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2013.04.22

RICOH GR 発表! 世界最小APS-C

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2013年4月 RICOH GR が発表された。
GRデジタルの5代目といえる。

2011年、リコ―がペンタックスを買収し、
リコーのカメラの戦略、
しっかりとしたコンセプトを持ったカメラ作りが
ペンタックスにどのように反映するのかと思っていたら、
まるでペンタックスにリコーが買収されたように、
ペンタックスからはたて続けに、さまざまな新製品が発表されているのに、
なぜか、リコーからは新しいカメラがほとんど発売されることもなく、
ちょっと心配していた。

カメラメーカーとしては、一眼、645などを持った
フルラインナップのペンタックスのほうが遥かに大きく、
コンパクト機しか作っていない、リコーが吸収されるのは仕方がないとしても、
GRデジタルのような、画期的な高級コンパクトデジタルを提案し、
ユーザーに圧倒的な支持されてきた、
RICOHのカメラ作りのポリシー、
ブランド構築能力、
ブランディングまで、
失われてしまうのか心配していた。
なぜなら、今のペンタックの一番不得意は、
ブランディングだからだ。

かつてペンタックはブランドだった。
1960年代の旭光学、アサヒペンタックスは圧倒的だった。
そいうい僕は、大学に入るまで、
ペンタックスが一番、2番キヤノン、3番ニコンだと信じ込んでいた。
僕は日芸に入るにあたって、最新のアサヒペンタックスSPをそろえ、
スタイリッシュなそれでいてコンパクトなそのカメラを持って、意気揚々としていると、
他の学生たちが、皆、なにやらごついカメラを持っていた。
その時初めて、ニコンFなる究極の一眼レフカメラ、値段も高かった、を知った。
僕はちょう奥手、というか無知だった。

一般的には断トツペンタックスが有名だった。
「Pentax,Pentax」と毎日、テレビコマーシャルで刷り込まれていたからだろう。

ただ、僕の大学時代の同級生Tが、
彼は僕の最初の写真の先生だ。
彼は僕らの学年で断トツに写真が上手かった、
その彼のカメラは、SPより下位のカメラPentaxSVだった。
その時知った、写真はカメラの値段ではなく、
撮る人間の腕だと。

デジタル時代のペンタックスのカメラ作りは、
正直コンセプトを感じない。
キヤノン、ニコンがあり、
Sonyがミノルタを買収したため、
オリンパスとの4、5位メーカーという位置で善戦しているものの、
アイデア先行、マーケティングでニッチなカメラが作られているという印象だ。
デジタル時代になったとき、ペンタックスといえば、
唯一の興味は645Dだった。が、ごたごたがあり、なかなか発売されなかった。

その他、さまざまな素晴らしい技術をペンタックスは持っているのに、
余裕がなかったのだろう、短期的な戦略しかなく、長期的な、
ブランディング戦略がなさすぎた。

デジタル一眼初期、僕はいくつかのペンタックス一眼をテストしリポートをしている。
初期には、僕のようなカメラ「メカ音痴」、
というよりカメラテストリポートを書く上のボキャブラリー不足の僕でも、
結構雑誌社からテストの依頼がきた。
記事より、作例写真を望まれたのだと思うが。

そのときの感想は、当時のキヤノン、ニコンのデジタル一眼の
レベルには達していないと思った。

もちろんそんなことは書かなかったが、いくつか苦言は書いたつもりだ。
なにより、その頃のペンタックスがどこで、勝負をしたいのか、
何を売りにしたいのか、さっぱりわからなかった。
最初からTOPを目指していない、中途半端さだったのだろう。


かつて僕の若かった時代、優秀なカメラマンのほとんどは、
ごく一部の例外をのぞいて、
カメラメカに詳しい人は多くなかった。
いやもしかしたら詳しくても人の前でひけらかすのは
恥ずかしかったのだろうか。
カメラはあくまで道具、手段だからだ。
どんなカメラでも気に入れば、道具として、
写真家が使いこなせるまで、カメラを肉体化せよと言われた。

まあ、銀塩時代のカメラはいたってシンプルなもので、
メカを語る必要もなかったし、
レンズのメカニズム、光学的な判定基準は、
測定機を持った、
その筋の専門家以外まったくわかる訳もない。
フィルムの評価は、個人の好みだった。

実際今でも僕はそうだが、
レンズがシャープだ、コントラスト云々、キレがいい、等々、無限に、
修飾することばがあるが、僕には正直そんな言葉に意味を感じていない。

出来上がった写真が、
自分の意図通りになっているか、
その写真家から何かを感じられるかが興味で、
レンズ性能に関しては、ごくごくおおざっぱな、あいまいな感覚しかもっていない。
それこそが重要なのだが。

テストレポートで開放から数段絞ると、性能がよくなると言われても、
僕は開放で撮りたい訳で、レンズ性能が一番良いところで撮りたいわけじゃない。
それじゃつまらん。
面白い写真は、条件の悪いときにこそ生まれるもので、
ハレーション、ゴースト、フレア、ブレ、OKの場合がけっこうある。

銀塩末期、1990年代、
カラーフィルムがよくなりすぎ、カメラもレンズもよくなりすぎて、
写真がつまらなくなりそうだった時、それ以前から使っていた
ポラロイドフィルムの写らなさにかえって魅了された。
写りすぎると、カタログ写真のようにつまらなくなる。
写真も上手すぎると、それが目につき、
心に響かない。
なんか、いわゆる写真の公式とは、まったく逆のことを僕は思っていた。

そんなことより、自分が持っている、
機材を受け入れ、そのカメラで何が撮れるかが問題だった。
心の底に、カメラなんて何でもいいんだよ、と思っていたのだ。
といいながら、自分が使うカメラは厳密に選んでいる。

僕にとってペンタックスは、銀塩末期のペンタックス645が印象的だ。
その頃僕はグラビア撮影が多く、メインは中判だった。ハッセルかマミヤRZ67。
その流れで初期のマミヤの645を使っていたが、気に入らずコンタックス645を使っていた。
ところが、多くのグラビアカメラマンは、ペンタックスの645を使っていたのだ。
コンタックス645のシステムは上手くできていたが、
実はペンタックスにすればよかったとちょっと後悔していた。

デジタルの645は、ペンタックスのごたごたですぐには発売されずに、
大判は海外のデジタルパックが、定着してしまった。
今の645Dは、興味があるものの、
価格的にも中途半端な状態だ。

実は、ペンタックスの645に、僕は一番可能性と興味を持っている。
それは、過去のさまざまな中判のレンズが使える、
安価でコンパクトな645のミラーレスを夢想しているからだ。

さて、本題に入る。
さかのぼること8年前の2005年、
一部マニアに絶大的な支持のあった
フィルム時代のコンパクトなGRシリーズを受け継ぐかたちで、
さらにコンパクトになったGRデジタルが発売された。
その時僕は、巷のコンパクトカメラとほぼ同等の、
非常に小さなイメージセンサーをGRデジタルが採用したことに失望した。
フィルム時代で言えば、8mmフィルムぐらいの極小サイズだ。
そんなわけで発売当初、GRデジタルに全く興味がわかなかった。

僕はデジタルカメラを触ったのはかなり遅いほうだ。
ライターや編集者が面白半分で使っていた、
数十万画素のデジタルカメラなんて、
興味の埒外触ることもなかった。

当時、すでに数百万円するデジタル一眼も試作機のように出始めていたが、
まあ、ニュース写真用だなって、
画質的に銀塩より遥かに劣ったそれらのカメラにも興味を持つことはなかった

ただ、デジタルカメラと違って、
パソコンを使い始めたのは早い方かもしれない。
MACの FXだったから90年代前半。
200万ぐらいする、高価なおもちゃだった。
20万円のディスクライタープリンターとの組み合わせだった。
仕事に使えるように、組み上げるには1000万ぐらいかかると言われた。
その高価なパソコンで、住所録、会計、地図、あとハイパーカードなるプログラミングで
遊ぶだけ。
写真に活用することは夢のまた夢、いや夢もなく、興味もなかった。

写真をデジタルとして、そしてPhotoshopと出会ったのは、
PowerMacの時代だったから、1995年ごろこからだろう。
当時としては満足できるレベルのスキャナーとインクジェットプリンターをそろえた。
フィルムをスキャンして、若干のレタッチ、そしてカラープリントする。
今と比べれば、遥かにコーリティーは落ちるもの、
パソコンを使ってのワークフローはデジタル写真の予感はあった。
ただまだ最終原稿にするというよりは、
プレゼン用の見本を作ることで終始していた。

2000年キヤノンの300万画素の30Dが発表された。
価格も30万円代。CMOS APS-Cの当時としては大きなセンサー。
そのデジタルカメラの実力と価格に驚く。
もしかしたらすごいことになるかもと。

同じ年、ハッセルブラッドに付ける、デジタルパック、
Leaf Cantareをテストする機会があった。
35mmフルサイズ、600万画素。
その画質は銀塩を凌駕し、
すぐにデジタル時代になっても、いいと思えた。
もっとも350万という価格にびっくりして、
デジタルはまだまだだと結論した。

僕にとってのデジタルカメラ元年は、
2002年、Canonの600万画素カメラ、Eos 60Dだ。
このカメラの登場で僕は、
銀塩35mmカメラの時代が終わることを予感した。
EOS 60Dは歴史上のカメラだ。
35mmカメラとしてはこれで十分。
しかもJPEGで撮れば機動力もある。
僕は、1ギガのマイクロドライブを装填し撮りまくった。
35mmフィルムカメラの代わりとして、
デジタル一眼で勝負しようと、
実際仕事で使いはじめた。
現実は、印刷所がまだデジタルに完全対応していなくて、多くのトラブルがあったが。

それでもあいかわらず、フィルムカメラのハッセル、マミヤRZ、テヒニカ、デアドルフサイズのような、
6x6、6x7、4x5、8x10 といった大きなサイズは、フィルムカメラでしかありえなかった。
情報量の差もあるだろう。
フォーマットは、そのサイズより僕にとっては、
写真の雰囲気、大げさに言えば描かれた世界、思想が全く違うと思っている。

圧倒的な情報量を誇る、現在のデジタルパックでも、
67,45,8x10の世界を撮ることはできない。
細密さ、情報の多さだけではない。
フォーマットが描く、レンズの特性、
光学的、空間的世界だからだ。

小さなンセンサーを持ったコンパクトカメラの1200万画素と、
フルサイズの1200万画素は違う。
同じことだ。

その小さなセンサーを持った、GRデジタルが発売されたとき、
僕は、まったく興味がなかったが、
使いはじめた友人たちはなぜか絶賛していた。
それが不思議だった。

そのころちょうど僕は若い頃撮った写真を
写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」にまとめるために、
昔のモノクロネがを見直していた。

大学1年の終わり、
僕はコーワSWというちょっとレアな28mmレンズがついたカメラを手に入れた。
28mmレンズを買おうと思ったら、同じぐらいの価格で売っていたからだ。
ペンタックスとの2台持ちになったわけだ。
ずいぶんそれでデモの写真を撮った。

僕は、かつて撮ったネがをスキャニングしながら、
トライXで撮ったその写真すべてがパンフォーカスだったことに気がついた。
そうかパンフォーカスでいいんだと思った時、
小さなセンサーのGRデジタルが頭に浮かんだ。
GRDは、基本パンフォーカスだ

そして使ってみた。
その小さなカメラは、どこかプライドの高いカメラだった。
単焦点の28mm。
銀塩時代にファンがついたコンセプト。
そこには作り手が、マーケティングではなく、
デジタル化したとき、
技術的に小さなセンサーを使わなかれば、実現できなかったとしても、
かえってそれを武器に、本気で作ったカメラが、
GRデジタルだった。

そして、なによりこの地味なデザインのカメラが
カメラを持つ喜びを教えてくれた。
これはコンパクトデジタルではなく、
まぎれもなく、「カメラ」だったのだ。

GRデジタルは一貫したポリシーのもと、代を重ねた。
そしてGRD4 は完成した。

レスポンスといい、画像のコーリティといい、
GRD4は、小さなセンサーを持ったカメラとしては、ある高見に到達したと思う。
GRDは、もうこれでいいのじゃないかと。
IVに関して、不満をいうユーザーはほとんどいないだろう。

Ⅳを最終形として、GRデジタルは違う局面にたつことを迫られた。
それは、センサーを大きくすること。

いや、銀塩のGRからデジタルになるときに、
宿命だった大きなセンサーのGRを作ること。

それは、GRの歴史を仕切り直すように、
今回のGRは設計された。
GRDより若干大きくなったが、そのためわずかに重量が増えたのものの、
かえってGRD4より軽く感じる。

何より、オートフォーカスのレスポンスが気持ちいい。
描写は、おちついて自然だ。
操作感はGRDシリーズと一貫している。
APS-Cカメラとしては圧倒的なコンパクトさ。
僕は触った。
わくわくした。
そういうカメラだ。

今の時代、ブランディングこそが、商品の価値だ。
特に写真を撮る、記録するという意味では、
スマートフォンの出現で大きく変化している。
日々の記録なら、スマートフォンのカメラで十分だし、
さらに進化するだろう。
実際僕もそういう使い方をしている。
ありふれた、
コンパクトカメラなんて必要のない時代になるかもしれない。

そんな時代、一眼レフカメラならいざ知らず、
スマートフォンが同等の速写性を獲得したとき、
巷のコンパクトカメラは、必要だろうか。

その答えは簡単だ。
性能ではない。
そこが写真の神秘的なところだけれど、
スマートフォンのカメラではなく、
わざわざカメラを買いたい人とは、
「カメラで写真」を撮りたいからだ。

以前と違って、FB、ブログなど、
写真を発表できる場は増えた。
カメラ機材の情報ではなく、
写真を撮るという情報も、
撮り方テクニックも大幅に、
大勢の人が知ることになる。

手紙を書く、文章を書く、絵を描く楽しみがあるように、
写真を撮るという、単に記録ではなく、
プラスアルファの魅力を、現代人は知りつつあると思う。

そのんな時、わざわざ欲しいカメラは、
ブランディングされた、
「持つ喜びを感じるカメラ」だ。

一眼レフカメラはそれの最たるものだろう。
しかも現実には今のところ、
キヤノンか、ニコンだろう。

どんなに性能がすぐれていても、
Sonyやペンタックス、オリンパスには、
かなりのへそまがりか、そのブランド信奉者以外には、
今のところ魅力に乏しい。

今後、長期的なイメージ構築を目指して、
各メーカーは、これから生き残りを賭けるのだと思うが。

そんななかで、
新しいRICOH GRがどのように、
このブランディグを進化させるか、
とても楽しみだ。

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