれたのだと思うが。

そのときの感想は、当時のキヤノン、ニコンのデジタル一眼の
レベルには達していないと思った。

もちろんそんなことは書かなかったが、いくつか苦言は書いたつもりだ。
なにより、その頃のペンタックスがどこで、勝負をしたいのか、
何を売りにしたいのか、さっぱりわからなかった。
最初からTOPを目指していない、中途半端さだったのだろう。


かつて僕の若かった時代、優秀なカメラマンのほとんどは、
ごく一部の例外をのぞいて、
カメラメカに詳しい人は多くなかった。
いやもしかしたら詳しくても人の前でひけらかすのは
恥ずかしかったのだろうか。
カメラはあくまで道具、手段だからだ。
どんなカメラでも気に入れば、道具として、
写真家が使いこなせるまで、カメラを肉体化せよと言われた。

まあ、銀塩時代のカメラはいたってシンプルなもので、
メカを語る必要もなかったし、
レンズのメカニズム、光学的な判定基準は、
測定機を持った、
その筋の専門家以外まったくわかる訳もない。
フィルムの評価は、個人の好みだった。

実際今でも僕はそうだが、
レンズがシャープだ、コントラスト云々、キレがいい、等々、無限に、
修飾することばがあるが、僕には正直そんな言葉に意味を感じていない。

出来上がった写真が、
自分の意図通りになっているか、
その写真家から何かを感じられるかが興味で、
レンズ性能に関しては、ごくごくおおざっぱな、あいまいな感覚しかもっていない。
それこそが重要なのだが。

テストレポートで開放から数段絞ると、性能がよくなると言われても、
僕は開放で撮りたい訳で、レンズ性能が一番良いところで撮りたいわけじゃない。
それじゃつまらん。
面白い写真は、条件の悪いときにこそ生まれるもので、
ハレーション、ゴースト、フレア、ブレ、OKの場合がけっこうある。

銀塩末期、1990年代、
カラーフィルムがよくなりすぎ、カメラもレンズもよくなりすぎて、
写真がつまらなくなりそうだった時、それ以前から使っていた
ポラロイドフィルムの写らなさにかえって魅了された。
写りすぎると、カタログ写真のようにつまらなくなる。
写真も上手すぎると、それが目につき、
心に響かない。
なんか、いわゆる写真の公式とは、まったく逆のことを僕は思っていた。

そんなことより、自分が持っている、
機材を受け入れ、そのカメラで何が撮れるかが問題だった。
心の底に、カメラなんて何でもいいんだよ、と思っていたのだ。
といいながら、自分が使うカメラは厳密に選んでいる。

僕にとってペンタックスは、銀塩末期のペンタックス645が印象的だ。
その頃僕はグラビア撮影が多く、メインは中判だった。ハッセルかマミヤRZ67。
その流れで初期のマミヤの645を使っていたが、気に入らずコンタックス645を使っていた。
ところが、多くのグラビアカメラマンは、ペンタックスの645を使っていたのだ。
コンタックス645のシステムは上手くできていたが、
実はペンタックスにすればよかったとちょっと後悔していた。

デジタルの645は、ペンタックスのごたごたですぐには発売されずに、
大判は海外のデジタルパックが、定着してしまった。
今の645Dは、興味があるものの、
価格的にも中途半端な状態だ。

実は、ペンタックスの645に、僕は一番可能性と興味を持っている。
それは、過去のさまざまな中判のレンズが使える、
安価でコンパクトな645のミラーレスを夢想しているからだ。

さて、本題に入る。
さかのぼること8年前の2005年、
一部マニアに絶大的な支持のあった
フィルム時代のコンパクトなGRシリーズを受け継ぐかたちで、
さらにコンパクトになったGRデジタルが発売された。
その時僕は、巷のコンパクトカメラとほぼ同等の、
非常に小さなイメージセンサーをGRデジタルが採用したことに失望した。
フィルム時代で言えば、8mmフィルムぐらいの極小サイズだ。
そんなわけで発売当初、GRデジタルに全く興味がわかなかった。

僕はデジタルカメラを触ったのはかなり遅いほうだ。
ライターや編集者が面白半分で使っていた、
数十万画素のデジタルカメラなんて、
興味の埒外触ることもなかった。

当時、すでに数百万円するデジタル一眼も試作機のように出始めていたが、
まあ、ニュース写真用だなって、
画質的に銀塩より遥かに劣ったそれらのカメラにも興味を持つことはなかった

ただ、デジタルカメラと違って、
パソコンを使い始めたのは早い方かもしれない。
MACの FXだったから90年代前半。
200万ぐらいする、高価なおもちゃだった。
20万円のディスクライタープリンターとの組み合わせだった。
仕事に使えるように、組み上げるには1000万ぐらいかかると言われた。
その高価なパソコンで、住所録、会計、地図、あとハイパーカードなるプログラミングで
遊ぶだけ。
写真に活用することは夢のまた夢、いや夢もなく、興味もなかった。

写真をデジタルとして、そしてPhotoshopと出会ったのは、
PowerMacの時代だったから、1995年ごろこからだろう。
当時としては満足できるレベルのスキャナーとインクジェットプリンターをそろえた。
フィルムをスキャンして、若干のレタッチ、そしてカラープリントする。
今と比べれば、遥かにコーリティーは落ちるもの、
パソコンを使ってのワークフローはデジタル写真の予感はあった。
ただまだ最終原稿にするというよりは、
プレゼン用の見本を作ることで終始していた。

2000年キヤノンの300万画素の30Dが発表された。
価格も30万円代。CMOS APS-Cの当時としては大きなセンサー。
そのデジタルカメラの実力と価格に驚く。
もしかしたらすごいことになるかもと。

同じ年、ハッセルブラッドに付ける、デジタルパック、
Leaf Cantareをテストする機会があった。
35mmフルサイズ、600万画素。
その画質は銀塩を凌駕し、
すぐにデジタル時代になっても、いいと思えた。
もっとも350万という価格にびっくりして、
デジタルはまだまだだと結論した。

僕にとってのデジタルカメラ元年は、
2002年、Canonの600万画素カメラ、Eos 60Dだ。
このカメラの登場で僕は、
銀塩35mmカメラの時代が終わることを予感した。
EOS 60Dは歴史上のカメラだ。
35mmカメラとしてはこれで十分。
しかもJPEGで撮れば機動力もある。
僕は、1ギガのマイクロドライブを装填し撮りまくった。
35mmフィルムカメラの代わりとして、
デジタル一眼で勝負しようと、
実際仕事で使いはじめた。
現実は、印刷所がまだデジタルに完全対応していなくて、多くのトラブルがあったが。

それでもあいかわらず、フィルムカメラのハッセル、マミヤRZ、テヒニカ、デアドルフサイズのような、
6x6、6x7、4x5、8x10 といった大きなサイズは、フィルムカメラでしかありえなかった。
情報量の差もあるだろう。
フォーマットは、そのサイズより僕にとっては、
写真の雰囲気、大げさに言えば描かれた世界、思想が全く違うと思っている。

圧倒的な情報量を誇る、現在のデジタルパックでも、
67,45,8x10の世界を撮ることはできない。
細密さ、情報の多さだけではない。
フォーマットが描く、レンズの特性、
光学的、空間的世界だからだ。

小さなンセンサーを持ったコンパクトカメラの1200万画素と、
フルサイズの1200万画素は違う。
同じことだ。

その小さなセンサーを持った、GRデジタルが発売されたとき、
僕は、まったく興味がなかったが、
使いはじめた友人たちはなぜか絶賛していた。
それが不思議だった。

そのころちょうど僕は若い頃撮った写真を
写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」にまとめるために、
昔のモノクロネがを見直していた。

大学1年の終わり、
僕はコーワSWというちょっとレアな28mmレンズがついたカメラを手に入れた。
28mmレンズを買おうと思ったら、同じぐらいの価格で売っていたからだ。
ペンタックスとの2台持ちになったわけだ。
ずいぶんそれでデモの写真を撮った。

僕は、かつて撮ったネがをスキャニングしながら、
トライXで撮ったその写真すべてがパンフォーカスだったことに気がついた。
そうかパンフォーカスでいいんだと思った時、
小さなセンサーのGRデジタルが頭に浮かんだ。
GRDは、基本パンフォーカスだ

そして使ってみた。
その小さなカメラは、どこかプライドの高いカメラだった。
単焦点の28mm。
銀塩時代にファンがついたコンセプト。
そこには作り手が、マーケティングではなく、
デジタル化したとき、
技術的に小さなセンサーを使わなかれば、実現できなかったとしても、
かえってそれを武器に、本気で作ったカメラが、
GRデジタルだった。

そして、なによりこの地味なデザインのカメラが
カメラを持つ喜びを教えてくれた。
これはコンパクトデジタルではなく、
まぎれもなく、「カメラ」だったのだ。

GRデジタルは一貫したポリシーのもと、代を重ねた。
そしてGRD4 は完成した。

レスポンスといい、画像のコーリティといい、
GRD4は、小さなセンサーを持ったカメラとしては、ある高見に到達したと思う。
GRDは、もうこれでいいのじゃないかと。
IVに関して、不満をいうユーザーはほとんどいないだろう。

Ⅳを最終形として、GRデジタルは違う局面にたつことを迫られた。
それは、センサーを大きくすること。

いや、銀塩のGRからデジタルになるときに、
宿命だった大きなセンサーのGRを作ること。

それは、GRの歴史を仕切り直すように、
今回のGRは設計された。
GRDより若干大きくなったが、そのためわずかに重量が増えたのものの、
かえってGRD4より軽く感じる。

何より、オートフォーカスのレスポンスが気持ちいい。
描写は、おちついて自然だ。
操作感はGRDシリーズと一貫している。
APS-Cカメラとしては圧倒的なコンパクトさ。
僕は触った。
わくわくした。
そういうカメラだ。

今の時代、ブランディングこそが、商品の価値だ。
特に写真を撮る、記録するという意味では、
スマートフォンの出現で大きく変化している。
日々の記録なら、スマートフォンのカメラで十分だし、
さらに進化するだろう。
実際僕もそういう使い方をしている。
ありふれた、
コンパクトカメラなんて必要のない時代になるかもしれない。

そんな時代、一眼レフカメラならいざ知らず、
スマートフォンが同等の速写性を獲得したとき、
巷のコンパクトカメラは、必要だろうか。

その答えは簡単だ。
性能ではない。
そこが写真の神秘的なところだけれど、
スマートフォンのカメラではなく、
わざわざカメラを買いたい人とは、
「カメラで写真」を撮りたいからだ。

以前と違って、FB、ブログなど、
写真を発表できる場は増えた。
カメラ機材の情報ではなく、
写真を撮るという情報も、
撮り方テクニックも大幅に、
大勢の人が知ることになる。

手紙を書く、文章を書く、絵を描く楽しみがあるように、
写真を撮るという、単に記録ではなく、
プラスアルファの魅力を、現代人は知りつつあると思う。

そのんな時、わざわざ欲しいカメラは、
ブランディングされた、
「持つ喜びを感じるカメラ」だ。

一眼レフカメラはそれの最たるものだろう。
しかも現実には今のところ、
キヤノンか、ニコンだろう。

どんなに性能がすぐれていても、
Sonyやペンタックス、オリンパスには、
かなりのへそまがりか、そのブランド信奉者以外には、
今のところ魅力に乏しい。

今後、長期的なイメージ構築を目指して、
各メーカーは、これから生き残りを賭けるのだと思うが。

そんななかで、
新しいRICOH GRがどのように、
このブランディグを進化させるか、
とても楽しみだ。

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2013.04.21

RICOH GR 発売! 

R0001429uyuni850

RICOH GR


2013年4月 RICOH GR が発表された。
GRデジタルの5代目といえる。

2011年、リコ―がペンタックスを買収し、
リコーのカメラの戦略、
しっかりとしたコンセプトを持ったカメラ作りが
ペンタックスにどのように反映するのかと思っていたら、
まるでペンタックスにリコーが買収されたように、
ペンタックスからはたて続けに、さまざまな新製品が発表されているのに、
なぜか、リコーからは新しいカメラがほとんど発売されることもなく、
ちょっと心配していた。

カメラメーカーとしては、一眼、645などを持った
フルラインナップのペンタックスのほうが遥かに大きく、
コンパクト機しか作っていない、リコーが吸収されるのは仕方がないとしても、
GRデジタルのような、画期的な高級コンパクトデジタルを提案し、
ユーザーに圧倒的な支持されてきた、
RICOHのカメラ作りのポリシー、
ブランド構築能力、
ブランディングまで、
失われてしまうのか心配していた。
なぜなら、ペンタックの一番不得意は、
ブランディングだからだ。

かつてペンタックはブランドだった。
1960年代の旭光学、アサヒペンタックスは圧倒的だった。
そいうい僕は、大学に入るまで、
ペンタックスが一番、2番キヤノン、3番ニコンだと信じ込んでいた。
僕は日芸に入るにあたって、最新のアサヒペンタックスSPをそろえ、
スタイリッシュなそれでいてコンパクトなそのカメラを持って、意気揚々としていると、
他の学生たちが、皆、なにやらごついカメラを持っていた。
その時初めて、ニコンFなる究極の一眼レフカメラ、値段も高かった、を知った。
僕は超奥手、というか無知だった。
テレビコマーシャルで「Pentax,Pentax」と毎日、刷り込まれていたからだろう。

デジタル時代のペンタックスのカメラ作りは、
正直コンセプトを感じない。
Sonyがミノルタを買収したため、オリンパスとの4、5位メーカーという位置で善戦しているものの、
アイデア先行、マーケティングでニッチなカメラが作られているという印象だ。
唯一の興味は645Dだったが、なかなか発売されなかった。
その他、さまざまな素晴らしい技術があるのに、
余裕がなかったのだろう、短期的な戦略しかなく、長期的な、
ブランディング戦略がなさすぎた。

デジタル時代になり、僕はいくつかのペンタックス一眼をテストしリポートをした
デジタル一眼初期では、僕のようなカメラ「メカ音痴」、
というよりカメラテストリポートを書く上のボキャブラリー不足の僕でも、
結構雑誌社からテストの依頼がきた。
そのときの感想は、キヤノン、ニコンのレベルには達していないとの結論だった。
もちろんそんなことは書かなかったが、
ペンタックスがどこで、勝負をしたいのか、
何を売りにしているのか、さっぱりわからなかった。

かつて僕の若かった時代、優秀なカメラマンのほとんどは、
ごく一部の例外をのぞいて、
カメラメカに詳しい人や、いや詳しくても人の前でひけらかす人は全くいなかった。
カメラはあくまで道具、手段だからだ。

銀塩時代のカメラはいたってシンプルなもので、メカを語る必要もなかったし、
レンズのメカニズム、光学的な判定基準は、
その筋の専門家以外まったくわかる訳もなく、
実際今でも僕はそうだが、
シャープだ、コントラスト云々、キレがいい、等々、無限に、
修飾することばがあるが、僕には正直そんな言葉は意味がなかった。

出来上がった写真が、
自分の意図通りになっているか、
その写真家から何かを感じられるかが興味で、
レンズ性能に関しては、ごくごくおおざっぱな、あいまいな感覚しかもっていない。
それこそが重要なのだが。

テストレポートで開放から数段絞ると、性能がよくなると言われても、
僕は開放で撮りたい訳で、レンズ性能が一番良いところで撮りたいわけじゃない。
それじゃつまらん。
面白い写真は、条件の悪いときにこそ生まれるもので、
ハレーション、ゴースト、フレア、ブレ、OKの場合がけっこうある。

銀塩末期、1990年代、
カラーフィルムがよくなりすぎ、カメラもレンズもよくなりすぎて、
写真がつまらなくなりそうだった時、それ以前から使っていた
ポラロイドフィルムの写らなさにかえって魅了された。
写りすぎると、カタログ写真のようにつまらなくなる。
写真も上手すぎると、それが目につき、
心に響かない。
なんか、いわゆる写真の公式とは、まったく逆のことを僕は思っていた。

そんなことより、自分が持っている、
機材を受け入れ、そのカメラで何が撮れるかが問題だった。
心の底に、カメラなんて何でもいいんだよ、と思っていたのだ。
といいながら、自分が使うカメラは厳密に選んでいる。

僕にとってペンタックスは、銀塩末期のペンタックス645が印象的だ。
その頃僕はグラビア撮影が多く、メインは中判だった。ハッセルかマミヤRZ67。
その流れで初期のマミヤの645を使っていたが、気に入らずコンタックス645を使っていた。
ところが、多くのグラビアカメラマンは、ペンタックスの645を使っていたのだ。
コンタックス645のシステムは上手くできていたが、
実はペンタックスにすればよかったとちょっと後悔していた。

デジタルの645は、ペンタックスのごたごたですぐには発売されずに、
大判は海外のデジタルパックが、定着してしまった。
今の645Dは、興味があるものの、
価格的にも中途半端な状態だ。

実は、ペンタックスの645に、僕は一番可能性と興味を持っている。
それは、過去のさまざまな中判のレンズが使える、
安価でコンパクトな645のミラーレスを夢想しているからだ。

さて、本題に入る。
さかのぼること8年前の2005年、
一部マニアに絶大的な支持のあった
フィルム時代のコンパクトなGRシリーズを受け継ぐかたちで、
さらにコンパクトになったGRデジタルが発売された。
その時僕は、巷のコンパクトカメラとほぼ同等の、
非常に小さなイメージセンサーをGRデジタルが採用したことに失望した。
フィルム時代で言えば、8mmフィルムぐらいの極小サイズだ。
そんなわけで発売当初、GRデジタルに全く興味がわかなかった。

僕はデジタルカメラを触ったのはかなり遅いほうだ。
ライターや編集者が面白半分で使っていた、
数十万画素のデジタルカメラなんて、
興味の埒外触ることもなかった。

当時、すでに数百万円するデジタル一眼も試作機のように出始めていたが、
まあ、ニュース写真用だなって、
画質的に銀塩より遥かに劣ったそれらのカメラにも興味を持つことはなかった

ただ、デジタルカメラと違って、
パソコンを使い始めたのは早い方かもしれない。
MACの FXだったから90年代前半。
200万ぐらいする、高価なおもちゃだった。
20万円のディスクライターとの組み合わせだった。
仕事に使えるように、組み上げるには1000万ぐらいかかると言われた。
それを写真に活用することは夢のまた夢、いや夢もなく、興味もなかった。

写真をデジタルとして、そしてPhotoshopと出会ったのは、
PowerMacの時代だったから、1995年ごろこからだろう。
当時としては満足できるレベルのスキャナーとインクジェットプリンターをそろえた。
フィルムをスキャンして、若干のレタッチ、そしてカラープリントする。
今と比べれば、遥かにコーリティーは落ちるもの、
パソコンを使ってのワークフローはデジタル写真の予感はあった。
ただまだ最終原稿にするというよりは、
プレゼン用の見本を作ることで終始していた。

2000年キヤノンの300万画素の30Dが発表された。
価格も30万円代。CMOS APS-Cの当時としては大きなセンサー。
そのデジタルカメラの実力と価格に驚く。
もしかしたらすごいことになるかもと。

同じ年、ハッセルブラッドに付ける、デジタルパック、
Leaf Cantareをテストする機会があった。
35mmフルサイズ、600万画素。
その画質は銀塩を凌駕し、
すぐにデジタル時代になっても、いいと思えた。
もっとも350万という価格にびっくりして、
デジタルはまだまだだと結論した。

僕にとってのデジタルカメラ元年は、
2002年、Canonの600万画素カメラ、Eos 60Dだ。
このカメラの登場で僕は、
銀塩35mmカメラの時代が終わることを予感した。
EOS 60Dは歴史上のカメラだ。
35mmカメラとしてはこれで十分。
しかもJPEGで撮れば機動力もある。
僕は、1ギガのマイクロドライブを装填し撮りまくった。
35mmフィルムカメラの代わりとして、
デジタル一眼で勝負しようと、
実際仕事で使いはじめた。
現実は、印刷所がまだデジタルに完全対応していなくて、多くのトラブルがあったが。

それでもあいかわらず、フィルムカメラのハッセル、マミヤRZ、テヒニカ、デアドルフサイズのような、
6x6、6x7、4x5、8x10 といった大きなサイズは、フィルムカメラでしかありえなかった。
情報量の差もあるだろう。
フォーマットは、そのサイズより僕にとっては、
写真の雰囲気、大げさに言えば描かれた世界、思想が全く違うと思っている。

圧倒的な情報量を誇る、現在のデジタルパックでも、
67,45,8x10の世界を撮ることはできない。
細密さ、情報の多さだけではない。
フォーマットが描く、レンズの特性、
光学的、空間的世界だからだ。

小さなンセンサーを持ったコンパクトカメラの1200万画素と、
フルサイズの1200万画素は違う。
同じことだ。

その小さなセンサーを持った、GRデジタルが発売されたとき、
僕は、まったく興味がなかったが、
使いはじめた友人たちはなぜか絶賛していた。
それが不思議だった。

そのころちょうど僕は若い頃撮った写真を
写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」にまとめるために、
昔のモノクロネがを見直していた。

大学1年の終わり、
僕はコーワSWというちょっとレアな28mmレンズがついたカメラを手に入れた。
28mmレンズを買おうと思ったら、同じぐらいの価格で売っていたからだ。
ペンタックスとの2台持ちになったわけだ。
ずいぶんそれでデモの写真を撮った。

僕は、かつて撮ったネがをスキャニングしながら、
トライXで撮ったその写真すべてがパンフォーカスだったことに気がついた。
そうかパンフォーカスでいいんだと思った時、
小さなセンサーのGRデジタルが頭に浮かんだ。
GRDは、基本パンフォーカスだ

そして使ってみた。
その小さなカメラは、どこかプライドの高いカメラだった。
単焦点の28mm。
銀塩時代にファンがついたコンセプト。
そこには作り手が、マーケティングではなく、
デジタル化したとき、
技術的に小さなセンサーを使わなかれば、実現できなかったとしても、
かえってそれを武器に、本気で作ったカメラが、
GRデジタルだった。

そして、なによりこの地味なデザインのカメラが
カメラを持つ喜びを教えてくれた。
これはコンパクトデジタルではなく、
まぎれもなく、「カメラ」だったのだ。

GRデジタルは一貫したポリシーのもと、代を重ねた。
そしてGRD4 は完成した。

レスポンスといい、画像のコーリティといい、
GRD4は、小さなセンサーを持ったカメラとしては、ある高見に到達したと思う。
GRDは、もうこれでいいのじゃないかと。
IVに関して、不満をいうユーザーはほとんどいないだろう。

Ⅳを最終形として、GRデジタルは違う局面にたつことを迫られた。
それは、センサーを大きくすること。

いや、銀塩のGRからデジタルになるときに、
宿命だった大きなセンサーのGRを作ること。

それは、GRの歴史を仕切り直すように、
今回のGRは設計された。
GRDより若干大きくなったが、そのためわずかに重量が増えたのものの、
かえってGRD4より軽く感じる。

何より、オートフォーカスのレスポンスが気持ちいい。
描写は、おちついて自然だ。
操作感はGRDシリーズと一貫している。
APS-Cカメラとしては圧倒的なコンパクトさ。
僕は触った。
わくわくした。
そういうカメラだ。

今の時代、ブランディングこそが、商品の価値だ。
特に写真を撮る、記録するという意味では、
スマートフォンの出現で大きく変化している。
日々の記録なら、スマートフォンのカメラで十分だし、
さらに進化するだろう。
実際僕もそういう使い方をしている。
ありふれた、
コンパクトカメラなんて必要のない時代になるかもしれない。

そんな時代、一眼レフカメラならいざ知らず、
スマートフォンが同等の速写性を獲得したとき、
巷のコンパクトカメラは、必要だろうか。

その答えは簡単だ。
性能ではない。
そこが写真の神秘的なところだけれど、
スマートフォンのカメラではなく、
わざわざカメラを買いたい人とは、
「カメラで写真」を撮りたいからだ。

以前と違って、FB、ブログなど、
写真を発表できる場は増えた。
カメラ機材の情報ではなく、
写真を撮るという情報も、
撮り方テクニックも大幅に、
大勢の人が知ることになる。

手紙を書く、文章を書く、絵を描く楽しみがあるように、
写真を撮るという、単に記録ではなく、
プラスアルファの魅力を、現代人は知りつつあると思う。

そのんな時、わざわざ欲しいカメラは、
ブランディングされた、
「持つ喜びを感じるカメラ」だ。

一眼レフカメラはそれの最たるものだろう。
しかも現実には今のところ、
キヤノンか、ニコンだろう。

どんなに性能がすぐれていても、
Sonyやペンタックス、オリンパスには、
かなりのへそまがりか、そのブランド信奉者以外には、
今のところ魅力に乏しい。

今後、長期的なイメージ構築を目指して、
各メーカーは、これから生き残りを賭けるのだと思うが。

そんななかで、
新しいRICOH GRがどのように、
このブランディグを進化させるか、
とても楽しみだ。

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2013.04.15

世界の街道をゆく、オレゴントレイル、撮影中

Lavahotsprings

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今、アメリカ、アイダホ州、Twin Fallsにいる。有名なShoshone Fallsのある町だ。
朝6時半。まだ暗い。
「世界の街道をゆく」のテーマは、アメリカ開拓史のルート、オレゴントレイルをたどっている。
ま、西部開拓とは、視点を変えれば、侵略史、略奪史ともいえるが。
それは、さておきと、いいながら、
なにしろ時代が変われば価値観は変わる。
僕が子供の頃みた、創世記のテレビドラマ50年代末の
ほとんどの番組がアメリカン製、ドラマ。
そこでは、インデアンが砦を襲撃するといった、シチュエーションが多かった。
「インデアン嘘つかない」みたいな。でも、残虐。
そういう刷り込みがある。
ピーターパンにも、インディアンが登場する。
「酋長」という言葉もいまは、「チーフ」というらしい。
東京ディズニーランドではそうだった。
どんどん脱線しそうなので、話を現代のこの場所に戻す。

4月、このあたりはまだまだ気温は低くめ。
周辺の高い山は雪。
空気は冷たく、風でもあれば、
天気が良くても撮影には、絶対手袋が必要だ。

ぼくはアメリカの田舎の風景が好きだ。
ウォ―カエバンスの撮った風景のような、
広々として、がらんとして、殺風景な、人のいない景色。
自然のなかではない。
町に人がめったにあるいていない。

開拓とは大自然のなかに、畑や農場をつくる。
アジアのような何もしなくても豊な土地とは違う。
人間が住むには過酷な土地を、定住できるように大幅に加工してきた。

そしてクルマ社会になり、
便利になれば、
ますます人は歩かない。
いや、いや、人がいない。クルマだってびゅんびゅう走ってるわけじゃない。
たま自転車を見かけると、それは移動手段というより、スポーツだ。
そのくせハンバーガー屋や、
夜の地元のレストランは、人であふれている。
人はいるのだ。

それでも僕は、アメリカの田舎の殺風景な景色が、好きだ。
猛然と写真を撮りたくなる。
それは、写真は豊かさを撮るより、
貧しさ、空虚さを撮る方が向いているのかな、と、
今ちょっと思う、わたしである。

アメリカの田舎の景色は、何かが欠けている。
それが、魅力なのかな。

もっとも、UPした写真はちょっと情緒っぽいかな。

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撮影カメラは、5DM3 見えないけれど、レンズは24mmのシフトレンズ。
このぐらいシンプルな状態で撮影している。


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2013.04.11

世界の街道をゆく、コスタリカ取材中2

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コスタリカの撮影も残るところあと一日。
今は首都のサンホセのホテル。
このホテル、かつて日本人がオーナーだったということで、
「さくら」というジャパニーズレストランがある。
このホテルに泊まっているときは、当然毎晩日本食。

コスタリカはまったく先入観がなかった。
ひたすら毎日の出来事に反応しているだけ。
食べ物については、ストレスがない。
くだもの、生野菜豊富。味付けはわりとしっかりしていて、さまざまなものが食べやすい。

そして、前回も書いたが、人々が写真に対してして格別優しい。
こんなに気分良く写真がとれるところも、珍しい。
もしかしたら、トルコ以上。(トルコもイスラムなのに撮りやすい。写真好き。)

世界の街道を行くの撮影は、
今、関東圏のテレビ朝日でしか放送していない。
この番組はことしの秋で3年目。
たった2分のミニ番組だが、月〜金の毎日放送している。

ワンテーマひと月、つなげれば40分以上、いってみれば一時間番組と同じ。
コンセプトはあくまで、写真を撮るようにカジュアルに、身軽にフットワークよく、
段取りは撮影は最小限にして、通常のテレビドキュメンタリーより、即興性がたかい。

上の写真に写っているのは前から三脚を持つアシスタントのホーリー嬢、
カメラを持っているディレクターの狩野氏、
そしてそして現地コーディネータのMasumiさん、
犬はたまたま、撮影は僕なので写っていない。それにドライバーが駐車場で待っている。

ドキュメンタリーの撮影としては、最小人数だ。
撮影場所は空からみるとクジラの尾のうよなウヴィータの海岸。UVITA。

下の写真は、Grupo San Albertoのバナナプランテーションで働く青年。
彼の視線が気に入っている。

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2013.04.07

世界の街道をゆく。コスタリカ取材中。

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コスタリカは、ある意味写真の天国だ。
人々のほとんどは声をかけなくても、撮り放題、いやな顔はしない。
声をかければ90%は快く応じてくれる。
女子のなかには、恥ずかしがる子はいても、実際は撮ると喜ぶ。
中米にあるコスタリカのことは、僕も含めて日本人はよくしらないだろう。
カソリックの国。白人が多い。
かつてはかなり豊かだった。そして治安もいい。

地震国で先日訪れた、
カリブ海に面したリモンという町などはその影響で漁業が壊滅して、
それから不景気になったという。
コスタリカで一番治安が悪いと言われた。
ただ、実際は感じなかったが、
カメラをひったくられるから気をつけるうようにと何度も言われた。

などと、勉強中、iphone版産経新聞に、
タイミングよくコスタリカ方式などとの言葉が載っていた。
定数削減からきてることで、
コスタリカでは議員は任期4年のあと次の選挙には出られないというルールがある
その次の選挙には立候補することはできるが、
そのへんを日本的に解釈してコスタリカ方式なるものを、
かってに日本が呼んでいるだけのようだ。

何度も言うが、基本的に治安はいい。
町に怖い雰囲気はない。
人々の視線は優しく節度あり、その上明るいラテンだ。
食べ物は日本人にあっている。いいホテルもある。

ここに写っている青年は、大きなサトウキビ工場で、防音ヘッド?をかぶりながら、
なにしろ大きな音が出る、サトウキビを粉砕させる仕事を、地道にやっていた。
かなりイケメンがもくもくと仕事中、
最初はだまって撮影していたが、ふと目があったとき、
彼のほうからニコッとした。
こういう仕事をしている人は、概して、撮影をしていると不快な反応をすることがある。
でも、彼は誇りがあるのだろう、そんな様子はない。
彼の作業が終わってから、事務所の前で今度は声をかけて撮影した。


テレビ朝日、「世界の街道をゆく」4月はケニアです。


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2013.04.04

ユウニ塩湖からコスタリカ

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撮影 S.Hirabayashi

ボリビアで一番の人気観光地といえば、ユウニ塩湖だろう。
世界中から観光客があつまっている。

ボリビアの撮影を終えて、今はコスタリカ、サンホセにやってきた。

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2013.04.01

ボリビア 世界の街道をゆくロケ 

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ボリビア人の撮影は簡単ではない。老若男女、声をかけると、80%が撮影ノーだ。
女性に拒否されるのは、どの国でもよくあることだけれど、
男性も、しかも若い男も、年寄りもかなりの確率でノーという。
都会で、田舎でも、表情や態度ではずかしがっているだけかなと
思えば、なかば強引に、1枚でいいから、とかいろいろ粘ると、
ようやく撮らせてくれることもある。
人によってはかなりはっきりと拒絶の態度を取る。
そういう場合は、撮らなければいいことだ。

いやいや、ごく先日など、川で洗濯をしている女性たちを、遠くから撮影していたら、
なにしろ、ほしてあるカラフルな洗濯ものなど、フォトジェニックだ。
するとひとりの女性が、川辺から駆け上がってきて、
にやにや笑いながら、何かを言っている。
僕は、拒否しているのか、お金を要求しているのか、
その態度に、迷っていると、にこにこしながら突然石を投げつけられた。

人の表情を見抜くのも、難しい。
国によってはすぐに、指でお札を数えるフリをする。
依然、「そんなに写真を撮って、俺たちで商売をしてるんだろう、
金を覇習うのは当然だ」と、被写体にいわれてことがある。
当然だろう。

それでも、世界の多くの国では、
お願いすると、
心よく撮らせてくれる。
そんな時が一番うれしい。
きっと、心に余裕があるのだろう。
経済的に豊かであるとか、貧しいとかではない。
心の豊かさだろう。
それとも、遊び心。それこそが余裕。

かつての日本人は、気軽に撮影に応じてくれた。
でも、今は違う。
住宅街で、カメラを持ってスナップしているだけで、
警察官がやってきたこともある。
警官は、通報されたから、来たという。
日本は、世界のなかでも豊かな国なのだろう。
でも、かつての日本のほうが、
ずっと豊だったように思えるのは、僕だけではないだろう。

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テレビ朝日、「世界の街道をゆく」4月はケニアです。
Canon提供のこの番組は、関東圏、テレビ朝日でしかいまのところ、放送していません。


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