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4 posts from November 2014

2014.11.27

訃報 ジョニー大倉

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ジョニー大倉がなくなった。
彼とは個人的な付き合いはなかったが、撮影者と被写体という接点で深いつながりがあった。

或る時、六本木にあった篠山事務所にミッキーカーチスがやってきて、
そのキャロルというバンドを篠山さんが撮ることになった。
ビートルズが、シルバービートルズのころのような、革ジャンリーゼント。
たしか、日本のリバプール(単純にブルーカラーの街という意味、)川崎の工場街で撮影。
当時、絶好調の週刊プレイボーイ、大プッシュ、何度もグラビアが組まれた。
そしてキャロルは爆発する。

曲は、日本語で、こてこてのロックンロールだった。
そのアナクロさに、ある意味懐かしのメロディー、
だったはずなのに、生で聞いてびっくりした。当時はフォークソング全盛、
はっぴいえんどの、先鋭に感化さえていたが、キャロルを聞いた時、日本語のロックって何、
「君はファンキーモンキーべべイ♪」メロディーと、そのあまりのパワーに熱狂した。

ジョニーは、キャロルの詩を手掛けていた。あんな、頭の空っぽな、そして英語とミックス、
の詩は、耳から体にずしんと、響いていた。
キャロルが解散して、永ちゃんは、ロック歌手まっしぐら。

そんな時、ジョニーはやりたいことがたくさんあり、
そのひとつとして役者を始めた。
この写真はそんなころの写真だ。雑誌は講談社の、アパッチという、GOROのような男性誌。
すぐに休刊になってしまったが。

実は、ジョニーは、僕が上之さんという週刊プレイボーイの編集者と組んで、
女性ロックグループ、ランナウエイズを撮ったりしたころ、
そのあとだったかな、ジョニーをキャスティングして、
B級映画のようなグラビアを作ったことがある。そこに登場してもらってる

今年の夏、ジョニーの具合が悪化し入院している時、
KADOKAWAのYさんから、ジョニーの大倉デビュー40周年記念、のBOXセットが発売されることになり、
そこに僕が撮った写真、10点ぐらいを掲載することになった。
僕は彼が元気なら撮りたいと思ったが、残念ながらすでにそういう状態ではなかった。

発売が、12月24日
その日をまたずに、11月19日 亡くなってしまった。

合掌


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2014.11.23

神田憲行 「謎」の進学校 麻布の教え 重版パーティ

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1995 Vietnam  サイゴン チョロン 神田君と初めてベトナムへ行った時の写真

昨日、今ベストセラー街道に猛進中の神田憲行氏の著作
「謎」の進学校麻布の教え』の、出版重版パーティが開かれた。
場所は東京のはずれ、東横線多摩川の川風たゆる、多摩川ダイナー2F。
大盛況。ただほとんどが出版関係、なぜか女性編集者が目につく。
なにしろ発売ひと月たらずで既に4ずり。出版不況のなかで、
タレントでもない地味なノンフィクションライターの神田君の大快挙。
以後、神田先生と呼ばねばならぬ。そして5万、10万、100万部めざすパーティだった。
二次会は、おしゃれな代官山。

神田君とは、1995年に彼が朝日新聞社から出版した、「ベトナムへ行こう」
の表紙に僕のアオザイの写真を使いたいと請われ、お断りしたときから始まる。
前年僕は初めてベトナムに行き、その時の日本語通訳の質が悪く、役にたたなかったので、
ベトナムで日本語教師をしていた神田君の教え子で、
サイゴンで一番の売れっこ通訳を紹介してもらえる約束をしていた。

当時、僕はベトナム熱が高じて、週刊文春のグラビアほぼ一冊
ベトナム美女図鑑をやったり、、
そしてレギュラーでやっていたPENTHOUSEという雑誌では、
ベトナムを10P以上でフォトドキュメンターリーすることになったので、
(ペントハウスといってもエロは抜きのグラビア)
さっそく、神田君と編集者とで行くことにした。
ところがくだんの教え子、売れっこ通訳は、あまりに忙しく、
例え恩師の願いでも、二日間しか時間が取れなかった。
そこでピンチヒッターでやってきたのが、
以後、僕のベトナムの親友となった、もとベトコン、もと公安のチュンさんだった。

彼と知り合うことで僕は完全にベトナムにのめり込むことになる。
今年亡くなった外山ひとみさんも、神田君がチュンさんを紹介している。

そんな神田君は、なぜかそのベトナム撮影中僕を嫌っていた。
ホテルは別、夜も一緒に食事をしない。
僕は、女のところでもしけこんでいるのだと思っていたら、
実はあんまり仲良くなりたくない人種だっと思っていたようだ。

たとえば、マリクレール校の下校のアオザイ女生徒達をかってに選んで、
チュンさんに話をつけてもらい、
やはりベトナムアオザイ姿の美女の背景にあるいてもらう。
あげくの果てに、道路を無許可で遮断する。
何しろ神田君はベトナムに住んでいたので公安の怖さを知っている。
関係者と思われるのもいやだと、びくびくしてかくれていた。
そんなカメラマンの撮影中の傍若無人さに、あきれはてる。
チュンさんはその時、まだ実は公安だったことを告白していない。

僕は、そんなことはつゆ知らず
神田君てかわっているなって思っていた。
そんなとても感情的で、びびりで、あとで知れば気まぐれな、人間で、
常識家。
でも、仲好くなったのは、
そのときの写真の上がりがが良かったことと、
まあ、僕の写真が好きだったということだったのだ。
唯一そこは認めている。らしい。

神田君はある意味ドライな人だ。
実際、、本当にはなかなか心を開かない。
ニヒリストでありながら書くと人情家、
僕には理解できない変わり者だ。
それこそがジャーナリスト魂。
そんな、
全くエリートとかけ離れた神田君が、
日本の超エリート校、麻布中学、高校のありかたに興味を持つ。
この組み合わせの妙。
そして麻布にたいして、
この学校は、何かが「変」だ、とのたまう。

日本の教育を考える上で今、読む価値のある本である。

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2014.11.12

11月14日よりいよいよ、MIDTOKYOにて、写真展とトークshow

non nakamura PRESNTS
70's原風景そして原宿
が、11月14日~24日まで六本木、ミッドトーキョーというギャラリーで、
写真展とトークショーが開催されます。
写真展は写真家たちの70年代の、原宿を中心に、そのほか福生、湘南、横須賀などが展示されてます。
写真展は無料です。写真家たちのトークショーは最終日24日pm2時からです。

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1968年 ベトナム戦争まっさかりのFUSSA 
基地の周辺に白いハウスがぐるりと並んでいた。
もちろんそこは基地の外だから、
日本人も自由に入れる。
子供たちがちょっとさびしげに遊んでいた。父親はベトナムの戦場だ。

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1975年ベトナム戦争が終わった年の福生 このころになると、横田基地の外、
フェンスの外のハウスは米兵たちの家族はほとんどいなくなっていた。

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2014.11.10

70年代原風景and原宿 写真展+トークショー@六本木

non nakamura PRESNTS
70's原風景そして原宿
が、11月14日~24日まで六本木、ミッドトーキョーというギャラリーで、
写真展とトークショーが開催されます。
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1973年 原宿表参道
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1974年 原宿参道 同潤会アパート前

長い友だち、何度も仕事を一緒にした、スタイリストの中村のんのプロデュースするイベントが14日より
開催されます。
トークショーには豪華なゲスト。
定員があるので、サイトのEVENTから予約してください。
写真展とトークショー。
六本木のこじんまりとした、ギャラリーで内容の濃いイベント。

●僕も、24日、最終日2時から、写真家たちとトークをします。
是非、まずはサイトをご覧になってください。

★トークショーは有料ですが、写真展は無料です。


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